機動戦艦ナデシコ <黒>
 02.「緑の地球」は任せとけ→「ナデシコ」は誰のためにあるのか

 

 ガシャッ……ガシャッ……ガシャン……。
 ナデシコ内格納庫。そこにアキトがガイの機体に肩を貸し歩いてきた。機体自体はアキトの方が破損率が高いのだが、動きに停滞はない。むしろ軽快にさえ見える。しかし、ようやくの思いで動いていた機体は、キャリアに乗せた途端にその動きを止めた。
 パシュ……。
 ハッチを開き、顔を覗き込みながら声をかける。
「……ヤマダ、無事か?」
「……ダイゴウジ・ガイだ!」
「分かった、分かった……ガイ。俺はテンカワ・アキトだ、よろしくな」
 返ってきた声に苦笑しながら手を差し出す。
「アキトか。……よろしくな!」
 パシィッ!
 ヤマダ・ジロウことダイゴウジ・ガイ(自称)。彼は無意味に熱い男だった。
 痺れる手に何かを感じ、笑いを浮かべそうになったアキトの顔が180度逆方向に変わる。
「……アキト? どうかしたか」
 その時、アキトの顔は真っ青だった。ただ、いやな予感がしたのだ。火星で毎日のように感じた、あの「悪寒」が。
「アキト、アキト、アキトーっ!!」
「みっ……ミスマル・ユリカ……!!」
 突如として現れたユリカ。
 この時アキトは悟った。「運命は皮肉なものである」と。そして、自分ほど「ドナドナ」が似合う男はいないであろう事を。

 

 凄まじい戦闘技術を見せたアキト。ブリッジに戻ってきた所にムネタケの誰何の声が飛ぶ。ヒステリックな唾混じりの声。
 正直言って鬱陶しく「殺すか」などと考えてしまう。そう、アキトの目には明確な殺意があった。「軍人」という人種に対する、根深い殺意が。
 だが、他人が見たらこう言うだろう、「八つ当たり」と。
「アンタ一体何者なのよ!」
「言う必要はないと思いますが」
「アンタ! このアタシが聞いてるのよ、言いなさい!」
 余りに傲慢な物言い。それは「軍人」という職業の持つ病かもしれない。自分こそが正義であると錯覚する病。
 ヒュ!
 風を切る音と共に、誰もが動きを止める。空気が変わった。
「詮索好きは長生きできない。お前はどう思う?」
「ヒッ!!」
 ムネタケの首筋に突きつけられたナイフ。いや、首の皮が僅かに切れ、血がツウ……と流れ出す。
「どう思う?」
 恐ろしい光景。人の命を容易く奪う刃を突きつけながらもアキトの顔には笑み。目を離すことなど出来ない。
「俺はテンカワ・アキト。覚えておけ。俺は軍人が嫌いだ。存在そのものが」
 その言葉と同時に消える刃。今まで持っていたはずのナイフも、何処に消えたのかさえ見えなかった。瞬間、場を包んでいたプレッシャーが霧散する。
「俺の部屋は何処です?」
「コミュニケに艦内地図が出ますから、その通りに行って下さい」
「分かった」
 淡々とした声でそれだけ告げるとブリッジから出ていく。
 そこでムネタケは気づいた。冷や汗を拭おうと伸ばした先に一筋の血の跡があることに。痛みを与えずに皮一枚だけを切り裂く力。それは並大抵の技術で出来ることではない。
 そこまで思い立ったムネタケは恐怖心を捨て去ろうと喚き出す。
「ちょっとアンタ、何であんなのを入れたのよ!」
 恐怖の元が居なくなったのを見計らって今度はプロスペクターに食ってかかる。
「いえ、美味しいコックさんを捜したら見つけまして。パイロットもできるそうですし、実力も今見た通りですから大丈夫でしょう」
「そう言う問題じゃないでしょ?」
「危害を加えなければ反撃はしないとも言っておられました」
「そう言う問題〜?」
 不安材料ばかり示すプロスペクターにさしものミナトも愚痴ってしまう。
「味方は強いに越したことはありません」
「味方だって根拠は?」
「ちょっとばかり……弾みましたから」
 そう言いつつ、そろばんをチャラッと鳴らす。

 

