機動戦艦ナデシコ

『影(シャドウ)』

 

 

 

 

 

火星を見下ろす宙域。

豪華な装飾を施された部屋。

 

民間企業所有の戦艦の為、お偉いさんが来た時に使用する部屋である。

そこへと通された遺跡は、ソファーの上に寝そべりながら質問に答えていた。

 

質問をしているのは、機密事項に当たる為ゴートとプロスの二人。

厚かましい態度を取る遺跡だけに、機嫌を損ねない質問をするのに四苦八苦している。

 

そんな交渉を冷めた目で見据えながらホウメイが料理を次々に部屋へと運んでいた。

料理長のホウメイが食事を運ぶのは、ゴートとプロスの機密保護の為の措置である。

 

今のところホウメイしか、くまのヌイグルミが遺跡だということはバレていないのが理由であった。

実際のところ、ヌイグルミが高度な技術の結晶などと誰が信じるのかは、はなはだ疑問である。

 

「それでは質問ですが、貴方は何をする為にナデシコへと来られたのですかな?」

 

プロスが先程の取調室と一転した声を発する。

代わりに遺跡の態度は先程と全く変わりがなく、当然のように旨そうな食事をたいらげている。

 

高度な技術、しかも古代火星人という未知の存在が造った存在に味覚があるのかは分からない。

しかし、旨げに食べている姿を見ていると味覚があるように思える。

 

ホウメイもホレボレとする食いっぷりであった。

 

「ん? いやなぁ、これはトップシークレットという奴なんじゃがのう」

 

ちらりと遺跡が視線を料理へと向ける。

 

その意図を悟ったプロスがすかさずホウメイへと合図を送る。

プロスの指示に、ホウメイは肩をすくめながら食堂へと連絡を取り始めた。

 

(そういえば、調理補佐の皆さんしかおられないということは、

 これらの食事は総て勉強中の皆さんが作られたということなのですかな?)

 

やはり味覚はないのかもしれない、とプロスは思った。

だが、遺跡はプロスの誠意というものを感じ取りたいのだろう。

現にホウメイに出した指示を目にしてぺらぺらと喋り始めた。

この時点でプロスも遺跡の扱い方が分かり、情報を引き出すのに苦労はしなかった。

 

「実は、ある奴を追っているんじゃよ」

 

実に愉快そうに口を開く。

 

「ある奴とは?」

 

ゴートが問いただす。

 

遺跡が言う奴がナデシコの乗員の可能性はない訳ではない。

むっつりした顔に似合わず、少し動揺したように身じろぎをする。

 

「ああ、坊主は心配せんでもいい。

 わしが追ってるのは、この船の乗員じゃない」

 

その言葉に安心する反面。

ゴートは見透かされたことに、ひやりとしたものを感じた。

取調室でのやり取りを思い出す限り、もて遊ばれている感が強まる。

 

「……続きをお願いできますか」

 

ため息をつきながらプロスが先を促す。

心配ごとの種が増えたのだ、またプロスの胃薬の減りが早くなることだろう。

 

「おお、すまん、すまん」

 

全く気持ちがこもっていない。

 

「それで、この世界へと送ってしまった奴があるんじゃが、

 実はわし、お前等でいうところの遺跡がポカしてな。

 取り返しのつかないところまで行く前に連れ戻したいんじゃよ」

 

「ポカ?」

 

「ボソンジャンプの演算失敗。

 ∞分の確率で存在する必ず演算をポカする遺跡がおってな。

 ほんで、そいつが送った物体が、ここにあるはずなんじゃよ」

 

「はあ、要するに失敗をなくしたいと」

 

そんなに遺跡が、存在するのかとボソンジャンプ大航海時代に不安を持つ。

何しろ遺跡は一つしかないと思うからこその戦争であり、企業間抗争なのである。

 

これで「また見つかった」とかなったら話にならない。

 

