機動戦艦ナデシコ <黒>
 11.気がつけば「お約束」→気がついたら「敵だらけ」


 床に映し出された一枚のマップ。
 順次切り替わり、幾つもの物を映し出していく。
 廃墟になった町。
「ふるふくほうひょうひはい」
(クルスク工業地帯)
 ビルをなぎ倒し、突き刺さりながらも街中に無人兵器の群れを撒き散らすチューリップ。
「わはひはひがふまれるまへは、ふんひゅはんひょう。ほりはへひふへんへいひのへいはんでほりあはったぱしょよ」
(私達が生まれる前は軍事産業、とりわけ陸戦兵器の生産で盛り上がった場所よ)
 そしてチューリップを真っ二つに割りながらせり出す円盤。円盤は回転しながらチューリップの残骸から長い長い物を引きずり出す。そしてそれは、砲身だった。
「ほのまひにやふらはとこのせんひょうてもみへたことのないしんかたへいひをとうにゅうひはわ」
(この街に奴らは何処の戦場でも見せたことのない新型兵器を投入したわ)

「あの、提督……もうちょっと分かりやすく話していただけると嬉しいのですが……」
 控えめに提案したユリカをムネタケは睨んだ。
 「ぎろり」と表現したいところだが、せいぜい「じろり」であろう。なぜなら……ムネタケが発見されたとき、波に運ばれてきたと思われるクラゲが顔面をくまなく覆い、刺し、塩水に晒された所為で「イネス特製皮膚薬」を塗る羽目になった。
 ムネタケに至っては。
「あの女、きっと薬剤師じゃなくてヤクザ医師ね」
 と、イズミがいきなり拝み始めるほどの寒い駄洒落を飛ばす始末。オモイカネがストレスで緊急メンテナンスを要求したほどだった。


「その兵器の破壊が今度の任務と言うわけですね提督」
(以下、オモイカネによる翻訳を入れ、ムネタケの顔の下に映った字幕による会話)
『そうよ、司令部ではナナフシと呼んでいるわ。今までにも軍の特殊部隊が破壊に向かったわ。そして三回とも全滅』
 それほど痛痒を感じていないだろうムネタケを余所に、プロスペクターは電卓を弾き始める。
「むむ〜、また不経済な」
 ミナト等はそれを横から見ているが、どうにも納得できないと言う顔で後ろに下がった。
「そこでナデシコの登場! グラビティブラストで決まり!」
 ユリカは「えへん」といった感じで胸を張り、しかしエリナは残念そうな顔で。
「安全策かな」
 という始末。
 しかしプロスペクターはその不穏当な発言を無視して電卓から喜びながら顔をあげた。
「経済的側面からも賛同します」
『あ、それと・・』
「提督はゆっくり休んでいてください。(見ているこっちが痛いんです)」
『分かったわ』
 このときの台詞を、ユリカは後で激しく後悔する事になる。

「作戦開始まで8分30秒」
「グラビティーブラストにエネルギーバイパス接続」
 ナナフシの体に、光が浮かんだ。
「チャージと共に山陰から出てグラビティーブラスト!」
「相転移エンジン全システム問題なし。ディストーションフィールド出力13%ダウン」
「予定作戦ポイントまで1500」
 ナデシコのグラビティ・ブラスト発射口が開いていく。
 ナナフシが向きを変え、その体に光が走る。
「予定作戦ポイントまで後800」
 そしてナデシコが山を超えようとしたとき黒い光、いや光が見えないほど圧縮された「それ」が発射された。
「敵弾発射」
「え?」
 ディストーションフィールドを無理なく貫通し、それは天空へと消えた。ナデシコを貫いて。
 左舷ディストーションブレードが炎を吐き出し、制御は失われ、船体が傾いでいく。
「被害は18ブロックに及んでいます」
「相転移エンジン停止!」
 悲鳴が上がる中、ミナトは冷静に舵を捌き、ナデシコは地上へと降りていった。


「……」
「……」
「……」
 ブリッジの空気はこれ以上無いほど冷たかった。
 そんな中、ユリカが珍しく自制を働かせてルリに質問をした。
「ルリちゃん、状況は?」
「最悪の一歩手前。ナデシコ動けません」
 そう言うのと同時にウインドウにナデシコの全体図が描かれ、一目で大破しているのが見えた。特に酷いのがエンジンブロック周辺。
「ウリバタケさん、修理にどれくらいかかりますか?」
「三日は見て欲しいな。残骸撤去に破損箇所の検査、取替え、試運転……どれをとっても手の抜けない作業だ……おいテメエら、とっとと仕事にかかるぞ!!」
 そう言いながらウインドウの向こうに消えていくウリバタケ。
 彼が今まで居たはずの場所に、何やら怪しげな鉄の塊が落ちているのは気のせいだろうか。誰も気付いていながらその存在には突っ込まなかった。どうせその内絶妙の状況になったときにでも見せるつもりだろうと。
「イネスさん、ナナフシのブラックホール弾は?」
「生成に…少なく見積もっても12時間、ってところね。それ以上は……ちょっとね」

 そしてユリカは決断した。
「ナデシコはこれより緊急修理を。エステバリス隊は遠征準備、それとプロスペクターさん、可能な限り、退艦出来る人間をリストアップして置いてください」
「艦長、まさか……?」
 いつになく弱気なユリカの言葉にプロスペクターがもしやと言った声をかけるが、ユリカはいつもの笑みを浮かべてこういった。
「負けるつもりはこれっぽっちもありません。ですけど、「もしも」は考えておきたいんです」

