地球連合艦隊は火星宙域で壮大な戦いを繰り広げていた。

木星の彼方から飛来した謎の敵性艦隊を撃滅すべく、連合艦隊はその総力を結集して撃滅にあたった。

だが、地球側の兵器は尽く通じず、逆に小型の機動兵器にて嬲り殺しにあうと言う手痛い反撃を受けていた。

情報は錯綜し命令は混乱し、目も当てられない状況となっていた。

この時の司令官。フクベ・ジン提督は自艦をチューリップにぶつけると言う強攻策に打って出た。

だが作戦は失敗し、チューリップの一部を破壊し、進路をそらせただけであった。








――後に『蜥蜴戦争』と呼ばれる戦いの、最初の一幕である。









機動戦艦ナデシコ〜時の流れの迷い子達〜

第三話 『時の迷い子Lost Memories







その戦闘宙域に程近い宇宙空間に、ボソンの煌きが集約しつつあった。

満身創痍のユーチャリスはその煌きの中から出現し・・・・・そしてその場で停船した。








「――うう・・・・・」。

アキラは頭を押さえて起き上がった。

頭の奥と額がズキズキする。

前者は恐らくランダム・ボソンジャンプの、そして後者は恐らく前のめりに倒れこんだ時、額を床にぶつけたせいだろう。

彼は二・三度頭をふった。

ぼやけていた目の焦点がハッキリしてくる。

バイザー越しにメノウが倒れているのが見えた。

ふらつく体を支えながら、何とか立ち上がる。

「――おい、起きろヒスイ。メノウもだ」。

コンソールに突っ伏しているヒスイを揺り動かし、倒れ伏しているメノウに呼びかけた。

「――ううん・・・・」。

「・・・う・・・」。

二人とも頭を押さえながら起き出した。

メノウもヒスイもB級ジャンパーである。彼ほどではないにしろ、ランダムボソンジャンプではそれなりの影響は受ける

「・・・何が起きたの?」。

「・・・・ここどこ?」。

「それを今から確認するんだ。ぼさっとしてないで頭をハッキリさせろ」。

「了解、ラピス。現状報告」。

眠い目を擦りながらヒスイは虚空に問うた。

しかし反応が無い。

「・・・?、ラピス?」。

「どうした?」。

「分からない。システムに不備があるのかも、ちょっと確認してみる」。

そう言うと彼女は目を瞑り、艦のシステムにアクセスを開始した。

「――ちょっと、なによこれ!?」。

開始するなり、ヒスイは悲鳴をあげた。

「どうしたんだ!?」。

アキラはもう一度同じ台詞を返した。

「あっちもこっちもずたぼろじゃない!?。どうして自己修復システムが作動していないのよ!!?」。

「ウィンドウ通信システム破損。艦内音声入力システム破損。グラビティブラスト及びグラビティキャノン大破、発射不能。レーダー・・・・何とか生きてる。艦首大破。第一第二相転移エンジン出力低下。ジャンプフィールド発生装置完全損壊。艦内二十七箇所から大気流失・・・・・他にも上げる?」。

