交錯する時の流れ
第一話
「・・・・・・知らない天井だ」
白い天井を見て、何故だかそう言わなきゃいけないような気がした。
だがまあこれくらい真っ白な天井はナデシコ内に一箇所だけ。
ここに運ばれるだろうことはなんとなく予想(したくはなかったが)できた。
気を失ってからどのくらい経ったのかがわからないのが不満と言えば不満だ。
戦艦内には昼も夜もない上、腹の空き具合もほとんど何も食べてない状況では役に立たないしな。
独特の白い空間はそれだけで時間感覚を狂わせられるような気さえする。
とりあえず誰にも起こされなかったと言うことはそれほど経ってはいないのだろうが。
そう言えばナデシコBの医務室で目覚めるのは初めてだ。
試験航行で医療班に出番が回ってくるようなことは滅多にない。
ナデシコA時代はいつでも盛況だったけどな。
この艦には彼女達がいないし、時々担ぎ込まれてくるヤマダを別にすれば、既にシュン提督とフィリスさんの喫茶室と化している。
「ふぅ、やっぱりナデシコの女性にまともな味覚を持った人はいないのか・・・」
ユリカといい、イツキといい・・・どういう舌をしてるんだ?
しかしテンカワの場合は俺の3倍か・・・苦労したんだろうな、あいつ。
「アオイさん、それは誤解ですわ。
少なくとも私の舌はちゃんと機能してますよ?」
ベッドに常備されているカーテンを開いて顔を出したのは、医療班班長フィリス・クロフォードさんだ。
普段は他人の目を気にしてサングラスをかけたりしているが、ナデシコ内ではその綺麗な白髪と銀色の瞳を惜しげなく晒している。
彼女はルリちゃんやハーリー君の姉的存在らしい。
つまりは彼女もマシンチャイルドと言うことだ。
生憎とその能力を使っているところはお目にかかったことがないのだが。
「そうだな。フィリス君の料理の腕はなかなかだった」
「ありがとうございます、提督。でもテンカワさんたちに比べると・・・」
「なに、あいつは本職だから仕方ないさ」
どうやら提督も居たようだ。
フィリスさんの手作りらしいクッキーを食べながら紅茶を味わっている。
北斗の下で武術などを習ったりはしていたが、実は気配とか言った物に関して俺はあまり得意じゃない。
いくらなんでも殺気くらいは感じることができるが日常的なものはまるでダメだ。
「・・・美味しそうですね、提督」
「ああ、美味いぞ。羨ましいか?」
・・・俺にくれるつもりはないらしい。
とにかく荒れた口内を治めるために何か甘いものが欲しいんだけど。
「アイスティーでもいかがですか?」
「あ、お願いします、フィリスさん」
彼女の趣味で医務室には数多くの紅茶が置かれている。
メインクルーの嗜好は熟知しているらしく、何も言わなくても各々が最も好むお茶を出してくれるのだ。
俺の場合、ホットならドアーズをミルクで、アイスならアールグレイと言った風に。
そのせいかこの部屋は医務室に特有の薬臭さという物がなく、常に紅茶の微香が漂っている。
本人はアロマテラピーの一環だ、とプロスさんを納得させていた。
「しかし聞きしに勝る威力だったな・・・」
「ええ、まだ口の中がひりひりしますよ。・・・あの後どうなったんです?」
艦長である俺はできる限り艦内の事象に関して知っておく義務がある。
普通、とりあえずは気を失っていた間に何か問題は起きてないかを確認しなくてはいけない。
だがその前に自分がどういった経緯でここに来たのかを知りたいと思うのは当たり前だろう。
「気を失ったお前をイツキちゃんが担いでここまで運んだんだ。
見た目じゃわからんがさすが四天王だな。大の男を片手で持ち上げてたぞ?」
「ははは・・・。ちなみにあの鍋は?」
「・・・自分で食べてたよ。全部な。
なにやらぶつぶつ呟いてたが・・・」
たぶん俺の文句を言っていたのだろうが、あの料理は味云々の前に喉を焼くんじゃないだろうか。
舌を壊す以前に味覚細胞を死滅させるほどの威力があったと思う。
スープが目に入ったら間違いなく失明するだろうな。
プシュ!!
