紅の戦神

 

第二話

 

 

 

 

 ―――極東方面軍 司令部

 

『この非常時に民間用戦艦だと・・・?』

 

『ネルガルはいったい何を考えている!?』

 

 ピッ、ピッ、という音を立てながら、奇妙な形をした機動戦艦の艦影が複数映し出される。

 そしてその画面の前に立ちすくむ大男が一人・・・。

 

 極東方面軍提督、ミスマルコウイチロウである。

 

『先日の戦闘において、100を超える無人兵器をただの一機で殲滅したロボットと言い・・・』

 

『ああ。あの性能を見た以上、戦艦ナデシコを放置するわけにはいかんな』

 

 軍高官どもが喚くのを聞き流し、画面に映る愛娘に思いを馳せる。

 

 所詮は民間と高をくくり、今まで何の行動も起こさず放置して、いざその威力を見たら迷わず奪う。

 ・・・これではまるで強盗と同じだな。

 

『聞けば、あの艦の艦長は君の娘だそうだな?』

 

『もしナデシコの艦長が、連合軍への参加を望むのなら、受け入れよう』

 

 

 ピッ!!

 

 

 つまりナデシコを捕え、連合軍の戦力としろ、と言うことか・・・。

 ふん、勝手なことを。

 

「・・・・・・提督・・・」

 

「何も言うな・・・・・・、ただちに発進準備!

 

 機動戦艦ナデシコを拿捕する!!」

 

 ――――ユリカ・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――機動戦艦ナデシコ デッキ

 

 俺が格納庫に到着すると、ちょうど枝織ちゃんが乗っていったエステも帰艦したところだった。

 舞歌さんの(偏ってはいるが)情操教育のおかげでだいぶ成長したと言っても、いまだ彼女の心は傷つきやすい。

 ここナデシコにおいて、枝織ちゃんが畏怖の目で見られることだけは避けなきゃな。

 

「あ! アー君! アー君! 迎えに来てくれたの!?」

 

「ああ、枝織ちゃん流石だね。すごいキレイだったよ」

 

「えへへー、アー君にそう言ってもらえると嬉しいな〜〜!

 ―――今そっちに行くからね!!」

 

 それだけ言うと枝織ちゃんはコクピットから一気に飛び降りた。

 エステの全高はだいたい7メートルほど。

 無意識下で昂気を使用している枝織ちゃんにはどうって事のない高さだ。

 着地の際に足音すら立てない。

 ここらへんはさすが『完全なる暗殺者』と言えるな。

 もちろん、2度とそんな風に彼女を呼ばせるようなことはしないが。

 

「・・・枝織ちゃん、たぶんこれからみんなに色々聞かれると思うけど、

 できるだけ俺の言うことにあわせてもらえるかな?

 悪いようにはしないから・・・」

 

「うん、わかってる。秘密なんでしょ?」

 

「そうだね。その通りだ」

 

 頭一個分低い彼女に微笑みながら、ついでに胸元のゲキガンガー人形を回収する。

 ・・・ガイには悪いがこれを渡すわけには行かない・・・。

 

 そのまま自然な動作で抱き寄せようとしたが、近づいてくる気配に俺は踏み止まった。

 

「あ〜〜、邪魔して悪いけどよ・・・そこの姉ちゃん・・・」

 

 気配の主は整備班班長のウリバタケさんだった。

 愛用のスパナで肩を叩きながらぽりぽりと頭を掻いている。

 

 今の戦闘に関する詮索でもしたいのだろうと予測して、俺は彼と枝織ちゃんの間に体を割り込ませた。

 

「・・・・・・彼女に何か?」

 

「おいおい、そんな警戒すんなって・・・。

 まあ・・・一応、礼を言っておこうと思ってな・・・」

 

「―――え・・・・・・?」

 

 照れくさそうに笑うウリバタケさんの言葉はかなり予想外だった。

 

