ズドドドォォン!!
屋敷全体を破滅的な轟音と共に激しい振動が襲った。
その激しさに床に倒れ込こんだ者の数は10を超えたほどである。
屋敷の持ち主の孫娘である来栖川綾香もその一人であった。
容姿端麗とは彼女のことをいうのであろう。
目鼻はすっと流れ、眉は整い、形の良い唇は紅く色付き、
艶やかな黒髪は腰まで届きその髪は清流のごとく光を反している。細かく張りのある肌は玉のよう。
女性の魅力を引き出すかのように程よく膨らんだ胸とくびれた腰は、
そのスタイルの良さを象徴しているかのようだ。
もし薄化粧を施し着飾っていれば、彼女が高校生などとは誰も思うまい。
しかし、そんな外見とはうらはらに彼女はエクストリームと呼ばれる総合格闘技のチャンピオンであり、
女王と呼ばれるまでの存在である。特に蹴り技を得意としておりバランス感覚も一段と秀でていたが、
その彼女でも先の振動は耐えられるものではなかった。
「いった〜い・・・・・・。何よ今の?」
おしりをさすりながら綾香が起き上がる。
その綾香の正面に一風変わった飾りを耳に付けている同じ年頃の少女がいた。
飾りは耳を完全に覆い、下は顔に沿ってほほ近くまで伸び、上は頭部まで飛び出している。
彼女の名前はセリオ。
やや赤みの架かった茶色い髪は綾香同様に長く、容姿も綾香に劣らぬ秀麗なものであった。
ただ、思ったままが顔に出てころころと表情の変わる綾香と比べて、その表情は変化が少ない。
その彼女が丁重な物言いで綾香に答える。
「原因は分かりませんが、震源は屋敷の中からのようです」
「隕石でも落ちたんじゃないかって感じね」
「そのような兆候はありませんでしたが」
「じゃあ爆弾でも仕掛けられたかしら。うちも結構恨まれてそうだし」
綾香は自分の家の事ながら、まるで他人事のようにしれっととんでもないことを言う。
「屋敷及び敷地内の警備体制は万全です。不審者の侵入も不審物の設置も無理かと思われます」
「冗談だってば。そんな真面目に答えないでよ」
「申しわけありません」
慇懃に答えるセリオに綾香は苦笑を浮かべた。
「まあいいわ。とりあえずその原因の元に行ってみましょう。ま、どうせ姉さんが原因だと思うけど」
実のところ、綾香は最初からそう予想していたのである。
この屋敷で何かしら事件を起こすとすれば大抵は彼女の姉の芹香である。
いつの頃からか魔術にのめり込み、その魔術が原因で起こした騒動は数えきれない程である。
屋敷に勤める者も、綾香ももう慣れてしまっていた。
「あ、そう言えば浩之も一緒なのよね。大丈夫かしら?」
「あの方は何かと規格外ですので心配ないかと存じます」
「ふふっ、セリオも言えるじゃない」
扉を開きながらは綾香は微笑を浮かべた。
部屋を出たところで、丁度前を走り行く警備員の1人を捕まえて綾香は尋ねた。
「ちょっと、今さっきのは何?」
「はっ、その、詳細は不明ですが、
どうやら芹香お嬢様の魔術部屋が発生源のようです・・・・・・」
警備員の顔には『ホントは行きたくないんだけど仕事だからなぁ』と、ありありと浮んでいた。
魔術部屋とはその名の通り魔術を行う為の芹香専用の部屋であり、
そこで何かあるとすればつまり魔術が行われたのであり、その大抵は失敗という結果をもたらしていた。
「やっぱりまた姉さんか。もう」
綾香はやれやれと思いながら、姉と浩之を案じつつその部屋へと走りだした。
部屋の中は粉塵がもうもうと舞い、崩れた天井のコンクリートの破片があちらこちらに散らばっていた。
「いつつつ・・・・・・。先輩、大丈夫か?」
芹香は浩之の腕の中でこくっと小さく頷く。
「しっかし、凄い衝撃だったな」
舞い上がった粉塵のせいで視界が悪いなか、浩之は辺りを見回した。
崩れた天井にひしゃげたドア。テーブルやイスなどは壁際まで吹飛び、
様々な魔術道具があちらこちらに散らばっていた。
「うーん、こりゃまたいつもにまして酷い有様だな・・・・・・」
その言葉に反応してか芹香が浩之の胸に顔をくっつけ、上目遣いに見上げながらつぶやいた
「ごめんなさい、て?。あ、いや、別に先輩を責めてるわけじゃないからさ」
そう言って、浩之は芹香の頭を優しくなでた。
綾香が魔術部屋にたどり着くと、すでにドアの前に人だかりができていた。
壁に入ったひびに歪んだ扉。それらは綾香を不安にさせるのに十分なものであった。
「ちょっと、何してるの。早く開けなさい」
「あ、綾香様。それがドアが歪んでしまっているらしく開かないのです」
「だったらぶち破ればいいでしょ!」
「あ、いえ、先程から試しているのですが、どうにも頑丈でして」
「もう、役に立たないわね。セリオ!」
呼ばれたセリオは心得たもので、綾香が説明するまでもなくドアの前へと立ち構えた。
そしてその対面へと綾香が立つ。
「いくわよセリオ」
「はい」
セリオが返事を返すと綾香は深く息を吸い、そして――
「せやぁー!!」
大きな掛け声と共にドアを蹴りを放つ。
セリオもそれに遅れず、まるで鏡で映したかのような動きでドアを蹴りつけた。
粉塵もほとんど舞い降りようやく視界が開けてきた部屋の中で、
浩之はいまだゆっくりと芹香の頭をなでていた。
なでられている芹香も気持ちよさそうにして寄り添っている。
荒れ果てたその部屋の中で、そこだけが別種の雰囲気をかもし出していた。
バギィッ!
