交錯する時の流れ
第三話 後編
「それじゃあユキナちゃん、通信を繋いでくれ」
「は〜〜い、通信つなぎま〜〜す!」
ナデシコに帰艦した俺たちはブリッジからの遠距離通信でミスマル提督に連絡を取った。
ピッ!!
『むっ・・・おお! アオイ君か!
ということは出航準備が無事整ったのだね?』
「はい。これより作戦につきます」
『うむ。現在『火星の後継者』が各所で大規模な戦闘を開始し始めている。
敵はヒサゴプランのシステムを掌握し、火星極冠遺跡への軍の干渉を防ごうとしているようだ。
コトシロの敵は君たちが殲滅。
ツキオミ・スクナヒコの敵は我々宇宙軍の第3・第5艦隊に応戦させている』
「敵も大詰め・・・ということですね」
『その通り。これらは地球圏に最も近いターミナルコロニーだからな。
もし敵の手に落ちたら我々は彼らに手出しできなくなってしまう』
「ミスマル提督、アマテラスの方はどうなっているんです?
メインターミナルコロニーを抑えられたら元も子もないでしょうに」
オオサキ提督が進言する。
アマテラスはヒサゴプランの中枢だ。
あそこのシステムを掌握すれば自由にヒサゴネットを操作することができる。
どちらかと言うと俺たちナデシコにとってはそちらの方が脅威だ。
『そちらの方は既に手を打ってあるよオオサキ少将。
アマテラスには我ら宇宙軍が誇る最強の部隊に急行してもらった』
「最強・・・ですと?
ミカヅチ大尉率いる第3艦隊『ドーベンウルフ』が宇宙軍最強だとばかり思っておりましたが・・・」
第3艦隊機動兵器隊、通称『ドーベンウルフ』には、Aクラスの猛者たちが揃っている。
隊長であるミカヅチさん、副隊長であるラビオ君は共にSクラスだ。
実力的にはアリサ君の『Moon Night』すら上回っているだろう。
プロスさんの言うことももっともである。
『ふ・・・君達は忘れてはいないかね?
真に最強の名を冠するに値する部隊を、私は1つしか知らんよ・・・』
「―――!! まさか・・・!?」
『そう。アマテラスへ向かった部隊は宇宙軍第4艦隊所属・・・。
通称『独立ナデシコ部隊』だ。
最強とは彼らにこそ相応しい・・・』
「アキトたちに向かわせたんですかっ!?
よりによってあのアマテラスに!!」
目を瞑り、呟くミスマル提督に、オオサキ提督が噛み付く。
あいつの過去を知る身としては、俺もその選択が信じられない。
『オオサキ少将・・・これはね、アキト君の意志なのだよ・・・』
再び開かれた提督の目に、俺たちは息を飲んだ。
テンカワの意志を妨げる者は何人足りとも許さない。
そんな思いをたたえている。
『彼なりに考え、悩んだ末での結論だ。
ユリカたちとのこれからを生きていく上で、何時までも過去に捕われているわけには行かない。
それはいつか必ず彼女達に陰を落とすことになるだろうから、とな。
だからこそアマテラスの防衛は任せて欲しいと言っていたよ。
自分の犯した罪を忘れるのではなく、それらをまとめて背負って生きるために、
彼の罪の象徴であるアマテラスを護ることでけじめをつけたいそうだ。
我が息子のその思いを無下にすることは、この私が絶対に許さん』
「いや・・・文句はありませんよ。
・・・しかし相変わらずあいつらしいと言うかなんと言うか・・・」
ミスマル提督やグラシス中将、その他テンカワの妻となった人たちの家族には、
あいつ自身の要望で既に全ての真実を伝えてある。
もちろん過去においてあいつが何をやったのかも、だ。
そのことを聞いたとき、俺はテンカワの正気を疑った。
どうして自ら古傷を抉るような真似をするのかと。
結果としてみんなに受け入れられたとは言え、一歩間違えれば大変な事になっていた。
彼女達を始めとして、提督やアカツキも何も言わなかったのを見ると、
結局俺がテンカワのことをまだ完全に理解できていなかっただけなんだろう。
『それでは後方の事は気にせず、君たちは火星攻略に全力を注いでくれ。
既に統合軍も今回の動きに対して行動を開始している。
我々も戦闘が終わり次第駆けつけるだろう。
それまで諸君らの健闘を祈っている』
「各員、発進準備! これより火星にジャンプする!」
俺の声に対し、ブリッジの各所から出航準備が着々と整っていることを示す報告が入る。
オペレーターにハーリー君。
通信士にユキナちゃん。
操舵士兼副長にナカザト。
提督にオオサキ少将。
提督補佐にアララギ少佐。
そして艦長に俺、アオイ・ジュン。
・・・華々しさにかける・・・と言うか、ほとんどが二軍だな・・・。
まあ実力は知っているから問題ないと思うが。
「相転移エンジン出力上昇!」
「第3ドック、ロック解除! ナデシコB発進する!」
「コトシロから通信! 『武運を祈る。貴艦の航行に幸あれ』・・・だって」
固定されていたドックから漆黒の海へ。
ある程度離れたあとで転進、ターミナルコロニー『コトシロ』のチューリップ部分へ向かう。
「全システム、異常なし!」
「コトシロへの侵入経路を確認!」
「ディストーションフィールド出力最大!」
「よし! ルート確認!
