グリフォン星系第四惑星エヴァンス。
金星サイズのこの惑星は、二つの衛星を従えており、そのどちらとも居住可能だ。
人類がこの星、この星系を発見したのは二百五十年程前。
人類が積極的に外宇宙に進出しだした頃の事だ。
火星や金星で行ったテラ・フォーミング。その技術をこの星にも適応しようとした。
だが問題もあった。
地球からの観測で、この星がテラ・フォーミングにより居住可能な星になる事は分かっていたが、問題は地球とこの星の間に広がる広大な空間であった。
距離はおよそ三光年。
光の速度で三年はかかる計算である。
人類にはボソンジャンプシステムというれっきとした外宇宙航行システムが存在していたが、最大の難点はA級ジャンパーなりが一度はその地を訪れていなければならないと言う事である。
ボソンジャンプはナビゲータのイメージングにより場所を決定、その場所へ跳ぶ。
つまり、イメージできなければその場所へ行くことはできないのである。
写真やビデオなどでは不確定要素が多すぎて危険すぎる。
結局現地にA級ジャンパー数名を送り出す事に決定した。
コールドスリープの技術は確立していたので、歳に関する問題は無かった。
最寄のヒサゴプランネットワークコロニーより、慣性航行することおよそ数十年。
辿り着いた彼等はその場所をしっかりと脳裏に焼き付けた後帰還。
行きと違って帰りは一瞬だ。彼等にはボソンジャンプがあるのだから。
帰還した後、彼等はその場所にコロニーが出来るまで、延々数百回に渡って地球――エヴァンス間を往復し続けた。
コロニーが出来てしまえば物資のやり取りもかなり楽になる。
そこを拠点に、惑星のテラ・フォーミングが開始され、終了するまでにおよそ四半世紀。
後に最初の入植者達――エヴァンス移民船団と言い、惑星エヴァンスの名前にもなっている――により都市が造られる。
都市の名前はこの惑星に人類を運ぶ事に貢献したA級ジャンパー達の名前が取って付けられる事になった。
以来二百年――多少の内乱はあったものの、今や惑星の人口は十億人を数える、緑豊かな工業惑星である。
そのエヴァンスの静止軌道にあるコロニー『ツクヨミ』に、ユーチャリスは入港しようとしていた。
機動戦艦ナデシコ〜時の流れの迷い子達〜
第二話 『時の歯車』
ユーチャリスは艦長であるヒスイの操舵のもと、両舷のスラスターを使用し、微妙に艦の位置を調整しながらコロニーの埠頭に接岸した。
船体がガントリーに完全にロックされると、連絡用通路が伸び、エネルギー補給用のダクト・パイプなどが接続され、ユーチャリスは延命治療中の患者のような状態になってしまった。
物資運搬用の接続通路も接続され、物資が搬入され始める。
生鮮食品、衣料品、薬品エトセトラ・・・・・。
それらは全て自動で行われ、ラピスの制御する作業用無人ロボット達が、所定された位置に物資を運んでゆく。
無論これらの品々は全て代金と引き換えだ。
ヒスイは自分で作り上げた架空の口座から、架空の金を作り出し、データーとしてコロニー側に支払った。
現実のお金ならともかく、データー上のお金なら幾らでも誤魔化しが効く。
『妖精』の一族である彼女にとって、この程度の事は造作も無い。
一通りの事が終ると、ヒスイはメノウと共に送られて来た通信販売のカタログに目を通し始めた。
『当店ではお客様の理想とされる、様様な衣料品を取り揃えてございます。何なりとご注文下さいませ』。
「試着したいんだけどいいかしら?」。
『勿論承っております。お客様のお写真、もしくは体型などのデーターを入力して頂ければ、その通りのホログラムを作成いたしますが』。
