機動戦艦ナデシコ <黒>
01.「男らしく」で行こう!→「地球」で始まる日々
サセボの街を歩く二人の男がいた。ツインズと言う映画を思い出させるような二人組。
大きい方がゴート・ホーリ。小柄が本名不明のプロスペクター。
彼らは新造される戦艦、ナデシコのクルーを求め右往左往していた。一定数のクルーと、有能なスタッフ。少々予算を食ったが「目的」を考えれば安い買い物だったかもしれない。
しかし。
「やはり、足りませんねぇ」
「戦艦に乗りたいと思う者はまずいない。仕方ないと思うのだが」
「ゴートさん、あなたも元は軍属でしょう?士気に関わることですよ、これは」
「それは認めるが。……昼は此処にするか」
そう言いながら、真上にある太陽をふと見上げ、目に入った食堂に入っていく。
その店の名は「雪谷食堂」と言った。
かつて、このような言葉を発した者がいた。「人はパンのみにて生きるに非ず」と。しかし、パンがなければ生きられず、買うための金も必要だ。人間、給料が高ければ、多少のリスクには目をつむる。
しかし。
プロスペクターとゴートが求めているのは、「食」を提供できる人材である。だが戦場に行くことを考えて生きているコックなどそういはしない。ようやくの思いで見つけたホウメイという人物も、かつて軍に携わっていたからだ。アシスタント5人がいるがナデシコの乗務員が200名を超える事を考えると、あと2〜3名はほしい。
ズルズルズル……。
ふーっふーっふーっ。
ズルズルズル……。
息を吹きかけつつ、麺をすする音が響いていた。
「結構いけるな」
「そうですね……このラーメン、もう一度食べたいって気にさせてくれますね」
そこまで言って、二人同時に器を持ち上げ、グイっと汁を飲み干す。
ドンッ!
「ごちそうさまでした……」
「うむ。馳走になった」
そう言いながら二人同時に、店主の方を向く。
「ところでご主人」
「ん?レシピを教えろってんならお断りだ」
よく聞かれるのだろう、そのことを。だれた様子でそのことを呟く。
雪谷食堂主人、雪谷才蔵。彼はだれた雰囲気を持ってはいるが、目に光を持っている。プロスペクターは「この人物ならもしや」と睨む。こうなるとゴートには口を挟む必要はなくなる。
「いえ、そう言うことではなく。……私こういう者でして」
「ほう、プロスペクターさんかい。ネルガルの人が何の用だい」
渡された名刺を妙な目で見る。
「実は我が社で今回戦艦を建造しまして。コックさんが不足しているんです……乗ってみる気はありませんか?」
「ねーよ。この店をどうしろって気だ? それに唐突すぎっぞ」
「いえ、このラーメンが美味しかったもので。この人ならどうかな、と思ったわけでして、はい」
その言葉にお互い苦笑をかわす。
「コイツは俺じゃねー……おい、テンカワ!」
「はて(……テンカワ?)」
何かが彼の頭の隅を刺激した。
しかし思い出せないのなら、聞いたことがあるだけかもしれないと思い直す。そして現れた人物はやっぱり知らない人間だった。
「何です? サイゾウさん」
「コイツだ。テンカワ・アキト。先刻のラーメンはコイツが作った」
テンカワ・アキト。20歳前の、黒目黒髪の青年。ただそれだけでしかない。取り立てて言うことがあるとすれば、ハリネズミのキャラクターを思い出させるツンツンの短い髪ぐらいだろう。
この時までは。
アキトの目がスッと細まる。
「プロスペクターさん、ですね」
ゴートの体に緊張が走る。何かがあったわけではない。言うなれば、体が勝手に反応したのだ。目の前にいる、ただの青年でしかない彼に、戦場の空気をかぎ取ったのだ。
「おや、何処かでお会いしましたかな?」
プロスペクターも「何か」を感じているが、交渉術の基本だ。相手に内心を気取られるような真似はしない。
「かつてネルガルに籍を置いた科学者の息子、と言えば分かりますか?」
「(なるほど……面影があるかもしれませんね)いつ私のことを?」
「父が何度か。面白い男がいる、迷惑をかけ通しだ、そう言っていました」
苦笑。
正直言って、プロスペクターの姿は個性的だ、聞いただけでも、かなり連想しやすい。第一、先程彼の名刺をサイゾウが読み上げてもいる。
「単刀直入に言います。俺を乗せてはもらえませんか」
そう言って、右手の甲を差し出す。いわゆるタトゥー……IFSターミナルが見える。
「良いんですか?」
「軍に協力する気はありません……それに、戦闘訓練は一通り受けていますから」
その時のアキトの事を、この場にいる誰もが忘れることは無いだろう。
その瞳に、存在そのものに宿る絶対の、力。
プロスペクターはこの申し出を受けてしまう。
アキトに魅了されたと言うべきか。彼らしいとは言えなかったのかもしれない。
木星蜥蜴が地球に降りるようになって数ヶ月で治安は一気に悪化した。
それ以来軍は、いや軍人は己の身の保身のためか戦力を「出し惜しみ」して、市民の身を守ろうとしなくなっていた。
