機動戦艦ナデシコ

        あした
〜懐かしい未来〜

 

 

 

第2話 “Return to the Bygone Days

 

肌に触れる熱い感覚で、彼女――イネス・フレサンジュは目を覚ました。


(砂・・・?)

体を起こして辺りを見回すと、地平線までただ砂漠が続いている。

(砂漠?)


今ひとつ状況が把握出来ず、今までの事を思い出そうとしてみる。

(そうか、ランダムジャンプを・・・)


少し記憶を辿り、アキトのジャンプに巻き込まれたらしいという事を理解する。
あの距離では、当たり前だろう。

それを理解すると、ここはいつの何処なのだろうか、という事がまず気になる。
前のように20年前だったりしたら洒落にならない。
・・・色々な意味で。


そんな事を考えていると、何人かの人間が近付いて来るのが見えた。
近付いて来るにつれて、どうやら4、5人の男性らしいという事がわかる。

顔が見えるくらいに近付くと、彼らがネルガルの制服を着ている事がわかった。
              
 デジャビュ
この場所とこの状況、どこまでも既視感である。
本当に20年前だったりしないといいけど、と何となく不安になるイネス。


「あの、どうしたんですか、こんなところで」

リーダーらしい1人の男性が話し掛けてくる。
年は20過ぎといったところで、いかにも人の良さそうな男性である。

(あの時会ったのもこんな人だったような気がする・・・気のせいかしら)

「さあ・・・どうしたのかしらね」

立ち上がりながら、イネスは曖昧に答える。
ランダムジャンプで来たとは、本来の時代でも言えない。

「はい?」

きょとんとする男性。

「それより、今がいつだか教えてくれない?」

「えっ?今日は2195年、4月4日ですけど・・・それがどうかしましたか?」

2195年4月・・・第一次火星会戦まで後半年といったところである。
やっぱり時間移動をしていたらしい。

(アキト君はどうしたのかしら・・・)

「あの?」

考え込んでいるイネスに、男性が戸惑ったように声をかけてくる。

「あなた達、ネルガルの人よね?」

「あ、はい。あなたもですよね、その白衣のロゴを見る限り・・・」

「ええ。だから・・・私を連れて行ってくれない?
あなた達のいる施設に」

「はぁ・・・。
ええと、あなたはどなたですか?」

そう問い掛けられて、一瞬思案する。
この世界の私はどうなっているのかしら、と。
場合によっては面倒な事になる。

「・・・あなた達、ネルガルのイネス・フレサンジュって知ってる?」

「はいもちろんです。
2ヶ月前の実験中の事故で行方不明、死亡説濃厚とされていますが・・・」

行方不明。
一応死んだとされているらしい。
このパターンは厄介な可能性があるが・・・多分大丈夫だろうという結論を出し、男性の言葉に答える。

「私がそのイネス・フレサンジュよ」

「あなたが!?」

ネルガルの名簿には写真が載っていないため、直接会っていない人は大抵イネスの顔を知らない。

「信用できないなら、施設まで行って遺伝子チェックでもすればいいじゃない?」

ここが同じ時間軸の過去ではなくてパラレルワールドである可能性もあるが、遺伝子まで違う筈は無いだろう。

「ええと・・・ちょっと、相談してもいいですか?」

「ええ、どうぞ」


男性は残りの人達と何やら相談している。
あっさりと連れて行ってはくれないらしい。
まぁそれも当たり前だが。


特にする事のなくなったイネスは、再びアキトはどうしたのか考え始める。
一緒に跳んだ事はまず間違いない。
しかし、同じジャンプフィールドに入っても同じ時間に跳ぶとは限らないという事が経験上分かっている。
例えば、ユートピアコロニーから跳んだ時のように。
とはいえ、意識的に完全なランダムジャンプをするのは殆ど不可能。
自分の意志でジャンプフィールドを発生させた以上、遺跡に情報は渡っている。
だとしたら、もし全く何もイメージしなかったとしても、無意識に考えた所へ跳ぶはず。
それにあの時のアキトなら、無意識にでも何かをイメージしていた可能性が高い。

では、何をイメージしていたか。
おそらくアキトは、イネス達・・・いや、ルリやユリカの前から消えようとしてランダムジャンプを行なった。
それなら、最も考えられるのは、彼女達の事を考えていたということだ。
それも恐らく、過去の、幸せだった頃の彼女達と自分を。
そう考えると、可能性があるのは3人で屋台を引いていた頃か、ナデシコAの時代。
アキトはあの直前にイネスやエリナに会っているし、ナデシコA時代を思い出していてもおかしくはない。
ユリカを助け出してきたばかりだから尚更だ。
イメージで確実に過去に飛べるかどうかはわからないが、アキトがこの時代に来ている可能性はある。

