紅の戦神
第六話
サツキミドリから0G戦フレームを回収し終えた後、私たちは針路を再び火星へと向けました。
前回と違って死者は出ていませんから当然葬式騒ぎもなく、はっきり言って暇だったりします。
さらに現在は蜥蜴さんたちの攻撃もあいさつ程度。
散発的な攻撃がときたまあるだけで、しかもディストーションフィールドを全く破れないくらいの威力。
結局あれ以来出撃することもなかったリョーコさんたちはエステで出たがっていましたが、
敵さんのほうが近づいてきてくれないのでは仕方ありません。
各自トレーニングに励んだり、趣味に勤しんだり、どうにもだらけた雰囲気が円満しています。
プロスさんなんかは「いけませんなあ」を繰り返していますが、退屈なのはしょうがないです。
私もブリッジで一人寂しくアキトさんの料理風景でも眺めてます。
・・・・・・いえ、その予定でした。
「ねえねえルリちゃん、枝織ちゃん。
二人ともどこでアキトと知り合ったの?」
そんなこと気にしてる余裕あるんですか?
ユリカさん、アキトさんに全然相手にされていないようですが。
そう。やることないはずのブリッジに何故だか全員集合してしまっているのです。
と言ってもブリッジクルーだけ。
あたりまえですね。さすがに各部署をほっぽっておくことはできませんから。
それにしてもみんなやることないんですね。
そんななかミナトさんが面白そうな事をはじめたものだから、街灯に群がる虫の如くに集まってきたってとこですか。
でもミナトさん、そう言うことをブリッジでやるのはどうかと思いますが・・・。
「あーーーっ!
ちょっと艦長、いきなり話し掛けないでよ。
枝織ちゃんが反応してリップがずれちゃったじゃない」
ミナトさん達の方に目を向けると、コンソールの上に化粧道具一式が並べられているのが確認出来ます。
なんでもこの暇な時間を利用して枝織さんに女の子の常識を教えようと言うことになったんだそうです。
子供の頃から裏世界の・・・アキトさんは明言していませんでしたがたぶん暗殺者として教育を受け、
戦闘力に反比例して心が幼いままの少女、影護枝織さん。
ミナトさんの性格上絶対に放っておかないと思っていましたが、どうやらその通りでしたね。
枝織さんの方もミナトさんにしっかり懐いているみたいです。
ただアキトさんとの関係が非常に気になるところですが・・・・・・
とりあえず艦長には止めを刺しておきましょう。
「昔、一緒に暮らしていました」
ズデーーーーン!!
司令塔の上でユリカさんが派手に転びます。
・・・分かり安すぎるリアクションをどうも。
「ちょ、ちょっとルリルリ、それ本当!?」
「・・・ミナトさん。枝織さん、再起不能です」
「え? ・・・あーーー! ご、ごめんなさい枝織ちゃん!!」
「あうぅ〜・・・(泣)」
驚いたミナトさんの手が滑り、枝織さんの顔はもう前衛芸術のよう。
・・・私のせいですね。ごめんなさい枝織さん。
「ア、アキトさんって変態だったの!!」
「問題ですな、これは・・・」
「いや、そんなことはないぞミスター。テンカワは雅と言うものをよく理解している」
何が雅なんですか、ゴートさん?
そんなことばかり言ってるから、前回と違ってミナトさんに見向きもされないんですよ。
「ル、ルリちゃん冗談きついな〜・・・あははは」
おや? 起き上がりましたか・・・仕方ありませんね。
「アキトさんは言ってくれました。
『ルリちゃん、俺の作ったラーメンをずっと食べていて欲しい』・・・と。
これってどういう意味なんでしょうね。艦長はどう思います?」
と言って艦長を見上げます。
・・・・・・あれ? どこに消えたんでしょう?
