《前編》
草壁春樹率いる火星の後継者の乱から一ヶ月。
今日も今日とてユーチャリスとナデシコCは火星の後継者の残党狩りをしている――
わけでもなく、二隻の戦艦による熾烈なカーチェイスを繰り広げていた。
途中出くわした火星の後継者残党の一部隊は
「邪魔だ、どけ」
「障害物は排除します」
の言葉の元、呆気なく殲滅させられたというのは些細な事である。
「ラピス、振り切れそうか?」
「分かんなイ。ルリたち、結構やル」
「くっ、ここで捕まってしまったら、俺たちの計画が台無しだ」
「大丈夫、任せテ。ワタシには知覚の限界を超えたゼロの領域があるモン」
「・・・・・・何か知らんが、頼むぞ」
だが、ラピスのの奮闘虚しく、一時間後にはユーチャリスはナデシコに追いつかれてしまっていた。
『アキトさん、もう逃げられませんよ』
ウィンドウに映し出されたナデシコのブリッジで、
水色の髪をツインテールにした少女がそうユーチャリスに告げる。
「ルリちゃん・・・・・・」
十七歳で少佐まで登りつめ、最年少の艦長となった少女。
電子の妖精とあだ名されるホシノ・ルリである。
彼女の明晰さと美少女と言ってなんら差し支えない容姿があいまって、
民間、軍を問わず熱狂的な信望者が多数いる。連合軍のアララギ大佐などはその筆頭である。
『やっほーアキト』
新しいウィンドウが開き、スタイルの良い髪の長い女性が映し出される。
アキトのかつての妻、ミスマル・ユリカである。
『アキトったら中々帰って来ないから、迎えに来ちゃった♪』
そう言って満面の笑みを浮かべるユリカ。その姿はとても魅力的である。
「何故ユリカがそこにいる?」
『ユリカはナデシコCの提督さんなんだぞ〜。えっへん♪』
「提督?」
『そうだよ。お父様に頼んで乗せてもらったの』
つまりは親の七光りである。
確かに彼女は優秀である。だが、そんなことでいいのか連合軍よ!?
『アキトさん、私達の元に帰ってきてください』
『そうだよアキト。私達家族なんだからね。一緒に暮らそうよ。
それに夫婦の営みもしなくっちゃ(ポッ)』
ユリカが両手で真っ赤にした顔を押さえる。
頬を引きつらせたルリが睨んでいたが、トリップしているユリカは気づいていないようだ。
『と、とにかく、私達は家族なんですから、いい加減帰ってきてください』
「家族、か・・・・・・。俺はもう死んだ人間だ。戸籍もないんだ、君らとは家族でもなんでもない。
君らの知っているテンカワ・アキトは死んだ。もう忘れるんだ」
『どうしてそんなことを言うんですか!?」
『アキト、もう私のことは愛してないの!?」
・・・・・・・・・・・・。
しばらくの沈黙の後、アキトが口を開く。
「そうだ」
『『!!』』
その言葉に愕然とする彼女ら。
『な、なんで?どうしてなのアキト?』
動揺しながらもユリカが問い掛ける。
「俺は・・・・・・」
固唾を飲んで次の言葉を待つユリカとルリ。
ナデシコのクルー達も聞き耳を立てている。
そして――
「俺はラピスを愛しているからだ!」
そしてナデシコクルー達は凍りついた。
「ア、アキトさん、悪質な冗談は止めてください」
いち早く回復したルリが引きつりながら言う。
『冗談なんかじゃないヨ!』
それまでウィンドウにも出ず沈黙を守っていたラピスが会話に加わる。
『アキトはワタシを愛していル。ワタシもアキトを愛してル。
だから約束したノ。二人で幸せな家庭を築こうッテ。もちろん将来的には子どももネ』
ラピスの頬が紅く染まる。地肌が白いため、紅潮した頬が際立っている。
「ア、アキト嘘だよね?・・・・・・そう、嘘。うんうん、嘘なんだ・・・・・・よね?」
『本当だ』
きっぱりと告げるアキト。その顔はやけに清々しく見える。まるで何かから開放されたかのような感じだ。
そしてアキトは軽快な口調で続ける。
『俺達は随分前からある計画を立てていた。その名も《アキトとラピスの幸せ家族計画》だ!
