紅の戦神

 

 

第十五話

 

 

 

 

 俺とムネタケはそれぞれシミュレーションポッドに入り込み、各種設定の変更を開始する。

 舞台設定は火星の大気圏内。いくらなんでも素人に宇宙戦は無理だからな。

 装備はお互いにフル装備の陸戦フレームにした。

 

 ルールはなし、と言うことだがさすがにあまり無茶なことは出来ないだろう。

 ナデシコのシミュレーターは非常によく出来ていて、かなりの衝撃がポッドに伝わる。

 こんなところで提督に怪我でも負わせたら大問題だ。

 

「提督、本当にやるんですか?

 言っておきますけど、やるからには負けるつもりはありませんよ?」

 

「当たり前よ。勝つ気で来て貰わないと賭けにならないじゃないの」

 

 俺の心配など何処吹く風、か。

 まったく何考えてんだか・・・。

 

「ハァ・・・それじゃあ、まあ、そろそろ始めましょうか」

 

「ええ、いつでもいいわ。

 ・・・と、やっぱちょっとタンマ。

 テンカワ、アンタこっちと場所変わりなさい」

 

 場所変われって・・・ああ、シミュレーションポッドを交換しろってことか。

 ・・・それに何の意味があるんだ?

 

 俺はいそいそと降り始めた提督に首を傾げ、問う。

 

「どうしてわざわざ?」

 

「アンタの強さが異常だったからよ。

 もしかしたらシミュレーションポッド自体に関係あるかもしれないじゃない?」

 

 何を言い出すかと思えば・・・

 って、アカツキの奴笑いを堪えてるな。

 

「くくく・・・まるで子供だね、こりゃ。

 テンカワ君、別にいいんじゃないか?

 提督の思う通りにしてあげなよ」

 

「・・・ふぅ、どうぞお好きなように」

 

 やれやれ・・・コクピットが変わったくらいで勝てたら苦労はしないな。

 

 俺は上って来たムネタケに場所を譲り、向かいにあるポッドへと入った。

 そしてムネタケがさっきまで座っていたシートに軽く腰掛ける。

 

「それじゃ、改めてゲームスタート!」

 

 二つのポッドの上についてるハッチが空気音と共に閉まり、ポッド内に仮想空間の映像が浮かび上がった。

 かなりの精緻さだ。

 目の前に浮かぶ【READY?】の文字がなければ判断がつかないだろう。

 

 お互いに準備が完了したことをコンピュータに伝え、カウントダウンが始まる。

 

 

【3】

 

【2】

 

【1】

 

 

【GAME START!!】

 

 

 目の前に浮かんでいた文字が完全にその姿を消し、俺は火星の大地に放り出される。

 障害物は豊富だが、それを利用する暇など与えるつもりは無い。

 悪いが早々に決めさせてもらうぞ、ムネタケ!

 

 俺は一瞬で補足したムネタケの陸戦フレームにライフルを向け・・・

 

 

「アタシの勝ちよ! テンカワ!」

 

 響くムネタケの声を聞く。

 同時に信じられない言葉がコクピットに浮かんだ!

 

 

 

 

 

 

 【自爆しま〜〜す♪】

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

 「何ぃっ!!?」

 

 

 ちゅど〜〜〜〜〜〜ん!!!!

 

 

 

 

 俺の駆っていた陸戦フレームはものの見事に砕け散り・・・

 

 

 

 【WINNER MUNETAKE!!】

 

 

 

 コクピットに俺の敗北を示すウィンドウが開かれる。

 続けてブラックアウトするシミュレーションポッド。

 ヴァーチャル画像が姿を消し、周りは元の光景に戻った。

 俺はその場で立ち上がり、そして俺と同じくハッチから上半身を出したムネタケが声高に告げる。

 

「お〜っほっほっほっほ!!!

 テンカワ! このアタシを甘く見すぎてたみたいね!?

 残念だけどそっちの機体には、アタシの操作で自爆するようプログラムしておいたのよ!!」

 

「なんだそりゃっ!!! お前にはプライドがないのかっ!!?」

 

 いくらなんでも汚すぎるぞ! その前にどうやってプログラムの書き換えなんてやった!?

 

「ふふん! 何を言ってももはや負け犬の遠吠えにしか聞こえないわ!

 さあさあ、ちゃっちゃかアタシの質問に答えなさい!」

 

 こ、こいつは・・・

 一皮剥けてますます嫌な奴になって来たな(怒)。

 

「み、見事だ。開始3秒であのテンカワ君を撃破するとは・・・」

 

「こんなの俺は認め〜〜〜ん!」

 

「見苦しいよテンカワ君。負けは負けだろう。

 君はあのムネタケ提督に僅か3秒で敗れたんだよ!

 現実をきちんと見詰めたまえ!」

 

 びしぃっと俺を指差し宣言するアカツキ。

 現実だと? 現実と言うとつまり・・・

 

「お、俺がムネタケに負けた・・・・?

 そんな馬鹿な! 俺の存在価値はその程度だというのか!

 まさかこの俺が! 漆黒の戦神と呼ばれたこの俺がたかが菌糸類に敗れただと!?

 ううっ・・・すまん北斗。枝織ちゃん。俺・・・俺、汚れちゃったよ・・・」

 

「・・・・・・アンタ達二人していい度胸ね?

 そこまで言われるといっそ爽快だわ」

 

「はは、こりゃ失礼。・・・ん?」

 

「あ・・・君は。ふふ、久しぶりだねギップル・・・」

 

「おいおいおいテンカワ君! 気をしっかり持つんだ! その妖精はやばいって!」

 

 あん? アカツキか・・・。

 なんだよ、いまふんどし姿の妖精さんが俺と一緒にさっぱりさっぱり・・・

 ・・・はっ! お、俺はいったい何をっ!