「あら? 漸く起きたみたいね。大丈夫?」
入ってきたのはイツキだ。あの鍋を完食したらしいがまったく平気に見える。
もしかしたらこいつもヤマダたちと同様、人間を超えてるのか?
「ああ、なんとかね」
「それは結構。
でもアンタね、辛いのが苦手なら始めからそう言いなさいよ」
・・・そういうレベルじゃなかったような気がするぞ。
一口で気を失ったのはユリカの作った夜食をつまみ食いしたとき以来だ。
「イツキさん、あなたも紅茶お飲みになりますか?」
奥からアイスティーを持ってきてくれたフィリスさんがイツキに気付く。
普段ならもう少し香りを楽しんだりもするが、とにかく早く飲みたい。
俺はフィリスさんに短く礼を言ってからストローを口に含んだ。
「ええ、いただきます。
・・・にしても、あ〜あ。ジュンもダメだったか」
「・・・ん? なんの話だ?」
「うん、前にユリカ先輩にも作ってあげたのよね。
そしたら一口食べただけで逃げ出しちゃって・・・」
・・・ユリカすら撃破したのか・・・。
冷や汗モノだな。今更だけど。
ピッ!!
『オオサキ提督、もうすぐ『コトシロ』に到着します。ブリッジに戻ってください。
アオイさんも大丈夫なようでしたらご一緒に』
ハーリー君からの通信が入る。
もう到着するってことは結構長い時間寝てたらしい。
「わかった、すぐに行く。ジュン、大丈夫か?」
「ええ、問題ありません。
フィリスさん、紅茶ご馳走様でした。グラスはここに置いておきます。
イツキ、君も待機に入ってくれ」
「はいはい」
プシュ!!
医務室を出たところで俺たちはイツキと別れた。
「イツキちゃんな、お前が気を失ってる間何回も見舞いに来てたぞ?」
唐突に提督が話し掛けてきた。
なんとなく予想はしていたがやっぱり、か。
「そりゃあ、あいつの料理で倒れたんですからね」
「・・・お前な。アキトじゃあるまいし・・・。
あの娘の気持ち、気付いてないわけじゃないんだろ?」
提督の問いには黙って頷く。
俺はテンカワやヤマダとは違う。
特別鋭い訳でもないが、イツキが俺に対して仲間以上の意識を抱いているのにはさすがに気付いていた。
明確に行動に出すようになったのは、影護流の合宿が終わってからだ。
と言うかあれ以降態度があからさまに変わった。
身持ちが堅い節のある彼女は、本当に気を許した相手か極度に嫌いな人間以外には必ず敬語を使う。
現在彼女が普通に話すのは、師範である北斗に対する敬いを別として、俺やハーリー君、零夜ちゃん。
それから従妹の少女くらいだろう。
俺にとってイツキは最も信頼できる仲間、という位置付けだ。
彼女が側に居ることがいつのまにか俺にとっても当然のことのようになっているのも事実。
しかし・・・
「・・・俺はまだ、チハヤを忘れることが出来ません・・・・・・」
だから応えることは出来ない。
イツキにも。同じく好意を寄せてくれているユキナちゃんにも。
別に彼女以外を愛せないといっているわけではない。
このまま俺が一生一人身を貫いたとしても彼女が喜ぶかどうかは疑問だ。
ただ忘れることが・・・いや乗り越えることが出来ないでいる。
自分の幸せが供養になるなどと思うほど、傲慢にはなれない。
「そうか・・・。ま、焦ることはない。
ゆっくりと時間をかけて、自分なりの答えを見つけていくことだ」
「はい。・・・有難う御座います、提督」
提督はそれには軽く頷いただけ。そして俺も多くは語らない。
この人は数少ない俺の理解者なのだ。
気持ちがわかるとか、共感できるとか、そんなものじゃなく、ただ単に同じ傷を持つもの同士。
そして俺が乗り越えるべき壁を、その人生の中で乗り越えてきた人でもある。
俺はまだ、立ち止まったままだけど。いつか越えなくてはならない壁を・・・。
それ以降俺たちは一言も話さずにブリッジを目指した。
「ターミナルコロニー『コトシロ』をレーダーに捕えました」
ビィ――ッ!! ビィ――ッ!! ビィ――ッ!!
