機動戦艦ナデシコ<黒>
13.「真実」は一つじゃない→譲れない、たった一つの「真実」
性質の悪いマニアのジョークなら、どれほど良かっただろうか。
それが、その日サセボで起きたことを語るときの、偽らざる心情だったかもしれない。
ブォンッ!
腕の一振りでビルが砕け散り、
ドンッ!
足を振り落としただけで地面が陥没する。
上下水道に多大なダメージを与え、電気的な通信手段が切断され、逃げることさえままならない。
崩れたビルの衝撃は、離れた場所を逃げる人々の足をさえも止め、舞い上がる粉塵は息を止め、視界を塞ぎ逃げることをさらに困難にする。
そう、性質の悪いジョークだ。
ヒーローであるはずのものが、まるで怪獣のように暴れだす。
もしこれがヒーローなら、最終決戦で敵の本拠地に乗り込んで暴れている姿が当てはまるかもしれない。
ビュルリィィイィィィィィィl!!!
笑いそうになる。胸から放たれた怪光線が、愉快な音と共に一瞬で町を破壊する。
ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン!
大地に巨大な薬莢を吐き出しながら、アカツキが銃弾を放つ。
その銃弾の発射時にでる衝撃は、対衝撃設計されたコクピットさえ揺さぶる。
「くっ…中身が、出そうだ…ね…これは! ウリバタケ君、何で僕のエステにこんな凶悪な、弾丸をぉぉぉ?!」
だがその銃弾は、凶悪そのものの速度で打ち出されたにもかかわらず、ゲキガンガーのフィールドを僅かに揺らめかせただけに過ぎなかった。
グゥォォォォッッ!!
風を切る轟音。体を旋回するに邪魔な全てを打ち砕き、ゲキガンガーが標的を、自分に攻撃するものを見定め、むしろ「遅い」と感じさせるスピードで歩いてくる。その姿はヒーローに似つかわしくない。まるで怪獣映画のようだ。
やがてその歩みを止め、右腕を持ち上げる。
その姿は、なにかを連想させた。
「おいおいおい……それってまさか…?」
ドンッ!!
炸裂音と共に、エステバリス以上の質量をもつものが発射された。大質量を持ち、発射用の炸薬と推進剤のハイブリット・キャノンとでも呼ぶべき物。
ゲキガンガーを知るものなら、こう言うだろう。「ゲキガン・パンチ」と。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ?!」
動こうとした。
だがアカツキの体は先ほどのライフル連射に痺れ、一瞬動きが停滞した。
その一瞬は、致命的な一瞬だった。
ポタ…
腕から血が滴る。血管を傷つけたわけではないが、かなり大きな範囲が裂傷として残ってしまっている。その理由としての、無理矢理引き出した力は筋肉にも大きなダメージを残し、常人では立つ事も難しい。
だがアキトは自らの足で立ち、廊下に手をつきながらも歩いていた。
目指すは格納庫。
最悪の場合の「敵の自爆」を警戒しての行動だった。
……が。
「何をしているんだ、ガイ?」
カタツムリのように、のそのそと匍匐全身を行う、ガマ蛙のように汗をかく物体に声をかけてしまった。
「ク、ククッ…おれは…ひぃろぉの名を、汚…すものを許せねぇ……だけだ…」
呆れる。
好きなものがヒーローだから、ヒーローが街を壊す姿を見たくないらしい。
単純だが、動機と言うのはその程度でいいかもしれない。そう思えた。
「アイツ…は、偽ゲキガンガーに、違いない……偽者を倒すのは、ヒーローの、宿命だ……え?」
びゅるぅぉぉぉぉ……がしぃ。
「え?」
妙なものが飛んできた。
細い包帯に、小さな文鎮を結んだもの。
それは、前進を続けようと僅かに上がったヤマダの左手首に巻きついた。
「え゛…ま゛ざが゛…」
「ぴんぽーん♪ さぁさヤマダ君、医務室から逃げちゃーメッよー♪」
ずりずり、ずりずり。
何故だろうか。見ただけで寒気を誘うような嬉しそうな顔のイネス。一瞬だけ見えた白衣の裏側に、何十本と言うメスが見えた……気がした。
「アキト……助け…」
ふと、イネスと目が合った。
寒気がした。
冷や汗が出る。
生存本能が逃げろと叫ぶ。
だが、眼前でヤマダが捕まっている。
そして、この場で最高の選択をした。最良ではないが、最高の選択を。
「すまんガイ……俺の為に囮になってくれるなんて……おまえのことは忘れないぜ!!」
そう言い、疲労のたまった体に無理矢理活を入れ、走り去るフリをする。
「うっ…裏切り者ぉぉぉぉぉ……」
「さーて実験実験〜楽しぃーなぁー」
「う、うたうなぁぁぁーー」
「どなどなどーなーどーなー」
「余計怖いわぁぁぁぁ」
「坊やー良い子だ寝んねしな〜」
「注射器構えるんじゃねぇぇぇ!!!」
だんだんと遠ざかる、あまりの惨状に顔と心を背け、まだ生きているのに冥福を祈りつつ、アキトは目的地を再び目指した。
(生きていたら…また会おうガイ…)
ドゥッ!