その雰囲気を打ち壊すようにドアが大きな音を立てながら吹き飛んだ。
何事かと見やる2人の目に綾香の姿が飛び込んできた。
「姉さん大丈夫!?」
部屋に入って最初に目に付いたのは黒く巨大な塊であったが、綾香はあえてそれを無視して姉の姿を探した。
「うぉい、先輩なら無事だぞー」
声のした部屋の片隅へと目を向けると、浩之が芹香を抱き抱えるようにして座り込んでいた。
綾香は2人の下へと駆けより、芹香の身体をあちこち触る。
「けがはないみたいね」
けががないことに安堵すると、ずいっと顔を芹香に近づけて詰寄った。
「もう、姉さん!あんまり心配かけさせないでよね!」
「俺の心配はなしか?」
「あんたは殺したって死なないでしょ」
「ふっ、確かに。これしきのこと俺にとってはなんでもないぜ」
「あーはいはい。頑丈さだけが取柄のバカはいいとして」
綾香はあきれたように手をふって投げやりに言うと、再び芹香に顔を近付けた。
「今回は無事だったから良かったものの、もし大けがとかしたらどうするのよ。
姉さんだって顔に傷が付いたりしたら嫌でしょ?」
綾香と芹香はとてもよく似た容姿をしていながらも性格は正反対で、
妹の綾香は活発で自信に溢れているのに対し、姉の芹香はおとなしく内向的であった。
そんな2人ではあるがその仲はとても良く、お互いに相手のことを自分のこと以上に大切に思っている。
心配そうな顔の綾香に対して、芹香は少し顔を赤らめながらボソボソと小さな声で答える。
「え?浩之さんが守ってくれますから心配ありません?」
綾香はうなだれて肩を落とした。
「あー、惚気話は結構ですから」
「先輩は何があろうと俺が守ってみせるぜ」
「あんたは黙ってなさいっ!」
「あぅ」
「俺は・・・・・・」
粉々になった破片があちこちに散らばり、あらゆる機器が火花を散らしている。
右上方のフレームは変形し、圧迫せんばかりに迫っていた。
男の顔を血が滴る。飛び散った破片の一部により頭部を切り裂いたのだろう。
頭を振り混濁する意識を無理矢理覚醒させ、そして思い出す。自分は撃ち落されたのだと。
意識を失う直前まで激しい戦闘を繰り広げていた。
漆黒の愛機に群がる数十機のステルンクーゲル。地上から熾烈を極める対空砲火。
自分1人でそれら全てを相手にした。多くの敵機を撃破し、地上の施設を破壊し、そして被弾。
朦朧とする意識の中で見たのは、地上施設が迫ってくる映像。いや、違う。自分が落下していったのだ。
そして強い衝撃。
男はそこまで思い出すと小さくため息をつき、作戦の成否について思いをはせた。
(月臣達、上手くやってくれていると良いが)
しかし、それもつかの間。いつまでもこうしている訳にもいかないと行動に移る。
消えているモニターや計器を再起動させようと各種のスイッチに触れるが、そのほとんどが死んでおり、
外部カメラにいたっては全滅であった。
機体を残していくのは拙いが、自分が捕まるのはもっと拙い。
それに作戦が成功すれば、機体の回収は何とかなるだろう。
そう思考を巡らせると、男は機体を捨てて単独で脱出することにした。
体を固定させるホールドを手動で解除すると、
パイロットシートの後ろにあるボードより装備品を取り出して身に付けた。
体を動かす度に痛みが走ったが、男はそれを無視することにした。
装備品を全て身に付けると、コクピットハッチ開放のボタンを押したが機体は何ら動きを表さなかった。
残っている右隅のモニターに《Error》の文字が光っている。
フレームがひしゃげて壊れてしまっていたのだ。男が思っているより機体の損傷は激しかった。
仕方なく男はハッチは強制開放することにした。
コクピット下部にあるふたをスライドさせ、点火ボルトのレバーを握った。
「はぁ。もういいわ」
あれから色々と小言を言ってやった綾香だが、
全くこたえる様子のない芹香を前にして大きくため息をついた。
「で、姉さん。あれは何なの?」
