い〜のい〜の! あいつと別れられるんなら地獄でもいい・・・

                            --TV版第1話より


Primula





ある晴れた、冬の日の朝。

「ねえあんた、今日が何の日だか覚えてる?」

修理を頼まれたテレビをいじっていたセイヤに、家の方から妻のオリエが声をかけた。
セイヤはと言えば、今まさにこだわりの隠し機能を取り付けようと言うところ、
真面目に聞いている場合ではない。
そういうわけで、テレビをいじる手を止めないまま、適当に返事を返す。

「あ〜? 海の日かなんかか?」

「・・・まじめに言ってんの? それに今、冬なんだけど」

まるで話を聞く気のないセイヤに、オリエは多少怒りを伴った、呆れた表情で答える。

「うるせ〜な、今大事なとこなんだから、邪魔すんなよ」

未だにオリエの方を見ようともしないセイヤ。
その様子に、オリエの怒りと呆れの割合が逆転した。

「あんたにちょっとでも期待したあたしがバカだったよ。
 言っとくけど、修理を頼まれたものにまた変なもの付けたりしないでよ?
 さっきも2丁目のタナカさんから、ストーブからドリルが出てきたって苦情の電話が来たんだから」

オリエがそう言うと、ようやくセイヤがオリエの方を向く。
と言っても、それはオリエに注意を向けてくれたとは言い難い理由からなので、
オリエとしても何も嬉しくはない。

「なにぃ!? 全く、男のロマンのわからんやつだな。
 変形機構が付いてないって怒るんならわかるけどよ」

・・・いや、むしろその方がわからん。
と律儀に突っ込む気も無く、オリエは最後に一言言い捨ててその場を去った。

「とにかく、とっととタナカさんの家まで行って直してきてよ!
 すぐ行くって言ってあるんだからね」

残されたセイヤは、オリエの剣幕に一瞬引いて、工具を持ったまま暫しオリエの去った方を見つめていた。



とりあえずテレビの改造・・・もとい修理を中断して、愛用の自転車で青空の下を走るセイヤ。
薄暗い作業場にいたせいもあり、明るい空が目に染みる。

「全くオリエのやつ、なんか今日はいつにも増してカリカリしてやがんな」

1人自転車を漕ぎながら、そうぼやく。
俺が何かやったか?と、鈍感な男のお約束のように頭の中で考えてみる。
最近やったことと言えば、発明品を家の中で暴走させたとか、
頼まれた修理品に端から変形機構をつけてるとか、
後はオリエと一緒に出かけた店のねーちゃんに声を掛けたとか、
依頼に来たねーちゃんをナンパしたとか・・・
・・・結構色々やったか、という自覚に達する辺り、どこぞの稀代の女たらしとは違うのだが。

しかしそんなのはいつもの事だ、それで今日特別機嫌が悪いってことはないよな、
と思い当たったところで、ちょうどタナカの家に到着したため、その思考を一旦打ち切る。

「お〜い、ウリバタケだけど〜」

家の前で自転車を降り、軽い調子で家の中に向かって声を掛ける。
こんな軽い調子で訪ねられるのは、セイヤの住むこの町が現代には珍しく、
下町の情緒を残す穏やかな場所だからだ。
近所の関わりが深く、セイヤとタナカ氏も親しく付き合っている。
暫く待つと、玄関の扉が開いてタナカが姿を現した。

