交錯する時の流れ
第四話その一
ゴォォォォォォォッ!!
『こちらダイゴウジガイ!
敵機を確認!! 攻撃する!!』
『同じく万葉! ガイに続く!!』
前衛の二人からの通信。
それは戦闘開始の合図だった。
『皆さん! 敵から多数の高エネルギー反応!
グラビティブラストです!!』
―――カッ!!
ギュオオオオオオオオオッ!!!
ハーリー君からの警告に反応して既に回避行動に入っていた私たちは、
前方から放たれた閃光の束を速度を緩めることなく余裕でかわす。
「目標を光学で確認! 全機戦闘開始!
なお、これより敵はモドキと称します!!」
『それってゲキガンモドキ?』
『・・・ふっ、おでんが美味しい季節ね』
『え〜っと、がんもどきのことですか?』
『くくくくく・・・』
『・・・アサミちゃん、イズミの言うことに素直に反応してたら身が持たないよ?』
そんな後方の私たちの掛け合いをよそに、まずはヤマダさんが接触する。
『ゲキガン・・・シューーーーッ!!!』
ゴォォォォォォォッ!!
例のゲキガンソードを腰だめに構えての特攻。
気分は日本の仁侠映画ね。
『命とったらぁぁぁっ!!』ってやつ。
ガァンッ!!
先頭の敵―――モドキはヤマダさんの攻撃に反応し、咄嗟にスラスターを吹かせて回避行動を取る。
それでも完全に避けきることは出来なかったらしく左足に直撃を食らったようだ。
しかし反応速度はなかなか。
どうやら油断の出来る相手じゃないみたい。
ヤマダさんは初めからその機体を狙っていたわけではないらしく、すぐに後ろの機体と相対した。
至近距離から撃たれる銃撃をもはや本能のレベルで回避し、迫り来るミサイルを剣で叩き切る。
いきなり自陣の真っ只中に突っ込んできたガンガーを取り囲むように砲撃するモドキたち。
その攻撃を私の放った一条の黒閃が飲み込む。
白百合の肩部に搭載されているグラビティランチャーだ。
怯んだところに万葉さんが切り込み、散開しようとすれば後方の三人が援護射撃で押し戻す。
必勝パターン! 敵は浮足立っている!
『へっ! たいした事ねえな!』
ズバババババッ!!
『油断は禁物だよ、ヤマダ君』
『おお、わりいなヒカル』
ヤマダさんの背後に回りこんでいたモドキはヒカルさんに追い払われた。
その隙にガンガーが包囲を脱出する。
『・・・けどかなり頑丈ね。
ラピッドライフルじゃ埒があかないわ』
そう言いながらグラビティライフルへと持ちかえるイズミさん。
アララギ少佐が持って来てくれた補給物資の中にあったものだ。
エネルギー兵器なので残弾数を気にしなくていいこともありがたい。
それにしてもこの装甲の厚さは異常よね。
防御をディストーションフィールドに頼りきったエステバリスとは明らかに違う。
と、その時。モドキたちが板のような武器をそれぞれの背中から取り出した。
どう見ても近接戦闘用。板剣と命名しよう。
どうやら射撃では私たちを捕らえることが出来ないと悟ったらしい。
それに遠距離戦ではこちらに分があると言うこともわかっているだろう。
『来るぞっ!!』
『上等っ!!』
万葉さんとヤマダさんにそれぞれ二体、私には三体向かってきた。
残りは迂闊に動かない。こちらの力を測るつもりかしら?
・・・私が指揮官であることも見抜いたようだし。
ドンッ! ドンッ!
牽制の意味も兼ねてカノン砲を撃ってみる。
さすがに正面から受けるつもりは無いらしい。
散開して多方から私に迫ってきた。
「・・・反応速度は一流ですか。
それに機体の性能もしっかりと引き出してる・・・。
ほんと、これほどの使い手がこんなところにいるなんて俄かには信じられませんね」
しかもざっと見ただけで20以上。
Aクラス以上のパイロットはどこの組織でも引っ張りだこになってるのに・・・。
世間に全く知られることなく訓練していた?
そんな馬鹿な・・・。
だいたい誰もがみな、アサミのように戦闘センスに恵まれているわけじゃない。
数年の訓練を経たくらいではAクラスには到底及ばないのだ。
私は左右から来る敵にフェイントをかけ、上方の敵に肉薄する。
そして腰部に取り付けられているDFSを引き抜くと一瞬だけ刃を形成し、斬る!