「ほい、これと、これっと・・・・・」。
『ヒスイ様にメノウ様でございますね。少々お待ち下さい』。
カタログウィンドウの上に、『暫くお待ち下さい』の文字が出現する。
暫しの後、文字が消えると、ヒスイとメノウのホログラフィが出現する。
実物のおよそ六分の一、丁度子供が遊ぶ人形ぐらいだ。
『詳しい説明をお聞きになりますか?』。
「いいわ、何度もやっているし、じゃあまずこれとこれっと」。
カタログの写真をタッチする。
ホログラフィで表示されているヒスイ人形に、レモンイエローのワンピースが被さる。
「・・・・う〜ん、いまいちね、じゃあキャンセルして次はこれっと」。
薄緑色のキャミソールに紺のホットパンツ、髪の毛をアップにすれば中々様になるだろう。
『中々良くお似合いでございますよ』。
彼女は絶世の美女と呼ばれる美貌の持ち主だ。大抵の物は何でも良く似合う。
「・・・・さっきから見てないで、メノウも選びなさいよ」。
促されて初めて、横にいたメノウはウィンドウにタッチした。 彼女が選択したのは機能的なデザインの洋服にジーパンだけだった。
年頃の女の子ならまず選択しないものだ。
『お客様、それは少し・・・・』。
AIも何か言いたげだ。
「これでいい訳?」。
「(コクン)」。
メノウは頷いた。
彼女は機能性を最優先に選ぶタイプで、身嗜みとかお洒落とか、そう言う物には全く見向きもしない。
現に彼女の頭は、緑色の髪を無造作にヘアゴムで根元から縛っただけのポニーテールだ。
起きてからろくにブラシも入れなかったのだろう、所々ぼさぼさだ。
「アンタねえ・・・・元が良いんだから、それなりの格好すればすっごく綺麗なのに」。
「別に、あんまり興味ないから」。
ヒスイは思わず肩を竦めた。六分の一サイズの店員のAIも少々困惑気味だ。
「じゃああたしが見繕ってあげるわ。えーと、じゃあまずこれと、これなんかどう?」。
ヒスイがメノウをとっかえひっかえ着せ替え人形にしているが、当の彼女はあまり興味のなさそうな目で時々頷いたり、小首を傾げたりしている。
ピピッと、通信回線に着信を知らせる音が鳴り響いた。
ヒスイは作業を一時中断して、そちらの方の回線を開いた。
『毎度ご利用頂きありがとうございます。当店は新規にオープンいたしました蕎麦屋『新橋』でござ・・・・・』。
プツンと、ヒスイはウィンドウを閉じた。
「ラピス、ダイレクトメールや宣伝の類はキャンセルしてっていつも言っているでしょう?」。
『ゴメン、回線の方ブロックするの忘れてた』。
「しっかりしてよね」。
おかしな話だ。コンピュータが『忘れる』だなんて。
ヒスイがこの艦――ラピスと出会ったのはかれこれ三年程前だ。
IFSを持っていて尚且つ、電子空間でラピスと会話出来るのは艦内では彼女だけだ。
出会った当初から妙に人間くさいと思う。
ラピスが何時頃造られたかは分からない、だがまるで古くからこの艦に居るような感じだ。
そんな訳無いのに――ユーチャリスは就航してからまだたったの三年しか経っていないのだ。
ネルガル重工がその勢力を挙げて最後に建造した艦、それがユーチャリスだ。
だがネルガルはもう無い。だからユーチャリスにはドックに立ち入る必要が無いようにと、自己修復機能が備わっている。
中枢であるラピスが失われない限り、幾らでも再生が可能だ。
ふと気がつくとメノウがじっとこちらを見ている。
いくらか物思いに耽っていたようだ。
「ゴメンゴメン、カタログの続きだったわね」。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・別に私は欲しくない」。
