地球と火星の丁度中間に位置する空間に、一つのコロニーがある。

かつて『火星の後継者』が決起した時に破壊されたコロニー『アマテラス』を再建した『アマテラスU』である。

連合宇宙軍の根拠地としての役割だけでなく、人類勢力の各方面へ通じる巨大な出入り口である。

現在有人惑星を含む星系は太陽系を含めて三つ。開発途上の惑星系は四つ。合計七つの星系より成り立っている。

それらの星系と通じているボソンジャンプネットワークコロニー『ヒサゴプラン』の中枢。それがこのコロニー『アマテラスU』である。










――アマテラス第三ゲート

淡い燐光が放たれているジャンプフィールドの表面が沸騰したように沸き立ち、無数の艦艇が吐き出されてくる。

ジャンプ・アウトした艦達には無数のボース粒子が煌きながら纏わりついてくる。

ゲートの内部では、大型の戦艦が今まさにボソンジャンプをしようとしていた。





提督帽をかぶっている女提督は、憂鬱そうな顔で司令官席に座っている。

『ゲート通過、十秒前』。

「浮かない顔をしておられますね、司令官閣下」。

「・・・・・これから戦争が始まるのよ。憂鬱にもなるわ」。

『五・・・四・・・三・・・二・・・一・・・』。

「ジャンプ」。

閃光と轟音、ボース粒子を身に纏って大型戦艦がジャンプ・アウトしてくる。

地球連合宇宙軍第三艦隊旗艦『カサブランカ』である。

『ボソンジャンプ、正常終了を確認』。

『各艦、速やかに状況を報告せよ』。

カサブランカのブリッジは、ジャンプ終了後の点検作業で大忙しである。

「・・・・・予定通りね」。

ブリッジの空中に展開する無数のウィンドウを見つめながら、妙齢の美女――第三艦隊司令長官フェイ・リン提督は呟いた。

「現在位置『アマテラスU』。全艦、予定通りボソンジャンプ終了しました」。

「ご苦労様」。

副官に労いの言葉をかけると、彼女は司令席から立ち上がった。

「・・・・戦争か・・・・。全く、この年になって艦隊を指揮して戦場に立つ事になるとは、思ってもいなかったわ・・・」。

そう呟くと、彼女はオペレーターに

「全艦埠頭に入港せよ」。

「了解」。

艦橋一面の壁が透き通り、外の光景を映し出す。

前方にはコロニー『アマテラスU』の巨大な姿。後ろにはたった今通過してきたジャンプゲート。

左右には第三艦隊がその雄姿を誇示するかのように整然と整列している。

「あら・・・」。

その自軍の艦艇の間に、フェイは停泊中の第九艦隊の姿を見つけた。

「第九艦隊・・・・・あの娘も召集されたと言う訳ね・・・・・。久しぶりに顔を見るのも・・・悪くないわね」。

金髪碧眼の女提督は、自分の教え子の顔を思い浮かべた。

「噂では中将をやっているとか。・・・・・どれほど大きな人物に育ったか、楽しみね」。

久しぶりの再会、あの娘は喜んでくれるかしら・・?。

彼女は麾下の艦隊に順番に埠頭に入港するように指示を下した。

フェイ・リン提督麾下の第三艦隊二五〇隻は、その雄姿を『アマテラスU』に出現させたのだった。










時の彼方の迷い子達

第二話 ナデシコ艦隊発進










――地球連合宇宙軍総司令官室

「いやはや、グリフォン星系で反乱とはな、参った参った・・・」。

――宇宙軍総司令官 リー・カイゼル元帥。

「元帥閣下、他人事ではございません」。