 

「さて、それじゃあ答えてもらいましょうか。アンタの秘密をね・・・」

 

 ムネタケの真剣な目に、俺も思考を切り替える。

 どんなに卑怯とは言え約束は約束だ。

 それを破るような奴にはなりたくない。

 

「・・・アカツキ、悪いが席をはずしてくれ」

 

「そうした方がいいみたいだね。まあ僕も君の秘密に興味がある者の一人なんだけど・・・

 それはまた別の機会にしよう。

 とりあえず先に食堂で待ってるよ」

 

「すまない」

 

 まだガラカブ定食を諦めてなかったか・・・。

 アカツキはトレーニングルームを後にした。

 

 後は・・・

 

 

 ピッ!!

 

 

「ルリちゃん、トレーニングルームを閉鎖して誰も入ってこれないようにしてくれないか?」

 

 ブリッジのルリちゃんに通信を繋げ、人払いを頼む。

 

『構いませんが・・・何かするんですか?』

 

「ああ、ちょっと提督と重大な話をしようと思ってね」

 

『て、提督ですか・・・・(汗)。

 わかりました。しばらく誰も入れないように鍵を掛けておきます』

 

「ありがとう、ルリちゃん」

 

 

 ピッ!!

 

 

 俺はムネタケに向き直った。

 

「これで・・・心置きなく話せますね」

 

「ふん、ホシノ・ルリまで味方につけてるってわけ?

 アンタと影護枝織の戦闘力。艦長の指揮能力とその父親のコネ。

 さらにはホシノ・ルリの電子戦力まで。

 相変わらず至れり尽せりね? 完璧すぎて声も出ないわ」

 

 肩を竦め、ため息混じりに言う。

 内容はともかく口調に悪意は感じられない。

 それにしても変われば変わるものだな。

 ヒステリックなところがなくなっただけなのにすごい変化だ。

 

「俺の目的のためにはまだまだ足りない。

 そして必要としている力の中にはあなたも入っているんだ、提督」

 

 武力だけでは和平は結べない。

 だが俺に出来るのは戦うことだけだ。

 だからもっともっとたくさんの人たちに力を貸してもらいたい。

 ムネタケは俺から視線をはずし、空中を見ながら独白を始めた。

 

「アタシが必要、ね。嬉しいこと言ってくれるわ。

 ・・・ナデシコを降りた後ね、謹慎中にアタシも色々と考えたのよ。

 今のアタシの立場とか、アタシの周りの人間関係とか、

 部下達の間でのアタシの評判とか、これから先アタシがどうなっていくかとか・・・」

 

 おお、なんか安心するな。

 それこそがお前の『私らしく』っぽいぞ。

 

「それだけじゃ判断材料には足りなかったから独自に調査もしてみたわ。

 形振り構ってられなかったから今までは絶対にやらなかったパパの名を利用したりしてね。

 アタシには無能の烙印が捺されていたのもあったでしょうけど、呆れるくらい警戒は薄かった。

 そしたらもう出てくる出てくる。軍のお偉方の痛々しい懐にさすがのアタシもびっくりよ。

 まあ明確な証拠は掴めなかったんだけどね。アタシが知りたいだけなんだから状況証拠だけでも充分すぎたわ。

 それで馬鹿らしくなっちゃったのよね。

 アタシはこんな奴らにアタシを認めさせるために軍に入ったのか、って。

 もちろん違うわよ?

 アタシが軍に入ったのはパパに憧れてだし、手柄に固執したのはパパの名を汚さないため。

 でもこんな奴らが何をしようとパパを失脚に追いやるなんてできっこないの。

 それに・・・・・・」

 

 ムネタケは見たこともないような柔らかな笑みを浮かべ・・・

 

「パパとね、直接会って話してみたの。

 ほんと数年ぶりだったわ。親子水入らずで話し合ったのなんて。

 それでパパったらね、笑いながら『お前の好きなようにしなさい』なんて言うのよ。

 これじゃ、アタシが馬鹿みたいじゃない。

 ずっと・・・パパに恥じないように足掻いてきたのにね。

 それこそ他人の手柄を掠めたり失敗の責を部下に擦り付けたり・・・。

 隠してたつもりだったけどパパはそんなアタシの全てを知ってたわ。

 でもそれを知った上で、それでもアタシを認めてくれたのよ。

 いまさら綺麗事を理想と一緒に口にするアタシの背中を押し出してくれたの。

 こんな近くにアタシをアタシとして見てくれる人がいたなんてね。

 もっと早く相談してたら、こんな最低な奴にはならなかったのかもしれないのに・・・。

 そう考えると本当にただの馬鹿よ、アタシって・・・」

 

「・・・今からでも遅くはないさ」

 

 俺だって同じだ。

 取り返しのつかない罪を重ね、それでもこうしてここにいる。

 自分のエゴだけで世界を操り、時の流れを冒涜し、数多くの在り得た筈の未来を奪い。

 和平だ、みんなの幸せだと口にしながらも結局は一人じゃ何も出来なかった。

 悲劇が起これば深く考えもせずにいたずらに自分を責め、自虐に逃避した。

 俺の理想の価値観を外れる存在が現れたら、目的を完全に見失ってがむしゃらに排除した。

 並べれば並べるほど救い様が無い。最低だ。

 

 だがそんな俺でも・・・・・・

 

「・・・必要としてくれる人がいるのなら」

 

「・・・そうね。

 そしてアタシを必要とする男がいる。いま目の前に」

 

 俺とムネタケは正面から向き合った。

 今までにない鋭い視線、迫力すら感じる。

 戦うことを決めた男が己の武器を品定めしているのだ。

 

「アンタは危険よ。戦闘力だけじゃない。

 世界が。歴史が。すべてアンタを中心に回り始めようとしている。

 そしてアタシはいま迷ってる。たった一人で全てを左右してしまうような力を前にしてね。

 だから答えなさい。・・・・・・アンタが何者で、何を目指しているのかを」

 

 この世界にとってあまりにも異質な存在である俺。

 信頼を得るにはそれに値するものを示さなくてはいけない。

 ムネタケは真摯にその証を求めて俺の前に来た。

 ここで偽りをもって応するのはけして許されることではないだろう。

 俺自身も、この大きく変わった一人の男に対して全てを語って協力を得たいと言う気持ちがある。

 

 だが・・・

 

 ルリちゃんが見ている。

 さっきからこっちを伺っている気配がする。

 ここで俺が言うことは間違いなくルリちゃんの耳にも入ってしまう。

 

 俺の目的が元の世界に帰ることだと知って、彼女は耐えられるだろうか?