ほんの一瞬ですよ、私が目を離したのは・・・。
「ル、ルリルリ・・・あの艦長にそんなこと言っちゃダメよ。
いまあっという間にアキト君を探しに出て行っちゃったわ」
相変わらず凄まじい行動力ですね。
その点だけは私も見習いたいです。
「冗談だったんですが・・・」
「そ、そうよね! アキトさんがロリコンなわけないわよね」
「あれ〜? メグちゃんもアキト君狙いなの?」
・・・メグミさん、あなた頼られるのに弱いんじゃなかったんですか?
今回アキトさんは貴方なんかに全く頼っていませんよ(怒)。
「む〜〜〜・・・アー君は私と北ちゃんだけのものなんだからね!」
「あらあら枝織ちゃんそんなこと言っちゃダメよ?
恋って言うのはね、誰もがみんな自由に出来るものなんだから」
枝織さんも要注意です。
なんだかんだでアキトさんに一番近いのは彼女ですからね。
・・・・・・ところで北ちゃんって誰?
「あ、枝織ちゃんはアキトさんとどこで出会ったの?」
メグミさんが問い掛けます。
そういえば前の歴史でも私は彼女のことを全く知りません。
本当にどこでアキトさんと知り合ったのでしょう?
「え〜〜っとね、詳しくは覚えてないんだ。
あのあとすぐに寝ちゃって、次に起きたのはだいぶ後だったし・・・」
「アキトさんと出逢う経過だけでもいいから!」
・・・なにやら必死です、メグミさん。
やはり彼女が今一番のライバルだと分かっているんですね。
「そう? う〜〜ん・・・あ! 思い出した!
どっかのお城のパーティの時だったと思う。私、アー君を殺す為に潜り込んだんだっけ・・・」
「は?」
枝織さんの言葉に固まる私たち。
今なんて言いました?
「そうそう、アー君ってスゴいんだよ!
私それまで一回で殺せなかったことなんて一度もなかったのに、完全に防がれちゃったんだ。
心臓にナイフが刺さる瞬間に腕をこうやって滑り込ませてね・・・」
「ちょ、ちょっと待って枝織ちゃん! 殺しにきたってどういう・・・」
「? そのまんまだよ?
お父様がアー君を殺してきたらご褒美をくれるって言ってたから」
皆さん絶句しています。かく言う私も、ですけど。
なるほど、今のでわかりました。
どうやら枝織さんは本当に純粋な暗殺者として教育されてるみたいです。
人を殺すことに対して何の罪悪感も抱かず、当然のこととして暗殺を遂行できるような教育。
たぶん殺気すら持ち合わせていないのでしょう。
もしかしたらアキトさんでも危ないかもしれません。
「ご褒美って・・・そんなことで人を殺せるの!?」
「―――メグちゃん!」
信じられないと言った口調で叫んだメグミさんをミナトさんが叱咤します。
人の死に触れたことのないメグミさんには想像もできないことなのでしょう。
「・・・・・・うん、今はそれがやっちゃいけない事だって知ってるよ。
アー君や舞歌お姉さんたちが一生懸命教えてくれたから・・・。
でも、あのときの私にはお父様が全てだったのも本当。
言う通りに殺せばお父様が愛してくれる。ご褒美をくれる。優しくもしてくれる。
そのことだけが私の行動のもとになってた。
それにみんな私のことを怖がってたからね。
お父様だけだったの。私と遊んでくれたのは・・・」
「あ・・・・・・ご、ごめんね、枝織ちゃん。
私、無神経なこと言っちゃって・・・」
いつもはけして見ることの出来ない枝織さんの沈んだ表情に、咄嗟に謝罪するメグミさん。
でも本当のところはまだ受け入れることは出来ていないでしょう。
枝織さんには『死』の匂いが希薄なので抵抗が少ないだけに過ぎません。
「ア、アキト君がそのお父さんの下から枝織ちゃんを助けたってわけね!