『いたたたたた……対空攻撃システム。軍の迎撃部隊はこいつに全滅させられているの。現在の我々の位置でも向こうは攻撃可能よ』
「そんな大事なこと、早く言ってください!」
 そんなユリカに対し、アニメキャラの様に丸い顔になったムネタケが「喋れないのは、アンタ達があたしをほっぽっといたからでしょ」と目で訴えている。それにアンタが「喋るな」とも言ったと。
 珍しくムネタケがユリカに勝った瞬間であった。最悪の形ではあったが。

 そこでルリがふと思い出したように尋ねた。
「……誰も助けなかったんですか?」
 と。
「いや、戦闘が終わってからさ、僕らパイロットはみんな疲れて休んでて」
「そうそう、きっと他の……」
「私達ブリッジだから無理…食堂の子達が助けてくれると思ったの」
 と、まことに持って暖かいお言葉をムネタケがここにいることも忘れて言い放った。
 そしてムネタケは余りの暖かい言葉に涙を流し、……顔に涙がしみたのか、のたうち回った。

 

 その頃の医務室。
「シクシクシクシクシクシクシク……」
「一体いつまでいるつもり?」
 うんざりした顔でそういったイネスの視線の先には「僕は汚れてしまった」と呟くジュンの姿があった。
 何があったのだろう。
 彼がナデシコに合流したとき、「あんな目にはもう二度と会いたくない、だからもうフグは食べないわ」と嫌味にしか聞こえない言葉を口走るムネタケ。そんな彼と一緒だったのだが、ムネタケもまた同情に満ちた目をして何があったのかは、黙して語らなかった。
「ブツブツ……ユリカごめん……」
 延々と辛気臭い呟きをこぼすジュン。イネスもいい加減根負けしたのか、逃げ出した。
「ふ、はは……そうか、僕はもうドクターにさえ見放されたのか……」
 ちなみに医療室には病人の状況をモニターするための設備がある。そしてそれらの機器を統合するのがオモイカネの役目。そしてそのオモイカネを唯一自在に操るのが――。

「なるほど」
 妙に得心がいったとばかりの表情を浮かべるルリ。両手をコンソールに乗せたまま、そんな微妙な表情を浮かべている。そしてそのような表情をしていて、隣に座る二人の噂好きの好奇心を刺激しないわけが無い。
「どしたのルリルリ?」
「何か面白いことがあったような顔して」
 親切と好奇心で言って来るのだが、真実を伝えたところで子供の口からそういうことを聞いたと思い、空気が重苦しくなるだけだと黙っていることにした。
「いえ、何でもありません」
「何でも、って顔してないわよ。言ってごらんなさい」
「……それじゃヒント。普通、逆なんじゃ……です」
「?」
「後は、秘密です」

 

 格納庫に集まったパイロット達。パーティションを切っただけのここからは整備状況が一目でわかる。
「さて、ミーティングと行くか」
 議事進行は任せてくれとばかりにアカツキが声を張り上げ、注目を集める。
「ロンゲ、なんでテメェが偉そうにしてんだよ」
「いいからいいから。取り敢えず、これを見てくれないかな」
 映し出されたのはこの周囲一帯の地図。
 ナデシコを中心として赤いエリアがある。その僅かに外側に空戦フレーム、零G戦フレーム、陸戦フレーム、砲戦フレームがデフォルメされて写っている。
「この赤いのが重力波ビームの受信可能圏。で、エステのあるところが節約した上での到達限界点」
「じゃ、ナナフシのところに行けるのは砲戦だけなの?」
「……なんだけどね、他の機体だってバッテリーがあれば可能だよ。最も……」
 言いにくそうにアカツキは「無い」と続ける。
「砲戦……ネェのか?」
「ああ。テンカワ君が乗っていた砲戦改にアオキさんの重砲戦。攻撃力と言う部分に惑わされたよ」
 砲戦フレームの理想は攻撃力の徹底のみ。敵を殲滅する事を最優先に設計されたフレーム。ゆえに、その部分は誰も気にしていなかったのだ。
 補給する前に叩けていた今までは。
「質問、じゃ重砲戦の武器を下ろしてバッテリーを積みなおすのは?」
 そのヒカルの疑問に答えたのは誰でも無くシュウエイだった。
「無理だ。あの機体はあれで完結している」
「え?」
「それに此処には輸送に適した装備もある」
 そう言いながら何時の間にか、怪しくメガネを光らせたウリバタケの姿が。
「こんな事もあろうかと」
 一歩、近づく。
「そう、こんな事もあろうかと!!」
 手を広げたその瞬間足元からのスポットライトがウリバタケを照らし、そして後ろにあるものを照らし出す!!
「見よ、我ら整備班の作り出し究極の存在「らふれしあ号」の勇姿を!!」
「何だ、タダの漁船か」
「期待して損こいた」
「帰って寝よ」
 呆れた声を。イズミに至ってはもう帰り始めている。
「おいこらちょっと待て、こいつを唯の漁船と思ったら大間違いだぞ!! 超伝導リニア推進により音も静か!! 陸地だろうと海上だろうと、その気になれば空だって飛べる(現状では飛べんが)!! センサー完備で敵よりも長距離のレーダー感知が可能!! 鯨だって一匹丸ごと、エステバリスだって3台は積み込める積載量!! バッテリーなんか幾らでも積めるわ!!」
 ぜいぜいと息を荒く吐き出しながら自らの作品の説明をするウリバタケ。
「これで移動力の問題は解決できたはずだ。どうする、アカツキ君」
 そのシュウエイの言葉には試すような響きがある、そう感じられた。