「!! くっ・・・そんなっ!?」
そう、避けられた
今のは絶妙のタイミングだったのに。
テンカワさんや北斗さんならともかく、普通の人間があんな動きをしたらとっくに潰れているはずよ。
ダダダダダダッ!!
やり過ごした2機からの銃弾の雨が私から思考力を奪う。
これもおかしい。
射撃能力が悪い。バランスが取れていない。
「――――そこっ!」
私の斬撃を急な動きで回避したモドキが体勢を整えようとしているところに、
白百合の必殺武器であるフェザースマッシャーをお見舞いする。
ドゴォォォォオオオンンン!!!
「―――まず1機っ!!」
さすが相転移エンジン搭載型。爆発が大きい。
やはりどんなに強固な装甲も『フェザー』の前では形無しみたいだ。
問題は連射が利かないと言うところ。
フルバーストを使ってしまえば別なんだけど・・・。
『イツキお姉ちゃん、後ろ!!』
アサミの警告に無意識下で反応した私の横を、敵のカノン砲が通り過ぎていく。
どうやら風神皇と交戦中だった1機が放ったものらしい。
一瞬とは言え動きを止めたのは我ながら失策だった。
『カザマ大尉! 無事かっ!?』
「ええ大丈夫です。
アサミも、ありがとね」
『・・・しかし妙な敵だな。
中には射撃の得意なやつもいるということか・・・』
カノン砲を動き回りながら撃ち、さらに目標に当てると言うことは実はかなり難しい。
そして得意分野が分かれているならそれ相応の陣形を組むはずなのにその様子もない。
まるで生きて帰るつもりなどないように特攻を繰り返すのだ。
ピッ!!
『イツキさん、エネルギーウェーブの範囲ギリギリです。
注意してください』
「! 何時の間に・・・?
了解。みなさん、一度退がります!」
知恵も働くようだ。
これだけ数に差がありながら力押ししようとはせず、あくまで自分達に有利な戦い方をする。
これはもしかしたら後いくつか隠し種があるかもしれない。
『『『『『了解!!』』』』』
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
イズミさんの放つ黒い光弾が次々とモドキたちに吸い込まれていく。
どうやら囲まれてしまったらしいヤマダさんを助けるためだ。
崩れた敵の包囲の一角をゲキガンソードでこじ開け、一気に加速。脱出する。
敵も態勢を立て直すみたいで、私たちはひと時の休戦状態に落ち着いた。
『ヤマダ君、大丈夫?』
『ああ、すまねえイズミ。
・・・しっかし変な敵だよな〜。まるでド素人と一流のパイロットを一緒に相手してるみたいだ』
『そーなんですか? 私は経験が浅いんでなんとも言えませんけど・・・』
『いや・・・なるほどな。言われてみればそうかもしれん。
拡散型や連射型の射撃武器に頼っている者もいれば、カノン砲のように扱いづらい得物を使う者もいる。
ついでに連携も拙い。
その割に近接戦闘力に関してだけは超一級だ』
『ふ〜〜ん、アオイ君みたいだね?』
ヒカルさんの言葉を聞いて、私の脳裏に閃くものがあった。
機動兵器戦の素人が、一気に一流と呼べるほどになってしまう方法。
射撃方法は個人のもつ能力そのまま。
そして私の斬撃をよけるほどの急激なGに耐え得るほどの体。
それは私やジュンのように昂気を使いこなすくらいに自身を鍛えるか、または・・・
「・・・・・・ブーステッド・・・?」
『『『『!!』』』』
『?』
私の呟きにみんなが反応する。
確かに強化人間ならばあの無茶な機動も納得できるのだ。
『それってあれだよね。アキト君たちが戦ってた人たち・・・』
『・・・ええ。これでクリムゾンとの繋がりが明らかになったみたいね』
強化処理はクリムゾンの技術。
もちろん公開はしていないのだけど。
『・・・なんなんです、それ?』
『先の戦争でクリムゾンが用いた一種の改造人間だ。
寿命を糧として身体能力を飛躍的に向上させている。
テンカワアキトや北斗殿に対抗させるために作られたらしいが・・・。
全部が全部それだとすると、さすがに厄介だな・・・』
『なに言ってやがる!!
確かに生身じゃ勝ち目はないかも知れねえが、こいつに乗った俺達がそう簡単にやられるかよ!!』
『・・・そうね。実際付け入る隙がないわけじゃない見たいだし・・・』
ピッ!!
