交錯する時の流れ外伝



――空白の3年間――


「アサミ・カザマ」

Case1

 

 

「・・・・・・何よ、コレ―――」



 静まり返ったマンションの一室。

 私、アサミ・カザマは届いていた電子メールの中の一通を見ながらしばし固まっていた。


 差出人は不明。だが、ウィルスなどの反応はなし。

 送られてきたのはプライベートアドレスの方であり、多少府に落ちなかった点もあったがとりあえず開いてみた。


 そして表示されたものは、



「何で、こんな・・・こんなものが!?」



 大量の写真だった。ただし普通の、じゃない。

 すべてがすべて、撮られた覚えの無い私の・・・いわゆる盗撮写真と言うやつだったのだ。

 仕事場での私、食事中の私、学校での私、さらには今私のいる自宅での風景まで。

 
 不意に寒気を感じてあたりを見回す。


 別に写真を撮られることに忌避感はない。

 仕事柄カメラに映ることにはなれているし、許可なく突然撮影しようとする人たちだって多い。


 だけどこの写真は違う。

 怖い。

 そう、怖いんだ。

 画像の端々から伝わってくる異常な気配が。

 撮影者の私に対する執着や、それに対してあまりに無防備な自分の姿が。


 
 カタン・・・



「―――!?」



 ・・・何の音だろ? お兄ちゃんが帰ってきたのかな? 

 ・・・・・・いえ、今日は帰らないって言っていたはず。

 
 今のはきっと風か何かが窓を揺らした音だろう。

 聞こえてくる音に過敏に反応してしまうのは恐怖のためか。


 今私は兄と2人暮らしである。

 2人とも多忙の身であり滅多に顔を合わせることは出来ないが、それでも連絡だけは取り合っている。


 このマンションのセキュリティはかなりのレベルだ。

 住人に招待されたりしたもの以外、滅多なことでは誰も入ってくることは出来ない。


 が、ふと大変な事に気付く。

 

「―――!! この写真っ!!」

 

 家族以外にはマネージャーか事務所でも一部の人しか知らないこの自宅。

 だが送られてきた写真には確かにここも写っていた。

 そう、それは何処からだったろう?


 私は写真の角度から撮影したと思われる場所を特定し、恐る恐る近づいてみた。


 部屋の隅にある観葉植物の鉢。

 脱衣所の鏡の上。

 寝室の天井。


 ・・・そこにあったのは隠しカメラだ。


 いつの間に仕掛けたのか、家中のいたるところに小型のカメラが設置されていた。

 と言っても送られてきた写真の角度から推測できるものだけで、これがすべてとは限らない。


 そう、今もどこかでこの犯人は、怯える私を見ながら笑っているかもしれないのだ。


 その様子が脳裏に浮かび、あまりの恐怖に私は射ても立ってもいられなくなった。

 もしかしたら今にも犯人がどこからか侵入してくるかもしれない。

 そうなれば私の力ではほとんど抵抗することは出来ないだろう。


 私は急いで家の中を駆け回り、戸締りを入念に確認した。

 すべて問題はなかったが、それでも安心は出来ない。



「・・・そうだ、お兄ちゃんに電話しよう」



 仕事を邪魔することになるかもしれないが、理由が理由だ。きっと許してくれると思う。

 それはまさに天啓のように思え、私はすぐさま行動に移した。



 私室のコードレスフォンで兄の携帯を呼び出す。

 出来れば帰ってきて欲しいところだけど、多分それは無理だろう。

 でも今は声を聞けるだけでも構わない。



 5,6回のコールの後で漸く繋がる。

 私はそれを確認すると、向こうの応答も待たずに話し出した。



「お兄ちゃん? ねえ、なんかおかしいの!

 家中に隠しカメラとかあって、たぶん留守中に誰か・・・」



『ああ、入らせてもらったよ』



「―――!?」



 コードレスから発せられた聞き覚えの無い声に思わず受話器を取り落とす。

 その衝撃で、偶然スピーカーのスイッチが入った。



「・・・だ、誰・・・?」



『おいおい冷たいじゃないか。

 俺はこんなにお前を愛してるってのによ〜』



 間違いない。

 この電話の向こうにあのメールの送信者がいるんだ。



「なん・・・で・・・?

