紅の戦神外伝

 

「Rouge et Noir」

 

 

第二話

 

 

 

 

 人生における無上の幸福は

 自分が愛されているという確信である。

 

 ――― ユーゴー

 

 

 

 

 

 

「やっぱり・・・・・・だいぶ状況が変化しているな」

 

「アー君?」

 

 歓迎会が終わって、私はアー君の部屋を訪れていた。

 それは今後のことで色々と相談しておきたいと言われたから。

 アリサちゃんは自分の部屋で荷物の整理。

 シュンさんやカズシさんはお仕事。

 持ってきていた料理器具を点検しながら、真剣な顔でアー君は語る。

 

「『前』はこの時期、まだアリサちゃんはいなかった・・・

 アリサちゃんがここに配属されたのはサラちゃんが入隊してからだったはずだ」

 

 どうやらアー君は自分の記憶とのギャップに戸惑いを隠せないらしい。

 

 ほんとなら「少しくらいの変化は仕方ないよ」と言ってあげたい。

 心配しなくていいと、今までだって何とかなったと言って励ましてあげたい。

 でも・・・今回に限ってはその少しが致命的になっちゃうこともある。

 そして失敗は許されない。

 

 メティス・テア―――

 

 私は直接会ったことは無いけど、アー君にとってとても大切な人の一人だとは聞いている。

 そして・・・

 『前』の時、護りきることが出来なかったのだと言うことも。

 

 西欧が近づくにつれてアー君の『気』はどんどん闇の色を帯びていくのが分かった。

 シュンさん達、懐かしい顔ぶれとの再会に少しは薄れたし、

 もちろん私もアー君が少しでも気を紛らわせることが出来るように手を尽くした。

 それでも・・・

 こうして二人だけになるとどうしても過去の情景が目の前に浮かんでくるみたい。

 

 苦しむアー君の姿に・・・・・私は『知らない』ことの哀しさを思う。

 

 直接的な記憶を持たない私には、アー君の持つ悲哀を本当に分かってあげる事が出来ないから。

 

 

「俺は・・・もしかしたらメティちゃん達とは関わらない方がいいのかもしれないな」

 

 そのあまりに哀しげな響きに、私は耳を塞ぎたくなる衝動を必死に抑える。

 もちろん、それを表に出したりはしない。

 これ以上は・・・アー君の心に負担を掛けたくは無い。

 

「・・・どうして?」

 

 慣れない自己制御の果てに漏らした言葉は、どうしても無機質なものになってしまった。

 でもアー君は少しも気付かずに語りつづける。

 まるで誰かに質問されるのを、懺悔する時を求めていたかのように。

 

「メティちゃんは・・・そしておじさんも。

 俺と関わったから殺されたんだ。テツヤに。

 ミリアさんだって危ないところだった。

 だけどみんなは・・・俺と出会わなければ幸せでいられたはずなんだ」

 

 違う・・・

 違うよ、アー君・・・

 そんなことない・・・

 

「俺さ、ここに来るまでずっと思ってたんだ。

 メティちゃんともう一度会えるんだって・・・

 今度こそは護り通してやるって・・・

 はは、勝手だよな。護りたいなら会わないのが一番なのに・・・

 何時の間にかみんなを巻き込むことを当然のように考えてたんだよ、俺って男は」

 

 どうしてそれがいけないの?

 大切な人なんでしょう?

 ずっと会いたかったんでしょう?

 だったら・・・そんなところで自分を殺さないで。

 

「・・・会いたいんでしょ? その子に」

 

「会いたいさ・・・会いたい。

 ああ・・・俺はもう一度メティちゃんに会いたい。

 でもそんな俺の我が侭でメティちゃんの未来を奪ってしまう可能性を上げるわけには行かないんだ。

 まあちょっと寂しいけど・・・・・・いや、大丈夫さ。

 俺には枝織ちゃんがいるからね?」

 

「・・・嬉しくない」

 

「・・・・・・。

 ・・・ごめん」

 

 嬉しくない・・・

 そんな誤魔化しみたいに言われても少しも嬉しくない。

 それに・・・アー君はいま嘘をついてる。

 全然大丈夫じゃないのに、無理矢理自分を納得させようとしている。

 

「会いたいなら会った方がいい・・・

 ううん、やっぱり会わなくちゃ駄目だよ」

 

 目の前に大切な人がいるのに掴めない、抱きしめられない。

 そんなことに耐えられるほどアー君は強くないもの。

 私だって同じ。

 みんなに忘れられてしまうことは・・・死よりも辛い。

 

「その結果・・・みんなを不幸にしても良いと言うのか?」

 

「幸せだとか不幸せだとか・・・それを決めるのはアー君じゃない。

 それはその娘自身が決めることだよ。私はそう思う」

 

「だがだからと言ってあんな結末は!!」

 

「だったら護ればいい! 今度こそ護り抜けばいい!

 今のアー君ならできるはずだよ!?

 でなきゃ・・・・・・そのテツヤって人を私が処理する!」

 

「!! 駄目だっ!!」

 

 アー君は振り返って真正面から私を見た。

 私も負けじとアー君の目をじっと見る。

 考えてはいたことだった。

 メティス・テアを殺したテツヤ・カタオカって人を逆に殺してしまえば・・・

 

「枝織ちゃん・・・君はもう昔とは違う。

 善悪の区別を教えられず、北辰の都合のいいように操られてたあの頃とは違う」

 

 わかってる。

 だから私はもう、無闇に人を殺めたりしない。

 でも・・・相手がアー君の、そして私の敵なら、容赦するつもりなんてない。

 どこに隠れていようと探し出し、暗殺する。

 その気になった私は・・・アー君にだって止められないんだから。

 

「テツヤのことは、俺が自分で乗り越えなきゃならない問題だ。

 だがメティちゃん達は・・・例えテツヤがいなくなっても他の奴らが狙ってくるかもしれない。

 俺と関わらなければそんなことも無くなる・・・だろう?」

 

 他人事のように淡々と、それでもそこには深い悲しみがあった。

 自分さえいなければみんなが幸せになれる。

 そんな自虐的な考えが、昔からしばしばアー君の心を覆う。

 こっちに来てからはだいぶ兆しを見せなかったけど・・・

 

「・・・アー君。一つだけ私の質問に答えて」

 

「え・・・?」

 

 私はアー君の言葉を受け止め

 その上であえて応えずに少しだけズルい質問をした。

 

「もし・・・もし私がアー君と出逢ったことで不幸になるなら・・・

 アー君は私の前からいなくなる?」

 

 それで私が幸せになるのならと自分を誤魔化して。

 その私の問いに、アー君は少し驚いたような・・・そして少し怒ったような顔をする。

 

「何をいきなり・・・」

 

「答えて」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 有無を言わさぬ私の口調にアー君は沈黙してしまう。

 困らせてごめん。

 でも私は・・・いつか聞こうと思ってた。

 そしてアー君がなんて答えるのかを知っておきたかった。

 

 ねえアー君・・・私が一番にアー君に対して求めているものって何だと思う?

