交錯する時の流れ 

 

 

プロローグ

 

 

 あの戦争が終わって3年。

 あの時のメンバーも今ではそれぞれの道を歩み始めている。



 ナオは終戦後すぐにミリアさんと結婚。

 ナデシコにあるまじき平凡な幸福を掴んだ。

 奥さんの出産を控え、育児用品を買い集めているらしい。

 まず間違いなく親ばかになるだろうと、もっぱら噂されている。


 アカツキは各務さんとうまくいったようだし、ヤマダは相変わらずヒカルさんと万葉さんの板挟み状態。


 そしてテンカワは先月ついに結婚となり、3年続いた逃亡生活に終わりを告げたようだ。

 結婚式の最中に枝織ちゃんが妊娠していたことが発覚したり、

 その時のお仕置きの余波で神父役に駆り出されていたローマ法皇が重症を負ったり、

 法皇がその後ゴートさんと神について語りだしたり。


 その他様々のハプニングがあったが、ようやく落ち着く所に落ち着いた、と言う感じだ。


 式は歴史上にも類を見ないほど盛大なものとなり、木連・地球問わず訪れた多くの人々の前で16人の花嫁と永遠を誓った英雄テンカワアキトに涙する女性も多かったとか。




 そして俺は・・・・・・












 ――――地球静止衛星軌道上、ナデシコ級第2世代型宇宙船艦『ナデシコB』



 ――――の、ナデシコ食堂『雪谷』




「・・・・・・才蔵さんは休憩中か・・・」



 ネルガルの新型戦艦『ナデシコB』の艦長になっていた。

 テンカワの記憶ではルリちゃんが艦長を務めていた艦だ。


 ワンマンオペレーションシステム実験艦。

 今回はハーリー君専用に設定されているらしい。


 そして俺は現在休憩に入ったところだ。

 
 昼食を摂ろうと思って食堂に来たのだが、時間が外れていたせいかそこには誰もいなかった。



「弱ったな・・・次の開店は、え〜と? 16時か・・・休憩終わってるよ・・・」



 今回は試験航行である。当然期間も短い。

 とは言え店を開けるわけにもいかない、とホウメイさんが言うので、急遽プロスペクターさんがスカウトしたのがこのナデシコ食堂『雪谷』の店長である雪谷才蔵さんだ。

 なんでもテンカワの料理の師匠らしい。



「しかたない。部屋でレーションでも食べるか・・・・・・」



 そう言えば今朝の艦内テレビでは運勢最悪だったな・・・・・・いつものことだが。



 あきらめて部屋に帰ろうとした時・・・



 プシュ!!



「あらジュン。どうかしたの?」



 入ってきた女性はこの艦のエステバリス隊リーダー、イツキ・カザマだった。


 戦後、共に影護流に師事した同門の徒であり、俺と同じく四天王の一角を担っている。


 実はそれまでほとんど話したこともなかったがな。

 今ではもっとも俺に近しい人の一人だ。



「いや、昼食を摂ろうと思ったんだが・・・。才蔵さんの休憩と重なっちゃったみたいでね。

 部屋でレーションでも食べようかと思って帰るところさ」



「ああなるほどね。

 クルーが少な目と言っても100人以上はいるから才蔵さんも大変なのよ。

 ・・・そうだ。私でよければ何か作ってあげるけど?」



 ピキッ!! 
 


 イツキのセリフに俺の表情が引きつる。

 
 料理・・・・・・その言葉をナデシコの女性クルーが口にしたとき、多くのクルーは俺と同じ行動をとるはずだ。


 言い訳・・・何か良い言い訳はないか・・・?



「え、え〜〜と。イツキ? 君たしか料理は・・・・・・?」



「得意よ? 合宿中に私がさばいた猪を美味しそうに食べてたじゃない」



 合宿中・・・・・・ああ、そう言えばそんなこともあったな。


 たしかハーリー君をエサにして俺たちが捕まえた大型の猪を、零夜ちゃんが自宅から持って来てたいくつかの簡単な調味料だけでかなり美味しく料理していたような気がする。



「そうだったな。うん。それじゃ悪いけど、お願いするよ」



 あれだけの材料であれほど美味くできるのだから彼女の腕前は確かなものだろう。

 少なくとも味気ないレーションよりは遥かにマシだ。



「了解! じゃあ私の部屋に来て。時間の方は大丈夫?」



「ああ、休憩に入ったばかりだから時間はたっぷりあるけど・・・・・・。

 厨房で作るんじゃないのか?」



「勝手に使ったら才蔵さんに怒られちゃうでしょうが。

 それに部屋には私が趣味で集めた良い調味料があるの」



「へえ、それは・・・・・・期待できそうだな」



 どうやら今日に限って俺の運勢は最高らしい。こんな日が続くといいのにな・・・。

 