「重力波反応多数確認! 敵・・・うわ、大艦隊です!」
表示されているウィンドウは真っ赤っか。チューリップも7機確認されている。
既に規模としてはかなりのものだが今だ増えつづけているのだ。
戦闘準備に入っているのだろう。もちろん俺たちに対してではない。
「やれやれ弱りましたなぁ。
先ほどの戦闘で弾薬類はスッカラカンですよ」
「う〜〜む、戦って勝てない数じゃないだろうが・・・無傷で、とはいかんな」
この後敵の本拠地に攻め込むのだ。できれば戦闘は避けたいところ。
「迂回は出来ないのか?
敵はまだこっちに気付いていないんだろう?」
「やめた方がいいと思います。
例え目の前の敵をやり過ごせたとしても、迂回した先に敵が居ないとも限りません。
何よりこのまま放っておいたら『コトシロ』が危ないですよ」
「敵の狙いが火星なら、邪魔が入らないようにヒサゴネットを封じる・・・か。
そうだな。多少の被害はあるかもしれないが目の前の敵をたたこう。
損傷したら『コトシロ』で修理させてもらえばいい」
「ふむ、妥当だな。
しかしエステは弾切れだ。グラビティブラストだけでいけるか?」
「俺とイツキで出ますよ。DFSなら使い減りしないし。
・・・そうですね、とりあえず奇襲を仕掛けましょう。
ナカザト、指揮は任せる」
ブローディアみたいに相転移エンジンが搭載されていれば、俺かイツキのどちらか一人で全滅させることができるだろうがな。
さすがにエステだと出力が小さいし、フルバーストは短時間しか持たない。
ついでに俺のエステにはフルバーストはついていない。
まあ、秘剣クラスを連発してれば何とかなるか・・・?
いざとなったら奥の手もあることだし。
「じゃあ、奇襲の合図は提督、お願いします」
「ああ、わかった。気を付けろよ」
「艦長が前線に出るのは何か間違ってるような気がするがな。まあ、がんばれ・・・」
「DFSでの戦闘は経済的ですからなぁ。
後はナデシコ本体が無事なら言うことありません。
・・・ナカザトさん、がんばってくださいよ?」
「プレッシャーをかけんで下さい・・・」
はあ、ナデシコらしいと言えばそれまでだが、緊張感ってものがないよな。
ピッ!!
「・・・はい・・・はい、わかりました。
アオイさん、エステの準備はできてるそうです。
他のパイロットの方も既に出撃準備を終えています」
「ああ、ありがとうハ―リー君。
それじゃ、行って来ます」
プシュ!!