 ―――! じゃあお兄ちゃんは・・・お兄ちゃんに何したのっ!?」



 私がかけたのは兄の携帯だ。

 その電話に出るということは、彼の身に何かあったのかもしれないということ。

 

『ああ、別に何もしちゃいないよ。

 宇宙軍のカザマ大尉と言えばかなりの実力者だからな。

 俺がどうこう出来る相手じゃない。

 こいつはお前んちの電話回線に割り込みをかけてるんだよ。

 お前が何処に電話をかけたとかどういう話をしてるのかとか、俺はぜ〜んぶ知ってるぜ?』



「そんな・・・!? 何でそんな事を・・・。

 あ、あなたは・・・あなたはいったい誰なんですかっ!!

 いいかげんにしないと警察を呼びますよっ!?」



『おお? 結構強気だねぇ。

 でもどうやって警察に連絡するつもりだ?

 電話は俺の管理下にあるんだがな』



「そんなの、直接交番に行けば・・・!」



『ほ〜う? 堅固な檻に守られてるウサギがわざわざオオカミのところにやってきてくれるのか?

 そいつはいい!

 さあ、早く出ておいで』



「あ・・・・・・」



 そうだ。さっき自分で言っていたじゃないか。

 もしかしたらもう家の外で様子を窺っているのかもしれない、と。


 つまり私の逃げ場は完全に塞がれている。

 電話回線が乗っ取られてる以上、たぶん端末も役には立たないだろう。

 ましてや相手のいるかもしれない外に一人で出て行くなど自殺行為だ。


 
「・・・ふぇ・・・」



 恐怖が私の限界を超え、瞳に大粒の涙が溜まり始めた。

 逃げ場は無い、頼りのお兄ちゃんはいない、助けを呼ぶことも出来ない。

 ほとんど普通の高校生でしかない私にいったい何が出来ると言うのか?



『ふふふふ、泣き顔も可愛いなぁ。さすが俺の恋人となる女だ。

 さて、それじゃあ今から会いに行ってあげるよ。

 なに、このマンションのセキュリティはとっくの昔に抜ける方法を見つけといたからな』



 その言葉を最後に電話が切れる。

 一瞬の間呆然とした後、その意味を理解した私はすぐに行動を開始した。

 幸い私の部屋への入り口は1つである。

 窓もあるにはあるがここは地上17階。入ってこられる高さではない。


 ベッドやタンス、机など、ありとあらゆるものを使って即席のバリケードを作る。

 こういうものの作り方はイツキお姉ちゃんに習った。

 セキュリティを抜けられる術があったとしても物理的な壁を突破することは出来ないはずだ。

 もし爆破などの手段を使ったりすれば、近所の人が警察に通報してくれるだろう。

 何よりそこまでこのマンションの警備員は間抜けじゃない。



 こういうとき、泣いているばかりじゃ何も出来ないということを私は知っている。

 今だって恐怖で手が震え、涙も止まらずに流れているが、それでも最善を尽くさなければいけないんだ。

 諦めたらすべてが終わってしまう。

 自分から助かろうと努力しない者には神様だって見向きもしない。



「こ、これで大丈夫・・・だよ・・・ね?

 そうだ、今なら電話繋がるかも・・・」



 相手がこっちに向かっているのなら、電話をかけることも出来るだろう。

 それならばすぐにでも警察に連絡して、駆けつけてくれるまで立て篭もってればいいことになる。

 ここから交番は結構近い。

 通報すれば十分とかからないはずだ。



 プルルルルルッ!



