紅の戦神外伝

 

「Rouge et Noir」

 

 

第一話

 

 

 

 普段よりもだいぶ早い時刻に目を覚ました俺は、基地裏の広場をふらふらと散歩していた。

 火薬の匂いも医薬品の匂いもなく、ただ緑に包まれているだけのそこは

 他の隊員たちもリラックスしたい時などにちょくちょく使用している。

 外気は肌を刺すように冷たいが、それでも陰気な基地内にいるよりは幾分かましだ。

 先ほど容れたコーヒーを一口呷り、吐き出す白い息をぼんやりと見つめる。

 

 食欲はあまりなかった。

 

 どうという事はない。

 ただ、いつもと同じことがいつものように起こってしまっただけだ。

 

 大切な友人が、大切な者たちを残して逝ってしまった。

 守るべきものを持たない俺がまたもしぶとく生き残ってしまった。

 何時終わるとも知れない戦乱の傷跡は、間違いなく徐々に大きくなっていく。

 

『ここは俺の特等席だからな。誰も座んじゃねーぞ?』

 

 そう言っていたあいつの席にはもう新しい誰かが座っていた。

 だがもはや誰も気にしたりしない。

 あまりに当然のように訪れるソレは、俺たちにとっては既に当たり前になっていた。

 

 ここは地獄の最前線。

 そして俺はその最前線を支える部隊の隊長。

 名はオオサキ・シュン。

 生き残ることしか能がない、不出来な一軍人だ。

 

 

 

 

 

「隊長、ここにいたんですか」

 

 ぼんやりと白んだ空を見上げ、冷めたコーヒーの熱を惜しむように感じていた俺に声を掛けてきたのは

 俺と同時期にこの部隊に配属された、副官のタカバ・カズシだった。

 

「よう、カズシ。

 こんな早くからランニングとは精が出るな」

 

「なに馬鹿なこと言ってるんです。

 隊長こそちゃんと部屋にいて下さいよ。

 おかげでこっちは朝っぱらから随分走りまわされたんですから・・・」

 

 その姿に俺は苦笑をかみ殺した。

 ここで笑うのは少しばかり気の毒だ。

 たとえ身長190センチを超える大男が肩を落とす姿が、獲物を取り逃がした熊のように見えたとしても。

 

 俺はコーヒーを一口で飲み干し、まずさに顔をしかめながらカズシに向き直った。

 

「そいつは済まなかった。

 ・・・それで、そんなに慌てて何の用だ?」

 

「ええ。

 ついさっき部隊司令から連絡がありまして・・・

 前々から陳情してた補充戦力の件、なんとかなりましたよ」

 

「本当か!?」

 

 眠気が吹っ飛んだ。

 この最前線ではいくら戦力があっても足りることはない。

 来るやつ来るやつ、次々に死んでいくからだ。

 以前から戦力増強の陳情はしていたが・・・

 はっきり言ったらほとんど期待はしていなかった。

 

「もちろん。

 こんなことで嘘をつくほど人生投げちゃいません」

 

「そうか・・・司令の青二才。無能だと思ってたが、なんだ。

 結構やってくれるじゃないか」

 

 何時も何時も何もしないで無理難題を突きつけるだけの馬鹿だとばかり思っていた。

 いつかは思いっきりぶん殴ってやろうと思ってたが・・・

 こいつは評価を少しばかり改めてやらにゃならんな。

 

「それで、細かい内訳は?」

 

「はい。ネルガルからの出向社員が新型とセットで二名。

 それから西欧方面軍第七大隊から一人が転属してきます。

 あとは新型の整備用にネルガルのメカニックが数人・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おい」

 

 何だそれは?

 戦力増強?

 たった三機追加したくらいでどうにかなる戦場だと本気で思ってるのか?

 ・・・ダメだ。あの青二才ヤロー、何時かと言わずに今すぐぶっ飛ばしてやる。

 

「カズシ・・・お前も正気か?

 今更新人を二、三人配備されて、なんでそんなに浮かれられる。

 ったく、淡い期待を抱かせやがって・・・」

 

「まあネルガルからの二人はそうでしょうけどね。

 心強いのは残りの一人ですよ。

 隊長、第七大隊と聞いて何か思うところはありませんか?」

 

 第七・・・?

 むぅ、そう言えば結構よく聞く部隊名だが・・・

 

「・・・いや、わからん」

 

「ハァ〜〜・・・本気ですか、隊長。

 『白銀の戦乙女』ですよ。

 あのエースパイロットがここに配属されることになったんです!」

 

「白銀の・・・・・・!!