急がなきゃな。もたもたしてて発見されたらマズい。
「おお、来たかジュン! いつでも出れるぞ。こっちだ」
格納庫に到着した俺はウリバタケさんに導かれて専用機に搭乗した。
色は紫色。
じつはユキナちゃんの強硬な主張だったりする。
「前にも言ったがお前のエステは火力をほとんど取っぱらっちまった。
だが、その代わりに機動力を大幅に上げてある。
普通の人間が乗ったら間違いなくGで潰れちまうほどだ。
最大速度を使ったらいくらお前でも耐えられないだろうから昂気で慣性を殺すのを忘れるなよ。
ああ、それから今回武装はDFSだけだ。
ミサイル系は空だし、イツキちゃんのグラビティカノンは二丁しかない。
だからそっちはイズミちゃんとヒカルちゃんに使ってもらう」
完全な近接戦闘及び一撃離脱タイプだ。
そしてこれを操るには昂気の使用が不可欠。
どんな優秀なパイロットもこいつを乗りこなすことは出来ない。
それこそナデシコやシャクヤクのパイロットですら。
人間の耐え得る限界値を越えているからだ。
・・・ヤマダあたりなら乗れるかもしれないな。
あいつはあいつで人間超えてるし・・・。
テンカワ? あいつを人間と呼ぶのはかなり抵抗あるぞ。別に悪い意味じゃないが。
「解ってるさ、こいつが俺にピッタリの機体だってことくらいね」
「お? 生意気言いやがって・・・。傷つけんじゃねーぞ!」
「努力する」
ピッ!! ×5
『ジュン、作戦は?』
「ああ、まずブリッジからの合図で俺とイツキが奇襲を掛ける。
その後も向かってくる敵をできる限り蹴散らそう。
イズミさんとヒカルさんはイツキのグラビティカノンで主に敵戦艦を墜として欲しい。
ヤマダと万葉さんは俺たちが墜とし漏らした奴をナデシコに近づけないようにしてくれ」
『了〜解。でもいいのかな? そんな大雑把で・・・』
『いいんじゃねぇか? 解りやすいし・・・』
『これだけの数だ。下手に細かい作戦を立ててもしょうがない』
『・・・そうね。逆に失敗する可能性があるわ』
「そういうこと。それじゃ、出撃!」
視界いっぱいに広がる星の海。
敵の数は多いと言っても、この広大な空間を埋め尽くすほどではない。
かつてそれほどの大軍と戦ったこともあるが、俺はその時こうしてエステに乗って前線に出てたりしてなかった。
実戦が初めてと言うわけではない。
戦後、世が安定するまでに何度も駆りだされている。軍人の辛いところだ。
それでもブリッジでは感じることの出来ないこの緊張感は、いつまで経っても慣れることができない。
「やっぱり向いてないんだろうな」
生身での戦闘における緊張感にはもう慣れた。
伊達で四天王と呼ばれているわけじゃない。
北斗との修行中ではあったが、死にかけたことも何度か。
また実戦の中、この手で人を殺したこともある。多いと言うほどでもないが少なくはないだろう。
終戦後、テンカワを消そうとする連中の中には俺が手加減できないほどの手鍛れも多かった。
俺の放った技が、銃弾が、確実に相手の息の根を止める感触。
もしかしたら俺は、その感触が得られないからいつまでも機動兵器戦に慣れないのかもしれない。
命を奪っていると言う行為を認識できなくなってしまうのが怖いのか。
ピッ!!
『ジュン、全員配置についた。いつでも仕掛けてくれ』
提督からの通信に気を引き締めなおす。
それに別に慣れる必要もない。俺にとってパイロットは副業だからな。
前線に出るのは今日みたいに人手不足な時だけ。
俺みたいな器用貧乏はこういう時に都合がいい。
「よし! イツキ、行くぞっ!!」
『了解!!』
ゴォォォォォォォッ!!!
俺のエステとイツキの『白百合』が共に光の尾を曳いて加速した。
並んで停止した後、同時にDFSを起動。
防御用のフィールドも完全に刃に上乗せして集中力を極限まで高める。
するとその力を脅威と感じたのか敵の一部が動きを止めた。
『ジュン!』
「ああ、どうやら気付かれたらしいな・・・。
しかしもう遅いっ!!」
俺たちはそれぞれの持つ白刃を大きく振りかぶり・・・
「『秘剣 月華蛇!!』」
バシュウッ!! ×2
ドガガガガァァァァァァンンン!!!!
放たれた2つの三日月は、こちらに向かい始めていた敵無人兵器を問答無用で吹き飛ばす。
『月華蛇』とは即ちDFSの刃を一文字に打ち出す技。
『飛竜翼斬』や『蛇王双牙斬』の威力を落とし、使いやすくしたものだ。
機体にかかる負荷も少ないので、ある程度の連発が可能である。
『よし、マキビ中尉。敵が最も密集しているところにグラビティブラスト発射!