『皆さん! そろそろ追いつかれます! 迎撃よろしく!』
ハーリー君の檄に私たちは思考を切り替える。
なんだかんだで私が1機、万葉さんが1機、ヤマダさんが2機撃墜しているのだ。
倒せない敵ではないはず。
身体能力の差は技術でカバー。
結局のところで最後に物を言うのはパイロットの腕次第。
「ヒカルさんは万葉さんと組んで当たって下さい!
アサミはイズミさんと一緒に後方でサポート!
ヤマダさん! 行きますよ!」
『よっしゃあ!!』
士気という点でヤマダさんに勝る人はいない。
そのせいかこういう劣勢のときはじつに力強い。
ともあれ私とヤマダさん、ヒカルさんと万葉さんのそれぞれが眼前に広がるモドキの群れに突っ込んでいった。
ゴオオオオオオオオッ!!
バーニアが輝きを強め、私たちの駆る機体が一斉に加速する。
その私たちに対して向かってきたモドキの一部が先ほどの板剣を振り被り・・・・
「―――っ! くっ!!」
投げたっ!?
私とヤマダさんは咄嗟に回避するも、それは当然隙を生み出すこととなってまう。
気が付けば2体の敵がすぐ目の前に迫ろうとしていた!
「迅いっ!!」
横薙ぎに繰り出される一撃を前方に跳ぶようにして何とか回避。
もう一体が背後から突いてきたが、
私はそのまま目の前のモドキの右足を掴み、それを捻りつつ膝裏に肘の一撃を入れる。
人型を模している以上あたりまえだが人間用の技も有効なのだ。
私はつんのめったその機体を盾にし、仲間の繰り出した突きにコクピットを貫かせた。
そして戸惑いを見せた敵にそのモドキを投げつけると、DFSを起動。
ブォンッ!!
バシュッ!!
ズドォォオオォォォオンン!!!
受け取ったモドキもろとも真っ二つにした。
どんなに装甲が厚くてもこのDFSで斬れないほどじゃない。
私は敵の布陣を確認しながら味方の戦況にも目を向ける。
見た限り、他の皆さんもどうやら優勢のようだ。
ドォオオンンッ!! ドォォオオンンッ!! ドォォオオンンッ!!
イズミさんのグラビティライフルが確実に敵の行動を封じていく。
貫通力を重視したこの武器の前ではモドキの装甲も紙の鎧。
ディストーションフィールドで多少は威力が殺がれてしまうかもしれないけど、
イズミさんの腕なら問答無用で次々と撃ち落とすことが可能みたい。
手・足・そして動力部。
しかも遠距離からなのでほとんど反撃を受けていない。
アサミ、邪魔になっていなければいいけど・・・。
ダダダダダダダダダッ!!
バキィッ!! ガウゥンンッ!! バシュゥッ!!
コクピットに砲撃を集中させるヒカルさんの支援に、万葉さんの柔。
たとえ強化されていても本能的な恐怖を忘れることはできない。
ダメージはないと分かっていても顔面に向かって繰り出される攻撃には怯んでしまうものだ。
それを利用するヒカルさんはさすがだけどね。
ヤマダさんは・・・・・・
ほうっておこう。
なんかデビルガンガーがどーのキョアック星人がどーのと
理解不能なことを叫びながらすれ違う敵を例のゲキガンソードで切り倒してるし。
既に敵の残存戦力は半数以下だ。
このまま一気に殲滅してしまおうと、私は再びDFSの刃を形成した。
ピッ!!
『た、大変です!! 火星極冠遺跡を中心に多数のエネルギー反応を感知!!
火星の後継者本隊が続々と戦闘態勢に入り、こっちに向かって来ます!!』
『まさか・・・! これだけの戦力を保有していたのかっ!?』
とりあえず敵の迎撃部隊をやり過ごし、
帰艦を果たした白百合のコクピットにハーリー君とナカザトさんの叫びが響く。
オモイカネから転送された戦力図も、敵反応を示す赤色が次々と増えていくのが分かった。
確かに少数精鋭にて遺跡を占拠した部隊はとても脅威だけど、こっちはこっちで十分な脅威。
いくら一騎当千のナデシコでも正面からではひとたまりもない。
もし先程までのように敵が遺跡を中心に防衛網を張っていたのなら方法はあった。
ようはその一角を突破して遺跡内部に侵入してしまえばいい。
遺跡の防御機構が私たちナデシコをも護る盾となってくれるし、
敵が同様に入り込んできたとしてもその数は知れている。
一人で百人を同時に相手にしては勝てない戦いも、一対一が百回ならば十分勝ち目はあるのだから。
だけどこのままだと最悪、一対百を百回とか言う事態になりかねない。
縦列隊形の敵に正面衝突するなど戦術としては最も愚かだと言える。
とは言え今から迂回したとしても横腹を叩かれるのは明らかだ。
『相転移砲』でもあればまた別なのだろうけど・・・
やっぱりここは私が行くしかないわよね。
ピッ!!