 今の段階では無理だと思わざるを得ない。

 全てを明かすには早すぎるのだ。

 

 

「今はまだ・・・話す事は出来ません。

 だが信じて欲しい。

 俺の目的は、あなたにとってもけして無価値なものではないと言うことを」

 

 だからせめて、誠意を示すことで応えるしかなかった。

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・

 

 

 

「はん・・・笑わせるわね。

 自分のことを一つも話さずに信頼を勝ち取れるとでも思ってたわけ?

 取引ってのはね、少なからず自分の手の内を相手に見せなきゃ成立するものもしなくなるのよ」

 

 ・・・駄目か。

 

 やはりこうして話し合うにはまだ時期が早かった。

 ムネタケがあんな賭けに出て来るとは予想もしてなかったとは言え、結局は相変わらず詰めの甘い俺のミス。

 だがムネタケを変えることは出来たんだ。これならあんな最期を迎えるようなことにはならないはずだ。

 それだけでも幸運なことなのかもしれないな。

 

 

「・・・わかった。もう無理強いは「ま、協力してやるわ」・・・は?」

 

 俺の言葉に割り込み、そう告げるムネタケ。

 一瞬何を言ってるのか分からなかった。

 

「だから協力してやるって言ったのよ」

 

「はあ・・・・・・って、いいんですか?」

 

「何が?」

 

「いや、だっていま・・・」

 

 なんか無茶苦茶文句言ってなかったか?

 ムネタケは少し照れた様子で俺に背を向け、言った。

 

「ほんとはね、最初からアンタの申し出は受けるつもりだったのよ。

 何だかんだ言っても迷子になってたアタシを導いたのは紛れも無くアンタの一言なんだしね。

 認めるのは少し癪だけど・・・感謝してるわ」

 

 なっ・・・・・・か、感謝っ!?

 礼を言ったのか!? あのムネタケがこの俺に!?

 

「前にも言ったかしら・・・・・・アタシはね、正義の味方になりたかったの。

 いえ、軍人だったら初めはみんなそうなのかもしれないわね。

 勧善懲悪。毎度毎度、悪人達から人々を護って感謝と羨望に曝されるような英雄。

 ・・・でもいつの頃からかみんな変わっていくわ。いろんな理由でね。

 アタシの場合はパパの顔に泥を塗らないために地位に固執し、何時の間にやら目的と手段が入れ替わってた。

 だからかしら。無性にアンタを信じてみたくなったのよ。

 アンタは変わらない、変わらずに自分の信念を貫く。そんな気がしたの。

 情報を手に入れられるならそれに越したことは無いからこんな賭けに出てみたんだけどね」

 

 で、俺は見事に引っ掛けられたと言うわけか。

 してやられた、という感じはあるが不思議と怒りは湧いてこなかった。

 逆に嬉しくすらある。

 俺にはこういう姑息さは逆立ちしたって真似できないからな。

 

 

「・・・本当にいいんですか?

 さっきのは明らかにあなたの言う通りだ。

 自分のことを何も話さずに協力を求めるのは、確かに俺にとって都合がよすぎる・・・」

 

「アンタ『今は』って言ったでしょ?

 ってことはいつかは話しますって言ったようなものじゃない。

 だから待ってやるわよ、その時までね・・・」

 

 これは・・・・・・予想外だな。

 まさかこんなに俺に肩入れしてくれるとは思いもしなかった。

 せいぜいが利害の一致による協力関係がいいところだと思ったんだが・・・。

 

 俺の想像以上にムネタケもナデシコに染まっていたと言うことか。

 

 

「それじゃ、ま、改めてよろしく頼むわ」

 

 ムネタケが差し出した“右手”を俺は力強く握った。

 

 歴史は確実に変わり始めている。

 俺は・・・どれだけの悲劇を防ぐことが出来るだろう。

 全てはこれからはじまるんだ。

 

 

「・・・で、提督。早速で悪いんですが一つ頼まれてくれませんか?」

 

「いきなり? ま、協力するって言った以上文句は無いけどね」

 

「ありがとうございます。じつは・・・・・・(ごにょごにょごにょ)」

 

「やっ! ちょっと耳に息をかけんじゃないわよ!

 ・・・・・・はぁ? アンタなに言ってるかわかってんの?」

 

「もちろん。この先絶対に必要になります」

 

「正気を疑うわね・・・・・で、いつごろ仕掛ければいいの?」

 

「しばらくしたら軍の方から命令が来ると思いますから、その時にちょいちょいっと・・・」

 

 

 

 

 

 

「ルリルリ〜、お昼行かないの?」

 

「・・・・・・・・・・・・(真っ白)」

 

「ちょっ・・・!! ルリルリ! ルリルリ大丈夫!?」

 

「・・・・・・ハッ! ミ、ミナトさん?」

 

「どうかしたの? なんか惚けてたみたいだけど・・・」

 

「あ、い、いえ・・・少し俄かには信じられない現象が起こってたので・・・。

 もう大丈夫ですから。心配してくれてどうもありがとうございます」

 

「そ。じゃ、一緒にお昼食べに行こっか?」

 

「はい。ご一緒します」

 

「艦長はどうする?」

 

「あ、私はいいです。誰かブリッジに残ってないといけませんし」

 

「そっか・・・・・・エリナさんに言われたこと気にしてるの?」

 

「・・・・・・・・・。

 アキトは笑ってくれるんです。だから嫌われてるわけじゃないと思うんですけど・・・」

 

「どこか壁を感じる・・・ですか?」

 

「ルリちゃん?」

 

「ユリカさんも・・・・」

 

 

 後に俺がムネタケのことを説明に行った時のルリちゃんは、なぜだか少し落ち込んでいるように見えた・・・

 

 

 

 

 

 

 