そこまで仮説を立てて、我ながら楽観的な考えだと自嘲的な笑みを浮かべる。
昔の自分だったらこんなに良い方に物事を考えなかっただろう。
見事にナデシコの雰囲気に染まったものだ。
しかしそれが今は救いにも思えた。


いろいろと考えているうちに、彼らの話し合いは終わったらしい。

先程の男性がまた近付いてくる。

「話はまとまったのかしら?」

「はい。とりあえず、あなたのおっしゃる通り、僕達の研究所に来ていただきます。
そこであなたの身元を確認して、話はそれから、という事で・・・」

どうやらイネスの言った事をそのまま承諾してくれたようだ。
予想以上にあっさり受け入れられた事に多少戸惑いを感じながらも、それを表には出さずに答える。

「わかったわ。行きましょう」



研究所に着くと、早速遺伝子チェックが行なわれた。

遺伝子の検索結果として、目の前のウィンドウに『イネス・フレサンジュ』と表示され、
その上に『Error』の文字が重なる。
『Error』と出るのは勿論、イネスが死んだ事になっているからだ。

「遺伝子データ、確認致しました」

そう言ったのは先程の男性。

「これで信じてもらえたのかしら?」

「そうですね・・・今のところ、これが一番確実な確認方法ですから」

これもそれほど確実とは言えないと思う。
しかし確かに、他に確実な方法が無いのも事実である。

「それで、どうするの?」

「どうする、と言いますと?」

聞き返してくる男性。
これでよく研究員が勤まるものね、と呆れるイネス。

「話は身元を確認してから、って言ったじゃない」

「ああ、そうでしたね。
ええと・・・所長は、あなたにここで働いて頂きたいそうなんですが」

「ここは、確かオリンポス研究所と同じ研究をしていたわよね?」

「はい。オリンポス研究所の下で、火星のオーバーテクノロジーの研究をしていました。
オリンポス研究所が事故を起こしましたから、今はここがメインで研究を続けています」

「・・・そう。
いいわ、少なくとも暫くは、ここで働きましょう」

初めからそのつもりだったし、他に行く当てもない。

「暫くは?」

「この先何が起こるかなんて誰にも分からない・・・そういう事よ」

「まぁ、そうですね・・・。
じゃあ、研究室にご案内しましょう」


どうやらイネスは前回通りにオリンポス研究所にいたらしい。
そこで事故が起きて、イネスは死んだ事になっている、というのが今の状況のようだ。
歴史が少し違っているのが気になる。
ここは同じ時間軸ではなく、パラレルワールドである可能性が高いだろう。

(でも事故ならともかく、故意にパラレルワールドに跳ぶような事は理論上不可能な筈なんだけど・・・)


「あ、そうだ」

前を行く男性が突然立ち止まる。

「何?」

「自己紹介、してませんでしたよね」

「ああ、そうね」

「僕はウラバ・コウジといいます。
ここの研究員です。
よろしくお願いします、フレサンジュ博士」

「イネスでいいわ。
よろしくね、ウラバ君」



仕事は明日からという事にして、その日イネスはこの世界の事を徹底的に調べた。

まず、この世界の自分の過去。
これは、知っていないとまずいだろう。

調べた結果、この世界でも履歴は全く同じ。
それが、2ヶ月前の事故で途切れた、というだけである。

(歴史が是正された、という事かしら・・・パラドックスを防ぐ為に)

それなら、アキトがこの世界に来ているとすれば、そっちも歴史に変化が起こっているはず。
そう考えてこの世界の歴史を調べると、3ヶ月前にも変化があった。
ユートピアコロニーで、再びクーデターが起こっている。
そして、その死者および行方不明者のリストの中に・・・・・・テンカワ・アキトの名前を見つけた。

判った事は2つ。

この世界の歴史は3ヶ月前のクーデターと、2ヶ月前の事故を除けば元の世界と細部まで同じ。
木連の方の歴史は、現時点では調べようが無い。
ただ、多少なりとも歴史に変化が出ている以上、この世界はパラレルワールドだと考えるべきだろう。

それから、歴史が同じ訳だから当然だが、イネス達に関わる人達の歴史も変わっていない。
ただし、ネルガル関係の人だけだが。
外部のデータベースまではイネスの力ではハッキングは出来ない。
歴史を調べるぶんには、ネルガルのデータベースで十分なのだが。

(とりあえず、当面は歴史に大きな変化は無いと思うけど・・・でも私は正史ではここに来ていない。
何か変化が起きても不思議じゃないわね)


一通り調べ終わり、これからどうするか、と思案を巡らす。

パラレルワールドの間を自由に行き来するのは不可能。
だとすれば、元の世界に帰るにしても偶然に頼るしかない。
帰れる可能性はかなり低いだろう。
ただ、イネスは別に向こうに未練があるわけでもなく、特別戻りたいという感情も持たなかった。
寧ろ、置いて行かれるよりもずっと良かっただろう。

とりあえず、アキトと連絡を取りたいと思うが、アキトが何処にいるかも分からない。

(ラピスでもいればね・・・)



その時、イネス個人当てに秘匿回線の通信が入る。
つい数時間前にここに着たばかりの自分にどうして個人当ての通信が入るのか疑問に思いながらも、
とりあえず回線を開く。


回線を開くと、不鮮明なウィンドウに5歳くらいのラピスの姿が映し出される。

「ラピス!?」

(ラピスも跳んでいたの?)