 地図があったとしても、もっと大きな問題がある。
「……部屋は何処だろう?」
 とはいえ悩みはしなかった。歩いていれば何時か着くだろう。どうせこの艦の何処かだと考えて。そこに漂ってくる良い香り。
 ぐうううううううう。
 誰も居ないがつい赤面してしまう。
「とりあえず腹ごしらえでもするか」
 向かった先はナデシコ食堂。
 発艦に向けて集まった人間達のための仕込みがようやく一段落したところだった。
「いらっしゃい。注文は何だい?」
「メニューの上から下まで全部、おねがいします」
「アンタね……冷やかしなら止めとくれ」
「本気ですよ」
 この日、ナデシコ食堂では営業開始一日目にして前人未踏の全メニュー制覇の偉業が達成される。また、ホウメイ料理長は後に語る。「あれだけ喰って腹が膨れないのはどういう事だい?」と。

 

 また格納庫ではアキトの使用した機体のチェックが始まっていた。
 たった一度の戦闘で機体にガタが来ている。
 それに戦闘中にはシステムフリーズまで起こしたのだ。
「班長、これ見て下さい」
 そう言ってモニターに映された物は妙なデータだった。パイロットのクセを解析し、最適化するためのログデータ。
「……なんだ?こりゃ」
 エステバリスはIFSによって思考制御されている。つまり、自分の体と同じように動かす物なのだが、例えば手を肩まで上げる動作をするならば「このくらい」と手を上げるだろう。だが、もしも「その動作をミリ単位」で行う者がいるとしたら?
 答え。その要求される精度をこなそうと、エステバリスは限界以上の演算をこなさなければならない。
 アキトの使ったハンドガンの照準データ。高速飛行する無人兵器に対してピンポイントで狙撃を行っているのだ。的に対して数ミリの狂いもなく。
「アイツ、ホントに人間か?」
「このデータ量からすると、エステバリスの方で処理しきれなくなってフリーズしたんでしょうね」
「と言うか、関節部のアクチュエータも精度を上げないとダメですよ。テンカワっていいましたか? アイツを乗せるとなるとフレーム交換もできないって事になりますね」
「てぇと、演算機構そのものの交換と、オールラウンドフレームの開発か?初日だってのに忙しくなってくるな、こりゃ」
 だがそれでも、ウリバタケは楽しそうだった。
 やりがいのある仕事、退屈とは縁遠くなりそうだから。そう、カスタムタイプを実際に「必要」とする人間が現れたのだ。
 滅多にないことだが、個人レベルでのカスタムエステバリスという物が存在する。本来軍用であるエステバリスは汎用性を求めるため、全ての機体に部品などを共用するのが普通。効率が悪くなるようなことはしない。
 だからこそ、換えの部品の存在しないカスタムタイプは数が少なく、また整備する立場の者にとってはその機体の特性、特殊な部品の有無を知ることが必要になる。人の命を左右する以上、扱いが難しいという事に変わりはないが。

 またナデシコ内の一室。
 ここではムネタケが部下を集めて演説をしていた。
「アンタ達も知ってるでしょ?この艦の力を」
「はい。木星蜥蜴を一掃したあの砲撃。そしてディストーションフィールドさえ展開すると聞いております」
 部下の一人が追従するかのように答える。ムネタケの部下としてのやり方を身をもって知っているのだろう。後ろで何人かが「気の毒な」と言う顔をしている。
「これからアタシ達はこの艦を徴収するわ。木星蜥蜴から地球を守る為にね」
(それとアタシの出世のためにね)
「この戦艦の力を考慮すれば軍が動くと思われます。それと挟撃するべきかと」
「うるっさいわね……そんな事分かってるわよ。これからミスマル中将が来るから、それと平行して動くわ」
 そう部下達を睥睨するような目で見るムネタケ……その目は氷の如き冷たさをしていた。いや、それとも爬虫類のようなヌラリとした光、かもしれない。
(転属願い……何時になったら受理されるんだろう……)
 奇しくも部下達の心は一致していた。こんな生活はもう嫌だと。

 

