機動戦艦ナデシコ

『影(シャドウ)』

 

 

 

 

 

 ――まだ死ねわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 必死に痛んだ体を動かし、敵の攻撃を避けた。

 不可視の刃は、時空を捻じ曲げながら押し潰すべく迫ってくる。

 

 それを無我夢中に、走り続けることで避けた。

 背後では、壁や地面が攻撃を食らって穴を作っている。

 

 ここで戦い続けることは、アキトにとって不利にしかならない。

 

 元々、クレーターの底が狭い上に、遺跡や他の人間がいる。

 それに加えて、アクアの攻撃は足場を少しずつ悪くしていた。

 

 しかも、相手はDFの壁を弾丸として放っているので弾切れがない。

 長期戦になるのは、連戦しているアキトが不利であり、相手が有利である。

 

(ラピス、動くなよ!)

 

 アクアは人質に興味を示さず、アキトを攻撃してきている。

 下手に動いた場合、攻撃の目がラピスに向く危険性があった。

 

 その意思に、了解したということが伝わってくる。

 不承不承という感じも伝わってきたが、アキトには気にしている余裕はない。

 

 リンクで会話をしているうちに、攻撃の激しさが増してきていた。

 

「はははっ、逃げるのはやめてもらえます?」

 

 この攻撃の嵐の中で、足を止めてしまえば死んでしまう。

 逆に、走る速度をあげて攻撃をかいくぐりながらアクアへと近づく。

 

 だが、距離が近くなると敵の攻撃も激しさを増す。

 敵に触れることもできずに、攻撃を避けるので精一杯になってしまう。

 

 そんな攻めあぐねているところへ、頭上からフラクタルが舞い降りてきた。

 

 上で争っている機体の中から、加勢しようとやってきたのだろう。

 黒い機体の連隊は、アクアの攻撃を止めようと次々に襲い掛かっていく。

 

「このっ!」

 

 しかし、止めることができない。

 アクアを掴まえようと振り下ろされた鋼鉄の腕は、DFによって吹き飛ばされた。

 

 内部に詰まっていた機械をばら撒きながら、腕が壁に激突する。

 その腕を吹き飛ばされた衝撃で止まっている間に、連続して弾丸が放たれた。

 

 頭部。

 肩関節部。

 腹部。

 膝部分。

 

 攻撃された腹いせなのか、四つの部位へ立て続けに攻撃する。

 たちまち攻撃された機体は、バラバラの部品になって吹き飛んでしまった。

 

 その隙をつこうとするが、直ぐに攻撃が再開される。

 

 他の機体は、相手の攻撃を防ごうとしてDFを張り巡らす。

 カーテンのように波打つDFが、機体を覆うようにして展開された。

 

「そんなもので!」

 

 それも直ぐに、悪夢へと変わる。

 次の攻撃は、今までの一発ずつとは違い、全機を大破させようとしていた。

 

 まず、アクア自身の体がDFで覆われる。

 防御としての意味もあるが、攻撃の為に覆われたという考えが適切だろう。

 

 その覆ったDFから、大量の弾丸が周囲に向けて放たれた。

 

「うわ、ちょっと!」

 

 狙いをつけていない為に、アクア以外の人間は巻き添えを食いそうになる。

 慌てているユリカの横では、草壁やイネスが地面に伏せて攻撃を避けている。

 

 周囲に放たれた大量の弾丸は、フラクタルのDFを薄くしていく。

 一瞬の間も置かずに行われる攻撃に、フラクタルはDFを貫通されて攻撃を食らう。

 

 

 どのフラクタルも、先程の機体と同じ運命を辿った。

 

 

 相手が使っている武器は、古代火星人の手によるものである。

 理解しきれていない模造品と、本物とでは戦いにもならない。

 

「っ!」

 

 邪魔者を排除したアクアは、再び攻撃をアキトに集中してきた。

 なんとか避けるが、弾数が多くなっているので避けるのが難しくなっている。

 