 手にとろうとした瞬間になり始めた電話に、かなり驚いて尻餅をついてしまった。

 涙も止まった。

 かわりに驚きで声帯が痙攣してしまっているが。


 そのまま四つん這いで側により、恐々と通話ボタンを押す。



『よお、アサミ。ようやく到着したぜ。

 ふふふ、この壁の向こうでお前が待っててくれると思うと興奮で頭がおかしくなりそうだ。

 さあ、今そばに行くからな・・・』



 案の定それはさっきの男からだった。

 私は即座に通話を切り、警察に電話を入れる。


 ・・・だめだ、なにやらザーッという音しか聞こえない。


 でも大丈夫。

 即席ではあるが、このバリケードはちょっとやそっとのことじゃ破れない。・・・と思う。

 てこの原理も応用して、私のか弱い力でも十分大の大人と押し合えるようにした。

 何よりベッドの重さは脅威だ。普通の人じゃ動かせない。


 ・・・・・・はて、私は何故動かせたのだろう?


 まあ、いいか。



「お兄ちゃん・・・早く・・・帰ってきてよぉ・・・」



 今、このドアの向こうに変質者がいると思うと、先ほど止まった涙が再びあふれてくる。

 もしかしたら異変を察知した兄が帰ってきてくれるかもしれないというのが最後の希望だ。

 歯はガチガチと小刻みに鳴り、その音と心臓の音だけが私の耳にこだまする。

 何度も深呼吸して落ち着こうとするが、一向に震えは収まらない。



 その時だった。



  キーーーーーーーー・・・



              ・・・パカッ!



 何か堅いものを引っかくような音と、くりぬくような音。

 それは私の背後・・・窓の方から聞こえてきた。


 続いて鍵をはずす音、そして窓を開ける音が聞こえる。

 さらに、流れ込んでくる冷たい外気が私の首筋をなでた。


 咄嗟に振り向こうとする体と、それを悲鳴をあげながら制止する本能。


 だがその悲鳴を聞き取れるほど、私の理性は鈍感じゃなかった。



「・・・あ・・・ああ・・・・・・」



「ふふふ、はじめまして、かな?

 もっとも俺のほうは何度もお前とあってるがな・・・」


 
 一人の痩せ型の男性が窓枠のところに腰掛けて、ニヤニヤと笑いながら私を見下ろしていた。

 長めの頭髪は後ろの方で1つに縛っているようであり、好き放題に生えた無精髭を右手でさすっている。

 そしてその瞳を見たとき、私の体は動かなくなってしまった。

 視線が私の体の隅々にまで纏わりついている。

 言い様のない不快感が体中を駆け巡り、その視線から逃れようとするが体が言うことを聞いてくれない。

 
 男が体に巻きつけているロープを見て、私は目の前の人が屋上から降りてきたのだと悟った。



「これでも元軍人でね。こう言った事はお手の物さ。

 アクション俳優みたいでカッコいいだろう?」



 言いながらロープを固定していた金具をはずし、土足のまま部屋に上がりこむ。

 そのまま部屋に視線を一回りさせて感心したように私の方に向き直った。



「さっきの電話からこれまでの短時間でここまでのものを作るとはね・・・。

 ちょっと予想外だな。何か訓練でも受けたことがあるのか・・・?」



「・・・あ、あな・・・たは・・・・・・」



「ん? ああそういえば、自己紹介もまだだったな。

 う〜ん、そうだな。

 それじゃあ、ウィンドとでも呼んでくれるか?

 アサミ・カザマの『風』を英語で『ウィンド』だ」
 


 その男・・・ウィンドはいちいち芝居臭い動作を加えて話す。

 普段ならば愛嬌があると思えるかもしれないが、今の私にとってはその行動の一つ一つが恐怖の対象だ。

 何か大きな身振りをする度に私の体も大きく反応する。



「おいおい、話をするときはちゃんと相手の目を見ろって子供の頃に言われなかったか?

 別に殺しに来たって訳じゃないんだ、そう怖がるなよ」



 だからと言って正視できるはずもない。

 そんな私を見かねたのか、ウィンドはゆっくりと私のほうに近づいてきた。



「―――!! い、いや、こっちに来ないで下さいっ!!」



 ウィンドから遠ざかろうと私も後退するが、それは先ほど自分で築いたバリケードに止められてしまう。

 が、既にパニックに陥ってる私はそれに気付かず、少しでも離れようと悪あがきを続けていた。



「ば〜か、近づかなきゃなんも出来ないだろが・・・」



 とうとう追いつかれた私はウィンドに腕をつかまれ、無理矢理引き起こされる。

 すごい力だ。

 全力で抵抗しているが、全く意に介していないらしい。



「い、痛い! 離して、離して下さいっ!!