他人事のように振舞う元帥に、ユリエはいささか眉を寄せた。

彼はグリフォン星系での反乱騒動によって責任をとらされた前司令官に代わって司令官になった男だ。

現場からの叩き上げで、もう六〇近い。エリートコースをひた走っていた前司令官とは対照的だ。

「だからこそ君をここに招集したのだろうが。他人事だとは思っておらんよ」。

「それは失礼いたしました」。

ユリエはとりあえず謝罪した。

「では、わたくしを呼んだ理由をお聞かせ願えるのですね?」。

「うむ、実はな、さっそくで悪いが君の艦隊に再出撃してもらいたいのだ」。

「第九艦隊にですか!?」。

寝耳に水とはこの事だろう。彼女の艦隊はつい先日帰還したばかりで、物資の補給もできていない。

「納得できかねます。我が艦隊はつい先日、件の星系から帰還したばかりです。乗員の休息や物資の補給も満足に出来てはおりません」。

「その程度の事は君に言われなくてもわかっておるよ」。

「ではっ!?」。

彼女は詰め寄る。

「今行かなければ、我々の反攻の土台そのものが失われてしまう。グリフォン星系の殆んどのコロニーは既に反乱軍に占領されてしまっている。星系最外縁のコロニーだけが、辛うじて死守されている。もしここが落ちれば、我々は道を絶たれる事になる」。

太陽系から遠く離れた星に行くには、ボソンジャンプ以外に手段は無い。

昔はA級ジャンパーによるボソンジャンプが各所で行われていたのだが、ここ十数年はヒサゴプランを使用しての限定的なボソンジャンプ以外に手段は無い。

コロニーには星系内を結ぶ短距離ジャンプコロニーと、恒星系同士を結ぶ、長距離ジャンプコロニーの二種類が存在する。

そして、大概の長距離ジャンプコロニーは主要な惑星の衛星軌道や、主要航路に建設されている場合が多く、今回はこの長距離ジャンプコロニーが真っ先に占領された。

そして入口を封鎖されてしまえば、連合側から手出しはほぼ不可能になり、その隙に反乱軍は勢力を蓄える事が出来る。

「そしてだ、この非常時に即座に動ける艦隊は、君の艦隊以外に無いのだよ」。

「確かに・・・・、今行かねば全てを失いかねませんね。反攻の土台をその物を失ってしまえば、元も子もありませんし。・・・・元帥の心中をお察しいたします・・・」。

「なに、心配してもらうほどの事でもないよ」。

元帥はそう言ってにやりと笑うと、書類の束を取り出した。

「今回の出撃に関する命令書だ。君には第九艦隊の事については最大級の裁量権が与えられている。詳しい内容はそこに書いてある通りだ」。

「拝命致します」。

ユリエはうやうやしく命令書の束を受け取った。

「それと、これはまだ不確定情報なのだが」。

「何でしょう?」。

書類をめくりながらユリエは聞く。

「近頃参謀部が君を排斥しようと企んでおる。・・・・・自分の身の安全にはくれぐれも注意したまえ」。

「参謀部ですか・・・」。

その言葉を聞いても、彼女はさして驚かなかった。

実は彼女は、元帥が言った言葉に薄々感づいていた。

グリフォン星系から帰還して直ぐに、彼女は信頼できる諜報部の親友に内定調査を依頼したのである。

当初、彼女は反乱を未然に防ぐ事が出来なかった諜報部に疑惑を抱いていたのだが、結果は諜報部はシロであり、代わりに、参謀部に不穏な動きがあると言う情報を彼女は手に入れる事になったのだ。