綾香が背中越しに親指で指しながら尋ねる。
「俺もさっきからずっと気になってるんだが」
そう言った彼らの視線の先には、いびつな形をした大きな黒い塊が、
自分が部屋の主であると言わんばかりに陣取っていた。
「何やら召喚するとか言ってたけど、あれがそうなのか?」
芹香を頭をふるふると横に振って答える。
「召喚の儀式は失敗しましたって、じゃあ、あれは何なのよ姉さん?」
その問いに芹香は「分かりません」と答えるだけであった。
綾香がどうしたものかと思いながら黒い塊に目をやったその時だった。
ドドドドンッドン! ドゴォン!
小さな爆発らしきものが数度続いた後、黒い塊の一部がはじける様にして剥がれ落ちた。
「な、なに・・・・・・?」
タンッ
粉塵が舞うなか、マントを羽織り変わったアイウェアをかけた男が黒い塊から飛び出して床に着地した。
男の身に付けているものは全て黒。髪の毛も黒。まさに全身真っ黒である。
「ぐっ!」
男は胸部に走った激痛に小さくうめいた。
その痛みを無理矢理押し込めて立ち上がり、辺りを見回す。
(こいつらは・・・・・・ん、子供?何故こんなところに?)
男は自分のいる場所に違和感を感じた。どう見ても基地施設内には見えないのだ。
それらしき設備は一切なく、テーブルやらイスやら、あとは訳の分からない物が無数に散らばっている。
そんな中で、紺または黒の統一された服を着込んだ男達、
――服装から察するにガードマンかボディガードといったところか――
その者達が子供達を守るようにして前へと出てくる。
「お前は何者だ」
黒服の男達の中から、リーダーらしき人物が進み出て威圧をかけて詰問してきた。
「本気で言っているのか?」
「どういう意味だ?」
「分からないのならばいい」
もしやつらと関係がないならばそれにこしたことはない。
下手に揉めて無駄に時間を取るわけにもいかない。
そう思案し、男は内心の緊張を隠しながら、相手を刺激しない様にゆっくりと部屋の出口へと足を進めた。
だが、黒服の男達は進路をふさぐようにして立ち並び、男を足止めする。
「まて!」
「何だ」
「私は邸内警護部主任、草薙誠。お前の名前は?」
問われて男は返答できなかった。
男の名はテンカワ・アキト。しかし、それを名乗るのは彼の置いた身が許さなかった。
「名前も名のれんか。お前のような不審人物を放っておくことはできん。取調べをさせてもらう」
「嫌だと言ったら?」
「多少手荒なまねをせざるをえない」
リーダーである草薙が目線で横にいる部下達に合図を送る。
そして2人の男達がアキトの両脇を固めるように近づいた。
しかし、アキトは左側から近づいてきた男の右腕をつかんで引き込み、
バランスを崩して背中向けになったところを反対側の男へと突き飛ばしてやった。
「抵抗するつもりか!」
「悪いが従うことはできない」
「おのれ、侵入者が!」
伸縮式の警棒を取り出した男達がアキトを囲んだ。
結局はこうなってしまうのかとアキトはため息をついた。
こんな所で時間を浪費するわけにはいかない。アキトは男達に後方にいる4人の少女達に目を付けた。
黒服の男達が少女達を守るようにしているのに気がついたからだ。
子供だから守られているのかもしれないが、重要人物であるという可能性もある。
いずれにせよ守ろうとしていることには違いはない。つまりそれは人質の価値があるということだ。
そう判断すると、相手の虚を突いていきなり駆け出し少女達へと向かった。
動きが遅れた男達の警棒を難なくかわし、そのまま突き飛ばして走った。
「っ!う、うぉぉぉ!」
それを見て、4人の内で唯一の少年が立ち上がって、気勢を上げながらアキトに向かった。
少年は勢いをつけて右拳を振っったが、大ぶりなそれを避けることは容易なことであった。
アキトは相手の腹に一発拳入れると、擦れ違うようにして背後へと回り込み、腕を捻り上げようとした。
ガッ!