「・・・・・いや、いい。それだけ聞けば十分だ」。

アキラはサブシートに座ったメノウの淡々とした被害報告に頭を抱えた。

「ラピスは?」。

「待って、んーと・・・・・・。あちゃー、電圧が足りなくて強制睡眠モードに移行しちゃってる。待ってて、今電圧を上げてあげるからね・・・」。

艦内のあちこちでヒューズが飛んだり、漏電を起こしたりしているが、何とか必要量の電力を集めるとラピスラズリに注ぎ込んだ。

「これでOK!」。

『ふー、死ぬかと思った・・・』。

ウィンドウにラピスが現れる。ソリットビジョン化するには電圧が足りないようだ。

「大丈夫か?」。

『何とか、記憶中枢や言語中枢に異常は無いし、艦の制御もできるけど、何これぼろぼろじゃない』。

「エヴァンスの地上から対軌道攻撃を喰らったからね。何が起きたか分かる?」。

「そんなことは後だ、今は現状の確認が最優先だ。ラピス、俺達は今何処にいる?」。

『外部センサーがかなりイッちゃってるけど・・・・・、待って・・・何とか・・・』。

数秒の間――従来なら一瞬なのだが――を置いてラピスはウィンドウを表示した。

『現在位置、火星宙域。宙域のどのへんかは、ちょっと分からない』。

「火星か。どこぞの深宇宙などと言う最悪の状況は避けられたようだな」。

「ランダム・ジャンプなら命があっただけ儲けものだと思わなきゃね」。

「そうだな」。

ヒスイの言葉にアキラは深く頷いた。

『―――!?。近傍宙域に戦闘反応!?。艦隊が交戦中の模様!!』。

「なに!?」。

「ちょっと、戦闘ってどういう事よ!?」。

「センサー・・・は使えないんだったな。光学観測。望遠モードで最大ズーム!!」。

複数のウィンドウが同時に展開し、辺りの宇宙を映し出す。

「!?」。

アキラは身を乗り出してウィンドウを食い入るように見つめた。

「連合・・・艦隊!?」。

ヒスイがうめく。

「まさか!?、もうこんなに速く追っ手が!?」。

「・・・・でも様子がおかしい」。

「確かに。この位置なら向こうの索敵レーダーに引っかかってもいいはずだ。・・・・気付いていないのかそれとも・・・・」。

『追撃・・・されているのかな?。艦隊の後方に更にエネルギー反応が感じられる』。

「何だか分かるか?」。

『光学観測ではこれが精一杯』。

連合艦隊の後方から追撃している――と思われる――物体は、位置関係からただの光点にしか見えない。

それらにはラピスが”UNKOWN”の識別をつけている。

「識別不明・・・データーバンクに該当なし・・・か・・」。

「ラピスのデーターバンクには古今東西のデータが詰まっているはずだ、それに該当がないとなると・・・・・」。

――まさか太陽系外の知的生命体、などというオチではないだろうな・・・・。

無いと言い切れないところが恐い。人類は外宇宙へと進出しているのだ。ファーストコンタクトはまだだが、いつ地球外知的生命体と出会ってもおかしくない。

『――センサーが高速移動物体をキャッチ?、・・・・・こ、これ、火星へ向かっている!?」。

「メテオか!?」。

『違う、もっと金属質の高い、何かが火星に向かっている!!、墜落まで一分!!」。

「分析しろ!!」。

「了承!!」。

光学観測で得られた情報を元に、ラピスのデーターバンクの中身を引っ掻き回す。

「チューリップ!?」。

『大変!、このままの軌道だと、火星のコロニーに墜落する!!』。

「コロニーだと!?、バカを言え。火星には人の住んでいるコロニーなんてものはもう存在していない!」。

『座標位置算定・・・ユートピアコロニー!!』。

チューリップは火星の大気圏に突入し、その巨体を真っ赤に燃え上がらせる。

光学観測でも分かるほどの長大な尾を大気圏に残し、・・・・・そして墜落した。

火星を移していたウィンドウの一角に小さな光点が生まれ・・・・・そして消えた。

「・・・そんなっ!?」。

「直撃・・・」。

「・・・だが人的被害はゼロだ。ユートピアコロニーは十五年前に核弾頭の直撃を喰らって以来、人は一人もいない・・・。だが解せん、火星はこんなに青かったか?」。

ウィンドウに映っている火星は、豊満な水を湛えた惑星の姿をしていた。

――十五年前のあの事件の影響で、火星の水は全て蒸発し、元の赤い大地に戻ってしまったはずだ・・・・。

「――さっきの連合艦隊と言い、テラフォーミングされた火星と言い、理解不能な事象が多発している・・・・どういう事?」。

「ラピス」。

静かな声でアキラは問い掛けた。

「お前の判断を仰ぎたい。ぜひ意見を提示して欲しい」。

『・・・・確証は無いよ?』。

「構わん。どうせ状況は似たり寄ったりだ」。

『それなら話すけれど・・・・・、さっきの戦闘は恐らく地球連合艦隊と木星連合艦隊との最初の遭遇戦だと思う」。

「『モクセイレンゴウ』?」。

アキラが首を傾げる。

「・・・知らないの?。二一九五年頃に存在していた地球連合以外の初めての国家よ。その正体は、月独立運動に敗れた独立派の人間達が建国した国家。今はもう無いけれどね。・・・・・小学校の教科書にものっているわよ?」。

「あいにく、オレは小学校中退だ。なにせあの事件が起きたからな」。

「あ、そうか・・・・。ごめん・・・」。

「・・・・・まあいい、それで?」。

『最初の遭遇戦は第一次火星会戦と呼ばれていて、西暦二一九五年に発生した事象なの』。

「――おいおい、言っている意味が分からんぞ。今は西暦二五二〇年だ。三百年近く昔の事象がどうして関係してくる?」。

『もう少し詳しく惑星の運行位置を調べてみなければ分からないけれど・・・・、今目の前に見えている火星は西暦二一九五年の火星で、恐らく、私たちは三百年以上も昔にタイムスリップしてしまったんじゃないかと・・・・・』。