反乱に荷担したあのラオとか言う男が全てを物語っているといって良いであろう。

「君が『ツクヨミ』へ赴いたのとユーチャリスの入港、さらには反乱軍の挙兵。・・・これらが一本の筋で繋がるのではないかと参謀部は睨んでおる」。

「・・・元々ユーチャリス捕獲の命令を出したのは参謀部のはず、それなのに私の事を疑うのですか?」。

憤然とも呆れるともつかない声を出した。

「理由など関係あるまい。疑わしき物は全て排除する。・・・・彼らの常套手段だ」。

「・・・・・・・馬鹿馬鹿しい・・・」。

ユリエは吐き捨てた。

「確かに馬鹿馬鹿しい事だ、だがな、そんな馬鹿馬鹿しい事で排斥されるような事にはならないでくれたまえ。君は得がたい軍人だからな」。

「・・・・・ご忠告感謝いたします」。

排斥されるならされるで私は別に構わない、命さえ無事なら。と彼女は思っていたが口には出さず、素直に感謝した。

「それとだ、補給修理に関しては、私の方から最優先命令を出してある。七十二時間以内に出撃は可能になるはずだ。色々とすまんが頼むぞ」。

「ご配慮、感謝いたします」。

ユリエは再び感謝した。

「なに、命令そのものが無茶なんだ。このくらいの事はしてもバチはあたらんだろう」。

元帥は再びにやりと笑った。





















「・・・聞いたわ。戻ってきたばかりなのに再出撃ですってね、貴女も大変ね・・」。

司令官室を出た所で、ある女性が唐突にユリエに声をかけて来た。

「・・・・・あの、失礼ですがどなたですか?」。

自分の記憶の範疇に無い女性に声をかけられて、彼女は少々戸惑った。

その問いかけに、女性はくくっと喉の奥で笑い。

「私の顔をお忘れかしらミスマル提督閣下?、だとしたらとんだ恩知らずね」。

そう言われて、ユリエは目の前の人物をよく観察した。

金髪碧眼の美女だ。外見から判断する限り年齢はちょっと分からない。

口元には不敵な笑みが浮かび、顔立ちはユリエと同じ西欧系だ。

軍服をキャリアウーマンのようにビシッと着こなし、出る所は出て引っ込む所は引っ込み、大人の色気と言うものを出している。

これほどの美女。同姓の自分でもそうそう忘れたりはしないのだが・・・・。

ユリエは自分の記憶に彼女に該当するものを検索した。

「・・・・・・・・・・・・・もしかして・・・・・・教官・・・?」。

ヒットしたのは軍大学時代の自分の教官だ。確かこのような美人で、自分も憧れていた。

「覚えていてくれたようね。あなたに戦術と戦略の才能を見つけたこの私、フェイ・リンの顔を・・・」。

「連合軍大学戦略シュミレーション学科の講師、フェイ・リン教官!?。お久しぶりです!!」。

思わぬ所で懐かしい人に出会うことが出来て、ユリエは思わず破笑した。

「久しぶりねユリエ。・・・・ちょっと見ない間に随分大きくなったわね」。

フェイはユリエの肩を叩いた。

「フェイ教官も、相変わらずご健在のようで何よりです」。

「ありがとう。・・・だけどその呼び方は正しくないわ。今の私は第三艦隊の司令を任されている提督だもの」。

といって、彼女は自分の提督帽を指さした。

「そうだったのですか・・・、失礼しました」。

「いいわ、それより、どう?、一杯?。教え子ともたまには飲みたいわ。積る話もしたいし」。

「・・・喜んでお付き合いいたします」。

ユリエは再び破笑した。














フェイ・リン――現 地球連合宇宙軍第三艦隊司令長官。大将。

以前は連合軍大学で戦略シミュレーション学科の教官をしていた人物であり、ユリエにその才能がある事を見抜いた、文字通り彼女にとっての恩師である。

なにせその頃のユリエは、大学に入ったはいいが、学科を決めかねており、フェイがその才能を見抜かなければ、恐らく別の学科へと進んでいた事だろう。

そうなっていれば、『星界の女神』と呼ばれた彼女は存在していなかったであろう。

 

 

 