他のパイロットも迎撃をはじめてくれ!』
ナカザトの指揮・・・すこし上擦っているか。緊張しているのだろう。
あいつにはたしか単艦戦闘指揮の経験がないはずだ。
まあ能力的には問題ないから後は度胸をつければどこでもやっていける。
だが戦艦がその力を十二分に使用するためには何よりも指揮官とクルーの信頼が肝心だ。
指揮官に信頼されるクルーはその実力を最も効率よく発揮することができ、
クルーに信頼される指揮官は視野が広がり、戦場を見渡すことが可能となる。
能力があるから信頼されるのではなく、信頼されるからこそ能力を発揮できるということだ。
そしてナカザトはまだそこまでの信頼関係を築いていない。
信頼を生むには時間が必要。
とりあえず今のナカザトに必要なのは自分の仲間の実力を知ることだろうな。
「各機へ。作戦通りに迎撃してくれ。
今のナデシコには弾薬がない。懐に入り込まれたら厄介だ」
『了解!!』 ×5
他のパイロットに通信を入れながらも俺は集中を解かない。
今の俺の体は緑光色の輝きに包まれている。これが俺の昂気の色だ。
DFSを振るい、三日月型の刃が敵を襲うたびにかかるGをこいつが軽減してくれている。
同様にイツキの体も今は銀色の輝きを纏っていることだろう。
イズミ機・ヒカル機から放たれる黒い球体は易々と敵戦艦のディストーションフィールドを突き破る。
グラビティカノンは威力としてはグラビティブラストに劣るが貫通力は高い。
つまり狙うところさえ選べば、戦艦を沈めることなど容易だ。
事実2人は狙いを機関部に集中している。
誘爆させて周りのバッタを巻き込むのも忘れない。
雲霞の如く押し寄せてくる無人兵器。
その多くは俺とイツキの技の前に撃沈されていくが、それでもかなりの数が抜けてしまう。
流石にこれだけの数を、近接武器しか持っていないヤマダ達に全て墜とせというのは酷だ。
チューリップを墜とせればいいのだが、なかなか近づくことが出来ない。
俺が使える遠距離系の秘剣もここまで離れていると撃墜するには及ばないだろう。
「まずいな・・・」
『確かに。でもノーマルモードじゃDFSの出力が少なすぎるもの』
現段階でイツキがフルバーストを使ったとしても距離的に見て2機を墜とすのが限界。
そんな賭けに出ることは出来ない。
俺かイツキのどちらかが抜ければ無人兵器が雪崩のように押し寄せてきてしまうからだ。
フルバーストか・・・俺のエステにはついていないが、もし備えられていたらどうなるだろう。
ノーマルにおける機動戦を考慮している機体が約十数倍の出力を得る。
昂気で慣性を殺せるから圧死することはないにせよ、そこまで速いと乗りこなすのは不可能だな。
「仕方ない・・・奥義クラスを使おう。
機動兵器戦では初めてだが・・・」
『!! ジュン!?
・・・いえ、そうね、わかったわ。
みなさん今から私達2人より前に出ないで下さい! 巻き込んでしまう恐れがあります!』
影護流の奥義クラス。
クラス、と言うだけあって幾つかあるわけだが、どれもが常識を疑うような技ばかりだ。
北斗やテンカワの場合、携帯型DFSを使用すれば生身の状態ですらチューリップを破壊できる程。
つまり昂気の応用による超常現象の発生である。
純粋な破壊エネルギーの顕現から無敵の盾への変換まで個々人に様々な力を与える獣の発現。
武羅威の口伝にある通り、昂気を手にしたものはまさに武神への道を歩き出すわけだ。
『カザマ大尉、突出しすぎだ! そのままでは的になるぞっ!?』
『万葉ちゃん、大丈夫大丈夫。
それより早く離れないとほんとにやばいよ?』
俺たちの援護に出ようとした万葉さんをヒカルさんが止めている。
そこにヤマダも加わって、ようやくこちらの影響範囲外に退避したようだ。
ついでにイズミさんはとっくに後退していて、ナデシコのブリッジ付近からバッタ達を牽制している。
その間も俺たち2人はさらに集中を高め、昂気を全身に張り巡らせていた。
それも生身にではなくエステ自体に。各関節等の補強のためである。
昂気は精神エネルギーの光そのものであり、そこには使用者の意志が介在する。
誰もが心の中に住まわせている一匹の獣・・・それを召還するための門となり得るのだ。
「『我が心に棲みし獣・・・』」
それぞれの昂気の色に染まっていくDFSの刃。
俺は緑、イツキは銀。
輝きの内包する強大な力は心を持たぬ機械にすら恐怖を抱かせるらしい。
本能、があるのかどうかは知らないが、とにかく狂ったように俺たちに向かって突撃してくるバッタ達。
さらに距離をおこうとするチューリップ。
だが無駄だ。逃がしはしない。
そして荒れ狂う魂が今こそ生まれ出でようと、徐々にその姿を形成しはじめた。
「・・・其は雷雲を切り裂く爪」
『・・・其は無形なる九つの尾』
機体の各所から聞こえてくる悲鳴。
たとえ昂気で補強をしたとしても自身の肉体でない以上総ての負荷をなくすことは出来ない。
イツキがこの状況でフルバーストを使わない理由はここにある。
フルバーストを使えば確かに機体性能が十数倍まで跳ね上がるが、物理的耐久力はそのままなのだ。
ノーマルでさえ耐え得るギリギリなのに、それが十倍になったらどうだろう?
