交錯する時の流れ



第二話

 

 

 

 

 戦闘終了―――つまり敵の全滅後、ナデシコBはそのまま『コトシロ』に停泊した。

 ミスマルおじさんが手配しているはずの補給を受けるためだ。

 因みにあの後、戻ってきたイツキがコクピットを無理矢理ひっぺがしてくれたので俺は漸く脱出することができた。


 ヒサゴネットの中継所であるとは言え、ここで働いている技術者・軍人などは2000を超える。

 始動したばかりのヒサゴプランにはどうしても細かい調整が必要で、そのための専門家が多いのだ。

 このままプロジェクトが軌道に乗れば、もう少し人員を絞ることができるだろう。


 個人的にはこんな閉塞した場所に住みたいとは到底思えない。

 まあ好きでこんなところに住んでる奴は、ちょっとマッドが入った一部の科学者くらいだと思う。



 俺は現在機体の修理と補給物資の納入に関する書類に目を通しているところだ。

 いつまで経っても変わることのない紙の書類に判子を捺さなければならない。

 極秘任務なだけあって書類は内容よりも存在自体が重要になってしまう。

 

 ピッ!!

 

『ジュン。補給物資の搬入とエステの修理、はじめちまっていいか?』



「あ〜っと、悪いが少し待っててほしい・・・」



 ナデシコへの補給はネルガルの品だった。

 宇宙軍が裏の資金でネルガルから補給物資を買い、増援部隊に運搬させたということになるのか。

 ネルガル関係ならばかなりのレベルで機密を保つことができる。



「・・・ん、よし。それじゃウリバタケさん、はじめてくれ」



 言いながら最後の書類に艦長印を捺す。

 フル装備と言えるその多さに多少面食らった。

 よくもまあコレだけの量を極秘で集められたものだ。



『了解!! よ〜〜しお前ら、はじめんぞっ!!』



『うぃ〜〜〜〜す!!』(メカニック一同)



 メカニック達には悪いがこれでとりあえず彼ら以外は休憩になる。

 今ごろ皆は補給に駆けつけてくれたアララギ少佐を招いてコトシロの食堂にでも行っている事だろう。

 彼は俺と同じ影護流の高弟の一人でもある。



 プシュ!!



「おやアオイさん、そちらの書類は片付いたようですな」



 入ってきたのはプロスさんだった。

 これからこの書類を渡しに行かなければいけなかったが、どうやら手間が省けたようだ。



「ええ、いま見終ったところです。どうぞ、確かめてください」



「では・・・」



 手渡した書類をパラパラとめくって確認するプロスさん。

 一見無造作に目を通しているだけのように見えるが、彼は独自の速読法と暗記法で完全に記憶しているらしい。

 見終わった書類を持っていた鞄の中にしまうと、そこから新たな書類を何枚か取り出した。



「ええ、結構です。

 それからこちらのクルー増員の書類にも判を捺して貰えますか?

 私の方で既にチェック済みですので」



「わかりました。でもとりあえず見させて貰いますよ?」



「はい、ご自由に」



 手渡された書類にザッと目を通す。

 クルーの増員はアララギ少佐の艦のクルーをそのまま徴用するようだ。

 といってもさすがに全員ではない。大体50人くらいか。

 まあ十分だろう。



 ・・・・・・ふとパイロットの欄を見たとき、知った名前を見つけた俺は一瞬硬直した。



「プロスさん、ここの補充パイロットのところなんですが・・・」



「? ああ、彼女ですか。何か問題が?」



「ええ、彼女には実戦経験が無い。

 今回の作戦に参加させるのは危険じゃないですか?」



「う〜む、しかし彼女の実力はアオイさんも知っての通り。

 真紅の羅刹である北斗さん直々に戦いを仕込まれた方ですからなぁ。

 何よりこの作戦への参加はご本人の強硬な意思でありまして・・・。。

 わが社としては彼女の希望はできるだけ叶えてあげたいんですよ。

 ・・・というか重役連中の中に熱烈なファンがいるんですね」

 