それはともかく、忍び込んだ遺跡はナデシコをどうこうする意思はないように見える。

先に忍び込んだアキトやラピスと違い、ナデシコなんてどうなろうと関係ないことを態度で示している。

 

プロスには、前の二人がナデシコに何をしにきたのかはさっぱりわからなかったが。

 

そんなことを思案しているとゴートも疑問に思っていることがあったのだろう。

遺跡に対して、あることを質問した。

 

「艦が誤作動を起こしているのだが、お前と関係があるのか?」

 

 

 

 

 

何なの、こいつは。ミナトが毒づく。

そして、忌々しげに相手へと視線を送る。

 

だが、突き刺さるような視線を送ったのにも関わらず、相手――アキトはピンピンしている。

それどころか、妙に嬉しそうにミナトへと視線を返してくるところが不気味だった。

頭がおかしくなったのかもしれない。

 

先程の治療がいけなかったのかしら?と、ミナトは思った

アキトが小ガモよろしく、背後をついてくるようになったのは治療がきっかけだからである。

 

勿論、背後を歩くことをやめさせようとミナトも努力はしたのだ。

さんざん付いて来るんじゃないとで脅したり、

足腰が立たなくなるようにと念入りに殴る蹴るの暴行を働いたり、

精神的に参らせてやろうと思いつく限り罵倒したりしたのだが、

頭を強打したのかと見まがう程に、アキトは嬉々としてミナトへとすがり付いてくるのだ。

 

はっきり言って怖い、次元が違う。

 

そのことを考えているとミナトは頭が痛むのか、こめかみを押さえてしまう。

頭痛も痛い上に、アキトが何を考えているのかがわからなくて怖かった。

 

「どうしました?

 頭でも痛いんですか?」

 

そんなこんなでボロ雑巾のアキトだが、表情だけは晴れやかだった。

 

「なんでもない……なんでもないわよ!!」

 

     ダッ!

 

勢い良く息を吐き出すと同時に足を動かす。

背後に感じた気配を置き去りし、距離を取っているのが感覚でもわかる。

その感覚に勇気付けられるように、ミナトは必死にアキトから逃走していた。

 

でも、アキトも追いかけてくる。

 

しかも相手は男であり、ミナトは女である。

コック兼パイロットに操舵手、はっきり言って基本が違う。

 

後ろから距離を詰めてくる気配を否応なく感じてしまう。

 

「い、いやぁ!!

 殺される! ○される!!」

 

「ミナトさん、待ってください!

 どうしたっていうんですか!?」

 

恐慌状態に陥ったミナトを見て、アキトが心配する。

自分が原因だとも知らずに声をかけながら、追いつこうと必死に走ってくる。

 

だから、余計にミナトも半狂乱状態になりながら艦内を駆ける。

 

「あばばばばばばっ」

 

もう何を言ってるのかも理解できない。

と、この始まったばかりの逃走劇はあっけない終焉を果たそうとする。

 

ミナトの前方で隔壁が閉まっているのだ。

 

それを見たミナトの顔は、絶望に縁取られ、

逆に隔壁を見たアキトの顔は、ぱっと輝き始める。

 

「いやぁぁぁぁ!!」

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

どこから出したのか、はたまた元から持っていたのか、

ミナトが目にも止まらぬ早さで、携行型ロケットランチャーを構える。

 

 

 

もちろんぶっ放す。

 

     ドゴン!! 「うぎゃぁぁ!」

 

 

後ろから追いかけていたアキトは、もちろん爆風をもろに食らう。

さらに爆風に煽られながら転げに、転げ、顔面から壁へと叩きつけられる。

そのまま叩きつけられてエビ反りの状態になったまま沈黙してしまう。

 

「あれ?」

 

ロケットランチャーをぶっ放した衝撃と、背後の物体を炭焼きにしたことでミナトが正気を取り戻す。

迫り来る恐怖から開放された反動だろう、少し涙目になりながらもほっと一息つく。

 