 私はね、アー君に幸せなんて祈って欲しくない。

 無償の愛なんて私にとっては何の価値も無い。

 私が本当に求めているもの・・・

 それは・・・

 

 

 そしてばらくの沈黙の後、アー君が発した言葉は・・・

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・離れないよ。

 俺は・・・枝織ちゃんを放さない」

 

 

 

 

 

 少し照れたアー君の言葉を聞いた瞬間、涙が無意識に頬を流れた。

 硬くなっていた表情が、綻んでいくのが分かった。

 

 嗚呼・・・なんて私は幸せなんだろう。

 どうして一番言って欲しい言葉を与えてくれるんだろう。

 

 そう、それが私が求めていた答え・・・

 私はアー君に求めて欲しかった。

 全てを奪い去って欲しかった。

 与えられるだけじゃなくて、私だってアー君に与えたい。

 幸せとか不幸とかは関係なく、ただお互いを求め合いたい。

 それが永久に変わることの無い私の望み・・・。

 

 もしアー君と出逢わなかったら、私はこんなに満ち足りた気持を感じることは出来なかったよ?

 こんなに幸せになれなかったよ?

 アー君がいるから・・・私は私でいられるんだよ?

 

 ほらね。もうアー君には答えがわかってる。

 自分がどうするべきか、もう答えは見つかってる。

 だから・・・ここは悩むべきところじゃない。

 

 私は流れる涙を拭おうともせずに、最愛の人の首に両腕を回した。

 そしてそのまま首筋に顔を埋める。

 戸惑うアー君が離れていかないように、強く強く抱きしめる。

 

「わぷっ! し、枝織ちゃん・・・?」

 

「アー君・・・それって私が大切だからだよね?

 どんなことになっても・・・私を放したくないって言ってくれてるんだよね?」

 

 アー君は何時も他人のことばかり考えている。

 全身全霊を掛けて、心の底からその不特定な誰かの幸せを考えてしまう。

 幼い頃から積み重ねられた英雄願望。大事なものを護れなかった精神的外傷。

 そんなものが邪魔をして、とことんまで追い詰められなきゃ本当に何かをがむしゃらに求めることが出来ない。

 でも・・・私は思う―――

 

「・・・出逢わないことよりも不幸なことは無い。

 アー君に抱かれてる今なら・・・自信を持ってそう言える」

 

 過去は過去。現在(いま)じゃないから。

 アー君はやりなおしの奇跡を得た。

 彫刻を作り直すときも、同じミスを恐れて刃を入れなければ何時までも完成はしない。

 だからアー君はその娘と正面から向き合わなければいけないと思う。

 しっかり出逢って・・・その娘に不幸を齎そうとする人たちと戦うべきだと思う。

 それをしないのはただの逃げで、逃げ続ければアー君はまた傷ついてしまう。

 

「・・・怖いんだよ、俺。

 枝織ちゃんだけなら、護り通す自信がある。

 絶対に護ってみせると確信を持って宣言できる。

 でも・・・俺だって完璧じゃない。それどころか欠点の方が多い。

 護りたくても護れなかったことがあまりに多すぎるんだ。

 俺一人の力では・・・・・・メティちゃんというたった一人の少女すら、護りきれなかった・・・」

 

 

『失うことを恐れてたら何も手に入れられない?

 違うさ。失いたくないから何も欲しくはない』

 

 そんな言葉が一瞬だけ脳裏に浮かび、消えた。

 目の前にいる大切な人と、どこかにいるはずの大切な人。

 二人の気配が一瞬だけ重なる。

 失うことを恐れて全てを拒絶し、不幸にしてしまうことを恐れて出会いを拒絶する。

 根本的なところでどこまでもそっくりな二人に、少しだけヤキモチを焼きながら私は告げた。

 

 

「でもアー君、ここには二人いるよ?」

 

「枝織・・ちゃん・・・?」

 

 体を離し、私を見つめるアー君に、私はただにこにこと微笑む。

 今はもう『前』とは違う。

 まず私がここにいる。

 一人では出来ないことも、二人なら出来る可能性は格段に上がる。

 

 アー君はしばし私の顔をきょとんと見て、

 その後でつられたように笑い出した。

 

「そうか・・・

 いや、そうだね・・・枝織ちゃんがいる」

 

「うん、私がいる♪」

 

 闇の気が・・・霧散し、消えていく。

 残ったのはいつものアー君の優しい気。

 私の好きな暖かい気。

 

「メティちゃんは護る。

 あんな結末は絶対に防ぐ。

 ・・・うん。うじうじ悩むよりは全力を尽くそう。

 そっちの方が俺らしいし」

 

「そうだよ。

 それにこっちは向こうがどうやって攻めて来るかだいたい分かってる。

 なら裏を掻くことだって難しくないしね」

 

「ああ・・・いや、あえてこのまま真正直に行った方がいいかもしれないな。

 テツヤみたいな奴は必ず第二、第三の策を用意してから行動する。

 ならこちらが予測できる第一手を誘導して・・・」

 

「一気に殲滅?」

 

「そう。二手、三手を出す暇は与えない」

 

 少々傲慢でも視野が狭くても自信過剰でも鈍感でも自我が傷つきやすくても

 私はアー君に真っ直ぐでいて欲しい。

 他人の幸せのために自分を傷つけたりせず

 しっかりと自分の幸せを追い求めて欲しい。

 

 アー君が求める道には、きっと私も歩いているのだから。

 

 

 


 

 

 

 

     ブオオォォォォォンンン・・・

 

 

「ごめんね、付き合わせちゃって・・・」

 

「いえ、私も用がありましたから・・・

 気にする必要はありませんよ」

 

 けして平坦とは言えない道を私の運転する車が走ります。

 時刻は昼。

 白い太陽が空高く輝き、空調のついていない軍用ジープでもまあ苦にならない程度の気温。

 隣の助手席に座っているのは、私の監視対象であるアキトさん。

 そして後部座席には同じく監視すべき人物の枝織ちゃんが座っています。

 つい先ほど、日用品の買出しをしたいので街を案内して欲しいと頼まれたのです。

 基地内にも売店があるのに、と思わないでもありませんでしたが

 そう言えば私もほとんどの日用品を市販品で賄っています。

 アキトさんはともかく私や枝織ちゃんには軍製品は少し飾り気がなさ過ぎでしょう。

 それらの品の多くは年頃の女性が使用することなど全く考慮に入れていないものばかりなのですから。

 

「ですが・・・そう言えばどうして私のところに来たのですか?

 案内なら他の方のほうがこの地に住んでる期間が長いのですし・・・

 私もそれほど詳しいわけではないので細かいところまでは案内できませんよ?」

 

「あ・・・ああ、うん、別にいいんだ。

 買い物はついでだし・・・じゃなくて、う〜ん・・・」

 

 ・・・何を戸惑っているのでしょう?