「ファン・・・って、もうアイドルは辞めたはずですよ?」

 

「ネルガルの芸能部門がプロデュースした士気高揚の為のアイドル、アサミ・カザマ。

 我々が予想していた以上の絶大な人気を誇った22世紀最高のヒロイン。

 戦争の終わりから1年と少しで芸能界から姿を消しましたが、いまだに彼女のファンは多いのです。

 まさかイツキさんの従妹だとは思いませんでしたが」

 

 そう、補充人員の欄に書かれていた名はアサミ・カザマ。

 もと戦争アイドルであり、影護流高弟の一人であり、イツキ・カザマの従妹でもある少女だ。

 養女であるイツキとは血縁関係は無いはずなのだが、なぜか容姿がイツキとそっくりだったりする。

 また彼女の義兄であるミカヅチ・カザマは同じく影護流高弟の一人であり、宇宙軍の大尉だ。


 因みに影護流の高弟として北斗直々に教えを受けることが出来るのは現在8名。

 四天王『風魔』である俺、『氷雨』のイツキ、『暗尭』のハーリー君、『蒼天』の零夜ちゃん。

 それから宇宙軍第3艦隊のミカヅチ大尉、同じくラビオ少尉。

 統合軍のアララギ少佐。そしてアサミちゃんである。

 

 彼女は以前、度の過ぎた追っかけに襲われた経験があり、護身術のために影護流を習い始めた。

 もともと素質もあったらしく、見る見ると力をつけ、俺達に劣らない程の戦闘能力を身に付けたのだ。

 その後機動兵器戦にも興味を持ち、イツキや零夜ちゃん、さらには北斗にまで教わり、いまや一流と呼べるくらいになっている。

 もちろん実戦経験は無いので、技術だけなら、ということになるが。




「はあ・・・・・・いま本人に会えますか?」



「もちろんですとも。

 アサミさんもアオイさんに会うのを楽しみにしていましてね。

 イツキさんと一緒に艦の外でお待ち頂いております。ご案内しましょうか?」



「ええお願いします」



「ではこちらへ・・・」



 俺はオモイカネに外出の旨を伝え、プロスさんに導かれてナデシコを後にした。

 

 

 

 

 

 

「!! ジュンさんっ!!」



 ドックの入り口付近に設置されている待合所に彼女はいた。

 隣りのイツキと並ぶと本当に姉妹のように見える。

 彼女は俺たちの流派でもマスコット的な存在で皆に可愛がられており、俺にとっても妹のような娘だ。



「久しぶりだな、アサミちゃん」



「はいっ! ・・・・・・お会いしたかったです」



 そう言って微笑むと周りにいた軍人や整備員達が思わず頬を染めてしまうほどに愛らしい。

 俺も始めの頃は絶句し、見惚れてしまっていたが、今はどうにか冷静に笑みを返せるようになった。


 よく美人は3日で・・・と言うが、彼女はその範疇ではないだろう。

 美しさよりも可愛さが際立っており、いつまで見ていても飽きなどこないのだ。

 それに表情もころころと変わる。

 実際はおとなしめな娘なのだがその表情の変化が非常に活発な印象を与えている。



「ところで学校はどうしたんだ? 確かまだ高校生だっただろう」



 彼女は現在高校3年生。ユキナちゃんと同学年だ。もちろん学校は違うが。

 つまりここにこうしていると言うことは、学校を欠席していると言うことになる。

 

「今は夏休み中ですよ。

 だからサイトウさんにお願いして、アララギさんの艦に同乗させてもらったんです」



「・・・サイトウ?」



「・・・先ほどお話した我が社の重役の一人です。

 しかし困りましたな、こうも簡単に極秘情報を流されては・・・・・・」



 俺の呟きに横からプロスさんが付け加える。

 確かにその通りだろう。

 今回は身内のようなものだから大丈夫だろうが、それでもあまりに無用心すぎる。

 もしその人が軍隊の所属だったら、機密漏洩はかなりの重罪だ。



「・・・ごめんなさい、プロスさん。私が無理に聞き出したんです。

 ナデシコBの試験航行日程は終わってるはずなのに、どうして帰ってこないのか・・・って」



「まあ、あの人にとってあなたのお願いは絶対ですからな。仕方ないですか・・・」



 ・・・・・・ネルガルのトップはそんなのばかりなのか?