そして前線には出てこられなかったはずだ。

今の、連合宇宙軍中将 ミスマル ユリエがあるのも、ひとえに彼女の影響であるといってもいい。








――バー 『バッカス』。

ユリエとフェイは、バー奥のカウンターに肩を並べて座っていた。

「・・・そう、ラオ大佐がね・・・。彼は貴女が木連式柔の達人だった事を知らなかったみたいね」。

「達人だなんて・・・・、父に無理矢理習わされた護身術ですよ」。

達人と言われて彼女は苦笑した。

実際、ずぶのド素人を相手にすれば彼女は強いが、それなりの訓練を積んだ人間や達人には彼女は足元にも及ばないだろう。

あの時はたまたま、色仕掛けが功をそうしただけであり、そうでなければ投げ飛ばされていたのは彼女の方だったかもしれない。

「提督はラオ大佐をご存知なのですか?」。

「仕事の関係で何度か組んだ事があるけれど、ヤな奴よ。彼のスキンヘッドを見るとペシペシ叩きたくなっちゃう」。

その事を想像しているのだろう。フェイは妖艶な笑みを浮かべた。

「・・・同感ですね」。

笑いながらユリエは同意した。

自分のグラスに注がれている真紅の液体を一口啜って、彼女は再び隣の恩師に尋ねた。

「提督は、いつ第三艦隊の司令官になられたのですか?、私は少しも知りませんでした」。

「半年前よ。前司令官が公金横領でとっ捕まって、適任者がいなかったから予備役待機だった私に召集がかかったわけ。・・・・ほんとはもっと学校の教官をしていたかったんだけどねえ。ま、提督には色々と特権があるからね。地味な色だった旗艦を、真っ赤に塗り替えてやったわ」。