火星の敗戦以来、軍の腐敗は悪化の一途をたどっていた。
機動戦艦ナデシコ。純白のボディを持つ最新鋭戦艦。
例えるなら、純白のスフィンクス。それはどのような謎かけをするのだろう、それは何を守っているのだろう。
飛び出た二本のブレード、完全固定型の主砲という非常識な武装。そして連合軍のマークを持たず、地球圏最大の企業ネルガルのマークが刻印されている外観。内部に至っては「実力第一、性格第二」という基本方針に従って集められたクルー。
そう、この艦はネルガルが「ある計画」を遂行するために作り出した戦艦の一番艦だ。実験艦としての意味合いが強いという事も有るが、それ以上に計画の遂行能力を求めていると言うこと。それほど急を要すると言う事でもある。
今現在ナデシコはその計画に沿った任務を帯び、此処サセボドックで出航の為の準備に追われていた。
格納庫では艦載機である人型の機動兵器−エステバリス−の組立と調整、食堂ではコック達が仕込みをはじめ、またブリッジではプログラムの最終デバッグを含めた初期化作業が進められていた。
戦艦の艦橋で、ネルガルの監査役・プロスペクターは困っていた。
ついに建造され、就航されることになった民間初・ネルガル重工が保有・運営することになる機動戦艦ナデシコ。その能力は高く、現在、非公認ながら単独においては世界最強である。
そしてクルーは能力を最優先に集められた各分野のスペシャリスト達。「性格は二の次」をモットーに集められただけあってなかなかにアクが強い。
そしてそれを統率する意味で、実戦経験を持つ「英雄」と呼ばれる人物フクベ・ジンを提督を据えることで効率よく運営することが可能だ。そう彼は思っていた。
「ここまでは良かったと思ったのですが……」
彼はチラリと、目を背けていたモノに目を向ける。
キノコ。いや毒キノコ。
ムネタケである。「アタシは提督の部下を長年続けてきたのよ」と無理矢理ナデシコに乗り込んできたのだ。
給料を管理する者として、艦内の調停を仕事とする者として、気が重かった。
−ブリッジ。
ナデシコの中枢部。艦全てを統括する人間達の集う場所。あくまで「もしも」の話だが、もしナデシコが大破してもこのブリッジだけは単体で離脱、生存が可能だ。卑怯と言う無かれ。僅かでも生還率を高めるための仕掛けなのだから。もっとも、多少の航行能力があったところで単体で運用されるナデシコで救命ポッド程度の能力しか持たないブリッジがどれほど保つかは甚だ疑問ではあるが。
現在この場所にいるのは七人。
艦を実際に動かす為に最も重要な三人、「操舵士」ハルカ・ミナト、「通信士」メグミ・レイナード、「オペレーター」ホシノ・ルリ。
もう一つの集団ブレインとなる四人、「提督」フクベ・ジン、「副提督」ムネタケ・サダアキ、ネルガル側の人間「監査役」プロスペクターと「SP」ゴート・ホーリ。
「私たちは貴方だけをお呼びしたはずですが」
ムネタケの存在を疎ましく思っているのだろうがそんなことはおくびにも出さずにフクベに尋ねるプロスペクター。「営業スマイル」が地顔にさえ見えるほど一流の交渉人(ネゴシエーター)だ。
「彼らは長年連れ添った儂の部下達だ。……放ってはおけんよ」
そう答えるのがフクベ。白い髪、白い髭。老練な戦士を思わせる眼光は彼が英雄とまで呼ばれていることを納得させるモノだ。しかし、ムネタケをこの艦に乗せる理由にはなっていない。
そして、ムネタケを知る者ならば彼に対し「名将の目も曇った」と悲しんでいる事だろう。
「そうよ! アタシ達を閉め出そうとしたって無駄なんですからね! ……それ以前にあんな連中でこの戦艦動かそうなんて本気?」
言っていることはもっともだが、ムネタケ自体プロスペクターのスカウト予定に入らなかった人間だ。能力云々を言う資格はない。ちなみに容姿は痩身面長キノコカットに第一印象がカマっぽい。外見で損をしている見本といえよう。
部下に言わせれば「内面も大して変わらない」が。
「無論だ。彼らは全員その道のエキスパートを選んである」
断定するのはゴート。長身と厳しい訓練で作られたであろう体躯、そしていかめしい顔つき。流石に「元軍人」らしい人物、この場には相応しくも見える。しかし額に汗が浮かんでいる。
やがて話題は艦長と副艦長に移っていった。なぜならこの時間になっても艦長と副艦長の姿は見えないからだ。
「艦長はどうしたのかね?」
「おかしいですねぇ〜。もうそろそろ入港される時間なんですが〜」
「艦長ってどんな人なの?」
「防衛大学を首席で卒業した人です。戦術プログラムにおいては無敗を誇ったほどの逸材でして、ハイ」
「凄い人なんですねぇ」
「なんでそんな逸材が来てないのよ。臆病風に吹かれたんじゃない?」
「あの人がそんな繊細な人間には思えませんが」
「ルリちゃん?」
「知っているんですか?」
「自分の命を預けることになる戦艦です。一応そのくらいは調べてあります」