知り合いが誰もいない辺境で小さな食堂を開く。
俺は若いけど腕の良い主人。ラピスは近所に評判の看板娘。いつも笑顔が絶えない店。
そして店が安定したら子づくりをする。子どもは一姫二太郎が理想だ。
四人家族、勿論もっと大家族でも構わないが、
子どもの世話をしながら静かに暮す。それが俺達の計画だ』
あまりの内容にユリカから血の気が抜け顔が真っ青になる。
そしてどこかへと飛んで行くユリカの意識。
「なぜ、なぜラピスなんですか!?犯罪ですよ!」
沈黙したユリカをよそにルリが大声をあげる。
『大丈夫。ラピスはこう見えても十五歳だ。火星の法律じゃ問題ない年齢だ。
何より俺達は戸籍も何もないんだ。もとより憲法も法律も関係ないさ』
「では・・・・・・私でも良いということですよね?アキトさんが少女愛好家なのは分かりました。
それなら私も守備範囲ですよね?私を連れて行ってください」
「か、艦長何を言うんで――」
ハーリーの言葉は飛んできたマグカップによって遮断された。
見事にハーリーの脳天に直撃して割れるカップ。投げつけたのはルリだった。
頭から血を流しながらハーリーが倒れ込む。
「一言も喋らないように命令したはずですよ?お気に入りのカップが割れちゃったじゃありませんか」
そんな命令をしていたとは・・・・・・。
だからルリとユリカ以外のブリッジクルーは一言も発しなかったのか。
サブロウタが首を振って溜息を付く。そして誰にも聞こえない程の小さい声で呟く。
「ハーリー・・・・・・愚かだな」
今だ血を流し続けるハーリーを無視してアキトに向き直るルリ。
「一瞬余計な邪魔が入りましたが片づけましたので」
『ル、ルリちゃん、結構過激だね』
「そうですか?そんなことよりアキトさん、私もまだ十七歳です
あなたの側にいるのは私でも良いはずですよね?
私と幸せな家庭を築きましょう」
『良くなイ。ダメだヨ』
「なんですか。あなたには聞いていません。黙っていてください」
ルリが冷ややかな目で睨みつけるが、ラピスは凛とした顔で話す。
『ワタシとアキトはもう婚約済みだんモン』
「「なっ!!」」
何意識の戻った――といゆより、その言葉で戻らされたユリカとルリの驚愕の声が重なる。
「ア、ア、アキト!どういうことなの!?アキトの妻は私なんだよ!不倫なんて駄目だよ!」
パニック状態のユリカが叫ぶ。
それとは対照的に冷静そうなルリ。あくまで[そう]だが。
「アキトさん、それは本当ですか?」
『ああ』
簡潔な言葉。席を立ち、ラピスに近づくアキト。そして
『ラピス』
『ン・・・・・・』
ウィンドウに映し出されているのはアキトとラピスが口づけをしている姿だった。
頬を染めるラピスがとても淫靡に映る。
『俺達は幸せになる。どうか祝福してくれ』
長い口づけの後、照れながらアキトが言う。ラピスはポーっとしたままだ。
「ルリちゃん、グラビティブラスト発射」
「はい、グラビティブラスト発射します」
「「「「「え!?」」」」」
ブリッジクルーが驚きの声を上げたと同時に
ナデシコCから流れ出た黒い濁流がユーチャリスを飲み込んでゆき、小さな光があがった。
後には漆黒の宇宙が広がっているのみである。
「フフッ、最大出力で収束率を高めたグラビティブラスト。
いくらユーチャリスでも耐えられないでしょう」
既にルリもいっちゃっていたようだ・・・・・・。
「ルリちゃん、アキトは火星の後継者残党との戦闘中に戦死したわ」
しばらくの静寂の後、ブリッジクルーが呆然自失して立ち尽くす中でユリカは平然として言う。
「はい、ユリカさん。アキトさんは私達を守るために死んでしまいました」
「これからは二人で強く生きていこうねルリちゃん」
「はい。アキトさんも草葉の陰から私達を見守ってくれるはずです」
「ルリちゃん」
「ユリカさん」
はしっと抱き付く二人。ブリッジクルーは、ただただ、それを見守るしかなかった。
その後、ユリカとルリはそれぞれの人生を逞しく生きたそうな。
=完=
「完、じゃナイ!」
「どうしたんだ?急に大声をだして?」
「ううン、なんでもナイ」
ラピスの言ったことの意味は分からなかったが、アキトはとりあえずそれは置いておくことにした。
「・・・・・・まあいい。それより怪我とかはないか?」
「うん、大丈夫だヨ」
「そうか、よかった」
アキトが安堵の溜息を漏らす。
「まったく、ユリカとルリちゃんも無茶をする。
とっさにジャンプしていなければどうなっていたことか」
実際かなり際どいタイミングだった。
ユーチャリスがグラビティブラストに飲み込まれるのとほぼ同時ぐらいでジャンプしたのだ。
その為か、ジャンプする瞬間ユーチャリスは凄まじい揺れに包まれた。
「艦の状況を教えてくれないか?」
「うん。えーとネ、外壁に多数の損傷があるみタイ。レーダーの一部も故障してル。