 アリサ=ファー=ハーテッド中尉か!!」

 

 俺は再び勢いよく立ち上がった。

 

 戦場では、常に英雄を祀る物語(フォークロア)が存在する。

 誰が言い始めたのか分からない。

 どこから広まったのかも分からない。

 しかし誰もが必ず知っている。

 そんな英雄譚だ。

 

 もちろんそんなやつが実在するわけがない。

 ちょっとした活躍に尾鰭がつき、それが噂の範囲を超えてそうなるのだ。

 ここのような最前線では特にそう言った傾向が顕著である。

 つまり誰もが求める心のよりどころの一つになるわけだ。

 

 だいたい英雄なんてのは、だ。

 ちょっと人より技術があって、ちょっと人より生き残るのが上手い。

 結局その程度のものでしかない。

 少なくとも俺が知っている噂の渦中のやつらはみんなそうだった。

 そのちょっとの積み重ねが、一人の英雄を作り上げていく。

 間違ってもチューリップを機動兵器で沈めるだとか、

 一機で一個師団を凌駕するとか言うトンデモ話の主人公にお目に掛かった事はない。

 英雄もエースも、所詮は一人の人間でしかないのだから。

 

 しかしそれが悪いわけじゃない。

 一人のエースが齎してくれるのは単純な戦力に限らず

 戦場では、とくにこういう劣勢の時には絶対に不可欠な『士気』を全軍に与えてくれるのだ。

 

 そう言う観点で見ればアリサ中尉の配属はまさにこの部隊に最適の人事だった。

 

「おいカズシ・・・さっそく基地内のやつら全員に知らせろ。

 アリサ中尉と言えば西欧方面軍に所属する者達の間じゃアイドルだ。

 俺たちだけに留めておくのはもったいない」

 

「了解! 全軍をもって出迎えてやりましょう!」

 

「馬鹿。んなことしたら大混乱だろうが。

 とりあえず出迎えはパイロット連中だけにしておけ。

 残りのやつらは歓迎の準備だ」

 

 アリサ中尉には悪いが・・・

 そのネームバリューは精々利用させてもらわなくちゃいかない。

 信じられるもの、確固たるものがあれば人間は強くなれる。

 それで士気が上がれば・・・一機でも多く敵を道連れに死ぬことができるってもんだ。

 

 

 このとき俺は、アリサ中尉の名前にばかり目が行って残りの情報をほとんど気にしていなかった。

 しかしこの戦況に希望と未来を与え、俺たちの進むべき道を示したのは・・・

 漆黒のエステバリスを駆る戦鬼 テンカワアキト。

 深紅のエステバリスで舞う天使 影護枝織。

 俺たちの前に降り立った紅と黒(「Rouge et Noir」)の希望の光。

 あのちぐはぐな二人組に、思えば俺たちも随分と振り回されたもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリサ=ファー=ハーテッド中尉です。

 本日よりこの駐屯基地に配属されました。

 これからよろしくお願いします」

 

 まさに『白銀の戦乙女』の名に相応しい美を纏い、少女は完璧な敬礼をして見せた。

 まだ二十歳にも満たないはずだが、その憂いを秘めた瞳に俺の後ろで息を飲み込む気配がする。

 何と言うか・・・これが、格の違いと言うやつだろう。

 ウチにもともといた奴らには悪いが、彼女の立ち居振る舞いは明らかに異質だった。

 

「はじめましてアリサ中尉。

 この部隊の隊長を務めるオオサキシュンと言う者だ。

 よく来てくれた。

 俺たちは心から君を歓迎しよう」

 

「は! ありがとうございます!!」

 

 真っ直ぐ俺の瞳を見つめ、きびきびと礼を述べる中尉はまるで軍人の鑑のようだった。

 どうやら能力だけではなく軍人としても信を置ける人物のようだ。

 

「中尉も知っているとは思うが・・・

 ここの戦況ははっきり言って悪い。

 他の奴らのケツに火をつける意味でも、君の活躍を期待する」

 

「はい。

 若輩者ではありますが、この身の許す限り鋭意努力いたします」

 

「ああ。よろしく頼む。

 それじゃあさっそく誰かに基地の案内を・・・」

 

 互いに互いを牽制していたパイロット連中を振り返り、苦笑しながら一人一人を見回す。

 まあこんな最前線じゃ中尉みたいな上玉は滅多にいないからな。

 どいつもこいつも殺気すら帯びた目をしていやがる。

 自分達の救世主になろうかという中尉に襲い掛かるようなやつはそうそういないだろうが。

 

「そうだな。じゃあカズシ。

 お前が案内してやってくれ」

 

 

「え〜〜〜〜〜〜〜〜!!」(パイロット一同)

 

 

「喧しい! 中尉は大切な救援だ!