そこまで言ってラピスは口をつぐんだ。

自分の発した言葉が、三人の心に染み渡るのを暫く待つ。

「――なぜそんな事が言える?」。

思い沈黙の中、アキラが普段と変わらぬ声で――少なくとも表面上は――ラピスに問うた。

『さっきからヒサゴプランネットワークにアクセスを試みているんだけれど反応が無いの。まるで消えてしまったみたいに。それに・・・・』。

一瞬ラピスは言いよどみ。

『・・・・・さっき火星に落ちたチューリップは、第一次火星会戦のときに連合艦隊の攻撃によって進路を変更された物と見て間違いない・・・・」。

「チューリップが落ちて、ユートピアコロニーの人口六十万人が死んだって言うアレ?」。

画面の中でラピスは頷いた。

「チッ!。何時の時代も、軍というのはろくでもないことをする物だな」。

アキラは吐き捨てた。

「ユートピアは二度も滅ぼされたと言う事か。こいつと、核で・・・・。あと何回滅ぼせば気が済むんだっっ!!?」。

「・・・・・気持ちは分かるけれど、ここで怒鳴り散らしてもしょうがないっしょ、逆にストレスが溜まるだけよ」。

「・・・・・・・・そうだな、お前の言う通りだ。・・・・礼を言う・・・」。

フーッ・・・と、二度三度、アキラは深呼吸をした。

「とにかくだ、一度ユーチャリスを本格的に修理せねばならない。自己修復システムだけでは到底間に合わないだろう。一度下に降りてドッグを探す必要があるな。俺達の時代にはオリュンポスに造船ドックがあった。とりあえずそこに行ってみよう。・・・・・時代を確かめる意味も兼ねてな」。