じゃあアキト君はさしずめ白馬の王子様ってところかしら?」
ミナトさんがわざと明るめに言って話を逸らします。
でもこの場にユリカさんがいなくてよかったですね。
いたらまたどんなに騒ぐことやら。
「ううん、それは違うよミナトお姉さん。
アー君は王子様なんかじゃない」
「あら、そうなの?」
「うん! アー君ってほんとはすっごく寂しがり屋なの。
だから私もちゃんと支えてあげなくちゃいけないんだ。
放っておくとすぐ暗〜くなっちゃうし、お寝坊さんだし、けっこう甘えんぼだし・・・。
王子様なんて理想像を当てはめちゃったらアー君がかわいそうだよ」
・・・やはりこの場にユリカさんはいるべきだったかもしれません。
確かにアキトさんは王子様って柄じゃないです。
ユリカさんは全く気にしていませんけど。
それにしても・・・・・・強敵ですね、枝織さん。
「あのね、枝織ちゃん・・・もしも・・・もしもだよ?
アキトさんが誰かを殺せって言ったら・・・枝織ちゃんはどうするの?」
メグミさん、やはりまだ納得がいかないみたいです。
恐る恐ると言った感じで枝織さんに尋ねます。
「アー君は絶対にそんなこと言わないよ?」
不思議そうに首を傾げる枝織さん。
ま、その通りですね。アキトさんがそんなことを言うはずがありません。
「う、うん! そうだよね!
あははは・・・ごめん今のは忘れ・・・」
「でも・・・」
笑って誤魔化そうとしたメグミさんの声を枝織さんが遮ります。
「もしアー君やみんなを傷つける人がいたら、私はその人を絶対に許さないけどね」
それはいつもの笑顔、いつもの声のようにしか思えません。
なのに・・・どうしてこんなにも冷や汗が出てくるのでしょう・・・?
私は・・・枝織さんの顔をまともに見ることが出来ませんでした・・・。
「あ、もうこんな時間だ。
ミナトお姉さんごめん! また今度お化粧教えてね!」
「え、ええ。枝織ちゃんどっか行くの?」
「うん、アー君にトレーニング付き合って欲しいって言われてるの。
そろそろ約束の時間だから」
「そっか、じゃあまた明日ね。いってらっしゃい枝織ちゃん」
沈黙の訪れたブリッジに枝織さんの明るい声が再び響きます。
アキトさんと一緒にトレーニング・・・悔しいですが私には無理。
他のパイロットの方々もきっとアキトさんの訓練にはついていけないでしょう。
枝織さんは軽い足取りでブリッジを出て行きました。
そのすぐ後で、些か安堵してしまった私はひどい女なのでしょうか・・・?
なにやらわけのわからないことを叫びながら食堂に突入してきたユリカを何とかさばき、
トレーニングをはじめようとしたときにルリちゃんから通信が入ってきた。
ピッ!!
『アキトさん済みませんでした。
ちょっとからかうだけのつもりだったんですが、ユリカさんの行動力を甘く見ていましたね』
いや二度目だしね。予想はしていたからどうってことなかったよ。
ただそのまま俺に料理を作るとか言い出したから少し実力行使に出させてもらったが。
「そんなことか。はは、気にしなくていいよ。
それよりも何か言いたそうだね、ルリちゃん?」
『はい。
ユリカさんのこと・・・それに枝織さんのことです』
「その二人がどうしたんだい?」
枝織ちゃんのほうは兎も角、ユリカのことはそろそろ聞いてくる頃だろうと思っていた。
俺はこっちに来てからというもの、意図してあいつのことを避けているからな。
そろそろルリちゃんあたりが疑問に思っているだろう。
『枝織さん、はじめはアキトさんのことを殺しにきたって言ってましたけど・・・』
・・・ああ、ピースランドでの誕生パーティーの時のことか。
あの時はほんと危なかった。
枝織ちゃんは全然殺気がないからな。いくら俺でも殺気がなければ反応は遅くなる。
「そうだね。初めて会った時は危うく殺されるところだったよ」