一息ついた後に、倒れているアキトへと視線を伸ばすと、ぶるっと寒気が走り震える。

やはり一刻も早く離れたいと思ったのか、そそくさと隔壁が閉まっていた場所を踏み越える。

 

「そういえば、どうして隔壁が閉まっているのかしら?」

 

隔壁が閉まっていた先は、別段何も異常は認められなかった。

壁に穴が空いて、宇宙が見えていたりすることはないようである。

ミナトは疑問に思いながらも、「まっ、いっか」と気楽に通路を渡ろうとする。

 

     がさっ

 

背後から音が聞こえた。

 

「……ま、まひゃか」

 

ミナトの御期待通り、倒れていた場所からアキトが立ち上がっていた。

みるも無残な姿であったが、妙に嬉しそうに胸に手を当てながら立ち上がる。

 

 

 

「へ、へへ、い、痛いけど胸が熱いや。

 み、ミナトさん! 俺、俺ぇぇぇ!!」

 

・・・

 

「い、良いから来ないでぇ!!」

 

 

 

操舵主の悲鳴と命の危険を恋の胸騒ぎと勘違いした奴の声が艦内に響き渡る。

ついでに、この状況を見て某通信士が「フラグがぁ」と人目に付かないところでぼやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まっ、ようするにわしがここに来る時の反応だな。

 この世界としてもわしが来るのは、拒否反応があったらしい」

 

料理を頬張りながら喋る。

地球から火星まで様々な料理が並んだ料理をがばっと口に含んでいる。

喋っている最中にご飯粒やら野菜やらが口元からぽんぽん飛んできて汚い。

食い方も意地汚かった。

 

だけどホウメイ的には、勢いがある方が良いのか、

文句も言わずに遺跡の目の前に料理を並べていく。

 

「そりゃ、わしだって拒否反応を抑える努力はしたぞ?

 だけど、幾らわしでもそう簡単に抑えこめるもんでもないからのう」

 

「ふむ、その拒否反応はいつ終わるのですかな?」

 

不安げにプロスが尋ねる。

 

遺跡は、プロスの心中など気にせずに、酒をかっくらいながら話す。

さらにヌイグルミの手を器用にぷらぷらさせながらである。

 

ヌイグルミの手で食事をしている時点で器用なのは確実だが。

 

「ああ、そう心配せんでも良い。

 時間が経てば、ナデシコの誤作動も無くなるじゃろうて。

 だからいらん心配じゃ」

 

「はあ、そうですか」

 

プロスが相槌を打つ。

 

(このことは、今度の定期連絡の時にでも本社へと連絡をしておかないといけませんね。

 ついでにクラウン社が動き回る現状の調査の報告も受けないといけないことですし)

 

そんなことを考えていたので、遺跡が意味ありげに部屋の一角を見たことは見逃した。

 

 

 

 

 

「くまのせいだったんですか」

 

口惜しげな声が思わず漏れる。

 

ブリッジでメグミの話を聞いていたルリだが、今は盗み聞きに精を出している。

音を通じて伝わる向こう側の話は、ルリにとっては非常に興味深いものだったからだ。

 

元々、ナデシコを上手にオペレートする為に、ネルガルの研究所で訓練されてきた。

だから最もうまく扱うことができると思われたからこそ、ナデシコに乗せられているはずだった。

 

しかし、ナデシコに乗ってからうまくいかないことが多い。

 

ナデシコの操縦はミナトに全部奪い取られてしまい、

艦内の乗員が起こす問題のせいで、次々仕事は増え続け、

侵入者が侵入した後に、ルリが気付いてしまったり、

今もナデシコが勝手に動き、知らぬまに火星を脱出している。

 

多少の悪態はつきたくもなる。

 

「全部、くまのせいだったんですね」

 

「これも」とウィンドウを開くと、ミナトがアキトに追っかけられる場面が映る。

また「これも」とウィンドウを開くと、ガイがイネスに向かいバンザイしている場面が映る。

さらに次々とウィンドウを開いていき、やめた。

 

