機動戦艦ナデシコ
        あした
〜懐かしい未来〜 


第13話 “Solitary Lover”

チューリップに入ったナデシコは、何かに引き付けられるように、チューリップの中を進んでいた。
フクベ提督の死は皆それぞれにショックだったらしく、艦内には何となく重い雰囲気が漂っている。

前回はこの頃食堂で喚き散らしていたっけな、などと思いながらアキトが廊下を歩いていると、
後ろから人の気配が近付いてくる。
その気配に覚えのあったアキトは、振り返る事を躊躇する。

「アキト!」

予想を肯定する声に、アキトは一度立ち止まるが、覚悟を決めてまた歩き出す。

「待ってよアキト! なんで無視するの?」

このままではどこまでもついて来そうな様子に、仕方なく立ち止まり、声の主と対峙する。

「・・・俺に関わるなと言っただろう」

敢えて冷たい口調で言い放つと、ユリカは泣きそうな顔をした。

「なんで? なんでそんなに冷たくするの?
 火星ではあんなに・・・」

「言っただろう、俺は、お前の知っているテンカワ・アキトではない」

「違うもん、アキトだもん! 私の王子様のアキトだよ!
 どうしてそんな事言うの?」

あまりに一生懸命なユリカを見て、どうしたらいいかわからなくなるアキト。

「・・・ユリカ・・・」

「イネスさんの方がいいの!?」

「はっ?」

シリアスに呟いたアキトだったが、ユリカの言葉に一瞬で顔が崩れる。

「・・・なんでそうなる?」

「だってアキト、イネスさんとだけは親しげに喋ってるじゃない。
 さっきの作戦の前だって、イネスさんと何か話してたんでしょ?」

かなり拍子抜けしたアキトだったが、ユリカは真剣そのものだ。

「アキト、イネスさんが好きなの・・・?」

泣きそうになりながら言うユリカを見ながらしばらく途方に暮れていたアキトだったが、
これはいい機会かも知れないと思い当たる。

(ユリカは、今度こそ俺以外の奴と幸せになるべきなんだ・・・)

「・・・・・・ああ」

「!?」

突き放すようなアキトの答えに、ユリカはもう何も言えず、ただ泣きながら走り去っていった。


(これで、良かったんだよな・・・今ならやり直せる、誰か、俺以外の奴と・・・)

そんな事を考えながらユリカが去っていった廊下の曲がり角を見つめていたアキト。
すると、ユリカが去ったのとは逆の道からイネスがそっと姿を現す。

(やばい、聞かれてたか? ユリカに注意を奪われてたな・・・)

イネスは、アキトの目を見つめたまま、何も言わずにゆっくりと近付いてくる。

(・・・これは、怒ってるな・・・)

イネスは、あまり怒るタイプではない。
怒っても表に出さないのでなかなかわからないのだが、ある程度付き合いがあり、
それに人の気配を感じ取れるアキトにはイネスが怒っている事がよくわかった。
あまり怒らない人というのは、怒らせると怖いものだ。
その場で硬直するアキト。

アキトの所まで歩いてきたイネスは、ただ一言言い放った。

「バカ」

アキトがどう返して良いかわからず、ただ黙っていると、イネスはさらに続ける。

「艦長が火星で生まれたのがアキト君のせいなの?」

「・・・?」

唐突な言葉に、意味を図りかねるアキト。

「ジャンプが利用されるのはアキト君のせいなの?
 ・・・そういう事よ、アキト君が言っているのは」

「・・・」

続けて言われると、流石にアキトにもイネスの言いたい事は理解できた。
イネスの言う事はもっともだ。
しかし・・・。

「まぁそれは後にしましょう、時間がないの、ついてきて」

黙り込んだアキトを見ると、イネスは唐突に話題を変え、アキトをある場所へ引っ張っていった。

イネスがアキトを連れて行った先は、展望室だった。
そしてそこでイネスが発した言葉は、アキトを驚愕させるのに十分なものだった。

「ジャンプをナビゲートするわ」

「!? どういう事だ?」

驚くアキトを尻目に、説明を始めるイネス。

「アキト君も身をもって体験したでしょう、ランダムジャンプで前回と同じ場所に跳ぶとは限らない。
 自分の意思でランダムジャンプをしたアキト君がアキト君の全く知らない場所に跳んだのもおかしいし、
 それに今回はジャンパーの人数が違う。これがどんなジャンプになるか分からないわ。
 時間移動で妙な時間軸に跳んだら目も当てられないでしょう?」