空間そのものを叩き潰すような音と共に、赤いエステバリスが舞った。抜き身のブレードを携え、純粋に破壊力だけでフィールドごと「ゲキガンパンチ」を叩き潰そうとする!
裂帛の気合と共に大上段に構えたブレードがフィールドに!!
「殺(と)ったぁ!!」
ギィン…ギッ…ギギ…ギ…ギギンッ!!
力と力がぶつかり合い、フィールドと、それを破ろうとする力が金属をこすり合わせたような激しい音を撒き散らす!
ドドドドドォォォォォォォォォォンンンンッッッッッ!!!
三つのビルが傾き、一つのビルが完全に粉々になる。
ピキッ…ピシシシシ…パキィンッ!
「硬ぇ…! 無事か、ロンゲ!?」
まるで切らした息を整えるかのように、ビルの屋上に膝で立つリョーコのエステバリス。砕けたブレードを投げ捨て、まるで脇差のように佩いていたもう一本のブレードを握りなおす。
だがアカツキは、リョーコのブレードアタックで軌道が変わった為か、エステバリスの腕を一本失っただけで済んだ…が、今度こそ体が動かない。
「……悪いね、ここでリタイヤだ…後よろしく」
「ヒカル、イズミ!」
「はいはい、…で、何したらいい?」
「ナニしたらいい?」
「……イズミ、なんかイントネーションおかしくなかったか?」
「……お酒を飲んだら、オヤジギャグを飛ばす……常識じゃないの」
一瞬、空白地帯が生まれる。
なにか、寒くてやりきれない空気だった。
「……ま、まあいい。さっきの見てたな?」
「リョーコが特攻して失敗した奴? ……あ、ゲキガンパンチが戻ってく……リモートコントロールできるんだ…」
「お〜い、アカツキ君、起っきろ〜♪」
ぐりぐり。
「ヒカル……エステで踏みつけるのはヤバかねーか?」
「大丈夫大丈夫。どうせ狸寝入りなんだから……ハイヒールが欲しいところね…」
「バレてた? というかイズミ君、君って一体…?」
「聞かないほうがよさそう……」
「一人で逃げようとしてたな?」
「そのようね…」
ギンッと、仁王立ちになる三人。中心にはアカツキ。
……まあ、いつでも逃げ出せるようにジェネレータにエネルギー供給を忘れては居ないが……戦場でする行為ではない。
だが、それ以上に「いつもどおり」なのはこちらだったろう。
「何してるんだか、戦場で……」
「遊んでる…みたいですね」
そう言いながら、背中のウイングを広げ、二つのレドームを展開する<EX05>…その右足は、ジャミングによって引き戻すことも出来ずに、再び墜落した「ゲキガン・パンチ」を踏みつけている。
「でも…なんであのゲキガンガー、攻撃してこないんでしょうか?」
「戦いたくない、そうは取れない?」
「取れるかも…しれません」
そう言いながら、視線は動きを止めたゲキガンガーから離さない。
一般的に、単機で戦場に出るというのは自殺行為に等しい。だが、眼前のそれはただ一機で戦端を開いた。ならばそれ相応のなにかがあるはずだ。無差別攻撃…特攻…だが、現在までにそのようなものはない。
動きが鈍い、というのではなく、むしろ動きを抑えている。
「どうしよっか」
「……倒すべき……なんでしょうけど…」
ピィーツ。
だがそのとき聞こえたのは、悩みを断ち切る鋭い音。
そしてレーダーに映る反応…僅かに遅れ、ゲキガンガーの目がそちらを向く。おそらくは光学カメラによる視認を行いたかったのだろう。だが見えたものは、あまりに想像通りのものだった。