 またナデシコ食堂ではアキトが二巡目に入るかどうかを思案していた。
「アンタ、まだ食べるつもりかい?」
「そんだけ美味いって事なんですから。自慢したらどうです?」
 ニッと笑いかける。人間、美味しい物を食べれば恨みも晴れるというものだ。しかしホウメイも正面から笑い返す。
「料理人が満足しちまったら終わりだよ。あたしゃ死ぬまでコックをやるつもりさね」
「サイゾウさんと同じですね」
「ん?」
「あ、いえ……俺の料理の師匠です。自己紹介が遅れましたね、今日からここで働く、兼業料理人のテンカワ・アキトです」
「パイロットじゃないのかい?」
「元々料理人志望なんですよ、俺。戦闘技術は身につける必要があったから……色々あったんですよ、火星では」
 後半は誰にも聞こえないような小声で呟く。
 それでも、ホウメイは何かを察して労りの声をかける。
「そうかい、苦労したんだね……よし、アタシが料理長のホウメイだ!食い終わったらビシバシ行くよ!」
「……お手柔らかに」
 そんな二人のやりとりに入ってきた人物が居た。ルリだ。手にラーメンを持っている。
「隣、いいですか?」
「他にも空いてるよ」
 とりあえず無視して椅子に座る。
 奇妙な沈黙。
 一瞬の間を置き、小声でルリは話し始める。
「テンカワさんのことは、『よく』調べさせていただきました」
「……それで? 何かあったかい?」
「いえ、何も。だからこそお聞きします。あなたは誰ですか?」
「兼業コック。そう言わなかったっけ?」
 笑顔の拒絶。
 それ以上の答えは、今は得られない事を悟らせる。
「じゃあ……なんでテンカワさんはナデシコに乗ったんですか?」
「俺が乗るのは師匠……龍馬さんの遺言、その意味を知りたいから」
「師匠? お亡くなりになった方なんですか?」
「俺に戦闘術や機械について教えてくれた恩人。何で死んだかは……言いたくない」
 何か思うところがあるのか……アキトの顔は哀しげな表情を作った次の瞬間、思いきり引きつった。
 思い出す。
 特訓の名を借りた拷問。悲鳴を上げる全身の筋肉、関節、骨格。
 そして「体で覚えろ」と実際に受けた打撃技・投げ技・関節・寝技・刀剣術・投擲術・諜報戦。そう、名を失った一つの体系の業、その数々。両親の死んだあの時からの、地獄と言うしかない密度の濃い時間。
 そして、火星ともう一つ、第二の故郷でのバカ騒ぎの日々。
「一言で言えば。……そう……鬼だったなぁ」
「そ、そうですか」
「ま、とりあえず……俺が俺であるため。もし逃げれば……俺が俺じゃなくなるから。それに、見つけていない」
 ただ、深い思いがその言葉を支配していた。

 

「ナデシコの目的地は火星です!」
 ブリッジに集められた主要メンバーを前に、プロスペクターが宣言する。
「以後ナデシコはスキャパレリプロジェクトに従い、火星へ向かいます」
「はーい、しつもーん」
「はい、艦長」
「何で火星なんですか?」
「そうだ! この艦の力が有れば地球から木星蜥蜴を一掃できる! 火星に行く必要なんて何処に有るんだ」
 ユリカにしてみれば艦の目的自体を聞いたのだが、ジュンにしてみれば戦艦が守るべき民間人の住む地球を離れる事を忌避する気持ちの方が強いのだ。
「火星にある研究施設の奪還、そして今なお取り残された火星の人々の救助です」
「そんな……火星にはもう誰も居ないって」
「いや。おそらく人が居る」
「提督?!」
 フクベはゆっくりと頭を巡らし、続ける。
「あの時の火星にはまだ多くの人々が居た。しかし私がチューリップを落とすのを機会に撤退した……見捨ててしまったのだ……」
 苦悩を自ら身に纏うようなフクベの姿。だが、それは真実を知る者、いやそこに住んでいた者にとっては自己満足的な欺瞞的な物にしか見えないかもしれない。例え本人、フクベの心がどれほど深く傷ついていたとしても。
「軍はそれを幸いに”英雄”を祭り上げて追及をかわしたのだ」
「だからこそ今、救助の手が必要なのです」
「けど、この力は……!!」
 だからこそ、と救助の必要性を語るゴートとプロスペクターだがジュンはなおも食い下がる。
「そう、アタシが貰うわ」
 その声と同時になだれ込む兵士達。
「ムネタケ! 血迷ったか!?」
「血迷った? いいえ、血迷ったのはあなた方の方。アタシは至って正気よ」
 ちら、と外を向くムネタケの視線の先には連合の戦艦・トビウメが迫ってきていた。
「通信、繋ぎます」
「ユゥゥリィィクワァァァァァァァァァァ!!!」
 繋げた瞬間に大型モニターに映し出される男の顔。
 何人かは耳を押さえて悶絶するが、たった一人だけ平気で、
「あら、お父様」
 などと答えている。

 