 

 

 

 

 

 

   トントントントン・・・


                 ぐつぐつぐつぐつ・・・ 




 リズミカルな包丁の音と鍋を煮込む音が響く。

 
 イツキの部屋は意外なことに純和風の装いをしていた。

 俺の実家にも和室はあったが、ここまで純然たるものじゃなかった。

 いたるところに木材が使われてるのがさらに驚きだ。


 もともとは200人以上が生活できるように造られているナデシコBも現在は試験航行中でクルーは少なめ。

 だから全員に個室が割り振られている。


 部屋の改造はプロスさんとの交渉次第だ。

 かなり融通は利くらしいが、さすがに戦艦で畳に座れるとは思っていなかった。


 艦内は常に適温に保たれているはずなのにコタツまであるのはすごい。

 エアコンが主流の今じゃ自宅においてある家庭も珍しいくらいだ。うちにもない。


 そして当然出されているのは熱い日本茶。もちろん湯呑みには『寿』の字。

 

 

 ・・・・・・とりあえず棚に並んでいるプロレス名鑑は視線から外しておこう。




(一種の異空間だな、ここは・・・・・・)


 この部屋にいると、静謐という言葉の意味がよくわかる。



 心地よい。



 ナデシコのみんなと騒ぐのも楽しいが、やはり俺はこう言った静かなところの方が落ち着く。

 ここら辺の感性は木連の人にも多いらしいが・・・




 と、キッチン・・・いや、台所から流れてくる香りが思想に耽っていた俺を現実に戻す。









 否。漂ってきた刺激臭が俺の現実逃避を終わらせる・・・。









 ・・・・・・さ〜〜て、どうやって逃げようか・・・。



 て言うより、何故だ!? 

 イツキはユリカ達と違って確かに料理を普通に作ることが出来たはず。

 とするとこれはお仕置き?


 やばい。テンカワのと違って俺のナノマシンは毒物を分解したり出来ないぞ。



「ジュ〜ン、もうちょっと待っててね。あと少しだから」



 その微笑が怖いよイツキ・・・。俺が何かしたか?


 心当たりはまったくないが。

   
                   

「さあ出来た! イツキ特製激辛チゲ鍋! 遠慮なくどうぞ♪」




 ダラダラダラダラ・・・・・・(汗) 



 遠慮なく・・・って、おい。これは本当に人間の食べ物か? 

 だいたい俺は25年生きた中で、立ち上る蒸気までが赤くなっている鍋なんてはじめて見るぞ?



 ・・・いや、疑うのはよくないな。

 第一イツキは直接香りを嗅いでも平気そうだったし。

 何より表情に悪意が見られない。これはこれで郷土料理のひとつなのかもしれない。



「そ、それじゃあ、いただこうか・・・な・・・!!」



 すごい臭いだ。うあ、スープも真っ赤ッか・・・。


 と、とりあえず一口・・・パクッ!




 ・・・・・・・・・・・・





「げふっ!!」 



    バタバタバタバタ・・・!



「ど、どうしたのっ!?」



 殺られる!!


 理由はわからないがイツキは間違いなく俺を殺るつもりだ!!



「な、何か失敗してたかしら・・・? 一応味見はしたんだけど・・・・・・はい、水」


 
  ゴクゴクゴクゴク・・・



「ぷはっ! い、いやちょっとビックリしただけよ。ははは・・・けほっ」



 イツキの表情は本気で心配している感じだった。

 もしかしたら本当に失敗しただけなのかもしれない。



 そうだったなら男として残すわけにはいかないな・・・・・・。




「・・・ちょっと一口!」



「あ! やめっ・・・!!」



 パクッ!



 制止する間もなく俺が使っていた匙を奪って口に入れるイツキ。


 一瞬後の惨劇を想像した俺は思わず息を飲む!





「・・・あら? 美味しいじゃない・・・?」




 その一言に・・・・・・俺は全てを理解した・・・。

 
 台所に置いてある調味料は、流石に書かれている字を読むことは出来ないが、とにかく赤い。




「うん、大丈夫。さ、召し上がれ♪」



 さて、逃げ場は・・・・・・


 入り口―――くそ、イツキの向こう側だ・・・。


 窓―――ここは戦艦だぞっ!?