『・・・敵、ではないんですよね?』
そういえば枝織ちゃんに対するルリちゃんの反応は結構意外だった。
もっと疑ってかかるものだとばかり思っていたんだがな。
・・・少し幼少時代に似通っている部分があるから親近感を持ってるのかもしれない。
「言ったはずだよ。枝織ちゃんが俺たちの味方である事はこの俺が保証する、と」
『・・・わかりました。もう枝織さんのことについては何も聞きません。
アキトさんがいいと思うようにしてください。
・・・それで、ユリカさんのことなんですが・・・』
「・・・それなら、俺からあいつに対して何かをしようとは思っていない」
『そんな!? アキトさんはそれでいいんですか!?』
俺はもとの世界に戻らなくてはいけない。
だからこっちの世界のみんなとはできるだけ関わるつもりはないんだ。
そして今の俺は、枝織ちゃんのことを真剣に愛してしまっている。
かつて俺を囲む環境がまだ平和だった頃、ユリカに対して抱いた気持ちと同じように。
帰ったらみんなにも伝えなくてはいけないだろう。
どんな反応が返ってくるにせよ、何も言わずにこの世界に留まるのは彼女達に対する裏切りだと思う。
ちゃんと話して、その上で俺は謝罪をしよう。
今まで俺自身の「誰も傷つけたくない」なんて言う傲慢な考えが、彼女達を苦しめていた事に関して。
『アキトさん、もうどこにも行きませんよね?
私たちを置いていなくなったりはしませんよね?』
その問いに俺は、応える術を持たなかった。
だから遠まわしな言葉で誤魔化すことしかできない。
「俺は・・・俺の手の届く範囲内にいる人みんなに幸せになって欲しいんだ。
だから帰るよ。俺たちの帰りを待ってくれている家族の下へ。
たとえそれがどんなに辛い困難を経なくてはいけないのだとしても」
いつか全部話さなくてはいけない。
たぶん最後まで隠し通すことは無理だろうからな。
それまでにユリカやラピス、ルリちゃん達の俺に対する異常なまでの依存を何とかしなきゃ。
結局俺に出来ることなど限られているのかもしれないが。
『それを聞いて安心しました。それじゃ、私は業務に戻りますね』
「ああ」
『アキトさんも辛いことがあったなら一人で抱え込んだりしないで下さい。
アキトさんには私やラピスがいます。
きっと力になれると思いますから・・・』
「ああ、ありがとうルリちゃん」
『いえ。じゃ、失礼します』
ピッ!!
切れた通信端末をしばし見つめる。
辛いこと、か。
今何が一番辛いって言ったら間違いなくルリちゃん達のことなんだけどな・・・。
さすがに相談するわけには行かない。
あっちの世界の君たちと、こっちの世界の君たち。俺はどっちを選ぶべきか、なんてね。
だからルリちゃん達はもっと俺以外のことに目を向けてほしい。
たとえ俺がいなくなったとしても、いつか立ち直ることが出来るように・・・。
プシュ!!
「到着!! アー君お待たせ〜〜〜!!」
少し思考が暗くなっていた俺の背後から軽い圧搾音とともに枝織ちゃんが飛び込んでくる。
トレーニングに付き合ってもらえるように頼んでおいたのだ。
幼い頃から木連式の鍛錬を積んでいる北斗や枝織ちゃんと違い、今の俺の体はかなり脆弱だ。
いくら昂気で強化できると言っても限度がある。
このままだと北斗と再会したときにこてんぱんにされてしまうだろうことは間違いないからな。
幸い枝織ちゃんという達人が側にいてくれるのだから訓練相手には事欠かない。
「それじゃあ早速はじめよ!」
「ああ、ありがたいけど・・・その格好で?」
枝織ちゃんの格好はごく普通のトレーニングウェアだった。
いま俺が着ているのと色が違うだけの、何の変哲もないジャージだ。
普通の格好と言うのもまあ新鮮ではあるが、やはりちょっと物足りないような気がする。