そう呟くが、既にオモイカネのデータバンクにはクルー全員の「詳細を究める」データが集まっている。
同時刻・ミスマル邸。
「ユリカ〜、早くしなよ〜。もう時間過ぎちゃってるんだよ」
部屋の前で待つ男、アオイ・ジュン。声が高く華奢、更に女顔。挙げ句に幼なじみという立場が邪魔してか意中の女性に「異性としてみてもらえない」のが目下の悩みだ。いや、その女性が自分のことを「便利なアイテム扱い」している節に何となく気づきながらも目を逸らしている。
「待ってジュン君、服が決まらないのよ」
ドア一枚を隔てた向こう側は、この家の主の一人娘、ミスマルユリカの部屋。
ユリカは今ナデシコに乗艦するための準備に追われていた。スカウトされたのが昨日今日と言うことはないはずだが部屋の中には荷物が散乱している。
「服って、制服じゃないか」
「でも女の子にとってはそれが大事なんだからね!」
「ええい、なにをやっとるユリカ! ……あ?」
いつの間に来ていたのか父、ミスマル・コウイチロウがそのだれた会話を聞いて怒りの余りドアをバシン! と開く。
そのドアの向こうは……まさに「理想郷」! 肌色と白のコントラストが印象的だった。
そしてジュンは幸福の余り気絶した。
「き・・きゃあああああああああ!!!!」
気絶という逃避手段の取れたジュンはまだ幸福だった。
めぎょお!
トランクが二人をなぎ倒し反対側の廊下の壁に叩きつけられる。
詳細は述べないが、この後コウイチロウは「ユリカの新作料理品評会」に招かれ「向こう側」で妻に再会したと語っている。本人としては料理の味見役程度の認識しかなかったが、後にコウイチロウの語ったところによれば「妻のお仕置きに匹敵する」つらさだったという。
ユリカは時間については忘れることにしたらしい。
またジュンは、どこぞの名画の前に力つきた犬と少年の気持ちをその身で味わっていた。
ピピピピピピピピピピピピピピピピ
レッドランプと共に鳴り響く呼び出し音、緊急通信!
ブリッジに緊張が走る!
「まさか敵襲!?」
「いえ、基地からコールはありません」
それをいかぶしむ暇など無い。これは命に関わる事態に発展する可能性があるのだ。一瞬の後メグミが通信を繋ぐ。
「ハイ、こちらナデシコブリッジ……? すみません、もっとゆっくりお願いします」
『!!!!!!!!!』
「はい?」
困惑顔のメグミ。見かねたルリが気を利かせて通信をスピーカーに繋ぐ。
『たったっ・・大変です! プロスペクターさんを出せって、お、おお……お客さんが来て居るんです。急いで助けに……じゃなくて迎えに来て下さいぃぃぃぃぃ!!!!』
映像を遮断しての回線。何故映像が無いのか分からないが切羽詰まっているのが痛いほどに伝わってくる。ちなみに画面は黒ではなく、黒っぽい赤。モニターカメラが「何か」で塗りつぶされているように見えなくもない。
「え?私ですか。では行って来ますね」
「何よ今の!軍人ともあろう者が怯えちゃって情け無いったらありゃしない!」
「でも軍人さんを怯えさせる人って誰なんでしょう?」
ブリッジにはリラックスしたムードが流れる。奇妙な空気を造りながらも。
軍相手に交渉の後、プロスペクターはその人物、アキトをナデシコの中に招き入れた。どうも、高圧的に対処してきた軍人に言い返したのが原因らしい。
「……あれ、何をやっているんですか?」
「おかしいですね……まだパイロットは乗っていなかったはずなんですが?」
「もう飛び立つんじゃなかったのか? この艦は」
その言葉を呟いた人物の前でエステバリスが踊っていた。踊っていたというのは語弊があるかもしれない。何しろそのエステバリスはよく分からない必殺技の名前を叫びながら決めポーズを取っているのだ。
「おい、テメェ! そのエステはまだ整備中なんだとっとと降りろーっ!!」
「ウリバタケ班長、危ないッスよ!」
動き回るエステバリスの足下という危険地帯でハンドスピーカー片手に叫ぶ男が一人。
「整備不全って……」
「何しろ期限が一杯一杯でして」
プロスは苦笑いでごまかそうとする。しかしそれでごまかせる事でも無いのだが。
『ふっ・・今こそ君たちにお見せしよう……これが俺様の必殺技『ガイ・スーパーナッパー』!!』
叫び声と共にエステバリスがアッパーを放つ! 一瞬タメた膝、そこを始点に伸び上がる上体、フック気味に放つアッパー。
「随分、賑やかだな」
「イヤーお恥ずかしい。何せこのナデシコ、クルーは能力第一で選びましたもので」
「人格は考慮しなかったんですか」
「考慮しなくても良いくらいに一流ばかり集めましたから」
ポーズを決めているエステバリス。見ようによってはカッコイイと言って良いだろう。
だが。
エステバリスをそのポーズで決めるのには無理があったようだ。
調整不足も多分にあるのだろうが、そんな無茶な体勢を固定すれば自ずと答えは決まっている。
ずがしゃあああああんんんんん!!!!