「そんな事言わないの。女の子はね、洋服を持っているだけ損はしないの」。
「・・・・・・理屈が良く分からない」。
「成長すれば分かるようになるわよ」。
「・・・・・私はこれ以上成長はしない」。
「バカね、身体じゃないわ。心が、よ」。
優しい瞳でヒスイは言った。
埠頭には無数の船が接岸している。
無論、その数だけ人も居る。
アキラは大勢の人間達がたむろするバーの一つ、『ナイトメア』の片隅で、チビチビと酒を啜っていた。
酒は弱い方ではない、むしろ強い方だ。だが今日はどうも酒が進まない。
ユーチャリスには調理用を除いて、酒は殆んど無い。メノウの教育上よくないと言う理由からだが、飲酒運転をするほど愚かでもない。
たまにふらりとコロニーに下りては、浴びるほどの酒を飲むのが彼の楽しみだ
今飲んでいるのはウイスキーだ。琥珀色の液体がグラスの半分ほどを満たしている。
店内では酔っ払いが時折バカ騒ぎを上げたり、カップルやどこぞの商人達が世間話をしたりして、喧騒に包まれている。
だが彼の側には人は居ない。
この店の良い所は俺みたいな人間の為の席が確保されている事だ――アキラはウィスキーを一口啜りながら思った。
この酒場に居る全員がカタギと言う訳ではないだろう。
ヤバイ仕事に手を染めている人間も居れば、アキラのような、裏の世界に生きる人間もいる。その為の席が、このバーには確保されていた。
彼はつまみを一掴みほおばった。ウィスキーを啜り、胃に流し込む。
どうも気が乗らん――アキラは立ち上がった。
横においてあるバイザーを手にとると、彼はそれを装着した。
その一瞬にチラリと見えた彼の顔――濁った瞳に、目のすぐ下にある真一文字に走っている刀傷。
彼の瞳は殆んど機能していない。
昔、ある事件がおきてから、彼は光を失った。
その時一緒に出来たのが、この刀傷だ。
会計を済ませると、アキラはふらりと店を出た。
途中、自販機で酔い覚まし用のコーヒーを買い、近くの椅子に腰掛けた。
タブを捻って、蓋を開ける。彼は一口啜った。苦味が口の中に広がる。
彼の目の前には一面の宇宙が広がっていた。強化ガラス一枚を隔てれば、そこは死と静寂が支配する宇宙だ。
下の方――宇宙空間には上下は無いが、便宜上――には惑星と一緒に埠頭が見える。皆一様に同じ形をした艦艇ばかりが止まっている所から、恐らく軍用埠頭だろう。
いい気な物だ――彼は胸中で笑った。
軍人達は、自分達が踊らされている事に気付いていない。滑稽な事だ。
連合の裏には、巨大に蠢く闇が存在する。今日にいたる連合の腐敗は全てそれにある。
そして、彼はその闇の事を良く知っている。
「知らぬが仏――そんな言葉もあったな・・・・」。
知らない方が幸せな事もある――確かそんな意味だったな。
彼はコーヒーをまた一口啜った。
目の前の宇宙をさ迷っていた視線が、ある一点で止まった。
バイザー越しのその瞳が揺れる。
見覚えのある艦がそこにはあった。
「ダイアンサス・・・・・・・。彼女が来ているのか?」。
一月ほど前に立ち寄った――襲ったとも言う――コロニー『スサノヲ』。
そこで彼らは、『星界の女神』が第九艦隊に赴任した事を知った。
「――フン」。アキラは鼻で笑った。
このコロニーで会う事は無いだろうが、可能性は減らしておくべきだ。
彼はそう思うと、飲みかけのコーヒーを煽り、カラになった缶をごみ箱へ放ると立ち上がった。
――地鳴のような音と共にコロニーが震えたのはまさにその時である。
「――何!?」。
カタログに見入っていたヒスイは、ユーチャリスを襲った振動にカタログから顔を上げた。