 アカツキと言いゴートさんと言い・・・頭が痛くなってくるな。


 そういえば今の会長秘書は各務さんが勤めているらしい。

 エリナさんはいろんな意味で吹っ切れていたが、あの人は大丈夫だろうか。

 まあ、何かあったらアカツキが最優先で保護するだろうけど。



「それで・・・だ。アサミちゃん。

 補充人員のパイロットの欄に君の名前があったんだが・・・・・・本気かい?」



「―――!? アサミっ!?」



 心持ち低くした俺の声に最初に反応したのはアサミちゃんの後ろにいるイツキだった。

 その反応を見ると、どうやら聞いていなかったらしい。


 俺たちは出来ることならアサミちゃんに戦争を経験して欲しくない。

 戦闘能力は別として、他の面では彼女は間違いなく普通の高校生に過ぎないのだ。


 たしかにかつてナデシコに集った面々はほとんどが民間人だった。

 しかしそれはちゃんとした契約のもとで集められた、いわばプロの集団である。

 契約がある以上、会社の方針に従う義務が生じるし、その時点で既に戦いはお仕事の一環となっている。


 だが、生憎と女子高生の仕事に戦いが含まれている国家など存在しない。

 戦争はやはり軍人の仕事。

 戦う覚悟を持つ者でなければ、いつか心に重大な傷を負ってしまうかもしれないのだ。



「・・・・・・私は本気です。そのためにここに来ました」



 アサミちゃんの瞳は真っ直ぐ俺を貫いていた。

 それに吸い込まれそうになりながらも何とか踏みとどまり、視線を交わらせる。

 彼女の真意を探るためだ。



「アサミちゃん、きつい事を言うようだが・・・・・・これは遊びじゃない。

 場合によっては・・・いや、今回はかなりの確率で大きな戦になると思う。

 君がもしパイロットとして参加するとしたら、当然敵と戦うことになるんだ。

 影護流の武術訓練とは違うぞ?

 捕縛が不可能なら抹殺しなければならないし、何より君自身が死んでしまう可能性もある。

 そして・・・・・・悪いけど、君にその覚悟があるとは到底思えないな」



「・・・・・・ジュン・・・・・・」



 呟いたイツキの声は心配げだ。

 多分俺の声は今までにないくらい冷たいものになっているだろう。


 だが言っていることは事実だと思う。

 すなわちアサミちゃんは人の死に触れたことがない。

 手に残る重い感触も、耳に残る断末魔の声も、果てのない怨嗟の意志を帯びた視線も。

 彼女はまるで知らないのだ。


 それは先ほどから俺に向けられている彼女の瞳が証明している。

 夜をそのまま閉じ込めたような美しさと深さを持つ―――純粋すぎる瞳が。

 もし彼女が死を理解したとしたら、その時も変わらずこの瞳は輝いているだろうか。

 ・・・・・・答えは否だ。

 俺のときがそうであったように、強烈な後悔や嫌悪感が襲い、そして何より恐怖に縛られるだろう。


 輝きは失われる。

 俺はそれが怖いのかもしれない。



「宇宙軍に連絡して迎えをよこしてもらおう。

 君は地球に帰り、俺たちの無事を祈っ―――」



「私は帰りません!!」



 俺の言葉が終わるのを待たず、アサミちゃんが力強く宣言した。

 両の拳をギュッと握り締めて。

 細い肩を精一杯に怒らせて。



 ・・・意外だった。


 アサミちゃんは聡明な娘である。

 自分がこの場にいるべき人間でないことくらいは既に承知の上だろう。

 俺やイツキに会いたくてここまで来たのは可愛い我が侭で済ませられる。

 しかしこれから先は冗談や我が侭で許されないのだと言うことくらいはわかっているはずだ。

 今日に限ってどうしたと言うのか。



「・・・・・・アサミ、いったいどうしたのよ?