 鉄屑と化したフラクタルを壁にするが、意味を成さない。

 当たった衝撃で残骸が浮いて飛んでくるので、壁が敵の攻撃になってしまう。

 

 圧倒的な相手の攻撃力に舌を打つ。

 

 掌に収まるサイズの武器によって、機動兵器が簡単にやられている。

 その事実は、本来の敵である火星の後継者に対抗できるかも疑問視してしまう。

 

(考えている余裕はないか)

 

 考えに捉われてしまい、足を止めてしまいそうになる。

 

 アキトとアクアの武器の差は、開き過ぎている。

 機動兵器を打ち倒すような武器は、持っていなかった。

 

 いや、機動兵器に乗っても、倒せる可能性は少ない。

 

 そのことが頭をよぎり、動きが鈍った。

 そんなアキトの動きを見逃さずに、アクアの攻撃が飛んでくる。

 

 どの一撃も、機動兵器を引きちぎるような威力を秘めた弾である。

 

 動きを封じ込めるように、アキトの周りを削り取っていく。

 檻の中に閉じ込めるように放たれた攻撃によって、アキトは止められてしまう。

 

(――ボソンジャンプ。

 いや、相手が油断している時にしていないといけなかった)

 

 今は体をDFで覆っているが、内部に移動すれば関係ない。

 それに、注意がアキトに向いていると、一発はもろに食らう危険性がある。

 

(敵との間合いは潰せる。

 どんな奴だとしても、遺跡の機能を止めることはできないんだからな)

 

 幾可学模様の四角いブラックボックス。

 

 今はぬいぐるみが上に乗って、横になっているのが見えるが、

 遺跡の機能を停止するようなことはできない。

 

 それは、上に乗っている遺跡もできない。

 人間にとっての自殺と同義であり、自己を殺すことは許されていなかった。

 

「さて、身動きが取れないように骨折させておきますか」

 

 アクアが、体の四肢に向けて攻撃を放ってきた。

 フラクタルを倒したものに比べて小さいが、目標へ到達するまでの速さが違う。

 

 反応もできないうちに、攻撃を受けた。

 

「あぁぁぁ!」

 

 感覚の補正をしていることを、後悔したくなる程の激痛が走る。

 関節とは、反対の方向に折れ曲がってしまっているのがわかった。

 

 蓑虫のように、地面へ転がってしまう。

 そうさせた相手が目の前にいるというのに、立ち上がることができない。

 

 その様子に満足したのか、アクアは攻撃をやめて近づいてくる。

 

 

「やめて!」

 

 

 それを遮るように、ラピスが前に立つ。

 縛られている縄も解かずに、小さい体を二人の間に割り込ませる。

 

 その背中を、アキトは痛みも忘れて見上げた。

 

 未だに負傷した体は、痛みを脳へと訴えてきている。

 しかし、目の前で守ろうとしている背中が、一時だけ痛みを忘れさせた。

 

 だが、身を投げ出したとしても、アクアを止めることはできない。

 

「心配しなくても、貴方も一緒ですよ」

 

 その言葉を証明するかのように、球体をラピスへ向けた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 今度は、アクアを止めようとユリカが叫んだ。

 先程までの争いの余波を受けてなのか、白い仕官服は煤けてしまっている。

 

「もう十分じゃないですか!

 そこまでする必要が、どこにあるって言うんです!?」

 

「十分なんてことはありません。

 この方達は、居るだけで世界の在りようを変えてしまう恐ろしい人達なんです」

 

「だからって、何もそんな手荒な――」

 

 どひゅっと、何かがユリカの隣を通り過ぎ、それに当たった背後の壁が吹き飛ぶ。

 

「――あ」

 

 いつのまにか、ユリカの方へと端末は向けられていた。

 その姿と、後ろの崩れてしまった壁を見て、ユリカが冷や汗を流す。

 

「貴方は、何を言っているんですか?