「ラピス!」。
即座に虚空に呼びかける。
彼女の横、艦長席のすぐ脇の空中に、ラピスの立体映像が出現する。
桃色の髪、黄金の瞳、白い肌――かつて実在した同姓同名の人間を基に彼女は作られている。
『コロニー内で爆発があった模様!』。
「爆発っ!? 相転移エンジン始動!艦内警戒態勢パターンBへ!、コロニーにハッキングして内部の映像をこっちにリンクして!」。
『またのご利用をお待ちしています・・・・』。
通信販売のカタログウィンドウを強制終了させると、ユーチャリスは臨戦体勢に移行した。
「メノウ!」。
「今やっている」。
サブオペレーター席に座ったメノウは、コンソールのキーボードを操作している。
彼女はオペレート用のナノマシンを持ち合わせていない。キーボードの上を、指が滑らかに進んでゆく。
様々な種類のウィンドウが沢山開く。高速で中の映像がスクロールしている物もあれば、グラフを表示している物など様々だ。
「艦内オールグリーン。搬入物資の九六%が搬入済み。対消滅リアクターへの反物質流入順調、メインエンジン出力二七%で安定中。後百二十四秒で発進可能」。
早口で、だがしっかりと、メノウは表示されたデータを淡々と読み上げてゆく。
「コロニーの管制は?」。
ヒスイの問に、メノウはキーボードを操作、待つ事十数秒。
「・・・・混乱している模様」。
返答は実に分かりやすい物だった。
「そんな事だと思った。・・・・・・アキラは?」。
「コロニーのB−二十三ブロック地点で停止中」。
「さっさと連絡して頂戴。ユーチャリスは発進するってね!」。
「動くな!。大人しくしろ!!」。
「・・・・・・マシンガンを抱えた軍人達で取り囲んでおいて『動くな』は無いと思うが?」。
HOLD UP――武器を持っていませんの姿勢で、彼は毒づいた。
「・・・演習か何かか?」。
黙っていろ!!」。
マシンガンで小突かれたので渋々、アキラは口をつぐんだ。
軍人達が数名やってきて、彼の身体検査を始めた。
他人に身体を触られるのはあまり気持ちのいい物ではないが――相手が男の場合は特に――この時は大人しくしていた。
取り上げられた武器は銃が二丁に刀が一本、サバイバルナイフ五本に剃刀一本。
「ずいぶん厳重な装備だな。それになんだ、その格好は?」。
上から下――全身黒ずくめの彼の格好を見て、疑問を感じない人間が居る筈が無い。
「・・・・・俺がどんな格好をしようが貴様らには関係あるまい。あんた等に迷惑をかけた覚えは無いがな――大佐さん」。
「――!? 貴様何故!?」。
「肩の階級章を見れば一目瞭然だろうが」。
この程度で慌てるとは――アキラは少々呆れた。
「大佐!、コロニーは、ほぼ制圧しました!」。
伍長――階級章を読み取った――がやって来て報告した。
「ご苦労だ。少将殿は丁重に扱いたまえ。そして部屋から出さぬようにな」。
「はっ!」。
制圧?――アキラは眉を顰めた。
「さて」。
大佐はアキラの方に改めて向き直った。
「君には我々と一緒に来てもらおうか?」。
「――任意同行される覚えは無いが?」。
「口の利き方に気をつけたまえ、君は今レーザー・マシンガンに包囲されているのが分からないのかな?」。
そんなもの恐くは無い、俺のマントは対弾耐熱対核対レーザー防止仕様だ――言いかけてやめた。今度はマントを取られるだろうから。
「それに我々には分かっているのだよ。君が我々の計画を阻止しに来た秘密諜報員だと言う事はな」。
「だったら人違いだ。他を当たってくれ」。
アキラは即答した。
「証拠に身分証だってある」。
取り出した身分証を見せてみる。