ウィスキーの満たされたグラスを回しながら、フェイは答えた。

「公金横領ですか・・・・、近頃ろくな人間がいませんね」。

「そうね、・・・私と貴女、それにリー総司令官ぐらいかしら?。政治家連中に媚を売らないのは」。

「ふふッ・・・」。

「笑い事じゃないわ。軍内部と政界との癒着は深刻なものがある。いま何とかしなければ、連合はこのまま腐っていってしまう」。

フェイは深刻な表情を見せた。

「そう言う理念を持った過激な連中が、グリフォン星系で頑張っているんですよ。全く、先発を任された私の身にもなってほしいですよ」。

「愚痴ったところで始まらないわ。私達は軍人である以上、命令には従わなければならないの。それが嫌なら上に行くことね」。

「・・・・・上には私を不快に思っている連中が沢山いるそうですね・・・」。

「・・・・・・自分の背中と食べ物には気をつけなさい。・・・貴女は、そんなことで死んでいい人間じゃあない・・・」。

不意に真剣な表情になると、声を低くして言った。

「・・・・総司令にも同じ事を言われました」。

グラスの氷がカランと音を立てた。

「・・そうなの。じゃあ、余計なお世話だったみたいね・・」。

フェイは肩を竦めた。

「・・・・まあ、せっかくの再会ですもの。こういう深刻な話は忘れて、今は大いに語りたいわ。・・・・貴女に説教もしたいし」。

「ははは・・・。私も色々と教官に、教えを請いたいです」。

それから二人は暫くの間、四方山話に話を咲かせたのだった。



















――アマテラス 士官食堂

「ねえねえ聞いた聞いた?。再出撃が決まったって話!」。

食堂の片隅で、黙々と食事をしていたショウのもとに、やけに威勢のいい声がかかった。

「ん?」。

食べていたヌードルをすすり上げて、彼は顔を上げた。

艶やかな光沢のある黄金の髪の毛に、紺色の瞳を持った女性が机を挟んで立っていた。

「・・・・・バーミンガム中佐か、何の用だ?」。

「何の用か、じゃないでしょう?。寂しそうに食べてたから、せっかくお相伴してあげようと思ったのに。・・・ここ、座って良いでしょう?」。

「別に構わないけれど・・・」。

ガタッと椅子を引いて、セーラはショウの向かい側に腰を下ろした。

「・・・ところで、何食べてんの?」。

白い麺が真っ黒なスープの中に浮いている。中央に陣取っているのは油揚げとか言う奴だ。

「うどんだようどん。きつねうどん」。

「ウドン?・・・・・」。

セーラは自分の記憶の中から『ウドン』とかいうものに検索をかけてみた。

該当はなかった。

「・・・・ヌードルの一種ね・・」。

結局彼女は大雑把に結論付けた。

「ところで、何の用だ?」。

食事を再開しながら彼は再び問い掛けた。

「再出撃が決まったって話、聞いた?」。

「聞いたよ。なんでも、命令受諾後、直ぐに出撃だとか」。

「大変よねえ〜私達。戻ってきたと思ったらとんぼ返り。しかも今度は戦場だし」。

「今出撃しないと、反攻作戦そのものが成り立たなくなってしまうんだ。文句は反乱軍に言ってくれ」。

「・・・・機会があればぜひそうするわ」。

ズズッ・・ショウはセーラの言葉を聞きながら麺を啜った。

「・・・・・そう言えば、ダイアンサスは大丈夫なのか?」。

「え?、ああ。システムの修復も終ったし、いつでもいけるって、サードニクスは言ってるわ」。

