交錯する時の流れ
第五話後編
「・・・・・・ここは・・・?」
意識を取り戻すと同時におもわず呟く。
というか何故こんなにも腰が痛いんだ?
確かラピスにこれからのことを告げてユリカの車が通るのを待ってたはずなんだが・・・。
今だ頭がはっきりとしないところに、横から懐かしい声が掛かる。
「お目覚めですかな?
テンカワ・アキトさん」
「プ・・・いや、あなたは?
それに何故俺はこんなところにいる」
プロスさんがいると言うことは・・・・・・やはりここはナデシコか。
やれやれ、どうやら夢落ちと言う事態は避けられたらしい。
時間逆行なんて俄かには信じがたいが俺にとってはまさに天からの恵みだ。
あんな未来にだけは絶対にしたくない。絶対に避けなくてはならない。
俺の身勝手であろうとなんだろうと、過去の過ちを繰り返したくはないんだ。
さて、とりあえずはプロスさんとの交渉だな。
いきなりナデシコを降ろされたりしたら堪らない。
「ここは我がネルガルが建造した最新鋭機動戦艦、通称ナデシコの艦内にある医務室です。
この艦のクルーが路上で倒れているあなたを発見しましてね。
こちらで保護させていただいた、とそう言うわけですはい。
あ、ちなみに私はこういう者で・・・」
名刺を差し出すプロスさん。
「プロスペクター・・・本名ですか?」
「いえいえ、ペンネームみたいなものです。
長ったらしいのでプロス、と呼んでください」
「はあ・・・」
曖昧な返答で怪しまれないように務める一方で、俺の頭はフル回転していた。
なにせ相手は交渉のプロだ。
下手なことを口走ったらどんなことになるか・・・。
せめて考える時間があれば良かったんだがな。
いったいなんで俺は道端なんかに倒れていたんだ?
「ところでテンカワさん。
大変失礼かとは思ったのですがこちらにもいろいろと事情がありましてね、
あなたが気を失っているあいだに遺伝子データを拝見させていただきました。
それで、その・・・あなたの現住所が火星のユートピアコロニーになっているのですよ。
これはいったいどういうわけですかな?
全滅したはずの火星からどうやってこの地球へ?」
言われてみれば・・・舌が痛い。
「え〜〜っと、そのあたりはよく覚えていないんですよ・・・たしか」
「・・・たしか?」
「っ!! き、気にしないで下さい!
そ、それでですね! えっと、そう、気が付いたら地球にいたんです!」
いくらなんでもナデシコ搭乗の際のことなんていきなり思い出せと言われてもできるわけがない。
もう思いっきりぼろが出そうだ。
プロスさんは俺の言うことにあまり関心が無かったらしい。そのまま言葉を続ける。
考えてみれば当たり前だな。
ネルガルとしては『テンカワ』の名を持つ俺をなんとかして目の届く所に置いておきたいところだろうし。
そして俺の情報が本部まで届けばエリナあたりがボソンジャンプのことを嗅ぎ付けるだろう。
なにしろ俺の親はボソンジャンプ研究の第一人者。
その息子が突如火星から地球へ現れたんだ。
エリナでなくとも知っている者ならば誰にでも予想はつく。
「そうですか、あなたも大変ですね・・・。
ところでテンカワさんお仕事は?」
「復しゅ・・・げふんげふん!!
いやいやコックです! コック!!」
「・・・ふくしゅ?」
「気にしないで下さい!!」
何をやっているんだ俺は!?
自分から怪しまれるようなことをしてどうする!!
「はあ、わかりました。
え〜〜・・・それで、コックさん、でしたかな?
じつは現在都合のいいことにこの艦のコックが不足しておりまして・・・。
もしよろしければこのナデシコで働いてみる気はありませんか?」
「ええ、願っても無いです。
恥ずかしながらつい最近務めてた食堂を首になってしまってて・・・」
たぶんな、たぶん。
できれば才蔵さんにももう一度会っておきたかったが。
「それはよかった。
ではお体のほうが大丈夫なようでしたら早速艦内をご案内致します」
促されて、俺はベッドから足を下ろす。
既にほとんどダメージは回復していたしな。
特に行動に支障をきたすことはない。
俺はプロスさんの後に続いて医務室のドアに向かった。
プシュ!!
プロスさんが医務室の扉を開く。
と同時に俺たちの目の前で小柄な人影が危なっかしく立ち止まった。
ここまで駆け足で来たのか、息が上がっている。
「おや?