「その結果があれか」
顔を覆って笑うアキトに、さしものプロスペクターも今度は何も言えなかった。
「テメエ! 俺達の整備無駄にしやがって!!」
「誰かあのバカ引きずり出せ!」
「フクロだフクロ!!」
倒壊したエステに作業員が殺気立った表情でスパナ片手に群がっていく。システムフリーズしたのか、それとも作業員の安全を危惧したのかエステバリスは動かない。
強制解放されたコクピットから引き出される男が一人。顔はそれなりに整っているのだが、男クサイというか……有り体に言えば「濃い」。
「だあぁーーーーはははははははは!! スゲエ、スゲエぜコイツ!! ロボットだぜ、手があって足があって思い通りに動くんだぜ!!」
まるで新しい玩具を買って貰った子供だ。満面に笑みを浮かべて本当に楽しそうだ。
しかしそれで収まるものではない。
先程ハンドスピーカーを振りかざしていた男が乗員リストを見ながらこのバカの正体を探し出そうとする。
「やかましい! えーと……これか! ヤマダ・ジロウだな!」
「そうかヤマダか!」
「覚悟しやがれヤマダ!!」
ピクリ!
濃い男の眉が跳ね上がる。
「ちっ……がぁーーーう!! 俺の名はダイゴウジ・ガイ! だぁーっ」
「ヤマダだろ?」
「そんなものは俺の名前ではない! 俺のことは魂の名「ダイゴウジ・ガイ」と呼べ!!」
「ハイハイ。じゃ、ちゃっちゃとやるか……「自称」ダイゴウジ・ガイさんよぉ」
ウリバタケ班長と呼ばれた男がニヤッと笑う。どことなく猫科の肉食獣に通じる笑みだ。
「な、何をする気だ?」
「言わなくても分かってるんだろう?」
ジリジリとにじみ寄っていく。
「俺達も先刻えんえんと叫んじまってたしな」
「言い残す言葉はあるか?」
「止めなくて良いんですか?」
「まあ、一応労災はおりますから。それにこれからこの艦でやって行くんです。わだかまりは少ない方が良いでしょう?」
「食えないな、プロスペクターさんは」
互いに笑い合う、が。
『どした?顔が悪いぞ?』
『それを言うなら顔色じゃ』
『いや、何だか足が……痛くて』
『あれ?……班長コイツの足、折れてませんか?』
『あーこりゃ骨折だな。ポッキリいってら』
『しゃーないフクロは中止して、お前ら二・三人でコイツを医務室に放り込んでこい』
『『ハッ!!』』
不安材料追加。パイロット負傷。
「あんなの乗せるなんて、本気ですか?」
「ちょっと自信がないですね」
ズズン……!!