「アー君が動きやすい格好で、って言ったんだよ?」
「いやまあ、そうだけどね・・・」
結構期待していただけにダメージが大きかったりする。
レオタードとか着てくれとは言わないが、せめてスパッツにTシャツくらいの可愛らしさはほしかったな。
思わずがっくりとその場に膝をついた俺の目線に合わせて枝織ちゃんがしゃがみこむ。
枝織ちゃんは俺が気落ちしてる原因がわかっているのか、子供の我が侭に呆れる母親のような表情だ。
で、しばらくお互いに見詰め合った後、枝織ちゃんは溜め息をつきながらゆっくりと立ち上がった。
「もぉ、しょうがないなぁ〜・・・」
やれやれ、と言った口調だが、それに反して顔は全然嫌そうじゃない。
と言うよりもはじめから俺の反応を見越していたようだ。
いじけている俺を楽しそうに見下ろしている。
「それじゃあアー君、これ見て元気出してね♪」
枝織ちゃんは俺から一歩離れると、おもむろに着ているジャージに手をかけた。
まずジーーーっという音をたてながらゆっくりと上着のファスナーをおろす。
現れたのは半そでの真っ白な体操着。
襟と袖に赤い縁取りがしてあって、それが清純さと幼さを醸し出している。
そして続けてズボンに手をかける枝織ちゃん。
動きやすさと丈夫さがうりのネルガル製トレーニングウェアが膝のあたりまで下ろされたとき、
俺の理性は光速の30パーセントほどの速さで木星のあるあたりに吹っ飛んで行った!
目に染みるほどに眩い輝きのフトモモとともに現れたのは、襟や袖の縁取りと同色の、
伝統的な美少女女子学生専用正統派汎用体育着・・・・・・。
ブルマーだった。
「枝織ちゃん好きだあああああっ!!!」
「え? きゃああああ!!」
ズボンから足を引き抜こうとしている枝織ちゃんに俺は飛び掛った!
そんな状態でバランスが取れるはずもなく、あっという間に押し倒す形となる。
捲くれ上がってしまったシャツからのぞく白いお腹が俺の本能をさらに刺激する。
「ちょ・・・アー君だめっ! まだちゃんと脱いでないのに・・・!」
脱ぎかけって言うのが俺にとっては駄目押しだった。
捲くれ上がった体操着。
染みひとつない柔らかなフトモモ。
枝織ちゃんのイメージカラーである赤色のブルマー。
膝のあたりまで下ろされているジャージのズボン。
理性? なにそれ?
「ごめんね、枝織ちゃんがあんまり可愛いから・・・」
「そ、そう? えへへ・・・ってアー君だめだってば!」
俺が圧し掛かる形のマウントポジション、さらに両足はジャージで絡め取られている。
さすがの枝織ちゃんもこの状態ではほとんど抵抗できない。
俺は自分の体の下で枝織ちゃんの体をうつ伏せにして覆い被さるようにした。
「ア、アー君!? やっぱりこういう事はお部屋で・・・あ・・・やっ・・・!」
羞恥心からか、なんとか俺を止めようとする枝織ちゃんの声も俺の耳には届かない。
無理矢理と言うのは俺の流儀ではないから普段ならば彼女の言う通りにするだろう。
だが時には本能が主義主張を上回ることだって往々にしてあることだ。
シャツの裾を押さえる枝織ちゃんの手を優しくほどき、俺は彼女の肌に掌を這わせようとする。
が・・・・・・、
「や・・・もう! ダメだったら!!」
ガスゥッ!!
こめかみに感じた硬い感触・・・それが枝織ちゃんの肘だったことを認識しながら、
俺の視界はゆっくりと黒に塗りつぶされていった・・・。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・ア、アー君大丈夫?」
私は乱れる呼吸を整えながら動かなくなってしまったアー君に恐る恐る声をかけた。
咄嗟のことで手加減し忘れていたからちょっと不安。
でもいつものアー君なら余裕で受け止めちゃうのに・・・。
この服のせいなのかな?
