お陰で急に親父の期待がかかってきて、それが窮屈でたまんなかったんだけどさぁ・・・

                            --TV版第21話予告ナレーションより


A Consolation





「・・・兄さんが、事故に?」

「火星航路で事故があった・・・」


「お前は次期会長だ」

「・・・」

・・・別に、なりたくてなるわけじゃない。



「会長。・・・会長!」

何となく物思いに耽っていたアカツキの思考を、脇に立つ黒髪の女性の声が現実に引き戻す。
エリナ・キンジョウ・ウォン。
一月程前にアカツキの秘書となった、若き有能な女性である。

そのエリナが、不機嫌そうな顔でアカツキを睨んでいる。

「全く、会長、ちゃんとミスターの報告聞いてるんですか?」

「ああ、聞いてる聞いてる」

いつものように軽く返事をすると、デスクの向こうに立っている中年の男性の方に注意を戻す。

プロスペクター・・・勿論、本名ではない。本名を名乗らないのは、自分を卑下しているからだという。
先代の頃からネルガルに勤めており、かなり会長に近いところで働いているため、
前会長の息子であるアカツキとも前から多少の面識がある。

アカツキが真面目に聞いていなかったことに気付いているプロスは、
一旦溜息をつくと、周りのウィンドウを閉じる。

「とりあえず、報告はそんなところです。
それからクリムゾンの方ですが・・・」

「まぁ、その辺はいつも通りにやってくれればいいよ」

「わかりました。では」

そう言うと、プロスは一礼して会長室を出ていった。エリナもそれに続く。
2人が出ていったことを確認すると、アカツキは椅子にもたれかかり、天井を見上げる。

「・・・会長、か」

上を見上げたままそう呟くアカツキ。
勿論、エリナが去り際にチラッとアカツキの方を見ていたことに気付いているはずもなかった。



「会長、元気ないみたいね」

会長室を出て、プロスに話しかけるエリナ。
このエリナの言葉には、プロスも賛成のようだった。

「そうですなぁ・・・まぁ、楽な仕事ではありませんからねぇ」

「そうよね・・・」

そう言って、少し考え込むようにするエリナ。
その様子を見て、プロスが面白そうに笑う。

「気になりますか?」

プロスの言葉に、エリナは一瞬で真っ赤になる。

「ひ、秘書として、当然でしょ!
仕事に支障が出るようじゃ困るし!」

「まぁ、それはそうですな」

珍しく慌てた様子のエリナを見て、本当に面白いと思ったプロスだったが、
一応エリナの言葉はもっともである。
現在、軍やライバル社との関係は微妙なバランスを保っている。
さっきのような状態では、はっきり言って困るのだ。
おそらく、時間が解決してくれることではあるだろうが・・・

プロスは少し考えると、エリナの方に向き直る。

「・・・時にエリナ女史、料理はお得意ですかな?」

「えっ? 料理?
・・・得意ではないけど・・・一応、食べられるものは作れるつもりよ」

あまりに唐突な質問に戸惑いつつも、取り敢えず答えるエリナ。
エリナの答えを聞くと、プロスはそうですか、と頷く。

「それがどうしたって言うの?」

プロスの考えがさっぱり判らないエリナ。
プロスはそのエリナの様子にもう一度楽しそうな笑みを浮かべると、エリナに自分の考えを話し始めた。

「実はですね・・・」



会長室。
1人になったアカツキは、再び物思いに耽っていた。

兄が事故死し、父親も死んで、アカツキが会長となって数ヶ月。
会長という仕事はそう簡単に慣れるものではないし、
会長になることに関して、自分の意思を無視された感も否めない。
それに、どうしても「兄の補欠」のような気がしてしまうのも、
今の自分の状況を受け入れきれないひとつの理由だろう。

ライバル社のクリムゾンやその他の企業、軍との確執。
自社の経営。

会長という職業は、決して楽とは言えない。

(兄さんならどうしたんだ? 兄さんなら・・・)

・・・そんなことを考えるべきでないのは分かっている。
また、そんな風に兄の影に捕らわれている自分が嫌でもあった。

しかし、それでも考えずにはいられないほど、
まだ10代の青年にとって会長という肩書きは重すぎたのだ。

「・・・会長、ね・・・」

今度は下を向いて軽く溜息をつきながら、アカツキはもう一度呟いた。

そしてふと頭に浮かぶ、もう1人の人物の存在。

(こんな時、ばあやに言ったら何て返してきただろうね)


アカツキが小さい頃から色々と世話をしてくれていた、ばあやと呼んでいた人物がいた。
両親は仕事で忙しかったし、ばあやは育ての親に近いような存在だった。
一番心を許していたと言っていい。

全て過去形であることから判るように、ばあやは既にこの世の人ではない。
数年前ばあやを亡くしてから、アカツキの「好きなもの」が1つ減った。


殆ど否応なく、ネルガルの会長となったのが数カ月前。
しかしこのとても楽とは言えない職業に就いたとき、
アカツキは心を許せる2人の人物を、既に失っていたのだ。



コンコン。

そうやって思考の淵にはまっていたアカツキの耳に、ドアをノックする音が聞こえてきた。
続いて、エリナの声がする。

「会長、ちょっとよろしいですか?」

「どうぞ」

アカツキが返事をすると、会長室のドアがゆっくりと開く。
そして、エリナとプロスが続いて入ってくる。

「少し休憩されては、と思いまして」

そう言うと、エリナは手に持っていた物をアカツキのデスクの上に置く。
デスクに置かれたそれを見て、アカツキは一瞬驚きを隠せなかった。
多少形がいびつで、所々黒く焦げたそれは・・・