「だから、時間差無しでジャンプさせると言うのか?
 ナビゲートシステムも無しで、ナビゲートなんて出来るものなのか?
 それに、既に始まったジャンプの軌道を変えるなんて事は・・・」

イネスの意見は、アキトにとってあまりにも意外なものだった。

「まだ完全にはジャンプの体勢に入っていないから、理論上は可能なはずよ。
 ジャンプが始まった時に、ジャンプフィールドに干渉出来ればいいの」

「ユニットを跳ばした時のように2人でナビゲートするのか?」

「いいえ、私が1人でやるわ。
 あの時はランダムジャンプで良かったから問題は無いけれど、今回はイメージが混乱しては困るから。
 だからアキト君、私のイメージを邪魔しないようにして」

イメージを邪魔しないと言うと、何も考えるな、という事になる。
随分無茶苦茶な話なのだが、それ以前に1人で不安定なジャンプをナビゲートできるものなのか、
それがアキトは気になった。

「こんなジャンプをナビゲートしたりしたら、かかる負担が半端じゃないだろう。
 俺がやった方が、負担にも堪えられると思うんだが?」

しかし、アキトの言葉にイネスは首を振って答える。

「前回のように、跳んだ先が戦闘宙域である可能性もあるわ。
 私が寝ていてもナデシコの航行に何も問題は無いけれど、アキト君がいるといないでは戦力は大きく違う。
 わかるでしょう?」

非情な言葉だが、事実には違いない。
それ以上何も言えなくなったアキトを見ると、イネスは目を閉じた。
アキトとイネスの体に、ナノマシンのパターンが浮かび上がる。

そして、ナデシコのクルーの意識は闇に包まれた・・・



アキトがゆっくりと目を開くと、目の前には眠っているコウジとユリカ、
そして座り込んだイネスの姿があった。

「・・・オモイカネ、現在の日付を教えてくれる?」

イネスの言葉に答えて、宙にウィンドウが開く。

[2196年12月17日]

(1日分、ずれがある・・・?)