 飢えた野獣の群れに放り込むような真似ができるわきゃないだろう!」

 

 キツイ言葉を投げるカズシも、もちろん冗談だ。

 こいつらだってそれくらいは弁えている。

 

「うあっ! タカバ副官ひっでー!」

 

「ずるいっすよ。独り占めっすか?」

 

「ちゃんと口説いてからにしますって!」

 

「馬鹿、それがいかんって言ってんだよ!」

 

 こいつらがこんなに明るいのは随分久しぶりだろう。

 『白銀の戦乙女』が来ると聞いただけでこの調子。

 アリサ中尉様々だな。

 

「オオサキ隊長。

 私以外にもエステバリスライダーが配属されると聞いていますが、その方はどちらに?」

 

「ん・・・?

 ああ、そう言えばそろそろ到着する頃だったな。

 君を迎えるついでに俺が出迎えに出るつもりだったが・・・」

 

「私も行きます。

 これから一緒に戦う事になるのですから、一度顔を合わせておきたいのです」

 

 そう言う中尉の目はやけに真剣だった。

 そこには・・・言葉に出した以上の感情が押し隠されているようだ。

 それだけが少し気になった。

 

 空気を震わせるような音を立てて一機の輸送機が飛来したのはその時だった。

 

「どうやら御出座しのようだな。

 だが中尉、来るのは民間のテストパイロットだぞ?

 実戦経験があるかもわからない新人だ。

 君がわざわざ出迎えに出る必要もないと・・・っ!?」

 

「構いません。

 ・・・・・・どうかしましたか?」

 

「あ・・・いや・・・」

 

「・・・・・・?」

 

「いや、済まない。じゃあ行こう。

 お前達もせっかくだからついて来い」

 

 言わなくてもついてくるつもりだっただろうパイロット連中に声を掛け、

 思わず外に出してしまった動揺を押し隠す。

 ・・・ったく、なんだってんだよ。

 今の中尉の目・・・

 

「・・・隊長、どうかしたんですか?」

 

 俺にだけ聞こえるほどの声で話し掛けてきたのはカズシだ。

 他の誰もが気付かないほどの一瞬の動揺も、カズシには分かってしまうらしい。

 伊達に古い付き合いをしていないからな。

 

「ああ・・・どうもな。

 こいつは一悶着あるかもしれんぞ」

 

 中尉の瞳に一瞬だけ浮かび上がった感情・・・

 

 それはこんな戦場では見慣れた、敵に対する憎悪の念だった。

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ! アー君、アー君!

 下にシュンさん達がいる!」

 

「枝織ちゃん・・・俺たちはみんなとは初対面なんだ。

 それを忘れないでくれよ?」

 

「むー、面倒くさいねー」

 

「はは、すぐに顔見知りになるんだからさ。

 はじめだけ気をつけてれば大丈夫だよ」

 

「うん!

 あ! アリサちゃんもいる!

 おーい! やっほー!」

 

「・・・・・・・・・何?」

 

「ほらほら! アー君も着替えて着替えて!

 早くしないともうついちゃうよ!」

 

「げ・・・、やっぱ着なくちゃダメ?」

 

「とーぜん! 何事も最初がカンジンだよ♪」

 

「それはなんか違うよ、枝織ちゃん・・・(泣)」

 

 

 

 

 

 

 輸送機が誘導されたスペースに着陸し

 俺たちは半分は興味深そうに、半分どうでもいい感じでその周囲によった。

 新型付きのテストパイロットなんて現場で気に入られる存在でもない。

 そう言うやつの多くは技術先行で実戦経験もなく、役に立たないことも珍しくないからだ。

 最悪、一番初めの出撃でおさらばになることもある。

 それで新型が失われるのは惜しいがな。

 

「出て来るみたいですね」

 

 カズシの一言に俺は視線を輸送機に集中させた。

 昇降扉が開き、中から数人の人影が姿を現そうとしているのを確認する。

 確か情報では・・・

 よく確認していなかったが多分男女一名ずつだったような気がするな。

 

 そしてまずはじめに降りてきたのは・・・

 

「やっほ〜!! お出迎えありがとー!!」

 

 

「おおおおおおおおおっ!!!」(パイロット連中)

 

 

 ・・・おいおい、マジか?