 なんで・・・どうして私なんですか!? なんでこんな・・・!」



「なに言ってんだよ? お前戦争アイドルだろ?

 俺たち戦争屋を癒し、士気を低下させないために生み出されたアイドルだ。

 ならさ、傷ついた俺の心を癒してくれてもいいんじゃないか?

 俺はな、あの戦争で何もかも無くしちまったんだよ。

 家族も、財産も、戦争が終わった今じゃ傭兵になった俺には仕事すらない。

 そんな俺にとってはお前だけが心の支えだったんだ。

 なけなしの金をはたいてお前のコンサートには全部行ったし、お前が出たテレビはすべて録画してある。

 お前のことなら何だって知ってるさ。

 今朝食べた朝食のメニューから学校での成績、果てはほくろの位置まですべて、だ。

 今世界中で一番お前のことを愛してるのは俺だとはっきり宣言できるね」



 顔を背けようとする私の顎を掴み、ウィンドは無理矢理自分の方を向かせる。

 片腕はいまだに私を捕えたままだ。


 確かに私は士気高揚を目的として売り出された戦争アイドルである。

 その話が出たときお父さん達はしきりに反対したけど、私はすぐに承諾した。

 なぜならそれは、何の力もない私がお兄ちゃんや従姉のイツキお姉ちゃんの手助けとなる絶好の機会だと思ったからだ。

 けしてこんな男のために芸能界入りしたんじゃない。



「だがまあ最近になってようやく気付いたことがある。

 それはこんな一方通行な愛は虚しいだけだってことだ。

 なら俺がお前を愛するのと同じくらい、お前も俺を愛するべきなんじゃないか?

 そうすりゃ、お互いに愛し合って、2人で幸せになれるからな」



 私は抑えられた顔や体を総動員して否定の意を表す。

 ウィンドは多少不機嫌になったのか眉を顰め、ナップザックの中から手錠を取り出した。

 必死の抵抗も空しく、私はベッドの足に繋がれてしまう。



「まあ、いい。だんだんとお互いを理解していこう。

 とりあえず今日はお前が浮気したりしないように、俺の女である証をつけておいてやるよ・・・」



 男の瞳が好色の色を宿す。

 私はそれまで感じていた恐怖とは別種の・・・絶望に近い感情を憶えた。



「ふふ、怯えた顔はまた一段と可愛いな・・・」



「や、やめて・・・来ないで・・・よぉ・・・。

 お兄ちゃん・・・お兄ちゃん、助けて・・・!」



「安心しな。ちゃんと調べはついてる。

 お前の愛しのお兄ちゃん、今日は帰ってこないんだろ?

 俺たちの邪魔をする奴は誰一人いないさ・・・」



 じわじわと嬲るようにゆっくりと私の体にのしかかって来るウィンド・・・。

 それを押し返すだけの力がない私は、ただ泣きながら震え、顔を背けることしか出来なかった。

 ここにはいないお兄ちゃんに助けを求め、ありもしない希望に縋りつく。

 こんな男に汚されるくらいなら、いっそ死んでしまいたい。


 そして、とうとう男の手が私の衣服に掴みかかった。



「―――いやああああああっ!!

 お兄ちゃん! お兄ちゃん! お兄ちゃん!!」



 足をばたつかせ、体中を揺すり、声を限りに叫ぶ。

 無駄とは知りつつも、そうせずにはいられなかった。

 たとえそれが男にとって悦びを増すことにしかならないとしても。



 が、天はまだ私を見捨てたわけではなかった。



「―――アサミっ!?」



 聞こえてきた声は紛れもなくお兄ちゃんのものだ。

 もしかしたら幻聴かもしれないと一瞬考えたが、続いて聞こえる足音がそれを否定してくれる。

 何より目の前の男も動きを止めているのだ。

 その表情はまさに驚愕、の一言である。



「馬鹿な・・・! 確かに今日は帰宅する予定じゃなかったはず・・・!?」

 

 ドンドンドンドンッ!!!