コトシロ・タヂカラ・ウズメを経由して火星へ!」
「光学障壁展開!」
「各員、最終チェックに入ってくれ」
「通信回線閉鎖、生活ブロック準備完了」
「エネルギー系統問題なし」
「艦内警戒態勢、パターンBへ!」
ブリッジを始めとして、全艦内があわただしく動いている。
クルーの中にはヒサゴプランを利用するのが初めてという者もいるから僅かに緊張気味だ。
さすがにブリッジクルーは慣れたものであるが。
「フィールド出力にも異常なし! その他まとめてオールOKだ!」
コラ省略するな、ナカザト。
「フェルミオン=ボソン変換順調」
「艦内異常なし」
「レベル上昇中!」
これで準備は全て整った。
後は俺が命令を出すだけだ。
「目標、火星! ナデシコB・・・ジャンプ!!」
ブォォォオオオオォォォンンンン・・・
開かれた虹色の門。
ナデシコBの巨影は耳を圧する音とともにそこへ沈んでいった・・・。p>
その後は敵との遭遇もなく、スムーズに火星に到着した。
目には見えないが、戦の気配と言うのだろうか?
それが火星全域を覆っているようで、体の芯が熱くなっていくのを感じる。
「ハーリー君、火星極冠遺跡まではあとどれくらいかかる?」
「このままの速度でおよそ20分ほどですね。
大気圏突入して、気付かれないように近づくならもう少し時間がかかりますが・・・」
「そうか・・・時間との勝負だからな。
このまま大気圏外を進もう。
パイロット各員に出撃準備をするよう伝えてくれ」
「了解」
ナデシコの戦力は一個大隊に匹敵する。
また火星の守備隊もかなりの精鋭ぞろいだ。
高杉少佐とその妻である三姫君もいることだし、間に合いさえすればかなり有利になるだろう。
「・・・これが火星か・・・」
「ん? ナカザト、お前来たことなかったのか?」
「ええ・・・。俺の所属していた部隊は地球か・・・出ても月まででしたからね。
その先に行くのは仕事でもプライベートでもなかったんですよ」
ナカザトと提督の声が静かなブリッジに響く。
たぶん提督は、クルーの緊張をほぐすと言う意味を兼ねて話しているのだろう。
単艦戦の経験のない統合軍兵が多くを占めるナデシコBは、異常な緊張で静まり返っている。
そんな中である意味観光気分のナカザトは、もしかしたらかなりの大物かもしれない。
「そうか・・・・・・で?
はじめて来た火星の感想はどうだ?」
提督が問い掛ける。
「そうですね・・・第一印象は・・・、
思ったより赤くない・・・ってとこですかね?」
し〜〜〜〜〜ん・・・
大真面目に言い放ったその言葉に、司令塔の俺たちどころか全てのブリッジクルーの視線がナカザトに集まる。
本人はそれが意外だったのか自分に集まるクルーの視線に思わず後退した。
「な・・・なんだよ・・・?」
「いや・・・ただな、ナカザト・・・、
妙な宗教には嵌まらないでくれよ?」
「は?」
「気にするな」
俺は以前同じ事を言った人の姿を思い出して、こめかみを抑えながらナカザトに忠告した。
まあおかげでクルーの緊張はかなり軽減されたようだ。
「―――ん〜? なんか入って来た・・・って!!