 いつものあなたらしくないじゃない・・・・・・」



 そんな彼女の肩に手を置きながらイツキが問う。

 少々興奮気味だったアサミちゃんはその手の重みに正気を取り戻した様で、恥ずかしそうに取り繕った。



「お姉ちゃん・・・・・・私も戦えるの・・・。

 格闘戦でも、機動兵器戦でもいい。私は強くなったわ。

 もう後ろで見てるだけじゃない・・・・・・守られてるだけじゃないのよ」



「・・・・・・君たち民間人を守るのは俺たち軍人の仕事だよ。

 大体どうしてそんなに戦いたがるんだ? 俺に、君を守らせてはくれないのか?」



「!! そんなことありません!!

 ジュンさんが私を守ってくれるのは、どんなことよりも嬉しいです! だけど・・・・・・!」



 はじかれたように否定の言葉を口にするアサミちゃん。

 彼女は俺にとって、最も護りたい人の1人である。

 かつて愛しい人を失った悲しみが、失うことに対して俺を臆病にしてしまっているのだ。


 俺は護りたい時にそれを為すだけの力がなかった。

 戦争が終わった後も自分を磨き続けたのは、二度と悲劇を起こさないためだ。


 だがたとえ力を得たとしても、一瞬の油断や驕りが取り返しのつかない事になることだって有り得る。

 皮肉にもそれはかの英雄、テンカワアキトが証明して見せた。

 あれほどの力を持ってしても護れなかった命があり、避けられなかった悲劇がある。

 
 護るべき対象であるアサミちゃんを前線に立たせるなど、俺に容認できる話ではない。



「ジュンさん・・・・・・ジュンさんは確かに私を護ってくれます。それを疑ったりはしません。

 ・・・・・・でもあなたは、私の・・・護られている私の気持ちを考えてくれたことがありますか?」



「・・・・・・君の・・・気持ち・・・?」



 護られる気持ち・・・か。

 そう言えば考えたこともなかったな。

 護ると言うことを当然だと思って今まで戦ってきたから・・・。



「ジュンさんも、イツキお姉ちゃんも、私のお兄ちゃんも。

 私が好きな人たちは何故かみんな軍人で、しかも最前線で戦っています。

 私はいつも安全なところから無事を祈ることしか出来なかった・・・。

 わかります? 戦争中、何処が一番危険って言ったら、間違いなく最前線なんですよ?

 誰か大怪我をしてるんじゃ? もしかしたら帰ってこないかも! ・・・なんて事を時々思うんです。

 その度に心配で胸が苦しくなって、何も出来ない自分が悔しくて・・・・・・」



「・・・アサミちゃん・・・」



「私がネルガルのスカウトを受けたのも、少しでもお姉ちゃん達の役に立ちたかったからなんです。

 士気が上がれば個人にかかる危険が少なくなるでしょう?