 

「・・・まさかあの可愛らしい嬢ちゃんがパイロットだなんて言うんじゃないだろうな?」

 

 資料に写真は載っていなかったし、俺も詳しく読んでいたわけじゃない。

 さすがに名前くらいは確認していたが・・・

 どう見てもティーンじゃないか?

 どっちかって言うと若手のアリサ中尉よりも明らかに年若い・・・いや幼いぞ?

 

 服装にいたっても、何処からどう見てもハイスクールの学生にしか見えない。

 と言うか、まるっきり女子高生だ。

 上下ともにエンジ色で統一されたブレザータイプ。

 シャツの襟のボタンや、胸の赤茶系のリボンがやけに印象的だ。

 靴は黒の革靴でソックスは当然白。

 コートは紺系のPコートで、彼女の燃えるような赤髪を一層引き立てている。

 そしてもこもこのイヤープロテクターで幼さを演出・・・か。

 ふ、パイロット連中が呻き声をあげるのも分かる。

 

 隣でカズシのやつが「し、私立黒曜〇高校・・・!」とか呟いていたのは聞かなかったことにしよう。

 一応、こいつの名誉のためにも。

 

 だが続くもう一人が姿を現したとき、俺は不覚にも意識が遠退くのを感じた・・・

 

 ずんぐりとした体躯。

 丸くて大きな、愛らしい二つの瞳。

 紳士な服装をイメージした蝶ネクタイとお洒落な帽子。

 何より熊だかネズミだか分からない大きな二つの耳。

 

 そいつはぐるりと俺たちを見回すと、開口一番にはっきりと言い放った。

 

 

 

 

 

「ふもっふ!」

 

 

 

    し〜〜〜〜〜〜〜〜ん・・・

 

 

『何者だーーー!!』(全員の心の叫び)

 

 ・・・・・・・・・・・

 続いて現われた東洋人の男は、一見して普通の出で立ちだった。

 ネルガルのロゴ入りのジャケットにデニムのジーンズ。

 俺と目が合うと軽く会釈をする。

 無視する理由もなく俺は無言で頷いてそれに応対し・・・・・

 

「隊長! 隊長!! 気をしっかり持ってください!!」

 

「カズシ・・・・・人生ってやつぁ不思議がいっぱいだな・・・」

 

 一瞬幻想を見ちまったよ・・・。

 うう、ダメだ。

 どんなに見直しても目の前の物体は人間には見えない。

 ああそーか。とうとう軍司令部は木星蜥蜴に占拠されちまったんだな。

 コイツはボ〇太君型機動兵器ってやつか?

 蜥蜴野郎め・・・・粋なものを。

 

「ふもっ、ふもふもっふ、ふもー、ふもふも」

 

「えー・・・通訳は私がするね!

 アー君はこう言ってます。

 『はじめまして、オオサキ少佐。

  俺はテンカワアキト。ネルガルからの出向社員です』

 同じく影護枝織でーす!」

 

 ブレザー姿の少女――影護枝織と名乗った娘が同時通訳を買って出る。

 

「ふもっふ、ふもっふ、もっふるふー、ふもふもふっふー」

 

「それから・・・

 『この格好は俺の本意ではなく、一種の懲罰なので勘違いしないで下さい。

  本当の俺は平和と平穏を愛する好青年なんです(泣)』

 ちなみにこのスーツは私が通販で買ったの♪」

 

 ・・・いかん、頭が痛くなってきた。

 

「あ、ああ。俺はこの部隊の隊長 オオサキ・シュンだ。

 二人の・・・いや君らの直接の上官になる。

 いきなり最前線に派遣されて君も辛いだろうが・・・」

 

 こめかみを抑えながらも何とか体裁を整えてそう告げる俺に

 テンカワと自称する物体はそのもこもこした腕を持ち上げて俺の言葉を遮った。

 

「・・・どうした?」

 

「ふんもーっふ、ふも、ふももっふ、ふもふもっ、もっふる、ふも!」

 

「『ええ、すみませんが・・・

  俺たち二人に対しては貴方に命令権はないということを覚えて置いてください。

  俺たちはあくまで出向社員なんです。

  出来る限り指示には従いますが、正式な命令は軍の人事部を通してから・・・』」

 

 

「ふざけるなっ!!」

 

 

 おお、カズシが切れた・・・いや当たり前か。

 俺だって現実に戻るのがもう少し早かったらブチ切れていただろう。

 カズシはただ単に俺の副官をやってるわけじゃない。

 その立場はどっちかと言うと相棒と言うか・・・

 とにかく俺の考えてることとかは言葉にしなくてもだいたい分かってくれる。

 

 だが自称テンカワは190を超えるカズシに劣らない体躯を持っている。

 たとえカズシでもその重量感溢れる構えを崩すのは容易ではないだろう。

 

 そして結果は予想通りに・・・しかしちょっとだけ予想外れに進んでいった。

 

 

「貴様!! 上官を馬鹿にするのもいい加減にしろっ!!」

 

 

    ぼふっ!