 当然の疑問だと思うのですが・・・

 あ、もしかして―――

 

「もしかして・・・ナンパ、ですか?

 案内っていうのはただの口実で・・・」

 

「ええっ!!?」

 

「アー君・・・そうなの?」

 

「ちょ・・・ちょっと待ってくれ、なんでそんな・・・」

 

「違うんですか?」

 

「あ、当たり前だよ!」

 

 『稀代の女たらし』と呼ばれるアキトさんなら不思議ではないように思えます。

 どっちにしろ私にとっては好都合。

 アキトさんに誘われなかったら私の方から誘わなければならなかったのですから。

 

 クリムゾンからの指示・・・と言うよりも拒否権はないのでほとんど命令です。

 その命令で、私は二人を基地から引き離さなくてはいけませんでした。

 なんでもクリムゾンはネルガルに邪魔されずにアキトさんと話したいみたいです。

 ネルガルの息の掛かった人間が大量にいる基地内では不可能ですからね。

 

 マクガーレン氏には私の家族の住む街に連れて行くよう助言を受けていました。

 交渉などといったら普通はあまり人気のないところで密談というのがセオリーかもしれませんが

 現実にはそう言うわけにも行きません。

 アポもなしにいきなりそんなところに呼び出したら怪しまれることは間違いないでしょうし

 案内人たる私とクリムゾンとの繋がりまで露見してしまいます。

 そうなってしまっては警戒されてしまって第一目的である情報収集が出来なくなるでしょう。

 引き抜き交渉はあくまでエマージィ=マクガーレンの仕事。

 私の務めはアキトさんから出来る限りの情報を取得することで、

 交渉の舞台設定においてはサポートの域を逸脱することはありません。

 

 人の多い街中で偶然を装って接触すれば、少なくとも私の正体がバレる心配はないでしょう。

 それにマクガーレン氏の言葉を信じるならば今回は顔合わせをするだけ。

 私は二人を連れて行けばいいだけなのでそれほど気に病む必要もありません。

 よほどのミスをしなければ家族の安全は保障されているのですから。

 

「ふふ・・・まあ、女性同伴でナンパする人なんていませんよね。

 冗談です。すみませんでした」

 

「勘弁してくれ・・・昔を思い出したよ」

 

 微笑む私に引き攣るアキトさん。

 でも・・・昔、何かあったんでしょうか?

 女たらしと呼ばれるからにはやっぱり女性関係?

 

 私はほんの少し身の危険を感じ、身じろぎして距離を取ろうとします。

 アキトさんはそれに気付きながらも苦笑いを浮かべるだけ。

 その姿からは『稀代の女たらし』も『最強のエステバリスライダー』も想像することはできません。

 ごく普通の男性。

 それでも彼を引き抜くために大企業が動いているのは紛れもない事実。

 達人は普段は何処にでもいるような一般人となんら変わりない、と聞いたことがあります。

 アキトさんや枝織ちゃんもきっとそういう感じなのでしょう。

 ・・・そうです、昨日の事故の時に二人の異常性を目の当たりにしたのでした。

 

「あのさ、アリサちゃん・・・

 気を悪くしたら謝るけど・・・なんか俺のことやたらと警戒してないかな?」

 

 恐る恐る、といった感じのアキトさんの言葉にハンドルを握る私の手がぴくりと動きます。

 ・・・正直、驚きました。

 普段の私は意図的に張り詰めた雰囲気を漂わせています。

 馬鹿な男性兵士を寄せ付けないためにそうしている内に自分の中でも定着してしまったのです。

 ですが、いまの駐屯地に来てからは逆に意図して警戒を緩めています。

 それもアキトさんの前でだけ。

 そうすればアキトさんに近づきやすくなり、簡単に情報を入手できると踏んだからです。

 それをこうも容易く見抜かれるとは・・・

 さすがテンカワアキトと言うところでしょうか。

 

「済みません。

 私ってしょっちゅう男性から声を掛けられるもので・・・」

 

 とりあえず当り障りのない言い訳で逃れます。

 演技で隠してはいますが、アキトさんへの警戒心はおそらく基地内で私が最も高いでしょう。

 だいたいにしてほとんどの隊員たちは彼の正体に気付いていません。

 アキトさん自身も妙に好意的で、溶け込むのも異常に早いものでした。

 ですが私には・・・彼を警戒する十分な理由があります。

 アキトさんはさすがにその理由まで見抜くことは出来ないらしく、納得したように頷きました。

 

「ああ、そうか・・・そうだよね。

 アリサちゃんは綺麗だから・・・」

 

 ・・・・・・どうしてそういう言葉がさらっと出てくるのでしょうね。

 思わず赤面しちゃったじゃないですか。

 しかも本人自分の発言に何の違和感も抱いていないみたいですし・・・

 天然、ですかね。

 今どきなんて貴重な・・・

 

「とりあえず・・・ありがとう、と言わせて頂きます」

 

「あ、いや・・・ど、どういたしまして(赤)」

 

「む〜〜〜・・・アー君、なんで赤くなってるの?」

 

 ・・・何故、照れますか?

 こっちまで恥ずかしくなるじゃないですか。

 本当、こんな純情な人があのテンカワアキトとは信じられません。

 

 赤面したテンカワさんは後ろから伸ばされた枝織さんの腕に首を締められ

 別の意味でさらに顔を赤くしています。

 その光景に私は・・・笑ってしまいました。

 なんのしがらみもなくただ素直に笑顔を浮かべていました。

 もし出会い方が違ったなら私たちはもっとこうやって笑い合えたのでしょう。

 でも、駄目なんです。

 私がこうやって笑っていられるのは、きっと今だけでしかありません。

 貴方の情報を売り、最終的にはその身柄も売り渡さなければいけません。私の家族のために。

 出来るだけ考えないようにしていても、やはり限度があります。

 罪悪感がふつふつと湧き上がってきます。

 

 どうしてあなたはそんなに暖かい笑顔を私に向けるのでしょう。

 まるでずっと前からともに戦ってきた戦友にむけるような笑顔を。

 私にはあなたにそうやって笑いかけられるような資格はありません。

 なぜもっと嫌な人であってくれなかったんですか?

 なぜもっと冷酷な人間であってくれなかったんですか?