その日付を見て、疑問を抱くアキト。
そのまま跳べば、今日は12月16日だったはず・・・

「そう・・・何とか、上手くいったみたいね・・・やっぱり、多少不安定だったようだけど・・・」

日付のことには気が付かなかったのか、横で眠るコウジとユリカを見て呟くイネス。

「イネスさん、大丈夫か?」

イネスの横にひざまずくアキト。

「・・・少し、眠らせて・・・」

アキトにもたれかかるようにするイネス。

「・・・そうだ、言い忘れてたけど・・・コスモスは・・・」

何か言おうとしたイネスだったが、言葉の途中で眠ってしまう。

「イネスさん?」

アキトが呼びかけるが、返事はない。
少し心配になるアキト。
そのアキトに、突然横から声がかけられる。

「大丈夫、眠ってるだけです」

「・・・起きてたのか」

「今起きたところですよ」

そう言って笑うコウジ。

「ちょうどいい、イネスさんを頼む。
 俺は状況を確認してみんなを起こしてくる」

「はい、わかりました」

コウジはアキトからそっとイネスを受け取る。
アキトはそれを見て、自分は展望室を出る為立ち上がる。
アキトが通り過ぎるときに、ちょうどユリカも目を覚ました。

「・・・あれ? 私なんでこんな所にいるの? あ、アキト・・・」

「起きたか。ちょうどいい、ブリッジに戻って状況確認をしておけ」

「う、うん、わかった」

そう言って、ユリカもアキトと共に展望室を出て行った。

2人を見送ったコウジは、イネスの方に視線を向ける。
しばらくそうしてイネスを見つめていたコウジだったが、そっとイネスの髪に触れると、静かに呟いた。

「・・・すみませんでした、イネスさん・・・」



ブリッジに戻ったユリカとアキト。
ブリッジクルーはまだ寝ていたが、ルリだけは目を覚ましていた。

「あ、艦長。本艦、通常空間に復帰しました」

「状況は?」

「位置は月付近、船外では連合軍と蜥蜴が戦闘中」

(時間移動はしていないが、状況は同じだな・・・第三次月攻防戦か?
とりあえず、今回はまだコスモスが出来ていないはずだ、ここは退避だろうな)

そう考えて、アキトはユリカに退避を勧告する。

「艦長、今のナデシコは万全の状態ではない、連合軍には悪いが退避するべきだと思うが?」

「うーん、そうだね、別に連合軍の手伝いする義理はないし」

さり気なく酷い事を言うユリカ。

「了解、退避します」

そう答えると、ルリはナデシコを退避させる。
その頃になると、ブリッジクルーも目を覚まし始める。

「う〜ん・・・あれ、何がどうなったんだっけ?」

目をこすりながら、コンソールから起き上がるメグミ。
ミナト、ジュン、プロス、ゴートも次々に目を覚ます。

「現在地は月付近、月では連合軍と蜥蜴が戦闘中、本艦は艦長命令でこの宙域から離脱します」

目を覚ました一同の為に、ルリが現在の状況を説明し直す。

「あれぇ、いつの間に?」

まだ現状を把握しきれないミナト。
ルリの報告が続く。

「戦闘宙域に、敵第二陣確認。こちらに近付いています」

(巻き込まれたか・・・)

「エステバリスの発進は間に合いません、ルリちゃん、グラビティ・ブラスト発射準備」

「了解・・・チャージ完了」

エンジンに損傷があるとはいえ真空中なので、すぐにチャージが完了する。
発射の命令を下そうとしたユリカだが・・・

「グラビティ・ブラスト、はっ・・・えっ?」

ユリカが発射を命じる直前に、ナデシコの前をグラビティ・ブラストが過ぎていったのだ。

「多連装のグラビティ・ブラスト・・・バカな!」

この叫びはアキトだ。
前回のゴートとは違い、コスモスがここにあるはずはない、そういう意味での叫びだが。

「敵、二割方消滅」

「うっそ〜!」

呆然とするミナト。
他のクルーも同じ事だ。

「第二波、感知」

放射状に重力波が広がり、爆発、消滅していくバッタ・・・
結局、前回と同じように、コスモスの活躍で木星の艦隊は撃破された。

ナデシコ、医務室。
コスモス登場の数時間後、イネスはゆっくりと目を開いた。

「あ、目が覚めましたか?」

仕事の時間になったのだろう、コウジはちょうど医務室を出て行こうとするところだった。

「・・・ウラバ君」

「おはようございます、イネスさん」

戻ってきてベッドに近付きながら、笑顔でどこか間の抜けた挨拶をしてくるコウジ。
それを見ると、イネスは微かに微笑む。

「・・・どのくらい経った?」

「ジャンプアウトしてからですか?」

コウジがそう言ってから、イネスの次の言葉が発せられるまでしばらく間があった。

「・・・イネスさん?」

不思議そうにイネスの顔を覗き込むコウジ。

「・・・いえ・・・そう、私はどのくらい寝ていたかしら?」

イネスは何でもない、と言うように話を戻す。
そしてそれをそれ以上気にかけないコウジ。

「ええと・・・大体3時間位ですね」

「状況は?」

ベッドの上に体を起こしながら問い掛けるイネス。
コウジは、それを助けながら答える。

「月付近で、連合軍と木星の無人兵器が戦闘中でした。
 ナデシコも巻き込まれそうになりましたが、ナデシコ2番艦コスモスの活躍で撃破。
 今ナデシコはコスモスに収容されて、地球に向かっているところです。
 そうだ、テンカワさんが一度会いに来ましたよ」