「お前らにも何か事情があるんだろうって事くらいはわかる。

 あの戦闘力は普通じゃないしな。しかもやったのはこれでもかってくらいの美少女ときた。

 だがそれがどんな事情にしろ、お前さんが俺たちを守ってくれたのには変わりない。

 こんなとこでも一応戦艦だからな。

 これから色々詮索されることになっちまうだろうが、俺たち整備班はあんたに感謝してるって事、忘れないでくれ」

 

 ウリバタケさんに続いて後ろのメカニックたちも一斉に囃し声を上げる。

 指で笛を鳴らしたり、持ってる工具でところ構わず音を立てたり・・・。

 

 ・・・そうだよな。これがナデシコだった・・・。

 

「・・・ほら、枝織ちゃん・・・」

 

 俺の誘導にしたがって、みんなの前に出る枝織ちゃん。

 一度だけこっちを振り返って困惑したような顔をする彼女に、俺は微笑みながら軽く首肯を返した。

 

 枝織ちゃんが前に出てきたのと同時に静まり返ったメカニックたち。

 全ての視線が彼女に集中している。

 

 それに対して戸惑いながらも、枝織ちゃんは小さく手を振った。

 

 

 「おおおおおおおおっ!!!」(メカニック達)

 

 

 愛らしいその姿に再び訪れる歓声。

 ・・・さっきよりもヒートアップしてるな・・・(汗)。

 

 枝織ちゃんもそれに応えて今度は大きく盛んに両手を振る。

 でもってますます盛り上がっていくメカニック・・・。

 

「・・・セイヤさん、ありがとうございます・・・。

 まさかこんなに簡単に枝織ちゃんのこと、受け入れてもらえるなんて思いませんでしたよ」

 

「いいっていいって、気にすんな。

 ・・・あのコはなんつーか・・・純粋なコだよな。

 あんなコがあれだけの戦闘力を持つなんて普通にあっていいことじゃない。

 いや、俺も娘がいるんだけどな・・・・・・って、そう言や俺自己紹介したっけか?」

 

「―――へっ!? ・・・あ・・・。

 あはは・・・何言ってんですか? ついさっき紹介してくれたばかりですよ?」

 

 やばいやばい。

 

「? そうだったか? ・・・ま、いい。で? おめえは誰だ?」

 

「俺はテンカワアキトって言います。コックとして雇われました。これからよろしく」

 

「おおそうか。こっちこそよろしくな!

 ・・・さて・・・おいお前ら! いいかげんにしてエステの整備に戻れ!」

 

「うぃ〜〜〜〜す!」(メカニック達)

 

 何時の間にやら撮影会まで始めていたメカニック達をウリバタケさんが蹴散らす。

 

 く・・・お前ら、俺に無断で枝織ちゃんの写真をとるとはいい度胸だな(怒)。

 

 

 ピッ!!

 

 

『アキトさん・・・』

 

「・・・ルリちゃんか・・・」

 

 一人になった俺の前に開かれたウィンドウには不安げに金色の瞳を揺らすルリちゃんだった。

 

『はい、そうです・・・私の言いたいこと、わかりますよね?』

 

「・・・枝織ちゃんのことだろう?」

 

 こういうとき表情を変化させないように訓練した俺の外見からは情報を引き出すことは出来ない。

 ルリちゃんは聞き返した俺の声に、画面越しに頷くと言葉を続けた。

 

『その通りです。彼女は・・・何者ですか?』

 

「枝織ちゃんは枝織ちゃんだよ・・・って言ってもルリちゃんは納得できないよな・・・」

 

 この頃のラピスあたりだったらそれで納得してくれるかもな。

 ルリちゃんは無言で頷くだけだ。

 その瞳は真剣そのもの。

 そこには虚偽は許さないと言う強い意志と・・・隠し事をする俺に僅かばかりの恐怖を潜ませている。

 

「彼女のことについてはブリッジについてからみんなの前で説明するよ。

 どうせ、プロスさんやゴートさんも納得していないんだろう?」

 

『ええ、いま口論の真っ最中です。まあユリカさんは別ですが・・・

 そういえば、アキトさん。ユリカさんに事情は話されないんですか?』

 