リチャード・トンプソン――輸送船『ハコベラ』の一等航海士。
勿論偽造だ。彼の名前はリチャードなどと言う名前ではない。
無論ヒスイが造った物だ。万に一つの綻びも無い。
大佐はそれを一瞥し、ごく簡単な答えを導き出した。
「そんなもの、幾らでも偽造できる」。
無駄だとは思ったがやはりな――彼は嘆息した。
「だいたい、何処から俺に秘密諜報員だなどという疑いがかかるんだ」。
今度は攻め方を変えてみた。
「こんな所に、そんな格好でいるんだ、当然だろう」。
貴様らの頭は小学生レベルか!!、彼は憤激した。
「俺は急いでいるんだ。十四時までに出航しないと、次の搬入先に間に合わなくなる」。
「それは大変だな――だがその心配はない。この宙域のコロニーは全て我々が制圧した。君一人が心配する事ではない」。
このスキンヘッドオヤジ、いいかげんに解放しろ!!。彼は目の前で光沢を放っている大佐の頭を睨みつけた。
「・・・・・・・・・・・・・・分かった、なら俺がスパイではない取って置きの証拠を見せよう。それでダメなら何処へでも行くさ」。
彼は両手を前に突き出した。
「これだよ」。
「・・・・・? 何も無いがね?」。
「良く見ろ」。
「?」。
大佐が身を乗り出した瞬間――。
ゴスッ!――鈍い音がして拳が大佐の顔にめり込んだ。
「ぶげばああぁ!???」。
わけの分からない叫びをあげて大佐は吹っ飛んだ。
大佐!、貴様ぁ!・・・ぶげら!?」。
マシンガンを構えようとした男の懐に素早く潜り込んで顎にアッパーを一発。
倒れこむ男を踏みつけて、後ろ回しげりを叩き込む。
二 三人がまとめて吹っ飛ぶ。
横合いから突っ込んできた男その四を殴り飛ばし、没収された自分の銃を回収し、倒れこんでいた大佐の眉間に突きつける。
「形勢逆転だな。――おい、今すぐ武器を捨てるように言え」。
「ぐぬ・・・・」。
銃口を大佐の頭に突きつけたまま、彼は右手で大佐の首をがっちりと固定し、動けなくする。
「お、お前達武器を捨てろ!、言われた通りにするんだ!」。
ガチャガチャ――マシンガンが床に捨てられる。
「よし、そのまま動くなよ。動けば大佐の命は無い。――おい貴様、俺の刀をこっちによこせ。妙な動きをしたら大佐の命は無いからな」。
手近にいた男その五に、床に落ちている刀を回収させる。
「ぎゃああああああ!!!」。
突然大佐が絶叫を上げた。
アキラの銃――大出力のレイ・ガンから迸った光線が、大佐の左肩を貫いていた。
「貴様!。何故!?」。
「そこの男が動いたからだ。だから俺は躊躇わずに撃った――ただそれだけだ」。
アキラの横合いに居た男その六が、機を窺おうと一歩前に踏み出した。それをアキラは見つけ、警告通り撃ったわけだ。
「たった一歩だけで・・・・」。
「『動くな』と俺は言った、それが一歩だろうが百歩だろうが関係ない。動いたから警告通り撃った。ただそれだけだ。・・・・・さて、警告は三度までだ。次はこの男の足を、その次は頭を撃つ。まあ、瞬きと息をするのだけは許してやるがな」。
その警告と実行で、同じ事を考えていた男達は接着剤で固定されたかのように動かなくなった。
「不甲斐ない部下を持つと苦労するな?ええ、おい」。
バカにしたようなアキラの言葉に、大佐は痛みに顔を顰めながらも恨めしそうな目付きでアキラを睨んだ。
先程の男その五が、没収された刀を持ってやってくる。
アキラは、それを片手で受け取る――勿論、もう片手は首をきめている――とクルリと回して腰に挿した。
「さて、あんたには俺と一緒にそこまで来てもらおうか。――お前らは動くなよ。心配するな。いい子にしていれば大佐さんはちゃんと戻ってくる」。