 これでは・・・折角の決心が鈍ってしまいそうです。

 

 無言になった私にアキトさんと枝織ちゃんは同時に怪訝な顔をして・・・

 枝織ちゃんが首を傾けて私の顔を覗き込みます。

 

「アリサちゃん・・・泣いてるの?」

 

 心配そうな二人に向けられた私の顔には・・・

 

「・・・いいえ? なんでですか?」

 

 ぎこちない笑顔が張り付いていました・・・

 

 

 

 

 

 

 作戦ポイントからほんの数百メートル程離れた路上・・・

 一台の輸送車の中で私は目を瞑っていました。

 その運転席には私の副官である貪狼(たんろう)

 助手席には私、アサミ=シュンリン=カザマ。

 この車はエンハンスソードの指揮車で、私たちとエンハンスソードのリンクを補助する機能も持っています。

 

 今回の作戦に連れてきたエンハンスソードは、私の直属として強化された七名―――

 通称『七星』

 貪狼(たんろう)巨門(こもん)禄存(ろくそん)文曲(もんごく)廉貞(れんちょう)武曲(むごく)破軍(はぐん)

 コードネームは道教の北斗七星をそのままつけました。

 本名は知りませんし、すでに戸籍も抹消済みなのであっても意味がありません。

 指揮代行システムが付け加えられている貪狼以外は自我が希薄で、まさに生ける屍という名称がピッタリです。

 その分、戦闘力に関しては折り紙つきですけど。

 

 貪狼は見た目私よりも少し上、十九歳くらいの女性体です。

 緑がかった黒髪が肩のあたりで軽く外にはねています。

 身長は女性の割には長身で、170センチを超えているでしょう。

 七星の中では唯一の女性・・・他の六人は筋骨隆々の大男ですからね。

 他と比べて身体能力に劣るので、副官として情報処理を主な任務としています。

 

『目標が予定ポイントに侵入』

 

 シートを倒して眠ったように目を瞑っている私の頭に、直接思念が届きます。

 続いて一台の軍用ジープの映像。

 尾行につけていた部隊からの中継映像です。

 

「・・・少し早いですね。

 どうなさいますか隊長?」

 

 私と同じように映像を受信していた貪狼が下がってきたサングラスを直しながら私に指示を仰ぎます。

 ・・・そう言えば、私は彼女の素顔を見たことがありませんね。

 まあエンハンスソードはもとが死体ですから中には本当に『死んだ目』をしている者もいます。

 私もあえて見ようとするほど悪趣味ではありません。

 

「指令通り、時間の許す限りで戦力調査をします。

 準備が整ったらエマージィさんから連絡が入ることになってますから。

 七星の指揮は引き続き私が担当します」

 

「了解しました」

 

 今回の私の役目は交渉の舞台が整うまで主賓の登場を遅らせること。

 そしてその一番の目玉とも言える戦闘力を直に確認すること。

 あとはテンカワアキトに対しての挨拶みたいなものでしょうか。

 交渉は全面的にエマージィさんに任せられてますからね、私は口下手ですし。

 適材適所に文句を言うほど子供ではありません。

 目標は女たらしの上に少女趣味と聞いてますからあんまり近づきたくないというのもあります。

 

「それでは・・・作戦開始(ミッションスタート)!」

 

 私は全ユニットに向けて思念による命令を発令しました。

 

 

 

 

 

 

 

「アー君・・・」

 

「ああ、尾けられてるな」

 

 枝織ちゃんの呟きにアキトさんが同意します。

 ですが私には一瞬何のことだかわかりませんでした。

 そんな私にアキトさんはミラーの角度を調節して後ろからついてくる二台の車を指し示します。

 

「え・・・でも、さっきまではいませんでしたが・・・?」

 

「いや、離れたところからずっと着いて来てたよ。

 道は一本しかないし偶然かとも思ったんだけど・・・」

 

「・・・偶然ではないのですか?」

 

「うん、接近してきて分かった。

 ・・・普通は運転するのに気配を殺したりしないからね」

 

 そう言ったアキトさんの表情は先ほどとは異なり・・・戦士の表情です。

 二台の乗用車は徐々にその距離を詰めてきました。

 私も緊張に汗をかきます。

 

「枝織ちゃん、数はわかる?」

 

「ううん、かなり出来るよこの人たち。

 全然気配を漏らさない・・・

 いちおーここからは三人見えるけど」

 

「ということは最低三人、最高で八人か・・・」

 

 あの乗用車は四人乗り。

 フロントガラスが日光を反射してよく見えませんが、確かに三人ほどの人影が見えます。

 後部座席は全く見えません。

 

「私が相手するね。

 アリサちゃん、車を止めて」

 

 両手首をぷらぷらと振りながら枝織ちゃんが言いました。

 相手をするって・・・本気ですか?

 向こうの装備も分からないのに・・・

 それにこっちには私とアキトさんが持っている小型拳銃が一丁ずつしかありません。

 ここはこのまま何とか市街まで逃げて体勢を整えるべきでは・・・

 

「アリサちゃん、あそこのドライブインに止めてくれ。

 広さも十分だし・・・幸い他に人もいない」

 

「待ってください、本気なんですか?

 こっちには碌な武器がないんですよ?」

 

「大丈夫、大丈夫!」

 

 枝織ちゃんが自信たっぷりに言い、アキトさんも力強く頷きます。

 車は、追い立てられて何時の間にかスピードが上がっていました。

 ですがこのままでは追いつかれるのは時間の問題。

 意を決した私はスピードを保ったままハンドルを切り

 悲鳴のようなブレーキ音を撒き散らしながら無人の駐車場に突っ込みました。

 二台の車は数メートルほどの距離をぴったりくっ付いて来ます。

 

 それを確認した枝織ちゃんが―――

 盛大に後部ドアを開け放って飛び出します!

 

 

     ガシャァァァアアアンンンッ!!!!

 

 

 飛び降りた枝織ちゃんがボンネットに接触したかと思うと・・・

 耳を塞ぎたくなるような破壊音とともに一台の車が宙を舞いました!

 枝織ちゃんはそのまま空中で一回転すると、猫のように着地します。

 

「手強いな・・・」

 

「アキトさん?」

 

 思わず拍手しそうになった私の隣で、アキトさんが神妙に呟きます。

 その視線の追うと――――何時の間にやら六人の男性が燃え盛る乗用車の前に立っていました。

 車が破壊された瞬間に全員が降り立ったのです。

 それだけでも・・・私には信じられないことでした。

 

「なに・・・あの人達・・・?」

 

 ・・・不気味な人たちでした。

 全員が全員軍服に似た同じ黒の服装で、バイザーで表情を隠しています。

 背丈も同じくらいで、まるで同一人物のように見えるのです。

 判断材料はそれぞれが持っている銃の違いくらい。

 その銃にしても小型拳銃やSMGといった生易しいものではありません。

 どう見ても歩兵が使うものではない、車載用の機関銃に近い大きさがあります。

 重量も並みのライフルの倍は下らないはず。

 そんな物騒な得物を軽々と操っているのです。それはまるで喜劇のようでした。

 

「アリサちゃん、車から降りるな」

 

「は、はい!」

 

 アキトさんが、ゆっくりと車から降り立ちます。

 枝織ちゃんは身軽な動きでその隣へ。

 私は・・・アキトさんに言われるまでもなくその場を動くことが出来ませんでした。

 

 六人の黒ずくめ達は二人に対して持っていた銃火器をガシャリと鳴らします。

 

「テンカワアキト・・・影護枝織・・・だな?」

 

 一人が、抑揚のない声でそう尋ねます。

 まるで機械のような・・・くぐもった声です。

 

「だったら―――どうする?」

 

 挑発するアキトさん。

 そこにはさっきまでの優しく情けない姿は微塵もありませんでした。

 そう、怖さすら感じるような迫力・・・

 しかし男たちは全く動揺を見せません。

 

「・・・了解、これより作戦を開始する」

 

「・・・?