海の中から、小さな滝を作りながら浮き上がったそれはまさしくチューリップ……だが、一つだけではない。
十近くあるそれは、全身にヒビを入れ、中にあるものを苦しみながら吐き出そうとしていた……ゲキガンガーに以上に良く似たそれを、全てのチューリップが吐き出そうとしていた。
「団体さん、ご到着〜」
「とりあえず……試し切りと行きますか?」
「それも楽しそうかも?」
そして、ブンッと言う音を立てて漆黒の刃…まさに死神の鎌が現れた。
「このレーダー……ナデシコのものよりもレンジ広いですね。今のうちに叩いておきましょうか」
「そうね」
ひどく嬉しそうな物騒な笑みが、そこにあった。
「まずいわね……」
「どうしましたレイナさん?」
頬を掻きながら苦笑いするレイナを見て、武器を探しているアリサはその手を休めた。
「アカツキ君よ。EX用のライフルもっていったんだけど、専用弾を持っていかなかったの」
そう言いながらレイナは、自分の胸の高さまである巨大なマガジンを叩いてみせる。EXは設計段階から通常のエステバリスの規格外に作られている。ジェネレータ、パワーシステム、ショックアブソーバ、その全てがハイスペック。だからこそ、エステバリスでは使えないような高出力の武器を使える、ということに他ならない。
逆に、EX専用として開発された機材のほとんどはエステバリスでは使うことが出来ない。
もし使うことが出来ても、機体以上にパイロットに負担がかかる。
そのような武器をアカツキが使いこなしていると言うのが、驚くべきことと言えるのだが…。
「それよりもアリサ、貴方はツインランサー以外の武器は持たないほうがいいわ。正直、ここにはそれ以上に使い勝手のいい武器がないみたいだから」
「まあ…そう見たいね…」
そう言いながら、見たことも無いような、激しくカスタマイズされた、もしくは奇抜すぎる武器を見て喜びの声をあげるイツキ……その姿を見るのだった。
「……ヒカル、30秒稼げる? あたしはその間動けなくなるわ」」
「そのくらいなら…」
「リョーコ、あたしが合図したらも一度ブレードアタック! いけるわね!」
「お、おお!」
「ロンゲ、あんたはヒカルのバックアップ!」
「ロンゲって……」
「口答えしない! 行きなさいこの…ロリコン!!」
「へ?」
「アカツキが?」
「ロリ……なのか?」
「ちっ、違う! 僕はノーマル、ストレート、ナチュラルな同世代が大好きなんだ!!」
「ねえリョーコ、あの慌てよう……」
「ああ…間違いなさそうだ……」
「ちがうんだぁぁぁぁ!!」
ごく単純にそれは「ものの勢い、口からでまかせ、アカツキの反論を黙らせるだけの意味の無い言葉」だったのだが……なのにアカツキのあまりの慌てよう……この瞬間、彼のロリ疑惑が一気に真実味を持って浮上した。
特に彼の身近に居た二名などはこう零した。
「そうか……それであたしが何時も一緒に居るのに、何もしてこなかったんだ……」
「先代……ネルガルはお終いなのでしょうか……」
それはさておき。
「いいな、打ち合わせどおりだ!」
「OッKッ!」
「…了解だ」
「うち、うち……スランプだわ……」
(((スランプでいてくれ!)))