「了解。ラピス、大気圏降下準備」。

『了解。対消滅エンジン停止。大気圏航行用の核パルスエンジンに切り替えます』。

「・・・・・所で、大気圏突入には今のユーチャリスで耐えられるのか?」。

『速度と角度を調節すれば何とかなるはず』。

「頼むぞ」。

『まっかせて〜〜!』。

Vサインを出すとラピスは消えた。

ここから先はヒスイとラピスの仕事だ。

――やれやれ、とんだ事になったようだ・・・・。

アキラは戦闘指揮席で深々と溜息をついた。







『外部放射線レベル、基準値を下回っています。人体に影響のあるレベルの放射線は検出されていません』。

「――これで少なくとも、十五年より以前である事ははっきりしたな」。

前方に広がる光景――やや薄い青空に、地球と一回りほど小さい太陽・・・・・、ガキのころの記憶とそっくりだ。

「防護服を装着しても一時間も持たないあの火星とは大違いね」。

「昔はこうだった。・・・・もっとも、今となってはどうにもならん、失われた景色である事は確かだな」。

しかし、生きている内にこの光景を再び目にする事が出来るとは・・・・。アキラは子供のころに見た思い出と寸分違わぬ今の景色とを比べた。

「レーダーに反応無し。敵性物体と思われるものは感知されず」。

大気圏突入後からレーダーと睨めっこをしていたメノウが、定期的に知らせてくる。

「そうか、引き続き監視してくれ」。

「了解」。

「代わろうか?、疲れたでしょう?」。

「まだ大丈夫」。

「ラピス。サテライトシステムの調子はどうだ?」。

『どうもこうも・・・』。

現れたラピスはかなり不機嫌のようだ。

『大気圏突入前に衛星を放出したのは良いとして、アンテナがやられててて、ろくすっぽ電波を受信できやしない。これじゃあ、何の為のサテライトシステムだか・・・』。

彼女は画面の中で肩を竦めた。

「とにかく調整を続けてくれ。大気圏内をアクティブレーダーだけで探索するのは限界がある」。

『やってはみるけれどね・・・、あんまり期待しないで』。

そう言うとラピスのウィンドウは消えた。

「とにもかくにも速く修理しないと。今は何も起きていないけれど、これから先何処に不都合が出てくるか分かったものじゃないし・・・・」。

艦長席でヒスイがぼやく。

メノウは相変わらずレーダーと睨めっこを続けている。

「正論だな。ユーチャリスがこれだけのダメージを受けたのは、就航以来始めてだからな。・・・・・メノウ、オリュンポス山の様子は?」。

「・・・・ドッグらしい物の反応はあるけれど、近づいて見ないと分からない」。

「行って見なければ分からない・・・か。ラピス。オリュンポスに進路を取ってくれ」。

『了解。・・・ああ、やっと休める・・・』。

いままで散々歩かされ続けた子供のような声を出した。







オリュンポス山 ネルガル重工ドッグ








オリュンポス山にはアキラの読み通り、ネルガルのドッグがあった。

八〇〇m級の戦艦を格納出来るかどうかが最大の問題であったが、何とか格納は出来たようである。

ユーチャリスはその巨体をドッグに横たえると、自己修復システムと補修ロボット、ドッグのロボットアームを駆使して本格的な修理作業に入った。

艦内の電装板は全て外され、内部のコードが剥き出しになり、そこに補修ロボット達が群がっている。

本来なら人の手でやるべきなのだが、決定的な人員不足に悩むユーチャリスにはこの方法しか残っていない。

『相転移エンジン内圧バルブ、修理完了』。

『フィールドジェネレータ冷却装置作動開始を確認』。

『グラビティブラスト及びグラビティキャノン発射口修理完了』。

『格納庫重力カタパルト作動確認』。

『艦内四十七箇所の漏電、ショート、スパーク、全て修理完了』。

『艦内機構七八%まで回復』。

ブリッジに艦内各所から修理完了の知らせが届く。

ウィンドウボールの中でシステムの点検をしているヒスイの身体には、ナノマシンの紋様が薄っすらと浮かび上がっている。

『でもいいのかなあ・・・・、人のドッグ勝手に使っちゃって・・・』。

「人が居ないんだから良いでしょう?。使わなきゃ損よ」。

ヒスイの意識内にラピスが話し掛けてくる。

「それよりどうなの?、修理の状況は?」。

『どうって、そっちに表示して・・・、あ、そうか、見えてないんだっけ。艦内機構の七八%までが既に修復されてるよ」。

「七八%?、意外と遅くない?」。

『・・・・・ドッグの性能が著しく低いの。それで修理に時間がかかって・・・・』。

「・・・・・・なるほど、貴女の予想は見事に的中したって訳だ?」。

『・・・・まだ断定はできない。一度外に出て、調べてみないと・・』。

ラピスはそう言っているが、ヒスイは間違いなく、ここは三百年前の世界だと確信していた。

ユーチャリスの機能が回復するにつれて外の状況がだんだんと掴めるようになった。

ドッグの回線を経由して火星のネットワーク、更のその外側にもアクセスしてみた。

そしてそのネットワークの狭さに驚いた。

地球圏と火星、それに隔絶されているようだが木星圏。

よくもまあ、人類はこんな狭い空間に住んでいるものだ。

『ここが三百年前の世界だとして・・・・・どうするの?』。

「どうしようかな、この世界に居る必要性は無いわけだし・・・・、かといってこのまま未来に戻るのも味気ない気もするし・・・・」。

『・・・・味気ない?』。

ヒスイの一言に、ラピスは首を傾げる。

「そ。せっかくだから見て行きたいじゃない?。教科書にのっている事象を色々とさ」。

『・・・・・・ヒスイ、時空管理法って知っているよね?』。