しかし歴史に変化は出ていない。
少し考えて、イネスは1つの結論に行き着く。

「イネス?」

ウィンドウの向こうのラピスが口を開く。

「ええ、そうよ、ラピス」

「アキトが、イネスが『あの』イネスか確かめてくれって言ってた」

やはりアキトもこの世界に来ている。
それも、同じ時代に。
その事実は不思議とイネスを安心させた。

「アキト君は、今何処にいるの?」

「ユートピアコロニー」

「そう・・・。ラピスは?」

「地球の研究所」

「アキト君から、何か伝言があるのかしら?」

「話をしたい。
ただし、ユートピアコロニーにある通信設備は使えない。
ジャンプフィールド発生装置に異常があるから、自由にジャンプも出来ない。
CCを手に入れられるなら、こっちに来て欲しい」

「それは無理ね。
手に入れられたとしても、この研究所内でジャンプすれば気付かれてしまうわ」

少し黙るラピス。
アキトと連絡を取っているのだろう。

「何とか出来るだろう、って」

その言葉を聞いてイネスは溜息をつく。
しかし、表情は優しかった。

「・・・まぁ良いでしょう。
何とかするわ。ジャンプ先は?」

「ユートピアコロニー、地下シェルター。
今はまだ、誰もいない」

「警備兵くらいいるでしょう?
・・・まぁ、アキト君の腕なら問題ない、か。
ところで、五感はどうしたの?」

「ジャンプして、気がついた時には治ってたって」

相変わらずの無表情で言うラピス。
でも、言い方には複雑な感情が読み取れた。

「わかったわ。
待ち合わせはいつ?」

「3日後」

「それはまた随分と無茶な注文ね・・・。
まあいいわ、じゃあ3日後に、とアキト君に伝えて」

「わかった」

そう言うとラピスは通信を切った。


イネスも、準備に取り掛かる為に席を立つ。



TO BE CONTINUED・・・




〜あとがき〜

――第2話です。
アキトの時間逆行と見せかけて、イネスさんです。

イネス「やっと本格的に私の出番になったわね」

――アキトも戻ってるんですけどね。
皆さんがアキト視点から始めるところを、イネスさんの視点から始めた、という事ですね。

イネス「執行部長を名乗るからにはそのくらい当然ね」

――もちろんですとも。
次回で早くもアキトが出て来ます。
・・・次回については、それしか決まっていないのですが。

イネス「・・・大丈夫なの?」

――・・・多分。
そうそう、ラピスの説明も省いてしまいましたが、次回入れる予定ですので。
ああそう言えば、今回出て来たオリキャラのウラバ・コウジ、
ペテン師さんのコマツ・コウジと名前かぶってますね・・・今気が付きました。

イネス「遅いわよ」

――でもこの名前一応由来があるので・・・かぶってますがお許し下さい。
それから、実際ネルガルの名簿に写真が載っていないかどうかは知りません。
載ってるんでしょうねぇ・・・きっと・・・。
でもストーリーの展開上載っていられるとちょっと困るので、そういう事にしておきました。

イネス「勝手に・・・」

――ちなみに、イネスさんが跳んだ日付。
どうして4月4日にしたか分かる方はいらっしゃるでしょうか?

イネス「何だかないがしろにされてるような気がするわね・・・」

――気のせいですよ。
それでは、次回またお会いしましょう。
お付き合いいただき有難うございました。
申し訳ありませんが、感想は掲示板にお願いします。

イネス「・・・ちょっといらっしゃい。
ちょうど新薬の実験台が足りなかったのよ」

――だ、だから、気のせいですって!

イネス「いいのよ、私の信条は『疑わしきは罰せよ』だから」

――そんな無茶苦茶なああぁぁぁ・・・(フェードアウト)

 

 

 

管理人の感想

 

 

涼水夢さんから投稿です!!

イネスさんだ〜

・・・しかし、最近出番が多いよな、イネスさん(苦笑)

やはり、某団体の運動が効いているからか?

ま、それはそれとして。

逆行モノのようですが、視点はイネスさんになりそうですね。

これから先のアキト達の活躍に期待しましょう!!

 

それでは、涼水夢さん投稿有難うございました!!

 

涼水夢さんには感想メールを出す事が出来ません。

ですから感想は、この掲示板に是非とも書き込んで下さいね!!