 何を言って―――っ!?」

 

 

       ガァァァァァンッ!!!

 

 

 一人が何の前触れもなく巨大ライフルを放ちます!

 生物的で、凶悪な動き。

 ライフルの重量感など微塵も感じさせない―――

 

 それがゴングとなりました。

 

 弾丸が放たれるのと同時に枝織ちゃんが前へ。

 その踏み込みは一息で数メートルの間合いを無にしました。

 射線の下を潜り、敵の足下から放つ掬い上げるような蹴り―――

 相手が寸前で上体を逸らしてダメージには至りませんでしたが

 それでも持っていたライフルを蹴り飛ばすのに成功しました。

 相当な重量を持つ砲身が軽々と宙を舞い、その光景に私は唖然とします。

 

 仰け反り、バランスを崩した敵に追撃をかけようとした瞬間、

 枝織ちゃんの体が弾かれたように真横に飛びました。

 同時にその前にいた男の手から近距離戦闘用のショットガンが火を噴きます。

 ・・・すごい。

 密着状態から放たれる十数発もの散弾(バックショット)を回避するなんて・・・

 動体視力に反射神経、運動能力。

 その全てが人間の限界をゆうに超えているのではないでしょうか。

 

 そんな非現実的な光景にも黒ずくめ達は全く戸惑いを見せませんでした。

 牽制の銃撃を的確に乱射しながら三人が枝織ちゃんに接近戦を仕掛けます。

 そして残りの二人は・・・

 

 跳躍しました。

 高く、高く・・・私の乗る車を軽々と飛び越えて!

 

「まさか・・・強化人間かっ!!」

 

 アキトさんが叫びます。

 上空の二人はそれでも体勢を崩すことなく銃口をアキトさんに向けて・・・

 

 

     ガァンッ!  ガァンッ!

 

 

 しかし一瞬早く放たれたアキトさんの抜き打ちが二人の銃口に命中します。

 信じられない力量です。

 私も射撃には自信がありますが、こんな瞬間的に銃口という極々狭い的を打ち抜くなんて到底出来ません。

 

 遊爆する前に空中で銃を投げ捨てた二人は

 その重そうな体躯に似合わない綺麗な着地で地面に降り立ちました。

 そして腰の後ろから肉厚のコンバットナイフを抜き放ちます。

 カズシ副官と同じくらいの身長に、さらに筋肉質な体。

 華奢なアキトさんがまるで子供のように見えてしまいます。

 

 ですがその時―――

 

「こんなに早く出てくるとは・・・!

 貴様らの黒幕・・・洗い浚い吐いてもらうぞっ!!」

 

「!!」

 

 

    ブワッ!!

 

 

 風を・・・感じました。

 歯が噛み合わず、カタカタと耳障りな音を立てます。

 恐い・・・恐くてたまらない! 一秒だってこの場にいたくない!

 

 そう叫びたいのに! もはや私は声を出すことすら出来ません!

 

 これは強烈なまでの意思の力が発生させた風・・・

 その源は・・・言うまでもなくアキトさんです。

 

 何をそんなに怒っているのか、そして何がそんなに哀しいのか。

 風の中に紛れた幾つかの感情が、私に恐怖以外の何かを抱かせます。

 

 

「ほう・・・? 俺の殺気に動じないとはたいしたものだな。

 だが戦うつもりなら覚悟を決めろ。お前ら相手に手加減は―――しないっ!!」

 

 風が暴力的なまでの圧力に昇華しました。

 そしてそれに誘発されるように二人の男が動きます。

 その手にぎらりと煌く鋼の刃を持って。

 

 隙のない動きでアキトさんに肉薄する二人―――

 しかし次の瞬間、アキトさんの拳が一人の男の水月と呼ばれる急所を正確に捉えていました。

 一見、触れただけにも見えるような軽い一撃・・・

 ですがその威力は、見るからに頑健そうな男が宙を舞ったことで証明されています。

 容赦なし、です。

 アキトさんはもう一人に向けてその男を突き飛ばした形になったのですが、

 仲間の体を何の躊躇いもなく弾き飛ばす男に少し眉を顰めます。

 ですが構えは完全に崩れました。

 アキトさんの右足が跳ね上がり、ナイフを持った男の腕を粉砕します。

 そのまま振り下ろされた踵が脳天に振り下ろされようとしたとき・・・

 

「な―――ぐぅっ!?」

 

 驚愕の声はアキトさんから上がりました。

 横手からの一撃に・・・アキトさんの体が成すすべなく吹き飛びます。

 その蹴りを放ったのは先ほどアキトさんに倒されたはずの男・・・!

 

「アキトさん!!」

 

「!! アー君!?」

 

 危機を感じた枝織ちゃんが、敵部隊とアキトさんの間に割り込みます。

 追撃をかけようとした敵は蹈鞴を踏んで後退。

 残りの男たちもその周りに集結します。

 アキトさんと枝織ちゃんに倒されたはずの者も、さながら幽鬼のように立ち上がって・・・

 

 アキトさんは攻撃を受けた脇腹を抑えながらも立ち上がり、

 私たちを囲む敵部隊を見据えてその顔に獣のような笑みを浮かべました。

 

 

「ふっ・・・おもしろい!

 ならば出し惜しみはなしだ!!」

 

    ゴウッ!!

 

 そう叫んだアキトさんの体から・・・何でしょう?

 蒼く輝くナニかが噴き出します。

 ゆらゆらと漂い、アキトさんの体に纏わりつくその煌きはまるで炎。

 

「使うの、久しぶりだね♪」

 

   ゴォォオオッ!!