やめる代わりに音だけのウィンドウを睨み付ける。

 

「私、くまが嫌いになりました」

 

「え、何?」

 

何やら物陰でごそごそやっていたメグミが呟く。

 

そのメグミの態度よりも、ルリは自分の態度が気に入らなかった。

少しだけ感情を露にしてしまった自分を恥じながら、誰に言うでもなしに、こう言った。

 

「私、少女ですから」

 

 

 

 

 

そんなやり取りが行われているとも知らずに遺跡は食事を続けた。

 

盗聴している相手が誰だか、分かってはいるが別に気にしてはいない。

遺跡としても自分の領域内に別の何かが行動していたら不快に思うこともある。

 

だから、見逃してしまうことになった。

 

「ん、どこにいくのかのう?」

 

「いやぁ、少々胃薬を飲みに」

 

「ふむ……まあ本社の連中によろしくのう」

 

「……なんのことですかな?」

 

にこやかな表情のままプロスが応じる。

 

胃に痛みが走ったのか、そっと右手で優しく胸を抑えている。

その動きを視界に捉えるやプロスには、遺跡が笑ったように見えた。

 

      シュイン

 

逃げるように部屋の外、通路へと出る。

中にいる遺跡に見透かされていた事実にプロスの胃痛はより鋭くなっていた。

 

 

 

 

 

「余りミスターの心配事を増やさないでもらおうか」

 

その言葉に遺跡がゴートの仏頂面へと目を向ける。

 

相変わらずの顔だったが、挑みかかるような目で見ている。

最重要機密である遺跡をもてなそうという雰囲気でないのは確かである。

最も遺跡を歓迎する方法が、これで正しいと言えるのかは不明だ。

 

「ふむ、何のことじゃ?」

 

「とぼけるな。

 それに俺はお前が遺跡だということも疑わしいと思っている」

 

「ほう?」

 

遺跡が促すように、顎をしゃくる。

 

「お前が遺跡であるという証拠は何もない」

 

「ふむ、わしが遺跡であるという証拠なぁ。

 まあ、よいよい。

 そのうち、証拠とやらを嫌という程見せてやる」

 

「何?」

 

(なるほど、わしが遺跡ということを疑うとはな。

 この分では、あの髭小僧が言っても信じられんのじゃないか?)

 

遺跡は不条理な仕打ちに嘆息した。

 

 

 

 

 

その頃、髭小僧ことプロスは驚いていた。

 

今は本社へと通信する為に、モニターだらけの暗い部屋に閉じこもっている。

モニターには、報告する人物であるネルガルの会長秘書が映し出されていた。

 

「信じられない? でも事実なのよ」

 

疲れているのか、投げやりな声が部屋に響く。

 

 

 

「もう一度言いましょうか?」

 

 

 

忌々しげに艶のある黒髪を鬱陶しそうにかきあげながら話し始める。

 

 

 

 

 

「ネルガルは吸収合併されたわ」

 

 

 

 

この言葉を聞いた後に、プロスはまた意識が飛びかけてしまった。

 

 

 

 

 

あとがき(一年間の沈黙を破り、復活の狼煙を上げます)

 

こんにちわ、Sakanaです。

今回の話で、地球から火星への旅行は終了となり一区切りになりますが、

話数が多い割りに薄っぺらい中身だなあと自作品を読み返して思いました。

何より余りにも多い誤字とのろのろと動く鈍足な物語に凄いショックを受けてます。

……うわっ、恥ずかしい。

あとがきの内容を見て、執筆中に熱でもあったのかと勘ぐってしまいました。

過去の自分が書いたものだからこそ、時間が経過してから読むと死ねますね。

でも、今の自分もさほど成長してないことが、↑の文章を読むとわかってしまうのが悲しい。

あははっ。

 

 

第15話にジャンプ!

 

 

 

身につまされる代理人の感想

は、は、あはははははははははは(汗)。

痛い、痛いよ。胸が痛いよぉ(爆)。