前回の出撃でダイアンサスはユーチャリスの姿を目の前で捉えていた。

帰還後にユリエ達は報告書として纏める為に、その情報を引き出したのだが、報告書を綴ろうとしていたユリエの目の前でユーチャリスに関するデーターが全て消えてしまった。

やられた、と思った時にはすでに遅かった。

ユーチャリスはこちらのシステムに侵入し、置き土産を残していったのである。

そして艦隊に瞬く間に感染し、気付いたときにはユーチャリスに関するデーターは綺麗さっぱり跡形も無く消し去られてしまった。

後には『YOU ARE FOOLISHバカばっか』の文字しか残されていなかったのである。

電子戦闘艦の艦隊にあるまじき失策であると、艦隊のチーフオペレータでもあるサンゴは非常に悔しがった。

「オモイカネもOK出しているから、大丈夫よ、きっと」。

そう答えつつ、ウィンナーソーセージにカプリと噛み付く。

「・・・そう言えば、提督はどうしたの?。あんたいっつも一緒にいるのに」。

「総司令官室に命令を受諾しに行っている。そのあと補給とか色々あるだろうから、真っ直ぐに艦に帰ると思うよ」。

「ふ〜ん・・・・」。

くるくると、トレイの端にある付け合せのパスタをフォークに絡めながら、彼女は相槌をうった。

「・・・・・・ねえ、参謀本部がミスマル提督を敵視してるっていう噂、聞いた?」。

「ど、どこでその話を!?」。

ショウは仰天した。確かに参謀部が自分の上官を敵視している事は、他ならぬ彼女自身から聞いたが、まさかセーラが知っているとは思わなかった。

ユリエは自分以外の誰にも話していないはずだ。

「情報の出所は・・・・・彼女よ・・・・・」。

ついっ・・・と、フォークで斜め後ろを指した。

その先を辿っていけば、サードニクスが食後のデザートを嗜んでいる所だった。

「・・・・なるほど、ディアントスのデーターを読んだか?」。

軍機違反だぞとショウは指摘すると、セーラはいいじゃんべつにと、舌をぺろりと出した。

「それにしても、なんだってうちの提督を敵視しなきゃいけないのよ。あんな優秀な人間をさ」。

「優秀だから敵も多いんだろ?。なにせあの若さで中将閣下だからな」。

「何で同期なのにこうまで階級が違うの?。あたしは中佐で艦長。あんたは大佐で副提督。ユリエは中将で提督だし」。

ザクッと、洋ナシにフォークを突き刺す。

「努力の差だろう?単純な」。

「・・・・言いにくい事をはっきりといってくれるわねえ・・・」。

苦虫を噛み潰したような表情にセーラはなり、そのまま突き刺した洋ナシをシャクシャクと噛む。

ズズッと、再びショウは麺を啜った。

「それにしても器用よね。よくそんな二本の棒で食べられるわね」。

ショウの持つワリバシとか言う妙な食器。

ナイフとフォークを使う彼女には到底理解できない。

「・・・・俺としては金属の塊で食う方の気が知れないけれど・・」。

「文化の違いって奴?」。

自分の持つスプーンとナイフ、それにフォークとショウの持つハシを見比べる。

「そんな所だろうね。尤も、俺もこっちに出てきて、他の人間が料理ごとに食器を変えていたのには驚いたけれど」。

「・・・あんたの故郷ってどんなとこなの?」。

興味津々と言った様子で、セーラは聞いてくる。

「故郷は閉鎖的な所さ。外の文化が流入してくるって言うのはまず無い。故郷の外に出たがるのは、俺みたいな外の世界を体験してみたいって奴か、さも無きゃただの変わり者だよ」。