「問題は振り分けだ」
「全員で行きゃあいいじゃねえか」
 スカン!
「黙ってろ熱血馬鹿!」
 中身の入っていないコーヒー缶がガイの頭に命中する。
 そして反論しようと立ち上がったガイの腕をヒカルが掴み、そのまま引きずり始める。
「そうそう、ヤマダ君はこっちで座ってなさいって」
「は、ヒカル?! ちょっと待て、今度のコミケの分はもう昨日……お、俺の名はダイゴウジ・ガイだあぁぁぁぁぁ」
「次のイベントのコスプレ衣装、お披露目お披露目〜♪」
 そこで視界から消えるときに、ウインクをしてみせる。
 要は「あとは任せた」ということなのだろう。
「じゃ、改めて。移動力の問題はカバーできたけど、外にいる戦車部隊をどうするかだよ」
「ナデシコの警護と遠征部隊の編成か」
「今までの経験から戦車隊とナナフシ、それ以外に何か居てもおかしくは無いってことね」
「お? イズミ、今日はマジモードか?」
「ふざけていられないからね」
 そんな彼らを余所にアオキがウリバタケを呼び、耳打ちをする。
「しかし良いのかダンナ、バッテリーをあんなモノに積み換えてよ」
「……気配がある」
「気配?」
「ああ。「敵」の気配だ」

 

「で、俺がファッションショー見せられてる間にアカツキとイズミと凶暴女、それにアオキの旦那が行っちまったって事かい」
 不貞腐れた子供そのままに愚痴るガイ。
「まあいいじゃない。だからあたしも残ったんだし」
 こちらは幾分嬉しそうなヒカル。ガイと一緒にいるのが楽しいのか、それともリョーコへ告げ口したときの事を想像しているのか。
 だが整備員の空気に不穏なもの(殺気)が混じっているのは如何なる理由か。
 そんな二人の前にユリカがウインドウ越しに現れる。
「ヤマダさんとヒカルさんはナデシコの護衛をお願いしまーす」
「俺の名はダイゴウジ・ガイだ!!!」
「……今はエステバリスに乗ってないでしょ?」
「ぐ」
「だったら早く用意してくださいねー」
 がくん、と頭がたれた。
「疲れた。どっと疲れた」
 とだけ、彼は語った。

 

 同時刻、アスカ・インダストリー兵廟。
 一隻の艦がそこに在った。
 ナデシコに非常に似たフォルムを持つ艦が。
 これこそがナデシコタイプ究極の形ともいえる優美な姿を無機質なライトの下ながら誇っていた。
 ときおり散る火花も、貴婦人のドレスを飾る装飾のように。

 そしてその艦橋に二人、貴族のような雰囲気を持つ女性と、従者を思わせる女性の姿が。
「ホウショウ、現状は?」
「相転移エンジン、グラビティブラスト、ディストーションフィールド。その全てをアスカ・インダストリー研究班その全力をもって再解析したものを使用、それぞれがナデシコ級の出力の107〜113%まで引き上げることに成功しています」
 しかし、ナデシコを遥かに超えると言うその説明に不信を感じ、女性は、カグヤ・オニキリマルは再び問うた。
「……隠しているわね」
「……オモイカネ級の再現に戸惑っています。そして、それを操れる人材が居ないことも」
「ホシノ・ルリのスカウトはどうなっているの?」
「芳しくありません。しかし他にマシンチャイルドが存在すると言う噂が、ここ最近になって俄かに真実味を帯びてきています」
 その言葉にカグヤは目を見張った。
 国際法で禁止されていて、ここ数年、ホシノ・ルリ以外に存在が確認されていなかったマシンチャイルドがまだ他にもいるということになる。
 もしそれをスカウトすることが出来れば、この戦艦はまさに最強の名をほしいままにすることが出来るのだと。
「……どこまで分かっているの?」
「まだ如何とも。しかし極東から西欧へ向けて移動していたとの情報があります」
「分かりました。何れにしろその子達は保護されなければいけません。引き続き調査を」
 だがそこで、カグヤの持っていた雰囲気が一変する。
 今までを貴婦人、または深窓の令嬢と言うならば、今のカグヤは情念を燃やす「女」だ。
「ところでホウショウ、アキト様の行方はつかめましたか?」
「……一度テニシアン島でナデシコと接触、その後は再び消息不明です」
 ビキ!
「……あの女狐のいるナデシコと?」
「はい。ナデシコに接触後、いくつかの装備品を譲渡され再びどこかへと消えた、そう「草」からの情報がありました」
 草とは余りに古風。
 しかしながらこの二人の会話から聞こえる言葉としてはこれ以上無いかもしれない。
「では改めて命令します。マシンチャイルドの保護、そしてアキト様のスカウト。これを最優先項目とします」
「はい」
 そしてホウショウが退出した後の艦橋にはカグヤただ一人が残った。
「アキト様……貴方は何故、カグヤの元へ来てくださらないのですか……」
 記憶の改竄とは恐ろしい。そんな発言が飛んだ。
(だってアキトはユリカの王子様だもーん♪)
 びき。
 聞こえてきた幻聴に、鋼鉄製のはずの床板が、カグヤの足元だけヒビが入った。