アカツキが錯乱しているうちにイズミは戦場から後方へと大きく飛翔、視界の開けたビルの屋上に立った。
キィン。
そして腰の後ろから銃を取り出し、おもむろにラピッドライフルを分解し始めた。そしてラピッドライフルのバレルを、予備であるはずの銃へと付け替え、バレルを再固定する。
その作業の全てを僅か20秒で終わらせ、エステバリスを寝そべらせ、狙撃姿勢をとった。
イズミの脳内にウリバタケとの会話がリフレインする。
ウリバタケは舐めるように触れ、バレルの歪みを探していく。計測器では見えないほどの小さな歪みを、ウリバタケは指先の感覚だけで見つけ出すのだ。そうしながら背後のイズミに声をかける。
『いいか? オメェも知ってのとおりディストーションフィールドはエネルギー兵器にゃ強いが物理攻撃にゃめっぽう弱い』
『知ってるわよ。だからヤマダ君のシールドクローとか作ったんじゃない』
EXタイプを除けばヤマダのシールドクローが、ナデシコにおいて最大の物理攻撃力を誇る。欠点として、かかる負荷が大きすぎるのかメインフレームの寿命が短い上に、その上並みの人間――以上か以下かは別にして――には絶対に扱えない。
『……で、それを防ぐ奴が出てきたらどうする? オメェのライフルをいくらカスタムしたところでアレより強い攻撃力はだせねぇ』
『だったら、今使っているのより強いライフルでも探すわ』
『そう、それだ!』
笑いつつ、何処からともなく取り出した、直径にして10cmはありそうな巨大な弾丸を見せる。確かに金属の塊は重いが、それでもウリバタケが両腕で何とか抱える姿は、想像以上の重さを感じさせる。
『何よそれ……まさか劣化ウランじゃないでしょうね?!』
『ンなもん素手で持てるか! ……市街地での使用も考慮してな、剛性と展性、その上質量を兼ね備えた新作の合金を使っている。……プロスのおっさんの人脈の広さには舌巻くぜ。たった半月でコレだけの精度を実現しちまうんだからよ』
『結局……何が言いたいの』
『一発逆転が狙えるライフル弾……一発撃ちゃあ衝撃でエステの腕がオシャカになるが、防御無視が出来る……使う気があるなら言いな。エステのカスタムを始めてやるからよ』
「……早速使わせてもらうわ」
そう言い、イズミは動きを完全に固定した。
バウッ!
炎を吹き上げ、リョーコがゲキガンガーに大上段から切りかかる!
だがゲキガンガーは防御に絶対の自信を持っているのか、僅かに見上げるだけ。
ギギギギギギギギギィィィィィィッッッッッ……ッッッッッッッッッッ!!
一秒…二秒…三秒…四秒…
拮抗する力!
弾かれるブレード!
「ふっ…ふざけんじゃねぇぇぇぇッッッッ!!」
裂帛の気合と共に全力で推し戻すっ!
ぎぎ…ぎ…ぎっ……
「いまだヒカル、イズミ、ロンゲッ!!」
ドォンッ!!
激しい音――既に音と呼ぶべきとは思えないほどに大きな――がイズミのいるビルのガラスを全て割り砕き、手首から肘までが火花と電光を撒き散らしながら衝撃にきしみ、砕ける。
質量と加速を兼ね備えた弾丸は狙い過たず、撃ち放たれた。
なのにその一瞬でゲキガンガーの体が沈み、エスエバリスから離れ、光に包まれた。瞬き一つにさえ満たない時間。全ての必然と常識を無視して、それは消えた。それと同じほどに唐突に現れた。
……全く、別の場所に。
「なっ?!」
「インチキなっ!」
「…これじゃ狙撃の意味が無いわね…」
その様に驚きを隠せない三人を他所に、アカツキだけは僅かに口元を歪ませ呟いた。
「…ボソンジャンプか、面白いが…?」
再び光り始めるゲキガンガー……だが。
「…自爆する気か?! させんっ!!」
ライフルを構え、撃とうとして…ガキンッ!