「くっ!」
突然横から放たれた蹴りを右手で防ぐも、動きを止められてしまった。
その隙によろめく様にして少年は離れていき、倒れた。
蹴りを放った主が立ち塞がるようにアキトの真正面に立つ。
それは3人の少女の内の1人で、倒れた少年の下へと駆け寄っている女の子と同じ容姿をした少女だった。
少女は挑戦的な笑みを浮かべ、そして嬉しそうに口を開いた。
「さ、真っ黒くろ助さん、私が相手をするわ。他の人は手を出さないでね」
言葉の前半はアキトに、後半は周りの者に言い聞かせるようにして少女は言った。
「子供と遊んでいる程暇ではないんだがな」
「ふふっ、安心して」
少女は笑みから一転して真剣な表情になり、ファイティングポーズを取る。
「真剣勝負よ!」
言い終わるやいなや少女は蹴りを放った。
素早い右の中段回し蹴り、そして間髪を入れず上段回し蹴りへと続く連絡変化。
アキトも素早く反応して連絡蹴りを防ぐ。その動きに少女は口元に笑みを浮かべた。
一呼吸おいてから少女は軽くスッテプを踏みながら早い突きの連打を打ち、さらに左中段回し蹴りを放った。
アキトが間合いを詰めてそれを防ぐと、少女は右片手で掌底を放ち、
ガードの上から無理矢理押しやって間合いを広げ、そのまま左上段内回し蹴りを放った。
後ろへ退き上体を反らすことでアキトはその蹴りを難なくかわした。
「へえ、やるわね。でも、まだまだこれからよ!」
言うが早いか、少女は右中段回し蹴りを放ってきた。
その蹴りをアキトは左腕で受け止めるも、連絡変化して下段回しへとつながった。
中段から下段への連絡変化と先程より動きが小さく、威力よりもスピードに重点を置いたものだっため、
アキトも避けきれず足を止められてしまった。少女はそのまま右足を地面につけ軸足とし、
横向きとなりながら素早く右の突きを2連打。アキトが左手でそれをいなしてやると、
空いた腹部を狙って少女は大きく踏み込みながら横下から突き上げるような左突きを繰り出した。
アキトは腰をわずかに落とし脇を締めてそれを受け止める。アキトの頭で警鐘が鳴った。
決して目で確認したわけではないが、続く少女の動きを感じて反射的に身をかがめた。
その次の瞬間、頭部をかすめるようにして少女の変則左上段回し蹴りが通り過ぎていった。
アキトは蹴りの勢いで背後を見せる形になった少女の肩を取り、左手をひねり上げた。
「綾香様!」
「あっ、くっ!」
大きな耳飾りをした少女が助けに入ろうとしたが遅かった。
アキトの捕らえた少女の腕は完全に極められていた。
「全員動くな!」
その言葉に、今まさに跳びかからんとしていた男達も含めて全員が彫像の様に動きを止めた。
男達はアキトを殺さんばかりの目つきでにらむが、決して微動だにはしなかった。
「いいか、妙なまねをすればどうなるか分かっているな」
アキトは警告を発しつつ、少女を引き連れて出口へと向う。
そして部屋を出ようとしたその時、目の端に映った何かにとっさに反応した。
少女を廊下へと突き飛ばし、その反動を利用してアキトは身を引いた。
ブンッ!