・・・1枚の、ホットケーキ。

「・・・これは?」

勿論ホットケーキであることは見ればわかるのだが、アカツキが聞いたのはそういう事ではない。
一体、これはどういう事か。
そういうアカツキの視線を受けたエリナの代わりに、後ろに控えていたプロスが答える。

「エリナさんが作って下さったんですよ、会長のために」

「プロスさんっ、そんな言い方しなくたって」

楽しそうな笑みを浮かべて言うプロスに、エリナが赤くなって言い返す。
しかし、プロスはちっとも動じず、さらに言葉を返す。

「でも、事実でしょう?」

プロスの予想通り、その言葉に更に赤くなるエリナ。

「私は秘書として、仕事に支障が出ては困ると思って心配してたんですっ!
 プロスさんが、会長はホットケーキが好きだから、作ってあげれば喜ぶって言ったんじゃない」

必死になって反論するエリナだが、
プロスから笑顔とともに返された言葉はエリナの予想しないものだった。

「私もホットケーキは好きでしてね」

「えっ?」

あまりに唐突なプロスの言葉に、エリナは一瞬照れも何もかも忘れてしまった。

「・・・嫌いになってしまうのは、勿体無いと思ったものですから」

「どういう事?」

きょとんとして首を傾げるエリナ。

・・・そう、確かにアカツキはホットケーキが好きだった
ただし、その「好きだったホットケーキ」には、1つの条件があったのだ。

・・・ばあやの作ったホットケーキであること。

「ばあやが作ってくれたホットケーキ」・・・それが、数年前に減った分の「好きなもの」。
既にばあやはこの世にいない、
だから、今アカツキが好きだと言えるものといったら、「退屈」くらいだった。

プロスは昔からアカツキと関わりのあった人物だから、その辺の事に気付いていたのだろう。
なかなか、洒落た事をするものだ。


「1枚、というのがどうかと思いますけどね〜」

「しょうがないでしょ、ホットケーキなんて作った事ないし、他のはみんな焦げちゃったんだから」

そんなプロスとエリナのやり取りを聞きながら、
アカツキは、いびつで、少し焦げたそのホットケーキに手をつけた。
ナイフで一切れ切って、口に運ぶ。

その様子を見て、プロスはエリナをからかうのを切り上げてアカツキに尋ねる。

「どうです、会長? もう一度ホットケーキが好きになれそうですかな?」

どこまで本気かわからないような言い方をするプロス。
しかし、心配してくれていたことは事実なのだろう。

そのプロスと、どことなく不安そうに少し視線をずらしているエリナを見て、
アカツキは軽く笑みを浮かべた。

「・・・そうだね。ありがとう、エリナ」

面と向かって礼を言われ、ますます赤くなるエリナ。

「べ、別に、私は秘書として当然のことをしたまでです」

もはや完全に横をむいてそう言うエリナを見ながら、
アカツキは初めて、この仕事も悪くないか、と思った。



Fin.

 

〜あとがき〜

――初のナデシコ短編であります。なぜアカツキなのでしょうね。
  ・・・いや、書きやすそうだったからなんですけど。
  でも何だか、寧ろエリナファンにウケそうな話ですね。

イネス「連載はどうしたのよ」

――をうっ!?ここでも出てきますか、イネスさん。

イネス「1人ボケツッコミは悲しいでしょ」

――はぁ、まぁ・・・。それだけの為にいらしたので?

イネス「冗談よ。早く連載を書けとせっつきに来たの」

――あうっ!も、申し訳ありません、9月中と言っておきながら、間に合わなさそうなんです〜。

イネス「どうせ、張った伏線の収集がつかなくなったんでしょう」

――いや、そんな事は・・・ないと言えなくもない事もなきにしもあらずんば虎子を得ず・・・

イネス「何錯乱してるのよ。大体今回の作品でも私を出さないし・・・これはお仕置きね、やっぱり」

――ああああ、それだけはご勘弁を〜!

イネス「勘弁できないわね。それで、目処は立ってるの?」

――まぁ、なんと言うか、それなりに・・・。
実は5話分ほどは書いてあるのですが、もう少し煮詰めてから投稿したいと思いまして。

イネス「それはいい事かもしれないけど、あんまり時間がかかるのもどうかと思うわよ?」

――鋭意努力します・・・。

イネス「まぁいいわ、その話は置いておくとして、今回の話についてだけど」

――はい。アカツキの好きなものの設定については、
CD−ROM「1000%コレクション」に書いてあるものです。

イネス「『ばあやの作ってくれたホットケーキ』と、『退屈』ね」

――そうです。その他時間軸的なものは適当です。

イネス「適当って・・・」

――仕方ないじゃないですか、資料不足なんですよ〜。

イネス「まぁ、そうね。さて、これで今回の話については終わりね。じゃあ、医務室に行きましょうか♪」

――いやだあああぁぁぁ〜〜!

イネス「それでは、お付き合い有難うございました。感想は掲示板にお願いしますね」

――ああああぁぁぁぁ・・・(久し振りにフェードアウト)

 

 

 

 

代理人の感想

 

ああ、ほのぼのしてていいですねぇ。

エリナさんも可愛いし(笑)。

 

このほのぼのした気分を維持するため、後書きは忘れておきましょう(爆)。