 

「アサミ!! アサミ、大丈夫か!?」



「お兄ちゃん、お兄ちゃん!!」



「ちっ・・・」



 ガチャガチャとドアのノブが鳴る。鍵がかかっているのだ。

 ウィンドはバリケードを増強するためか、ナップザックの中からなにやら幾つかの機具を取り出した。

 

「元のつくりがいいからやり易いな・・・さすが俺のアサミだ・・・」



 まさか私が作ったバリケードが、助けに入ったお兄ちゃんの邪魔をすることになるとは・・・。

 後悔が押し寄せてきたが、それでもさっきに比べればまだまだ状況はマシだ。

 もうすぐ騒ぎを聞きつけて人が集まりだすだろう。

 そうなればこの男も留まろうとはしないはず。



「お兄ちゃん、バリケードがあるの!

 早く警察に連絡を・・・!!」



「くっ・・・。

 アサミ! 床に伏せて、頭を抱えていてくれ!!」



「―――!! ヤロウ、吹き飛ばすつもりかっ!?」



 私は即座にその言葉に従った。

 続いてウィンドもバリケードから跳んで離れ、同じように床に伏せる。



「影護流、泰山崩轟!!



 ドォンッ!!!



 それは信じられない光景だった。

 内臓を揺さぶる重い打撃音と共に、ドアが、壁が、押さえつけていた家具が、揃って粉々に砕け散る。

 吹き飛ばしたとかではなく、全部粉々だ。

 正直、お兄ちゃんがなにをやったのかまるでわからなかった。



「な、なんて奴だ・・・・・・化け物めっ!!」



「アサミ! 無事か!?」



「・・・う、うん・・・」



 仕事着・・・軍服のままのお兄ちゃんが部屋に駆け込み、私を抱き上げてくれた。

 当の私は突然の出来事に目を白黒させていたが。


 
「お前っ!!」



「くっ! アサミ、次こそ俺の女にしてやるからな・・・!!」



 私たちが向き直ったとき、ウィンドは既に入ってきた窓枠に足をかけており、脱出の体勢に入っていた。

 勢い良く飛び出したウィンドを追って、お兄ちゃんが窓際による。



「!! 簡易パラシュート!? ・・・そんなものまで・・・!!

 くそっ、撃ち落としてやるっ!!」



「お、お兄ちゃんっ!?」



 普段は温厚なお兄ちゃんの怒りは私にとって初めてで、ブラスターまで抜いたのに驚愕させられた。

 そのとき破壊された入り口から1つの影が入り込み、お兄ちゃんの腕を押さえつけようとした。



「カザマ大尉、落ち着いてくださいっ!!