重い音が鳴り響く。
「……敵襲か」
「私はブリッジに戻ります! テンカワさんはここで待機していて下さい!」
「対空砲火を地上に向けて行いなさい!!」
誰しも自分の身が可愛いものだ。しかしそれを直接口に出すのはどうしたものか。
「ひどーい」
「非・人道的ですね」
「上にいる軍人さん達はどうするのよ」
非難する声が上がる。当然のことではあるが。
「ど、どうせ全滅しているわよ!」
自分の身可愛さに、仲間を殺そうとするムネタケ。
この時点で彼はこの艦の人間を敵に回した。何しろこの艦はオープンであることを売りにした民間の戦艦であり、こんなトップの醜態はすぐさま広がってしまう。
これを聞いて「わーい、むねたけさんのしたではたらけてうれしいな」などとお世辞でも言う人間は絶対にいない。
「取り敢えず、艦長が来るまでは現状維持、ですね」
ルリはあくまでペースを崩さない。まだ若い、いや幼いといって差し支えのない年齢の少女が毅然とした態度をとっているのは、ブリッジのメンバーにある種の冷静さを取り戻させるのに役に立った。
「プロスペクター君」
「何でしょうか」
「この船にパイロットは乗っていないのかね?」
「居るには居るんですが」
この状況から、情報を手に入れることが最優先だと考えたフクベは傍らにいたネルガルのスカウト、この船の乗員を集めた男・プロスペクターに問いかけるも、彼は言葉を濁す。
「何かあったのかね?」
「いえ。今日はまだ最終チェックの段階だったのでパイロットが一人しか乗っていないんですよ。それに先程乗り込んだ方の機体はまだ用意できていなくて……」
「何ですって?じゃあソイツを呼びだしなさい!」
「ですが……」
言いよどむプロスペクターを後目に喚くムネタケ。
エステバリスは半ば以上専用機、思考制御の機体を未調整の状態で出撃させること、その無謀さは誰でも知っているはずのことなのに。
そして、ナデシコが何もできない原因、それがようやくやってきた。
異様に明るい空気を持ち込んで。
「私が艦長のミスマル・ユリカです! ブイッ!!」
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
今どきブイサインをしながら現れる、ミスマル・ユリカ。土下座するかのように倒れているアオイ・ジュン……血が足りないのか、走った直後というのに血色が悪い。
((((バカ?))))
期せずして、ブリッジの人間の心が一つになる。
奇抜な艦長の行動。リラックスしたムードが流れる。だがこれを期待したものではないだろう。
「囮のエステバリスを射出。その間にドックに注水、ナデシコを発進させ海中よりグラビティ・ブラストの斉射。これで決まりです!」
士官用の制服を着た、ミスマル・ユリカが「えへん、これでもか」と言った表情で作戦を提示する。上体を逸らしているので胸がせり出すような格好になる。
「「「ごくん……」」」
枯れた爺さんとオカマを除いた男性陣からのどを鳴らす音が聞こえてくる。正常な反応だ。
「艦長、やってみたまえ」
軍の制服を着た、フクベ提督が承認する。貫禄のある、老練の兵士を思わせる男性。そう、火星へ落ちようとしたチューリップを唯一破壊した、地球圏切っての英雄。
だが、一つ忘れている。状況把握を。
「パイロットがいません」
ルリが冷静に進言する。
「え?」
ブリッジにいた人間の声が唱和する。
「ホシノ君、先程プロスペクター君が一人居ると言わなかったか?」
「エステバリスの調整がすんでいるのは、ヤマダさんがたった一人、それも骨折、医務室にいます」
先程の発言を問いただすフクベ。
しかしルリの声は冗談を言う声色ではない。
「もう一人の方は?」
「コミュニケを持っていないらしく、連絡がつきません」
「……そう言えば、渡してませんでしたかな? ゴートさんは」
「私も渡した記憶はない」
「そうですか」
「ど、どうするのよ!アタシはこんな所で死にたくないわ!!」
喚き叫ぶムネタケ。本気で見苦しい。
「ルリちゃん、他にIFSを持っている人は!?」
打開策を模索しようとユリカが尋ねる。
「いません。あえて言うなら私ですが、その代わりナデシコが動かなくなります」
ルリがだめ押しする。
「プロスペクターさん!」
「他の方々は、ご自分の機体と共に別の場所で待機しています」
ナデシコのクルーを直々にスカウトしていった当人の言葉。
手詰まりである。
「本当?!」
「残念ながら……」
『おい、ブリッジ! 急いで格納庫のドア閉めろ! ヤマダの馬鹿が出撃しようとしてやがる!』
叫ぶウリバタケ。
「ちょうど良かった。今、敵襲なんですよねー」
『アンタが艦長か? ……ンな事より! 骨折つってもあいつのはヒビが入ったぐらいじゃねえ! 足が逆向くほどポッキリ折れてんだ! 止めろ!!』
ヒビが入ったくらいならともかく、彼のように素人目に見ても分かるくらい折れているというのなら、筋繊維や血管が折れた骨によって傷つけられる場合もあり得る。下手をすれば障害や死亡の可能性もある。
「ヤマダさん、出撃許可は下りてませんが」
『ふん! 俺の名はダイゴウジ・ガイだ!敵が来てんだ、ンなこたぁ気にすんな!!』
「ダイゴウジ・ガイ……そんな人はこの艦にはいません。密航者ですね」
淡々と言うルリ。本気の目をしている。
『お、おい』
「さっさと放り出して下さい」
『お、おいブリッジ!?』
「ちょっとルリちゃん!?」
かなり本気でビビるクルー。
その間にもガイのエステを乗せたエレベーターはシャフト内を昇っている。
「エステバリス,出ます」
ナデシコの全てを把握するオペレーターであるルリがもう遅いと言う。
ガコォォォンンンン……
エレベーターが重い音を立てて地上へとたどり着く。
その上には一体のエステバリス。しかしそれは何の武器も持たず、パイロットは負傷している。
「ヤマダ・ジロウさん、パイロットネームはダイゴウジ・ガイ……登録、と」
「ルリちゃん……それって」
「どうやらあの人はこのナデシコのクルーだったようです」
しれっと言う。
この瞬間ブリッジの人間は悟った。「この少女を敵に回してはならない」と。
「ではナデシコの発艦準備、始めます」
ルリは取り敢えず先刻の作戦を実行するつもりだ。
「ドック注水開始。核融合エンジン点火。慣性制御開始。ディストーションブレード起動を確認。グラビティ・ブラストチャージ開始」
ルリの声がブリッジに響く。
「あれ?相転移エンジン、使わないの? エネルギーがいくらでも出せるって言う」
「ユリカ……そんなに都合良くないよ。地上じゃ殆ど力を出せないし、相転移エンジンを動かす為に必要なものだってあるし……」
「そうなの?」
ユリカの疑問にジュンが答えるが、それだけでは納得しきれないらしい。これは理系と文系の違いだろうか?