「ブリッジ! 出撃許可を!
私が『白百合』で敵艦隊を蹴散らしてきます!!」
コトシロでの戦闘で、機動戦による奥義クラスの使用が無茶であることはわかった。
加えて2度と使わないようにウリバタケさんにリミッターをかけられてしまった。
だからこれだけの数を相手にするのはまず間違いなく自殺行為だと思う。
だけどもしナデシコに勝機が訪れるとしたら、それはきっと現時点では私にしか出来ないことだ。
そして私は軍人として、また武道家としていつでも『死』を覚悟している。
死を必すれば即ち生く。死中に活あり。火事場の馬鹿力。
生と死の境目でこそ人は最も強くなれるのだから。
しかし・・・
『・・・要請は却下する。
パイロットはそのまま待機。メカニックは今のうちにエステの補給と各種チェックを』
「でもこのままでは・・・!」
『火星守備隊を壊滅させた機動兵器部隊の情報が皆無だ。
そんな時にこっちの最大戦力である君を失うわけにはいかない。
・・・・わかるだろう?』
それはそうだけど・・・。
その前にナデシコ本体を沈められたら元も子もないんじゃないの?
「でも今からじゃ迂回も間に合わないわ。
敵に側面を向ける危険を考えるとやっぱり私が出撃した方が・・・」
『心配しなくてもいい。
火星の後継者の行動も予想していた事態の一つだ』
「・・・・・・予想していた?」
そこはかとなく嬉しげなジュンが首を傾げる私に微笑む。
『ああ。さっきの戦闘で火星の後継者の本隊がこっちの戦力・・・いや、正体に気付いた。
元木連軍人が中心メンバーを形成している彼らなら、このナデシコを心底警戒しているはずだ。
実際にかなりの大部隊がこの宙域に侵攻しようとしている』
「それが予想できていたのならなぜ戦闘を回避しなかったの?
不可能ではなかったはずよ」
『いくらオモイカネが算出した航路で進んでも敵に発見される確率は五分五分だよ。
遺跡が奴らに握られている以上、俺たちが選べる選択肢は多くない。
だが敵の動きをこちらが誘導することは可能だ。
ナデシコが姿を現せば、火星の後継者は動かざるを得なくなる』
つまりさっきの戦闘には陽動の役割もあったということ?
でも陽動作戦と言うのは伏兵の存在があってはじめて出来るものなのに・・・・。
『そんなに難しいことじゃない。
君も知っているだろう?
かつて、たった一隻の戦艦と、たった一機の機動兵器だけで戦い抜いた人物を。
あいつの戦術を少し借りただけさ』
「あ・・・テンカワさん?」
一応、私もテンカワさんの記憶を持っている者の一人だ。
もちろん他人の記憶である以上はっきりと覚えているわけじゃない。
印象に残る映画を見たような感じだと思う。
その中でのテンカワさんは、ラピスさんを連れていつも同じ戦法で戦っていた。
つまりブラックサレナで敵を引きつけ、ユーチャリスで横腹を叩く。
A級ジャンパーの戦闘利用を考えてはいても実行は出来なかった軍は
おもしろいくらいにその戦法に引っかかっていた。
『陽動と奇襲。
単艦で大軍に立ち向かうにはこれしかないだろうな。
とにかく君たちはいつでも出撃できるようにしておいてくれ。
あとは・・・』
ピッ!!