でも、内部機関とかは無事だから艦の運航には問題ないヨ」
「分かった。あと、現在位置を特定できるか?」
何しろとっさのことだったのだ。明確にどこかをイメージすることなどできずにジャンプしたのだ。
「んーと・・・・・・アレ・・・・・・?」
「どうした?」
「今いる場所、地球だと思うノ。どこかの密林地帯みたいだかラ」
ラピスがそう言うと、ブリッジモニターにユーチャリス周辺の様子が映し出された。
モニター一面に広がる密林。ユーチャリスは地上に着地していた。
「場所を特定しようと思って衛星とかのシステムにアクセスしようとしたんだケド、
アクセスできないノ、ううん、衛星だけじゃナイ。アクセスすべきモノ自体が一つもないノ」
「どういうことだ?」
「分からなイ。ごめんネ」
「いや、いいんだ。気にするな。とりあえず偵察機をだして周囲の状況を確かめてくれ」
「うん、分かっタ」
ユーチャリスから二機の無人偵察機が射出される。楕円形の形をした全長五十センチ程の白い小型機である。
上空に上がった偵察機から周囲の様子がモニターに送られる。
モニターに映し出されているのは半円形の島。両側が十キロ程の長さに延びている。
山や小川もあるが、島の大部分は密林に覆われている。
「アキト、ユーチャリスのデータと照合できたヨ。
ここは地球の西太平洋に浮かぶ多数の島の一つ。
でも、おかしいの。照合できたのは百年前の地図。この島は百年前に地殻変動で沈んだはずなノ」
「つまり、ないはずの島ということか?」
「うん」
アキトが眉をひそめながら思案する。
(ないはずの島か。どういうことだ。見たところ無人島のようではあるが・・・・・・。
ラピスが外界にアクセスできないのも気になる。モノ自体がないとはどういうことだ?)
何も分からない手詰まりの状態である。
何時までもここにいるわけにもいかない。
しかしアカツキ達と連絡が取れないようであれば行くあてがない。
「まいったな・・・・・・」
アキトが途方に暮れそうになったとき、ラピスの声がそれをさえぎった。
「アキト、どのデータとも一致しない人型兵器を多数確認!」
「なに!」
モニターにいくつもの人型兵器がアップで映し出されていく。
その人型兵器は二種類に別けられた。一つは黒を基調としたややずんぐりとした機体。
もう一つは灰色に統一したすらりとした敏捷そうな機体。エステバリスに似ていなくもない。
そしてどの機体も武装していた。
「全部で十五機か。見たことのない機体だが、どこのものだか」
「アキト、どうするノ?無人機を出ス?」
「いや、武装はしているが攻撃を仕掛けてきているわけでもないんだ。
敵かどうかも分からんからな。ユーチャリスは俺が指示を出すまで待機。
とは言っても、いつ戦闘になるか分からん。俺がブラックサレナで出ておく」
「うん、分かっタ。気をつけてネ、アキト」
「ああ」
ラピスに微笑を向けた後、アキトは格納庫へ向かって走り出した。
【続く・・・・・・のか?】
=なかがき(もしかしたら後書き)=
・・・・・・なんなんでしょうね、これ。
最初は Another NADESICO の一話を書いてる途中で、
シリアスに反発するかのように、イイ感じで壊れたアキトとラピスを書きたくなったんですよね。
釣り合いを取るためというかなんというか。合間にちょこちょこっとね。
でも、あんまりコメディになってない。というか、シリアス方向でしょうか?
最初あまりにも真面目な話になり過ぎてたので、これでもかなりシリアス部分をなくしたんですが(汗)
あれでしょうか、所詮自分にコメディ系は無理と。そう言うことでしょうかね・・・・・・。
これ、《前編》などと銘打ってありますが続くかどうか分かりません。書きたかったことは書きましたし。
アキトとラピスののろけと、ユリカとルリの壊れた行動、それらですね。
一応続きの話は大体頭の中で出来上がっているんですけどね。
ちなみに、後半を見れば分かる人もいると思うのですが、富士見系某作品の世界です。
Another NADESICO に関する感想等のメールを送ってくださった皆様、
頂いたメールはしっかりと読ませていただいています。
作品を書くうえで大変参考になります。本当にありがとうございます。
今回はA・Nの続きではありませんでしたが、近く、第一話を投稿できると思いますので、
今しばらくお待ちください。
前回、代理人様こと鋼の城様から御指導いただいた点、
行間に関してですが、自分なりに改善してみました。少しは読みやすくなっているとよいのですが。
代理人様のお言葉、大変為に成りますのでこれからも御指導お願いします。
代理人の感想
ん〜、あそこで終わってても面白かったかも(核爆)。
でも、書きたい事を書いたからといって中途半端に終わらせるのはよく無いでしょう。