「俺が良い物見せてやるぜ!!」
「おいおい、随分古い規格のディスクだな……」
 ここナデシコ食堂では閉じこめられた人達を盛り上げようと、ヤマダが自分の持ち込んだディスクをウリバタケ秘蔵のプレーヤーで見ようとしていた。
「俺がこの機会持ってなかったら、オタクどうする気だったんだ?」
「それは気合いと根性で」
「なるわけねーだろ」
 そして、僅かな時間の後、上映される。古めかしい、盛り上がる音楽と共に現れたのは「ゲキガンガー3」の文字。
「なんか、懐かしいな……」
 子供の頃に見た、ゲキガンガーを思い出す。いや、これを見たことがきっかけで、思い出していた。
(最後って、どうだったっけな)
 何故か、それが思い出せないことに奇妙な苛立ちを感じていた。
 そして、もう一つ、思い出す。それは言葉となって彼の口からこぼれ落ちた。
「アイツら……まだバカやってんのかな……」
 その時はいつもの表情とは違う、笑い顔があった。

 

「おお、ユリカ立派になって」
「いやですわお父様。今朝会ったばかりじゃないですか」
「交渉……宜しいですかな?」
 普段と変わりない会話を楽しむかのようなミスマル親子。プロスペクターはその異次元のような雰囲気にも怯まず割って入る。
「うむ。ナデシコは連合に引き渡して貰う。それだけだ」
「それは困りましたね。……上の方々とはもう話が通っているのですが」
「しかしこの力は我々に必要な物だ」
 延々と続く交渉。どちらにしろ渡せ、渡せませんと話は平行線を辿っていく。
 その頃ユリカは子煩悩なコウイチロウが用意したケーキをパクついていた。ジュンは内心ユリカと一緒にいたかったのだが、立場上挟めるはずのない口論に、精神的に行き詰まっていた。
 膠着状態のその時、スプーンをコト……と下ろしてユリカは一言こぼす。
「お父様は……もう、火星のことを忘れてしまったんですか? ……ずっと、続くと思っていたあの時間を……」
「ユリカ……」
「あそこに住んでいた、みんなのことを……」
 ユリカはぺたりと座り込んでしまう。
「アキトが……生きていてくれた……でも、みんなは…」
 その言葉に、何かが引っかかる。
「? ……ユリカ? アキト君が……どうしたと言うんだ!?」
 流石に親子。20年も一緒にいればこの宇宙人のような娘の思考も多少は読めるようにもなる。
 ぽっ……。
 何故かユリカが頬を染める。
「いやですわお父様、そんなことを聞くなんて……」
 室内だというのに風が吹いた。とても冷たい風が……。
(……そう言えば。ユリカはあの時、格納庫に行った。でも、戻ってくるまで妙に時間がかかったような……)
 そして、最後にはジュンの想像が妄想に行き着いた。
 静寂の中、誰も言葉を発せない中、置いてきぼりを食ったような顔で、立ちつくすジュンの姿があった。彼は打ちひしがれるユリカの姿を見て、何かが心に突き刺さるのを感じていた。
 いつも明るかったユリカ。悲しむユリカ。頬を染めるユリカ。……自分の知らないユリカの姿に感じるもの……それは嫉妬。
 しかし。
 ゴウン!!
 激しく揺れるトビウメ!!
「何事だ!!」
『海中のチューリップが活動を再開しました!!』
『護衛艦パンジーとクロッカス、迎撃体勢に入ります!!』
 ハッとユリカの息を呑む声が聞こえる。
「マスターキー……今のナデシコが戦場にいれば沈んでしまう! お父様、ユリカはナデシコに戻ります!!」
「待て、ユリカ!」
「お父様はナデシコの人達を見殺しにする気ですか!?」
 その言葉が幾つかの記憶を呼び覚ます。……見殺し……テンカワ夫妻……過去の悔恨。コウイチロウの心は決まった。いや、既に決まっていた。ユリカが自分の道を決めたときから。
「ユリカ、後悔だけはするな」
「……はい、お父様!!」
 その顔は、自分の道を見つけた者だけが出きる、迷いのない、魅惑的でさえある笑みに彩られていた。
「あ、それとミスマル提督、……連合と我々は一蓮托生。それをお忘れなく。……火星の、あの日以来のね」
「僕は……ユリカの便利なアイテムなのか?仕事を代わるだけの……いったい僕の存在って」
 ユリカの肩をつかみ損ねた手を見ながら、ジュンは自分の存在意義に疑問を感じていた。

 

