機動戦艦ナデシコ
あした
〜懐かしい未来〜
第4話 “Interference to History”
アキトは、ネルガル会長室にジャンプアウトした。
目の前には、些か驚いた表情を隠しきれずにデスクに座っているアカツキ・ナガレがいる。
今、この部屋にいるのはアキトとアカツキの2人だけだ。
エリナもたまたまいなかった。
アキトにとってはその方が都合良かったが。
勿論、ドアの向こうには護衛のネルガル・シークレットサービスが少なくとも5、6人はいるのだろう。
「久しぶりだな、アカツキ」
「僕の方では、君に会った覚えはないんだけどね?」
すぐに落ち着きを取り戻すアカツキ。
この辺りはさすがネルガル会長といったところだろう。
「ああ、そうだったな。
単刀直入に言う。
通信でも言ったが、取引がしたい」
「・・・いいだろう。
何が望みだい?」
おそらく逆らっても無駄だと悟ったのだろう。
先を促すアカツキ。
「まず1つ目は、俺をコック兼パイロットとしてナデシコに乗せること。
給料はいくらでも構わない」
「ほう。・・・君は、一体何者だ?
ナデシコの事を知っているとは・・・」
アカツキがアキトを興味と警戒の入り混じった目で見つめる。
「別にネルガルに危害を加えるつもりは無いから安心しろ」
「せめて名前ぐらい聞いておきたいね」
「テンカワ・アキトだ」
「テンカワ・・・そうか」
その名前に、何か思うところがあるらしい。
まあ、内容はアキトには大方予想できたが。
「2つ目の要求は、ラピス・ラズリの親権だ。
今のところ、親権だけでいい。
研究は続けてくれて構わない。
ただし、俺がいつでも彼女を連れ出せるようにしておく事と、
彼女に監視をつけたり非人道的な行為をしない事が条件だ。
それから3つ目は、イネス・フレサンジュを地球に連れてきて、ナデシコに乗せる事。
これは寧ろネルガルの為になる事だ。
基本的に彼女にはやりたいようにさせておけ。
ついでに、失いたくない人材は一緒に連れて来ておいた方がいいぞ」
「それはまた、どうして?」
「火星は危険だ」
アキトはそれだけ言うと、先を続ける。
「もう1つある。
CCをいくらか譲ってもらいたい」
「CCを?」
不思議そうな顔をするアカツキ。
その表情には少し驚きも見て取れる。
アカツキは、早くもアキトの謎の言動には慣れていたのだが、CCはネルガルのトップシークレットだ。
その事を知っているのも疑問だったし、何よりCCを持って行ってどうするのかという疑問が浮かぶ。
今のところCCに関しては独占して研究を行なっているネルガルでも、CCについては未だ不透明な点が多い。
たとえアキトがテンカワ博士の息子とはいえ、CCの利用法を知っているとはアカツキには思えなかった。
何しろそのテンカワ夫妻でさえ、CCの全貌は解明できなかったのだから。
・・・もっとも、あのまま研究を続ける事が出来れば解明できていたかもしれないが。
「要求は、それで全部だ。
後は、ネルガルの全力を持ってナデシコのバックアップをする事、だな」
「それで、こっちの利益はなんだい?」
CCの事はひとまず置いて、話を進めるアカツキ。
「見返りは、俺自身だ」
「と、いうと?」
「俺は、生体ボソンジャンプが出来る」
「!?」
今度は明らかに驚いた顔をするアカツキ。
アキトはいまひとつ気が付いていないが、この時代ではまだ生体ジャンプの可能性は本格的には考えられていない。
「ボソンジャンプの知識もある程度持っている」
イネスには負けるが。
ネルガルに、ボソンジャンプについてかなり詳しく知っている人物がいる事を知らずにいるのだな、と思うと
アキトは笑いがこみ上げてくる。
その嘲笑という種の笑いを顔に出す事は勿論しないが。
「それに、パイロットとしても標準以上の能力はある。
これでどうだ?」
「随分こちらに有利な取引じゃないか?」
「だろうな。
だが別に裏は無いぞ。
俺の目的には、ネルガルとの協力が不可欠なだけだ」
「その目的が何かは教えてくれないのかい?」
「さっきも言ったが、ネルガルに危害を加えるつもりは無い」
「知る必要は無い、という事か。
・・・いいだろう、取引成立だ」
「助かる」
「しかし、ナデシコの出航予定まで、あと1年以上あるが?」
「呼び戻す人は、今すぐ呼び戻した方がいいぞ。
俺は火星に用があるから、ネルガルに協力するのは戻ってきてからになる。
地球に戻り次第連絡はする」
「いつ戻って来るんだ?」
「大体半年後かな。
多少遅くなるかもしれないが・・・約束は守る」
「分かった、君を信じよう。
必ず約束は守ってくれよ?」
「ああ、勿論だ」
「じゃあ、CCを渡す。
今手元にこれだけあるけど・・・いいかな?」
そう言って、アタッシュケースを取り出す。
2週間前の月に跳んだ時、アキトがもらったのと同じ物だ。
「十分だが・・・いいのか?
