機動戦艦ナデシコ
あした
〜懐かしい未来〜
第12話 “Each Thought”
「それじゃ、作戦会議といきましょうか」
イネスはアキトを椅子に座らせ、自分はベッドに腰掛ける。
木星艦隊のグラビティブラストの一斉射撃を受けて満身創痍となったナデシコは、
火星の重力圏を抜ける事も出来ず、相転移エンジンのスペアを見つけるため北極冠の研究所を目指していた。
暫くは特にする事もなく、イネスは今後の方針を決めようとアキトを医務室に連れ込んだのだった。
ちなみに、アキトはコック兼パイロットとして簡単に自己紹介を済ませている。
「こんなところで大丈夫か?」
今アキト達がいるのは医務室だ。
いつ人が来るとも限らない。
「オモイカネにはちょっと細工をしてあるから問題ないわ。
ルリちゃんでもそう簡単には見られないわよ。
患者は今1人だけいるけど、鎮静剤で眠らせてあるわ。オモイカネにも監視させるし。
大体、どちらかの部屋で話すわけにはいかないでしょう?」
確かに、それはかなり問題あるだろう。
医務室で話すということには納得したアキトだが、今のイネスの話には引っかかる部分が幾つかあった。
「細工?」
「私の好きにさせたの、アキト君でしょう?
それに甘えて、オモイカネのプログラムを少しいじらせてもらったわ。
私への絶対服従にね」
(・・・おいおい。イネスさんって、時々怖いくらい思い切ったことするよな)
しかしその方が都合いいには違いないので、敢えて何も言わない。
「で、患者っていうのは誰だ?」
アキトが問い掛けると、イネスは笑みを浮かべて立ち上がり、
カーテンの引かれているベッドの方へ歩み寄る。
何も言わず、カーテンを一気に開けるイネス。
ベッドの上にアキトが見たものは・・・
「ガイ!!」
包帯を巻かれた両手足と体をベッドに括り付けられ、眠っている・・・と言うより、
気を失っているガイの姿だった。
あまりの惨状に一瞬引くアキト。
「あなたは彼を助けたかったんでしょう?」
(いや、そうなんだけど・・・。寧ろ哀れだぞ。
イネスさん、絶対何かやっただろ)
平然と言うイネスに口には出せずに突っ込みを入れるアキト。
(まぁ、ガイを助けてくれた事には礼を言うが・・・)
とりあえず、
「ああ、無事でよかったよ」
とだけ答えておいた。
この状態を無事と言うのかどうかは甚だ疑問だが・・・。
「で、これはこれとして」
そう言ってあっさりと再びカーテンを閉じ、アキトの方に戻るイネス。
「まずは今までの報告をしましょうか」
アキトの正面のベッドに腰掛ける。
「ああ」
「変化があった所だけ言うわね。細かいところは後で航海記録でも見ておいて。
まずはアキト君、あなたが現れなかった事ね。
そして、その代わり、前回乗っていなかった人が乗り込んだ」
「あの男か」
アキトは、研究所で会った時に見かけた、見知らぬ男の姿を思い出す。
アキトの言葉に、イネスは頷いて先を続ける。
「ウラバ・コウジ君よ。
私と一緒に地球に来た、ネルガルの研究者。所属は整備班兼科学班。
IFSを持っているから、臨時パイロットにも任命されているわ。
彼に関してはちょっと引っかかるところがあるんだけど、今は仮説に過ぎないからやめておきましょう」
(引っかかる事?)
アキトはそれが気になったが、イネスは話を先に進めた。
「アキト君の代わりに彼が出撃して、ナデシコは無事出航。
クロッカスとパンジーにはジャンプしてもらったけど、サツキミドリの人たちは助けたわ。
その結果、お葬式がなかったのでパイロットの歓迎会を兼ねた隠し芸大会になった。
ここまでに変化があったのはそんなところね」
(隠し芸大会・・・。相変わらず緊張感が無いな)
「さて、それで今後の事だけど・・・アキト君、これからどうするつもり?」
「そうだな・・・とりあえず、地球に戻ったらラピスを迎えに行かないと」
しかしアキトの答えに、イネスは溜息をつく。
「まぁ、そういう近未来の話もそれはそれでいいんだけど、もっと大きく見た話よ。
要するに、ユリカ嬢を助けたいわけでしょう?