「もちろん」。

『・・・だったら、今の状況がどれだけヤバイか分かるでしょう?。当局に知られたら私たち問答無用で首ちょんぱよ』。

「あら、危険を冒さずして歴史の真実は見えて来ないのよ?」。

ヒスイは気取って言った。

『・・・・変えるつもりなの?歴史を?』。

「まっさか〜、歴史を作るのはこの世界の人間達よ。私たちは関係ない」。

そう言って彼女はフッっと遠くを見る表情になり。

「・・・・・私やアキラみたいな人間を作らない、という意味では、変えてもいいかもしれないけれど・・・・・」。

『・・・・・・』。

「とにかく、私はこの世界に干渉する気は無いわ。・・・アキラはどうか知らないけれど」。

「呼んだか?」。

「きゃああああああああああああ!?!???!?!???」。

ヒスイは素っ頓狂な悲鳴をあげた。

瞑目して集中していた所にいきなり耳元に声をかけられたのだ。大概の人間は驚く。

「い、いきなり人の耳元に話し掛けないでよ!!」。

「すまんすまん、驚かせてしまったようだな」。

「全く・・・」。

どうやら気付かないうちに言葉に出していたらしい。

よっこらしょと、椅子に座りなおす。

IFSを通じて再びラピスとリンクを開く。

「で、わざわざウィンドウボールの中にまで入って来た用事って何?」。

「メノウを見かけなかったか?。さっきから探しているんだが」。

「あれ?、あの子、アキラに何も言わずに出て行っちゃったの?」。

ヒスイはアキラにふり向いた。

「出て行った・・・って、何処にだ?」。

問われて彼女は無言で上を指さし。

「上よ、エステで現在哨戒中」。

「む・・・・そうだったのか・・、ならしかたが無いか・・・」。

アキラは踵を返した。

「それにしても妙だな。・・・・これだけ大規模なドッグなのに、人が一人もいないとは・・・・・」。

「静かで良いじゃない」。

「・・・そう言う問題じゃないだろう。・・・・まあ、ユーチャリスの姿を見咎められないという点では良いが」。

エアの抜ける音がしてドアが開く。

その背中に、ヒスイが慌てて声をかけてきた。

「あ、ねえちょっと、何処行くのよ!?」。

「飯を食う。腹が減ってはなんとやらと言うだろう?」。

アキラは片手を挙げて答えた。

「あ、待って、私も行く!」。

ヒスイは席を蹴立てて立ち上がった。

『・・・・・・・・システムの修復中なんだけれどな・・・・・・』。

ラピスの呟きは、二人の耳には入らなかったようだ。









ドッグ上空








太陽光を受けて、白銀の機体が煌いている。

ユーチャリスのレーダーが使えない以上、機動兵器による索敵以外に敵を発見する手段は無い。

メノウはその機動兵器『ダスティーミラー』を駆り、ドッグ周辺を哨戒中である。

この世界に彼女達にとっての敵は存在しないが、万が一の時の為である。

ダスティーミラーは白銀の装甲を持つ美しい機体である。

通常のエステバリスに追加装甲を施した、ブラックサレナと対をなす機体である。

何より一番目立つのは、背中についている翼である。

重力波エネルギーを受信する重力波アンテナと重力波推進スラスターを兼ねており、複雑なアクロバティックな動きにも耐えられ、かつ、どんな状況下に置かれても常に重力波を受信し続ける優れものである。

アキラの持つ機動兵器『ブラックサレナ』よりも、加速性能、旋回性能が格段に上昇しており、最大加速時にはコックピットの中は数十Gと言う殺人的なまでの高Gに晒され、普通の人間なら即座に挽肉と化すほどである。




今の所、索敵レーダーには反応は無い。

ユーチャリスのそれと比べれば格段に劣るが、それでも機動兵器に搭載する物としては最高級の索敵システムが備わっている。

メノウは伏せていた顔を上げた。

ダスティーミラーのレーダーの目から自分の緑色の瞳へと感覚を切り替える。

レーダーは物体の形を正確に認識する事が出来るが、肉眼は色と風景を楽しむ事が出来る。

高度が高いせいか、オリュンポス山には目立った草木は生えていない。

何しろ二四〇〇〇メートルもあるのだ。マリアナ海溝に沈めても、悠々お釣りが来る。

更にその下、山の麓からは幹線道路だろうか、細い一本の線が遠くに見えるコロニーに繋がっている。

その都市が正常に機能しているかどうかは分からない。

何しろチューリップが落ちたのだ。目の前の都市にもその情報は伝わっているはずだ。

いつ蜥蜴どもが責めてくるかも分からない状況の中、人々は不安に怯えている事だろう。

上を見上げれば青空の中に太陽がぽっかりと浮かんでいる。

自分の記憶の中にある太陽と幾分小さい気もするが、ここが火星である以上当然である。

――自分が太陽を初めて見たのはいつ頃だっただろうか・・・・。

彼女はふと、そんな事を思った。

そうだ、確かまだ造られてから間もない頃、研究所の窓から一度だけ見た事がある。あれが最初だ。

いつもブラインドのかかっている筈のその窓は、その日に限ってどういう訳か開いていたのだった。

何故あんな所に光源をおいて置くのか彼女には分からなかった。蛍光灯と電球で十分なのに・・・・・。

その後、自分に与えられている権限内で調べてみた。

太陽――地球から一億五千万キロメートルの距離にある水素とヘリウムの塊、この太陽系の中心。生命の源。地球の夜と昼をわかつ物。

これが原因だったはずだ。自分に好奇心を持つことは禁じられているのに、外の世界が無性に見たくなったのは。

他人からの命令には無条件で従う事――それが自分に与えられた使命。自分で物事を詮索してはいけない。例え与えられた命令が、どんなに理不尽な物だったとしても・・・・・。

