時の彼方の迷い子達
プロローグ
澄み切った青空の下に、一人の女性が佇んでいた。
軍服に身を包んだ、二十代半ばと思われるその女性は、墓石の前に困惑した面持ちで立っている。
彼女の手の中には花束が一つ、それに対し花活けは二つ。
少々迷った末に、結局花活けにはいれずに、墓石に立てかけた。
胸の前で十字を切り、腕を組む。
彼女はキリスト教徒だ、仏教式の墓参りのやり方を知らない。彼女の中にはアジア人の血が確かに流れているが、どちらかと言うと西欧系が強い。
花活けの他にも、線香をあげたり、バケツと柄杓を用意して墓石に水をかけたりするらしい事も、知識としてあったが、やり方が分からない上にバケツも柄杓も持ってこなかった――彼女は、霊園や墓地で貸し出している事を知らなかった――から、結局花束だけで済ました。
――それに、この墓の中に入っているのは彼女と同じ西欧系の人間だ。だからと言ってキリスト教徒だという保証は無いが。
瞑目していた顔を上げる。
緩やかな風が舞い、彼女の美しい光沢を持った黒髪がふわ・・・・っと風に靡く。
彼女は母親譲りの鳶色の瞳で墓石を見つめる。
この中に入っているのは彼女と同じ女性、金髪青眼の美女で、彼女と青春の一ページを共に過ごした。
良き友であり、・・・・そして良き恋敵であった。
女性の思い人は彼女の思い人でもあったが、その思い人は結局女性の方を選んだ。
その時彼女は自分から身を引いた。
だがその人はもうこの世にはいない。
その女性が死んだ時、ショックを受けたと同時に、『チャンスだ』とも思った。
自分の中に黒い感情が湧き上がって来た事に、彼女は気付き、戦慄した。
自分はこんなに嫉妬深い女だっただろうかと。
だが結局、彼女の思い人は彼女の思いに答えてはくれなかった。
死んだ女性の影響があまりにも強かったためだろう、失う事に耐えられなかったその男は、女性に対する思いを引き摺ったまま、彼女の前から姿を消した。
「――彼は何処に行ってしまったんでしょうね。せっかく消息をつかめたのに、また居なくなってしまった・・・・」。
ここに来て、彼女――ミスマル ユリエは初めて口を開いた。
「・・・・・・去年の夏も、彼は来たんでしょうね・・・・、きっと・・・・」。
美しい睫を彼女は物憂げに伏せた。
「―――彼はまだ、貴女の事を諦めきれていない。人は誰しもそうです。最愛の人を失った現実からは、目を背けたがる・・・・」。
彼女は拳を握り締めた――血が滲むほどに、そして誰かに懇願するように彼女は叫ぶ。
「――どうして――どうして私じゃないんでしょう。あの時せめて、悲しみに打ちひしがれていた彼の側にいてあげる事が出来れば、彼の心の拠り所位にはなれたはずなのに――」。
自分が彼の妻になれなかった理由――そんな物は知りたくない。ただ、今望むのは彼の側にいる事、ただそれだけ。
だのに、そのささやかな望みも神は叶えてくれそうに無い――今の所は。
神が駄目なら自分の手で掴んで見せる、だから私はここにいる。運命などと言う物に流されたりはしない。
「私はこれからまた宇宙に出ます。ここに戻ってこられるかどうか、確信はありませんけど・・・・」。
墓石に再び視線を戻すと、彼女は自嘲気味に笑った。
「太陽系は今、動乱の時代を迎えています。あなたの嫌いな、戦争の時代です」。
その言葉を象徴するかのように、突風が吹いた。
唐突の事で彼女は被っていた帽子を吹き飛ばされてしまう。
一歩遅れて頭を押さえた拍子に、コミュニケの時刻表示が目に入った。
「・・・・もうこんな時間。早い物ね」。
呟くと、ユリエは墓に向かって敬礼した。
「じゃあ、また来ますよ。来れたら、多分・・・・」。
彼女は踵を返した。
途中で吹き飛ばされた帽子を、運良く回収する事が出来た。
埃を叩き頭の上に戻すと、彼女は駆け出した。
急がないとシャトルの時間に遅れてしまう。
彼女は大勢の部下を持つ提督の身なのだから。
空は何処までも青く、澄み切っていた。