勝手に渡して」
「平気平気。
CCは今のところ随分あるし・・・会長は僕なんだからね。
ただし、一度ジャンプのデータを取らせる事が条件だ」
(ちっ・・・ちゃっかりしてるな)
当然である。
ネルガルのトップシークレットであるCCを渡すのだ、そのくらいの見返りはないと公平ではない。
ついでに言えば、アカツキはネルガルシークレットサービスに命じてアキトの行動を監視させるつもりだった。
勿論、アキトもそのぐらいは予想している。
「・・・いいだろう。
ただ、生体ボソンジャンプの人体実験はするな。
それを承諾するなら、協力する」
「やれやれ、条件が増えたね」
苦笑いするアカツキ。
「生体ボソンジャンプ実験は無駄だ」
「・・・どういう事だ?」
「今はそれ以上は言えない。
知りたければ自分で調べるんだな」
「・・・まぁいいだろう」
そして、結局ネルガルの実験ドームで実験をする事になった。
ある程度は予想の範囲内とはいえ、正直面倒な事になったと思うアキト。
ジャンプフィールド発生装置が使えない以上CCは必要だから、仕方ないのだが・・・。
これで妙な事にならないといいが、と不安を抱く。
ボソンジャンプは、歴史の上で大きな意味を持つものだ。
場合によっては歴史が大きく変わってしまう。
一瞬このままボソンジャンプで逃げようかと思ったが、それでは後々面倒な事になるだろう。
実験に協力するのもそれはそれで面倒なのだが。
そんな事を考えているうちに、実験ドームに到着する。
アキトの事を紹介する為に、アカツキも一緒に来ている。
ドームに着いたアキト達を出迎えたのはエリナ・キンジョウ・ウォンだった。
なるほど、ここに来ていたから会長室にいなかったのか、と納得するアキト。
エリナは特別ボソンジャンプに興味を持っていたから、無理もない。
・・・しかし、普通秘書はそういう事に関わらないだろう。
関わらせているアカツキもアカツキである。
「あら、会長自ら、どうされたんです?・・・その方は?」
「やあ、ご苦労だね、エリナ君。
彼は、先程ネルガルに協力すると申し出てくれたテンカワ・アキト君だ。
生体ボソンジャンプが出来るそうだよ」
ものすごく直接的な紹介である。
それにアカツキ、この体だと俺は一応お前より年上なんだが?と心の中で突っ込みを入れるアキト。
しかし、よく童顔だと言われた事を思い出し、自分で納得してしまう。
その後何となく悲しくなるアキトだった。
やはり性格が戻っている気がする。
「生体ボソンジャンプ!?」
アカツキの言葉を聞いて、アカツキ以上に驚いた顔をするエリナ。
無理もない。
「それは本当なの!?」
「ああ、本当だ」
あっさりと答える。
「実験に協力してくれるそうだよ。
他にもいろいろあるけど・・・それは後でもいいだろう」
賢明な選択だ。
この時代のエリナは固いから、交渉に関わると話がややこしくなる。
向こうの世界では随分性格も丸くなっていたが。
つくづく、ナデシコというのは凄い所である。
「ええ!!じゃあ、すぐに実験を始めましょう!!」
心底嬉しそうなエリナ。
近くにいたスタッフと何やら話している。
・・・と思ったら、あっという間にアキトは常識外れな数のコードが繋げられたジャンプスーツを着せられていた。
・・・・・・仕事が早い。
「で、何処に跳べばいいんだ?」
「何処に?」
意味がわからないという顔をするエリナ。
まだナデシコ出航の1年半も前なのだから、ボソンジャンプの原理はほとんど解明されていない。
しつこいようだが、アキトはまだその辺りの事に順応しきれていない。
イネスと違ってこの時代の研究成果など知らないのだから無理もないのだが。
そこで、この時代でわかっている事って何なんだ?と考えるアキト。
(とりあえず、CCはとっくに発見されていた筈だが・・・。
木連はもう小惑星帯付近を侵犯しているよな。
わかっているのは、ボソンジャンプと呼ばれる瞬間移動のような現象がある事と、
それに火星の遺跡やCCが関係しているらしい、という事だけか?
じゃあ、何の根拠も無しに生体ジャンプ実験やってるのか?・・・まさかな)
当たり前だが、ネルガルにとって生体ジャンプ実験はこれが初めてである。
「ジャンプするにはイメージ先が必要なんだ。
何処にジャンプアウトすればいい?」
「あなた、どうしてそんなにボソンジャンプに詳しいの?