「レーダーに機影確認! ……て、あれ?」
「メグミちゃん、どうしたの?報告はちゃんと」
「バッタ、ジョロ計100機以上……対して連合軍所属機、0……」
隣のスクリーンに映るのは単機で戦う一体のエステバリスの損傷が目立ってきた。彼らは絶望的な気持ちでそれを見つめていた。
『ちっ!てめぇら、卑怯だぞ!』
エステバリスが木星兵器を相手に孤軍奮闘している。
だが多勢に無勢。
さらにパイロットは負傷中。
ロクに避けることも出来ず、エステバリスの基本性能の高さに救われている、と言う状況だ。
「戦闘中なのでダイゴウジさんと呼びますが……ダイゴウジさん、バッタに囲まれピンチです」
淡々と言う。
「上の援護は?」
「駄目です。ここからじゃ遠隔操作もできません」
『うおぉぉぉぉぉ!!!』
陸戦フレームの固定武装はイミディエットナイフとワイヤードフィスト、防御用のフィールドのみ。
パシュッ!! ガキッッ!! チイィィィィィ……
打ち出されるワイヤードフィスト。
それは空中で包囲するジョロの一体を掴み、エステバリスはそれに合わせてワイヤを引き戻しながらバーニアを併せてのハイジャンプ!
『今だ!!』
がきぃぃぃぃぃ!!
ジョロと同じ高みに登ったエステバリスはそれを足がかりにジョロの周囲にいたバッタ付きのジョロに斬りつける。
しかしそれでも破壊できたのはたったの二体。
ガイは一人戦う。
元々ナデシコは未だに発進前の下準備だったので、武装の梱包はまだ解かれていなかった。そのための丸腰。
『チィッ! こっちきやがれ!このチキン野郎が!!』
離れて戦う敵にじれ、そこへ跳ぼうとしたとき、それは起こった。
ひゅごっ!!
バッタ数体がかりの体当たり。
エステバリスはその中のパイロットごと吹き飛ばされていった。
また、格納庫でも動きがあった。
「確か……ウリバタケさんでしたね。上げてください」
アキトは、格納庫にあった唯一の機体、そのコクピットの中から、その言葉を発した。
「ふざけんな! テメエ死ぬ気かっ!?」
アキトに罵声を飛ばす男がいた。ウリバタケだ。
「自殺願望者を出撃させるわけにゃいかねえんだよ!!」
エステバリスは正直に言えば、車とたいして変わらない。出力自体はそれほどでもないが、ディストーションフィールドを持つ。それほどの装甲を必要とするわけではない。
ないのだが、アキトの乗った機体は装甲を全く持たない、仮組の最中の機体だったのだ。
本来空戦フレームであるそれを、ブースターさえ付けずに動かそうとしている。
「死ぬ気なんて無いですよ。それに上の奴を死なせるわけにもいかないし。まだアイツを殴ってないんでしょ? ウリバタケさん」
「テメエ……戻ってきたらテメエも殴ってやる。死ぬんじゃねえぞ」
そう言いながらも笑うウリバタケの顔は、まるでガキ大将のそれだ。
「もってけ! そこそこ使えるはずだ」
そう言ってウリバタケの指さした向こうにあったのは、こんな所には無いはずの武器だった。
ディストーションフィールドはあくまでエネルギー兵器を防ぐためのもの。エステバリスのディストーションフィールドでは太刀打ちできない。
ドンッ!!