滑稽な話だ。あの頃の自分はただの子供だった。何も知らないただの・・・・。

彼女の能面のような顔に、一瞬ではあるが苦笑とも取れる笑みが浮かんだように見えた。

あの時、レティシアとアキラに出会わなければ、自分は永遠に人形のままだったであろう。

『組織』の命令に従う、哀れな操り人形・・・・・。それを変えてくれたのは他でもない、あの二人なのだから。

――太陽の光がぽかぽかしていて心地よい。

メノウはうとうととまどろみ始めた。

こういう穏やかな環境だと、どうも眠たくなってしまう。

索敵システムを自動警戒に切り替えて、シートを横に倒そうとした時、IFSを通じて自分の感覚にざらりとした物が走った。

半開きだった瞼が見開かれ、脳が一気に覚醒する。

「―――何?」。

普段、一人で居るときは殆んど開かない彼女の口から言葉が漏れた。

さっきとは違う、明らかに場の空気が変わった。

人のものでも生き物のものでもない、何か冷たく、鋭い殺気が辺りに満ちている。

顔を動かさず、瞳だけを動かして辺りの様子を窺う。

その緑色の瞳が、風景の中の一点に違和感を捉えた。

遥か遠く、地平線の彼方に薄っすらと雲が見える。

「雲?・・・・・・違う・・・」。

身を乗り出して目を凝らす。

薄っすらとした雲、その中に無数に蠢く物が・・・・。

「・・・・・・・雲じゃない・・・」。

IFSを通じて無言でスクリーンを拡大する。

地平線の一部が大きくなり、目の前に映し出される。

「!?」。

地平線の彼方に見えていたのは雲などではなかった。

空を覆い尽くさんばかりの、無数の無人兵器の群れであった。

「無人兵器にチューリプ・・・・・、囲まれている・・・・」。

三百六十度、見渡す限りの地平線に雲がかかっている。

間違い無く無人兵器の大軍だ。

メノウは無言で通信回線を開くと、今受信した映像をラピスの元へ転送した。

そして、自分はIFSに力を込めた。






「なんだってんだ全く、俺達には飯を食う暇もないというのか!?」。

「愚痴らない愚痴らない」。

食堂で遅めの昼食を取っていた二人であったが、メノウからの警告に食べかけの食事を放りだし、ブリッジへ駆け込んだ。

「ラピス、艦内機構は?」。

『八七%まで回復。航行には支障なし』。

「相転移エンジン始動。緊急発進プロセスに基づいて、発進シークエンスを省略する」。

「了解、相転移エンジン始動」。

ブリッジにエンジンの鼓動が響く。

「調子良いみたいね」。

『相転移エンジンの始動を確認。起動プロセスに異常なし!』。

「次に行け、時間が無いぞ!」。

「わーってるわよ」。

ヒスイのIFSが光を放つ。

体内のナノマシンが活性化している証拠だ。

「艦内システムオールグリーン。ラピス、ドッグ開けて」。

『了解。ドッグ開きます』。

「ドッグ解放と同時に相転移エンジン最大出力。一気に飛び出せ」。

「相転移エンジン大気圏内出力へ、補助エンジン始動。ユーチャリス、発進!!」。

相転移エンジンが唸りをあげて始動する。

後方の噴射ノズルから噴射炎を噴き出して、ユーチャリスの巨体はドッグから抜け出した。

「――!?」。

前面スクリーンに無人兵器がドアップで映る。

間髪を入れずに無人兵器がミサイルを放出し、ユーチャリスのディストーションフィールドに直撃し、爆散した。

「何だこいつら!?」。

「ラピス!、解析!」。

『・・・・・・・・・あった、旧木連の無人機動兵器バッタとジョロ!』。

「そんな旧式な物がどうしてここに居るんだ!?」。

「だから、三百年前の世界だって」。

唸るともうめくともつかない声を出したアキラに、ヒスイはサラリと言ってのけた。

「・・・・・・・・とにかくだ、こいつらをどうにかしろ。旧式の兵器とは言え、これだけ群がられると少々厄介だ」。

三百年前の世界と言うのをあくまで認めたくないのか、アキラはヒスイの言葉を無視して指示を下した。

「りょーかい。ラピス、荷電粒子砲及びミサイル射出。ちゃちゃっとやっちゃって」。

『了解』。

ユーチャリスの至る所に配置されてる荷電粒子砲が的確かつ迅速にバッタたちを始末してゆく。

バッタとジョロにもディストーションフィールドは展開しているが、如何せん出力が違いすぎる。

一撃は愚か、掠っただけで爆散し、プラズマを撒き散らしている。

「メノウは何処だ?」。

『前方五〇キロの地点。無人兵器相手に大立ち回りしている』。

ウィンドウにダスティーミラーの様子が映し出された。

文字通りの大立ち回りだ。両腕のハンドカノンでバッタを打ち落とし、その機動力を生かして群れの中に体当たりをかましている。

「・・・・この様子なら心配無さそうだな」。

『グラビティブラスト充填完了。いつでも行けるよ』。

「広域拡散モードで発射。撃て!」。

四連装のグラビティブラストがバッタとジョロの群れの中に吸い込まれて行く。一瞬の間を置いて閃光と爆音が上がった。

「・・・もろいな」。

「クラッキングする必要は無いみたい。それ程高度なAIは備えていないみたいだもの」。

「そうか・・・、フム・・・」。

アキラは顎に手を当てて何やら考え始めた。

「・・・・ヒスイ」。

「なあに?」。

「こいつらの捕獲は可能か?」。

「捕獲?どうするのよ?」。

アキラの突然の提案に、ヒスイはふり返った。

「前々から暖めていたプランなんだが、この艦は機動兵器が著しく不足している。それをどうにかできないかと思っていたんだが、こいつらを二三匹捕まえて、ユーチャリスで造る。可能か?」。