彼の故郷、海王星の衛星ネレイドは黒髪黒目のモンゴロイドが人口の九割以上を占める。

かつて地球上にあった『日本』という国家に住んでいた人間達が移民した星であり、移民以後も故郷の文化と伝統を守っている。

その民族独特の、他者の文化を理解しようとしない閉鎖的な性質もそのまま受け継がれ、ネレイドは交易も少なく、宇宙の中で殆んど孤立している。

「・・・随分とまあ、閉鎖的なところね・・・・。それでいいわけ?」。

「故郷の連中はそれでいいって言っているんだからいいんだろう。俺一人がどうこう言っても何も変わらないよ」。

それに俺は家族の事はともかく、故郷がどうなろうと大して関心は無いしなと、彼は続けた。

「尤も、どっかの攻撃を受けて全滅とか言うのも困るけど」。

どんな所であろうと帰る所があるのはいい事だからな、彼は心の中で付け加えた。

――そう言えば、ここの所あまり里帰りしていないな。・・・・これが終ったら帰ってみるか・・・・。

「ねね、あれ、シュバルツ艦長じゃない?」。

「ん?」。

物思いに耽っていたショウは、セーラの相変わらずのタメ口で呼び戻された。

セーラの指差す方向には、中年で褐色の髪の毛にやや白髪の混じった人間がいた。

タカネナデシコの艦長シュバルツ大佐である。

「シュバルツ大佐ー!、一緒にお食事どおー?」。

セーラは声を張り上げた。

シュバルツは少々苦笑した様子で笑うと、手を横にふって断った。

「よろしいのですか?」。

「なに、若者同士の会話に水を指す程、野暮ではないよ」。

正面に座っている副官の問いに、彼は喉の奥で笑った。

「・・・なんだか、激しく誤解されているような気が・・」。

「いいじゃんいいじゃん。あたしは別に困んないし」。

「・・・・・・どうでもいいけどそのタメ口何とかならないか?。俺、一応お前より一階級上なんだけど」。

恋愛関係の方向に話が転がりそうだったので、彼は慌てて話を逸らした。

「同期のよしみでしょ、硬い事いいっこなし!」。

「・・・まあ、俺としても下手にお前に敬語を使われるよりは良いけれど・・・」。

「でしょう?」。

セーラはにんまりと笑った。

「てゆうか、気持ち悪いしな」。

「あたしもそう思う」。

二人は顔を見合わせると笑い出した。






「うむうむ、二人とも若いのぉ」。

シュバルトは二人を遠目に見ながらコーヒーを啜った。













出撃する前ののどかな風景だった。
























「予想以上に大変じゃないの?、先発部隊は?」。

「どたばたしていて大変です。艦艇数が少ないのがせめてもの救いですか」。

埠頭へと続く通路の中、教師と教え子は肩を並べて動く歩道に乗っていた。

クリスタルガラスの向こう側には、今まさに修理補給を受けているディアントスが、威風堂々と停泊していた。

「提督はこれからどうなさるのですか?」。

「実を言うとね、私も出撃命令を受けたの。貴女の後に続く事になるでしょう。恐らく、第五艦隊や第一一艦隊も時を同じくして出撃するでしょうね」。

歩道が終点に達する。

二人は歩道から降りると、自分の足で歩き始める。

「ハインリッヒ大将麾下の第五艦隊も出撃するのですか。・・・・以外と大規模ですね・・」。

「連合は反乱軍を決して許しはしないでしょう。完膚なきまでに殲滅するつもりよ」。

「『火星の後継者』の時は、もっと処置は寛大だったと聞いていますが」。

「昔は昔、今は今。・・・・・・『電子の妖精』の目指した平和な世界は、少なくともここには無い・・・・」。

二人はディアントスへ通じる連絡通路のエスカレーターの前に辿り着いた。

「それではここで」。

「頑張って頂戴」。

ポンとユリエの肩を叩いた。

「はい、ありがとうございます」。

ユリエは敬礼すると、連絡通路のエスカレーターに足をかけた。

「ミスマル提督」。

その彼女の背中に、いささか慌て気味にフェイは声をかけた。

「?、なんでしょう」。

「・・・・・いえ、なんでもないわ」。

「?」。

フェイは何か言いたげな表情を見せたが言葉を飲み込んだらしい。

多少不思議な気持ちがしないでも無かったが・・・・・・。彼女はエスカレーターに乗った。

「では、向こうで!」。

「頑張って頂戴ね」。

軽く手をふりながら、フェイはユリエが見えなくなるまでその場に留まった。

そして彼女の姿が完全に視界から消えると、フェイはポツリと呟いた。

「・・・・・・・・私達の『同士』と、なってくれるかしら・・・・。あの子は・・・」。

まず無理だろうけれど・・・・・、彼女は半ば諦めた気持ちでいた。










陰謀は彼女達の知らない内に、密かに進行しているようだった。








「・・・・・・・いったい何処をほっつき歩いていたんですか、提督・・・」。

艦に戻ったユリエを待ち構えていたのは、書類の山とジト目の副提督であった。

「・・・あ、あら、副提督・・・・どうかしたの・・?」。

若干憔悴したように見えるショウに危険性を感じたのか、いつも冷静な提督は声を上ずらせた。

「どこに行っていらしたのかと、聞いているのですが・・・」。

「ちょ、ちょっとね。昔の恩師とそこであって、少々お酒を・・・」。

「・・・・・今がどういう時か、分かっていらっしゃるのですよね?」。

「も、もちろんよ。や〜ね・・・」。

パタパタと手をふるが、ショウは一向に取り合わない。

「・・・・・・」。

どよ〜んとした雰囲気で、自分の上官を剣呑な目付きで見つめる副官。

「・・・貴女が留守の間、自分がどれだけ迷惑をかけられたか分かっていらっしゃるのですか?」。

その台詞にユリエの後ろ頭に脂汗が浮かぶ。

「い、いや、だからね。わたしもほら色々あって・・・・その・・・・・・・・・・・・ごめんなさい・・・」。

出撃間近だと言うのに、肝心の提督が戻ってこなかったのだ。副官である彼の元に苦情が行くのは当然であろう。

そして、普段温厚な彼もこの時ばかりは憮然としたのも、当然であった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まあいいでしょう」。