『私の出番ですね!』
「アサミっ!?」
ジュンのウィンドウを押し退けるように、コクピットにアサミの顔が浮かび上がる。
場所はブリッジ。
帰艦と同時にすぐさま格納庫を出て行ったらしく、今まで気付かなかったみたいだ。
「アサミがナビゲートを?」
『そうだ。
戦艦を跳ばすのははじめてらしいからジャンプ後の戦闘は難しくなるかもしれないけど・・・』
『大丈夫ですよジュンさん。
私、体力には自信があるんです。
一回や二回のジャンプでへばるようなヤワな鍛え方はしてません』
胸を逸らしてアサミが言う。
まあ確かにちょっとやそっとのことで動じるような鍛え方をしていては影護流はやっていられない。
ジャンプがどれほど体力を使うのかは私には想像もできないけどね。
『アオイさん! ジャンプの準備が完了しました!』
『わかった。
それじゃあイツキはエステで待機してくれ。
アサミちゃんはこっちに』
ハーリー君がジャンプシステムの起動を終了させ、画面の向こうのブリッジクルー達が慌ただしく動き始める。
ほとんどのクルーがチューリップを通らない単独ジャンプは初めてのはず。
やはり不安は隠し切れていない。
『ジャンプ地点は何処にするんです?』
『遺跡を中心に今いる宙域と反対の位置でいいだろう。
・・・・いや、少し遺跡に近づいた方がいいかな』
『わかりました。火星極冠遺跡から距離2000の位置にジャンプします』
そう言って目を瞑り、プロスさんからCCを受け取って意識を集中し始めるアサミ。
そこへ後ろに立っていたアララギ少佐が声をかける。
『アオイ中佐、どうせなら都市周囲に直接跳んだ方が防衛網を突破する手間が省けませんか?
A級ジャンパーであるアサミさんならば可能だと思いますが・・・』
『それはダメだな、アララギ。
考えても見ろ。
いくらナデシコ討伐のために多くの戦力を割いたからと言っても直衛を外すはずがない。
そんなとこにジャンプアウトしたら自分から敵を懐に招き入れるようなものだろう。
この場合はやはりジュンの言う通りにするのがベターだな』
『なるほど・・・』
戦艦にとって懐と言うのはどうしても克服することの出来ない弱点。
それはこのナデシコだって同じ。
性能の向上の著しい近年の機動兵器が相手ではひとたまりもないだろう。
『そろそろ敵の迎撃部隊が戦闘空域に入ります!』
『艦内チェック、全て完了! いつでもいけるぞ!』
『よし、総員ジャンプ態勢!』
火星大気圏を脱出し、ナデシコに向かってくる敵の大軍がメインモニターに映る。
さすがに無人兵器がほとんどだけど相変わらずの圧倒的な物量。
その光景を尻目にアサミのジャンプ準備は着々と進んでいく。
『・・・イメージングナビゲート、火星・・・極冠遺跡後方、距離2000・・・』
輝くナノマシンの紋様。
ナデシコを護る堅固な光学障壁、そしてディストーションフィールド。
それらが次第に虹色の燐光を纏い・・・
ヴォォオオオオォォォンンン・・・
『ジャンプ』
『ジャンプアウト確認。
火星極冠遺跡後方2000。ピッタリです』
おお、と歓声が上がる。
いつも思うんだけど絶対反則よね、この技術は。
いままでの戦略・戦術がまったく通用しなくなるだろうし。
「・・・・まだ結構残ってる」
戦力図を確認しながらエステバリス隊が出撃する。
アサミを除いて、だが。
『仕方ないさ。もともとの数が尋常じゃないしな。
これでもだいぶ有利になったはずだ。
・・・・しかし絶妙な位置だな。
相転移砲でもあれば半数近くを一掃できる』
『グラビティブラストじゃあ一撃必殺と言うわけには行きませんからね〜』
残っているのは7割近く。
でも今ごろはいきなりナデシコをロストして右往左往しているところだろう。
確かに攻め時には違いないけど生憎とナデシコBの武装は貧弱だ。
電子戦試験艦としての側面を持ち、武装は単装式のグラビティブラストが一門だけ。
もっとも相転移砲やDFSなどの常識はずれの兵器を除けば相変わらず最強の武器であることに違いはないが。
「とにかくあまりのんびりとはしていられません。
一点突破にかけましょう。
敵戦艦は私が受け持ちますので皆さんは回りの無人兵器の相手を・・・」
してください、と繋げようとしたとき・・・
ピッ!!
『おいおいおいおい! お前ら!
こ〜ゆ〜ときに俺を呼ばんでどうする!!』
新たに現れたのはウリバタケさん。
目をキラキラと少年のように輝かせているのが非っ常〜に不安。
きっとまたなにか秘密兵器でも作っていたのね・・・
『ウリバタケさん、まさかっ!?』
『そう! こんなこともあろーかと!
こんなこともあろーかと!!