ルリさん、どうかなさいましたか?」
ホシノ・ルリ。
それが目の前の少女の名前だ。
かつての仲間であり、家族であった女の子。
そして罪に塗れてしまった俺を最後まで追い続けてくれた少女だ。
あの事故に巻き込まれたルリちゃんはどうなってしまっただろう。
「あ、あの! すみませんプロスさん、ちょっとこの人と話をさせて貰えませんか?」
「? ええまあ、別に問題はありませんが・・・。
ああ、でしたらルリさん、このままこちらの方に艦内を案内してあげてください。
私はテンカワさんの乗員登録を済ませてしまいますので・・・。
ではテンカワさん、あとはこちらの方に案内してもらってください」
そう言ってプロスさんがブリッジの方へ小走りに消えていく。
俺は予想外のルリちゃんの様子に目を見開いていた。
なぜこの頃のルリちゃんが俺に興味を抱く?
しかもその顔に隠し切れないほどの喜びを浮かべながら。
!! まさかルリちゃんも!?
「・・・お久しぶりです、アキトさん」
「ルリちゃん・・・なのか?」
呆然と問い掛ける俺にルリちゃんは微笑で答える。
この頃のルリちゃんには絶対にできない表情だ。
そうだった。俺やラピスが逆行していたんだ。
ルリちゃんが同じように戻ってきていても不思議は無い。
「はい。ジャンプの瞬間に意識が遠くなって、気がついたらナデシコAのオペレーター席に座っていたんです」
「そうか・・・・・驚いたよ。
まさかルリちゃんまでが過去に戻ってきているなんて・・・」
それからしばらくお互いのことについて話した。
なんでもルリちゃんはオモイカネの調整のために、皆より先にナデシコに乗り込んでいたらしい。
時間を遡ったのは今から一週間前だそうだ。
そして・・・その小さな胸に希望を抱きながら俺が搭乗するのを待っていた・・・。
「ところでアキトさん、どうしていきなり医務室なんかに運ばれてるんですか?
一度軍人さん達に拘束されるはずだと思って監視網を引いていたのにちっとも引っかかりませんし・・・
敵襲に備えて艦内チェックをしたとき、アキトさんが既に乗り込んでいたことが漸くわかったんです」
「それが・・・俺にもよくわからないんだ。
『前』の時にユリカと再会した道であいつが来るのを待ってたはずなんだけど・・・。
なにか、強い衝撃があったと思ったらそのまま視界が暗くなっていって気が付いたらここにいたのさ」
あの時はユリカとの再会に際して喜びと恐怖が俺の心を彩っていた。
どうも周りの様子が見えていなかったからちっとも原因がわからん。
「強い衝撃・・・・・・それはもしかしたらランダムジャンプの影響かもしれませんね。
なにしろ時間逆行なんて普通では考えられない事象ですし。
―――あ、今はどうですか?」
「ああ、今はもう大丈夫だ。
まだちょっと腰のあたりが痛いけどね。とくに問題はないさ」
ジャンプの影響・・・。
確かに無いとは言い切れないな。俺も全てを理解しているとは到底言えないし。
一応後で検査をしておくか。
とかなんとか考えていると、
ビィ―――ッ! ビィ―――ッ! ビィ―――ッ!
突如エマージェンシーコールが響き渡った。
「敵襲!? もうそんな時間か!
ルリちゃん、すぐにブリッジに戻ってくれ! 俺は格納庫へ行く!」
「は、はい!」
気を失っていたせいか時間の感覚が曖昧になっていたのが災いした。
一刻も早く出撃しないとナデシコが墜とされてしまうだろう。
ガイの奴が骨折なんかしないで出撃できれば心配しなくてもいいんだがな。
まあガイだし・・・・希望的観測は控えた方がいい。
「あ! アキトさん!」
くるりと踵を返した俺の背中にルリちゃんが声をかける。
「急ぐんだ! 俺のことなら心配いらない!」
無人兵器の相手など、俺にとっては遊びにすらならないからな。
出撃が間に合いさえすれば負けることなどない。
幸い医務室と格納庫はその用途から比較的近い位置に設置されている。
慣れない戦闘準備で慌てているクルーの混乱に乗じてガイのエステで出撃してしまおう。
俺は駆け出した。
残されたルリちゃんは・・・
「・・・アキトさん、パイロットはヤマダさん一人じゃないんです」
当然俺には聞こえていなかったが。
「みなさ〜〜ん!! 私が、艦長で〜〜〜〜す!!! ブイっ!!」
「「「ぶいぃっ!?」」」(ブリッジクルー)
とまあみなさんお約束の反応。
これで先輩のナデシコ内での印象は確定したみたいです。
私は突然の敵襲に慌てるブリッジを見回した。
すこしばかり不安げな表情のメグミさん。
こんな状況だと言うのに余裕で笑っているミナトさん。
司令塔でキーキーと喚くムネタケ副提督は今も未来もあまり変わらず。
ゴートさんはその副提督が血迷った行動を起こさないように目を光らせている。
それからじつは初対面なフクベ提督。
その全ての視線が一斉に先輩に向けられた後、その後ろの私にこれまた一斉に移る。
正確には私の押している車椅子の男性――ジュンに対しての大小様々な好奇の視線だ。
「エステバリスパイロット、イツキ・カザマです。
こっちは副長のアオイ・ジュ―――」
「ちょっと! “それ”が副長ってどういうことよ!?