 ルリちゃんにとってはユリカも非常に大切な家族の一人。

 俺は正面からルリちゃんを見据えて自分の考えを話した。

 

「ユリカも含めて、誰にも事情を話すつもりはないよ。

 過去にあまり大きく干渉して、予測できない未来を招きたくないからね」

 

 そう、細心の注意を払っていてもこの時間への干渉は既に避けられない。

 前回はそれで幾つもの悲劇を生んでしまった。

 それは、はじめの時間とあまりにかけ離れた行動を、俺が取っていたからだろう。

 だが今回俺がやるべきことは、ほぼ二回目の時間と同じだ。

 余計な干渉を防ぐことは十分可能だと思う。

 

『・・・アキトさんがそう言われるのなら私は何も言いません。

 でも・・・アキトさんは、死ぬと解っている人を前にして、そのまま助けずにいられますか?』

 

 たぶんこの時期まだ迷っていたかもしれない俺の意思を試すために問うたもの。

 だがその言葉は今の俺にとっては心の傷に抵触する。

 死ぬと解ってる人を助けるために、新たな犠牲者を出してきた俺の罪。

 もちろん、ルリちゃんにはそれを知る由もないが。

 

「・・・・・・ルリちゃん・・・俺は、彼らを絶対に助けてみせる・・・!

 ガイ、イツキさん、白鳥九十九、サツキミドリの人たち、火星の生き残りの人たちも・・・。

 傲慢と言われてもいい。

 うぬぼれだと言うのなら甘んじて受けよう。

 だが俺は絶対に彼らを見捨てない、絶対に助ける!」

 

 カズシさんにチハヤ、そしてメティちゃんも。

 三度時を越えた今、彼らを救うことが出来ないならば、俺の存在する意味などない。

 

『・・・驚きました。アキトさん、ちゃんと解ってたんですね。

 そうです。それでいいんですよ、アキトさんは。

 そんなあなただからこそ、私はアキトさんを支えたいと思うんですから』

 

「・・・ありがとう。そして・・・済まない、ルリちゃん・・・本当に。

 ・・・早速だけど相談いいかな? これからのための・・・」

 

『何でしょう?』

 

 俺は以前と同じようにサレナ、ブローディアのことをルリちゃんに話した。

 ブローディアの搭載AI、ディアとブロスも立派にナデシコの一員だからな。

 

「・・・と、言うことなんだ。

 これはこの先絶対に必要になる。頼めるかな?」

 

 ・・・北斗と戦うときにはやはりお互いに全力を出せる機体が欲しいところだしな。

 

『アキトさんって結構悪知恵が働くんですね。

 もちろん私もその計画に参加させてもらいます。

 ・・・ただ、ラピスには一人、サポートをつけさせてもらいますよ?』

 

「・・・マキビ・ハリ君か」

 

 いたずらをする時の表情・・・と言うよりお仕置きの時の表情のルリちゃんに思わず戦慄が走る。

 ルリちゃんはいたずらが空振りして、目を丸くしている。

 

『・・・アキトさん、なんかやけに鋭いですね・・・。

 そうです。ハーリー君も戻ってきてるみたいで、覚醒してからすぐに連絡をとってきましたよ』

 

 本当に彼はルリちゃんのことが好きなんだろうな・・・。

 

 

 未来を知る身としては同情を禁じ得ないが・・・。

 

 

 まあ彼は異常に打たれ強いからきっと大丈夫だろう。

 何だかんだで泣いて走り去った後は結構普通にしてるし・・・。

 精神的にもかなりタフな子だよなー。

 

「できればすぐに連絡をとって、ラピスの補佐を頼んでくれるか?」

 

『わかりました・・・それではまたブリッジで。

 ・・・枝織さんの正体もですが、彼女のお嫁さん発言に関しても釈明をしてもらいますからね?』

 

「は・・・はは・・・じゃ、じゃあまたブリッジで」

 

 

 ピッ!!