 隠し通路―――あってたまるかっ!!   



(くっ、絶体絶命か・・・!? 

 うぅ、チハヤ・・・もうすぐ君に会いにいくかもしれないよ・・・)



 ピッ!!



『アオイさん、休憩中すみません。

 外の様子がおかしいので至急ブリッジに来てもらえますか?』



 助かった!

 このとき俺はブラックデビルチャイルドと呼ばれるハーリー君の姿が天使と重なって見えたよ。

 ・・・と言ってもゴートさん関係じゃないことは明言しておこう。



「それは大変だ! すぐ行こう!

 イツキ、そういう訳だから悪いけどまた今度ご馳走になるよ。

 一口しか食べられなかったけど美味しかった。

 それじゃあ!」



「あ、ちょっと・・・」



 こんな爽やかな笑顔をしたのは何年ぶりだろう? ・・・テンカワの気持ちが少しわかるな。



 あっけにとられているイツキを尻目に俺はブリッジへ急いだ。

 

 

 

 

 

「前方に重力波反応! 戦艦クラス、ジャンプアウトします!」



「識別反応該当データなし! 艦隊数も不明!」



「ボース粒子反応増大! 攻撃きます!!」



「緊急回避!!」



     ドォォォォオオオンンン!!!



「回避成功! ディストーションフィールドに掠りましたが損害は皆無です!」



 プシュ!!



「すみません、状況は!?」



 イツキの下から逃げ出したあと、攻撃音に驚いた俺は全速力でブリッジに向かった。

 そこではオオサキ提督の指示の下、副長のナカザトとオペレーターのハーリー君を中心としてブリッジクルーが忙しなく動き回っていた。



「遅いぞジュン! 現在正体不明の敵に攻撃を受けている。どうするんだ!?」



 俺は提督に目線で詫びるとそのまま艦長席についた。



「ハーリー君! 敵に通信繋げるか!?」



「いえ! さっきからやってるんですけど・・・」



「わかった。総員第一種戦闘配備! 艦内警戒態勢パターンA!!」



「! 戦うんですか!?」



 わざわざ振り返って聞いてくるハーリー君に無言で頷く。

 通信が開かれているのなら警告を発することができるが、応答がないのだからどうしようもない。

 かと言ってこのまま黙ってたら被害は甚大だ。



「わが社の新造艦を墜とされる訳にはいきませんからなぁ」



 クルーの命もね、プロスさん。



「ジュン、敵戦力が判明した!

 戦艦5・機動兵器7・無人兵器多数!!」



「有人機とは・・・さらに厄介ですな。

 もしこれが何かの間違いだったら始末書だけじゃ済まない事に・・・・・・」



「とは言えこいつは明らかな敵対行動だ。放っとけば墜とされるぞ?」



「でももしかしたら通信が使えなくてパニック状態に陥ってるのかも・・・・・・」



「その割には攻撃が的確じゃないか?」



 まあなんかの誤認だとしても金より命だ。

 とりあえず敵の無力化を図る。



「敵戦力を奪うことが重要だ。戦おう。

 ・・・・・・ところでナカザト、さっきからしゃべらないな?」



「・・・・・・責任問題に下手に口を出すとろくなことにならんからな」



「お、お前・・・そういう奴だったか?」



 ピッ!!



『おいジュン! エステの準備は完了してんぞっ!? どうすんだ!?』



 ウリバタケさんからの通信が入る。雑談してる場合じゃないな。



「随時出撃してください。

 ただ敵有人機は戦力を奪うだけに留めるように・・・」



 ピッ!! ×5



『敵って・・・いったい今ごろ誰が?』



『何言ってんだカザマ! 襲ってくる奴は敵だろうがっ!!』



『ある意味ヤマダ君の言ってる通りだよね〜〜。

 味方は攻撃してこないもん』



『ナデシコは何度か味方機撃墜してるけどね・・・』



『北斗殿なんか敵味方気にしないぞ?』



 順にイツキ・ヤマダ・ヒカルさん・イズミさん・万葉さんだ。

 そう言えばイツキの言葉遣いは俺たち影護流の高弟の間でだけ普通になる。

 その他に対してはいまだに敬語だ。



「詮索は後。とりあえず出撃してくれ」



『了解!』 ×5



 

「エステバリス隊の出動を確認! 戦闘に入ります!」



「支援したいところだが・・・・・・プロスさん、ナデシコの兵装は?」



 事前に渡されているスペック表にはほとんどの火器が記載されていなかったが・・・。


「出航前にお渡しした通り、最低限度しかありません。

 何しろ今回は試験航行。

 戦闘になるとは思ってもいませんでしたので・・・」



「・・・しかたないな。

 それでもグラビティブラストがあるだろう。

 適当に蹴散らせばいいんじゃないか?」



 支援兵器としてミサイルを積んではいるが、あくまでナデシコのメイン武装はグラビティブラストだ。

 艦隊戦ならこれだけでも十分戦える。



「そうですね。

 それではナデシコは敵戦艦を撃破する!