 誰かを救うたびにそれを埋めるかのように新たな悲劇が起こった。

 ガイ、イツキさん、白鳥九十九、サツキミドリの人たちに火星の生き残りの人たち。

 カズシさん、チハヤ、氷室さん。そしてメティちゃん。

 それを俺は歴史の矯正力、と理解していた。

 だがどうだろう。

 ムネタケは変わり、そしてそれによってあんな悲劇を迎える可能性が消えた。

 なんの被害もなく、だ。

 もしかしたらこのまま行けば・・・、とそんな思いが頭をよぎる。

 安易に希望を抱くのは危険かもしれないが・・・それでも未来に馳せる期待は隠すことが出来ない。

 

 みんなで笑い合える世界。

 普通なら一笑に伏されるようなこの言葉も、どうやら信憑性を帯びてきたようだ。

 

 

 一人にやにやしながら廊下を歩いていると、前方から騒々しい一団が近づいてきた。

 

「あ! アー君発見〜!」

 

「やあテンカワ君、どうやら話は終わったみたいだね」

 

「枝織ちゃん・・・それにみんなも。

 どうしたんだ? そんなぞろぞろと」

 

 現れた一団はナデシコのパイロット連中だった。

 枝織ちゃんにアカツキ、リョーコちゃん、ヒカルちゃん、イズミさん。

 ついでに何時の間に医務室から抜け出してきたのかガイまで。

 

「テンカワ! おめーあのキノコに負けたってほんとか!?」

 

「しかもたった3秒で瞬殺だってねー」

 

「・・・手も足も出なかったらしいわね?」

 

「なっさけねーぞアキト! それでも俺のライバルか!」

 

 ・・・・・・なるほどな。

 

「アカツキ、お前・・・(怒)」

 

「あ、あぁっと・・・僕はただ事実を言っただけで・・・」

 

「・・・いや、いい。負けたのは本当だしな」

 

 アレが実戦で、同じようにコクピットに自爆装置がつけられてたら俺は死んでいた。

 まあルリちゃんやセイヤさんの目を盗んでそんなものをつけられることはないとか、色々言いたいことはあるが。

 

「アカツキ君が大声で吹聴するものだから、今ごろ食堂はその話題で持ちきりよ。

 ・・・・・・明日あたりにはナデシコから乗員が一人いなくなってるかもね」

 

 イズミさんの言葉に・・・俺の脳裏にとある少女達に拉致られるムネタケの姿が浮かんだ。

 いや、よそう。

 人生は前向きに行かなきゃな。少なくとも俺だけは。

 

「で、みんなわざわざからかいに来たのか?」

 

「再戦を申し込みにきたのさ!

 目的地に着くのはまだ先だし、珍しくパイロットが全員揃ったしな」

 

「と言うことでアー君をいれてチーム戦をやろうってことになったの」

 

 チーム戦か・・・。

 俺と枝織ちゃんが別れるとして、あと五人・・・一人余る。

 

「そうだな、人数も半端だし・・・・・・ジュンでも呼ぶか。

 あいつ器用だから鍛えればそこそこ行きそうだし」

 

「副長かい? 行方不明だって聞いてるけど・・・」

 

 ・・・行方不明?

 ジュン、何があった・・・いや何をされた?

 とかなんとなく原因がわかってしまう自分が悲しい・・・。

 

 まあ触らぬ神に祟りなし、と言うしな。

 額に汗しながら俺はその話題に触れることを断念した。

 

 

 

 

 

 和気藹々と廊下を歩く一行が、緩やかなカーブに差し掛かったときだ。

 俺たちの前に、それは唐突に現れた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・(汗)」(パイロット一同)

 

 

 言葉を失う俺たち。

 一言で言えば・・・怪しい奴だ。それはもう明らかに。

 シーツのような大きい布を頭から被り、しきりに後ろを気にしながらこちらに歩いてくる。

 と言うよりほとんど後ろばかり見ているので前方の俺たちにまだ気付いていないのだろう。

 

 そいつは自販機の陰に隠れて来た道の方を窺い、大仰に胸を撫で下ろした。

 

「・・・・・・逃げ切れた、かな?

 ふぅ、それにしても・・・どうすればはずれるんだよコレ。

 こんな姿を誰かに見つかった・・・ら・・・っ!!?」

 

 俺たちの姿を確認し、びくりと停止する挙動不審者。

 廊下にどうしようもなく沈黙の帳が下りて・・・

 

 

 ダッ!!

 

 

「・・・あ、逃げた」

 

「ちっ! 怪しい奴! 待ちやがれっ!」

 

「リョーコ! 枝織ちゃん! 追うよっ!」

 

「おうっ! とっ捕まえてやる!」

 

「うんっ!」

 

 枝織ちゃんと三人娘におまけが一人、結構なスピードで逃げる人影を追う。

 あんなに裾(?)を引き摺って・・・・。

 がんばるな。よほど必死なんだろう。

 

「なあテンカワ君。今のはやっぱり・・・」

 

「ああ、たぶんお前の予想している通りだと思うぞ」

 

 このタイミングで出てくるんだからな。

 と言うかみんな、今の声で気付いてやりなよ。

 ・・・もしかしてだれもあいつの声を覚えてないって言うんじゃ・・・いやまさかな。

 

「・・・事件の匂いがするね。テンカワ君、僕らも行こう!」

 

「事件って・・・おいアカツキ!」

 

 走り出した極楽トンボを呼び止めるも、聞き入れられるはずは無かった。

 そっとして置いてやった方がいいと思うんだけどな。

 

 ま、放っておく訳にも行かない。

 俺もみんなの後に続いた。

 

 

 

 

 

「キョアック星人め! 観念しやがれ!」

 

「誰がキョアック星人だ!」

 

「誰でもいいからさっさとその面見せろってんだよ!」

 

 みんなが駆け込んだ先――娯楽室だった――に俺が遅れて入ると、シーツ男は既に退路を立たれていた。

 卓球台を中心にぐるぐる回っての追いかけっこだ。

 枝織ちゃんは他のみんなにかかる被害を考えたのか、一歩離れた所で事の推移を見守っている。

 ・・・それにしてもやけに機敏だな。

 普段のあいつからは到底考えられない。

 

「ね、アー君。あの人って・・・」

 

「ああ、ジュンだよ。副長の」

 

 いくら姿を隠していても気配までは誤魔化せない。

 声はもちろん歩き方にだって特徴がある。

 経験上そういった事に敏感な俺や枝織ちゃんはここに至って確信を抱いていた。

 

 いくら普段より機敏だと言っても一対多数だ。

 すぐに追い詰められてしまった。

 

「さて不審者くん。覚悟はいいかな?