 そしてそれをドアの向こう側で聞きながら、ホウショウは声にする事無く呟いた。
(もしカグヤ様がこの戦艦建造の理由を知ったとき、一体どうするのだろうか)
 と。
「我々が考えることでも無かろう」
 そして横から聞こえてきた声に、体をこわばらせる。
「(何時の間に?!)……ミスター・ゴート……貴方も早く帰ったほうが良いでしょう。もしカグヤ様に見られたなら、どのような事態になるか私には想像できません」
「今の俺はネルガルの会長命令できている。アスカの次期会長殿との会談を持つ為と言ってもか?」
「それでもです」
「……そうか、邪魔したな」
 そして、姿の消えたゴート、その背中に向かって言葉を投げかけた。
「アスカ・ネルガル・クリムゾン。地球と言う名の壷の中に入った三匹の毒蛇。生き延びるのはカグヤ様のいるアスカよ……」

 

 この状況を鑑みて、と彼女は思った。そして言った。
「バカばっか。みんなバカ」
 なぜなら。

 ブリッジに入ってきたプロスペクターとエリナに向かって敬礼!
「びし!」
「何事ですかな、これは?」
 やや引き気味のプロスペクターとエリナ。そのプロスペクターの問いに。
「セイヤさんがこれを着たほうが」
「作戦司令部みたいで盛り上がるからって」
 メグミ、ミナトが続けて言う。
「まあ」
 特にエリナは嬉しそうにそれを見ている。何か思い入れがあるのだろうか。
 しかし何処の軍の制服とも違うこれは、何処となく「帝国」を連想させるデザインだった。

「エステバリス隊、エネルギー有効ラインより離脱します」
 びし、と敬礼する。
「ホント、バカばっか」
「ルリちゃん、もしかして本当はいやだった?」
「さあ、どうでしょう?」
 合戦着を着ながらも、ルリは嫌そうな表情は見せていなかった。もしかしたら気に入っているのかも、そう言う雰囲気を醸していた。


 ナデシコブリッジがこの状況を、せめて精神的には払拭しようとしているこの状況下で、見方を変えればバカをしている状況だが、エステバリスは遠くへと進撃をしていた。
 元が多重過多の重砲戦。これを一体積み込んだだけで「らふれしあ」号はバッテリーを何とか積める程度になり、アカツキ、リョーコ、イズミは徒歩で行軍する羽目になった。
 最も各種レーダーがあることから地雷原での行軍にも問題は無いことが救いとは言えたのだが。

「それにしても…君達は何故戦うのかね」
 食事時の疑問としては、些か不適当だっただろう。しかしシュウエイの口から出た言葉は三人に考えさせた。
「考えたことも無いね、僕にはやりたいことがある。その一環としてさ」
 とはアカツキ。
「親父が戦闘機乗りだったからかな。飛行機乗りになりたくて、戦争が始まってからはこっちのほうに鞍替えしたけど?」
 それがどうかしたか、とリョーコ。
「……ある人の視点に立ってみたかった。それだけよ」
 イズミはそう語った。
「ならオッサンはどうなんだ? その年でエステに乗ってる奴なんてオッサンしか知らねえし」
「興味、あるわね」
「僕達には聞いたんだ。答えてくれるんだろうね」
 そしてシュウエイは言った。
「償うためだ。過去で火星に起きた悲劇を知ることが出来ず、防ぐことが出来なかった」
 重い空気が満ちる。
「だが、今ならまだ…これ以上の悲劇を防ぐための最後の一線、それを守りたい」
 それで、会話は途切れた。

「さて、45分後に出発だ。それまで休んでおきたまえ…っと。こっちはもうお休みか」
 既に横になっていたイズミを見てアカツキはおどけて見せる。
 一方リョーコは、今一度口を開いた。
「なあオッサン、聞きたいことがあるんだけどよ」
「アキトのことか」
「な、なんで俺がテンカワのことなんて!?」
「違わんだろう? 年寄りを甘く見るな。それに君は素直すぎる。友達にはからかわれるほうだろう、恋心云々と」
 そう言って、真っ赤になったリョーコの顔を指差す。その顔にはまるで自分の子供を見るような色がある。
「で、何が聞きたい? 流石にプライバシーの侵害になるような事は言えんがな」

「ぐ!」
 ルリは手を握った。
 そして顔にはしてやったりと言う表情が浮かんでもいる。
「オモイカネ、精度を上げてください」
<これが限界。でもいいの? これって覗きだよ>
「構いません」
「どうしたのルリちゃん?」
 そう言いながらユリカが身を乗り出し、デスクの上に手をついた。
 次の瞬間、IFS処理を受けていないはずのユリカの手がコンソールに触れ、誤作動を起こした。
「テンカワの奴は、なんであんな寂しそうな表情をするんだ?」
 そしてその声はナデシコ艦内全てに流れていった。

「全ては火星の空港テロ、そこに集約される」
 軍の、企業の暴走だった。
「そして、失うことの恐怖を知り、失わないための力を求めた」
 龍馬によって差し伸べられた手。
「だが、またしても失った」
 自らのために死んだ龍馬。
 シェルターの中であったという親しい少女との別れ。
「あいつの心は失うことの恐怖と、それを恐れるからこそ強く張り詰めている。無論、私も同じだが」
 空港テロによって人生を変えた自分も、手にいれた子供達の存在ゆえに。

「空港テロ……私の見送りに来たときの?」
 そのことに気付き、ユリカは愕然とした。
 何か、自分が大きな間違いをしてしまったような気がして。

「しかし驚いたな、あいつの事を君はよく見ている」
「……なんとなく、俺の前だとそう言う顔を見せることがあったんだよ、テンカワはさ」
「そうか。そう言う相手がいるのは幸せなことだ。…時間だ」
 そう言いながら恋だろう、若々しい顔をするリョーコの姿を見て懐かしいものを感じていた。