アタシはボランティアしにこんなとこに来てんじゃないのよ!!」
紹介をはじめた私の声を、副提督の『暴言』が遮る。
車椅子に座り、瞳を閉ざしたままのジュンは一目見て何らかの障害を持っている事が明らかだったからだろう。
普通、肉体に致命的な障害を持つ者を軍は登用しない。
その点では副提督の言は妥当かもしれないが・・・ものには言い方というものがあるはずだ。
はっきり言って少しムカッと来た。
「・・・いま、何かふざけた事を口走りませんでしたか?」
「な、なによアンタ・・・!」
特別に作り変えてもらっていた副長席に車椅子を固定し、私は副提督に向き直った。
怒り心頭の私に副提督はたじろぐ。
私の立場はネルガルの専属パイロットであり、とりあえず今のところは軍属ではない。
不当な物言いに対して不満の意を示すことも当然の権利だ。私はこのキノコの部下ではないのだから。
「待てカザマ。いま軍と問題を起こすのはまずい」
喉に私の『針』でも差し込んで黙らせようと思ったとき、ゴートさんが立ち塞がった。
ぎりぎり聞こえる程の小声で私を諌める。
「・・・・・・ですね、すみませんでした」
私はひとまず矛を治め、副提督を睨んだ後で無視を決め込んだ。
それに今は戦闘中。言い争いをしている時ではない。
でも私の中での副提督の評価は一気に急降下しましたけどね。
プシュ!!
「すみません! 遅れました!」
駆け込んできたのはルリさん。ついでにプロスさんも。
ルリさんはすぐさまコンソールに飛びつき、状況の確認をはじめた。
一瞬、ちらりと司令塔に視線を送ってきたが、どうやらジュンの様子には気付かなかったようだ。
「サブモニターにマップを出します。
・・・木星トカゲの無人兵器100機前後による襲撃です。
あ、もう地上部隊壊滅してますね。奇跡的に死者はいないようですが。
軍人さんって逃げるのが上手みたいですね」
オモイカネが本格的に始動し、ナデシコは戦闘態勢を着々と整え始める。
そんな中で副提督は相変わらずだ。まあパニくるのもわかるけど。
サブモニターは敵を示す赤印で埋め尽くされている。
「なにやってるの! 反撃よ!
ナデシコの対空砲火を真上に向けて、敵を下から焼き払いなさい!」
「上にいる軍人さん達も一緒に吹き飛ばすことになるんじゃない?」
「だ、だっていま全滅してるって・・・!」
「死者はいないって、オペレーターの方が言ったばかりですよね」
「それって・・・非人道的ですよね?」
それとも戦力外=死者ってことでしょうか?
テンカワさんが嫌っていたのも分かる気がします。ここまで見事だと。
「艦長、何か意見はあるかね?」
「このまま海底ゲートを抜けていったん海中へ。
エステバリスを囮にして敵を密集させた後、背後より殲滅します!!」
先輩・・・凛々しいです。さすがです。
さっきまでの怒りがあなたの美声で浄化されていきます。
っと、こんなことをしている場合じゃありませんでしたね。
早く出撃しなくては。
ピッ!!
ブリッジを出て行こうとすると、タイミングよく通信が入ってきた。
『そこで俺の出番さぁ!!
俺様のロボットが地上に出て囮となって敵をひきつける! その隙にナデシコは発進!