「なるほど、それは名案。・・・・仕組みさえ理解できれば後々楽だし、プラントを利用すれば部品の製造は幾らでも可能か・・・。やってみる価値はあるわね」。

考え込む素振りを見せた彼女は視線を上げると

「ラピス、貴女の意見は?」。

『特に問題は無いと思う。無人兵器の・・・バッタとジョロだっけ?、こいつらを解析して製造するのに大して時間はかからないし、カスタマイズすれば色々な分野にも使えて良いと思う』。

「決まりだな」。

彼女達はのんびりと話しているが、この間にもラピスの制御の元、グラビティブラストと荷電粒子砲がバッタどもを薙ぎ払っている。

「・・・それにしてもうっとおしい連中だ。貴様らの攻撃など、タンデム・ディストーションフィールドの前では無力に等しいというのに・・・」。

『チューリップを中心にボース粒子反応が更に増大』。

「ぬ・・・?」。

四方八方に展開しているチューリップから、バッタやジョロだけではなく、無人戦艦までもが姿を現し始めた。

「まっずー、囲まれる!」。

「・・・・グラビティブラスト全力射撃、間髪を入れずに前方の敵のみを集中攻撃。隙間を造って脱出する」。

「了解!」。

二重三重に取り囲む無人兵器だが、ユーチャリスの強力無比なタンデム・ディストーションフィールドに攻撃は弾かれ、逆にユーチャリスのグラビティブラストの集中砲火を受け、その包囲網に穴をあけつつある。

「よし、穴が開いた。全力で突っ込め!、それと、ダスティーミラーを呼び戻せ!」。

『了解!』。

エンジンが唸りをあげる。

ユーチャリスの加速性能は現行のどの艦よりも勝る。

瞬く間に加速すると、艦隊の包囲網が再び完成する前に穿った穴から踊り出る。

『ダスティーミラー着艦を確認!』。

「よし!追撃してくる艦隊に相転移砲発射!!」。

虹色とも銀色とも形容しがたい光がユーチャリスから放たれ、艦隊の中央で拡散し、空間諸共艦隊を殲滅する。

「きゃっほーぅ!」。

ヒスイが歓喜の声をあげた。

「よし、このまま大気圏を離脱する」。

「了解、大気圏離脱!」。

ユーチャリスは相転移砲の光を背景に、宇宙空間へと飛び去っていった。

相転移砲の光が収まったあとには、巨大なクレーターが穿たれていた。













彼等は知る由も無いが、彼らが全滅させた木連の無人兵器艦隊は、火星に送り込まれた艦隊の三分の一に匹敵していた。

この事実は直ぐに木連に伝わり、同時に密かに、クリムゾングループにも伝わったのである。

この事が、以後の歴史に大きな転換を与えるなど、彼等は考えてもいなかったし、想像も出来なかった。














――地球軌道




「・・・・やっぱり、ラピスの予想は正しかったみたい。対宇宙防衛システムの一躍を担う、<グランドクロス>までまるで反応が無いもの」。

「・・・・・・あれを外してまで俺達を騙そうする必要性は連合には全く無い。・・・・やはり三百年前なのか・・・」。

実はアキラが一番警戒していたのは、今まで起きていた事象の全てが、連合軍による大規模なユーチャリス捕獲作戦ではないかと言う事だった。

普通ならそんなことはありえないのだが、作戦立案者が『星界の女神』だった場合、その程度の事はやりかねない。

だが、地球防衛の要である<グランドクロス>――強力無比な陽電子砲台――を破壊してまでユーチャリスを騙そうとする理由は無い。

第一、そんなことは権力欲に取り付かれた首脳部の爺どもが許しはしないだろう。

「ラピス。ジャンプシステムはどうなんだ?。正常に作動するのか?」。

『・・・・・・それが・・・・』。

ラピス――いつもの立体映像だ――は口篭もる。

『・・・今すぐに戻る事は不可能・・・・』。

「ど、どういう事よ!?、戻れないって!?」。

直ぐにでも戻れる事を期待していたヒスイが声をあげた。

ラピスは俯き

『イメージングナビゲーションシステムが致命的な損傷を受けているの。直すのには特殊な部品が必要なんだけど、その部品がこの世界では作られていないの。手持ちの資材やプラントをまわしても、かなりの時間がかかるかと・・・・』。

「そんなあ・・・・」。

気の抜けた調子でヒスイはうめいた。

「・・・で、その時間は?」。

アキラが問いただす。

『多分一年ぐらい・・・』。

「いちねん・・・・」。

ヒスイはその場にへなへなと座り込んだ。

「じょーだんじゃないわよ!、一年もユーチャリスで暮らせって言うの!?」。

「それ以前に・・・」。

今までウィンドウに映る地球を眺めていたメノウが口を開いた。

「ユーチャリスに備蓄されている食糧は、どう長く見積もっても半年分・・・・。とても一年も篭城できるはずが無い・・・」。

「プラントじゃあ食料は生産できないしね・・・・、どうしよう・・・」。

へたり込んだまま彼女は呟く。

「・・・・・・時の中をさ迷う迷い子か・・・・、帰る場所の無い俺達に相応しい・・・」。

幾ばくかの皮肉をこめてアキラが呟く。

「いずれにせよだ、このままでは餓死は目に見えている。この無限の宇宙を流離う『時の迷い子』になるのもいいかもしれないが、そう悲観的になる事も無いだろう。帰れないと決まった訳じゃあない。一年だ、一年間耐えればどうにかなる」。