アキトの目の前擦れ擦れをかすめて通り過ぎる拳打。
風圧から感じられるその威力にアキトの額に冷や汗が吹き出た。
「きゃぁ」
転びでもしたのか、少女が声を上げたがアキトはそちらを気にしている余裕はなかった。
拳打とともに飛び出てきた男が、後ろへと下がったアキトに二の拳打を放ってきたからだ。
アキトは姿勢を崩しているため、威力を殺ぐこともできずに左腕に受けてしまった。
ミシッ
「ぐぁっ」
痛みにうめきながらもアキトは更に後ろへと下がって追撃を避けた。
しびれる左腕に右手を添えながら拳打を放った男を見やる。
「・・・・・・」
一瞬呆然として言葉が出てこなかった。
その男を一言で表すなら、まさに老人マッチョという言葉が相応しい人物だった。
スーツの上からでも分かる鍛えられた肉体。白髪の頭髪はオールバックで整えられ、
口元にはヒゲを蓄え、そしてその男くさい顔には丸メガネが掛けてある。
襟の蝶ネクタイが妙にミスマッチしていた。
「この賊めが!成敗してくれる!」
年を感じさせないハッキリとした威厳のある声。
思わず呆然としていたアキトだったが、その声のおかげで気を取り戻した。
そしてにじり寄る相手に対して構えを取る。同時に、先程の拳打を思い出して体に緊張が走った。
まともにくらえば今のアキトには致命傷となりうる威力なのだ。
「ふん、せいや!」
「ぐう」
突きを放ってからの回し蹴り。そのどちらも防ぎはしたが、
防御の上からも伝わってくる重さにアキトは顔をゆがめた。
早さだけで言えば先程組み交わした少女の方がわずかに早いのだが、一撃一撃の威力がとてつもなく強い。
かといって下手に避けてバランスを崩せばそれこそ致命的な状況に至ってしまう。
相手の攻撃の合間を縫ってアキトは反撃を試みようとするが、
消耗からスピードもパワーも落ちており、さらに左手はいまだしびれがとれない状態のため、
相手に大した反撃もできずにほぼ防戦一方にならざるをえなかった。
そして気がつけばアキトは壁際まで追いやられていた。
のっぴきならぬ状況になる前に位置を取り直そうと、
棒のようになった足を無理矢理動かして壁際から離れようとするが、
老年の男はその一瞬を狙っていたかのように下からの突き上げを放った。
アキトはとっさに十字防御を行うものの、両腕は上へとはね上げられ、上半身までも上へとあおられた。
(まずいっ!)
アキトの胴は完全ながら空き状態。相手も既に次の攻撃動作に入っている。
その気迫からとどめの一撃を放とうとしているのが読み取れた。
もはや敗れることは必至。だが、最後に一矢報いてやろうではないか。
アキトは一瞬の間にそう覚悟を決め、相手の双掌打に合わせて前蹴りを放った。
ドォン!
「がはっ」
胸部に巨大な鉄球でもぶつけたような衝撃と共に壁へアキトはたたきつけられた。
口から吐き出た血が床へと飛び散る。最悪折れたろっ骨が肺に刺さっているかもしれない。
しかし、その痛みを感じる間もなくアキトの意識は遠のいていったのだった。
「ちょ、ちょっとセバス!やり過ぎじゃない!?」
「いえ、綾香お嬢様、手を抜けばやられていたのはこちらでした」
そう言いながらセバスチャン
――本名:長瀬源四郎。愛のニックネーム:セバスチャン――
は苦しそうに息はいた。
「どうしたの?」
「どうやらあばらを1、2本持っていかれたようです」
「え、うそ!?」
「最後の瞬間、こちらの攻撃が当たるのと同時にカウンターで蹴りをもらってしまいました。
まさかあの状況で反撃に出るとは思いませんでしたゆえ。
少しでもダメージを軽減するため打点をずらすかと思ったのですが、
彼はあえて私の攻撃を受け入れカウンターを行ったのです」
「え、じゃあ・・・・・・」
「ええ、最後の一撃は思った以上に完璧に決まりました。下手をすれば――」
セバスチャンの言葉をみなまで聞かず、綾香はその男の下へと駆け寄った。
そして男の手を取って脈を計りながら耳を男の口元へと近づけた。
あれほどの戦いの後にもかかわらず、男の脈は弱く、呼吸もしているのかどうか分からないほど微弱だった。
「救護班を呼んで!早く!」
=なかがき=
To heartとのクロスものです。今回は1ということでプロローグにみたいなものでしょうか。
最後の方はだいたい書き終わっていて、あとは中を詰めるのみですが、これがいつ終わることやら。
全部で3か4で終わる予定ではいます。まあ、いつもの「予定」ってことで(笑・・・えねえ)
もともとこれに手を付けたのは1年以上前なんですよね。お目に架かるまでにとても時間がかかってます。
ですから2がお目に架かるまでに1年以上空いても気にしないでくださいね。
今回は幾つか今までとは違った試みがしてあります。
読んでくださった方が気付くかどうかは分かりませんが(汗)
進歩しているか不明ですが、日々精進しているということで。
読んでくださった皆様、ありがとうございました。それではまた。
代理人の感想
ToHeartはよく知りませんが、つかみとしてはまぁまぁかと。
つーか格闘物?
>一年以上空いても〜
気にするわ!w