その為に、これからどうするの?」
イネスの言葉を受けて、アキトは少し考える風にしながら話す。
「助けたいのはユリカだけじゃない。
例えば、白鳥九十九・・・彼も、死ぬべきではない人間だった」
イネスは何も言わず、静かにアキトを見つめていた。
「しかし、正直言って向こうでの記憶がそれほど役に立つとは思えない。
既にこれだけ変化が出ているし、この先ずれはどんどん大きくなっていくだろう。
俺に出来る事は、精一杯周りを守り抜く事、その為に強くなる事くらいだろうな」
その言葉は半分本心、半分はイネスを必要以上に巻き込まないため、イネスの介入を拒否するものだった。
「・・・まぁいいでしょう、基本的にアキト君に任せる事にするわ。
ただ、くれぐれも1人で無理をしないで。いいわね?」
真剣な目で真っ直ぐにアキトを見つめるイネス。
「・・・ああ、分かった」
アキトは、出来るだけ皆を巻き込みたくないと思っている。
自分のせいで誰かが傷つくのはもう御免だった。
ただ、イネスを安心させる為にそう言ったまでだ。
しかし、真っ直ぐにアキトを見つめ続けるイネスの瞳は、
アキトの考えを全て見抜いている気がしてならなかった。
医務室を出たアキトは、通路を歩きながら、先程の会話を思い出していた。
『そうそう、言っておくけど・・・』
アキトが医務室を出て行こうとした時、イネスはアキトの背中に向かってこんな言葉を発した。
『私は基本的にアキト君のサポートとして動くわ。
でも、アキト君に勝手に動いてもらう以上、私もある程度勝手にやらせてもらうわよ』
イネスは基本的に人の事に深く干渉しない。
しかし、その分自分の事も人には干渉させない。
しかも何を考えているのかよくわからないところがあるので、ある意味たちが悪い。
お互いばらばらに動いて歴史に妙な影響が出るのは厄介だ。
勿論イネスはそのくらいわかっているだろうし、アキトとしてもイネスをあまり巻き込みたくは無い。
しかし、何となく不安を覚えずにはいられなかった。
(何しろ、オモイカネのプログラムまで書き換えるような人だからな・・・)
そんな事を考えていると、目の前に見知った人影が現れる。
(・・・・・・ユリカ)
「アキト、ねえ、アキトでしょ?
何でさっき知らん振りしてたの?
もう、アキトったら照れ屋さんなんだから」
昔とちっとも変わらない(今がその「昔」なのだから当然だが)その笑顔がアキトを動揺させる。
「ナデシコがピンチの時に現れてくれるんだね、やっぱりアキトは私の王子様だね!」
愛しさ、懐かしさ、罪の意識、そんな感情が混ざり合い、思考が止まったような感覚に襲われる。
(・・・違う・・・そんな事を、言うな・・・)
「俺は、お前の知っているテンカワ・アキトではない。
・・・・・・俺に関わるな」
その声は、絞り出す様だった。
「えっ?」
『艦長、すぐにブリッジまで来てください』
ユリカの表情が笑顔のまま凍りついた瞬間、メグミから通信が入る。
「あ、うん、わかった。
じゃあまた後でね、アキト」
そう言うとユリカはブリッジの方へ走り去っていった。
「艦長ミスマル・ユリカ、来ました〜」
相変わらず能天気にブリッジへ入ってくるユリカ。
いい加減慣れたとはいえ、やはり溜息をつかずにいられないブリッジクルー。
「艦長、そろそろ極冠だが」
溜息と共に吐き出された沈黙を破ったのはゴートだった。
ユリカの前に地図を表示させる。
「あれ、もうそんな所まで来たんだぁ〜。じゃあ、エステバリスで先行偵察を。
不意打ちをされたら、今のナデシコでは持ちこたえられないかもしれません。
メグちゃん、パイロットのみんなに連絡を」
「了解」
氷に覆われた極冠を進むエステバリス隊。
当然、アキトも参加している。
コウジはあくまでも臨時のパイロットなので、今回は参加していない。
医務室でミイラになっているヤマダが参加していないのは言うまでも無い。
「トロトロ走りやがって・・・どうもこの砲戦フレームってのは気にいらねーなー。
いいよなぁー、おまえらはー」
慣れない砲戦フレームに苛立ち、前方を行くヒカルとイズミに向かってぼやくリョーコ。
因みに、アキトはリョーコの少し後ろをゆっくり進んでいる。
イズミがウィンドウの中で何やらブツブツ言って1人で笑っているが、
いつもの事なので全員あっさりと無視する。
「で、研究所ってのは何処にあるんだ?」
「ん〜、地図さっきから照合してるんだけど〜。
研究所なんて見つからないよ〜?」
「まさか記憶違いなんてオチじゃねぇだろうな」
ヒカルの答えに、ますます苛立ちのつのるリョーコ。
そこへ、突然アキトの声が入る。
「気をつけて!」
「何かいるよ!」
アキトの言葉をイズミが継ぐ。