こんな事をしている時間は無いと思ったのか、ショウはユリエを解放した。

ユリエはほっと溜息を吐いた。

「では、明日までにこの書類全部お願いしますよ」。

「明日まで!?」。

目の前の山積みの書類に、ユリエの表情は引き攣った。

「ちょ、ちょっとこの量はいくらなんでも流石に・・・・」。

「・・・・・何か言いましたか?」。

「・・・・・なんでもないです。はい・・・」。

剣呑な目付きで睨まれ、ユリエは渋々机に向かった。












・・・・・・結局、ユリエが書類の整理を終えたのは、艦内時間で夜明け前の事だった。















七二時間後。

第九艦隊は第三、第五、第一一艦隊が出撃準備をしている横を通り過ぎて、再びグリフォン星系へと出発した。

先発部隊として、後から来る味方のために、橋頭堡を確保するためである。

第九艦隊の築いた橋頭堡は、敵である反乱軍の支配領域に楔を打ち込む役割を果たす。

と同時に、反乱軍への反抗の足掛かりともなる。

ユリエに課せられた、任務は重い。








第九艦隊の出撃を、リー元帥は司令室の窓から見つめていた。

手にしているマグカップからコーヒーを口に流し込む。

「・・・・行ったか・・・」。

「散々ゴネていた割には、案外すんなりと出撃いたしましたね」。

副官であるロゼッタ・フィリス参謀は、リー元帥の背中に声をかけた。

「・・・・休暇は楽しめたかね?」。

窓の外を見たまま、元帥は副官に話し掛けた。

「閣下のご配慮で、存分に」。

「それは良かった」。

さして関心の無さそうに呟くと、彼はコーヒーを啜った。

「・・・それで、どうだったかね?」。

「閣下の睨んだ通りでした。今回の反乱、やはり裏にクリムゾンが関係しているかと」。

「・・・やはりか、ここ数年どうも動きがおかしいと思っていたのだ。・・・・・それで、物的証拠は?」。

「・・・・・申し訳ございません。部下の二人がやられました・・・」。

「むう・・・そうか・・・・、まあ、焦ってもいい結果は生まれんからな・・・。クリムゾンに対する監視は引き続き行ってくれ」。

「了解いたしました」。

「それとだ」。

元帥は身体ごとふり向いた。

「私の直属の部下達を使って、特務機関を編成したまえ。軍の中に内通者がいる可能性がある。・・・・・放って置けば、足元を掬われかねん」。

「閣下が『アマテラス』をお動きにならなかったのは、万が一の事態に備えるため・・・」。

「その通りだ」。

そこで彼は目の前の副官の瞳を見据え

「わしの勘だが、今回の反乱、恐らくかなり根深い。連合の奥深くにまで浸透しているだろう。・・・・一筋縄では行かんぞ・・」。

「心致します」。

彼女は元帥の言葉を重く受け止めた。

「では、早速特務機関の編成にかかりたいと思います」。

「頼むぞ。この事はくれぐれも内密にな」。

「心得ております」。

副官の言葉を聞くと、彼は再び窓の外に視線を向け、物思いに浸った。

窓の外の無数の星々に視線を向けながら彼は思う。

もしかしたら、今回の反乱騒ぎは、連合の歴史に終止符を打つかもしれんな・・・・。

尤も、こんな事口が裂けても言えんがな、と彼は胸中で苦笑する。

「・・・それにしても、三百年前の火星の後継者と言い、今回といい、『反乱』と名のつくものには尽く裏にクリムゾンの影がある。・・・何を考えておるのだ?」。

副官は既にこの部屋を出て行き、元帥以外誰もいない。

彼の呟きは部屋の中に吸い込まれて消えた。













窓の外に見える星々は、相変わらず瞬きつづけていた・・・・・。

















次回予告



はいはいみんな、講義を始めるわよ。

・・・・あら嫌だ。教官時代の癖が出てしまったようね。

改めてはじめまして、フェイ=リンよ。

設定では一応、ミスマルユリエの恩師となっているわね。年齢はヒミツ。

え?、そんな事はいいから次回予告をしろ?。・・・・分かったわよ。

第九艦隊は着々と橋頭堡を築き、反乱軍の支配地域に楔を打ち込む事に成功したわ。

後は、本隊の到着を待つだけなんだけど、・・・・あの娘には悪いけれど世の中そんなに甘くないと言わせてもらうわね。

そう言うわけで





第三話 『陰謀と策謀』。





を読んで頂戴。




そうそう、予告と実際のお話は、変わる可能性があるわ。注意して頂戴。




今回は『あとがき』に変えて簡単なキャラ紹介なんぞを




ミスマル ユリエ(御統 百合恵)

連合宇宙軍提督。中将。

戦略の天才で『星界の女神』の名前を持つ。

冷静沈着が服着て歩いている人(ショウ談)。




アオイ ショウ(葵 翔)

連合宇宙軍副提督。大佐。

ユリエの副官。第四艦隊で駆逐艦艦長をしていた所をユリエに引き抜かれた。

ユリエとは大学の同期生。




ホシノ サンゴ(星野 珊瑚)

第九艦隊旗艦ディアントス艦長。大尉。

今は少なくなった妖精の血を引く人間。

IFSを使用した電子戦闘では神業的なまでの力を発揮する。




フェイ=リン(FEI=RIN)

元連合軍大学戦略シミュレーション学科教官。年齢不詳。

ユリエの恩師。恐らく彼女以上の戦略眼を備えている人物。

現在は宇宙軍第三艦隊司令官。大将。






うわ、本当に簡単だな(汗)。

その内詳細な人物設定を作るつもりですのでこれで勘弁してください。