 だから私は精一杯頑張りました。少しでも私の大切な人たちが無事に帰って来れるように。

 ・・・・・・でも足りないんです、それだけじゃ。

 結局私のしていたことって、ただ戦争の規模を大きくして被害を増やしただけじゃないですか。

 お姉ちゃん達の危険を増やしただけなんです。今だからこそそう思えるんですけど。

 だけど今は北斗さんや皆さんのおかげで私も戦う力を持っています。

 護られるだけ、ただ待つだけはもう嫌なんです。

 私にも戦わせてください。あなたと一緒に・・・!」



 アサミちゃんの気持ちはわからないでもない。

 人と言うものは偏った関係に不安を感じる。

 持ちつ持たれつ・・・与えられるだけじゃなく、自らも何かを相手に与えたいと思うものなのだ。

 一方的に護られてるだけでは嫌だと言うのも頷ける。

 だが、



「アサミちゃん、敵には多くの有人機がある。君に人を殺すことが出来るか?」



 それは卑怯な問いだとは思う。

 ただの・・・ではないかもしれないが、高校生に殺人を犯す覚悟などあるわけがない。

 と言うか、そんなことが平気な奴にはとりあえずカウンセリングを紹介しよう。

 人の命を背負うと言うことは生半可なことじゃない。



「・・・・・・わかりません・・・いえ、正直、怖いです・・・。

 でもこのまま地球に戻ってしまったら、もう私が私でいられなくなるような気がするんです。

 私は何もしないで後悔するよりも、戦ってから後悔したい・・・・・・」



 顔を伏せるアサミちゃん。

 その心中は測れないが、さしずめこれが彼女の「私らしく」なのだろう。

 どっちにしろ後悔する時が訪れた際、彼女を支えてくれる人がいてくれればいいのだが・・・。



「・・・・・・ふぅ、やれやれ、どうしてこう強情なんだろうな?

 そんなところまでイツキと似なくてもいいだろうに・・・・・・」



「自主性があると言ってよね。意志薄弱じゃナデシコではやっていけないわ」



「あ、あの! それじゃあ・・・!?」



 急に緊張が緩まった空気にアサミちゃんがその真摯な瞳を再び上げる。


 ・・・・・・そう、護り方は1つじゃないからな。



「無茶はしないこと。それを踏まえた上での絶対条件が1つ・・・・・・」



「はい! どんなことでも!」



「・・・・・・俺か、他の誰でもだが、『撤退しろ』と言ったら必ず退くこと。

 どんな状況でも―――たとえそれで誰かが死ぬようなことになっても、だ」



「―――え・・・・・・!」



「それが守れないならば俺は君を連れて行くことは出来ない。

 君がなんと言おうとこのまま地球に帰ってもらうことになる」



 これだけは譲ることが出来ない。

 自分の身を犠牲にして、なんて事を認めるわけには行かないからな。



「・・・・・・わかりました。必ず、守ります・・・!」



「うん、それでいい。

 ・・・それじゃあ、他のクルーに紹介しよう。

 プロスさん、みんなの居場所はわかりますか?」



 アサミちゃんの頭をポンポンっとたたきつつ、気を利かせて離れていたプロスさんに尋ねる。

 頭に手を置かれた当人は顔を赤くしながらも別段嫌がった振る舞いは見せない。


 ・・・・・・セクハラか? コレ・・・。



「クルーの方々でしたらコトシロの食堂を1つ借り切って騒いでらっしゃいますよ。

 お話が済んだようでしたらご案内いたしますが・・・?」



「お願いします。・・・それと、さっきの書類は承認します。

 いま話がついたので・・・」



「それはそれは・・・。

 アサミさん、ではこれから同じナデシコクルーとしてよろしくお願い致します」



「はい! こちらこそよろしくお願いします!」



「よろしくね、アサミ。これからは従姉妹としてだけじゃなく、仲間としても」



「うん、お姉ちゃん。これからもよろしく」



「ははは・・・さて、それじゃあ参りましょう」

 

 

 ドックを出て、道案内をしているプロスさんの後を歩いている時、隣りに並んだイツキが話し掛けてきた。



「ねえ、ジュン。ほんとに良かったの?」



「・・・ああ。だが全力で護る。それは変わらないさ・・・・・・」



「―――それならいいけど」



 アサミちゃんの実力はお互いよく知っている。

 昂気は使えずとも、格闘戦・機動兵器戦ともに超一流だ。

 瞬間的なスピードを利用した攻撃方法は並みの使い手では捉えられない。

 これでもし昂気を使えるようになったら、四天王ですら上回るかもしれないのだ。



「ジュンさん、お姉ちゃんと何こそこそやってるんです?」



「・・・なんでもないわよ」



 前の方を歩いていたアサミちゃんが、後ろ歩きでイツキとは逆隣りにつく。

 本当に見た目はただの女子高生なんだけどな。まあかなりの美少女だが。

 この体の何処にあんな戦闘能力が詰まっているのだろう・・?