「敵襲!?」
 素っ頓狂な声をあげるユリカ。それほどここに敵が現れることが驚異だったのだろうか。
「おう、というわけで敵さんの映像を送るぜ」
 そして現れたのは、キュラキュラとキャタピラの擦れる音を響かせる戦車の姿。
「……戦車?」
「知らないのも無理は無いわね。二世代前の主力地上兵器よ」
 なぜか嬉々として答えるエリナ。ナデシコに乗っている事といい、制服と言って嬉しそうにしていたことといい、彼女はミリタリーマニアなのだろうか。
「なるほど、戦車で地上の守りとは考えたわね」
 ムネタケは流石に戦車の運用を知っていたのだろう、苦い顔をする。
「占領地で資材の有効利用。敵も味な事をする、我々も見習わないと」
 そう言うプロスペクター。彼はここで戦力を組み込んだ場合の資金運用を考えているんだろうか。何しろEXに搭載されているエグザはこういうときのリモコン戦車の操作にも使えるのだから。

 

 ヴァラララララララララララララララ
 激しい爆音と共に、ガスと共に薬莢が空になって吐き出される。
 重砲戦のガトリングアームは元々ディストーションフィールドに包まれた無人兵器を破壊するための兵器。例え重装甲の戦車であろうとも瞬間で打ち抜く。
 とはいえ。
「とは言え……数が多いな」
 右足をそのままに、左足だけを大きく後ろへと蹴り飛ばすように勢いをつけその勢いのまま上半身も一気にねじり、そのまま右足も連れて行く。たった一瞬でこれだけの行動をし、360度全ての敵を打ち抜いている。
「君達は先に行け! ここは私がやる!!」
「オッサン!?」
「このくらいで負けるような奴は、ここにはおらんよ」
「アオキさん、後を頼む! スバル君、イズミ君行くぞ!」
「分かったわ」
「…分かったよ!」

 そして三人が立ち去った後、一分とかからずに戦車を、100を超えるそれを破壊してシュウエイは周波数を変え、一言呟いた。
「……茶番に付き合う気は無い。用件を聞こう」
 現れたのはエステバリスとは違う、しかし同系の技術を使った何かだった。
「龍の首をもらう」
「それは出来ない相談だ」
 そして戦いは始まった。
 大地を抉り、川をせき止め、そして鉄さえ燃え尽くさんばかりの炎に彩られた戦いが。

 ドウン!
 アカツキの操る「らふれしあ」号に乗りながらイズミとリョーコの機体がディストーションフィールドを最大で展開し、戦車群を切り裂くように抜けていく。
 だが、戦車の砲弾などより数倍も激しい爆発音が後方から夜空を染め上げるほどの勢いで炎を吹き上げていた。そう、圧倒的な熱量が空気をかき乱しきのこ雲を作り出すほどに。
「な、何が起こった!?」
「……アオキさんの残った方ね」
「……放射能反応は無し…なのにあの爆発は一体……?!」
「ロンゲ、とって返せ!!」
「駄目だ、アオキさんの言葉を忘れたのか!? 彼は負けていない!」
「そう、あたし達はナナフシを壊してその帰りに彼をナデシコに連れ帰ること。それにああいう人間ほどしぶといわ」
「……分かった」
 悔しげに口を歪めた。

 

 ガアアアアアアァァァァァァァァァァァッッッッッ
 大地を削り、激しい火花を撒き散らしながらガイの機体がサポートに回ったヒカルごと吹き飛ばされる。
 目の前に立つそれを見て、ガイは…我が目を疑った。
「つつつつつつつ……なんだ、こりゃあ?」
 だが、それ以上にヒカルが大声で叫んだ。
「デビルエステバリスだーーーっ!!」
 その声に反応したか、エステバリスが、いやバッタを各部に身につけた、壊れた腕や足を他の機体から奪ったのか統一性の無いエステバリスが4機、体を揺らしながら幽鬼を思わせる動きを見せ、歩み寄ってきた。

「エステバリス……」
「なんでここに接近しちゃってんのよコイツらは!?」
 メグミが顔を青くしながら呟くと、ミナトが反発するかのように敵を睨みつける。
 だがルリだけは冷静に原因を予測し、伝える。
「どうやらレーダーにも異常があったようです。オモイカネが自己診断プログラムを走らせていたためサブコンピュータで調べたのは失敗だったようです」
 そして響き渡る悲鳴。
「きゃああああああ!?」
「ヒカル、下がれっ!!」
 もしも、が頭から消えず反撃が出来ない!
「ヒカルちゃん、ヤマダさん!!」
「敵機、バッタに乗っ取られてます。おそらく提督の言われた特殊部隊から回収した機体を繋ぎ合わせて作ったものでしょうが……もちろん生命反応はありません」
「そう……ヤマダさん、ヒカルちゃん、思う存分やっちゃて下さい!」

「言われなくとも……分かってるぜ!!」
 立ち上がるガイ! そこに停滞は無く、その目は敵だけを見つめている!
 戦略か、無知か。敵の中央へと一気に間合いを詰め、ガイがデビルエステバリスを殴りつける!!
「クロウスラアァァッシュゥウ!!」
 バキリ!!
 軽い音をたて頭部が吹き飛び、急速に反転し、もう一方の爪で腕を薙ぎ払い、そのまま回転しながらカカトで胴体を破壊する。
 そして回転を止めるために足を地面に付き立て、無理やり回転を殺して固定、次の瞬間沈んだ機体を跳ね上げる膝の力を利用して最後の一機を股間から頭部まで真っ二つにする。
「わあ、ヤマダ君、すっごーーいっ!」
「はははははは、見たか、これこそが俺の、ダイゴウジ・ガイ様のヒーローとしての隠されることの無い真の実力だああ!!」
 ふんぞり返るガイ。
 だが彼は失念していた。敵がバッタ付であることを。
 急所など無く、全てが弱点である頭脳であり、武器であることを。