 

 

 俺は引き攣った笑みを貼り付けたまま、ルリちゃんとの通信を切った。

 う〜〜む、なんか同盟の設立が早まるような気がする・・・。

 

「アー君、お話し終わった?」

 

「のわあっ!!」

 

 突然後ろからかけられた声に思わず飛び退いてしまった。

 どうしても気配に頼ってしまう俺に枝織ちゃんは心臓に悪い。

 

「あははは! アー君、変な顔〜〜!」

 

「し、枝織ちゃんか・・・びっくりしたよ・・・。

 何か変なことされなかった?」

 

 まあ、なんかやってたらその人はこの世にいないだろうが。

 

「大丈夫だよ。ねえ、それよりあのピンクのロボットってガイくんのでしょう? どこにいるの?」

 

「ああ、確かにガイの専用エステだけど・・・。

 ・・・枝織ちゃん、ガイのこと知ってたっけ?」

 

「うん、いつも万葉ちゃんと戦ってた機体だし、本人からもよく聞いてたんだ。

 なんかね、私や北ちゃんでも絶対に殺せない人だって言うから楽しみにしてたの!」

 

 ・・・そりゃあ、ある意味真実だとは思うけどね・・・、

 

 いったい何を楽しみにしていたんだい?

 

 ちょっと突っ込んじゃいけないような気がするな・・・。

 

「ははは・・・きっとブリッジにいると思うよ。

 どうせ行かなきゃいけないんだし、今から行こうか?」

 

「うんっ!」

 

 両手を後ろ手に組んで、ピョコンと俺の前に来る枝織ちゃん。

 因みに服装は俺のジーンズとシャツのまま。

 後で購買コーナーで衣服類を買わなきゃな・・・下着もか。

 

 

 そして俺たちはブリッジに向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 俺と枝織ちゃんがブリッジに入ると、全員が一斉に俺たちを見た。

 明らかに警戒している。

 そのことに俺は一抹の悲しさを抱きながらもみんなに向けて枝織ちゃんを紹介する。

 

 だが・・・、

 

 

「貴様、何者だっ!!」

 

 返答はブラスターの銃口だった。

 狙いは俺ではなく・・・やはり枝織ちゃん。

 ナデシコクルーを守る義務があるゴートさんにとって、さっき見せられた枝織ちゃんの戦闘力は脅威なのだろう。

 

 だが彼女を傷つけることを俺は許したりしない。

 俺は枝織ちゃんとゴートさんの間に割って入った。

 

「・・・お前・・・テンカワと言ったな? そこをどけっ!!」

 

「・・・どけませんね」

 

 少しだけ殺気を込めてゴートさんを睨み返す。

 鍛えられたシークレットサービスと言えど、今の俺の気勢は二回目の時の比じゃない。

 とたんにゴートさんの額に冷や汗が浮かび、体が緊張に強張る。

 

 それでもブラスターを持つ手が震えないのは流石だ。

 

「まあまあまあ! ゴート君も落ち着いて・・・。

 えー、枝織さん。先ほどの戦闘を見る限り、あなたの腕前は地球上でもトップクラスと言って過言ではありません。

 いったいどこでこれほどの技術を手に入れたのか、教えていただけませんかな?」

 

 にこやかにゴートさんに近づき、ブラスターを収めさせるプロスさん。

 しかし、その瞳の奥深くには冷たい光が見え隠れしているのを見過ごしたりはしない。

 

 俺はブリッジを見回した。

 ほとんどの者がいきなり銃を抜いたゴートさんや、俺が放った殺気に呆然としている中、

 ルリちゃんがただ一人、真っ直ぐ俺の瞳を見返してくる。

 俺の発する一言一句、行った一挙一動すら見逃さない、と言った感じだ。

 

 あれ、そういえば肝心な奴がいない。

 

「・・・艦長は?」

 

 司令塔に姿が見えないのを確認し、こっちをみてるルリちゃんに尋ねる。

 

「ユリカさんでしたら戦闘終了後、アキト、アキトとうるさかったので、

 『アキトさんはコックですから食堂にいるんじゃないですか?』

 と私が言ったら即座に飛び出していきました」

 

 ・・・ル、ルリちゃん・・・(汗)。

 君の行動を見てるともしかしたらルリちゃんも一緒に戻ってきたのかと思ってしまうよ・・・。

 やっぱり枝織ちゃんの存在が影響しているのか?