「えっ、どこ?」
そう言った瞬間、ヒカルの目の前に無人兵器が現われる。
極地専用タイプのオケラだ。
「うひゃあっ!」
胸を蹴られて氷に沈むヒカル機。
イズミがオケラに向かって発砲するが、一足早くオケラは再び氷に潜った。
オケラはそのまま氷の中を進み、リョーコ機の方へ向かう。
「こっちへ!?」
焦るリョーコ。
そこにアキトの声が掛かる。
「リョーコちゃん、下から来る!」
そう言われて咄嗟に後ろへ下がるリョーコ機。
それでも砲戦フレームでは避けきれず、後ろに倒れる。
コクピットにドリルを向けようとするオケラを、アキト機が横から蹴り飛ばす。
氷上でバウンドしたオケラに、間を置かず狙いを定めて発砲するアキト機。
狙い違わず、オケラに命中、爆発した。
「さ、さんきゅ、助かった・・・」
「どういたしまして」
「あ〜、何赤くなってんの、リョーコ〜」
そこにヒカルの茶々が入る。
「ばっバカ、赤くなってなんか・・・」
「あっ照れてる、か〜わい〜」
「かわい〜」
イズミも参加。
「おっ、お前らなぁっ!」
その間アキトは、口を出す事も出来ずコクピットで苦笑いしていた。
(しかし、今回はクロッカスがなかったんだな・・・どうやって脱出するか・・・)
そんな事を考えながら何となく辺りを見回していたアキト。
ふと、1つの物のところで視線が止まる。
アキトは、確かにそれに見覚えがあった。
「あれは・・・!」
ナデシコ、ブリッジ。
スクリーンに映し出されたクロッカスを見て、ユリカが訳がわからないという顔をしている。
「おかしいです。
地球でチューリップに吸い込まれた護衛艦クロッカスが、どうして火星に・・・」
前回と同じようにチューリップに吸い込まれたクロッカスとパンジー。
しかし、今回は出現場所が多少違う。
やはり、ランダムジャンプで同じ場所に跳ぶとは限らないようだ。
「そうね、簡単に説明するなら・・・
チューリップは木星蜥蜴の母艦ではなく、一種のワームホール、或いはゲートだと考えられる。
チューリップから出てくる戦艦は、チューリップに入っているのではなくて、
チューリップによって繋がっているどこか別の宇宙から、送り込まれて来ているというわけ」
当り障りの無い程度の説明をするイネス。
暫くブリッジに沈黙が続く。
「ヒナギクを降下させます」
その沈黙を破ったのは、ユリカの凛とした声だった。
「その必要は無いでしょう。
極冠の研究所を取り戻す事が出来れば、相転移エンジンのスペアが見つかるかもしれません」
「あそこを攻めろってのか?
周囲をチューリップ5基だぞ?」
プロスの言葉に対して、ムッとした表情を消そうともせず、露骨に反抗的に言うリョーコ。
「しかし、あそこを取り戻すのは、いわば社員の義務でして・・・」
「クロッカスに生存者がいる可能性もあります。・・・提督」
歩み寄る気配のない議論の決着を、提督に求めるユリカ。
全員の視線がフクベに集中する。
少し間を置いて、提督は静かに口を開いた。
「・・・クロッカスを使おう」
「俺が護衛で行きましょうか」
陸用エステの改装中の格納庫で、アキトが申し出た。
しかしその申し出に返事をしたのは、改装を手伝っていたコウジだった。
「あ、いいですよ、僕が行きますから。
僕はさっきの偵察部隊に参加してないですし、機械にも多少詳しいですから」
アキトとコウジの最初の会話である。
今更ながら、前回いなかった人間の存在にアキトはわずかだが違和感を覚えずにはいられなかった。
アキトは、視線でフクベ提督に判断を求める。
「・・・そうだな、彼に来てもらうとしよう」
「・・・そうですか」
アキトは潔く引き下がる。
出来るだけ前回と歴史を変えない為の申し出だったのだが・・・。
フクベの隣で、去っていくアキトを静かに見送るイネス。
アキトの姿が見えなくなると、今度はフクベの方に視線を向ける。
提督がまた同じことを考えているであろう事が、イネスには何となくわかっていた。
それに関して、とやかく言うつもりはない。
ただ、イネスが不安を感じたのは・・・
それは、或いは有り得たかも知れない、いや、有り得るかも知れない、アキトの姿のような気がしたからだ。
クロッカスの内部を、懐中電灯を照らしながら進む3人。
前回はイネスが1人で延々と喋っていたのだが、今回は何も言わなかった為、ただ沈黙だけが続いていた。
なんか気まずいなぁ、と2人の後ろで苦笑いするコウジ。
ふと前方の天井を見上げたコウジは、何かに気が付いた。
「イネスさん、避けて!」
前回の経験から事態を理解したイネスは、すぐに壁際に移動する。
コウジは今までイネスのいた辺りに狙いを定め、天井から落ちてきたバッタに銃を連射する。
ドォン ドォン ドォン