 

 

 カズシの放った渾身の右ストレートは綺麗に自称テンカワ(しつこい)のボディにヒット。

 しかしその効果音はひどく気の抜けるものだった。

 

「ふもっふ! ふっふもー! もふもっふ!!」

 

「『腰の入ったなかなかいいパンチだ。

  しかしその程度ではこの超アラミド繊維の強化スーツの防御を突破することは出来ない』

 ・・・だって」

 

 ぼい〜んと跳ね返って尻餅をついたカズシを見下ろしながら、

 テンカワは腕を組もうとして・・・

 出来なかったので両手を腰につけて胸を張る。

 通訳は相変わらずの枝織君だ。

 

「こ、このっ・・・!!」

 

「やめろカズシ!!

 ・・・わかった。

 俺たちは君らに対して命令しない。これでいいんだな?」

 

 確認する俺にうんうんと頷く一人と一匹。

 動きが全く同じ。実にいいコンビだ。

 アレだな、子供向け番組のぬいぐるみとお姉さんって感じだろう。

 

 命令権に関しては別に構わない。

 どうせはじめからたいした期待はしていないし、直接会って僅かな期待も完全に霧散した。

 第一、見たところ枝織君に至ってはまだまだ子供だ。

 軍の無茶な命令で命を粗末にさせることもないだろう。

 

 と。

 二人がびくつく他のパイロットにあらかた自己紹介を終えた時、

 俺の傍らにいたアリサ中尉が静かに一歩前に出た。

 

「か、可愛い・・・

 ・・・ハッ! 何を言ってるのよアリサ!

 あいつがテンカワアキト! そうテンカワアキトなのよ!!

 

 なにやら呟きながらも、その顔には・・・天使のような笑顔が浮かんでいる。

 さっきのは俺の気のせいだったのか・・・

 

「は、はじめましてテンカワアキトさん。

 私はアリサ=ファー=ハーテッドです。

 貴方と同じパイロットとして本日配属されました。

 これからよろしくお願いします」

 

 そう言って右手を差し出すアリサ中尉に・・・

 

 

   かぽっ!

 

 

「ああ・・・よろしく、アリサちゃん」

 

 ぬいぐるみの頭を外してテンカワがそう応対する。

 中に入ってたのは黒髪黒瞳の東洋人・・・しかもかなりの若僧だった。

 おそらく、20かその前ってとこだろう。

 

 中尉はその年不相応な深い眼差しに見つめられ、ほんのりと少しだけ頬を染めた。

 

 俺たちに対した時とは明らかに違うその仕草に、パイロット連中から悲痛な声が上がる。

 ・・・哀れ、だな。

 希望は一日にして・・・いや数分にして絶たれたか。

 

 少々躊躇した後、テンカワは笑顔で中尉が差し出した右手を握った。

 銀髪の美少女の手を握り、赤髪の美少女がその腕に纏わりついている。

 その光景に・・・男共の怒りは容易く最高潮まで達した。

 いきなりふざけた登場をかました挙句にコレだからな。

 気持ちはわからんでもない。

 腹を立てたウチの馬鹿共は先輩として新入りに教育的指導でもくれてやろうかと考えているらしい。

 

 しかし・・・

 そいつらが動こうとしたまさにその時―――

 

 

      ガキィインンッッ!!!

 

 

 耳を劈くような金属音が響き渡る!

 資材運搬用の台車の整備が出来ていなかったのか、動かした拍子に外れてしまったらしい。

 

「危ないっ!!」

 

 脇で輸送機から資材の搬出を行っていたネルガルの整備員の警告!

 俺たちの目の前で、高さ6メートルにも及ぶコンテナが大きくバランスを崩す!

 

 

    グラッ・・・!!

 

 

 コンテナが倒れていく方向には・・・・・・テンカワ達三人が呆然と直立していた!!

 

「アリサ中尉っ!!」

 

 咄嗟に俺は中尉の身を案じて叫んだ。

 テンカワ達には悪いが・・・

 はっきり言って俺たちにとっては中尉の重要度は他とは比べ物にならない。

 最悪二人を犠牲にしてでも中尉には生き残ってもらわなけりゃならないのだ。

 

 

   ガシャアァァァァンンッ!!!!