 もっとも自分から正体を明かしてくれるなら悪いようにはしないよ?」

 

 既に正体分かっているくせに・・・。

 

「ふ・・・不審者っ!?

 何てことを言うんだアカツキさん!! 僕は不審者なんかじゃない!!」

 

「・・・残念だけど、そんな格好で艦内をうろついてたら不審者以外の何者でもないわ」

 

 イズミさんに言われちゃお終いだな。

 ・・・にしてもなんでそこまで身を隠したがる?

 そうやって隠すからみんな見たがるんだぞ。

 ただでさえナデシコクルーは好奇心の塊のような人たちなのに、今みたいに暇を持て余してるときは特にだ。

 

「こ、これは・・・!!

 っ!! だって・・・だってしょうがないじゃないかぁっ!!!」

 

「つべこべ言ってんじゃねぇっ!!」

 

 叫ぶジュンにリョーコちゃんのヤクザ蹴り。

 尻餅をついたところにアカツキが飛び掛り、羽織っているシーツを一気に引き剥がす。

 

 そして・・・

 

「さあアオイ君! なにをそんなに隠して・・・・・・!!?」

 

 

 時間が凍りついた・・・。

 

 

 

 

「うぅ・・・見るな、見ないでくれ!」

 

 現れた人物は俺たちの視線から少しでも逃れようと頭を抱えて縮こまる。

 

 

 だが隠し切れていない大きな耳ふさふさの尻尾

 それらが否応無くみんなの視線を釘付けにした。

 

「こいつ・・・・・・キツネかっ!?」

 

「違うぅ! 僕は人間だああぁっ!!」

 

「うわぁ! すごいよコレ! 手触りが本物みたい!」

 

「ひっ! ちょ、ちょっと二人とも! そんな無造作にさわらないで・・・っ!」

 

 いち早く立ち直ったリョーコちゃんとヒカルちゃんがジュンを弄ぶ。

 尻尾を引っ張るリョーコちゃんに耳をくすぐるヒカルちゃん。

 それらには感覚もあるらしい。ジュンはいちいち反応している。

 

 これはまさしく俺が極秘裏にイネスさんに開発を依頼していた獣人化ユニットだ。

 タネはIFS用ナノマシンによる思考制御。

 しかも無意識野を司る補助脳と直結するため本物の動物と同じように反応する。

 使用目的は言うまでもない。

 

「ジュン・・・おめー、そんな趣味が・・・(赤)」

 

「いやはや、これはなかなか・・・(赤)」

 

「なんで赤くなるんだぁっ!!」

 

 

 何故か赤面するガイ。ついでにアカツキも。

 ジュンはもともと女顔の美青年だ。

 その潤んだ瞳と大きな耳があいまってなかなかの破壊力を実現している。

 かく言う俺も・・・・・・・(赤)。

 

「・・・アー君、いい度胸だね?」

 

「し、枝織ちゃん・・・(滝汗)」

 

 ごめんなさい。

 

 

 

「・・・で、なんでそんなもの付けてるの?」

 

 リョーコちゃんとヒカルちゃんに弄ばれ、息も絶え絶えなジュンにイズミさんが問う。

 

 まあ聞くまでも無く、イネスさんの人体実験が原因であることはわかっている。

 もちろんここでそんなことを口にしたりはしないがな。

 極秘で計画を進めてきた意味がなくなってしまう。

 

「それが・・・僕にもよくわからないんだ。

 胃薬が切れたからイネスさんに貰いに行ったら首筋に鋭い痛みが走って・・・

 気が付くとこんなのがついてるし・・・はずれないし・・・」

 

 ・・・やっぱり。

 

「隙を突いて逃げ出したはいいけどこんな格好でうろつく訳にも行かないしさ。

 そうこうしてるうちにイネスさんに見つかっちゃったんだ。

 ううっ・・・どうして僕ばっかこんな目に・・・(涙)」

 

 めそめそと泣くジュン・・・。

 なんか居たたまれない気持ちになってくるな。

 元はと言えば俺にも責任の一端はあるみたいだし・・・

 

「なぁジュン。それなら逃げ出さないで外してもらえるように頼めばよかったんじゃないか?

 イネスさんだって鬼じゃないんだし・・・」

 

 悪魔かもと思ったことは多々あるがな。

 

「僕だって出来るならそうしたいよ・・・・・・でも!

 僕が目覚めたことにも気付かないで次の実験内容を口述で確認している人に

 どうやって話し掛けたらいいのさ!!

 あの時逃げてなかったら僕はもうこの世界にいない!!」

 

 断言するか・・・(汗)

 

「・・・やれやれ、ドクターにも困ったね」

 

「おお、だから説明おばさんがいなくなってたのか!

 礼を言うぜジュン! おかげで俺は脱出できたんだからな!」

 

 と言うよりお前は何時の間に入院するほどの怪我をしたんだ、ガイ?

 今回は遭難したのは枝織ちゃんだったからお前がユリカ達にボコられることもなかったはずだが。

 

 ジュンはそんなガイに憎悪の視線を向ける。

 完全な逆恨みだがまあわからんでもない。

 もっとも、当のガイ本人は何を思ったのかさらに顔を紅潮させていたが・・・。

 ちなみにガイの後ろでヒカルちゃんが不機嫌そうだ。

 

「・・・仕方ないな。

 俺からイネスさんに外してもらえるよう頼んでみるよ。

 とりあえず今から一緒に・・・」

 

「あ、ありがとうテンカワ!」

 

 責任を感じて申し出ると、そうとは知らないジュンが感謝の表情で俺に縋り付いて来た。

 なんと言うか・・・肉球が異様に気持ちいい。

 

 そのぷにぷにとした感触!