 ここにいる人達は、私達の世界において共通の敵と言ってもいいんですよ?」

 

 そう話しながらも、執拗にDFの塊を放ってきた。

 

 脅しのつもりなのか、次々に近くの壁や地面を吹き飛ばす。

 その攻撃の中、ユリカは頭を抱え込んで地面に座り込んでしまう。

 

「私達は、悲劇を悲劇でなくしてしまってはいけないんです!」

 

 アクアが高らかに、崇高なものを祭るように宣言した。

 そんな中、

 

 

 ――ラピス、リンクの補正を切れ。

 

 

 アキトの傍へと来たラピスが頷く。

 今、注意がユリカへ向いている瞬間を狙って、アキトはイメージする。

 

 瞼を閉じて、アクアの背後へと跳ぶ。

 その際に寝ている状態ではなく、立って相手の背後を取っている。

 

 立っていることも難しい状態なので、できることは限られていた。

 狙うのは、アクアが持っている端末を、全力で弾き飛ばすということのみ。

 

 背後の気配に気付いて、アクアが振り返る。

 

 だが、もうアキトのがむしゃらな体当たりを、止めることはできない。

 痛んだ体を無理やり酷使して、アクアの体を吹き飛ばした。

 

 その衝撃で、アクアの手から端末が落ちる。

 

「ラピス、掴め!」

 

 ころん、ころん。

 でこぼこになった地面を、端末はころころ転がりながら遠ざかる。

 

 それを、ラピスが追う。

 同じように、アクアも追おうとするが、アキトの邪魔にあった。

 

 ドレスの裾を噛まれ、動くことができない。

 

「この、やめなさい!」

 

 縛られている為に、ラピスに端末を掴むことはできない。

 しかし、これでアクアの武器を奪い取ることができる。

 

 そうなれば、残ったフラクタルを呼び寄せて対処できるはずだった。

 

「え」

 

 ラピスが、信じられないものを見たように声をあげる。

 その信じられないものは、アクアにも衝撃を与えたらしい。

 

 抵抗のなくなったアクアのドレスを引っ張って、アキトは地面へ倒してしまう。

 

「……アキト」

 

 困ったように、ラピスが何も無い地面を示す。

 

 先程まで転がっていたはずものが、地面にない。

 その光景は、呆然としているアクアにも衝撃的だったようだ。

 

「なんで」

 

 アクアが、端末が消えた場所を恨めしげに睨む。

 

「残念だったのう。

 いつまでもこれを持たれるのは、ワシにも不都合だったからのう」

 

 その端末を巡って争っていた全員へ、遺跡が告げた。

 

 手には、転がっていた端末を持っている。

 掠め取るように奪い取った端末を、遺跡は全員に見せびらかずように掲げた。

 

 相変わらず、幾可学模様の四角い遺跡の上に寝そべっている。

 その横になった状態で、眺めてくる全員を見ていた。

 

「良くやりました! さっ、返しなさい!」

 

 アクアがドレスを引き裂いて、アキトを置き去りにしながら叫ぶ。

 そのアクアが近づくのを制するように、遺跡は笑いながら命令に答えた。

 

「返す? お前にか?

 これは返すようなものではないわい。ここにあるべきものじゃな」

 

 告げられた言葉に、嫌な予感がしたのだろう。

 アクアは、端末を持っている遺跡へ止めようと走った。

 

「や、やめなさい!」

 

 だが、次に遺跡が取った行動を止めるには、距離が離れ過ぎていた。

 

 寝そべったまま遺跡は端末を口に運ぶ。

 今まで食べたさまざまな料理と同じように、遺跡は端末を食べてしまった。

 

 次の瞬間、遺跡の寝そべっていたものが光り出す。

 

 同じように、空へと続く崖の壁が遺跡と一緒になって光を放つ。

 まるで眠っていたものが起きたかのように、光は奔流となって暴れた。

 

 光は、火星極冠遺跡全体から放たれ、誰もが目を覆う程である。

 

 外で戦闘を繰り広げている二隻の戦艦からも見ることができただろう。

 遺跡全体が一つの生き物として、呼吸をするように光は眩しさを増していく。

 

 そして、光が消えた時には、DFが遺跡を覆っていた。

 

「……端末が」

 