ジュン君大変! 火星守備隊から緊急通信!!」
「なんだって!? すぐに繋いでくれ!!」
ピッ!!
「―――!! サブロウタさん!? ―――その怪我・・・!?」
ハーリー君が驚愕の声を上げる。
現れたウィンドウには額から血を流している高杉少佐だった。
『お? 久しぶりだなハーリー・・・。
お前も相変わらず冴えない面してんなぁ〜』
「サブロウタ君! いったい何があった!?」
『・・・オオサキ提督・・・事実だけ先に報告させてもらいます・・・。
申し訳ありません・・・俺たち火星守備隊は・・・・・・全滅しました・・・!』
「なっ!?」(ブリッジ全員)
俺たちの驚愕を正面から受け、高杉少佐は言葉を続ける。
『油断していましたよ・・・。
情報では火星の後継者の戦力はかなりのもの。
てっきり火星極冠遺跡に大艦隊を送ってくると思ったんですがね・・・。
実際にはほんの一握りの精鋭だけを送りつけてこちらの警戒網を突破。
すぐさま迎撃に向かった俺たち機動兵器隊もまるで相手になりませんでした』
高杉少佐の率いる火星守備隊がまるで歯が立たないだと!?
しかも少数・・・それほどのパイロットを奴らは抱えていると言うのか・・・?
「いや・・・君が無事でよかった・・・。三姫君は?」
『無事です。今衛生班に治療を受けていますが命に別状はありません』
「そうか・・・では現在の敵の情報を教えてくれ」
『俺たちを全滅させた後、遺跡へ。現在は完全に占拠された状態です。
遺跡本来の防御機構のため外からはまるで手が出せません。
そうこうしてる間に増援部隊も駆けつけ遺跡周辺に堅固な防衛網を展開しています』
「なるほどな・・・ジュン、どうするんだ?」
「ナデシコBの電子装備なら外部から遺跡ユニットに干渉することが可能です。
遺跡を占拠したと言っても捕えたA級ジャンパーによる意思疎通には時間がかかるでしょう。
その間に火星の後継者を殲滅、遺跡及び捕われのジャンパーたちを救出します!」
ようは遺跡が奪われなければいいんだ。
警護を突破したらすぐさま遺跡を取り外して持っていくと思っていたんだがな。
そのことを考えるとまだ手遅れになったわけじゃない。
「ハーリー君、相転移エンジンの出力を上げてくれ!
ナカザトは船速を最大へ!」
「「了解!!」」
『悪いな、アオイ中佐・・・後は頼む』
「ああ・・・ゆっくり休んでくれ・・・」
苦笑を浮かべながら高杉少佐のウィンドウが消える。
まさか本当に単独任務になるとは思わなかったな。
まあナデシコにとってはいつものことだが・・・。
「・・・気になりますね」
俺の後ろで呟いたのはアララギ少佐だ。
「高杉少佐ほどの戦士がほとんど抵抗も出来ずにやられるとは・・・。
自分には想像もつきませんよ・・・」
「アララギ、お前ほどの使い手でもか?」
「提督・・・自分は確かに格闘においてはそれなりの使い手であると自負しています。
しかし機動兵器戦に関しては高杉少佐に遠く及びません。
彼は我ら優人部隊の中でもかなりの猛者でしたから・・・」
「ふむ、そして何より優華部隊の三姫君までがやられたとあってはな・・・。
まったく・・・ここに来ていまだ敵の全影が掴めんか・・・」
確かに不気味である。
情報もなく敵陣へ切り込むことはできるならば避けたい。
しかしここで相手に時間を与えることはさらに危険であり、その点で俺たちに選択の余地はないようだ。
「ハーリー君、格納庫から整備員を退避させてくれ。
大気圏突入と同時に一斉攻撃をかける!」
とりあえずは遺跡外周部を警備している敵艦隊を撃破することが優先だ。
「了解し・・・い、いえっ!前方に多数の重力波反応確認!