 

 

 しかしそんな望みは儚く裏切られ、コンテナは完全に横倒しになる。

 俺たちは目の前でコンテナに押し潰される三人の姿を予想して目をつぶるしか出来なかった。

 

「くそっ!!」

 

 ふざけるなっ!!

 せっかくの希望の光がこんなところで失われるのか!?

 運命の女神はどこまで俺たちを見放せば気が済む!!

 

「おい!! 早くどかせっ!!」

 

 カズシが青い顔をしながら整備員に命令する。

 それに弾かれたように全員が動き出した。

 牽引用のワイヤーを、倒れたコンテナに引っ掛けようとする・・・

 

 

 が。

 

 

 ひゅ〜〜〜〜ん・・・・・・

 

 

 何かが空気を切り裂く音。

 そして・・・

 

 

            ぼすんっ!

 

 

「・・・・・・は?」(全員)

 

 

 気の抜けるような軽い着地音。

 それに俺たちはただ間抜けな声をあげるだけだった。

 続いて、さっきのぬいぐるみの頭が再びテンカワの頭に納まる。

 

「ふもっふ、ふも?」

 

「あ・・・は、はいっ! 大丈夫です!」

 

 おい・・・錯覚じゃ、ないよな?

 いま、何だか上から降って来たように見えたんだが・・・

 

「ふもふも、もふー」

 

「あの・・・い、今いったい何が・・・?」

 

「もっふる、ふもっ! もふもふ!」

 

「と、跳んでっ・・・!?」

 

 跳んでって・・・・・おいおい、どーゆー跳躍力だよ。

 落ちてくるまでどれくらい時間あった?

 お前は鳥人間かっての。

 

 ・・・・・・・・・。

 

 いや待て。なぜ会話が成り立っとる?

 

 

「無事・・・なのか?」

 

 誰かが発した声に、急速に虚脱感が襲ってくる。

 俺たちはいまだ目の前で起こった事態が信じられないでいた。

 

 だがそれも、さらに現実離れした事態が起こるときまでだったが。

 

 

「!! 枝織ちゃんがっ!!」

 

 思い出したようにアリサ中尉が叫ぶ。

 ちなみに、変わらずテンカワにお姫様抱っこされたまま。

 テンカワの方も降ろす気は無いようだ。

 と言うよりあまりに自然に抱いてるんで本人気付いていないらしい。

 

「ふもっふ!」

 

「大丈夫って・・・そんな!

 枝織ちゃんがコンテナの下敷きに・・・っ!!?」

 

 

    ズ、ズゥゥゥゥウウンン・・・!!

 

 

「・・・・・・嘘だろ?」

 

 俺の言葉はこの場にいる全ての人間の代弁だ。

 自分でもそう思う。ということはおそらく間違ってない。

 だいたい誰が想像できる?

 どっちかと言えば小柄な・・・

 カズシどころか俺ですら簡単に押さえ込めてしまえそうな華奢な少女が、片手でコンテナを支えている姿など。

 資材用コンテナは高さが6メートルにも及ぶ、エステが座った状態で入れるやつだ。

 持ち上げるどころか・・・大の大人が数人がかりで動かすことが出来るかどうか。

 それを片手で・・・・・いったいこいつらは何者だ?

 

「あー!! コート汚れたー!!」

 

 思わず・・・ズッコケた。

 それが第一声かよ。

 

「あぅーー! 卸したばかりなのにーー(泣)」

 

 いやそんなこと言われても・・・(汗)

 だいたい戦場でする格好じゃないだろ、それは。

 

「ふもっふ、ふもふも、もっふるふー」

 

「・・・ほんと?」

 

「ええ、別に生地に傷がついたわけでもありませんからね。

 ちゃんと洗えば綺麗になりますよ、これ」

 

 半泣き状態の枝織君に、テンカワとアリサ中尉が駆け寄る。

 

「何でしたら私がやりましょうか?」

 

「え、いいの?

 ありがとー! アリサちゃん!」

 

「ううん、構いませんよ。

 ・・・これからよろしくね、枝織ちゃん?」

 

「うん!」

 

 手に手を取り合う美少女二人にいかがわしい想像を働かせる隊員たちを威嚇し、

 俺はカズシと共に三人に近づく。

 そしてとりあえず一歩引いた所に立って中尉を観察(?)していたテンカワに声を掛ける。

 

「おい、テンカワとか言ったな。

 何だ今のは? お前らいったいなにモンだ?」

 

 鍛えたとかそう言うレベルじゃない。

 人ひとり抱えての信じられない大ジャンプ。

 片手で資材コンテナを持ち上げてしまうほどの怪力。

 もはや目を疑うばかりだ。

 

「ふも・・・」

 

「外せ」

 

 有無を言わさぬ俺の口調に、テンカワは素直に従って素顔を晒した。

 

「俺たちが何者か?