だとしたら凄まじい威力だよね。
こんど北ちゃんにも勧めて見ようかな? 対アー君用の秘密兵器だ・・・って。
「ふぅ、よかった。気絶してるだけみたい」
まさかあそこまで興奮するとは思ってもみなかったな〜。
あのまましちゃってもよかったけど、ここは何時誰がくるかわからないし。
ごめんね、アー君。
やっぱりアー君以外の人に見られるのはちょっと恥ずかしいから・・・。
・・・そうだね、誰か来るかもしれないしちゃんと服着ておこう。
私は膝まで下りていたズボンをもう一度履きなおし、下に落ちていた上着を拾って袖を通した。
プシュ!!
「お〜〜いアキト! ちょっと相談が・・・っと、なにやってんだ枝織ちゃん?」
ちょうど私が服を着終えた時、鍛錬所の扉が開いてメガネのおじさんが入ってきた。
ナデシコに乗ってからと言うものいろいろお世話になっているウリバタケセイヤさん。
でもさっきの体育着はヒカルちゃんに貰ったんだけどね。
「あはは・・・ちょっと打ち所が悪かったみたい・・・」
「へっ、さすがのアキトも枝織ちゃんには敵わねえか・・・。
ま、気ぃ失ってんなら仕方ないな。アキトの参戦は諦めるとして・・・。
そうだ! 枝織ちゃんも参加しねえか?」
「? なにかするの?」
首を傾げる私の前にセイヤさんは一枚の紙書類をつき付ける。
もとは細かい書面を拡大してあり、しかも問題の場所に赤線が引かれていたので私はすぐにそこに目をつけた。
「え〜〜〜〜っ!! 男女交際は手を繋ぐまで〜〜〜!?」
「そう! 俺たちはこの契約改正を求めてもうすぐクーデターを起こす!
枝織ちゃんも俺たちと一緒に戦おう! なっ!?」
「うんうん、あったりまえだよ! こんなの勝手だもん!!」
アー君がこれを知っちゃったらもう一緒に寝てくれなくなっちゃうかもしれないし。
「よっしゃあ! 枝織ちゃんがいてくれたら百人力だ!
ほんじゃ、今すぐにでも行動を開始するかっ!!」
「あ、ちょっと待ってて。アー君をこのままにしておくわけにも行かないからいったん部屋に戻るね。
準備が整ったらコミュニケの方に連絡を入れるよ」
「そっか、じゃあ30分後に俺の部屋に来てくれ。
コミュニケは使っちゃダメだぞ。敵に俺たちの行動が察知される恐れがあるからな」
「は〜〜〜い」
セイヤさんはそれだけ言って退室していった。
私は急いでアー君を担ぎ部屋に向かう。
「じゃあね、アー君。帰ってきたらさっきの続きしよう!」
部屋に着き、横たわらせたアー君のほっぺに軽くキスをして、その脇に書置きを残す。
方向音痴の私も、さすがにアー君の部屋と食堂、それにセイヤさんの部屋を結ぶ道だけは体で覚えている。
そう、今夜のためにもあの契約書はしっかり撤回させなくちゃ!
ピッ!!
『アキトー! アーキートー!! 起きてよ〜〜!』
「ん・・・なんだ、ユリカか・・・」
ようやく意識が戻りかけたところにユリカから通信が入る。
まだ頭がズキズキとするが、まあ自業自得だしな。
最近枝織ちゃんに関しては俺の理性ってあってないようなものになってるような気がする。
今回のはかなり壷だったし・・・。
今度からは際どそうなやつは部屋の中だけにしておこう。
『ぶーっ! なんだって何よ〜? せっかく起こしてあげたのに』
「はいはい、悪かったよ。で、なんか用か?」
『あ、そうそう! ねえアキト! 今からちょっとブリッジまできてくれないかな〜?』
「・・・何かあったのか?」
『う〜〜ん、よくわからないんだけどクルーの一部が・・・』
難しい顔をしたユリカの声に、横から馬鹿でかい声が重なる。
『我々は〜、断固ネルガルに抗議する〜!!』
・・・ああ、なるほど。
そういえばそんな時期だったっけ。
男女交際云々のことでメカニックを中心としたクルーが反乱を起こしたんだ。
なにやってんだかな。
俺や枝織ちゃんみたいに隠れてやればいいのに・・・。
「わかった。すぐに行く」
『うん、お願いね。アキト』
ピッ!!