大佐に首をきめたまま、彼は後じさるように、通路を進んでゆく。
「あんたにはついでに幾つか聞いておこう。・・・・・・『制圧』や『計画』。この単語の意味する物は何だ?」。
「答える義務は持たん」。
「おーおー、威勢がいいねえ。・・・・・だが忘れるなよ。あんたの生殺与奪の権利は俺が握っているんだ。ついでに言葉遣いも正してもらおうか、大佐殿?」。
コツコツと、こめかみに銃口を突きつける。
「・・・・・・・・ぐぬぬぬ・・・・分かった、話してやる」。
悔しげにうめいた大佐だったが、観念したのか話し始めた。
大佐の話はこうだ。 我々は、ここ一世紀以上に渡る慢性的な政治不信――それを払拭すべく、打倒連合の旗印を掲げた。それが十年前。
それ以来綿密な計画を練り、人員の説得や物資も整い、今日を見計らって決起した義勇軍――大佐はそう言った――である事、など。
「とどのつまり、連合に対する反乱か」。
なるほど、俺の事をスパイと疑いたくなるわけだ。
彼は思った。恐らくこのスキンヘッドオヤジは小心者で、人をあまり信用できないヤツだ。
――となると、ユリエのヤツはこりゃ連合の上層部に一杯食わされたかな?
先程見たダイアンサスの状況から見て、彼女も巻き込まれている可能性が高い。
まさか奴さんが当事者じゃないだろうな。
そんな疑念も浮かんだがすぐに払拭された。
ミスマル家は代々続く由緒正しい軍人の家系で、連合に忠誠を誓っている。彼女もその口だ。
反乱に荷担するような事は、まずありえない。
それにしても、内容から察するにかなり大規模な反乱だろう。それを察知できなかったとは、連合の諜報部は何をしていたんだか。
――・・・・まあ俺には関係ないか、連合がどうなろうか知ったこっちゃない。
彼の思考はにべも無かった。
「三百年前の火星の後継者のようにならなければいいがな」。
「何をバカな・・・・、あの時、草壁春樹は時期を早まっただけの事、もしもう少し遅く決起していたら、歴史の流れは変わっていただろう!!」。
「だが、歴史に『もし』は無い。今となっては変えようの無い過去だ」。
銃口を突きつけながら、彼は鼻で笑った。
・・・・じりじりとあとずさっていたアキラは、兵士達との距離がある程度離れた所で大佐を解放しようと思った。
「さて、あんたともこの辺でお別れだ」。
「それは残念だ」。
大佐は皮肉をこめて言った。
アキラは極めていた腕を開放すると、銃の照準を合わせたまま大佐を蹴飛ばした。
「行って来い!」。
「のわあっ!?」。
足蹴にされた大佐は突き出されるような格好で大きく前によろめいた。
大佐を盾にしてその隙にアキラは全力疾走で通路を駆け抜ける。
数秒遅れて、先程の兵士達のレーザーマシンガンが火を噴く。
「秘密を知られたからには生かしてはおけん、殺せ!」。
さっきの大佐が、無様にうつ伏せになりながら怒号を上げている。
おいおい、俺はB級ドラマのやられ役じゃないぞ――彼は心の底からそう思った。
破壊の意志を持った光線の中をかいくぐり、アキラは連絡通路に飛び込んだ。
振り向きざま、非常用のシャッターボタンをグリップで叩き潰す。
非情ベルが鳴り、真空でも内側の圧力に耐えられるほど分厚いシャッターが下りてくる。
これで追っ手は撒いた。
彼はユーチャリスに向かって走りながら、ポツリと呟いた。
「さて、後はお前の仕事だぞ。ユリエ」。
「遅いわよ!」。
「無茶を言うな、これでも全力できたんだ」。
艦長席に座ったヒスイが、ブリッジに飛び込んで来たアキラを叱咤した。
「ほいこれ」。
「?。何だ?」。
小さなケースを放ってよこす。