火星の後継者の迎撃部隊だと思われます!!」
「くそっ! 捕捉されていたか!!
総員第一種戦闘配備! 艦内警戒態勢パターンAへ移行!!」
「了解!!
総員第一種戦闘配備! 繰り返す! 総員第一種戦闘配備!」
オモイカネが表示した勢力図に、敵を指す赤マーカーが大量に示される。
どうやら編隊は有人機が主であり、戦艦などの数は少なめだ。
・・・アサミちゃんが気後れしなければいいが・・・。
「エステバリス隊随時出撃!
有人機を優先的に撃墜してくれ! ナデシコはグラビティブラストで敵戦艦及び無人兵器群を蹴散らす!」
ピッ!!
『了解!!』×6
「アサミちゃん・・・無理はするんじゃないぞ?」
『は・・・はいっ!!
―――アサミ・カザマ、アルストロメリア! 出撃します!!』
『こらっ! 勝手に出ていかない!
こちら戦闘リーダー、イツキ・カザマ。エステバリス隊出動します!!』
そして六機の機動兵器がナデシコから飛び立っていった・・・。
「敵有人機の情報は皆無です。
外見から判断すれば木連のジンタイプにもっとも似ていますが、機動速度はそれを遥に超えています。
みなさん、けっして油断しないで下さい!」
ハッチを出た私達はそのまま正面から迫ってくる敵部隊に向かった。
確かに大艦隊ではあるが、数だけならばさっきのコトシロ戦の時のほうが多い。
問題はデータにない有人機の存在である。
『ふっ・・・デビルガンガーめっ!
この俺様の前に現れたのが運の尽きだな!!』
・・・ひとりやけに燃えている人もいるけど。
「・・・・・・アサミ・・・緊張してる?」
『・・・・・・・・・うん・・・』
応えた声は僅かに震えている。
初めての実戦・・・しかも相手は生きた人間が乗っている有人機だ。
無理もない。
「辛いようなら無人兵器の相手をしてくれてて構わないわ。
あなたの腕なら遅れをとることはないと思うし・・・」
『ううん・・・大丈夫・・・大丈夫よ・・・』
大丈夫じゃないわね・・・これは。
一度踏ん切りがついてしまえば結構な戦力になるんだけどね・・・。
『ベベベン!(←ウクレレ) それじゃあ私が緊張をほどく小話でも・・・』
ブツッ!!
「・・・・・・・・・・・・」
ピッ!!
『イツキ〜〜〜〜〜〜(呪)』
「ああっ! ごめんなさいごめんなさい、呪わないで〜!!
・・・って、イズミさん! 危険なことしないで下さい!」
『2人とも! 遊んでる場合じゃないよ!?』
ヒカルさんに叱られてしまった・・・。
寒気を感じて思わず通信を切ってしまったが、そういえば今は戦闘中だったんだ。
こちらの編隊は、先頭にヤマダさんの『ガンガー』と万葉さんの『風神皇』。
続いて私の『白百合』があり、イズミさんの『鯖』・ヒカルさんの『煌』となっている。
当然アサミのアルストロメリアは最後尾だ。
私の『白百合』は開発当初は後方支援及び情報処理タイプとして製造されたのだが、
私自身の格闘能力の向上に伴い、機体も大幅に改造を受けている。
機動戦を考慮して、各種ブースターや姿勢制御スラスターを強化。
標準装備にDFSを追加。
さらに基本兵装である右肩のフェザースマッシャー、左肩のグラビティランチャーは変わらず。
近距離・遠距離ともにこなす万能型となったのだ。
さらに今回ネルガルの補給物資に、イネスさんとレイナさんが共同作成した新兵器が搭載されていた。
それらは私と万葉さんで1つづつ使っている。
まあ我が侭を言うだろうヤマダさんの為に、リョーコさんの赤雷を改造した通称ゲキガンソードも加えられていたが。
万葉さんの風神皇にはDWという防御機構が追加された。
それはディストーション=ウォールの略であり、実体は高密度ディストーションフィールドの発生装置である。
任意展開される盾のようなものだ。
その堅固さはDFSの刃すら受けきるほどらしい。
私の白百合に追加されたのはDFR。
ディストーション=フィールド=ライフルの略。
フェザー系統の武器よりも遥に制御が困難だが、ノーマルでDFSを使える私なら十分使いこなせる。
こちらはカートリッジ部分に一本のDFSを差し込む仕組みになっているようだ。
・・・簡単に言えば、気合で発生する盾と、根性で撃つ銃ということね。
ピッ!!