 食べられたことが信じられないのか、アクアが呟く。

 

「アキト、ダッシュから接続が外されたって」

 

 先程の光の影響は、ダッシュの支配にも及んでいた。

 

「もう一回だ!」

 

 遺跡がなくては、敵を奇襲することはできない。

 この瞬間、アキトの計画は失敗に終わってしまっていた。

 

 あまりにも、あっけない終わりである。

 

「無理無理、ワシが考えなしに取り返したとでも思ってるのか?」

 

 遺跡が、周囲を転がっているフラクタルの残骸を指差す。

 それは壊れているハード面ではなく、ソフト面にあるAIを指している。

 

 アキトは遺跡を奪う為に、ダッシュの機能を増すことを考えた。

 

 いかに高度な機械でも、小さい機械を積み重ねれば勝てる。

 そう思い、会社の工場でコダッシュを乗せる機体を生産していった。

 

 それが今では、戦いによって数が少なくなってしまっていた。

 今、この瞬間においても、二隻の戦艦と戦っているので数は減っている。

 

「この時を待っとったよ。

 お前等の虫は減ってるからの、小娘からは返してもらったわけじゃ」

 

 すくっと、横になっていた体を起こす。

 全員が注目する中、ゆっくりと睥睨するように辺りを見渡した。

 

「はっはっはっは!

 後はお前等を元の世界へ返すだけで、ワシはお役目ごめんじゃあー!」

 

 

「あ、ゲキガンガーだ」

 

 

 遺跡が高らかに宣言したところで、ぷちっと潰れた。

 目の前に集中していて、頭上に迫った手に気付かなかったようである。

 

 その潰した手は、ゲキガンガーのものであった。

 

 戦場を抜けてきたとは思えない綺麗な装甲をしている。

 操縦している人間の技が、ここまで無事に連れてきたのだろう。

 

 そのゲキガンガーは、遺跡を運ぼうとする。

 搭乗している北辰が、外部通信で声をかけてきた。

 

「遺跡は貰い受ける」

 

 その言葉を聞いていることも、確認せずに上空へと戻っていく。

 遺跡の本体を抱きかかえながら、みるみるうちに小さくなっていった。

 

 豆のように小さくなった時である。

 

 ゲンガンガーが、ボソンジャンプをして見えなくなった。

 次に姿を現したのは、自らが遺跡を奪い取った場所であった。

 

「何?」

 

 外部通信を切るのも忘れて、北辰が疑問の声を出す。

 北辰にも、ボソンジャンプした理由がわからない様子だった。

 

 ゲキガンガーの頭部を、周囲にいる人間へと向けてくる。

 

 だが、誰がやったのかは検討がつかない。

 見渡した中にいるクルーは、全員が驚いた表情でゲキガンガーを見つめている。

 

 もう一度空へと頭部を向け、再び空へとゲキガンガーが飛び立つ。

 

 結果は同じであった。

 何度繰り返そうとも、ゲキガンガーはクレーターから逃げ出せずに戻ってくる。

 

「北辰! 何をやっている!」

 

 草壁が同じことを繰り返している北辰へ問う。

 

「遺跡の力か?」

 

 その草壁の問いには答えず、周囲を確かめながら呟いた。

 

 また周囲の誰かがやったのかを確かめるが、答えは出ない。

 何度繰り返しても、同じ場所に戻されるので北辰は動けなかった。

 

 そこへ、ぴょこんとゲキガンガーの装甲から手が出てくる。

 

「だぁれぇがぁ、行ぃかぁせぇるぅかぁ」

 

 次にずぼっと音が聞こえそうな感じで、ぬいぐるみの顔が出た。

 その出てきた遺跡の姿を見つけたらしく、北辰は得心が行ったという声を出す。

 

「これが原因か」

 

「うわっ、やめんか」

 

 一旦、遺跡を地面へと置いてから、素早く原因を排除する。

 それから逃げる為に上へ飛ぶが、先程の焼き直しとなってしまった。

 

 同じことを繰り返すゲキガンガーを、クレーターの中にいる者は黙って見ている。

 

「これは運べないのか?」

 

「違うわい!