「……揺れた。か?」
 空中に静止しているナデシコに地震は影響しない。
 風が吹いていても、この大質量に影響を及ぼせる台風などそう起きることもない。
「戦闘か」
「ん?アキト、どうしたんだ?」
 アキトの隣、最前列でモニターを見ていたガイの気にとまる。この二人、パイロット同士と言うこともあるが、趣味があったことも災い……いや、幸いしてすでに打ち解けていた。
「ナデシコが一瞬揺れた。戦闘が始まっているみたいだ」
「何だってえっ!?」
 そこかしこから悲鳴がとどろく。
「冗談だろテンカワ!」
「何でここでそんな事が分かるんだよ!」
 いくつも上がる声に、アキトは軽くスナップを利かせて手を振る。そして現れた大振りのナイフに音が消える。
「……俺が道をあける。みんなは?」
「お前一人にいいカッコはさせねーよ」
 スパナ……いや、大型のレンチをくるくると振り回しながらウリバタケが周りの整備員達を煽っている。
 その声に同調した者達が立ち上がり、ガイもまた立ち上がろうとするが、いつの間にか松葉杖がないことに気づく。
「あれ? 俺の杖知らねーか?」
 サッ。何人かの指がある一点をさす。
「これ、アタシが預かっとくよ」
「そんな、俺の見せ場がーっ!?」
「だめだよ」
「よこせーっ!」
 ホウメイの苦悩、それを知らないガイは、自分の杖を取り戻すことに躍起になっている。片足だけではまともに歩けないのか、残ったもう片方の足でカエルが跳ねるかのように飛び跳ね、松葉杖を取り戻そうとしている。
 その、いつになっても終わらないやりとりに、ウリバタケが
「やかましい!」
 と、手に何を持っているのかを忘れて殴りつける。
「……ひとごろし?」
 ぽつりと誰かが呟く。
 ウリバタケの手には血の付いたレンチが。
「お、俺はそんなつもりじゃ……」
 しどろもどろになったとき、それは起きた。
 言葉通りに。
「痛てえじゃねえか、こら!! うわ、こぶになっ……」
「……ガイ?」
 ぱた。
 アキトが恐る恐る倒れ直したガイに近づき、脈を取り、呼吸を確認し、瞳孔を確認する。
「寝てます」
 だあぁぁ……と、倒れる。
「……やるか?」
「そうですね……」

 チィンッ!!
 音らしい音もせず、ナイフの一振りで鋼鉄製の扉が切り裂かれる。
 高周波振動ブレード。その刀身に触れた全ての物を裁断する。
 ゴウンッ!!
 扉が自重で倒れ込むよりも早く、右足が踏み込まれ、逆の足が大きく回され、更に扉に当たる瞬間、右足を伸ばし、アキトはそれを外に蹴り飛ばす!!
 それは扉の前にいた見張りを巻き込み、遠くにガランガラン! と大きな音を鳴り響かせながら跳ねる。
「な、何をしたんだ……?」
「気を込めて蹴っただけ。それだけですよ」
 全く気負いがない。
「じゃ、次行きますか」

 ダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!
 激しい銃撃音と銃口から発するマズルフラッシュの光。
 兵士達は困惑していた。銃で完全武装し、乗組員達を拘束し、この艦を占拠する、そんな単純な任務の筈だった。
「ヒッ、く、来るな、来るな、来るなぁーーっ!!」
「バカ、やめろ!同士討ちになるぞ!!」
 別の兵士が銃の乱射を始めた同僚を、無理矢理押さえつけて止める。
 銃は、直線にしか弾丸を発射できない。跳弾という可能性もあるが、軍人は訓練も積んでいる。この場合それは考慮しなくても良いだろう。彼らはただ撃ち続ければよいはずだった。
 直線通路。
 敵は真正面。しかし銃など銃口から僅かに身を逸らせばいいだけ、そう考えて突っ切っていく。
 思い切りの良さではこのような、ふざけた行動は出来ない。確実に銃口、そして射線を見切れる「目」を持っていれば出来ない芸当だ。
 人が行き交うだけの幅があるとはいえ、そこを走り寄り、そのまま斬りつけ駆けていくアキトの姿はまさに悪夢だった。
 ゴトン!!
 彼らがその手に持っていた鉄の固まりが落ちる。
「うわああああああーーーーーっ!!!!」
「眠っていてくれ」
 とん。首筋に感じる、軽い感触。
 そんな声と共に彼は崩れ落ちた。最後に見えたのは、先程の基地で異様なまでの戦闘技術を見せた男の姿。その男の、闇のように暗い目だった。

 

 オモイカネの形作るネットワークはナデシコ全域をカバーする。
 オペレーターであるルリが居なければ全力を発揮できるモノではないが、食堂でコミュニケを通して見ることぐらいは可能だ。
「すごい……」
 誰が発した物だろうか、感嘆の声が広がる。いや、恐怖さえ滲ませていたかもしれない。
 艦内制圧をした兵士達。反乱を起こした乗組員達。
 ルリはそれをオモイカネを通して、食堂に残る人間達に見せていた。
「銃弾が当たらないなんて」
「いや、それ以前にどうやって接近したんだ?」
 誰もが、人間の限界という言葉に疑問を持ち始めていた。
 そして、まだ誰も気づいていなかった。アキトの通った跡が明確に爪先の形に歪み、沈んでいたことに。