かぁ〜っ! 燃えるシチュエーションだぁ〜!!』
『おたく、骨折中じゃなかった?』
『しまったぁ〜〜!!』
ヤマダさんにウリバタケさん。
なぜだかまったく違和感がない。
裏表がないというか成長がないというか。
まあ変わらずにいることは変わってしまうよりも難しいと言いますしね。
「イツキちゃん、お願い!」
「了解です、先輩。整備班長、すぐにエステバリスの出撃準備をお願いします」
とりあえず自己紹介がすまないうちは名前を呼ぶわけにも行かない。
ルリさんやラピスさんのおかげで多方面に力を持つことの出来たテンカワさんと違い、
個人の戦闘力くらいしか秀でた物のない私はちょっとしたことが致命的なミスとなりかねないからだ。
『ウリバタケだ。
悪いが今のところ動けるのはさっきこの馬鹿がぶっ倒した奴しかなくてな。
バランサーの方はあんたがこっちに来るまでに何とか使い物にしておくから・・・? あっ!?
こらーーー!! 誰だ勝手にエステ動かしてるやつはーーーっ!!?』
ウィンドウの中のウリバタケさんが突然姿を消し・・・
「囮が出ます! いま、エレベーターにエステバリスが一機!」
「妙ですな。
この艦のパイロットは今のところヤマダさんとイツキさんのお二方しかいないはずですが・・・」
ルリさんの報告に私は格納庫へ向かうことを取りやめた。
必要なさそうだしね。
それはそうとプロスさん、パイロットならもう一人いますよ。それもとびきりのが。
にしてもテンカワさんも無茶しますねー。
「通信士の方、パイロットに繋げてください」
「はい・・・出ます」
ピッ!!
先輩の要請にメグミさんが応え、手許の端末を操作した後メインスクリーンにテンカワさんが現れる。
何を考えてるのかしっかりゲキガンガー人形を抱えて。
見た目冴えない青年でしかないテンカワさんにあんな戦闘力があるなんて誰が想像できるだろう。
「あ〜〜っ!! あいつ、俺のゲキガンガーを!!」
「誰だ君は? 所属と名前を言いたまえ」
『俺は・・・テンカワ・アキト、コックです』
「なんでコックが俺のエステに乗ってるんだ!?」
「もしも〜し! 危ないですから降りた方がいいですよ?」
「あら、結構可愛いじゃない」
「君、操縦経験はあるのか?」
「困りましたなぁ・・・コックに危険手当は出せないんですが」
一部戦闘中ということを忘れて騒ぎ出すクルー達。
その懐かしい光景に、僅かだがテンカワさんが微笑んだ。
いや・・・微笑を堪えている。
そしてしばし呆然としていたユリカ先輩が口を開く。
「アキト!! アキト、アキト! アキトなんでしょう!!」
『ああ、そうだよユリカ。久しぶりだな』
「本当にアキトなんだね! なつかしー!!
あ、でもなんでそんなところにいるの?
そのままだと戦闘に巻き込まれるよ!」
テンカワさんがいる場所がどこだと思ってるんですか、先輩。
『パイロットがいないんだろ?
俺も一応IFSを持ってるからな・・・囮役くらい引き受けてやるよ』
「はい?」
さも当然のことのように言うテンカワさんに先輩がきょとんとする。
ついでに他のブリッジのみなさんも。
その様子にテンカワさんまで拍子抜けした顔になり、
『・・・どうした?』
あ、ルリさんが頭を抱えてます。
私は気を抜くと浮かびそうになる苦笑を堪えながら一歩前に出て、言った。
「どうも、テンカワ・アキトさん。
“パイロット”のイツキ・カザマです」
『―――なっ!? 君は・・・!!』
コクピットに現れた私のウィンドウに、今度こそ本気で驚愕の表情になるテンカワさん。
迂闊ですね。いま私の後ろでプロスさんが反応してましたよ。
「ハァ・・・エレベーター停止。テンカワ機、地上に出ます」
「う〜ん、まあいいことにしちゃいましょう!
アキトなら大丈夫! だって私の王子さまだもん!
ね! アキト!」
『あ、ああ・・・』
まだ驚きから抜け出せないらしい。
先輩に対しても曖昧な返事を返す。
「率先して出撃するからにはそれだけの自信があるってことですよね?