「一年間地球で暮らせってわけ?」。

「他に方法は無かろう」。

「でも・・・・」。

そこでヒスイは言いよどむ。

「ヒスイ、何が心配なんだ?」。

「あたし達が地上に降りて、周りの歴史に影響をあたえやしないかって事」。

「確かにな・・・」。

アキラはバイザーの下で眉を寄せた。

「人に影響を与えずに済むに越した事は無いがそれは無理だろう。・・・俺達は生きているんだからな」。

「・・・あんたはどうするのよ?」。

メノウの方を向いて聞いた。

「私はアキラの言うことに従うわ」。

「あー、そういやそうだったわね・・・・」。

聞いたあたしがバカだった。この子は殆んど無条件でアキラの言う事に従うのだ。

「先日入手した『遺跡』のデーター解析もまだ途中だし、計画の第一段階も終了目前で頓挫したままだ。一年は身動きが取れないんだ。のんびり過ごすのもいいかもしれん・・・」。

「『休暇』ってわけ、・・・・確かにこの数年間、ずっと走りっぱなしだった物ね。・・・・休息か、たまにはいいかもしれない」。

「なに、歴史への影響は極力避けるさ。それに、歴史そのものが変わってしまうほどの影響を与えるような事にはならんだろう」。

アキラはこういっているが、後に彼等は、彼らが予期せぬ方法で、歴史に介入してゆく事になるなど、知る由も無かった。








時は西暦二一九五年。

蜥蜴戦争は、まだ始まったばかりである。











次回予告

「私、プロスペクターと申します」。

地球で情報屋を開設したアキラ達のもとに尋ねてきたプロスペクター。

彼はアキラ達にナデシコに乗ってくれないかとスカウトにやってくる。

歴史への介入を恐れた彼等はその申し出を断る。

だが予期せぬ襲撃者達が、彼らを予期せぬ戦いへと巻き込んでゆく。



次回 時の流れの迷い子達

第四話 『歴史の異分子達』


ご期待下さい。





あとがき

前回の感想で代理人さんに致命的な欠陥を指摘され、大慌てでシナリオを修正しているサラマンダーです(汗)

ぬう・・・、まさか劇場版のパンフレットなる物にそのような事が明記されていたとは・・・・

自分はてっきり、蜥蜴戦争以後もA級ジャンパーは生まれてくるものだと・・・・・



さて、アキラ君達ですが、これから彼等はこの世界の『歴史』に少しずつ干渉していく予定です。

ここで注意して欲しいのは、彼等は未来人ですが、あくまで『第三者』として歴史を知っているに留まります。

つまり、歴史の教科書に載っていることは事前に知る事ができても、ナデシコ食堂の明日のAランチの内容までは分からないのです。

この辺が、『テンカワアキト』を主人公にした場合と違います。

・・・・人は万能ではないと言う事でしょうな。

ところで、私の書く文ですが、少々長いでしょうか?。

長いようなら次回からも少し縮めてみようと思うのですが(できるかな・・・・)

それと、管理人さんの感想は私のも含め、何時になったらつくのでしょうか?(笑)

皆さん楽しみにしてますよ(ニヤリ)。


 

 

代理人の感想

あ〜あ、言われてやンの(爆)。

まぁ、私もそれほど偉そうなことを言える御身分でもありませんけれどもね(笑)

 

しかし、おもいっきり戦闘に介入しておいて歴史が何事もなく流れて行くと思ったんでしょうかこの人たち。

反撃を最小限にして逃走するならまだしも、

相転移砲まで使ってど派手に殲滅させてますからねぇ(苦笑)。

世のタイムスリップもので、どれだけの干渉で歴史が変わるかについては蝶一匹で変わったり、

逆に人が二、三十人死んでもさほど影響なかったりと作品ごとに結構違いがあるわけですが、

ここまで派手にやらかして変わらなかった作品は寡聞にして存じません(笑)。

人間のいない古生代ならともかく、木連の人間にきっちり監視されてますからね。

 

 

追伸

長さですけれども、別に一話が長いのは構わないと思います。

ただ、ひとつのファイルの容量が余り大きいと読みこみにくいだのなんだの面倒なことがありますから、

40〜50kb位を目安にして、それを越えるような場合は分割していただけると私も助かります。