「く、ジャムったか!」
歯噛みをし、全力でバーニアを真横に向ける。頬の肉が波打つほどの強力なGがかかったが、それでもあの大質量に踏み潰されて死ぬよりはマシ―そう考えていたのだが、それ以上に脳が揺れ―IFSは脳震盪に陥ったアカツキの意志を正確に汲み、倒れこんだ。
およそ二秒半。その時間が過ぎたとき……もはや打つ手は無かった。
フィールドをかき消せるだけの破壊力は既に無い。
ブレードは根元から折れ、ライフルを持っていたイズミのエステは手首から先が砕け、それどころか衝撃で僅かたりとも動かない。ヒカルとアカツキの機体にはこれほど強固なフィールドを突破出来る力は無い。
リョーコはブレードを投げ捨てるとヒカルに声をかけた。あくまで静かに。
「ディストーションフィールドパンチ……とか言ったっけな。ヒカル、いけるか?」
その静かさが、彼女の意志の強さを感じさせた。
その決意の意味も。
「…リョーコ?」
敵の攻撃を避けながら彼女はとつとつと話し始めた。
「なあ……俺は思うんだよ。死にたくないし、死なせたく無い。「誰かのために自分を犠牲に」とか言う場面なんだろうな、今は」
同じくライフルを投げ捨て、フィールドの集中に入ったアカツキはそれを静かに聞いていた。
「ンな綺麗事言ってられるほどガキじゃないし、遣り残した事も無茶苦茶たくさんある。……けどな、ここで逃げたら……俺が俺でなくなるんだよっ!」
その口上を聞いていたのか、それとも偶然か――出力を上げつづけるゲキガンガーは、リョーコの言葉の終わりと共にその腕をまっすぐに打ち下ろした。そしてリョーコも、その腕に纏った力場で、無謀にも迎撃に出た。
集中こそされていないとは言え相転移エンジンから直接汲み上げられる力の生み出した物と、集中されているとは言えエステバリスの力の生み出したもの。
拮抗は一瞬だった。
戦場で全てを決めるのは、ただ……力のみ。
その瞬間が終わったとき、リョーコが聞いた声は、聞き覚えの無い声だった。
目の前には砕け散った大地。そこは一瞬前まで彼女が立っていたはずの場所。
「何やってんだか……俺は……」
その悔恨にも似た、何かを吹っ切ったような矛盾した声の主。
その場に居たのは、緑色の甲冑を身に纏った侍を思わせるもの。クリムゾン製人型機動兵器・ロータス。
アカツキはその機体を見、僅かに目を細めた。
手首から先を切り裂かれ…激しく放電するゲキガンガーの姿と、ロータスが左手に構える抜き身の日本刀に。だが彼はロータスが右腕でかばった、片腕を失ったエステバリスには一瞥しただけだった。
その冷たい目のまま、声をかけた。反論を許さない、冷たい声で。
「君は、何者だ」
と。
返ってきた声はやはり、先ほどと同じ声だが後悔するような響きはもう無かった。
「……援軍だ。名は、……タカスギ・サブロウタ」
警戒するようにゲキガンガーから目を離さずに後退する。ヒカルにリョーコを機体ごと渡し、手で軽く後退するよう指し示す。だがアカツキは下がろうとしない。
「……そこの青いエステバリス、街中の避難は終わったか?」
「……おそらくは」
民間人が居たら戦えない、とでも言うつもりか。
そう考えたのだが、サブロウタから返ってきた声は予想を覆すものだった。
「そうか。…なら、逃げるぞ」
「バカな事を……」
そう反論しようとしたときだった。
新しい声がかかった。
「そうそうタカスギさん、戦力も整った事だし、一気に片付けるわよ」
「そうですね」
白銀のエステバリスと、見覚えの無いもう一機。そう、アリサとイツキの二人。
申し合わせたかのようにアリサの構えるツインランサーの片一方、フィールドランサーが、ほんの小さな裂け目だが、難なくフィールドを切り裂く。
う゛ぅぉぉんんっ!
空気が震える。
エステバリスの中には届かないが、電化された空気が強いオゾン臭を放ち、静電気特有のバチバチという音が耳に届く。
冷や汗を流しながらアカツキが口を開く。
「ゲキガンビームってやつかい? ……厄介だね、これは……」
だが、ここでゲキガンガーの動きが変わった。
あまり動こうとはせず、防御力に任せ、確実に相手を叩く……そんな戦い方だったはずが、全く変わった。
シュゥォンッ!