「お姉ちゃんには聞いてないの!

 ・・・ねえジュンさん? 手、繋いでもいいですか?」



「ははは・・・別に構わないよ」



 申し出を快く受ける。

 アサミちゃんは俺の左手を取るとガッチリと指まで絡めてきた。

 それにはまたも苦笑するしか出来なかったが。



「―――ジュンって最近何気にモテてるわよね・・・。ユキナさんとか、アサミとか。

 ・・・・・・それに私も」



「? 何か言ったか?」



「べっつに〜・・・・・・・・・腕、借りるわよ?」



「はあ? ・・・って、おいおい・・・」



 イツキはなにやらブツブツ呟いていたかと思うと、急にするりと腕を絡めてきた。

 今までにはなかった行動に俺は驚く。


 だが―――悪くない。

 こんなところを組織の連中に見つかったらどうなるかわかったもんじゃないがな。



「―――いいな。こういうのも・・・・・・」



「「ジュン(さん)?」」



 不思議そうに俺の顔を覗く2人には軽く微笑んで誤魔化す。

 これが今の俺の護るべきものだ。

 出来るならばこの平和を、この笑顔を、いつまでも護っていきたい。

 そう、俺の戦う理由はそれだけで十分すぎる。

 

 

 

 

 

 

 ――――食堂前



「・・・・・・あの、そろそろ離して貰えないかな?

 このまま中に入ったりしたら俺の人生がそこで終わるような気がするんだけど・・・・・・」



 結局目的地に到着するまで2人は離れなかった。

 時々すれ違う男たちに激しい怒りの視線を浴びせ掛けられたりしたのはまあ仕方ないと思う。

 だがこの状態を中の人々に見られたりしたら、そんなものでは済まないだろう。

 別にしたくもなかったが、幾度となく経験済みだ。



「・・・ま、仕方ないわね。アサミ、あなたも離しなさい」



「? 中に何かあるんですか?」



「はは・・・まあね。アサミちゃんも覚えておくといい。

 どんなに力を持っていたとしても、個人で組織と戦うのは愚かなことだ。

 そしてこの世界には絶対に敵に回しちゃならない2つの組織があるんだよ・・・」



「????????」



「つまりさっさと離しなさいって事よ。

 ・・・・・・ほら、悪あがきしないの」



 顔中にはてなマークをたくさん浮かべているアサミちゃんの手をイツキが解く。

 引き剥がされながら小指だけでも絡めてくるのは立派と言えるだろうか。



「さてと、そろそろ入ろうか。みんな良い人たちだからアサミちゃんも気を楽にしておいてくれ」



「ええ、大丈夫です。人前に立つのは慣れてますから・・・」



「ああ、そうだったな・・・じゃ、行こう」



 ガラガラガラガラ・・・


 
 なんとも懐かしい音のする引き戸だ。

 何故最新鋭のコロニーにこんなものが・・・?



「お〜〜い、ジュン!! こっちだこっち!!」



 テーブルのひとつから提督の声がかかる。

 俺は提督に挨拶をしようと向き直り・・・一瞬で間合いを詰めた後、手元のジョッキを奪い取った!

 

「―――何考えてんですかっ!? 休憩中とは言え作戦前ですよ!?

 提督ともあろう人が堂々とビールを煽ってどうするつもりです!!?」



「固い奴だなぁ〜。安心しろ、ノンアルコールだ。

 いくらなんでも作戦前の飲酒は控えるさ」



「当たり前です!!」

 

 見れば他の人たちもそれぞれジョッキを手にしている。

 ・・・本当に全部ノンアルコールなんだろうな?

 何人か怪しいのがいるぞ・・・?



「それにしても遅かったな。ウリバタケ達ももう来てるぞ?