「酔い覚まし」。
「すまんな」。
アルコール分解錠をケースの中から三 四粒取り出して、口に放り込む。
効き目が現れるには四 五分待たなければならない。
効果が現れる間に、アキラは先程の大佐から聞き出した情報を、ヒスイ達に伝えた。
「・・・・・・・なるほど、義勇軍ねえ・・・・、確かに、今の連合はあまり良い状態とは言えないものね」。
「でなければ、俺達がこんな所にいる理由など無い」。
十五年前のあの事件が無ければ、彼はここにはいない。
「決起するのは構わないけれど、巻き込まれたほうはたまった物じゃないわね」。
「全くだ」。
巻き込まれたアキラとしては人事ではない。
「さて、俺達としては何時までもここにいる必要は無い。さっさと脱出しよう」。
「了解」。
ヒスイはシートの肘掛に手を置く。
「OOS作動。連絡通路及びエネルギー供給パイプ、物資搬入通路切り離し」。
延命処置患者のような状態になっていたユーチャリスは、艦体の至る所から伸びていたパイプを切り離し、その純白の美しいフォルムをさらけ出す
「進路固定。星系脱出ルートへ!」。
「船体ロック、解除します」。
コロニーとユーチャリスを結んでいた唯一のロックも外れ、ユーチャリスは宇宙に漂う。
「ユーチャリス発進!」。
相転移エンジンが唸りをあげる。
「前方に機動兵器群」。
「構わん、突っ込め!」。
ユーチャリスのエネルギーを感知したのか、あたりに展開していた無人兵器達がユーチャリスに向かってくる。
「前方に大型戦艦一隻確認。・・・・・艦銘は『ダイアンサス』」。
ウィンドウに停泊中の艦が映った。
ナデシコ級戦艦ダイアンサス。第九艦隊の二番艦の筈だ。
「ひょっとしてユリエさん、来ているの?」。
「恐らくな、あいつとは火星で戦ったとき以来だから、ほぼ一ヶ月ぶりだな」。
この艦の中で直接彼女――『星界の女神』――と面識のある人間はアキラとメノウだけだ。
ヒスイは実際に会ったことは無いが、記録としてはミスマル ユリエという人物を知っている。
そしてアキラとメノウが、自分が二人に出会う前に、ユリエと何らかの面識を持ち合わせている、と言う事を彼女は知っていた。
『このままの進路だと二十秒後にダイアンサスの索敵エリアに入ってしまうけど』。
「構わんさ、気付いた所でどうにかなるものじゃない」。
ラピスの問いに、アキラは素っ気無く答えた。
「グラビティブラスト用意。敵機動兵器群を撃ちぬいた後、ダイアンサスの真横を通過してボソンジャンプで逃げるぞ」。
「了解!!」。
「撃て!」。
重力波の奔流が空間を駆け巡り、機動兵器達を一飲みにする。
停泊中のダイアンサスの横を、まるで見せ付けるかのように堂々と航行してゆく。
『静止軌道まで後二〇秒!』。
「・・・ダイアンサスより強制入力」。
「キャンセルしろ。今はまだ・・・・あいつと会うべき時ではない・・・」。
強制入力をキャンセルすると言う荒業――勿論、ラピスがいればこそだが――を平然とやってのけると、ユーチャリスは静止軌道に突入した。
「ジャンプフィールド発生装置作動、現宙域より離脱する!」。
アキラの身体にナノマシンの紋様が光り輝く。
それは彼が、この世界で数少ないA級ジャンパーである証だ。
『イメージングナビゲーションシステム、アキラの思考回路と同調確認。システムオールグリーン。目的地のイメージをどうぞ』。
「目的地は地球。最後の仕上げに入るとしよう」。
アキラはニヤリと笑った。
『ボソン=フェルミオン、変換順調、ボソンジャンプまで後、十、九、八、七・・・・・」。
彼らがボソンジャンプをしようとした、まさにその時。