 こんなところで発砲したら懲罰モノですよっ!?」



「止めないでくれラビオ少尉!! あいつを放っておいたらまたアサミを襲いにくるっ!!」



 その影の正体は長身の女性だった。

 少しキツイ感じのする美人だ。

 なかなかの実力者のようだがそれでもお兄ちゃんには及ばず、次第に振り解かれてしまっている。



「・・・もう見えませんよ・・・」



「・・・・・・・・・」



 既に下まで到着してしまっていたウィンドは車で逃走し、後には夜の闇があるだけだった。

 さすがに何もないところに向かって撃つわけにもいかず、お兄ちゃんはどうにか落ち着いたようだ。

 自分を気遣う隣りの女性に謝罪すると、再び私を抱きしめた。


 今に至って漸く助かったと言う実感が湧いた私は、そのままお兄ちゃんの胸で泣きじゃくる。


 ひとしきり泣いた後で落ち着いた私は、彼らが何故ここにいるのかを問いただした。

 ついでに手錠はラビオさんがヘアピンで簡単に開けてしまった。謎な人だ。



「仕事中に急な出張命令がきてね・・・。

 4,5日帰れなくなるみたいだから家に電話したんだけど、どうも様子がおかしかったんだ。

 その後彼女と食事に出たときにその話をして、急遽調べてもらったんだけど・・・」



「・・・そこからは私が。

 アサミさん、はじめまして。ラビオ・パトレッタ少尉です。

 カザマ大尉のお話を聞いた後、私は専用の端末でこちらの通信回線を調べてみたんです。

 すると、どうにもネットワークから故意に切り離されたらしい痕跡が見つかりました。

 とは言え通常時はそのまま普段と変わらず使用できるので、滅多に気付かれることのない方法です。

 おそらく犯人は軍の情報部か、もしくはどこかの諜報機関に所属していた可能性が考えられます」



 淡々と、まるで軍隊の報告業務のように述べるラビオさんの言葉も私の耳には入らなかった。

 ただ目の前の2人が、お兄ちゃんに寄り添うようにして立つラビオさんの姿や、

 それを当然のように受け入れているお兄ちゃんの姿が、私の目に焼き付いていた。


 その姿は私の中に小さな怒りの炎を生み出し、助かった安堵や切れた緊張の勢いがその炎を大きくする。



「私が・・・私が1人であんなに怖い思いをしてたのに・・・、お兄ちゃんひどいっ!!

 仕事だなんて嘘ついて!! 女の人と会ってたなんて・・・!!」



「な!? 何を言っているんだよアサミ!

 僕は本当に仕事があって・・・。ラビオ君にはここまで送ってもらっただけだ。

 誓って疚しいことは何も・・・」



「―――出てって・・・!」



「アサミっ!?」



「出張なんでしょっ!? さっさと行けばいいじゃない!!

 私のことはほっといてっ!!」



 顔を赤くしながら必死に否定しようとする姿には、何の説得力もなかった。

 大体となりのラビオさんまで赤面しているのだから尚更だ。

 お兄ちゃんを取られたような思いも手伝って、私の疑心暗鬼はどんどん深みにはまっていく。



「ほっといて・・・って、そんなことできるわけないだろう!?

 こんなところにお前を1人で置いておいたらまたいつ襲われるか・・・!」



「出てってよぉ!!」



 私は手元に残っていたベッドの足の残骸を投げつけると、そのまま客室に駆け込み鍵を閉める。

 素直に御礼を言いたいのに、何故だか裏切られたような気がして言葉が出ないのだ。


 普段は使わないベッドに飛び込んだ私は、そのまま声を殺して泣き続けた。



「あ、あの、私何か気に触ることでも言ったんでしょうか・・・?」



「いや、君のせいじゃないよ。・・・しかし、ほんとにこのまま放っておくわけにも行かないしなぁ・・・・・・ふぅ、仕方ない」

 

 

 

 

 

 

 

 プルルルルルルルッ!!