シュゥォンッ!
シュゥォンッ!
幾度もジャンプを繰り返し、補足が出来ない……そんな戦い方に。
カシュッ…気密が保たれていたのだろう、ハッチを開いたときに空気の流れ込む音がした。
機体が横になっているからか、椅子に座るような形で寝転ぶ。パイロット承認を行いながら新しい命令を下す。
「エグザ、演算強制停止」
<…システム最適化終了まで16時間47分32秒かかります。中断は出来ません>
「……それでも停止だ」
<了解。エグザ・システムは最適化を終了できませんでした。右足に新設されたユニットはハードウェア制御・ソフトウェア制御が出来ません>
「かまわないよ。……今、するべきことをするからな」
<「すべきこと」とは?>
エグザに主体はない。全ては戦術、戦略上の有利不利のみでの判断材料としての質問。だが、それだからこそ問われた者は自らに返ってきた質問に戸惑う。
そう、今自分がすべきことは何か、と。
「俺が…」
答えは決まっていたはずだった。
だが、いざ言葉にしようとすれば、緊張で口の中が乾き舌が張り付く。喉に違和感を感じ、軽く手で抑える。
今の敵が、もし自分の想像通りならば……だが、答えを口に出来ないのなら、迷いがあるということ。しかし、もう時間はない。だから、迷いを含んだ声で答えた。ただ、それしか出来ない。
「俺が…俺がすべきことは…すべきこと……」
目を閉じて、思い出す。
自分の原点である、あの空港で見た光景を。
「俺のすべきこと…それは、悲しみを生み出す戦いを、止めることだ」
<戦いの停止。では敵の破壊、敵の無効化、どちらを選びますか>
「……無効化を」
<了解。戦闘システムを再調整します。SYSTEM−EX、EXA管理下にて起動。制御率47%、管理外のシステムはパイロット能力に依存します>
「いつも通りと言うわけか……まあ、いい。ブリッジ、聞こえるか?」
『……ブリッジ、聞こえるか?』
「アキト? 何時の間に逃げ出したの?」
「に、逃げ出したのって……」
ユリカの驚きの声に乗せるように、ミナトが冷や汗を流す。
「いい、アキト? カグヤちゃんを叩きのめしてユリカが迎えに行くから、ちゃーんとそこに居るんだよ!」
口調こそ可愛らしいものの、隠し切れない殺気と本能が危険と発するような声色を交互に聞かされれば、誰であろうとも逃げ出したくなるはずだ。
「……プロスペクターさん、本っっっ当に能力第一・性格第二で選んだんですね……」
そうボヤキながらアキトは頭を抱え、考える。
さて、どういえば逃げられるだろうか、そう考える。
言ってはなんだが、ユリカはストーカーとして最悪クラスのレベル。ろくに話も聞かず、思い込みだけで突っ走る……つまり、無視するしかない訳であるが、権力を持っているあたり、これまた最悪だ。
なら、今の自分がユリカの権力の届かない人間であると言えれば、あるいは……!!
『シュン副提督、俺達って今、連合軍に所属しているんですか?!』
「いや。明日の午前零時を以って……だ」
『なら俺は、連合軍の規律に縛られる謂れはない……ですね』
『ちょっとアンタ、なに寝ぼけた事言ってんのよ! あたしの命令に従いなさい!!』
『指揮権は無いんでしょうから、ムネタケ提督の言葉であっても、聞く理由はないですよ! テンカワ・アキト、EX01改<シュツルムヴィント>出る!』
「ルリちゃん、アキトを止めて!!」
「オモイカネ、カタパルト宜しく」
<…発射>
「のおぉぉおぉぉお?!?」
ムンクの叫びを実演するユリカ! 外見はともかく、中身は忠実に再現しているはずだ!