 補給物資の搬入は終了。現在は交代制で各エステの修理及び点検に入ってるらしい。

 お前がいなかったから俺が報告を聞いておいた」



「すみません。少し野暮用があったもので・・・。

 あ、新しく入ったパイロットを紹介します」



「そいつはお前の後ろにいる美少女のことか?

 紹介してくれるのは嬉しいが、どうせならここにいる全員にしてやるんだな」



 もっともだ。

 俺はアサミちゃんを連れて店の中で一段高くなっている場所に上り店内を一望した。

 既に何事かと多くの者の視線がこっちに集まっている。

 当然俺を通り過ぎて後ろのアサミちゃんに向けられているわけだが。

 プロスさんとイツキは提督と同じテーブルについてこっちを見ている。



「みんな、聞いてくれ!! 新しいクルーを紹介する!!」



 響き渡った俺の声にすべての人の注意が集まった。

 それを確認すると後ろに立っていたアサミちゃんに場所を譲る。



「皆さんはじめまして。アサミ・カザマです。

 この度ナデシコBの臨時パイロットとして就任することになりました。

 精一杯頑張りますので、宜しくご指導の程お願いします!」



 シーーーーーーン・・・




 アサミちゃんの挨拶が終わった後、店内にこれ以上ないくらいの沈黙が訪れる。

 全員が口をあんぐりと開けて彼女を見ていた。


 無理もない。彼女は有名人だからな。

 木星出身の者はさすがに知らないだろうが、地球の軍人では知らぬ者はいないのだ。

 木連人の中でも戦後一年で彼女のファンになった者は多いとか。



『う・・・』(みんな、主に男性)



「う?」



『うおおおおおおおおっ!!!』



「のわっ!!」



 質量さえも伴っているかのような音波兵器の前に俺は圧倒される。

 歓声の中心であるアサミちゃんはさすがに慣れたもので、涼しげに愛想を振り撒いていた。


 みながみな、手や足をばたつかせて歓迎を表している中、1人の男が強引に前に出てくる。



「ア・・・アサミさんっ!!」



「―――ナカザトっ!?」



 最後のほうでは足を縺れさせて転び、それでもなんと這いながら辿り着いた男はナカザトだった。

 そのまま馬鹿でかい声でアサミちゃんに近寄る。

 目の前で立ち上がると体の埃を叩き落とし、興奮冷め遣らぬ表情で彼女に詰め寄った。



「あ、あの・・・なんでしょうか・・・?」



 さすがに恐怖を感じたのか2,3歩後退するアサミちゃん。

 それに対してナカザトは、見事なまでの敬礼をし・・・



「じ、自分は統合軍所属ナデシコBの副長を務めているナカザトケイジ大尉であります!!

 アサミ・カザマさん、お会いできて光栄です!!

 自分はあなたがデビューした当時からあなたの大ファンでありました!!

 ・・・その・・・宜しければ自分と握手をしては頂けませんでしょうか・・・?」



 ・・・・・・ナ、ナカザト・・・? おまえ・・・。



「ええ、構いませんよ。

 これからよろしくお願いしますね? ナカザトさん」



「ああっ!! か、感動であります!!

 この手は一生洗いません!! ・・・は! そうだ、切り取って家宝に・・・!!」



「そこは待て。人として・・・」



 意外だったよ、お前がこんな奴だったとはな。

 しかしこの先色々と厄介なことになりそうだ。



「ジュ、ジュンさん。この方はいったい・・・」



 また怯えてしまっている。

 まあ、目の前でいきなり腕を切り落とそうとしたら誰でもそうなるだろう。

 

「こいつは俺の同期でね・・・・・・普段は優秀な奴なんだが・・・。

 ナデシコに来てからと言うもの壊れていく一方だな・・・・・・」



「・・・・・・ジュン、俺の気のせいかもしれんがなんだかお前アサミさんといやに仲が良さそうだな?

 もしかして知り合いなのか?」



 一見冷静になったように見えるが、なんなんだその瞳の奥にある炎は?