「ああ、悪いね、女房がキレちゃってさ。タロウは大喜びなんだけど」

そう言ってすまなそうに笑うタナカ。タロウと言うのは彼の息子の名で、セイヤの息子とも仲が良い。
・・・将来コンプレックスをもちそうな名前ではある。

「お互い女房には苦労するよな」

工具一式を持ってタナカと共に家の中に入りながら、セイヤはうんうん、と頷く。

「何、奥さんと喧嘩でもしたのか?」

セイヤがストーブをいじるのを見ながら、タナカが問い掛ける。

「いや、喧嘩したってわけじゃないんだけどさぁ。なんか、やけにピリピリしてやがんだよな〜」

「ああ、わかるわかる。困るよな、そういうの」

「何を怒ってんだかわかんねぇから、手に負えん」

「全く、何で女ってのはああやってすぐ不機嫌になるんだろうな」

お互い顔を見合わせずに、2人でストーブの内部を見ながら話す。
セイヤに言わせれば、機械いじりは男の永遠のロマンだ、と言うところだろう。
どうでもいいが、セイヤにとっての「男の永遠のロマン」は一体幾つあるのだろうか。


「よし、これでいいぞ」

ストーブの中からドリル絡みの機構を全て取り出して、立ち上がるセイヤ。

「悪かったな、わざわざ来て貰って」

「いやいや、勝手に趣味に走ったのはこっちだからな」

タナカの礼に、セイヤはどこか恥ずかしそうに答えた。
そこへタナカの息子、タロウがやって来る。

「あれ〜っ、ドリルとっちゃったの〜?」

「おう、悪いな。そういうのが見たけりゃ、うちに来ればいくらでも見せてやるからよ」

取り外したドリルを持って、タロウに笑いかけるセイヤ。
その言葉に、タロウは誰の目にも明らかなほど顔を輝かせる。

「うん、約束だよ、おじちゃん!」

こんな小さい子供にも男のロマンがわかるか、と喜んだセイヤだったが、
おじちゃん、という言葉にずっこける。

「いいか、タロウ。おじちゃんじゃなくてお兄ちゃんだ」

セイヤはタロウの身長に合わせて屈み、引き攣った笑みを浮かべながらそう言い聞かす。
その横から、タナカが笑って言った。

「それは無理があるんじゃないのか〜?」

「なにをっ!? 俺はまだ28だぞ! 十分若いじゃねぇか!」

立ち上がって、タナカの言葉に異議を申し立てるセイヤ。
タナカは、からかうように続ける。

「でも老け顔だもんな〜」

「そこまで言うかっ! お前だって似たよ〜なもんじゃねーか」

「俺はまだ若いよなぁ、タロウ」

突然話を振られて、タロウはきょとんとする。
そんな微笑ましいやり取りをしばらく楽しんだ後で、セイヤはタナカ家を後にした。



愛用の自転車にドリルを積んで帰る・・・端から見たらかなり怪しい・・・セイヤ。
その途中で、通りに何人かの主婦がたむろしているのを見かけた。
いわゆる井戸端会議というやつである。
最近では滅多に見かけないその光景もここでは割と頻繁にあることで、セイヤも特に気にしなかった。
しかし次の瞬間、その主婦達の中にオリエの姿を見つけ、慌てて近くの曲がり角に隠れる。

耳を澄ませると、何とか会話の内容が聞こえてきた。
どうも、夫に対する不満をぶちまけているようだ。それを知って、セイヤは思わず苦笑いをした。
何せ、自分もついさっきまでタナカと2人で妻の事を愚痴っていたのだから。

(あ、そう言えばオリエのやつ、今日が何の日か、とか言ってたな。もしかしてそのことで怒ってんのか?)

セイヤがそんなことを考えたちょうどその時、オリエが他の主婦達に向かって何か言い出した。

「うちの人なんて、結婚記念日も忘れて機械いじってるんだから・・・」

相手の主婦達が、何処もそんなものよ、とか言う声はもう耳に入ってこなかった。
そう、それだ。今日は結婚記念日。
それを忘れていたから、あいつは機嫌が悪かったんだ。

そう思い至るや、セイヤはすぐにその場を去った。


別の道を通って家に飛んで帰り、ドリルだの工具類だのを置くと、再び自転車に飛び乗る。

(しかし結婚記念日ったってなぁ・・・なんかやるにしても・・・何がいいんだ?)