 そして、バッタの目が光った。
「ヤマダ君、危ないっ!!」
 ガイに覆い被さるヒカル!
 そして二機を覆ったフィールドに、到底緩和できるとは思えないほどの激しい衝撃が、爆炎が襲い掛かった。


「……コイツがラスボスって事かな?」
「だろうな。何処からどう見ても特注だし」
「だし……だし……駄目、スランプ……」
 そう、彼らの前には一台の、余りに巨大な戦車の姿が。
「……ロンゲ、ここは任せろ」
「良いのかい?」
「とっとと終わらせて戻ってきなさい。見せ場を譲るんだから後でおごりなさいよ」
「恩に着る!!」
 リョーコとイズミが「らふれしあ」号の甲板から飛び降り、今まで浮き続けていた船底が地面に一瞬ガツンと大きな音を跳ね上がる。
「……さて、ロンゲも行った事だし、やるとするか」
「リョーコと二人っきりでバトルってのも久しぶりね」
「だな」
 そしてリョーコは獅子の笑みを、イズミは豹の笑みを浮かべた。

 

 だがその頃ナデシコで起こった事件は時の流れを加速させていった……彼女の野望が、全ての流れを何倍にも早く。
「さて、宿六と侍が居なくなったわね」
「本当にされるんですか?」
 第二格納庫に現れたのはエリナとプロスペクター。僅かに離れた場所に幾人かの整備士が見える。
「貴方達の今の仕事はこのコンテナを開放し、中にある<龍皇>という機体を調べることよ」
 エリナの言葉に整備士達が何も言わずにコンテナに張り付く。
 だが、プロスペクターは気まずそうな顔をする。
「……気が進みませんな……」
「どうしたのよミスター? この間まではあんなに乗り気だったじゃない」
「…匂うんです」
「におう?」
「ええ。私の長年の感が、危険だ、逃げろと」
「ただの気のせいよ」
 ただ一言で切り捨てるエリナに嘆息しながらも、プロスペクターはこの光景から目を離すことが出来ないでいた。

 ナデシコ内第二格納庫。ここには通常使用されない特殊な物がいくつも存在している。
 誰も使うことの出来ないEX01。
 DFSを使うことを前提として組上げられているデュアル。
 完全剛体と言う物理法則を無視した謎のブレード、DFS、幾つもの用途さえ分からない謎の物体の収められたウェポンラック。
 そして、巨大なコンテナ。
 異様な雰囲気の漂うここで、全ては動くのだ。

 完全に溶接されたコンテナをガスバーナーで焼き切っていく。じりじり、じりじりと亀の歩みのように遅いそれもやがて終わる。切り落とされた壁面を床に機械を用いてゆっくりと下ろす。
 だがそれは見咎められた。
「て、テメエら一体何をしてやがる!!」
「う、ウリバタケさん!?」
 現れたのはそう、ウリバタケだった。彼はデュアルに手を加えるためにここに来て、出来すぎとしか思えない偶然でここに現れたのだ。だからこそ慌てたのはウリバタケ以上にエリナ達だった。
「す、すみません班長!」
「しかし我々はネルガルの社員ですから……」
 そんな弁解する者に気を向ける事無く、しかしエリナは一顧するだに、一言だけ命令した。
「貴方にはここに居てもらいます。誰かに通報されたくは無いですから」
「……プロスのおっさんよぉ……」
「私も、このようなやり方には反対なのですが……」
 やがて、コンテナの全てが取り払われた。
 中にはもう一つ、漆黒の箱が、そして表面には文字が刻印され、異様な雰囲気をたたえている。

”Nahga―Raja SEALED BY MARS―LAB”
”NERGAL―HEAVY―INDUSTRY”

「な…なーが、らじゃ?」
「ナーガ・ラジャ…龍皇…インド、それともバリ・ヒンズー…ですかね?」
「続けて」

 漆黒の箱、それは数箇所の留め金を外すだけで呆気無く開いた。
 次に現れたのは、流れ出る黄金色の砂。
 ボロボロになった幾種もの金属屑。
 そして、砂と同質の岩に覆われた、異形の巨人。

「これが……龍皇?」
 岩の中に閉じ込められながら、頭部半ばから右肩を通り、右手の指先がかろうじて露呈しているものの、残る半身は全く見ることが出来ない。
「これは一体…」
 砂を指に取り何度か擦り、ウリバタケはそれを口に含んだ。
「…金属? なんで金属がこんな……?」
 だが、彼がその疑問に答えを見出す前にも岩は僅かずつ崩れ、砂の量を増やしていった。
「まさか……これはナノマシンの残骸か!?」 

 崩れる岩。
 そして現れる龍皇の顔。仮面を被せられた龍を思わせる右の顔。
 しかし岩に隠されていた左の顔は、仮面を失い邪悪と呼ぶのがふさわしい皺の刻まれた龍の顔をしていた。唇が釣り上がり、雰囲気はより一層邪さを増している。
 砂が流れ、跳ね上がるたてがみが、不自然に揺れた。
 そして顔が露呈したとき、それは吼えた。
 長く、高く、遠く、天へと届けるかのように。

 おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんんんんんんんんんんんん

 そして激しい轟音と共に岩くれが四方へと吹き飛び、だが衝撃で砕け散ったのか衝撃音は聞こえない。
 しかし聞こえたのはビュウビュウと風を切る音。
 ただ見えたのは視界を埋め尽くすほどの黄金の髪。そして鬣は長く長く伸び、壁を突き抜けた。

「ちょ、ちょっとこれ何!?」
「ミナトさん、何が起こってるんですか?」
 だがその声に答えたのはミナトではなくルリ、それも切羽詰っている。
「エネルギーライン、ナデシコ各所で途切れています! 原因は第二格納庫!!」
<る…ルリ…>
「オモイカネ、最小電力で待機モードへ移行!! ……ナデシコ、沈黙しました……」

 

 昼食時のキャンピングカー。
 そこで「キィ…」と、音がした。様な気がした。
 そのままアキトはそれが気のせいだったのかどうかを知ろうと、手にミトンを着けたまま、鍋を抱えながら立ち尽くした。
「どうしたのアキ君?」
「どしたの?」
 真似するのが楽しいのか、フミカの口真似をするラピス。楽しそうだが、痛ましさも感じる。ちなみに二人はおそろいの白のパーカーとイエローのキュロット。更に水色のエプロンをかけている。
 ここは目的地の目の前、中近東を抜けたばかりの町の外。今までのストレスの反動からか、二人はかなりラフな姿をしている。
「……静かにしてくれ」
 それだけ言うと、ペンダントに手を触れた。IFSターミナルのある右手で。その瞬間僅かにタトゥーが光を帯び、アキトは知った。
「最悪だ」
「アキト?」
「アキトさん?」
 その言葉に何かを感じたのか、皿を並べていたトウヤがハーリーと一緒に駆け寄ってくる。
「……龍皇が、目を覚ました」
「アキトさん、龍皇って何ですか?」
「何?」
 驚愕する二人を他所に、幼い二人の単純な好奇心。
「究極」
 答えるとは思っていなかったのか、トウヤとフミカが驚愕する。
「隊長?!」
「アキ君、二人には!」
「いや、いい。教えても問題は無いよ。……希望だよ。全ての災厄の飛び去った後に残った、たった一つの、小さな小さな希望だよ」
「「…きぼう…」」
 声をそろえて、不思議な顔をする二人。
 強い意志をもって突き進むアキトの弱ささえ感じさせる微妙な笑み。二人はそれを初めて見たのだ。
「火星の、な」
 誰も、口を開かなかった。
 アキトはただ、胸元に下がる銀色の円柱型のキー。それに手を当てながら一言だけ呟いた。
「あの力、人が使うことは……本当に許されるのか?」
 と。


 熱であぶられた飴の様に溶けた装甲、歪んだフレーム。
 重砲戦は今だ赤く熱気を放つ大地の上にあった。
「…辛勝、か……修練が足らんな……」
 無茶、以上の戦闘をしたツケかシュウエイの口からは鮮血が流れている。コクピットのどこかに打ち付けたのか、白いものの混じった髪の中に赤いものも見える。
 そして無線のチャンネルを戻すと言葉にした。
「こちらアオキ、回収頼む」
 これだけを言うと、頭をボサリと掻いた。
「燃料電池。水素の爆発と言うのも侮れんな」
 彼はそう言いながら笑っていた。

「おいヒカル、しっかりしろ!!」
「患者に触らないで! 貴方は下がっていなさい!」
「し、しかしこいつは俺を庇って……」
「この位じゃ人は死なないわ、いいから貴方はそこで自分の信じる何かに祈ってなさい!!」
 そう言い放ち、イネスはヒカルと共に処置室に入っていった。
 フィールドに守られたため衝撃で内臓が僅かながらダメージを受けた程度。療養が必要とは言え大した問題ではない。CTにも問題は無かった。
 だがガイは、自分が本当にヒーローなのかと、今まで自分を支えていた物に対して疑問を持ち始めていた。

 

 食われ続けるエネルギー。
 ナデシコの相転移エンジンの生み出す莫大なエネルギーを龍皇は喰らい続ける。
 そして時が過ぎるのに比例して、エネルギーを食うに比例して砂が溢れ出す。

 やがて砂埃が晴れた時、其処に居たのはまさに異形の巨人と呼ぶべき存在。
 砕けつつある仮面によって頭部を半ば隠した邪悪な龍。右側に残る仮面が装飾品として高潔さを醸し出すだけに落差が激しく、大きな違和感が感じられる。
 丸みを帯びた鎧に覆われた右半身に比べ、鋭角的な印象を与える左半身。
 翼種目を思わせる翼を左だけ生やしているが、皮膜は無い。
 荒削りな鱗を思わせる装甲に覆われた左足。右足に比べ一回り大きく見える。爪先など鋭利な爪が床を踏みしめ、突き刺さっている。
 だが最大の変化は左腕だ。
 肩口からは蛇に似た体を持つ五匹の龍が生え、四方の空間を高速で飛び交い「きしぃぃぃ」と鳴き声をあげている。やがて落ち着いたのか互いに巻き付き合い、一本の腕を形作る。その龍の頭が一つ一つ指へと至る。



「く……つうっ!」
 一人の男が悲鳴をあげていた。
 麻酔が切れ始めたのか、縫合の終わっている腕を押さえるように。
 そんな男に温かいスープの入ったカップを手渡しながらジュンは言った。
「飲むと良い。少しは気も紛れる」
「す、すまない……」
「気にしないで。飲んだらもう一度横になるといい」