 

「ねえ、ちょっと? 一体何が起こっているって言うの!?」
 ブリッジにて銃を抜き他者を威嚇するムネタケ。彼にはコミュニケを扱えないことに対しての苛立ちが募っていた。
 ミスマル提督の言により、ナデシコからマスターキーは引き抜かれている。
 押し掛けるように乗艦したムネタケは艦の能力が著しく制限されることしか知らず、オモイカネのネットワークを使えないことがルリの操作による物だとは知らなかった。
『何なんだコイツは!! 銃が効かない!!』
『誰か、誰か助けてくれっ!!』
 ムネタケの元に、艦内各部に配置したはずの部下達からの恐怖の声が響き渡ってくる。
『こちら格納庫、武装した整備員が襲来! 増援願う!!』
『艦内主通路制圧された! 展望室まで撤退する!!』
 続々と入る劣勢を告げる声。
 しかしムネタケはコホン、と一つ咳をして尊大な態度を取り戻し、さも名案といった声で命令を下す。
「仕方ないわ。隔壁緊急閉鎖。同時にガスを使いなさい」
『し、しかし後遺症を残す危険性が!』
「関係ないわ。アタシに逆らった愚かさを味わって貰うわ」
『……ガスを使用します』
「下らない男だな、アンタは」
 ムネタケがその口元を歪め、部下が苦悩したその時、唐突に聞こえてくる声。
 それが誰かを思い立ったとき、ムネタケは反射的に銃を抜き、突きつけた。
「アタシの邪魔をするんじゃないわよ!!」
 ガガン!!
 振り向きざまに発砲! しかし、それは意味を持たなかった。
「人を殺そうとする者は……」
「!?」
「……殺される覚悟をしなければならない……」
 踏み込みと共に体を下げ、常識の範囲外の低位置から床を舐めるようなその体勢から、まるで悪夢のように肌色の何かが迫った。それは、手。アキトはムネタケの手を、その銃把ごと握り、全力で力を込める
「ぎにょえあおあお……のお、のおおおおおおおおお!!!!!!」
 ムネタケの悲鳴と、骨が折れるのではない、砕けるという世にも恐ろしい音がブリッジにこだましていた。
「……それが、戦いに身を置く者のルールだ」
 食堂に残った数人、ブリッジに残されていたクルーは見た。その時のアキトの顔、余りにも深く、疲れた男の顔を。
「……テンカワさん?」
「ルリちゃんか……艦内の情報操作、やってくれたんだ」
「はい。死にたくはありませんから、優先順位は守りませんと。……それ、どうしますか」
 それ、とは泡を吹き、挙げ句の果てには失禁までしたムネタケのこと。右手は、人を殺そうという報いにしては優しいものの、一生に残るであろう事は想像に難くない程の怪我がある。
「んー、メグミちゃんとハルカさんは?」
 ブリッジに残されていた他の二人にも話を振る。
「アタシ、そのキノコ要らない」
「まさか……殺すんですか? ダメです、そんなコトしちゃ……」
 必要ないし、殺しはしない。
「じゃ、こうしますか。艦の中に閉じ込めとく良いところないかな?」
「……ここ、どうです?」
 ルリが指し示したのは、使われていない倉庫。ただ、任意に切り離しの出来る、外部コンテナ。構造的にも『少々』脆い。つまり、『事故』が何時あってもおかしくない場所なのだ。
 ここで、アキトは見た。
 たった12歳でありながら「計算」で生きる少女の姿を。そして彼女をこのように育てたであろう大人達に憤った。
 そして、修業時代に見た『あの目』を思い出した。

 

 バババババババババババ……。
 ヘリのローター音が聞こえる中、ユリカとプロスペクターは「何かを忘れている」様な気がしていたが、思い出せないならどうでも良いことだろうと思い、そのまま忘れることにした。
 またトビウメのブリッジではさめざめと涙を流す青年がいたが、戦時中と言う事もあり、誰にも気づかれなかった。
 二人の眼下に広がる海は、その穏やかさに反して激しい水しぶきを上げていた。
 水中と空気中では爆発力はまるで違う。
 ディストーションフィールドは通常兵器をほぼ無効にするが、衝撃までは緩和できない。パンジーとクロッカスは今の内とばかりに魚雷を撃ち込む。
「状況……ダメです!全く効果、見られません!」
「敵質量、変化見られません!!」
「チューリップ、海上に出ます」
 存在さえ疑いたくなるような光景。巨大な質量、ただの巨岩としか思えないそれが浮かび上がっていく光景だった。
「チューリップ、海上に停止、口を解放します」
「?……パンジーとクロッカス、動作異常? 相対停止? チューリップに飲み込まれます!!」
 まるで花が開くような姿。その姿は名の由来通りチューリップに酷似していた。しかしそれは食虫花のごとく、パンジーとクロッカスを飲み込もうとしていた。