 その電話がかかってきたのは、いつものようにシャワーを浴び終え、床に入ろうかというときだった。

 はっきり言ってかなりウザったい。

 こっちは連日の訓練指導でくたくただと言うのに。
 

 が、無常にも鳴り続ける電子音にしぶしぶと腰を上げる。

 さすがに無視すると言うわけにも行かないだろう。



 ガチャ



「はい、カザマです」



『あ、もしもし。イツキちゃんかい?』



「!! ミカヅチさん!?」



 電話の声には聞き覚えがあった。

 いや、子供のときから聴きつづけていた声だ。間違えようが無い。

 
 彼の名はミカヅチ・カザマ。私の従兄である。

 悪く言えばお人好し、良く言えばおおらかな人。

 現在は新地球連合宇宙軍第3艦隊所属のエステバリス隊隊長をやっているらしい。

 階級は私と同じ大尉だ。



『うん、そう。元気そうだね。

 最近実家の方にも帰ってないみたいだからどうしてるか心配しちゃったよ』



「はあ、どうも・・・。

 そうですね、今度長期の休みでも取れたら帰郷しようとは思っているんですけど・・・」



 戦争が終わって一年足らず。

 まだまだ世間には落ち着きが無いのだ。


 反乱などの大規模な戦闘以外では私の所属する統合軍は動かないが、それでも暇と言うわけではない。

 とくに機動兵器隊の教官などをしている私は他の部署に比べても忙しい部類にはいるだろう。



『そうだね。そうするといい。叔父さんたちも喜ぶだろうし』



 因みに私は養女だったりする。

 子供のときに両親を事故で無くした私を、その友人だった養父母が引き取ってくれたと言う話だ。

 養父母には子供がおらず、私は2人の愛情を一身に受けて育った。

 軍の技術士官としてそこそこの地位を持っている養父のおかげで不自由1つ無く。

 伝統ある家柄の出身である養母のおかげでしっかりとした教育も受けることができた。

 逆にそこまで大切にしてもらっていると言うのが私には申し訳なく思えてしまっていたが。


 私が軍に入ったのは、養父母に負担をかけるような進学コースを選びたくなかったからである。

 聞けば亡くなった父も軍人で、しかも戦闘機のパイロットだったらしい。

 だからこそ私は迷いも無くパイロットの養成所に入り、戦闘機ではなかったが、父と同じ職業についた。

 危険だから・・・と言う養父母に自分の決意を話すと渋々ながらに許可してくれたのを思い出す。


 その娘が僅か数年で地球圏最高のパイロットの一人になってしまったのだ。

 2人ともさぞ驚いていることだろう。



「今日はどうかしたんですか?

 こうやって電話を下さるのは久しぶりですけど・・・?

 しかもこんな時間に・・・」



『ああ・・・うん。ごめん、夜遅くに。

 じつはイツキちゃんに折り入って頼みがあるんだ・・・』



「頼み?」



『そう・・・その、アサミのことなんだけど・・・』



「アサミがどうかしたんですか?」



 アサミと言うのはミカヅチさんの妹・・・つまり私の従妹である少女だ。

 血は繋がっていないはずなのになぜか私とそっくりで、そのためか小さい頃から大変仲良くしている。

 昔はお姉ちゃん、お姉ちゃんとわたしの側を離れなかったような娘だ。



 が、そんなアサミに転機が訪れたのは、小学校の6年生の時。

 ちょうど第一次火星大戦が勃発した直後のこと。


 なんとアイドルとして大々的にデビューしたのである。


 内気だった少女があれよあれよと言う間に人気を呼び、そのまま年間の視聴者ランキングでダントツの首位を獲得。

 デビュー曲を始めとし、出す曲はみなとぶように売れ、22世紀最高のヒロインとなってしまった。


 彼女がテレビに映るたびに同僚に視線を向けられるのには苦笑するしかなかったが。



『いきなりで悪いんだけどさ、しばらく預かってくれないかな?』



「はあ?」



『じつは僕明日の朝には発たなきゃいけないんだよ。

 急な出張命令でさ。それで、アサミのことを信頼できる君にお願いしたいんだ』



「・・・別に構いませんが、ほんとに何かあったんですか?

 いつもならミカヅチさんも、出張で私にアサミを預けたりしませんよね?」



 宇宙軍の機動兵器隊隊長となると、その忙しさも私より遥に上だ。

 もともと雑多な仕事の多い宇宙軍だが、汎用性の高い機動兵器隊は中でもさらに仕事が多い。

 救助活動や輸送艦の護衛。各種調査やら土木工事まで。

 その上訓練や演習も欠かすことは出来ない。

 それらがすべて日本で行われるはずもなく、ミカヅチさんが自宅に帰るのはかなり稀だ。



『それなんだけど・・・ちょっと厄介なことになってね』



 その声は同じ人が発したとは思えないくらい重苦しいものだった。

 戦闘に入る間際のミカヅチさんの声である。

 つまりはそれくらい重要なことが起こったという事。

 私は自然と息を飲み、次の言葉を待った。



『・・・・・・アサミが変質者に襲われたんだ』



「なっ!?」



 さらに重い、そう、殺意すら感じるほどの強い口調に私は最悪の事態を想像した。

 サーっと血の気が引いて、顔が青くなっていくのを感じる。



『幸い、未遂で済んだんだけどね・・・。

 僕の帰りが後少し遅れていたらと思うとゾッとするよ・・・』



「・・・・・・は〜、アサミは無事なんですね!?」



 愛従妹の無事を聞き、思わず安堵の溜め息をつく。

 同時に彼女を襲ったと言う輩に、言いようのない怒りが湧き起こってきた。



『うん、とりあえずね。

 でも犯人を逃がしちゃったんだ。あの執着具合から見ると、あいつは絶対にアサミを諦めてないと思う。

 本当なら僕がそばで守ってあげたい。兄としてあいつは許せないからね。

 だけど命令は正式なものだ。辞退するわけには・・・ちょっと、まずいかな』



「・・・そいつはまたアサミを狙ってくると言うことですよね?