困ったように片手で頭を掻きながら、セイヤはとりあえず自転車で街を走る。
しかしそれほど大きな街でもなく、小さめの商店街があるくらいで、
プレゼントになりそうなものなどなかなかない。

(まぁ結局は何でもいいんだよな、気持ちの問題だよな)

とりあえずそう結論付けたセイヤは、
一番無難なものとして花屋で小さめの鉢植えの花を買うと、家に戻った。



「あんた、どこ行ってたの? このテレビだって急ぎでって言われたんでしょ」

作業場に入るや、オリエの不機嫌な声が飛んでくる。
その声を受け止めた上で、セイヤは口を開いた。

「ああわかってるよ、それよりさ・・・」

何となく決まりが悪いような気がして、少し躊躇うセイヤ。
しかし躊躇っていても仕方ないので、その先の言葉を続ける。

「今日は、俺達の結婚記念日だろ」

そう言うと、セイヤは意を決して、手に持った花をオリエに渡した。
受け取ったオリエは少し驚いた顔で、手の中のものとセイヤを見比べている。
その場に漂う沈黙に、何か言わないといけないという気分に陥ったのか、言葉を選びながら話すセイヤ。

「その〜、なんだ、今朝は悪かったよ。
 正直言って今日が結婚記念日だってこと、すっかり忘れてたもんだから・・・
 さっき思い出して、慌ててそんなもん買って来てみたんだが」

セイヤは、照れ臭そうに少し俯いて、頭に手をやりながら続ける。

「俺はいっつもメカにかまけっきりだからよ、悪いとも、思うんだが・・・」

「ほんと、あたしはいっつも機械に嫉妬してるよ」

オリエのその言葉には微かに皮肉や不満が含まれてもいたが、顔は笑っていた。
そして、今朝の不機嫌さは何処へやら、といった感じの表情を浮かべ、それじゃあ、と言葉を切り出す。

「お昼は蕎麦にでもしようか」

「おう、つゆは」

「濃口でしょ」

セイヤの言葉を先取りしたオリエのセリフに、にやっと笑うセイヤ。

「わかってるじゃね〜か」

「まぁね」

オリエも冗談混じりに、得意そうに笑う。
そんな言葉を交わしながら、セイヤは思った。

・・・何だかんだ言っても、俺はやっぱりコイツが好きなんだよな、と。



Fin.




〜あとがき〜

――ナデシコに乗り込む前のナデシコクルーを描く「懐かしい過去(きのう)」シリーズ、
  第2弾であります。

イネス「・・・いつからシリーズになったの?」

――いや、初めからそのつもりだったのですが。

イネス「万が一単発になってもいいように、第1弾では言うのを控えた、と?」

――・・・仰る通りで。

イネス「連載の投稿が遅れることへの謝罪用SSになっている気もするけど」

――うっ。い、いや、大丈夫ですよ、書いてますよ? でもやはり後半はしっかり煮詰めて構成して・・・。

イネス「その作業が遅いのよね、あなたは」

――あううっ・・・そ、それでですね、ウリバタケが何の花を贈ったかですが。

イネス「逃げたわね・・・」

――その答えはタイトルにあります。まぁ、花言葉まで考えて買ったりはしなかったでしょうが。

イネス「でも本当は結婚記念日って、1年ごとに名称とどういうものを贈るかと、決まっているのよね」

――そうなんですけどね。忘れていたし、焦っていたしで、ああいう事になったと言うことで。

イネス「それでは、お付き合い有難うございました」

――掲示板に感想を頂けると非常に嬉しいです。それでは〜。

 

 

 

代理人の感想

こう言う話、身につまされる方もいらっしゃるんでしょうか(笑)。

・・・・まぁActionの場合、大部分は彼女もいないような人たちっぽいですが(爆)。

 

>タナカ・タロウくん

将来魂の名前とか名乗ったりして(核爆)。

 

>どういうものを贈るか決まっている

・・・・・知らなかった。