 

 その場でくるりとターンした枝織ちゃんの足下から、

 螺旋を描くように朱い輝きが湧き上がります。

 炎に包まれた天使・・・そう言う表現がまさにぴったりです。

 

 ・・・私は夢でも見ているのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

「・・なに・・・あれ・・・?」

 

「・・・分かりません。

 東洋の気功の一種でしょうか?」

 

 予想外の事態。

 狼狽するアサミに、副官である私が冷静に意見を述べる。

 脳裏に映っているのは二人の人間―――

 その姿は私にとっては夜叉か羅刹のようにしか見えなかった。

 

「状況は危機的です、隊長。退却命令を」

 

 連携を持ってして何とか対抗しているけど、基本的な戦力に差がありすぎた。

 次々とダメージが蓄積し、行動不能に陥っていく。

 

 もともとエンハンスソードは部隊行動でその性能の真骨頂を迎える。

 多くの肉体を一つの感覚にリンクさせることで、集団を本当の意味で一個の生命体のように運用する。

 それがエンハンスソードの究極的な目的なのだから。

 戦場で不可欠な、行動のタイミングも測る必要はない。

 そして集団一人一人の感覚器官があわさって、死角というものが全くと言っていいほど消え失せる。

 加えて、その部隊を編成する兵士たちは全てが不死身の強化兵。

 まず間違いなく対人戦闘において地上最強の部隊と言っていい。

 

 だがこの世に完全なものなどあるはずもなく、当然彼等にも欠点はあった。

 

 感覚を共有するが故に、指揮官の動揺が兵士(ソルジャー)に顕著に影響する。

 確かにそれは普通の部隊にも当てはまることだ。

 けれどエンハンスソードはその点に関してあまりに命令に忠実すぎた。

 指揮官であるアサミが動揺し、まともな連携が取れなくなってしまっている。

 

「・・・アサ――隊長。ここは退却すべきです。

 これ以上はエンハンスソードの耐久力をもってしても持ち堪えられません」

 

「退却・・・?

 逃げろって言うんですか!!」

 

「肯定です」

 

 冷静さを欠くアサミ・・・それは戸惑いなのかもしれない。と私は思う。

 今まで、エンハンスソードすらなかった頃も、アサミと釣り合うほどの力の持ち主は存在しなかった。

 既に『人間』という規格から大きく外れてしまっているのだ。私もアサミも。

 ネルガル会長を暗殺した時だって容易いものだった。

 ただ単に真っ直ぐ走って・・・手に持っていた鉄杭を後頭部に突き刺しただけ。

 目覚めた頃から最強だった彼女は、敗北どころか戦いすらも知らなかったのだから。

 私とは違う・・・。

 生まれ落ちてからずっと、恐怖と絶望の中で生きてきた私とは。

 

「・・・嫌です! 私は逃げません!

 ここで逃げたらエンハンスソードの価値を本社に認めさせることが―――!」

 

「いいえ、隊長。それは正しくありません」

 

 私はアサミの言葉を中断させた。

 機械に似た抑揚のない声で告げる。

 

「本社の求めているのは結果です。

 その為には一度や二度の敗北は黙認されます」

 

「でも―――」

 

 エンハンスソードの敗北はウォルフ所長の敗北。

 おそらくそれがアサミの認識。

 それ故に敗北や逃亡は許されない。

 しかし引き際を誤る者に勝利は訪れないのもまた事実。

 

「現段階では七星の性能を百パーセント引き出すことは出来ません。

 ・・・こちらの実力を最大限に、敵の力を最小限にすることが戦闘の基本。

 正面からの直接戦闘ではどうやらあちら側に分があります・・・」

 

 言いながら私は指揮車を発進させた。

 ここからなら五分と掛からずに現場に到着する。

 

 アサミは胸に手を当てて大きく息を吸い、吐いた。

 

「・・・分かりました。

 貪狼、エンハンスソードの指揮を代わって下さい。

 私が目標を牽制します」

 

「了解しました。

 ・・・後ろに何丁かライフルがあります。使ってください」

 

「ええ」

 

 速度を上げながらキーをアサミに投げ渡す。

 受け取ったアサミは身軽な動作で後ろの荷台に姿を消した。

 

「あのー・・・」

 

 ・・・と思ったらひょっこりと顔を出す。

 困ったような、呆れたような―――そんな表情?

 

「どうかしましたか?」

 

「ええ・・・なんか巨大な銃ばかりなんですけど・・・」

 

「・・・何か問題が?」

 

 エンハンスソードの長所の一つにその常人離れした筋力が挙げられる。

 自然、普通の部隊では到底使えないような超重火器の使用も可能となる。

 だから装備も一撃必殺の強力な銃を用意した。

 

 ・・・・・・けして私の趣味と言うわけではない。

 

 躊躇するアサミに、私は一番のお気に入りを薦めた。

 IWS2000(インファントリー・ウェポン・システム・)対戦車(アンチ・マテリアル)ライフル。

 口径15.2mm、全長180mm、銃身長120mmの大口径対物狙撃銃。

 タングステン・カーバイドと言う超硬質金属を素材にした60口径徹甲弾APFS-DS(ダーツ・ペネトレーター)を使用している。

 貫通力は1000メートルで40mm鋼鉄を貫通する威力だ。

 既に私が手を加えて弾頭を徹甲焼夷弾に変えてある。

 

「ほ、本気ですか・・・?」

 

「これはいいモノです」

 

 ふっ、と笑みが浮かびそうになって慌てて抑える。

 

 ・・・いけない、いけない。

 今の私はエンハンスソードの貪狼。

 笑ってはならない、怒ってはならない、泣いてはならない。

 監視衛星に万が一でも見られてしまうような場所では感情の希薄なエンハンスソードを演じなくてはいけない。

 けして油断せずに徹底して自分を隠す―――

 そうやって私は特殊工作員(エージェント)としての地位を築き上げたのだから。

 

 エンハンスソードが完成した事で、今まで影に居続けた私も表立って動けるようになった。

 この部隊には私の隠れ蓑となる役割もあると言うことだ。

 この私――ヤシオ=シュンリン=サトウがクリムゾンの手からアサミを護るための隠れ蓑。

 

「貪狼ー! これ重いー!」

 

「総重量23キロ。

 貴女なら片手で振り回せるでしょう?」

 

 私はもともとクリムゾンの人体実験用の人造人間だった。

 毎日のように体を切り刻まれ、薬物を投与され、激痛に気を失うことも出来ずに苦しんでいた。

 だが・・・私は幸運だったのだろう。

 当時、始まったばかりのマシンチャイルド生成計画の被験体として別の研究所に移されたのだ。

 そこでもやられることは変わらず、結果として私は失敗作として破棄されることになった。

 

 ―――しかし、救いは現われた。

 

 マシンチャイルド生成計画の研究員の一人だったウォルフ博士・・・

 彼の連れてきた瀕死の少女、アサミを救うための擬似遺伝子レセプターの実験体に選ばれたのだ。

 処理施設の冷たい床から私を抱き上げた所長の温もりを、今でも鮮明に思い出せる。

 偶然の産物だったとしても。そして所長自身もが私を切り刻んだ研究者達の一人だったとしても。

 あの人はこの世ではじめて私に優しさをくれた人だった。

 生きていることが苦痛だけではないことを教えてくれた人だった。

 

 だから私は所長に従い、そして私の妹とも言うべきアサミを護る。

 そのために・・・誰にも私の正体を明かすわけにはいかない。

 

 私は、自らの金色の瞳を隠すようにずれかけたサングラスを掛け直す。

 ―――目の前では、朱蒼の光飛び交う戦場が見え始めたところだった。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁあああっ!!!」

 

      ガゥンッ!!