 ぴくぴくと反応するキツネ耳!

 じゃれつくような太目の尻尾!

 そして嬉しさのあまりに涙するジュンの潤んだ瞳!

 

 俺は思わず口走った!

 

 

 

「・・・じゃ、俺の部屋に行こうか」

 

「へっ?」

 

 

 スパーーンッ!!!

 

 

 ほとんど脊椎反射でジュンを部屋に誘った俺の頭をはたく一振りの覇璃扇。

 全く気配がつかめなかった。

 犯人はイネスさん。いったい何時、何処から入ってきただろう。

 

「い、いきなりなにするんですかイネスさん!!」

 

「・・・部屋に連れ込んでナニするつもり?」

 

「な、何を言うんです! あははは・・・」

 

 ジト目で睨むイネスさんに汗をかきながら弁解する。

 危ない危ない、俺としたことがなにをやってるんだか。

 

「人として道を踏み外そうとしてるのを救ってあげたんだから感謝してほしいくらいだわ。

 ・・・・・・さてアオイ君?

 駄目じゃない、勝手に逃げ出したりしたら(にっこり)」

 

「逃げますよ!! ってかコレはずして下さい!!」

 

 俺の背中に隠れながらイネスさんに要求するジュン。

 心強い味方ができるととたんに強気になるのか?

 分かりやすい奴だな・・・。

 

「あら残念ね。けっこう似合ってるのに・・・」

 

「嬉しくありません!!」

 

「えーー! 似合ってるのにーーー!!」

 

「うるさい、そこっ!!」

 

「ふふふ、どうやら好評のようね。作った甲斐があったわ。

 まあ安心なさい、時間が経てば自動的に機能を停止するように設定してあるから」

 

 宥めるようなイネスさんの物言いに、ジュンは明らかに胸を撫で下ろす。

 ヒカルちゃんを初めとしたパイロット組は不満そうだけど。

 

「よかったぁ・・・・・・ちなみにどれくらいで?」

 

「さぁ? ざっと一週間くらいじゃないかしら?」

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

「何なんですかそれはっ!!!!」

 

「仕方ないじゃない? この時間設定のための実験だったんだから」

 

「“仕方ない”で済まさないで下さい!!

 だいたいモルモットならヤマダがいるでしょう!? なんで僕まで巻き込むんですか!!」

 

 なにげに酷いこと言ってるな。

 

「あなた・・・・・・ヤマダ君に萌えられる?」

 

「うっ・・・!!」

 

「だとしたらあなたの美的感覚を疑うわね。

 ・・・わかるでしょ?

 他のクルーの精神衛生のためにもこの実験に限ってはヤマダ君に施すわけにはいかなかったのよ!」

 

「それは・・・・・・で、でもだったら僕じゃなくても他に適任な人が・・・!!」

 

「まず第一にこれはIFSを利用している以上、処理を施したものでなくては不可。

 艦内でIFS処理を受けているのはパイロットの他には一部のメカニックとホシノ・ルリ。

 それから無謀にもアキト君に一騎打ちを挑んだとか言う命知らずな副長さんしかいないわ。

 メカニックを対象にすることはヤマダ君と同じ理由で却下。

 残ったのはパイロット達とホシノ・ルリ、そしてあなた。

 全員のナデシコにおける重要度を考えれば自ずと選択肢は決まってくるでしょう?」

 

 うわ、とどめだな・・・・。

 イネスさん、追い討ちをかけてどうするんですか?

 

 

「うわあぁぁあああんん!!!!」

 

 

 ダッ!!!

 

 

 涙を一滴だけ落とし、某不死身少年の如く逃げ出そうとするジュン。

 イネスさんは慌てず騒がず、懐から一丁の麻酔銃(消音機付き)を取り出し・・・

 

 

 

 ――――――――ぷすっ♪

 

 

 ・・・・・・ぱたっ!

 

 

「ヤマダ君用の麻酔薬よ。

 普通の人間には部分的に致死量かもしれないけど」

 

「って言うかいま後頭部に刺さってませんでした?」

 

「大丈夫よ、麻酔銃だもの」

 

 いや死ぬ。ふつう死ぬ。

 

「それじゃアキト君。依頼した物はこの実験が終わったらすぐに用意するわ」

 

 銃を懐にしまい、ジュンの足首を持って引き摺りながら俺だけに聞こえる声でささやく。

 

「え、ええ、それはありがたいんですけど・・・・・・一週間はどうにかなりませんか?」

 

「そのための実験よ。最終的には24時間で設定が可能だと思うわ。

 それよりも・・・・・・・・・頑張ってね?」

 

「は?」

 

 呆れたような笑顔で俺の後ろを指差すイネスさん。

 後ろにはパイロット組がいたはずだ。

 そういえばさっきから誰も口を開いてないが・・・・・・。

 

 いぶかしげに俺が振り返るとそこには・・・

 

 

 

 

 

 羅刹がいた(爆)。

 

 

 

 

「ひどいよ、アー君!」

 

 瞳いっぱいに涙を溜めて俺を見据えているのは枝織ちゃんだ。

 だがそこから漏れでている怒気が、他のパイロット連中を萎縮させている。

 

「私の目の前でナンパ? どうしてそういうことするの? しかも男の人!」

 

 ・・・やばい、真面目に怒ってる(汗)。

 

「ま、待った枝織ちゃん! なにか勘違いしてるんじゃ・・・!」

 

「いやあ、いきなり部屋に誘うとはさすがの僕も思わなかったよ。

 大関スケコマシの名は君に譲らなくちゃね。

 おっと、ごめんごめん。そういえば君は両刀使いだったかな?」

 

「ア、アカツキっ!!?」

 

 絶望的な気持ちで俺はアカツキを見ると、やつの目は確かに『殺られてしまえ』と語っていた・・・(怒)。

 

 

「アー君の・・・・・・・・・馬鹿ぁーーーーーっ!!」

 

「ぺぎゅるっ!!!」

 

 走り去っていく枝織ちゃん・・・・・・進路上のガイを弾き飛ばして。

 呆然と見送る俺たちだったが・・・

 

「「あ〜ぁ、泣〜かした〜〜!」」

 

「何やってんだテンカワ! 男だろ! 追いかけろ!」

 

「そりゃあ目の前で自分ほったらかしで男をナンパされちゃねぇ・・・ってなんで君まで泣いてるんだい?」

 

 

「新鮮だ・・・・・・新鮮な反応だっ!(嬉泣)」

 

 

 ヤキモチを焼いて泣きながら走り去る・・・。

 こんな乙女チックで純情な女性がいままで俺の側にいただろうか! いやいない!