接触した瞬間、バッタは更なる加速を開始する。
『うがあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
体当たりの衝撃はパイロット、ひいてはその足にも伝わる。
バッタが食らいついたまま、エステバリスは後ろにあったビルに叩きつけられる。
『やられて……たまるか!!』
ぐぐぐ……ぐしゃっっっっっ!!! ドゥン!!
エステバリスが自分の腹に食らいつき、今にも食い破ろうとしているバッタを両腕で掴み、腕力のみで破壊し、倒れたままスラスターをふかし、飛びさる。
「これで敵残存勢力、バッタ43、ジョロ67!」
「ダイゴウジさん、バイタルに問題発生しました。帰還して下さい」
敵を破壊することには成功するが、パイロットの体にかかる負担はますます激しくなっていく。
『くっ! ヒーローの見せ場ってのはな、こう言うときにこそ映えるんだよ!』
『全く、同感だ!』
やせ我慢としか思えないガイのセリフ。軽やかな……それに同調する謎の声。
「え?」
ヴァラララララララララ………
そして軍基地のカメラの捉えた映像は、爆発と共に現れたそれは驚愕に値する物だった。
黒いエステバリス。
それは内部の金属部が露呈しただけなのだが、その色はまるで、見る者に夜の色を思わせた。
月のない、星のない夜の色。
『ナデシコ、作戦開始まで何分だ』
聞こえてくるのはまだ若い青年の声と姿。
「あの、あなたは?」
『アキト。テンカワ・アキト。コックだ。副業でパイロット、そう考えて!』
「訓練は受けておられるとのことですが……」
プロスペクターはいつもと変わらない声で答える。それを聞いてユリカは作戦を告げる。
「んー? ……ルリちゃん、マップを転送して」
ユリカの頭の中で何かが引っかかった。喉に刺さった魚の骨のよう。後ちょっと、と言う感じだ。
「はい」
「2分後にこの場所にバッタを誘導して下さい、殲滅します」
『それまでの囮か』
「はい……って……あーっ! アキト! アキト!!」
『……誰だ?』
「ユリカのこと忘れちゃったの!? 火星でお隣だったミスマル・ユリカ!!」
不幸の女神。アキトにはそれ以外の言葉が浮かばなかった。
「キャーッ! 懐かしい、アキト何してたの、いつから地球に来ていたの!? 何で教えてくれなかったの!? ねえ、ねえ、ねえ!?」
『ゆ、ユリカ!?』
「艦長、お知り合い?」
「うんっ、アキトはね、ユリカの王子様なの!!」
空気が、変わっていく。居心地の悪い何かに。
『!! 緊急時につき、通信回線をカットする! 以上!!』
異様に慌てたアキトと、何故かブリッジの隅でハンカチを噛んでいるジュンの姿が妙に印象に残る。
『初日から、これか……』
実感のこもった、妙に疲れた声だった。
『はあ……。あー、ヤマダ、こいつを使え』
ウリバタケから渡された、軍事兵器のガトリングガンを渡す。余りに強力すぎて、軍から民間に流れた物はないはずの”エステバリス用のガトリングガン”……しかもレールガン仕様の大電力タイプを渡してきたのだ、ウリバタケは。
それはディストーションフィールドを突破するほどの質量兵器、軍に採用されている最新型だ。
『お、おう。……っておれはダイゴウジ・ガイだ!!』
『……駆動系に回すエネルギーをそいつとフィールドに回して、その場で固定砲台をやれ』
『ふざけんな!俺はヒーローだ。そんなみっともない真似が出来るか!』
こだわり。それは自分自身の意味となる物。それを否定されたような気になってガイは激高する。
『戦場では生き延びる事を考えろ。それが出来たらガイと呼んでやる』
『……ふん、呼ばせてやろうじゃねえか』
帰ってきた言葉に怯みながらも持ち前の反抗精神で不貞不貞しく画面の向こうの声ににらみ返すヤマダ、いやガイ。
『テメエはどうするんだ?』
『ハンドガンがある。威力は低いけど弾数の多いのが』
そう言って、右手に持ったSMGを持ち上げてみせる。
「ヤマダさん、タイミングはお知らせしますからそうしたらバーニア全開で逃げ出して下さい」
『分かった! ……って俺はダイゴウジ・ガイだ!!』
そう名乗り返す声には、今までのような焦りはなかった。ただ力強さがあった。
仮組み最中の、バーニアもローラーも持たない空戦フレーム。それは人と同じ様な動きしかできない。
走り、飛び、伏せ、構え、撃つ。イメージングによって動くエステバリス。その動きはパイロットのイメージ次第。動きそのものはパイロットに再現可能なことを意味する。
目に映る敵を確実に仕留めながらも、アキトの頬には汗が流れ続けていた。
「遅い……遅い……遅い!!」
しかしそれはアキトに焦りを感じさせ続けた。一瞬、いやそれ以上のタイムラグがあるが故に。
それでもエステバリスは海を目指して走る!!