 

「アー君?」

 

「あ、うん・・・」

 

 枝織ちゃんが固まっていた俺の肩を揺さぶり、気を取り直した俺は彼らに一歩近づいた。

 

「改めて紹介する。彼女の名は影護枝織。

 この機動戦艦ナデシコのウェイトレスとして先ほどプロスさんに雇ってもらった」

 

 ・・・そういえば枝織ちゃん料理できるのかな?

 ウェイトレスと言っても下拵えくらいは手伝ってもらいたいんだが・・・。

 

「彼女の戦闘力について、本当なら話したくはないんだが、

 この先ここで共に暮らしていくことを考えるとみんなが枝織ちゃんを拒絶してしまうような事態は避けたい。

 よって彼女の事情を、今この場で正直に話させてもらう」

 

 ここで嘘をついて切り抜けるのは容易い。

 だがこれからのことを考えると、やはり正直に話しておいたほうがいいだろう。

 まあランダムジャンプ云々はなしにして、だが。

 なによりルリちゃんをも黙らせるくらいの嘘なんて俺にはつけん。

 

 

「問題は彼女の父親にある」

 

「・・・お父さん・・・ですか?」

 

 返してきたのは三つ編みの少女、メグミちゃんだ。

 

「そうだ。枝織ちゃんは幼少の頃から、その父親に様々な戦闘技術を教え込まれた。

 通常の格闘術から銃火器などの扱い、剣術やその他暗器などの使用方法まで。

 まさにありとあらゆる戦い方をね。

 しかもそれに対して疑問を持ったりしないように教育まで施して・・・」

 

 そして人を殺す禁忌を禁忌と思わないように。

 

「何よ、それっ! 本当に人の親のすること!?」

 

 ミナトさんが激昂する。

 ミナトさん・・・今度もルリちゃんやラピスのことお願いします。

 

「最近になってようやくその呪縛から逃れることが出来たが、戦闘力は当然そのまま。

 だがそれ以外においては枝織ちゃんは本当に普通の子なんだ。

 できれば、恐れたりせずに付き合ってあげて欲しい。

 彼女にはナデシコのクルーを害する気持ちなんて全くないから・・・」

 

「・・・しかしテンカワ。いくらなんでもあの戦闘力は異常だ。

 あれだけの力、軍の中にすら一人もいない。

 その少女の父親という男・・・いったい何者なんだ?」

 

 あー、木星人の暗部を取り仕切る男だーなんて言っても信じやしないだろうな・・・。

 

「・・・闇に生きる男だ・・・とだけ言っておく。

 奴は完全に裏の世界の住民だ。

 その正体を知ること・・・それが何を意味するか解らないわけじゃないだろう?」

 

 実際に木星でもあいつの事を知るのは少数。

 九十九や月臣、サブロウタは流石に知っているだろうが、彼らはあれでも最精鋭だ。

 だいいちあいつの正体が知れ渡っていたら草壁が語る正義に賛同するものなどいなくなってしまう。

 直接触れ合う機会のない国民はちょっとした表面を見てすぐに宗旨を変えるからな。

 

「ふぅむ・・・ま、いいでしょう。

 それとは別に、本来ならばエステバリスの無断使用などの問題が山積みなんですが・・・。

 我々は軍人ではありませんからね」

 

「ミスター!?」

 

「なんでお咎めなしなんですっ!? 俺の見せ場を奪ったってのに!!」

 

「別にいいんじゃな〜い? 私たちに危害は加えないって言ってるんだし〜」

 

「そうですよ。だいたい、大の大人が女の子をいじめていいんですか?」

 

「むぅ・・・」

 

「うぐっ・・・ま、まあ女子供にムキになるのは正義の味方のするこっちゃないな・・・」

 

 ははは・・・そういえばこの頃からナデシコは既に女系社会だったな。

 

「さて、事情の説明が済んだところで、これからのことなんですが・・・。

 枝織さん、よろしければ臨時にパイロットをやってみてはもらえませんか?