「ふう……」
 ジュンは、何も考えられなかった。
 ナデシコがナナフシの攻撃を受けたとき、運び込まれた数人の負傷者。ベッドで唸っていた彼を待っていたのは、今まで知っていても識らなかった戦場の空気だった。
「……これが、戦場……」
 零れ落ちた呟きは、中途半端な説明しかしなかったムネタケへの物か、それとも敵戦力の確認を怠ったユリカ。いや、艦内全ての人間の命を預かる身でありながらここに逃げ込んでいたジュン自身へ向かったものか。
 彼はただ、医務室脇に備え付けられたキッチンで鍋をかき回し続けていた。

 ようやく手術が終わったのか、イネスは手術着から普段の白衣に着替えた。
 そのイネスの姿を見て、それ以上に指先から香ってきた血の匂いに命の存在をジュンは感じた。

 そんなイネスにコーヒーをソーサーごと渡しながらジュンは労った。
「ドクター……お疲れ様でした」
「そう思うのなら医者を増やしてもらいたいわね。私は元々研究者なのよ?」
 本職から離れている不満と、医者としての苦労を滲ませるイネス。疲れを口にするなど、普段の彼女はしない。よほど疲れが激しいと言うことなのだろう。
 それを感じてジュンも言った。
「そうですね、プロスペクターさんに掛け合って見ます」
「頼むわね副長」

 その瞬間、照明が消えた。

「ちょっと何やってるのよ、電源を戻しなさい!!」
「駄目ですドクター、ナデシコ艦内全て、電源がダウンしています!」
「まだ患者がいるのよ、非常用のバッテリーを持ってきなさい!」
「は、はいただ今!」

 

 何とかエステバリスを格納庫に戻し、しかし誰も居ないそこに不安を抱き、ナデシコの機能停止の原因であると言う第二格納庫にようやくたどり着いたパイロット達。そこで彼らが最初に見た物は。
 もしゃっ。
「わ、何だこりゃ?」
 騒ぎになっている格納庫に入ろうとしたリョーコの顔に何かがかかった。
「髪の毛よ?」
 冷静にイズミがそれを指でつまみ、感触を確かめるかのように二、三度擦ってみる。
「髪ぃ?」
 バカにするなとばかりにリョーコ。
「でもこの触り心地といい、細さと言い……髪の毛そのものじゃないかい?」
 だがアカツキもイズミの分析に同意する。
 そんな中、シュウエイだけが一言も漏らさずに、しかし誰よりも焦った顔で蜘蛛の巣のように黄金色の髪が張り詰める格納庫の中に飛び込んだ。


「……これが、龍皇」
 誰かが言った。
「そう、これが龍皇」
 その呟きに答えた声があった。
「決して滅びることの無い、例え傷を負おうとも必ず克服し、より強大な存在となって蘇る。無限の進化」
 そして、未だに叫び声をあげる龍皇。
「ナノマシンによって作られたマシンセル(機械細胞)。最強の機械生命体。これこそが、龍皇」

 彼らはそこで知った。龍皇の肩の上に一人の男が立っているのを。
 癖の強い金の髪、褐色の肌、子供の輝きと老人の深さを持った瞳。それらを兼ね備えた一人の男の存在を。

 だがそれ以上に困惑の色をたたえたシュウエイが、自らの傷を忘れたかのように叫ぶ。
「何故、貴方が、ここにいる!」
 だが男は子供そのものの表情でや、と手をあげて見せる。
「やあ久しぶり、シュウエイさん」
 男のその姿を見、シュウエイはそれが誰であるかを改めて認識した。
「答えてください、龍馬さん!!」
 龍馬は答える事無く、ただ微笑んでいた。



あとがき

 怪我人続出。
 エステバリス二機大破。一機中破。

 注:ジュンはいずれブラック・ジュンに進化します。ですが今はまだフラグが一個しか立っていないのでライトグレーくらい。そう、まだまだ彼のためのフラグがあるんです!
 ……きっと。きっといい事あるさ、なあジュン! 書いといて言うことではないが。
 それにしても、ディストーションフィールドはバリアに攻撃が当たってもナデシコが揺れます。つまり本体ではないとはいえ、フィールドはナデシコの一部、、装甲と考えることが出来るはず。
 衝撃が襲ってきたとき、整備中の作業員などは「格納庫内の固定されていない備品(作業機械など)」により負傷する事も考えられるはず。
 まずお坊ちゃん思考のジュンには「命」について実際に感じてもらうことにしました。

 ところでプロローグ後半を見て、尚且つ覚えていると言う奇特な方は居ないと思いますのでここで一言。
 ラストに出ていた二本の起動キー、片方はEXのもので、もう一方が龍皇のものです。

 

代理人の感想

 

ジュンモン進化! 

ライトグレイジュンモン(核爆)!

 

ライトグレーと言うかディープブルーと言うか(苦笑)。

まさか前回のアレがブラックジュンモン進化(モンは余計だ)の為の布石だったとは、

リハクの目を持ってしても見抜けなかったであろう(爆)。

 

 

そんな些細な事は脇へ置いておいて(ひでぇ)。

どうやってかナデシコのエネルギーを食らい龍皇復活! 

ついでに死んだはずだよお富さん、な人も復活!(?)

 

それで龍馬のイメージCVってひょっとして檜山修之さん(謎)?

いや、現在の龍馬=龍皇の一部とすればそういうのもアリかな、と(笑)。

 

ちなみに龍皇の右半身のモデルらしい「ブラックウォーグレイモン」は

デジモンアドベンチャー02の公式ページ(?)に画像がありますので

興味のある方は「検索」で行ってみることをお勧めします。