 

 昂気を纏ったアー君の突きが敵の一人を吹き飛ばす。

 でも・・・・・・ほら、やっぱり。

 弾き飛ばされた人は空中で体勢を整えて、何事もなかったかのように着地した。

 

「・・ハァ・・ハァ・・・!

 くっ・・・こいつら、どこまでしぶといんだっ!!」

 

「アー君・・・ちょっと試したいことがあるんだけど、いい?」

 

 息を切らしながら構え直したアー君に、私は小声で話し掛けた。

 どうもさっきから気になってるんだよね。

 こっちがどんなに攻撃しても・・・呻き声すら挙げない、そしてここまで来て全然気配が感じられない。

 いくらなんでも異常過ぎるよ。

 アー君や北ちゃんレベルの気殺の達人がそうそういるとも思えないし。

 

「何か、手があるのか?」

 

「ううん、そうじゃなくて・・・

 確かめたいことがあるの―――っ!?」

 

    バラララララッ!!

 

 M134ミニガンの回転する六本の銃身から放たれた弾丸の嵐を、私達は逆方向に跳んで回避した。

 それまでいた地面のアスファルトが弾け飛ぶ。

 その威力は絶大。はっきり言って直撃したら私たちでも助からない。

 

 ・・・まあ、あたんないけど。

 

 私は一度左手を地面につき、腕の力だけで再度跳躍した後に音もなく着地した。

 

「枝織ちゃん! 何でもいい、やってみてくれ!」

 

 反対側で同じように着地したアー君が叫ぶ。

 さすがにこの人たちのしつこさに辟易してるみたい。

 何度倒しても起き上がってくるタフネス・・・

 でも、なんとなくそのカラクリが私には分かってきた。

 

「―――!」

 

 気配を殺し、踏み込んだ私の姿を敵は見失ったようでその銃口が彷徨った。

 すぐにこっちに気付くけど・・・その隙は私にとっては十分すぎ。

 スライディングするように左足首をとり、そこを支点に勢いのままに身を起こして反転―――

 大きな背中を目の前にして、指先に朱金の輝きを集中させる!

 

「えぇいっ!」

 

    ―――――ストンッ

 

 突き出した右腕は、ほとんど何の抵抗もなく巨体を後ろから貫いた。

 筋肉の隙間を通す・・・高度な暗殺術。

 男の胸から突き出ている私の手には、一握りの肉隗―――心臓が握られている。

 

 しかし―――

 

    ガスッ!

 

()ぁっ―――!!」

 

「枝織ちゃん!!」

 

 心臓を貫かれながらの力任せの肘打ち。

 その一撃が、腕を抜くのが一瞬遅れた私のこめかみを痛打する。

 ちかちかする視界を頭を振って元に戻し、距離をとった私は改めて敵の姿を睨んだ。

 

 ・・・やっぱりこの人達―――

 

「もう・・・死んでる!?」

 

 心臓を取られて無事な人はいない・・・。

 それにこれならこの人たちに気配を感じないことも道理が行く。

 この人たちは操られてるだけなんだ、きっと。

 どうやったかは分からないけど、この死体を操ってる人がいる。

 

「なるほど・・・どうりでタフなわけだ。

 まさか既に死体だったとはな・・・」

 

「驚かないの、アー君?」

 

「いや・・・驚いてるよ。

 まあでも世の中には小型相転移エンジン搭載人間なんてのもいるからね。

 ヤツに比べたらまだ可愛げがあるさ」

 

 言葉の裏にクリムゾンとの繋がりを示唆する。

 そうだよね、こんなことが出来るのはあのヤマサキさんくらいだと私も思う。

 かつてお父様もヤマサキさんの手によって自分を強化していたし・・・。

 少なくともあの人と同等の技術と人を人と思わない残虐性を持ってなくちゃ出来ないことだよ。

 

「で、どうしよっか?」

 

「そうだな。相手が死体なら遠慮は要らない。

 ・・・手足がなくなったらさすがに動けないだろう?」

 

「りょーかい!」

 

      ゴウゥゥゥゥゥゥゥンンンン!!!

 

 私たちの纏う昂気が更に激しく吹き上がる!

 

 急所狙いの攻撃は無効らしい。

 たぶん痛みも感じていない・・・って、死んでるんだから当たり前だね。

 だったら狙いを手足に絞って行動の自由を奪う!

 

    ダッ!

 

 私は駆け出した。

 野生の肉食獣をも凌ぐ瞬発力で、真っ直ぐに。

 向かうのはさっきの敵。心臓をなくすほどのダメージにさすがに動きが鈍くなっている男だ。

 

 のろのろと銃口を起こそうとする敵に、私は昂気を集中させた手刀を―――

 

 

「枝織ちゃん! 下がれっ!!」

 

 

 アー君の焦った声・・・

 左から右へ―――突き刺すような殺気が私を貫く!

 

 これは・・・・・・狙撃!?

 

 

        ガァァアアアンンンッ!!!

 

 

「くっ―――!!」

 

 手刀状に収束していた昂気を霧散させ、目の前の男を掴んで引っ張る!

 そしてそのまま私はその人を踏み台にするようにして上空に逃げた。

 その銃撃は当然私の代わりにその人が受けることになり―――

 

 ・・・うわぁ・・すっごい威力・・・

 あんな丈夫な人を消し飛ばしちゃったよ。

 

 

    キキキキキキキィッ!!!

 

 

「こ、巨門!!」

 

 盛大なブレーキ音・・・

 現われた一台のトレーラーから飛び降りたのは、一人の女の子だった。

 片手に、信じられない大きさの対戦車ライフル。

 自分の身長よりも大きいその銃を軽々と操るその姿は、とても現実のものとは思えない。

 

「くっ・・・あなたたち!

 よくも貴重な強化ユニットを!!」

 

「「いや、やってないし」」

 

 私とアー君が揃って右手を振る。

 だって明らかにそのライフルで撃ったようにしか見えないよ?

 なんか銃口から煙出てるし。

 

 あーあ、粉々・・・手足を狙うつもりだったのに、手足だけになっちゃった。

 

 突然の闖入者に、戦場の空気がガラリと変化する。

 そしてさっきまで私たちと戦っていた敵部隊がそのコの周りに集結し・・・私は確信した。

 この人たちを操っていたのはこのコなんだと。

 

「イツキ・・・さん?」

 

「はい? 私の名前はアサミですけど・・・」

 

 唖然として呟くアー君に、ライフルを肩に乗っけてそのコ―――アサミちゃんが応える。

 そういえばどこかで見たような顔だよね?

 あれは・・・確かナデシコのエステバリス隊の一人・・・

 ううん、やっぱり違う。

 イツキちゃんはもう少し大きかったもん。

 このコは、どう見ても私より年下だ。

 

「君は・・・何者だ?」

 

「さあ? そう簡単に教えるとでも?」

 

 くすくすと笑って銃口をこちらに向ける。

 ・・・簡単に名乗ったのは私の気のせいなのかな?