『イツキさん、今のところわかっている敵の詳しい情報を送ります。
形状や動きからオモイカネが判断したものでしかありませんけど・・・』
ハーリー君から通信が入る。
同時に予想される敵の能力も。
正面から信じたりはさすがにしないが、オモイカネの優秀さは身に染みて知っている。
これだけでもかなり参考になるだろう。
「いえ、これで十分よ。ありがとうハーリー君」
『どういたしまして。・・・それより気をつけて下さいね。なんか不気味ですよ・・・』
ハーリー君の意見に私も大賛成だ。
どうにもいやな予感が拭えない。
私はハーリー君との通信を切った後、続けて艦長席のジュンに個人通信を入れることにした。
ピッ!!
『ん? どうかしたか、イツキ?』
まだ本格的な戦闘に突入したわけでもなく、頭ごなしに追い払われるのは避けられたようだ。
「・・・さっきの話なんだけど・・・」
『・・・? 何のことだ?』
キョトンとした顔。
ダメだ。完全に忘れてる。
「もうっ! さっき食堂で話してたばかりじゃない!」
『・・・・・・ああ! あーあー思い出した・・・って何で今そんな話を・・・!?』
「別に! ・・・ただパイロットが戦場に出るときはいつも命がけだからね。
やっぱりちゃんと言っておこうかと思って・・・」
『・・・そういう不吉なことを言わないでくれ』
「もちろん死ぬ気はないけど。とりあえず言わせて欲しいのよ。
その・・・・・・・え〜っと・・・私は・・・本気だから・・・」
『・・・・・・何が?』
あああああ、もうちょっと読んでよね! こっちの言いたいこと!
「だーかーらー! 私がお嫁に行くっ・・・とかなんとか・・・と、とにかくそう言うこと!(赤面)」
くぅ〜・・・は、恥ずかしい〜〜!
ピッ!!
『カザマ大尉! どうした! トラブルか!?』
『イツキ〜? すっごく蛇行してるよ〜?』
「へっ!? ああ、いえいえ! な、何でもありません・・・あははは・・・」
危ない危ない、恥ずかしさのあまりにちょっと暴走してたみたいね・・・。
『・・・・・・・・・・・・』
「・・・・・・ジュン?」
画面の向こうのジュンは、どうにも困ったような顔をしている。
それは私の不安を大きく掻き立てるもので・・・
『・・・・・・すまない、イツキ・・・。
俺の中ではまだ彼女のことに整理がついていないんだ。
今君を受け入れたら、それはきっとチハヤの代わりとしてでしかない・・・。
だから・・・今の俺に、君の気持ちに応える資格はないと思う・・・・・・』
・・・ある意味予想通りの返答だった。
ジュンの中でいまだ大きく存在しているカタオカ・チハヤと言う女性。
実際に私は会ったことがないけど、
たぶん彼女がいなければ、私がジュンにこんな思いを抱くこともなかっただろう。
そう考えると複雑だ。
「・・・・・・そっか。
ううん! 気にしないで! まだ私はあきらめたわけじゃないし・・・。
それじゃ、もうすぐ戦闘領域に入るから・・・切るわ・・・ね・・・」
震えそうになる声を必死に抑えながら通信を切る。
たぶん気付かれてしまっただろうけど・・・。
出会ったはじめの頃、私はジュンのことなど眼中になかった。
いや、むしろユリカ先輩に群がる悪い虫として敵視していたと思う。
パイロットとしての自分の限界に悩んでいた私は当時、ユリカ先輩の存在によって殻を抜け出すことが出来た。
それ以来、先輩への私の思いはもはや崇拝と呼んでも差し支えないほどになっていたのだ。
そのためだろう。私がテンカワさんに堕とされなかったのは。
ナデシコ搭乗に際して私は先輩のことを除けば普通の女でしかなく、
初めから警戒していなければきっと他の女性と同じような末路を辿っていただろう。
すなわち目が合った瞬間にその瞳に捕えられ、笑いかけられた瞬間に恋に堕ちる・・・。
ふ・・・危ないところでした。ありがとうございます、ユリカ先輩!