 

 ナデシコのブリッジで、クルー達はその光景を見ていた。
「テンカワさん、私はどうすればいいのでしょう」
「どうしようもないよ。人が出来ることは限られている。救いたくても……救いたかったのに、助けられないこともある……あったんだ……」
「出撃されないんですか?テンカワさんの腕なら何か……」
 そう言うのはメグミだ。彼女はまだ、この場所が何処か理解できていない。いや、それこそが人間のごく普通な反応かもしれない。戦場に生きる人間ではない彼女達なら。
「空戦フレームは、ウリバタケさん達がバラバラにしちゃってたよ。それにチューリップを潰すには力が足りない」
(せめて、EXがあればな……)
 楽しげにエステバリスを、笑いながら解体するウリバタケの姿。そんな物が容易に連想できてしまった。
 バラバラにされた人型の上で、工具に身を固め、天を向いて笑う男の姿を。
「どうしたらいいと思います?」
「ユリカが帰ってくるのが今は最優先だね。それ以上は望めないよ」
『ならテンカワ、こいつを使え!』
「う、ウリバタケさん? 一体何を……」
『速攻で組み上げた空戦改! コイツだぁっ!』
 目一杯に広がるウインドウ。
 相変わらず装甲は着いていないが、あのガトリングガンをオーバーハングキャノンとして装備し、さらに妙に大型のバーニアを積んだエステバリスの姿。見えない部分だが、CPUとメモリーはかなり強化されている。
「……趣味ですか?」
『趣味だ!!』
 皮肉で言ったつもりが、あっさり肯定されて逆にへこむ。
「……ふう……じゃ、艦長の迎えに行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
「お願いします」
「おみやげ忘れないでね〜」
 ……軽い。

 画像で見るのと、実際に見るのとでは感慨が違う。余りに規格から逸脱した巨大なバーニアの姿。
「これ、爆発しませんよね?」
「当たり前だ!」
 どっちの方に「当たり前」なのだろう。
「知っての通り、このガトリングガンは初速を上げるためにレールガンになっている! エネルギー効率の悪い空戦フレームに積んでいるからバッテリーも併用して使うぞ! 良いか、バッテリー残量のチェックを怠るな!」
 火薬式ではディストーションフィールドは突破できない。突破できるだけの初速を与えるのなら、レールガンを、それも熱伝導を無視して。結果、銃身を多数装備した、ガトリングガンタイプを、となる。
「普通に砲戦フレームを使った方がよかったんじゃ……」
「砲戦にはナデシコのディストーションフィールドを通して使えるような便利な武器はねーんだよ。直接フィールドの外に出て撃つような武器しかな」
「此処、海の上ですしね……」
 正直、今これに乗って出撃しようとするアキトには「特攻」とか「万歳アタック」と言った言葉と同じ意味の単語がグルグルと回っていた。
「テンカワ・アキト、艦長の護衛のため出撃します……」
 オーバーハングキャノンの装備された右肩がどうにも重かった。

 護衛のため、と言っても実際にはヘリの方に注意が向かないよう、チューリップに「テンカワ機の方を優先して攻撃させる」と言う事を意味する。つまり、接近離脱をくり返して、ガトリング砲を打ちまくるという意味である。
「アキトーっ、がんばってねーっ♪」
「……ナデシコの方を頼む……」
「うん、わかった。後でたぁーっぷりお話しよーねぇ」
 何故かアキトの目からはさめざめと涙が流れていた。

 この後には、別に特筆するようなことは無い。
 ナデシコが自らチューリップに飲み込まれ、そこでグラビティ・ブラストを斉射。これにてチューリップを破壊する。

「なんて無茶を……ユリカの馬鹿が。チューリップの内部は異空間。それに気づいていないのか……」
 アキトは苦渋に満ちた顔をする。
 師から聞かされていた事、自ら体験した事を思い出しながら、呟く。
 悠々と戻ってきたナデシコを見ながら、エステバリスは海面に立つかのように佇んでいた。

 