「・・・・地表より高エネルギー反応」。
メノウの静かな声が、カウントダウンを掻き消した。
「何!?」。
――ハンマーでぶん殴られたような衝撃がユーチャリスを襲った。
「きゃあああ!」。
「っ!!!」。
「くっ!」。
ヒスイは揺さ振られ、メノウはコンソールに突っ伏し、立っていたアキラは椅子にしがみ付いた。
「何が起きた!?」。
「分かんないわよ!。エヴァンスに対軌道兵器があるなんて聞いてないわ!!」。
椅子に座り直しながらヒスイは怒鳴った。
「それより被害状況の確認!、ラピス!!」。
『艦内の被害は甚大!!』。
ユーチャリスのシルエットがウィンドウに映し出される。
『艦首はほぼ全壊!、砲口及びカタパルト使用不能!!第二相転移エンジン出力低下!!フィールドジェネレーター全壊!!その他にも上げればきりが無い!』。
「ディストーションフィールドを貫いたのか!?」。
ユーチャリスのディストーションフィールドは二重のタンデム・ディストーションフィールドと呼ばれ、大概の攻撃は通用しない。
そのフィールドを貫いたと言う事は、並大抵の出力ではないと言う事になる。
「大穴が開いているじゃない。よく無事だったわね私たち」。
「・・・真っ赤・・」。
船体のほぼ中央部に大穴が開いている。ユーチャリスのシルエットは各ブロックがほぼ真っ赤に染まっている。
ユーチャリスでなければ撃沈されている被害だ。
「艦内隔壁閉鎖急げ!!隣接区画への大気充填も忘れるな!!」。
『!?。ジャンプフィールド発生装置に異常発生!!。フィールドジェネレータが始動、・・・・・・・ぼ、暴走してる!!』。
ラピスが悲鳴をあげる。
『イメージングナビゲーション伝達システムにも異常発生!!。イメージが正しく伝わっていない!!』。
「今の衝撃のせい!?」。
「まずい、ランダムボソンジャンプになるぞ!!」。
それだけは避けたい。世捨て人として生きて来たとは言え、何処とも知れぬ深宇宙で死を迎えるのは流石にぞっとする。
それに・・・・・・・自分にはまだやるべき事が残っているのだ。
「食い止められるか!?」。
「ダメ!、制御を受け付けない!!」。
ヒスイが叫ぶ。
「くそッ!!!」。
アキラは拳をコンソールに打ちつけた。
――後少しで、計画の第一段階は成功しようと言うのにっ!!。
アキラは運命の女神とやらに憎悪を抱いたがどうにもならなかった。
その数秒後。
ボソンの煌きだけを残して、ユーチャリスは何処とも知れぬ宇宙へと跳んで行った。
時の歯車は音を立てて回り始めた・・・・。
次回予告
ランダムボソンジャンプで消えたユーチャリスは、火星に姿を現した。
満身創痍のユーチャリスの目前に、地球連合艦隊が現れる。
だがそれは、彼らの知っている連合艦隊とは少し様子が違っていた。
予測不可能な事態に困惑するアキラ達、彼らの身に何が起きたのか!?。
次回 時の流れの迷い子達
第三話 『時の迷い子』
安息の地を求めて、彼等は再び宇宙を旅する・・・・・。
あとがき
果たして私のSSを何人の人が覚えてくれて、何人の人が楽しみにしてくれるのでしょうか。
どうも、サラマンダーです。
第二話は遅れに遅れ、しかも容量が大きくなりすぎて上手く纏まりきれていません(泣)。
それでも読んでくれる人がいれば幸いです。
第三話は近いうちに投稿できるはずです・・・・(多分・・・恐らく・・・・・・きっと・・・・・・)。
では次回でお会いしましょう!
代理人の感想
楽しみにしている人間が少なくともここに一人(笑)。
いつの時代に飛んだかも気になりますが、ボソンジャンプとどう絡めてくれるのかが注目ですね。