こぉんなこともあろ〜かと〜っ!!!』
『・・・・・あまり付き合ってる時間はないんですが』
『だ〜〜〜っ!! わかってねえな、お前は!! 相変わらず!!
・・・まあ俺がやったのは設計だけで、あとは説明おばさんとレイナちゃんが完成させたんだけどな』
あ、嫌な予感倍増。
『おお! 新兵器か!? 新兵器だろう博士!?
いや! 言わなくても俺には分かってる!!
くぅ〜〜〜っ!! 久々に燃える展開だぜ!!』
・・・ヤマダさんも相変わらずね。
イネスさんの発明で一番被害を被っていたのはヤマダさん自身なのに・・・。
学習能力がないのかしら?
『よっしゃあ! こっちはいつでも準備オーケーだ!!
合言葉は“G・U・N・G・E・R”!! ガンガー!!
やぁってやるぜっ!!!』
『おめえじゃねえよ。
この新兵器はイツキちゃん専用だ』
『何ぃ!!』
「わ、私ですか!?」
ひ、他人事だと思って安心してたのに!!
だいたいイネスさんが言う『新兵器』って、イコール実験台じゃないのよ!!
そういうのはヤマダさんの役割じゃなかったの!?
『おおよ。イツキちゃん、DFRを両手で構えて手元の赤いスイッチを押してみてくれ』
赤いスイッチ・・・これ、だと思うけどいったいいつの間に?
というか、
ロボットに付いてる赤いスイッチって自爆用だった気がするのは私だけ?
「大丈夫なんですか!? 爆発とかしませんよね!?
エステで変形とかやられたら私死にますよ!?」
スイッチ一つで操作完了。
簡単だが、ある意味最高に危険だ。
『大丈夫、大丈夫! んな危険なもんならヤマダに使わせるよ!
ほら、さっさと押さないと敵に気付かれるぜ?』
確かに敵はもうナデシコに気付いたみたいで、陣形を立て直し始めていた。
このままではせっかくの奇襲が無駄になってしまう。
「・・・・仕方ありませんね。
それじゃあまあ・・・・・・・・・ポチっとな」
比較的常識人なレイナさんの良心に最後の望みをかけ、人差し指で恐る恐る押してみる。
システムの起動に時間がかかるのか、数秒間の沈黙の後、
『説明しよう!!』
「イ、イネスさん!?」
白衣姿のもとナデシコ医療班班長が姿を現すと、
それまで興味深げに様子を見守っていたナデシコクルーたちが一斉に回線を閉じた。
ヤマダさんやジュンまでも!
うう・・・みんなして一瞬で見捨てるなんて・・・
『さて、ウリバタケが発案、私とレイナさんが開発したこのDFR。
今日はその機能の一つ『アニヒレイターモード』について、詳しく優しくコンパクトに説明するわ!』
「ああ! もう名前からして危険度MAX!?」
アニヒレイターってなに!?
私に何をさせるつもりなの!?
『・・・と、言いたいところだけどこのスイッチを押したということは
それなりに危機的状況だと推測できるから手短に行きましょう。
あ、ちなみにこれは記録映像。
だから質問その他は受け付けられないのであしからず』
そしてどうやっても切れないこの映像は強制説明モード?
あまりに皆さんが説明を聞かないからとうとうこんなものまで作ってしまったんですね・・・。
『火星の後継者の防衛部隊が戦闘態勢に入ります!』
何時の間にか再び繋がれていた通信から警告が入る。
説明が短くなりそうなので安心して繋いだらしい(怒)。
「了解! DFR・アニヒレイターモード、発射します!!
・・・・・って、あれ? トリガーがない!?」
スイッチを押してすぐ、DFRが変形を開始したのには気付いていた。
エステ本体に害は無さそうなので放って置いたが。
けど引鉄まで無くなってしまっている事に愕然とする。
・・・まさか失敗作?
とか私が青くなっていると、
『操作は簡単よ。
スイッチを押したらもう発射態勢に入っているからあとは音声入力で引鉄を引くの。
発射コードは“天上天下一撃必殺砲!!”よ!』
「はぁ?」
思わず間抜けな声をあげてしまう。
なんでわざわざ音声入力なんかに・・・?
しかもなんですか。その恥ずかしい発射コードは?
「あ、あの・・・私が言うんですか、それ?」
『さあイツキさん! みんなの明日は貴方に掛かっているわ!
お腹に力を入れて声を限りに叫びなさい!!』
イネスさん・・・テンカワさんと上手くいってないんでしょうか?