とにかく私は彼に対して普通の立場を取ることに成功した。
まあ戦闘に関しては尊敬できましたけど、女性関係は最悪でしたからね。彼は。
それだけで割と古風に育てられ、身持ちが固い節のある私は近づこうとしなかったし・・・。
必然的に私の関心はそれまで通りユリカ先輩に向かうことになる。
このときも先輩に金魚のフンのようについて回っていたジュンなど目に入っていなかったみたい。
そして・・・ある時先輩の横からジュンの姿が消える・・・。
この時になって初めて私はジュンに興味を抱いた。
とは言え、それは今抱いているような甘いものではなく、
彼がたった一人でどれほどのことが出来るのかと言う冷めた好奇心だけでしかなかったが。
そして・・・、
『チハヤァァァァァァ!!!!!』
『誰か!! 誰でもいいから助けてくれ!!
彼女を!! チハヤを助けてくれ!!』
『結局、力が足りなかった僕が悪いんだ!!
守るって約束したんだ!! 笑ってくれたんだ!!』
『殺してやる・・・いや殺すだけでは赦さない!!
復讐をしてやるさ、チハヤ!!
君の人生を弄んだ奴等全員に!!
君と同じ苦しみを味あわせてやる!!』
心を・・・いや、魂すらも震わせる果て無き憎悪。
同時に伝わってくる悲哀という言葉では括れないほどの絶望。そして愛。
どうしても切ることの出来なかった通信回線から聞こえるジュンの慟哭が私を貫く。
止めどなく流れる涙は哀しみ故・・・それとも恐怖だろうか・・・?
私はアオイ・ジュンと言う男をどこかで見下していたのかもしれない。
情けない。しつこい。頼りない。
およそ私の理想像とはかけ離れていたからだ。
だがこの激情はどうだろう?
敵を憎み、自らの無力を憎み、彼女を救うことが出来ない全てを憎んだ叫び。
1人で震えることしか出来ない私に襲い掛かったジュンの狂気・・・。
見えない鎖で拘束されてしまったかのように全く動かなかった私の躯・・・。
そして・・・なぜか押し寄せてきた堪え切れないほどの快感の波・・・。
そう・・・あの時、私という存在の全てが、この男に支配されたのだ!
ブローディアの封印を解いたテンカワさんにみんなが集中してる間、私にはジュンしか見えていなかった。
もちろんその姿が見えていたわけじゃない。
私が見ていたのは彼の気配・・・と言うよりもその本質なのだろうと思う。
目に見えない何かを見ながら、私は自らを抱いた。
涙や汗で体中が汚れても全く気にすることなく・・・・・・ただ、乱れていた。
あの瞬間は、そんな私も含めて誰もが・・・いや、世界そのものが狂っていたのかもしれない。
ジュンは復讐を誓った。
彼女を弄んだ者達全員に彼女と同じ苦しみを与えてやる、と。
でもそんなことが出来るはずがない。
だってあの頃のジュンには何の力もなかった。
そして何より、テンカワさんがいたのだ。
今だからこそ分かるテンカワさんとジュンの違い・・・。
テンカワさんには仲間がいた。
戦う力を彼に与えた月臣さん。
五感を支えつづけたラピスちゃん。
ユーチャリスやブラックサレナを与えたアカツキさん。
彼を信じつづけることで、いつでもテンカワさんを支えていたルリさん。
その他にも大勢。
ジュンはどうだろう?