サセボの街の周囲を囲むようにチューリップとゲキガンガーの残骸がバラバラに撒き散らされている。
むしろ遅いと感じる速度でEX05が新たなDFSを振り回す。だが長さ、いや形状さえも変幻自在な刃は的確にゲキガンガーを切り裂いていく。
「フミ姉、次、右舷70度、距離480メートル!」
「OっK♪ DFS、どう?」
フィールドを使うこともできないのに、恐ろしいほどに平常心を保ちながら二人は軽くステップを踏みながら進む。
「それにしても……」
「何、トウヤ? なんかシステムに変なとこでもあった?」
「えと、バッタならともかく、ゲキガンガー相手じゃリアクティブアーマーも役に立たないというか、受けたら死にますよ」
「そうさせないくらいの事は…出来るよね」
「……隊長がDFSの可能性を見せてくれましたから…むしろDFSが使えるなら、球形にしか張れないフィールドよりも使いやすいみたいですし」
ぎろり。
遅まきながら、ゲキガンガーが目を光らせてEX05を見やる。
「さて、ゲキガンガー14体目、行きますか」
「はい。DFSオペレート開始、ジャマーOK、Gコントロール正常。…行けます」
すっと膝が沈む。グググ…と力を膝にため、一直線に飛ぶ。
胸が光り、ビームが放たれる。
「フラッグ!」
「はいっ!」
言葉が飛んだ。同時にDFSがフィールドを収束させ、言葉通りに刃が旗のように変化する。
盾のようにではなく、旗のように起伏に富んだ形状である事でゲキガンビーム…グラビティ・ブラストを幾状にも分断し、逆に周囲に被害がほとんどでないくらいに弱めてしまう。
「前進するから」
「連続使用はあと20秒! 冷却するから逃げるか斬るか、どっちかに!」
「じゃ…グラビティ・ブラストが切れたらスタンダードに、一気に斬るよ!」
旗は光を切り裂き、一歩、また一歩と歩いていく。
光が切れる。
重力を制する力が、EX05を瞬く間に間合いを詰めさせる。
「スーパーロボットをリアルロボットで倒す……やっぱりスピードの違いだねっ」
薄い影が闇となり、振るわれた力が天地を繋ぐ一条の煌めきを生む。
「……力押しじゃないですか。どっちがスーパーやら……」
「ま、いいじゃない。跳ぶよっ」
ズンと背後に跳んだ瞬間に衝撃が響く。
「コレで今日のスコア、14と」
そう言いながら、ようやくとばかりに空いた手で髪をかき乱す。
何とか息を整え、レーダーに何も映っていない事を確認し、残骸を見る。
「これも…みたいね」
「……とすると……」
二人は同時に街中に視線を向ける。
その顔には、明らかな恐怖があった。
この二人の顔に……恐怖がありありとあった。
ヒュン、ヒュンと消えては現れるゲキガンガー……狙いは安定せず、撃てば消え、消えては現れ、狙いをつけるまもなく現れる。
「スバル君とアマノ君はイズミ君を連れて退いてくれ!」
「命令すんなロンゲ! 俺はまだ…!」
「止めろ! そっちの青いのの言う通りだ! 武器のもうない機体は退くしかない! もう分かっているはずだ!」
「だが、俺は……くそっ! ヒカル、そっち持て! イズミをナデシコに連れ帰る!」
「やっとやすめる〜」
「やっと……やっと、YAT…」
「駄洒落は言うな! ここで捨ててくぞ!!」
「あたしが死んだところで…」
何か……感じたのだろうか。
イズミが、生きる事に疲れた、死を望む者のように声を放った。ひどく、寂しい声だった。
だからリョーコは反発する。生きる事を渇望するものとして。
「ンな事言ってる暇があったら生き延びろ! てめぇが死んだら、俺が責任もって完全にとどめさしてやる! 俺を人殺しにすんじゃねえ!!」
「リョーコ…」
「いくぞヒカル、さっさと…」
シュッ…
二人がイズミを抱きかかえた時だった。
とっさに逃げる事も出来ず、死が見えた。
「みんな、危ないッ!」
そう叫びながら、ワイヤードフィストが放たれた。放ったのはイツキであり、それはゲキガンガーの頭部に撒きつく。ワイヤーを巻き取ったイツキの乗る砲戦はゲキガンガーの頭に、銃を接触、零距離射撃を狙う。