「はぁ・・・んなことより枝織ちゃんが怒ってないかどうかが心配だよ・・・」
自分の行動に後悔しながら身を起こした俺の手に、一枚のメモ用紙が触れる。
・・・枝織ちゃんの書置きか?
『アー君へ。
いきなり殴っちゃってごめんね。
突然だったし、誰か来るかもしれないと思ったから恥ずかしかったの。
でもアー君があの服を気に入ってくれたみたいで嬉しかったよ。
ところで私、セイヤさんたちと一緒に反乱を起こすことにしたから。
だって男女交際は手を繋ぐまでだなんて言うんだもん。ひどいよね?
アー君も良かったら一緒に戦おう!
追伸:さっきの続きは今夜・・・ね?』
・・・どうやら最悪の事態は免れたらしい。
さっきは枝織ちゃんのフトモモに我を忘れて飛び掛ってしまったが、冷静に考えると確かに危なかった。
私室と違ってトレーニングルームはみんなの共用だからな。
誰がいつ入ってくるかわかったもんじゃない。
それにしても「続きは今夜」・・・か。
食堂から鼈の血でももらってこようかな?
「メグちゃんごめんね〜」
「ミナトお姉さんもちょっとだけ我慢しててね」
「「あ、あはは・・・」」
プシュ!!
俺がブリッジに入ったとき、状況は圧倒的に反抗勢力に有利だった。
青い制服を着たメカニック達がメインクルーを取り囲み、銃を突きつけている。
そんな中、枝織ちゃんとパイロット三人娘は何故か新撰組のハッピを着込んでいた。
・・・非致死性のスタンガンはともかく、刀はまずいんじゃなかろうか?
そしてガイ。お前怪我はもう治ったのか?
全身の骨が完全に粉砕してたはずなんだがな・・・。
「みなさん、とにかく落ち着いて・・・いったいなにがご不満なんです?
だいたいみんなちゃんと契約書に賛同してサインしたんじゃなかったんですか?」
ユリカが代表して交渉役を買って出る。
まあ、女っ気のない整備班には切実な問題なんだろうな〜。
「今時契約書をちゃんと読んでからサインするやつなんているか!!
見てみろこれを!!」
「うわ、細か〜い・・・」
「そこの一番小さいやつを読んでみな」
だいたいなんでこれだけこんなに小さく書いてあるんだ?
もしかしてわざとなんじゃないだろうな、プロスさん。
「え〜となになに・・・、
『社員間の男女交際は禁止いたしませんが、風紀維持のためお互いの接触は手を繋ぐ以上のことは禁止』
・・・なにコレ?」
「読んで字の如く! いい若いもんがそんなもんで済むはずなかろうが!
お手々繋いでってここはナデシコ保育園か、っての!」
力説しながら隣にいたヒカルちゃんと枝織ちゃんの手を繋ぎ、
同時に刀の柄で鳩尾と後頭部を強打されて崩れ落ちる。
「お・・・俺はまだ若い・・・」
そのまえにセイヤさん、あんた妻帯者だろう?
「そこまでにして頂きましょうか」
突然落ちた照明と、同時に照らし出されたスポットライト。
司令塔の上には何時の間にやらプロスさんが立っていた。あとゴートさんも。
オモイカネもしっかりナデシコに染まっているな〜。
「貴様ーーーっ!!」
「もし交際がエスカレートしたら少々困ったことになりますからな〜。
そのうちに結婚するクルーなどが出始めたらお金、かかるでしょう?