あっさりと沈黙するバッタ。
「ありがとう」
「ご無事で何よりです」
イネスの礼に笑顔で答えるコウジ。
「ふむ・・・」
今回は出番のなかったフクベ提督。
何か思うところがあるらしい。
クロッカス、ブリッジ。
パネルを操作するフクベ。
「・・・噴射口に氷が詰まっているようだ。
取って来てくれないか」
コウジの方へ視線を送る。
「・・・はい」
珍しく、真顔で静かに返事をするコウジ。
そのままブリッジを出て行く。
「私も行きましょうか、提督・・・」
静かにフクベを見つめるイネス。
今回はエステに乗ってきたのが技術者でもあるコウジなので、イネスが行く必要はない。
ないのだが・・・
フクベは、しばらく真意を探るようにイネスを見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「何となくはわかっていたが・・・。
・・・君は、気付いているのだな」
無言の肯定。
「バカな奴だと思うか?」
「・・・いいえ」
これは、フクベが帰ってくる事と、その後のフクベの行動を含めた評価だ。
しかし、イネスはフクベが戻ってくると信じていた。
・・・信じたかった。
「・・・行ってくれ」
少し長い間があって、イネスの最初の問いに返事が返された。
行こうとして、イネスはもう一度フクベの方を振り返る。
「・・・またお会いしましょう、提督」
少し驚いたようなフクベの顔を見る事なく、イネスは一礼してブリッジを去った。
「イネスさん・・・」
エステのコクピットに乗り込んできたイネスに、コウジは何か言おうとするが、イネスは首を振って遮る。
「ナデシコに戻りましょう」
「・・・はい」
「クロッカス、浮上します」
ルリの報告に、喜びかけたユリカとプロスだが、その暇もなくクロッカスから通信が入る。
ナデシコへ砲塔を向けるクロッカス。
「ナデシコ、前方のチューリップへ入れ」
「どうしてですか、提督」
フクベの言葉に戸惑うユリカ。
「クロッカスの船体を見る限り、ナデシコだってチューリップに入ったら・・・」
「そうとは限らないわ。
ナデシコには、ディストーションフィールドがある」
「イネスさん」
突然ブリッジに入ってきたイネスに、驚くユリカ。
コウジも続いてブリッジに入ってくる。
「左145度、プラス80度、敵艦隊捕捉」
「どうするの? 艦長」
ナデシコへ砲塔を向けているクロッカスと敵艦隊。
今のナデシコでは、砲撃に対してフィールドを保ち続ける事は出来ない。
しかし、チューリップに入って無事でいられる保証もない。
全員の視線を向けられたユリカの決断は・・・
「・・・ミナトさん、チューリップへの進入角を大急ぎで」
「艦長、それは認められませんな。
それではネルガルとの契約に違反・・・」
「ご自分の選んだ提督が、信じられないのですか!」
ユリカの叫びに、それ以上何も言えないプロス。
「チューリップに入ります」
「このまま前進。エンジンはフィールドの安定を最優先」
「クロッカス、チューリップの手前で反転」
ルリの言葉に、ブリッジに動揺が走る。
「バカな、敵と戦うつもりか」
ゴートも動揺を隠せない。
「自爆して壊してしまえば、敵はナデシコを追って来れない」
「提督、おやめ下さい!」
ルリの言葉に、ユリカがはっとしたように叫ぶ。
それに答えるように、再びフクベのウィンドウが開く。
「やめて下さい、提督!」
もう一度叫ぶユリカ。
「私には、まだ提督が必要なんです!」
『私には、君に教えられる事など何もない。
最後に、自分の我儘を通すだけの人間だ。
ナデシコは、君達の船だ。
君達の大切なものを、守り・・・』
その言葉の途中で画像が乱れ、通信が途切れる。
・・・そして、クロッカスの反応は消えた。
TO BE CONTINUED・・・
〜あとがき〜
――な、長い・・・。何故突然こんなに長いんだ!
イネス「詰め込みすぎたんでしょ」
――最初の作戦会議が長かったですかね・・・。しかし、ここは難しいですねぇ・・・何と言うか、深い話で。
イネス「まぁ、あなたじゃ力不足よね」
――そんな、はっきりと・・・事実ですけど。
イネス「それに、アキト君の影も薄いわよね」
――う〜ん・・・やはりコウジのキャラに食われますかね・・・。
多くのキャラを同時に動かすのが苦手なもので・・・。
イネス「本当に進歩しないわね、あなた」
――ううっ、イネスさん今回厳しいですよぅ・・・。
それでは、こんな駄文にお付き合いいただき有難うございます。
例によって、感想は掲示板にお願いします。
代理人の感想
アキト君が勝手なのは毎度のことですが・・・・
イネスさんのほうが余程問題あるように思えるのは私だけではない筈だ(笑)。