ただ、正直に言って、もうすぐ2200年になろうかという、そんな時期に二本の足で走りながら銃撃戦をするロボットには笑いを禁じ得ない。
だが、アキト以外に誰も気づかない。反応が加速度的に鈍っていることに。
「何故だ!! 仮組みだからじゃないのか!? この鈍さは何だ!」
ピ−−!!
警告音と共にレッドランプが灯る。次々と開くウインドウ。
<入力エラー>
<予期しないエラーが発生しました>
<メモリーが不足しています>
<再起動してください>
「何……だとっ!?」
「凄い!」
「あんな動きが出来るなんて……」
「軍にもあれほどの使い手は居ないぞ」
「あんな人が居るなんて驚きねぇ」
「行け行けやっちゃえーっ!」
驚き、思わず呟く。が、約一名場違いなのが居た。
しかし。
「エステバリス停止!?」
「テンカワ機、敵射線上で停止しました!!」
『くっ!! 何でこんな時にフリーズなんかする!? リセット! 強制再起動!!』
ズウウウン!!
これ程の大きな隙を見逃すほど、バッタは馬鹿ではない。
アキトの乗ったエステバリスの腕が、それに伴って武器が落ちる。胸部装甲が灼け、アサルトピットが露呈する。
<再起動完了>
幾つものウインドウが開き、メッセージが飛び込んでくる。
『くっそおぉぉぉぉ……!! ……海はまだかあぁっ!!』
はじき飛ばされた右腕から、オイル−冷却剤−が滴り落ちていく。まるで血のような、赤黒いオイルが。
そしてアキトの視界にはいるのは青い、青い海。
「テンカワさん、海へジャンプして下さいっ!!」
『分かった!!』
僅かに体勢を低くし、更に速度を上げ、一気に跳躍する!!
地面にはエステバリスの足形が鮮明に。しかし、何故かエステバリスの足には異常が見られない。
そしてそのまま着水することなく、アキトの乗ったエステバリスは海上に降り立つ。
「ナデシコ、海中を出ます」
「敵、グラビティーブラスト掃射可能域に入りました」
「目標、敵まとめてぜぇーんぶっ!」
「はい」
ビシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!
少々緊張感が足りないような気がするが、これこそがユリカの才能といえよう。戦場においても自分を見失わない才能。戦場であるからこそこの才能は人を救う。
「敵、残存勢力ゼロ。作戦完了、お疲れさまです」
「地上施設被害甚大。戦死者は5」
最後のルリの報告。
ブリッジが一瞬、無音になる。
そしてその一瞬が過ぎたとき、艦内の至る所で喜びの声が上がる!
「まさに逸材!」
嬉しそうにニコニコしているユリカとメグミ、ミナト。しかし戦いをよく知る者達にはそれは異様だった。
「嘘! こんな事ある訳ないわ……偶然よ、偶然……」
「しかし認めねばならんな、彼らの型破りな、この力を」
『おーい、動けねぇんだ。助けてくれ〜』
「うあ」
情けない声でブリッジの戦勝気分に水を差したのはガイだった。
「改名はお預けですね、ヤマダさん」
『ぬわにいぃぃぃぃぃ……!!』
敵を倒しても、それでもまだ騒ぎが終わることはなかった。
まだ誰も気づかないが、その日常を忘れない力。それこそがナデシコの力であると気づくときが来る。……いつかは。
あとがき。
ども、さとやしです。
いわゆるTV1話です。
どうしようかと思いましたが、ガイに出撃して貰うことにしました。しかも重傷状態、整備不良状態で。
理由は、ナデシコもまだ搬送途中の物資が多々あり、工場からロールアウトしたばかりのエステバリスにはウリバタケの性格から言ってチェックを入れるはず、そう考えたらこうなりました。
そう言えばナデシコの舞台2195〜6年と言えば22世紀、ドラえもんは無理だったんだな……。
管理人の感想
さとやしさんからの投稿です!!
まあ、使用する機体によって実力は大きく左右される事もありますよね。
いくらアムロやシャアでも、ボールではジオングやキュベレイに勝てないだろうし(爆笑)
それよりガイの奴、まるっきり良いとこなしだったな〜
・・・昔から登場時はそうだったな(苦笑)
でも、アキトをプロスさんが発見できたのは偶然だったんだよな・・・
見付からなかったら、どうなってたんだろ?(汗)
では、さとやしさん、投稿有り難う御座いました!!
次の投稿を楽しみに待ってますね!!
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