あっという間に宇宙の塵となることは必至である。
なんとか機体を制御できた頃には、俺たちの傍らには2匹の美しき獣が具現していた。
緑光色に輝く巨大な鷹。
九つの尾を携えた白銀の妖狐。
・・・問題は使用者と獣のどっちが主かわからないことだな。
「奥義! 『四翼の刃』!!」
『奥義! 『玉藻』!!」
ゴウゥッ!!!
九本の銀閃が無人兵器を問答無用で飲み込んでいく。
視認すら不可能な速度で緑色の閃光がチューリップを切り裂く。
潰れ、ひしゃげ、バラバラとなって滅んでいく敵。
中には残骸すら残さずに消え失せるものもある。
埃の積もった棚を布で拭いたときのように、綺麗に消え失せていくのが壮観だ。
これで敵の8割方は消滅。チューリップは全機撃墜。
勝敗は決まった・・・が、
「・・・・・・動かない」
『こっちも同じく・・・すみませんけど誰か回収してください・・・』
奥義を放ったとき瞬間的に飛躍した力がエステの回路を焼き切ったようだ。
しかもそれがアサルトピットとフレームを繋ぐ箇所のどこかだったみたいで、指一本動かせない。
残り2割とはいえ、身動きが取れない状況ではかなりの脅威である。
『安心しなさい、死水はとってあげるから・・・』
『イ、イズミ・・・真面目な顔して言わないでよ・・・』
いいから早く回収してくれ。
バッタ達はいまだに俺たちを狙っている。
『あ、わりぃ。1機抜けちまった』
『こっちは3機だ』
・・・・・・
「ちょっと待てーーっ!!」
『きゃああああっ!!』
防衛線を張っていたヤマダと万葉さんからの通信にレバーをガチャガチャと動かすが、無駄。
全く反応なし。
なぜか生きているメインカメラには無機質な無人兵器の顔が映っている。
ここが地上だったらバッタの4機くらい降りてから倒すが、あいにく外は真空の地獄だ。
さすがに命はないだろう。
『イズミさんっ! やばいです、早く!!』
フィールドもないからな。ミサイル一発でさようなら、となる。
『・・・ふぅ。2人とも、対ショック準備』
ドゥッ!! ドゥッ!!
攻撃態勢に入っていた敵をイズミさんとヒカルさんのグラビティライフルが撃ち抜く。
俺たちはその爆発の余波に煽られる結果となったわけだが、別にたいしたことはなかった。
普段かかるGのほうがよっぽどきついからな。
『オーライ、オーライ・・・っと、よし。
これより回収しま〜〜す』
慣性で流れてきた俺たちを捕えた2人はそのままナデシコへと帰還する。
やれやれ、とりあえず一件落着だ。
『エステバリス隊、全機射線上からのいてくれ。
敵は全部こちらの有効射程内に入っている』
『了解!』 ×2
提督の声に戦場に残っていたガンガーと風神皇が後退する。
その後を追うような形の無人兵器群はナデシコにとってはいい的でしかない。
『マキビ中尉、グラビティブラスト発射!』
『はいっ! グラビティブラスト発射します!』
ドォォォォオオオンンン!!!!