 ・・・そんなことはすぐに気にならなくなりますよ」

 

 テンカワはあやふやに誤魔化し、結局それ以上は何も答えなかった。

 その瞳は優しくも厳しい色を浮かべ、まるで俺の全てを見透かしているようにすら思える。

 いや・・・試されてる、のかもしれない。

 どっちにしろ只者じゃないってことだ。

 

 他のパイロット連中もいまだショックが抜けきっておらず。

 とりあえず現実からは目を逸らして目の前の美少女二人を侍らす鬼畜への怒りを滾らせているらしい。

 だからと言ってテンカワに突っ掛かろうとするような奴は勿論いない。

 現実からは目を逸らせても、自分の防衛本能は無視できんからな・・・。

 

「隊長・・・確かに一悶着ありましたね」

 

「馬鹿、完全に予想外だよ」

 

 カズシの軽口を流しながら、俺は再びアリサ中尉に視線を向ける。

 そこにはもうなんの不自然さも無い。

 普通に笑い、普通に困ったように枝織ちゃんと話している。

 だから俺は何を気にすることも無く、さっきの視線を気のせいだと意識の外に追いやってしまった。

 

 だがそれも仕方の無いことなのだろう。

 その時まで、俺とアリサ中尉との面識は無かった。

 初対面の相手の表情で全てを悟るなど、神ならぬ人の身で出来よう筈もないのだから。

 

 

 

 

 テンカワ達に続いて一行が基地へ向かい始めたとき、俺の後ろでカズシがふと振り返った。

 その視線の先には倒れたコンテナを起こすネルガルの社員・・・

 いや、開いてしまったコンテナからのぞく一機のエステバリスがある。

 

「漆黒のエステバリス・・・。

 そして『あの』ネルガルのテストパイロット、か。

 ・・・まさかな。あんなふざけた奴が・・・」

 

「どうした?」

 

「いえ・・・

 じゃ、行きましょうか隊長」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【歓迎!! アリサ中尉&枝織ちゃん!!】

 

 

 歓迎会はかなり盛大に行われた。

 横断幕に枝織君の名前まであったのに納得の行かない理不尽さを感じたが・・・

 まあ男所帯の駐屯地に女性隊員が来るんだ。

 どこからか変質的なまでの情報網が形成されていてもたいして不思議じゃないかもしれん。

 

 ・・・ちなみにアキト歓迎の文字は隅っこの方に申し訳程度にマジックで書かれていた。

 

 

 みんな少しハイになり過ぎている感じだが、まあたまには仕方ないだろう。

 自棄酒でない酒なんぞ久しぶりだ。

 かく言う俺も麦酒のジョッキを片手に上機嫌でテンカワを眺めていた。

 

 何故かって?

 そりゃ面白いからに決まってる。

 

 しばらくは酒の肴に事欠きそうに無いね、これは。

 

 

 

 

「し、枝織さん!! 俺とケッコンをぜんてーにお付き合いしてください!!」

 

「ヤダ♪」

 

「はっはっは! サイトウクン・・・ちょっとこっち来い」

 

「なな、なんだテンカワ! 俺はいま枝織さんと話して・・・!!」

 

「まーまー! ほら、向こうで男同士の話をしよう!

 ・・・うーん、こんな奴だったっけかな〜?

 

「あ、痛たたたたたたっ!!」

 

「はっ! サイトウの奴がピンチだ!!

 行くぞテメーら!! メカニック魂を見せてやれっ!!」

 

「おおっ!!」(メカニック30名)

 

「ふ・・・命知らず共が・・・!!」

 

 

 

 

「アリサちゃん、大丈夫かい?

 なんか顔色が優れないけど・・・」

 

「・・・テンカワさんって本当に噂どおりなんですね」

 

「うわさ?」

 

「『稀代の女たらし』・・・初対面で随分と馴れ馴れしかったですし。

 そうやってさりげなく私の背中をさするところなんて感心してしまいます」

 

「あ・・・ご、ごめん!」

 

「アー君・・・また?」

 

「別に構いませんよ。

 ・・・さ、枝織ちゃん。

 怖いおにーさんはほっといて向こうに行きましょう?」

 

「・・・そだね、手の早いおにーさんはほっといてあっち行こう」

 

「あ、俺も・・・」

 

「「何(ですか)?」」

 

「うぐっ!!