 わかりました。その依頼、お引き受けします」



 ていうか殲滅します。



『そうか!! ありがとう、イツキちゃん!

 ・・・あ、それでもう1つ悪いんだけど・・・今からアサミを迎えに来てくれないかな?』



「ええ、いいですよ。じゃあすぐに向かいます」



『ありがとう。ちょっと今嫌われちゃってるみたいでほとほと困ってたんだよ・・・』



「? 何かしたんですか?」



 あのブラコン気味のアサミがミカヅチさんを拒絶するなんてのは聞いたことがない。



『ちょっと・・・ね。

 帰ってくるときに同僚の女性隊員に送ってもらったんだ。

 それを見て、自分が怖い思いをしてたのに女性と会ってるなんて、って言って怒っちゃったんだよ』



「な・・・アサミを放っといてデートしてたんですかっ!? ・・・サイッテー・・・!」



『な、なにを言い出すんだイツキちゃんまで!? 僕は本当に何も・・・!』



「すぐにそちらへ行きますんで、せいぜいアサミの機嫌でも取っててください!」



『ちょっ・・・!!』



 ガチャン!



 ・・・まったく、これだから男って奴は・・・。
 


「さて、可愛い妹のお迎えに行くとしますか」



 寝間着を脱ぎ、ジーンズとTシャツを身に着ける。

 車で30分ほどの距離があるが、まあアサミのためだ。たいした事はない。

 
 現在の時刻は11時半。

 帰ってきてから事情を聞いて・・・いや、それは明日にしよう。


 家のアパートのセキュリティはそんなに高くないから、明日は私がつきっきりでガードする必要がある。

 なんなら、統合軍の日本支部に連れてってしまおうか?

 事情を話せば、多分置いておいてくれるだろう。



 ・・・そうだ、アオイさんに協力してもらって、犯人を捕まえるのもいいかもしれない。

 あの人かなりのお人よしだからきっと断れないでしょ。

 それなりに腕は立つし・・・・・・。



 私はアサミのために色々な試行錯誤を繰り返しながら、颯爽とアパートを後にした。

 

 

 

 

 

 あとがき


 空白の3年間シリーズ第1段、アサミ・カザマをお送りいたします。

 基本的に拙作である「交錯する時の流れ」の裏話のようなものになると思います。

 つまりはジュンと他のキャラの絡みを書いていこうと言う事です。ジュン出てきてないけど。

 短編と言うのは長いですので、中編くらいになるでしょうか。


 本当は本編で先に出したかったんですけど、こっちが先に仕上がってしまったので、

 アサミちゃんに登場してもらいました。

 他にもミカヅチ・カザマ、ラビオ・パトレッタと言ったゲームキャラが出ています。

 因みにミカヅチ×ラビオです。

 2人とも宇宙軍第3艦隊の機動兵器隊に所属しています。

 ですから本編には出てこないでしょう。まあこっちのシリーズだけのキャラです。

 チラッと脇役程度には出るかもしれませんが。


 次の投稿は本編になると思います。

 じつは改訂版を出す前に書き溜めしておいたやつを直しまくってるんですけどね。

 ほとんどが戦闘シーンなんでちょっと難しいです。

 それではまた。

 

 

 

代理人の感想

 

しっかり便利アイテムにされてるジュンが哀れを誘いますな(笑)。

このままの展開で進むとするとこのシリーズ、影のサブタイトルは

「華麗なるギャツビー」ならぬ「奴隷なるジュンくん」で決まりですか(爆)。