 ハーリー君、グラビティブラスト発射準備!

 ナカザトは操舵に回ってくれ!」



「了解!」 ×2




「まあ、ナデシコBの実戦データを取れると思えばいいんじゃないか?」



「はあ、提督の仰る通りなのですが・・・。

 試験艦とは言えお値段は変わりませんからねぇ。

 みなさん、できるだけ被害を出さずに戦ってくださいよ・・・」

 

 

 

 

 

 

 ピッ!!



「と、言うことでできるだけ傷をつけないで欲しいそうです」



『何だそりゃっ!? 俺たちの安全より金が大事ってのかよ!?』



『・・・しょーがないわ。予想外の出費は誰でもつらいものよ』



『うわ、イズミ流石だね。経営者のセリフだよ・・・』



『金がなくては戦は出来ぬ・・・か?』



「と、とりあえずフルバーストは禁止。

 敵数もたいした事ありませんから大丈夫ですよね?

 じゃ、フォーメーションはDで」



『は〜〜〜い』 ×4
















「グラビティブラスト発射!」



「了解、グラビティブラスト発射しま〜〜す」




   ドガァァァァァアアアンンンン!!!!



                 ズズゥゥゥゥゥンンン・・・・





 ナデシコBから放たれた一条の黒い閃光が宇宙に本日5つ目の花火を咲かせる。

 まあ、ナデシコ級戦艦の力ならばこれくらいの戦力は敵ではない。



「敵全艦撃沈。残敵掃討はイツキさんたちにお任せします」



「わかった。とりあえず警戒態勢をBに落としてくれ」



「ふむ、損害はなし。経費は弾薬の分だけで済みそうですな。

 いやはや、さすがアオイさん。見事な指揮です」



 こっちに被害が皆無だったのでプロスさんは上機嫌だ。

 見事といってもイツキ達がおびき寄せた戦艦に主砲を撃ってただけなんだけどな。



 ピッ!!



『アオイ中佐、捕えたパイロットはどうすればいい?』



『完璧にだんまりだよ。下手にナデシコに連れてったら危ないんじゃない?』



 捕えた機動兵器――量産型のエステだ――はウリバタケ印の特殊ワイヤーでぐるぐる巻きにされている。


 ・・・・・・間抜けだ。



「そうだな。このまま近くのステーションにいる宇宙軍に引き渡そう。

 統合軍本部からも何か連絡があるかもしれないし・・・」



 滅多なことじゃ動かないがな、統合軍は。



「で、結局なんだったんでしょうね?」



「う〜〜む、敵の戦力を見ると始めから俺たちを狙ってたわけじゃなさそうだが・・・。

 何か目的があったとしても俺たちには関係ないことだったんじゃないか?」



「そんな理由で襲われたこっちはいい迷惑ですね。まったく」



 ナカザトの言う通りだよ。

 おかげで俺は助かったんだけど。



「ナカザト、とりあえず統合軍本部に指示を仰いでくれ。

 それから進路は最寄の宇宙ステーションへ。

 艦内警戒・・・」



「了解・・・と、ジュン。

 宇宙軍本部から遠距離通信が入っている」



「宇宙軍から・・・?

 あ、ハーリー君警戒態勢を解除。

 ナカザト、繋いでくれ」



 ピッ!!



『久しぶりだねアオイ君。それにオオサキ少将』



 表示されたウィンドウに映ったのはミスマルおじさ・・・いやミスマル提督だった。

 先月のテンカワの結婚式以来だ。



「お久しぶりですミスマル提督。何かありましたか?」



『こちらの周回衛星が君らの戦闘をキャッチしてね。

 その敵が先日統合軍に決起声明を送ってきた者達の一派であると判断したわけだ』



「決起声明・・・ですか?