 

 まあともかく彼我の距離はだいたい30メートルほど・・・

 たぶん刹那の差で向こうのほうが早い。

 

「テンカワさんに影護さん・・・

 あなたたちって凄いですね。本当に人間ですか?」

 

「それはこっちも聞きたいな。

 君は人間か? 少なくともそっちの奴らは正常な人間とは言えないみたいだが・・・」

 

 スッ、と視線が細くなる。

 

「・・・へぇ、もうそこまで・・・

 観察力も合格、頭の回転も速い。ほんと感心します」

 

 高まっていく殺気に、私とアー君は戦闘態勢を取る!

 

「君の正体を聞かせて貰う・・・・力づくでも!!」

 

     ゴウッ!!

 

 朱と蒼の昂気が、渦となって巻き上がる!

 

 その光景に、アサミちゃんはライフルを腰溜めに構え

 左手で残りの人たちに退避するよう指示を出した。

 

「その光のコト、私も聞きたいですけれど・・・

 時間も押してるので今日のところはさよならです!!」

 

      ズガァアンッ!!

 

 お腹に響く重厚な発砲音・・・対戦車ライフルから凶悪な一撃が放たれる!

 

 それは私たちの目の前の地面に着弾して―――

 一気に火の海を作り出した!!

 

「!! 徹甲焼夷弾かっ!!」

 

「おまけです!!」

 

    ガァンッ!!   ガァアンッ!!

 

 立て続けに二発・・・私たちを囲むように火の海が生まれた。

 そして急発進したトレーラーの上に、アサミちゃんが飛び乗る!

 何時の間にやら敵部隊の収容は完了していたみたい。

 

「ちっ―――逃がすかっ!!」

 

「はぁっ!!」

 

      ガオオォォォオオオンンッ!!!

 

 私が放つ昂気の衝撃波が炎の壁を両断する!

 開いた視界の向こうには、もの凄いスピードで遠ざかっていくトレーラーがあった。

 そして同時に駆け出そうとする私とアー君。

 その眼前に―――

 

 

    キキィーーーーッ!!

 

「お二人とも!! 乗ってください!!」

 

「「アリサちゃん!?」」

 

 巻き添えを食わないようにと離れていたアリサちゃんのジープが割り込む!

 

「ちょうどいい! あのトレーラーを追って―――」

 

「それどころじゃありません!!」

 

 私たちが乗り込んだのを確認すると、

 アー君の言葉を遮ってアリサちゃんはトレーラーとは逆方向に急発進させた!

 

「アリサちゃん? どうかしたの?」

 

 私が問い掛けると・・・

 

「駐屯地から連絡がありました! 敵襲です!

 木星蜥蜴が・・・・・・街に!!」

 

「「!!」」

 

 私は・・・アー君と顔を見合わせた。

 アー君も驚愕に・・・表情を蒼褪めている。

 なぜなら私たちが街に向かっていたのは買い物なんかが目的じゃなく、

 サラちゃんとアリサちゃんの家族を助けたいとアー君が言ったからなのだから。

 

 

「馬鹿な・・・このままでは!!」

 

「アリサちゃん! もっと急いで!!」

 

 少しでも早く・・・

 今はそれだけしかできない。

 

 戦いの気配が刻一刻と近づいている。

 一足、遅かった・・・

 ほんとなら今頃はもう街についていて、

 戦いの気配を誰よりも早く悟ることの出来る私たちがシュンさんに応援を要請。

 その間に街の人たちの避難を援護して被害を減らすために飛び回ってるはずだったのに。

 それが西欧軍のみんなに怪しまれずにできる最善の手段だったから。

 

 でも・・・こうなるんだったら形振り構わずにはじめからエステで来れば良かった。

 まさかあんなところで足止めされるなんて・・・

 

 

  ピピッ!!

 

 

 車内に搭載されている通信機が、軽快な受信音を上げる!

 シュンさんからの緊急通信!

 

『中尉! 何をやっている!

 早く街から離れるんだ!!』

 

「出来ません! あの街には・・・私の家族がいるんです!!」

 

『中尉!! その身一つで何が出来る!!』

 

「!!」

 

 アリサちゃんの手が通信機のスイッチに伸び・・・その手をアー君が掴み取る!

 

「シュンさん! 早くエステを持って来てくれ!」

 

『アキトか・・・お前も死にたくなければすぐにそこから離脱しろ。

 木星蜥蜴の大軍が接近中だ。

 迎撃部隊の編成許可は下りていない』

 

「許可・・・許可だって!?

 軍の面子と街の住民の命! どっちが大切だと思っているんだ!!」

 

『!! 言われずとも分かっている!!

 現在有志を募った救援部隊を編成中だ!!

 だがこのままでは到着する前にお前達が―――』

 

「一刻を争うんです!!

 ・・・一機だけでいい! すぐにエステを!!

 俺なら敵部隊を一掃出来る!!」

 

 アー君の威圧するような言葉にシュンさんは・・・

 

『ちっ・・・カズシ! 他の奴らはお前が連れて来い!

 俺がトレーラーでアキトにエステを届けてやる!!』

 

 通信の向こうでカズシさんにそう告げる。

 

「シュンさん・・・恩に着る!」

 

『アキト!! お前を信じる!!

 男だったら自分の発言にくらい責任を持てよ!?』

 

「了解!」

 

 そしてアー君は通信を切った・・・

 

 お願いシュンさん、間に合って!

 そうじゃなきゃアー君は―――

 

 

 

 

 私達は戦場と化した市街へと突入していった・・・。

 

 


 

 あとがき

 

 し、進行が遅い!!

 第二話の時点でいまだ本編一話部分も終わりません(汗)

 まさか戦闘シーンでこんなに容量使うとは・・・。

 うーん、一部趣味に走ったのが拙かったのでしょうか?

 

 さて、オリキャラの貪狼ことヤシオさんについて捕捉させていただきます。

 彼女はサイドストーリーに出ていたウォルフの通信の相手、名前は漢字で「八潮」と書きます。

 どーゆーキャラかというと・・・そう! 彼女は戦うメイドさんです!!

 主(ウォルフ)に献身的に尽くし、裏で暗躍する・・・。

 ちなみにヴィジュアルイメージは―――

 「弾丸よりも美しく、愛よりも危険に・・・

  一輪の薔薇と共に現われる美しきエージェント―――」

 っていう人なんですけど・・・ごめんなさい、分かりませんよね。

 まああくまでイメージなのであまり気にしないで下さい。

 

 ところで・・・

 メイドさん=銃火器と言うのが精神の奥底に定着しているのは僕だけですかね?

 

 

代理人の

緑麗さん!あなたはやっぱり堕落しましたッ!

のコーナー(核爆)

 

いや〜、外伝はシリアスと聞いていたからまさかこのコーナーの出番があるとは思わんかった(笑)。

アキト君はシリアスしてるのにねぇ(爆)。

では本日の堕落ポイント。

 

>メイドさん=銃火器

アンタだけやっ(びしぃっ)!