さらには出産などとなったら目も当てられません。
貴方が先ほど仰ったように、ナデシコは保育園ではありませんので、はい」
「ええいっ、黙れ黙れっ! これが見えねえかっ!?」
「この契約書も見て下さい!」
ブラスター対契約書。
つくづく貴方も凄い人だと思うよ、プロスさん。
「へっ! 枝織ちゃん、あんなもん切り捨てちまえ!」
「うん!」
トンっと踏み切った枝織ちゃんの体は司令塔の上まで一瞬で昇り、空中で抜き放った刀はプロスさんの持つ契約書を微塵切りにした。
着地と同時にブリッジに紙吹雪が吹く。
鮮やかな手並みに一瞬みんなの時が止まったが、慌てず騒がずプロスさんはもう一枚懐から書類を取り出した。
「どうぞどうぞ、何枚でも切って下さって結構ですよ。
いくらでもコピーはありますので」
さすがだプロスさん。
「ぬあ〜〜〜っ! この卑怯者めぇ〜〜!!」
「失礼な。だいたいちゃんと契約書を読まなかったあなた方が悪いのです。
しっかり読んで頂ければ交渉次第でいくらでも譲歩できたんですがね・・・。
そうそう、枝織さんはちゃんと契約を変更してありますぞ?」
「・・・うそ?」
「本当です。こちらが枝織さんの契約書ですな」
さらに懐から書類を取り出すプロスさん。
ほんと、いったい何枚入ってるんだろうな? あの中に。
「ふむふむ・・・・・・・・・・・・あ、ほんとだ」
枝織ちゃんは契約書を確認すると顔を上げ、まずプロスさん、次にセイヤさん、最後に俺の方を見る。
そしてすすすっと俺に寄り添うとにこやかに言い放った。
「じゃ、がんばってね♪」
「う、裏切り者〜〜〜〜!!!」
で、その時・・・、
ドオォォォォォオオオオンンンン!!!!
突然ナデシコを襲う激しい振動。
俺と枝織ちゃん、座っていたルリちゃんを除く全員がすっ転ぶ。
「な、なんだぁっ!?」
「ルリちゃん、フィールドは!?」
「効いています。ただし今までの攻撃とは明らかに違います。
これには迎撃が必要です!」
どうやらようやく火星に到着したようだ。
俺は枝織ちゃんを連れて格納庫に急いだ。
ピッ!!
「ルリちゃん、俺と枝織ちゃんが先行する!
出撃準備を進めていてくれ! あと20秒で着く!」
『了解しました。テンカワ機・枝織機、あと30秒で出撃可能です』
『さっすがアキト、行動が早いね!!』
さて、いよいよ本格的な戦闘だ。
今日はいろいろストレスが溜まることが多かったからな。
悪いが憂さ晴らしをさせてもらう!
俺は漆黒の海へと飛び出していった。
あとがき
ブルマーは偉大だ(笑)。
半分寝ながら書いてたら思いっきり裏行き決定の作品が出来上がってしまったので急遽修正。
今回のことでわかったことがあります。
ブルマーをはじめとしてスクール水着やバニーなど、あまりに萌え指数が高いと、
アキトの前に緑麗が暴走してしまうと言うことです。
ほんとは今回のメインは新撰組だったんですがね。
ブルマーのせいで全く目立ってない(泣)。
さて今回の堕落アキトはどこなんでしょう。
このコーナーはいつも予想外なところが指摘されるのでかなり楽しみです。
自分では今回のアキトは真面目だったと思うんですが・・・。
代理人の
「アキトさん。あなたは堕落しました(びしぃっ!)」のコーナー(笑)
「新撰組のハッピ」って・・・・せめて「羽織」と言ってくださいおにーさん(泣)。
自分では今回のアキトは真面目だったと思うんですが・・・。
そうか(笑)?
結構期待していただけにダメージが大きかったりする。
ほらね(笑)。
アキトよ、貴様はいったい何を期待しとるんだ、何を。
って、本文中ではっきりと言及されてますが(笑)。
不定期おまけ連載
「緑麗さん、貴方は堕落しました(びしぃっ!)」のコーナー(超爆)
ブルマーは偉大だ(笑)。
堕落堕落堕落ゥゥゥゥゥッ!
ついでにそんな絵を書いた某白い鉄さんも堕落(核爆)。