「そう、アキト君が・・・」

きっとコスモスの事ね、と考えていたイネスは、ふと不満そうな顔でこっちを見ているコウジに気がつく。

「何?」

「イネスさん、テンカワさんとどういう関係なんですか?」

「えっ?」

どういう・・・と言われても、一口に説明できるような関係ではない。
イネスが何と答えようか迷っていると、コウジが続けて質問してきた。

「イネスさん、テンカワさんの事は名前で呼びますよね」

「・・・そう言えば、そうね」

何故か、アキトの事は最初から名前で呼んでいた。
自分でも、何故かはよくわからなかったが・・・。

「何で僕の事は名字で呼ぶんですか?」

そう言われて、少なからず困惑するイネス。

「・・・名前で呼んで欲しいの?」

「それがイネスさんにとって親愛を意味するなら、ですけど」

・・・何と直接的な。
イネスは更に戸惑う。

「・・・わからないわ」

「・・・そうですか。・・・すみませんが、そろそろ仕事に行かないといけないので・・・」

どことなく残念そうに呟いて、医務室を去るコウジ。
それと入れ違いに、アキトが医務室に入ってくる。

「どうかしたのか?」

コウジが笑顔を浮かべていない事が珍しいのか、アキトが不思議そうに言う。

「いえ、別に・・・それよりアキト君、コスモスの事だけど」

「ああ、突然現われたんでびっくりしたよ。
 どういう事だ? さすがにたった2ヶ月で建造されているはずは・・・」

「そう、言わなかったけど、ナデシコ出航の前からコスモスの建造は始まっていたのよ。
 多分まだ出来たばかりだと思うけど」

「ナデシコのデータ無しにか?」

「まぁ、私が多少データを流したし・・・勿論、疑問を抱かせないように注意してね。
 それに、元々コスモスにはナデシコAのデータはそれほど使われていないのよ。
 ナデシコが火星に行っている間に建造された艦だしね」

イネスはこの事態を予測していたのだろうか、と思って呆気に取られるアキト。

「まだ軍への配属命令は来ていないし、アカツキとエリナも今回は乗り込んでいないようだ。
 ナデシコの修理も、しばらく終わりそうにない。
 全ては、地球に戻ってからだな」

「そうね・・・」

そう答えつつも、どこかでコウジの事が気になっているイネスだった。



TO BE CONTINUED・・・




〜あとがき〜

イネス「趣味丸出しね・・・。しかも理論も何もない、あんまりな跳び方してるし」

――ははははは・・・それは言わないで下さいよ、イネスさん。
  何としても・・・とまでは言いませんが、イネスさんに倒れてもらった方が都合よかったもので。

イネス「コスモスの建造についても無理があるし」

――そ、それも言わないで下さいよ、イネスさん・・・。
  まぁ何はともあれですね、そろそろコウジのアタック大作戦(古っ)が始まります。

イネス「・・・。そういえば、今回ウラバ君が決定的な事言ってるわね」

――はい。色んな意味で。

イネス「色んな意味で、ね・・・。少なくとも正体に関しては、既に結構バレてるみたいだけど」

――うっ・・・いやまぁ、一応・・・。
  さて、次回からネルガルコンビと某キノコ、さらに小さな妖精も加わる・・・予定です。

イネス「とりあえず、こんな駄文にお付き合い下さって、有難うございます」

――あっ、言われた・・・。
  それでは、例によって感想は掲示板にお願い致します。

 

代理人の感想

ん〜・・・結構ヒントが沢山あると思うんですけどね。

まぁ、状況証拠ばっかりだから気が付かない人は気が付かないのかもしれません。