 

 俺は潰れたガイをさらに踏んで枝織ちゃんの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後なんとか枝織ちゃんをなだめる事に成功して、お詫びの印にデートに誘った。

 場所は以前メグミちゃんが誘いにきたヴァーチャルルームだ。

 設定はこれも同じく高校の先輩と後輩。ただし年齢制限は設けなかった。

 枝織ちゃんは学校ってものに通ったことが無いだろうから妙な認識をもつことになったらかわいそうだろう。

 

 まあセーラー服姿を見られただけでも俺は満足さ。

 

 

 

 

 

 

 

 ドゴォォォオオオオオオンンンン!!!!

 

 

 

 

「あ、忘れてた」

 

「ふえっ? 先輩?」

 

「枝織ちゃん、デートは終わりだ。敵が来るよ!」

 

 

 

 


 

 

 

 

「フィールドを維持しつつ後退!」

 

「ディストーションフィールド出力安定」

 

「敵の射程外まであと10秒!」

 

「敵機動兵器らしき重力波反応多数確認」

 

「何処まで逃げるの〜?」

 

「航行速度は現状維持! エステバリス隊出撃準備!」

 

 ブリッジは喧噪に包まれている。

 主にゴートさんとルリちゃん、それからミナトさん。

 他のクルーはまだ到着していない。艦長であるユリカは呆然としている。

 

 結果として俺たちエステ隊の機敏な働きにより、なんとか被害を最小限に抑えることが出来た。

 敵の探索網から隠れるため、現在は氷山の下でやり過ごしているところだ。

 

 

 

 

 

 

「ほんと!! 信じられません!!

 わざわざ敵を呼び寄せるようなことしなくてもいいじゃないですか!!」

 

「ま〜ま〜エリナさん。ユリカにも悪気があったわけじゃないんだし。

 艦長職の疲労度も考慮したら一概にユリカばかりを責めても・・・」

 

「テンカワ君あなたね!!

 あなたがそうやって甘やかすから艦長がいつまで経っても子供なのよ! 分かってるの!?」

 

「アキト・・・私をかばってくれるの? ユリカもう感激ぃ〜〜!」

 

「お前な・・・」

 

「せめて副長がブリッジにいてくれたら・・・」

 

「減給ですな」

 

「まったくね」

 

 まあ敵が来てくれた方が色々と都合がよかったんで黙ってたんだしな。

 DFSの試験稼動も出来るし、陽動にもなるから大使救出の成功率も上がる。

 だからこそミスるのがわかってて放っておいたんだ。

 ユリカだけが責められるのはさすがに気が引ける。

 

「まず、この先敵に察知された西側の水路を避けた場合、東の氷山をぬって進まなくては行けない。

 低空飛行時における座礁の確率は72%・・・。

 ま、シビアと言えばシビアな状況よね」

 

「ナデシコは10分後に発進。

 進路は東側の水路を取る。

 エステバリス隊は緊急事態に備えて待機。以上だ」

 

 ゴートさんが今後の方針を示し、クルーはそれぞれの持ち場に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビィ――ッ!! ビィ――ッ!! ビィ――ッ!!

 

 

【敵襲】 【緊急事態】 【さっさと出撃】

 

 待機していたコクピット内に次々と現れるウィンドウ。

 どうやら敵に発見されたようだ。

 

「アカツキ、イズミさんと二人で大使の救出を優先してくれ。

 俺たちで出来るだけ敵を引きつける」

 

『なるほど陽動作戦か!

 オーケイ! ナデシコの防衛は任せるよ!』

 

「ウリバタケさん、俺と枝織ちゃんのエステにDFSを装備させてください!」

 

『何言ってんだ!! まだ一本しか出来てないぞ!!』

 

「ええぇっ?」

 

『文句言うんじゃねえ! 試験運動もまだの兵器をぽこぽこ量産できるわけないだろがっ!』

 

 言われてみればその通りだが・・・・・・

 俺も枝織ちゃんも久々に暴れられるって楽しみにしてたのになぁ。

 

「仕方ないか。枝織ちゃん、どっちが使う?」

 

『うーんとね・・・』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『すごい・・・! なんなのあの剣はっ!』

 

『戦艦のフィールドすらやすやすと切り裂くとは・・・!!』

 

『まさに鬼神の如く・・・ね』

 

『提督! あんた今まで何処に行ってた!?』

 

『でもおかしいです。アレだけの威力を持ちながらエステ本体の総エネルギー量が変わってないなんて・・・』

 

『どういうこと、ルリちゃん?』

 

『エネルギー量が変わらないって・・・まさか防御用フィールドまで使ってんのか!?』

 

『うそ! そんなことしたら・・・!』

 

『・・・ミサイル一発で粉々ね』

 

 ブリッジはモニターで次々と敵を切り裂く真紅の刃に驚きを隠せない。

 三人娘も巻き添えを恐れて戦場には入って来れないでいるみたいだ。

 いま木星蜥蜴の大軍を相手にしているのは俺と枝織ちゃんの二機だけ。

 それだけに無人兵器にすら戸惑いが見える。

 

 

『その心配はいらないわね。

 どうやってるのかは皆目見当がつかないけどどうやらDFSを完璧に使いこなしてるみたいだもの。

 時にDFSを楯状に収束させて敵の攻撃を防いでいる。

 一面防御だけど強固さだけなら通常のフィールドの数十倍よ』

 

 イネスさんの解説を裏付けるかのように、敵から放たれた閃光を盾で逸らしてもう一隻の戦艦を沈める。

 少しでもずれれば重力波の直撃で完全にこの世から消滅していただろう。

 それが出来るだけの技術は・・・そしてその自信はまさに驚愕に値する。

 

『しかも計器になんの変化も見られない。

 心拍数・体温・血圧・・・いえ、むしろ楽しんでるのかしら?』

 

『い・・・異常よ! この戦闘力は!!』

 

『楽しんでる・・・この強さもまだまだ本気じゃないってこと?