彼には何の力もない。だがこれはテンカワさんと一緒。
そして体に異常も持っていない。
でも仲間は一人もいなかった。
倒れてしまったテンカワさんや亡くなったカズシさんのことでナデシコ中がピリピリしていた。
そんな中でははっきり言ってジュンは邪魔者でしかない。
誰もがジュンを返り見もせず、彼はただ自分の体をいためつづけるのだ。
さらにテンカワさんには憎むべき敵、そして希望があった。
北辰を殺せば復讐は終わり、ユリカ先輩だって助けられるかもしれない。
でもジュンにはない。
カエンはサツキミドリと共に死に、チハヤさんは灰と化した。
遺体すら残すことなく。
復讐をしようとするジュンを責めるみんなも腹立たしかった。
確かにジュンのやることは間違っていたのだろう。
でもみんなの言うことが「テンカワさんの邪魔をするな」と言っているようにしか聞こえなくて。
結局、先輩達にはテンカワさんしか見えていないのだ。
大切なものを奪われる苦しみに、差など有り得ないと言うのに・・・。
別に悪いことじゃない。好きな人を思うということは素晴らしいことだ。
だから・・・私だけでもジュンを見ていよう、感じていようと決心した。
このときにはもう、私の中のユリカ先輩はそれほど大きな存在じゃなくなっていた。
代わりに占めていたのはジュン。
それは恐怖でもあり・・・・・思慕でもあったのかもしれない。
今のジュンには私やアサミ、ユキナさん、ハーリー君や零夜さんもいる。
戦後、ジュンの心を救ったのはユキナさんかもしれないが、私達だってそれなりに貢献したはずだ。
今、私たちとジュンの間には確かな絆がある。
そしてジュンはその絆を護る為に何物をもかけてくれるだろう。
・・・・・・たぶん、その命ですら。
心の中に秘めた狂気が消えたわけじゃない。
―――いや、けして消えることはないのだろう。
だがそれすらも上回る決意を持っているのだ。
そしてそれを貫くだけの覚悟も。
だから私は願う。
ジュンの傍にいたいと・・・。
だから私は誓う。
ジュンを護るための盾となることを・・・。
だから・・・私は・・・こう言い続けるのだ・・・・・・。
「あなたを・・・愛しています・・・・・・」
――――――ジュン・・・・・・。
あとがき
う〜〜む、前編とのギャップが・・・。
まあ書きたかったのはこっちであってあっちはあくまでおまけのようなもの。
本当なら数行で終わる予定だったのに不幸リフレクターを言いたがったが為にあそこまで伸びてしまいました(笑)。
それにしてもようやく改定前に載せたところまできたんですね〜〜。
さて今回、イツキの心理描写をしてみたんですがどうだったでしょう?
改定前はそこらへんが曖昧だったんですよね。
イツキ×ジュンをやっていく上で、その過程はちゃんと言っておかねばと思いました。
そういえばこっちの小説書いてると、なぜか思考がアンチアキトになってしまいます。
紅の戦神を書いてるときは全く問題なくアキトを応援できるんですけど・・・。
・・・・・・何故だ?
ああそれから戦闘レベル(AとかSとか)は突発的にランク付けしたくなったんです。
幽々白書を読んでたら・・・。
因みに基準としては、ナデシコ搭乗前のアリサがBクラスになります。
Sクラスは基本的にナデシコ・シャクヤクのパイロットですが、それ以外にもちゃんといます。
SSは間違いなく2人だけですが。
ジュンのAプラスは妥当だと思っています。
昂気を使ったとしてもできるのは広域殲滅か一撃離脱。
それだけじゃあディアちゃんには勝てませんよ。
結局ジュンの強さは普通の人間が乗れないほどの高機動機に乗って初めて発揮されるのです。
実力的にはやっぱりあれくらいでしょう。・・・ただ生身の戦闘は強いです。
それでは長々としたあとがきになってしまいましたがこのへんで。
電波な代理人の感想
ビューナスA。
ダブルスペイザー&マリンスペイザー(グレンダイザー抜き)。
ガンタンク。
ボチューン。
ディザード。
ブラックウイング。
ガンダムMk−2。
ネモ。
ジェガン。
・・・・・嗚呼、ニ軍!
(なお、ボスボロットとテキサスマック、Ez8等は代理人のプレイでは一軍な為除外(爆))
すいません、これと「思ったより赤くない」のインパクトが大きくて
後半のシリアスにのめりこめませんでした(超爆)。
>何故かアンチアキト
そりゃあ、結局の所アキトはジュンの不倶戴天の敵だからでしょう(爆笑)。