 ・・・そ、そんな冷たい目で睨まなくたって・・・!」

 

 ぽんぽんっ!

 

「ん?」

 

「・・・・・・(ぐっ!)」

 

「・・・何がそんなに楽しいんだ? サイトウ・タダシ(怒)」

 

「ふっふっふ・・・フラれ男同士仲良くしようやテンカワ」

 

「・・・・・・・懲りない奴だな、お前も(激怒)」

 

「サ、サイトウがまたピンチだぞ!! 行くぞメカニック〜〜!!」

 

「お、お〜〜・・・!」(メカニック7名)

 

 

「・・・アー君の浮気者」

 

 

 

 

「きゃはははははははははははっ!!!」

 

「誰だー!!

 枝織ちゃんに酒飲ませた奴はーーっ!!!」

 

「俺だ」

 

「なっ・・・カ、カズシさん!! 何てことをするんですかっ!!」

 

「お前も飲め。

 ・・・それとも何か? 上官の酒が飲めねーってんじゃないだろうな?

 ったく、あんなふざけた格好で現われやがって・・・」

 

「謝ったでしょーがっ!!」

 

「喧しいっ!! オラオラ! 飲め飲め飲め〜〜〜!!」

 

「飲めー♪」

 

「うぷっ! し、枝織ちゃ・・・あぶぶぶぶぶ!!」

 

 ぱたっ!

 

「きゅ〜〜〜〜・・・!」

 

「なんだなんだ、だらしない奴だな!」

 

「きゃははははははははっ!!!」

 

 

「ふふ・・・そうか! 奴は酒に弱い!!

 そして俺は酒に強い!! 覚悟しろテンカワ!!」

 

「うぅ・・・何が・・何がそこまでお前を駆り立てるんだ、サイトウ!!」

 

「そーいやアイツ、最近三年来付き合ってた彼女に振られたって言ってたな・・・」

 

 

 

 

 お互いに初対面のはずなのに、まるで旧来の友人同士のように振舞っている。

 はじめはふざけた奴だと毛嫌いしていた奴らも、今ではあいつの周りで笑ってるんだから不思議なものだ。

 

 テンカワの仕草や表情から、完全に俺たちを信頼しているんだとかそういう感じが見受けられる。

 他の奴らも敏感にソレを感じ取っているから警戒心が薄いんだろう。

 誰だって好意を持って来る奴に対しては同じく好意的になるものだからな。

 

 ただ・・・

 酔いつぶれたところを枝織君に膝枕され、アリサ中尉に介抱されてる姿はだいぶ敵を集めているみたいだ。

 ま、見てる分にはおもしろい奴には変わらない。

 周りに死屍累々と横たわっている男連中の処理を考えたら頭が痛くなるが。

 

 

 

 

 その日、俺たちは三人の新たな家族を手に入れた・・・

 

 何時も笑みを絶やさない、活発で無邪気な紅の少女。

 どこか得たいの知れなさを持ちながらも、親しみ易く少し情けない黒の少年。

 そして・・・

 時々ふと愁いを帯びた瞳を中空に向ける、名高き銀の少女。

 

 この時の俺はまだ・・・

 自分が大きな時の流れに晒されていることに、欠片も気付いちゃいなかった。

 

 

 


 

 あとがき

 

 第一話 出会い編、です。

 今回は枝織ちゃんにブレザーを着て貰いましたが、じつは緑麗はブレザー派。

 さらにネクタイなんてしてくれちゃったらもう言うことありません。

 白いワイシャツにネクタイをつけた女子(おなご)・・・・・・(赤)

 うふ、うふふふふふふ・・・

 そう言えば中学の時パンツスーツ姿のクラスメートに一撃で陥落したなー(笑)

 ワイシャツ単品なら大き目の方がいいですが、

 こういう組み合わせの場合は逆にぴったりの方がこうぐっと来るものがあるんですよね。

 大きすぎず小さすぎず・・・あとシャツはボタンダウンならなおよし。

 胸ポケットに挿したボールペンも欠かせないかも。

 

 

 

代理人の感想

お〜、到着早々大騒ぎ。

これで第一印象はバッチリですなっ(笑)!

そして何よりも・・・・・ナイス、サイトウッ!(爆笑)

 

>どちらかと言えば小柄な

え〜と、北斗って一応168cmあるんですが・・・・

ひょっとして枝織はオリジナルの北斗より身長が低いんでしょうか?

 

>ブレザー云々

・・・・・・・・・・・さっぱりわからん。(爆)