わかりました。
作戦時間の十分間、私に代わって囮役をお願いします」
まあ殲滅した方があなたにとっては楽なのでしょうが。
テンカワさんを囲む無人兵器がそのカメラアイを光らせた。
画面上では、ピンク色のエステバリスが軽やかに舞を踊っている。
バッタとジョロの攻撃を紙一重で避け、
たまにワイヤーフィストで攻撃をしかけて、確実に敵を殲滅する。
もちろん被弾などは一つも無い。
一見して実に見事な囮っぷりだ。
その光景にしんと静まり返るブリッジで、しかし私は複雑な気持ちを抱いていた。
(やっぱり・・・弱い、ですね)
と、本人が聞いたら失礼極まりない考えなどに取り付かれている。
もちろん、テンカワさんはその実力の一割ほどしか出していないのだろうが、
それでもだいたいの実力はそこから推測することができるのだ。
予想はしていたがこの時点でのテンカワさんの実力はかつてのものからは遠くかけ離れている。
もし今クリムゾンの強化人間とかが出てきたらまず勝てないだろう。
この程度の実力ならば、一流と呼ばれる諜報員の中に匹敵する者が何人かはいる。
つまり“普通の人間”でも十分到達できるレベルだ。
ヤガミさんや月臣さん、白鳥さんと言った人たちと同等か少し上。
私の身近で言えばアララギさんやミカズチさんってところ。
かつては北斗さんと並んで最強の存在として絶対的に君臨していた人が、
もう少し手を伸ばせば届く所まで降りてきているのが、一人の武道家としては非常に複雑だ。
・・・あの戦争のさなかで成長していたのはなにも私たちだけではなかったみたいですね。
「ナデシコ、浮上します」
私を除けばただ一人平然としていたルリさんが告げる。
いや、ただ一人仕事をしていた人、かな。
「あ、はい。それじゃあアキトに退避命令を・・・」
『こちらテンカワだ。ナデシコの浮上と同時に海へ跳ぶ。
ユリカ、グラビティブラストで敵を一掃しろ』
報告を受け、思い出したように動き出すブリッジ。
「先輩、出航の祝砲代わりです。びしっと決めてくださいね」
「そうだね! よし!
て
目標! 敵まとめてぜ〜〜んぶ!! 撃―――――っ!!」
ドゴォォォォオオオオンンンン!!!!
ナデシコの主砲、グラビティブラストが敵を残らず殲滅し、私たちは初戦を無事勝利で飾った。
「・・・ハァ、間に合いませんでしたね」
サセボ基地から少し離れた町、戦闘を見物していた住民に紛れて一際美しい少女が呟く。
変装のつもりでかけていた濃い色のサングラスを額に乗せ、長い髪は風に吹かれるままだ。
彼女はたった今この場にタクシーで到着したばかりであった。
「どうします? ほっといても一年後くらいには帰ってくるんでしょう?
・・・はい? サクラ? ・・・ああ、宇宙ステーションの。
う〜ん、サクラは軍の施設ですからちょっと難しいのではないでしょうか。
私、一民間人に過ぎませんし・・・」
既に野次馬たちは家路につきはじめ、その場に残るのは少女だけ。
だと言うのに彼女の言葉は何者かと会話をしているように聞こえる。
携帯通信機などを所持している様子も見られない。
「今からでも間に合いそうなのは・・・・・・そうです。
サツキミドリ、でしたっけ?
そこに行きましょうよ。ネルガルなら結構融通が利きます。
・・・あ、ヒカルさん達もそこで合流するんですか。
なら善は急げですね」
どうも自分の胸ポケットに向かって話し掛けているようだ。
そこには年相応の膨らみとは別に、なにかがこんもりと存在を主張している。
・・・まあ、傍から見たら危ない人でしかないが。
少女はナデシコの飛び立っていった空をしばし眺め、
サングラスを掛けなおすと、うん、と体を伸ばした後で踵を返した。
あとがき
はい、ジュン君はいきなりひどい状況に陥ってます。
彼の運命でしょうか? どんなに強くなってもヒーローになれない人っているんですよね〜(笑)。
逆行モノの作品の主人公になる人ってだいたい過去に碌な眼にあってない場合が多いですが、
このイツキにはそう言うことはなく、その分アキトのように色々悩んだりはしません。
不満が無いわけではありませんが「過ぎたことは仕方ない」と言う前向き思考の持ち主でもあります。
和平を目指したりサードインパクトを防いだりする目的が無く、
逆に身近に「ジュンの世話」と言う現実的な仕事があったことも影響しているでしょう。
とにかくイツキはほとんど自分がかつて歩んだ歴史以外に干渉するつもりは無いようです。
まあ最低限アキトやジュンを初めとしたナデシコクルーの心の傷となっているメティやカズシ、チハヤは助けよう、ってくらいですね。
あくまで個人の枠を出ることは無いでしょう。
少なくともジュンが目覚めて積極的に動き出さない限りは。
それでは次回は少し時間が戻ります。
最後に出てきた少女(ばればれ?)の描写をしておきたいと思うので・・・。
代理人の感想
さて誰でしょう?
う〜ん、わからないな〜(爆)。
・・・・・ところでキノコさんとかを助ける気はないのね、イツキさん(爆)。