 あれだけの戦闘力・・・使わないのはあまりに惜しい・・・」

 

 ・・・そう来るだろうな。やっぱり。

 今回のスキャパレリ・プロジェクトはただでさえ成功確率が極めて少ない。

 戦力は少しでも欲しいところだろう。

 

「枝織ちゃん、どうする?」

 

「う〜〜ん・・・そうだ! アー君はどうするの? アー君がやるなら私もやる!」

 

 全てを俺が決めてしまうのもどうかと思い、枝織ちゃんに意見を求める。

 そして無邪気に返した枝織ちゃんの言葉に、再びプロスさんの目がきらりと光った。

 

「ほう・・・テンカワさんも、ですか・・・。

 そういえばIFSを持っておられましたな・・・」

 

「それに影護枝織の事情にもなぜか詳しかったな」

 

 むぅ、今度は俺か・・・?

 

「・・・ええまあ。人並みには戦えるつもりですが・・・」

 

「ではどうでしょう? テンカワさんもパイロットをやってみては・・・?

 ―――お給料は弾みますぞ?」

 

 ・・・アンタいまそのそろばんどっから出した?

 

「はあ、別に構いませんが・・・パイロットって共同部屋ですよね?

 給料はコックの分だけでいいですから、できれば一人部屋にしてもらえません?」

 

 今現在いるパイロットはガイだけ。

 嫌いじゃないんだがな・・・さすがにちょっとやだ。

 

「ええ構いませんよ。それでは枝織さんの部屋は・・・」

 

「あ、私アー君と一緒がいい♪」

 

 

 

「「ダメですっ!!」」

 

 

 

 キーーーーーーン・・・

 

 

 耳を貫く大音量の発生源は前後両方だった。

 

「あら艦長、お帰りー」

 

 楽しげなミナトさんの声。

 ミナトさん・・・あなたはいつか『ナデシコの最後の良心』と呼ばれる人です。

 だから・・・だから今だけは存分に状況を楽しんじゃってください・・・。

 すぐに楽しむどころじゃなくなってしまうから・・・(涙)。

 

「アキトアキトアキトーーーっ!!」

 

 叫びながら飛びついてくるユリカを体を流してかわす。

 あたりまえだがユリカはそのまま床にダイビングすることになった。

 ・・・顔面から。

 

「うぅ・・・ひどいよ、アキトぉ」

 

「いきなり飛びついてくるお前が悪い」

 

 むくりと起き上がったユリカに冷たく言い放つ。

 

 ・・・すまんなユリカ。枝織ちゃんの機嫌を損ねると、物理的にかなりの被害が出るんだ・・・。

 

「―――とにかく! 今の発言は艦長として見逃せません!

 ・・・アキトには私の部屋に住んでもらいます! うん、それが一番♪」

 

「それが一番♪・・・じゃありません! 何考えてるんですか!?

 だいたい艦長のお部屋はひとり部屋で、二人で住むには狭すぎます!

 ・・・その点、私なら体が小さいですからそれほど不自由じゃないと思いますし・・・。

 ベッドも1つしかありませんけど、まあなんとか大丈夫ですよね?

 なんなら腕枕でもしてくださればちょうどいいんじゃないかと・・・」

 

 ・・・君が何考えてるんだ? ルリちゃん・・・。

 

「みなさん落ち着いて・・・そうですな、テンカワさんにはひとり部屋を用意するとして、です。

 枝織さん。さすがに同じ部屋と言うのはちょっと・・・艦内風紀の問題もありますし・・・」

 

「う〜〜ん、なら隣でいいよ?

 なんかアー君困ってるみたいだし・・・」

 

 枝織ちゃん・・・君はなんていい娘なんだ(涙)!

 うう・・・こんなに優しくされたのは初めてだよ・・・!