今のところボソンジャンプの情報はネルガルが独占しているはずなのに。
ネルガルの研究者もまだ詳しい事は解明していないのよ?」
「いや、知っている人もいるぞ」
でも、言わない方がいいかな、と悪戯心を出すアキト。
性格が戻ったと言うか、寧ろ変わっている。
「どういう事!?」
「それより、何処に跳べばいいんだ、と聞いているんだ。
このままでは実験が出来ないぞ?」
実験が出来ない、という言葉は効いたらしい。
それ以上の追求を止めるエリナ。
「じゃあ、この施設の中にもう1つドームがあるから、そこに・・・」
「資料を見せてくれるか?」
行ったことの無い所なので情報が必要である。
「いいわ。データを送るわね」
アキトの目の前にウィンドウが開く。
「わかった。ジャンプするぞ」
「いいわよ」
――ジャンプ先イメージ、固定・・・
「ジャンプ」
アキトは正確に、もう1つのドームにジャンプアウトした。
アカツキから通信が送られてくる。
後ろでは、研究者たちが大騒ぎしている。
(そうか、よく考えたら、これって人類最初のボソンジャンプって事になるんだよな)
無責任な事を考えるアキト。
もっと早く気付いてもらいたいものである。
本当は、ユートピアコロニーからのボソンジャンプが人類最初になるはずだったのだ。
・・・これで、歴史はどう変わるのか・・・。
アキトは、まぁA級ジャンパーの条件さえわからなければ、大した変化は無いだろう、などと
ますます無責任な結論に達する。
「お見事だ、テンカワ君」
だから、俺のほうが年上だってば、としつこく心の中で突っ込むアキト。
童顔に見られるのはよほど悲しいらしい。
「これで、俺は一旦解放されるのか?」
「解放、とはひどいね。
まるで僕達が君を拘束してたみたいじゃないか」
してただろうが、とさらに突っ込むアキト。
しかし口にも顔にも出さないので見た目はクールなままである。
「まぁ、とりあえず1つ目の約束は果たして貰ったからね。
解放するよ。
条件はちゃんと果たしておくから心配しなくていい。
半年後にまた会おう。いいね?」
「ああ。必ず戻ってくる」
そうして、クールに返事を返してアキトは施設を後にした。
TO BE CONTINUED・・・
〜あとがき〜
イネス「お約束のアカツキ君との交渉だけど・・・今回は随分ギャグに走ったわね」
――いや、このシリーズは基本的にギャグ方向なんですよ。さすがに「ギャグでガッと切り返されてパッと終わり」なんて事はないですけど。
イネス「・・・まぁ、某ドラまた女のセリフは置いといて」
――・・・殺されますよ、イネスさん。
イネス「関係ないわ。
でもギャグ方向と言うにはギャグが足りないんじゃないの?」
――まぁ、ギャグと言っても、押さえ程度ですから・・・。
今までに色々試したのですが、シリアスをやろうとするとバッドエンドに走るので。
それを防ぐ程度にギャグを、といった感じですね。
イネス「それで中途半端な物になるわけね。
まぁ、それは作者の努力次第として・・・。
今回私を出さなかったわね」
――これは私にとっても致命的だったのですよ・・・。
イネス「執行部長の肩書きを返上させましょうか?」
――でも、次回はイネスさん視点ですから!!
・・・何だかんだ言って、毎回次回の始まりは決めてるよな、自分・・・。
イネス「じゃあ、次回に期待する事にするけど・・・期待外れだったらもう一度実験台になってもらうわよ」
――うっ、やっと復活したのに・・・。
そうそうちなみに、この作品ではアキトは結構アホです。
イネス「アホって・・・」
――まぁ、ちょっと思慮が足りないというか、知識が足りないというか。
イネス「『思慮が足りない』と『知識が足りない』じゃ随分違うわよ」
――要するに両方ですね。まぁ、イネスさんがいますから。
しかし、今回の展開って結構やばいよな・・・やはり後に影響を出さないといけないのでしょうか・・・。
イネス「思慮と知識が足りないのはあなたの方じゃないの?」
――うう、反論できない・・・。
では、また次回にてお会いしましょう。
誠に勝手ながら、感想は掲示板にお願いします。
管理人の感想
涼水夢さんから投稿です!!
あ〜あ、イネスさんの出番は無しですか(苦笑)
こりゃあ、ファンクラブの会員の名が泣きますね(笑)
しかし、アカツキとの交渉は外せないイベントなんですよね。
この場面だけを見てると、アカツキの権力ってそこそこあるように見えるけど。
・・・やっぱり、エリナには勝てんのか?(苦笑)
それでは、涼水夢さん投稿有難うございました!!
涼水夢さんには感想メールを出す事が出来ません。
ですから感想は、この掲示板に是非とも書き込んで下さいね!!