ナカザトも自分の職務を忘れてはいないようだ。
その指揮の下で放たれた黒い閃光が宇宙に無数の花を咲かせ、戦いの終結を告げた。
『ターミナルコロニー『コトシロ』より入電。
貴艦の救援に感謝する。3番ドックに入られたし。
とのことです』
『よし、コトシロに停泊する』
『了解。コトシロドックからの誘導システムを確認。降下します』
通信は開きっぱなしなのでブリッジの会話はちゃんと聞こえる。
ようやく一休みできるみたいだ。
慣れない戦闘はやはり神経を使う。
『艦内警戒態勢を解除。
パイロットは休憩に入っていいぞ』
『あ〜あ、腹減ったな。
おい、お前らなんか食いに行こうぜ』
『そうだね。じゃ〜ウリピー、あとはよろしくね〜』
『・・・よろしくね〜』
『だぁ〜っ!! こんなところにも傷つけやがって!!
お前らもっと丁寧に扱え〜っ!!』
『・・・カザマ大尉、影護流の技とはああも凄まじいものなのか?』
『そうですね、まあ、奥義ですから・・・それよりお腹が空きました。
昂気を使うとエネルギーを激しく消耗するんですよね〜』
次々と流れ込んでくる楽しそうな声・・・・・・ちょっと待て。
俺はいつまでコクピットにいればいいんだ?
完全にシステムダウンしてるから外から開けてくれないと出られないんだが・・・。
「ウリバタケさん、早く開けてくれ」
『あぁっ!! こんなところにも傷がぁっ!!』
・・・聞いちゃいない。
ピッ!!
『ジュン、悪いんだが・・・』
「ああ、ナカザト。メカニックに早く開けるように言ってくれないか?
どうもこっちの話を聞いてくれそうにない」
個人通信ではいってきた同僚に助けを求める。
前みたいに忘れ去られているわけではないらしい。
『そのメカニックからな、お前のエステの電装系に問題があるから開けるのに時間がかかると言ってきた。
悪いがしばらくそのままじっとしててくれ』
そう言っただけでナカザトは通信を切る。
勘弁してくれ。何で俺だけ・・・。
まあ愚痴を言っても仕方ないが。
どうもこの運の無さだけは相変わらずのようだ。
「・・・ふぅ、腹減ったな」
まったく、早くコトシロに着いて欲しいな。
あとがき
ああ、ジュンが強い(笑)
とまあ、それはともかく解説をさせていただきます。
作中で使われている昂気についてですが、この作品ではDFSを昂気の増幅装置としています。
心の獣の具現化は・・・そうですね、
『影技』と言う漫画のキシュラナ流剛剣死(士)術を想像してください。
刃が化け物になるアレです。概形だけであり、細部まで動物と酷似してる訳ではありません。
DFSを使わなくても具現化できますが、威力は小さくなります。
それから次回、新キャラを出すことになるかもしれません。
最近出そうと決めてプロットを変更したので未定ですけどね。
名前と外見以外はほとんどオリキャラ同然ですが、知ってる人は知ってると思います。
・・・アキト達ですら出番がないのに何を言ってるんだか。
ヒント:@ゲーム版のキャラ。
A年齢的にルリよりは上。ユキナと同じくらいかな?
Bたぶんイツキの関係者
個人的にはかなりはまったキャラなんですけど、この人が出ているSSは読んだことありません。
もうほとんどの人はわかったでしょう? ・・・とはいえゲームをプレイしてない人には無理ですけど。
それでは次回もよろしくお願いします。
代理人の感想
本当に強い・・・・ジュンのクセに生意気だ(爆)。
アキトのことを云々言っていたけれども、
この作品のジュンも充分人の道を外れてる気がするぞ(笑)。
謎の登場予告・・・。
ゲームはやってないんですが、あのイツキの肉親のアイドルとやらでしょうか?