 事が終わって、コウイチロウはモニターを通して見つめていた。アキトを。
『アキト君、ユリカと何があったのか正直に話してもらおう』
「へ?」
 戦闘直後、ナデシコに着いた途端にアキト宛にトビウメからの緊急連絡が来た。
 急に呼び出されたアキトがいぶかしみながらも出たところ、開口一番にこう言われたのだ。
「アタシも興味有るなー」
「わたしも……」
「私少女ですから。大人のことはよく分かりません。……後学のため、教えて下さい」
 だが、全員が耳をそばだてている。
「何もありませんけど」
『本当だろうね!?』
「うん、『今は』」
 事実を簡潔に伝えるするアキトだが、横でユリカが妙な発言をする。
『『今は』……だと?』
「後も先も何もしません!!」
「アキト? ……ユリカとのことは遊びだったのね」
「あっこら! 俺は何もしてないだろ!何変なこと言ってんだ!!」
『テンカワ君』
「て、提督助けて下さい!」
「責任だけはとりたまえ。男として、な」
 フクベ提督は髭を長く伸ばしている。そのため、意地悪く笑っている今の顔は誰にも気づかれない。
『き、きさ……』
 どさっ。
「あれ?」
「お父様?」
『提督? 提督ーっ!!』
『お、おい担架だ!!』
 ぴーーーっ。
 のどかの風景が現れ、さりげなく音楽が流れている。しかし中央には「しばらくおまちください」の一言が映っている。更に、理由は分からないがマイクを切り忘れている。
『いかん、頭を打ったかもしれん』
『動かすな』
『ゆっくり、ゆっくりと担架に乗せろ』
 バタバタとあわただしい音と、誰かの声が聞こえてくる。
「お父様ったら……ちょっとしたお茶目なのに」
「「「「たちの悪い『お茶目』ですね……」」」」
 苦笑いがブリッジに満ちる。
「はあ……。何でここにいるのかな、俺?」
 喧噪の中、アキトの声は誰にも気づかれることはなかった。

 

 ここ、サセボの軍基地ではコウイチロウとジュンが真っ白になりながらベッドから半身を起こし、夕日を見つめ続けていた。
 医者の見立てでは強い精神的ショックを受けたと言う事らしい。
 夕日に照らされ、カーカーと鳴くカラスを虚ろな目で見る二人の男の後ろ姿は……哀愁と共に何か近寄りがたい物を感じさせた。また、検温に来た看護婦がジュンの脱走を知らせてくるまで、それほどの時間は要しなかった。

 

「あーウリバタケさん、これじゃダメだよ」
 縛って置いた軍人達を見てアキトはそう言う。
「何でだ?ちゃんと縛ってあるじゃないか」
 ゴキ……ボキ……ベキ……
「ギャアアア!!」
 悲鳴と……関節の外れる音が狭い部屋の中に鳴り響く。
「お、おお、おいテンカワ!?」
「縄抜け対策ですよ。まず関節を外す。で、もう一度縛りなおして逃げられないようにする。基本ですよ」
 確かに有効だし、過去・歴史上にも使われていた手だ。
 だが、それを顔色も変えずに行う……いや、ある意味嬉々としているのは何故だろう。
「じゃ、次の人♪」
 鼻歌まで飛び出す始末。
 その日、何故かムネタケのギブスは右手だけではなく、両腕になった。

 

「くう・・・・最高だぜ、ジョーーー!!!」
 一方ガイは未だに食堂でゲキガンガーを見、男泣きに泣いていた。
「これって新手の営業妨害なのかね?」
 そんな食堂にうんざりした顔のホウメイの姿が妙に印象的だったという。

 

あとがき
 そろそろ書き方を変えようと考えているさとやしです。
 ナデシコSSでもっとも人気のない地球側の人間、ムネタケ。誰か彼の処遇に文句ありますか? まあ、無いと思ったから書いたんですが。

 文に統一性がないように見えると思います。さとやしにもそう見えますから。
 これは時系列に沿っているからで、他意はありません。もし見にくいという言葉をかけられたら改良しようとも思っていますが。

 次は「男の嫉妬」ですね。
 では。



 

管理人の感想

 

 

さとやしさんからの投稿です!!

ガイは何時もの如く自分の世界に嵌ってるし・・・

アキトはキノコを三枚におろす寸前だし(笑)

いきなり賑やかだな〜

それにしても、毎回アキトの乗るエステは違うのかな?

少なくとも、これで登場してから毎回別の機体に乗ってるよ、コイツ(苦笑)

 

では、さとやしさん、投稿有り難う御座いました!!

次の投稿を楽しみに待ってますね!!

 

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