 失礼ですが何故宇宙軍のミスマル提督が我々に?」



 現在ナデシコBは統合軍の所属だ。

 正式な命令なら統合軍本部から来るはず。

 心情的にはおじさんを信頼しているが規律を破ると何かと上がうるさい。



『統合軍は今回の事件を重く見ていないようだ。

 これに関しては宇宙軍に一任。

 統合軍からはナデシコBを派遣する、と』



 つまりは面倒くさそうだから宇宙軍と俺たちに押し付けたって訳だな。

 統合軍は既にただの権力争いの場と化してるし、こんな事件に関わってる暇はない、か?



「はあ、ナデシコクルーに対する嫌がらせだな。

 統合軍の奴らは余程俺たちが嫌いらしい・・・ったく、狸どもめ」



「提督、あなたの監視である俺がいるんですからもうちょっと言葉を選んでください。

 俺の胃に穴があく前に・・・」



「ああ、大丈夫ですよナカザトさん。

 艦内の会話記録は全てオモイカネが管理してますから。

 都合の悪いところは勝手に消してくれてます」



 提督に踊らされるだけ踊らされたナカザトは既にいい意味でナデシコに馴染んでいる。

 もともと正義感の強い奴だったから、ナデシコの空気が性に合うらしい。

 ちなみに立場的には昔の俺ってトコ。



『すまないな、オオサキ君。

 加えて悪いんだがこれは極秘で行って欲しい。

 今は両軍とも立場が微妙でな。世間に公表するわけにはいかんのだ』



 ヒサゴプランが軌道に乗ったばかりだからな。

 ここで妙な騒動を起こしたら協力してくれた地球・木星両政府に合わす顔がないのだろう。



「ということは単独任務ですか? 敵の規模などわかっている情報は・・・?」



『いや、イマイチよくわかっていない。とりあえずこの決起声明の映像を見てくれ・・・』



 ピッ!!



『3』



『2』



『1』



『今、この宇宙は漆黒の戦神によって構築された偽りの正義と秩序のもたらす、

 悪しき呪縛により腐敗しきっている!

 我々は草壁閣下による真の正義と秩序をこの宇宙に復活させるため、

 ここに新地球連合並びに統合軍に対し、

 宣戦を布告するものである!

 そう、我々は・・・・・・

 火星の後継者だ!!』




 火星の後継者――その言葉は事情を知る者達の間に戦慄を走らせる!

 
 前の歴史において草壁に率いられたテロリスト集団。

 テンカワから夢、平穏、そして何より家族を奪っていった元凶。

 やはりこの時が来てしまったのか・・・。



「今のはたしか統合軍の南雲中佐・・・」



 シュン提督は映像の顔に見覚えがあったらしい。そう呟く。



『その通り。彼の名は南雲義政。

 元木連四方天の一人であり、草壁春樹の側近だった男だ。

 今回の騒動の首謀者であると言って間違いない。

 とりあえず君らはこのまま『コトシロ』に赴き、補給を受けた後で火星に向かってくれ。

 増援に関しては私が何とかする』



「火星・・・ということは、奴らの狙いはやはり遺跡ですか?」



「まあそうなるだろうな。

 ラピス君や舞歌殿の監視を掻い潜ってどれほどの戦力を集めたかは知らんが、どの道その程度では新地球連合に対することなんか出来やしない。

 火星極冠遺跡の占拠が本当の目的だろう。

 草壁の信者ならなおさらだ」



「でもおかしいですよ。

 A級ジャンパーにはみんなルリさんやラピスの監視がついてるんですよ?

 彼らがいなけりゃ完全なボソンジャンプは出来ないのに・・・」



『・・・そのことだが、ラピス君の監視網から数名のジャンパーが姿を消した。

 十中八九、彼ら火星の後継者に拉致されたと見ていいだろう』



 戦後、確認されているA級ジャンパーは皆、3人のマシンチャイルドによって個人情報を書き換えられている。

 当然本人達にも知らせていない。その情報を握っているのはごく一部だ。

 だがそれでも全てを隠し通すことは出来なかった。

 火星生まれの人間がジャンパー体質を持つということが知れ渡っている以上、情報の流出は病む負えないことだ。



「A級ジャンパーの拉致・・・か。

 提督、テンカワはこのことを?」



『まだ知らん。教えるかどうかはユリカ達に任せているが・・・』



「アキトにとってはつらい記憶だろうからな。

 あいつのことは彼女達に任せて俺たちは火星の後継者の殲滅に向かおう」



 せっかく掴んだ幸せに水を差すことはない。

 俺たちでできるなら、あいつを関わらせなくてもいいだろう。



「わかりました。

 ナデシコBはこれより、火星の後継者掃討作戦につきます」



『すまないアオイ君。

 コトシロの方には私から話を通してある。一刻も早く向かってくれ』

















「それじゃ、途中でさっきのパイロットを宇宙軍に渡していこう。

 ハーリー君、オモイカネに進路を出させておいてくれ。

 俺は休憩に入るからナカザト、後を頼む」



 時間は16時半だ。

 才蔵さんの休憩ももう終わっている。



「ふむ、少し早いが俺も食事にするかな。じゃあ後はよろしく、ナカザト。

 ああ、プロスさんも一緒にどうだ?」



「ええ、ご一緒させていただきます」



「それじゃ僕も。後はお願いしますね、ナカザトさん。

 何かあったら呼んでください」

 