 それはワシが、イメージを送り込んでお前さんをジャンプさせてるからじゃ!」

 

 摘み上げられて捨てられた遺跡が叫ぶ。

 機体が抱えている遺跡に、物体を選択して跳ばすということはできない。

 

 それを可能しているのは、ヌイグルミの体を持つ遺跡であった。

 

 遺跡は本体に意志を持たせられている。

 その意志が生み出すイメージに沿って、持ち運ぶゲキガンガーをジャンプさせたのだ。

 

「ほう、面白いことを聞いた」

 

 北辰の目が遺跡へと向けられる。

 放り投げられた遺跡はなんともないのか、立ち上がってゲキガンガーを睨む。

 

 北辰は機体が抱えている遺跡を地面へと降ろしてから、

 何度もボソンジャンプさせられた遺跡へと拳を突き出す。

 

 それを遺跡はボソンジャンプで避け、ゲキガンガーの頭部へと移動した。

 

「貴様!」

 

 頭部に貼り付いている遺跡を掴まえようとする。

 今度は逃げるだけではなく、何かがゲキガンガーの頭部にジャンプアウトした。

 

 それを握ってしまったせいで、爆発が起こる。

 頭部の無くなった機体は、力を失ったように地面へ膝をついた。

 

 それを遺跡は、ボソンジャンプで回避した場所から見ている。

 

「あれはミサイル?」

 

「ええ、恐らくはどこかからミサイルをボソンジャンプさせたんでしょうね」

 

 まだ頭を抱えているユリカに、イネスが答える。

 それでも頭部を失った機体は、戦意を失わずに遺跡へと拳を振るう。

 

「そんな状態で張り合うことなどできんよ!」

 

 遺跡が分身でもしているかのように、数を増やす。

 一瞬ごとにイメージを送り込んでいる為に、目が錯覚してしまっている。

 

「あ、リョーコちゃん」

 

 そんな戦いをよそに、ユリカの目の前にウィンドウが開く。

 爆発音が鳴り響く戦場が隣にあるのに、気楽な声が通信から聞こえる。

 

「おー、艦長。こっちは片付いたからそっちへ向かうぜ。

 ケガはねえだろうなあ。その為に何人か先に行ったんだからよ」

 

 先行した人間の方が、危険であった。

 憎い相手が目の前にいることに、耐えられなかったのだろう。

 

 クレーターが歪む程の暴れっぷりをしてくれた。

 

「えっと、私はないんですけど」

 

 ユリカが苦笑いを浮かべながら、倒れているアキトを見る。

 満身創痍という形容があっているアキトは、今にも死にそうであった。

 

 四つの部位を撃たれ、感覚の補正を断って動き回ったのである。

 もはや傷口は、重傷という言葉ですら生ぬるい。

 

 その視線に気付いたアキトは、見返す。

 それから、北辰と争う遺跡を見てから、誰に言うわけでもなく呟いた。

 

「――あんなの連れてくるの卑怯だろ」

 

 そう呟き、がくっと首から力がなくなって地面に倒れる。

 

 

 

 

 

 そうして他のメンバーが、クレーターに降りてきた時には終わっていた。

 

 ゲキガンガーは大破してしまい、遺跡が高笑いをしている。

 あの先制攻撃を食らった状態では、まともに戦うことすらできなかっただろう。

 

 ボソンジャンプの制限がない時点で、遺跡の勝ちは確定したようなものだった。

 

「メンバーの選考が間違ってたな」

 

 リョーコが、腕組みをしながら怒ったように呟く。

 敵の物量を捌かないといけない状況だった為に、文句は言えなかった。

 

 とは言え、ここで起こったことを聞いてからは、考えないわけにはいかなかった。

 

 ラピスを人質に使えば良いものを、アクアが暴走してしまった。

 人質を使うことで、交渉をするということもできたはずだった。

 

「なんか、大変な事になってしまいましたね」

 