なにやらやたらとストレスが溜まっているように見えるけど・・・。
・・・・・ああ。また浮気か。
『敵陣から多数の高エネルギー反応! 攻撃来ます!』
『緊急回避!!』
ドォォォオオオオォォォ!!!
光の束をかわしながらとりあえず銃口だけは敵の密集しているポイントに向ける。
既に戦闘空域に敵は侵入していた。
他のエステが迎撃にあたり、ブリッジにいたはずのアサミもいつの間にやら出撃している。
『カザマ大尉! 何だか知らんがとにかく一発撃ってみればいいだろう!!』
『そうそう! 恥ずかしがってる場合じゃないよ〜〜?』
『俺と代われ〜〜〜!!』
『・・・まずいわね。まだまだ出てくる』
・・・皆さんも他人事だと思って好き放題言いますね。
『お姉ちゃん、要はノリと勢いよ。
初めは恥ずかしいかもしれないけど一歩踏み込めば快感に変わるんだから』
たぶんアイドルとしての心構えを言ってるんだろうけど、なにか妖しいわよアサミ。
『イツキ、このまま突破するのは可能だけどその場合はかなりの被害を覚悟しなければならない。
状況を打破できる可能性があるなら俺からもお願いしたいんだが』
ジュンまで・・・。
まあ仕方ないか。
私の我儘で他の部署に迷惑をかけるわけにも行かないし・・・
『ターゲッティングは終了したかしら?
それじゃあ行ってみましょうか!
はい! 3,2,1・・・!』
「て・・・天上天下一撃必殺砲」
『声が小さぁいっ!!』
「記録映像のくせにつっこまないでください!!」
それから私の行動を読まないで。
『ダメダメですね。
仕方ありません。こーなったらジュンさんにガイさん。
手伝ってあげてください』
『お、俺・・・?』
『おう! 任せとけ!!』
アサミ・・・どうしてわざわざ事態をややこしくするの?
『さ、行きますよ皆さん!』
激化した戦闘の中、
私の指示を無視して近接戦闘に移っていたアサミからの合図に私たち三人は気を引き締める。
そしてまずはヤマダさんが・・・
『トロニウム・エンジン!! フルドライブ!!』
なに!? トロニウム・エンジンってなんなんですか!?
『イ、イツキ!! トリガーを預けるわ!!』
ジュン・・・なんで女言葉なの・・・?
『ほらお姉ちゃん! ジュンさんのほうがよっぽど恥ずかしい思いしてる!』
『アオイ中佐・・・お見事です』
『万葉ちゃんそれなんかちがう』
『ジュン君可愛い♪』
アサミ、万葉さん、ヒカルさん、ユキナさんの視線が次々と私に刺さる。
ついでにヤマダさんとジュンのセリフも何らかのキーワードになっていたのか、
なぜだかコクピット内に表示されているエネルギー充填率が限界を振り切った。
もしかしてモトネタが分からないのは私だけ?
『―――!! 敵艦隊に重力波反応増大!!
グラビティブラストです!!』
『イツキっ!!』
これだけの大艦隊のグラビティブラストが束になれば、
ナデシコのディストーションフィールドですら何の役にも立たない。
「くっ・・・・やればいいんでしょう!?
いいわ! 振られたての女に怖いものなんてないんだからっ!!!」
敵艦隊のグラビティブラストの充填が完了し、放たれるまでの一瞬の静寂。
こちらを向いている砲塔の全てに、力強い輝きが漲っている。
私たちを排除するための、悪意の篭もった黒き霹靂。
もたついていた私たちに既に逃げ場はない。
私は息を吸う。
「喰らいなさい!!
天上天下っ!!
一撃!! 必殺砲っ!!!」
――――――――キュゥン!!
ゴオォォォォオオオオッ!!!
放たれた破壊の奔流が、黒い閃光ごと敵艦隊を飲み込む。
グラビティブラストなど物の数ではない。
まさに圧倒的。
有効射程範囲内にあった存在を根こそぎ消滅させた闇の光は、
それでも遺跡の防御機構を破ることが出来ずに力尽きた。
相転移砲の直撃にすら耐え得るのだから当たり前かもしれないが。
だが相転移砲にも勝るとも劣らないこの威力に私たちは見覚えがあり・・・
『・・・・・ラグナ・ランチャー?』(旧ナデシコ乗員一同)
『・・・とまあ、威力は見たとおりなので扱いには細心の注意を払うように!