 呆れるわね、ここまで化け物だと・・・』

 

 驚愕はすぐに恐怖へと入れ替わる。

 自分達を容易く凌駕する力。

 そしていつも笑い合ってる隣人が、その気になれば一瞬で自分達を滅ぼせるという現実。

 いくらナデシコでもそう言った本能的な感情はそうなくなるものではない。

 

 だが・・・

 

『いいんじゃない? 別に。味方なんだし』

 

『ミナトさんの言う通りです! 

 それに火星に攻め込んだときのアキトはもっとも〜っと強かったじゃないですか!』

 

『そうですよね。いまさらって感じですよね』

 

 その驚異的な戦闘力に驚いてたのは主に火星以降に参入した面々だ。

 ルリちゃんや三人娘は新兵器・DFSに驚いていたらしい。

 火星到着直前に見せた俺の『竜牙弾』は通常のDFSによる攻撃を遥かに超えている。

 まああっちは消耗が激しいから総合的にはDFSの方が優れてるんだけど。

 

『とは言えこれほどの戦闘力を持って彼らは何を目指しているんでしょうなぁ。

 ・・・・・・で、ゴート君。あなたは何をなさってるんですか?』

 

『むっ? いや先程のヴァーチャルルームの映像を録画したので同志達にダビングを・・・』

 

『ほォ・・・それはそれは。私にも一つ頂けますかな?』

 

『うむ、一本3000円だ』

 

『・・・・・・・・・ゴート君、ボーナス30%カットです』

 

『・・・以前全面カットされたはずだが?』

 

『そうですか。じゃあマイナスですな』

 

『ミスター・・・(泣)』

 

 もはや戦闘中とは思えないほどの気楽さだ。

 

 

『・・・そう言えばミスマル。当のテンカワ・アキトはどこへ行ったんだ?』

 

『へ? アキト? アキトなら枝織ちゃんの後ろで・・・・・・って、あれ?』

 

『ハッ! 私としたことが枝織さんに気を取られてアキトさんを見失ってしまうなんて!』

 

『アキトさん! アキトさん! 応答してください!』

 

 そう。

 モニターに映ってたのはDFSを携えた枝織ちゃんの機体だけ。

 結局じゃんけんで負けた俺は通常装備で出撃し、みんなに見えないところでちまちまと敵を落としていたのだ!

 まさかこの俺が日陰に追いやられる日が来るとは!

 

 

「主人公は俺なんだぁ〜〜〜っ!!」

 

 

 結局、俺はアカツキ達並に忘れられていた(泣)

 

 

 


 あとがき

 フェ〜イ〜ン〜ト〜(笑)

 

 今回は何故かジュン君が枝織ちゃんより目立つと言う異例の事態が勃発しました。

 ユキナがいたら暴走しそう・・・。

 まあ彼ほど女装の似合う男性はいませんからね。こういう格好もきっと似合うでしょう。

 枝織ちゃんを期待されてた方々、ごめんなさい。

 

 さて、作者が気に入ったためにやたらと登場シーンの長かったムネタケ。

 どうでしたか?

 活躍の場を増やすため早々と味方になって貰いました。

 でもあのオカマ言葉は書きづらいんですよね〜・・・。

 まあアキトに勝ったムネタケはナデシコSS世界広しと言えども初めてだと思うんで少し満足です。

 

 それでは次回は南国・テニシアン島。

 見事アクア嬢のハートを射止めるのはいったい誰か!?

 できるだけ早く書くんでどうぞ見捨てないでやって下さい(笑)

 

 

 

代理人の「アキトさん。あなたはもっと堕落しました(びしぃっ!)」

あっぱれムネタケ大手柄」のコーナー(爆笑)

いや、素晴らしい!

素晴らしいですよムネタケ!

「戦場に立った時、勝敗は既に決している」という古典的な軍略の正道を身をもって実践してくれました(爆笑)!

アキト君などは姑息だの卑劣だの卑怯だの言ってますが、人聞きの悪い。

ムネタケがまともにやりあってアキトに勝てる筈がなし、という所から来た油断でしかありません。

こっちが正面から力を比べ合うからと言ってあっちが付き合ってくれるとは限らない。

そう、現実的と言って貰いましょう。要は勝てばいいんです。

勝てば官軍負ければ賊軍。

綺麗事だけでは国も人も立ち行かんのです。(まぁ、綺麗事無しでもやっぱり立ち行きませんが)

 

ついでに言うと、アキト君にすれば「力があるからと言って無敵と言う訳ではない」

と言うことを端的に示した教訓ともなるでしょう・・・活かせるかどうかは本人次第ですけどね。

 

 

定期おまけ連載

「緑麗さん。貴方はもっと堕落しました(びしぃっ!)」

のコーナー(超爆)

 

緑麗さん、あなたと言う人は、ああ、あなたって人は!

 

いたいけな少女をアキトの慰みものにするのみならず、

遂に男にまで手を出したのですかっ(核爆)!←物凄く人聞きが悪い

 

緑麗さんがそんな人だったなんて!

私だけは信じて・・・・・・ませんでしたけどね、そりは(激爆)。

 

 

 

追伸

>アクア

アキトは毎度ですし、時ナデではガイが、某「黒」ではジュンが生贄になってますから

今回は思いきってゴートなどどうでしょう(核爆)。

(「次はアカツキ」では順当過ぎますし〜(^^;)

 

 

追伸その2

アキトってふんどし魔人と顔馴染だったのか(爆笑)。