「げ、ちょっと待っ・・・!」



 プシュ!!



 俺の後にブリッジクルーが続く。


 耐えてくれナカザト。副長とはそういうもの。

 かつての俺もそうだったからな。



「ところでアオイさん、さっきも昼食で休憩取ったんじゃないですか?」



「ああ・・・でもタイミングが悪くてね。食べ損ねたんだ」



「ふぅむ、やはりコックさんもあと何人か雇っておくべきでしたか・・・。
 
 短期とは言えお一人で切り盛りするのは少々きつ過ぎたかもしれませんな」



 プシュ!!



「へいらっしゃいっ!!」



 食堂に入るとさっきとは打って変わって多くの人で賑わっていた。

 客は主にメカニックが中心だ。


 俺たちは人を避けながらあいているテーブルについた。

 『雪谷』のメニューはやはり中華が主である。



「才蔵さん、ラーメンひとつ」



「私もそれでお願いします」



「僕は大盛りで!」



「あいよ! ラーメンふたつに大盛りひとつ!」



 3人がそれぞれの注文を才蔵さんに告げた。

 本当なら食券を買わなくちゃいけないんだが、俺たちは後でまとめて支払うようにしている。



「俺は・・・」



「ああ、艦長のはもう出来てるみたいだぜ?」



 注文をしようとした俺を才蔵さんが遮る。

 その言葉が意味することは・・・



「イツキちゃんの手作りだってよ。

 おめーもなかなかやるじゃねーか」



 ガタンッ!



 ここは危険だ。


 俺は何も言わずに席を立ち、そのまま出口へ向かおうと反転する。



「・・・どこに行くつもり?

 人がせっかくあっため直して待っててあげたってのに・・・」



 振り返ると目の前にさっきの鍋を抱えたイツキが立っていた。

 幸い鍋には蓋がされていたので振り向きざまにあの赤い蒸気に目をやられるのは避けられたらしい。



「はいそこに座って・・・うん、よろしい。

 あ、提督たちもどうですか? 結構たくさん作っちゃったんですけど・・・」



 イツキに促されて席に戻る。

 しかし、さっきから周りのメカニック達から殺気が発せられているようで居心地が悪い。

 
 ・・・代わってみるか? お前ら・・・。



「いや、遠慮しておくよ。

 才蔵さんのラーメンも頼んじまったことだしな」



「それに御2人の邪魔をするのもなんですしねぇ。

 おっと、契約は手を繋ぐまでですよ?」



 何を言っているんだプロスさん。そんなこと今はどうでもいいだろうが。



「ちょっと待てイツキ。パイロットはさっきの敵を見張るように言ったはずだぞ?」



「それならジャンケンに負けたヤマダさんに任せたわよ。

 見張りだけなら一人で十分だしね。

 さ、食べよう?」



 く、ヤマダの奴・・・。



「あ、ああそうだ! そろそろナカザトと交代しなきゃ・・・!」



 ピッ!!



『気にするな。俺はあとでちゃんと休憩を取るからな』



 タイミングよく通信が入る。

 ナカザト、お前ずっと見てたのか?



『統合軍エステバリス隊訓練生のアイドル、カザマ大尉の手作り料理。

 興味本位でつまんだ奴が教習所から姿を消したらしいぞ?』



「お、お前、知って・・・」



「ああ、そう言えばアキトの奴が言ってたな。

 イツキちゃんは極度の辛党だと・・・」



 知らなかったのは俺だけか?

 誰か俺に優しくしてくれ・・・



「食べないの? それとも私に食べさせてほしいとか・・・?」



 死にたくないんだ!

 くそ、緊張で声が出せない!



「はい、ア〜〜〜ン・・・」



 迫ってくる赤い物体。硬直した俺は逃げることも出来ず・・・



 パクッ!



 ・・・そのまま俺は意識を手放した・・・。