それじゃあ武運を祈るわ。
じゃ〜ね〜〜♪』
プツッ!!
憑き物が落ちたようにすっきりとしたイネスさんのウィンドウが消え、後に残ったのは痛いほどの沈黙だけ。
ブローディアの装備品であり、アカツキさんだけに使用許可が与えられていた超兵器。
その名も『ラグナ・ランチャー』
今私が手にしている新兵器には、間違いなくその機能が追加されていた。
知らなかったとは言え、そんな悪魔の兵器を使用してしまった私は・・・
「・・・・病み付きになりそうですね♪」
思わぬ快感に身を震わせていた。
「あんなこと言ってるぞ?
・・・振られたての女は怖いな、ジュン」(某提督)
「アオイさん。艦内に被害が出そうなので今後は痴話喧嘩を控えてくださいね?」(某主任会計士)
「中佐・・・ご愁傷様です」(某ロリコン少佐)
「野蛮な・・・。やはりアサミさんの方が可憐だ」(某象)
「ジュン君、顔青いよ? 大丈夫?」(某女子高生)
「え〜っと、敵艦隊は6割がた消滅。
エステバリス隊が引き続き残敵掃討に入ります。
(ぼそっ)・・・イツキさんも昂気使えるんですよね」(某オペレーター)
「・・・・・・。
別に振ったわけじゃないんだが(汗)」
ブリッジでそんな会話があったとは露知らず、私たちが残った敵に襲撃を掛けようとした時だった。
ピッ!!
『!! 遺跡内部を複数の重力波反応が高速で移動しています!
出現まであと7秒!! 機動兵器クラスです!!
あ! いえ、戦艦クラスも確認しました!』
戦略図に示されたのは敵機動兵器を表す六つの赤い光点。
そして一際大きな光点は戦艦を示しているのだろう。
一括りに戦艦といっても性能はピンキリだ。
ヤンマ級と呼ばれる極標準的なものから、
『無限砲』や『跳躍砲』を備え、月の名を与えられた高性能艦。
そして、かつて草壁が使用していた嵯峨菊のように『相転移砲』搭載型まである。
あり得ない事だが、ここで嵯峨菊なんて出てきたらもう逃げるくらいしか出来ないだろう。
息を飲んでそれらの登場を待つ私たち。
張り詰めた雰囲気の中で、それらはとうとう姿を現す。
『まさか・・・夜天光!!
それに“かんなづき”か!!』
驚愕に彩られた万葉さんの叫びが戦場に響き渡る。
だが驚いたのは私たちも一緒だ。
夜天光・・・先の大戦において北斗さんの父親である北辰が乗っていた機動兵器。
単独のボソンジャンプ機能を保有し、
その手に携えた錫杖にてあらゆるものを粉砕する高機動型の有人兵器だ。
腰部に2基、後頭部から背中にかけて1基の可変バインダーノズルを装備。
さらに両肩の回転ターレットノズルによって『傀儡舞』と呼ばれる変則飛行を可能とする。
瞬間的な多重層ディストーションフィールドなどの機能も持っており、
ダリア・ブローディアを別格とすれば間違いなく最強の機体だろう。
少なくとも、アレを乗りこなせる者は、例え強化人間だとしても多くはないはずだ。
だが現実に現れた暗褐色の機体は計6機。
なるほど。精鋭である火星守備隊が壊滅させられたのも頷ける。
ピッ!!
『・・・この短時間でここまで我々を追い詰めるとはな。
主力艦隊はほぼ壊滅。人的被害が少なかったのがせめてもの救いか・・・。
先の迎撃に有人機のほとんどを回したのはどうやら正解だったようだ』
目を瞑り、ただ静かな・・・されど力強い声でブリッジを圧迫する。
かつては草壁の片腕として木連の政治を操り、そのカリスマで多くの民を導いてきた男。
ナデシコBのクルーにあえて彼との関わりの薄かった者たちを登用しているのはこのためだ。
いまなお、その影響力は計り知れない。
『とりあえず、はじめましてと言っておこうか?
ナデシコの諸君』
白銀の甲冑に身を包んだ南雲義政。
その得体の知れない不気味さに、私は知らずに両手を握り締めていた。
なかがき
すみません。
以前に話を分けたりしないと公言しましたが、これから戦闘シーンが多くなるので纏めてしまいます。
それでは。
代理人の電波。
「ふっふっふ。久しぶりだね、
ヤマトナデシコの諸君」
・・・・すいません、言いたかったんです(爆)