 後始末をしている周囲を眺めながら、ミユキは呟いた。

 集まっている面々で、盛大にため息をつきながら惨状を見つめる。

 

 この惨状の大半が、二人の手によるものであった。

 

「知ってるか。

 なんか地球では、今まで隠されていた犯罪が暴かれたって大騒ぎらしいぜ」

 

「あー、そうそう。なんか英雄扱いなんだよね。

 情報を公開した人のことを、知られざる犯罪者を暴いた、とかでさ」

 

「なんか地球は、戦争どころじゃなくて大騒ぎだってさ」

 

 地球のありとあらゆる場所が、過去の罪状に困り果てている。

 犯罪者は根回しに忙しく、罪を追う者は追求と断罪に忙しくなっていた。

 

 その過去の罪の中には、知られなかった歴史。

 今回の戦争が、古代火星人の遺産を巡ったものということが含まれている。

 

「なんだよ。あんな奴、ただの誘拐犯じゃないか」

 

「そう言うなよ、テンカワ。難しいことはわかんねえけどよ。

 誤解も解けて戦争も終わり。良い事じゃねえか」

 

「最後は手と手を取り合って終わる、ってね」

 

「まあ、そうだけど」

 

 目の前に広がる光景を見ながら、殺伐とした争いの跡にげんなりする。

 機械の残骸が地面に数えれない程転がっており、地面や壁は穴が穿たれている。

 

 円形の跡は、人を殺すには十分な威力を見る者に想像させた。

 遺跡の端末を武器として使うことは、理解できない者には強過ぎる。

 

 古代火星人と呼ばれる何者かが残した遺産。

 その残した物を、人類は奪い合う為に今回の戦争は始まった。

 

「でも、笑顔で握手してますよね」

 

 目の前には、ユリカと草壁が笑顔を浮かべて握手している。

 クレーターへと降りた時には、二人は和平についての話し合いを始めていた。

 

 一人は、純粋に平和のことを考えての握手であろう。

 しかし、もう一人は保身の為に和平を執り行おうとしている。

 

 草壁にとっては、今回の情報公開は恐ろしいことだった。

 

 秘密というものは、いつか明かされる。

 たとえ今回の波を乗り切ったところで、人の口に蓋をすることはできない。

 

 情報を公開された時から消えていたのでは、話にならなかった。

 

 だから、草壁は和平を結んでいたという自己保身を行わねばならない。

 また、自らが信じる理想を目指して、敵という立場に戻ることもあろう。

 

「盲目とは辛いものだ」

 

「え」

 

「奴の悪い癖だ。自身が信じるものの為には、正義も悪も行う。

 悪を許容してしまうが故に、己が信じる理想を汚していることに気付かぬとはな」

 

「貴方、誰ですか」

 

「我か。我は……木連の軍人よ」

 

 暫くの逡巡の後に応えた答えは、間違いではなかったが、

 北辰そのものを表す言葉としては、正しいとは言えないものだった。

 

 己を偽ることを苦にしているのは、暗殺者自身である。

 

「会長は大丈夫なんでしょうか?」

 

「心配は無用。医者が治癒に当たった上に、ナノマシンが強靭ときた。

 地球の医学というのは恐ろしいものがある。よくもまあ戦ってきたものだ」

 

「さあ、会長はなんていうか怖い人ですから」

 

 ミユキにとっては、アキトが負けたという事実も信じられなかった。

 いつものように、誰もが驚かそうと画策しているのではないかと疑ってしまう。

 

「ふむ、奴との縁もここで断たれよう。

 どこへ連れていかれるかは知らんが、次に相対する時がないとはな」

 

 いつのまにか輪に入ってきた男は、思案顔になった。

 

「あ、犯罪者」

 

 誰かが呟いた言葉が示すのはアクアである。

 ここでの暴れ方や、ことの顛末を聞いての呼び名であろう。

 

 その言葉に、アクアは弱冠眉を顰めながらも歩いてきた。

 

「あの、付いて来てもらえます?」

 

 そして、毎度の如くミユキは、アクアへと引きずられながら連れていかれた。

 

 

 

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