 

「おお、それでしたら問題ありません。

 いや〜、話が早くて助かりますな〜」

 

「え〜〜〜〜っ!! ダメダメ! アキトはユリカといっしょに・・・!」

 

艦長! ・・・は、遅刻のことでお話が・・・。

 ああテンカワさんに枝織さん。お部屋は登録しておきましたのでコミュニケからマップを参照してください」

 

 そう言ってプロスさんはユリカを引っ張って司令塔へ上っていった。

 その剣幕にユリカも渋々と続く。

 

「じゃ、行こうか? 枝織ちゃん」

 

「は〜〜〜い♪」

 

 ルリちゃんはいまだにトリップしてるみたいだ。

 俺たちは何の妨害もなくブリッジを抜け出した。

 

 

 

 さて・・・ムネタケの反乱・・は、どうするか?

 あいつもあいつなりに戦っていたんだよな〜・・・。

 はじめの時間でガイを殺したことばかりに頭が行って、二回目のときは最初から嫌ってしまったからな。

 最期の瞬間にあいつの考えを知ったときはもう手遅れになってしまっていた・・・。

 

 あいつも、俺が生み出した犠牲者なんだ。

 できることならば、もうあんな結末は迎えさせたくない・・・。

 

 

「アー君! アー君! 楽しくなりそうだね♪」

 

 枝織ちゃんの言葉にはっとする。

 

 やれやれ・・・どうも俺は考えが暗くなってしまうな。

 そうだよ。枝織ちゃんの言う通りじゃないか。

 

 今度は、みんなが楽しく過ごせるような世界にすればいい。

 ムネタケだって例外じゃない。あいつも言っていた。

 もっと早くナデシコに出会えていたら変われたかも知れない、と。

 なら・・・変わってもらわなくちゃな。

 

「・・・枝織ちゃん・・・ありがとうな」

 

「はにゃ?」

 

 自分の頭に手を置いて微笑む俺に、キョトンとした表情を向ける。

 が、すぐに笑顔になって自分から体を摺り寄せてきた。

 

 ・・・もし尻尾とかついてたら、しきりに振りまくってるんだろうな・・・。

 

 ・・・尻尾・・・尻尾か・・・。

 

 う〜〜む。つけてみたいつけたみたいつけてみたいつけてみたい・・・

 

 

 イネスさんにでも頼んでみようか・・・?

 

 

「枝織ちゃん・・・猫とか犬とか好きかい?」

 

「ん〜〜? どっちかって言うと犬の方が好きかな〜?

 ・・・でもどうして?」

 

「いや・・・深い意味はないんだ。  ・・・犬・・・犬耳か・・・いいかも・・・」

 

「?」

 

 ちょっとした幸せを想像しながら、俺たちはあてがわれた部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 ・・・本当ならトビウメが来て、チューリップを撃破するところまで行く予定だったんですけどね〜・・・。

 『時の流れに』本編と同じ話数でやろうと当初は考えていましたが、どうやら無理っぽいです。

 無理矢理やってもいいですがどうしても前・後編になってしまいますから・・・。

 時間もかかりますしね。

 

 ところで『犬耳枝織ちゃん』・・・いつか登場するかもしれません(爆)。

 緑麗はどちらかと言えば、猫耳よりも犬耳に萌えるんですよ。

 あのパタパタとしきりに振られる尻尾に心をくすぐられます(笑)。

 「そんなの枝織ちゃんじゃない!」と言う方は遠慮なく言ってください。

 ちょっとした冗談のつもりなのでファンの方々のお気に触るようでしたら取りやめます。

 それでは。

 

 

代理人の感想

 

いや、犬でも猫でも動物の耳がついた存在を人間と言うのは抵抗があるんですが(爆)。

 

それはともかく。

 

読後の気分は

 

「アキトさん。

あなたは堕落しました(びしぃっ!)」

 

 

ってなもんですね(爆笑)!

 

いきなり枝織を押し倒すわ、

撮影会を始めた整備班に嫉妬するわ、

果ては犬耳を想像した上に実行まで考えて!

 

 

「鬼畜王アキト」とゆーのが最近トレンディなんでしょうか(核爆)?