 後ろの方でウリバタケさんたちも不穏な動きを見せているようだし・・・。

 ここは安全策で行こうか。



「ああ、まあな。彼女はイツキといとこ同士なんだ。ほらそっくりだろう?」



「な!? カザマ大尉の従妹っ!?

 言われてみれば同じ名字だし、似てないことも・・・いや、アサミさんの方が遥に可憐だと思・・・」



 ガンッ!!



 不意に飛んで来たトレーがナカザトを直撃した。 

 口は災いの元、だな。



「そして影護流の高弟の1人でもある。まあ、俺にとっては妹みたいなものだ」



「ぬおおおっ! こ、後頭部に・・・!」



 どうやら聞いていないようだ。

 そういえば飛んで来たトレーは微かに銀色の光を纏っていたような・・・。



「・・・・・・ジュンさん。私、妹なんですか・・・?」



 微かだが、はっきりと耳に入るその声に、再び沈黙が訪れた。

 すべての視線が俺とアサミちゃんの間を行ったり来たりしている。



「ア、アサミちゃん・・・?」



 不用意な発言は止めてくれ。俺の安全の為に・・・。


 そしてみなが見守る中、その可憐な唇が再度開かれる。




「・・・・・・恋人じゃ、ダメですか?」





 ピキーーーーンッ!



 時間が・・・止まった。

 そして・・・・・・ああ、俺の人生も終わったかな?



 ガタンッ!



 不意に椅子が倒れる音がしてそちらに顔を向けると、いつのまにか下がっていたナカザトの姿があった。

 信じられない、という表情を浮かべ、何度も首を振りながら少しづつ後退する。


 そして不意にその肩に手を置くものが・・・。



「よう、副長。アンタもこの書類にサインするかい?

 最近裏切り者が多くてよ。粛清委員長が必要だと思っていたところなんだ・・・」



「あ、あのウリバタケ殿?

 我々の目的はテンカワアキトの殲滅。アオイ中佐の幸せは別に放っておいても良いのでは・・・?」



「わかっちゃいねえな、アララギ新作戦部長。いまや奴も敵だ・・・!!」



 それはウリバタケさんとアララギ少佐だった。

 アララギ少佐・・・いつの間に作戦部長になんてなったんだ・・・?

 
 その前にアサミちゃん。この状況で腕を組むのはやめてくれ。

 こんなのを見たらナカザトの奴が・・・・・・ってもう遅いが。



「フフ・・・フフフフフフフフ!! 当たり前だウリバタケ班長!!

 このナカザトケイジが見事に奴を粛清してくれる!! 覚悟しておけ、ジュン!!

 フハハハハハハハハ・・・!!!」



 お〜〜い、帰って来いよナカザト・・・。



「さあジュンさん、2人でここから抜け出しましょう?

 ここにいては危険っポイですし・・・」



 因みに君がその危険を招いたんだぞ?

 これは本格的に組織に狙われることになってしまったか・・・。

 やれやれ、テンカワの二の舞にだけはならないと思っていたのにな。


 アサミちゃんに腕を引かれた俺は抵抗する力もなく一緒に壇上から降りた。

 そのまま出口に向かおうとしたそのときである。






「ちょっと待ったぁっ!!!」






 ・・・・・・それはまたしても懐かしい声だった・・・。

 

 

 

 あとがき


 アサミ・カザマ、本編に登場です。

 そしてなんだかイツキの出番が減っていく。話も進まない。

 ナカザトは壊れる。またも登場人物が増える。

 ・・・ああやばい。今回火星の後継者達との戦闘に入る予定だったのにな。

 進みが悪いから改訂版を出したのに、さらに進みが遅くなるとは思いもよらなんだ。


 こんな緑麗ですが、見捨てずに長い目で見てやってください。

 それでは次回までお別れです。ちょっと長くなるかも。

 模試とか塾のテストとかがあるんで。

 

 

 

代理人の感想

 

・・・・・・まだ活動していたのか、「某組織」!

しかも有能な人材を次々と加えてるし(爆)。

 

とりあえずはジュンの粛清だな(爆笑)。