だからタカスギの、
「逃げろ、危ない!!」
という叫びの意味を、分かる事が出来なかった。
誰にとっても、その姿は必殺のポジショニングにしか見えないのだから。
青い、光。
その意味は、知るものにしか、分からない。
だから。
だから、彼は迷わなかった。
激しい音が、イツキを大地に叩きつける。
全身に走る衝撃が、イツキの意識を断ち切る。
「アキト、てめぇぇ!!」
だが衝撃は、だからこそ精神的に広がる。
「アカツキ、みんなを下がらせろ!! フィールドに巻き取られたら死ぬぞ!!」
「! …分かった! ここはテンカワ君に任せる!」
「どう言うことだロンゲ!」
「オフレコでネルガルから情報がきてるんだ、後で説明する!!」
焦りが精神を揺さぶる。
悪意がそこにある。
分かるからこそ、焦りがある。
だが、他のメンバーはナデシコに退いていく。アキトがそこに残ることをいかぶしく思いながらも。
喉の渇きが分かる。唇も緊張で乾いている。
「……EXA、右足の<霧>を使うぞ…」
<データ不足。推奨できません>
「……ボソンジャンプを使う奴相手には、これしかないからな…!」
<了解。システム・リンクします>
構えていたDFSを腰のウェポンラックにポイントし、ブレードを引き抜く。
「霧よ……生まれ出でよ! この俺の、戦う意思となって戦場を駆け巡れ!!」
細かい砂をすり合わせたような甲高い音が鳴り響き、円柱に似た右足が砕け、内側から幾何学模様に包まれた、エステバリスのそれに似た足が現れる。
そして、風が吹き始めた。
ビーッビーッビーッビーッビーッ!!
激しく鳴るアラート!!
「これ、まさか……!」
「まさか、じゃないですよフミ姉!! 隊長、"霧"を使っちゃってます!!」
急いで向きを変えて、街の中心を見る。
最悪の、展開。
本来ならば廃棄処分にされ、二度と日の目を見るはずの無かった最悪の遺跡の一つ。
「やっぱり? ……通信機、使える?」
「えっと…駄目です! レドーム展開、最大レベルで通信開始!! 隊長、ナデシコ聞こえますか?! 逃げてください、敵が、奴が!! 誰か、聞いてください! 最悪の敵が来ているんです!!」
「……どう?」
「駄目、みたいです……気づかれたんでしょうね。この出力なのに通じない。全力で各個撃破。上手い上に卑怯な手です……こっちも、本気でやるしかないみたいですしね」
そんな事を言いながら……背後を見る。
世界を喰い始めたそれを見て。
「もしかして、ゲキガンガーの相転移エンジンを暴発させていたほうが、被害が小さかったとか?」
「それは…せいぜい”とんとん”ってとこじゃないかと」
コアを叩かなければ、それを倒す事は出来ない。
だからこそ、最も索敵能力に優れたEX05に対するジャミング…撒き散らされたチャフの存在がある…。
「トウヤ、全力で行くよ……良いね?」
「正直、逃げたいですよ」
「じゃ、逃げようか」
「そうも言ってられませんからね」
言って、顔を見合わせる。
怖さが消えることは無かったが、どうにかやろう、そのくらいは思えるのがせめても……だった。
けれど、もうする事は決まっていた。
「じゃ、行くよ!」
「はいっ!」
「…く」
意識、つまりは脳に負担がかかる。
だからDFSを戻し、ブレードに持ち替えた。
ヒビだらけに見える、円柱のような右足が砂のように崩れる。崩れた砂は舞い上がり、やがて濃密な霧になる。残ったのは陸戦型に似た、やや細身の足。
「エグザ…濃度は?」
<可能域に入りました。リミット・カウントダウン・スタート・60・59・58……>
「せぇぇぇぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
EX01にはブースターに類する装備はない。全てを重力制御によって賄うからだ。
だから、通常ではありえない姿が映った。
敵に向かって"落下"する、激しい姿を見せる。
周囲の"霧"が巻き込まれ、引き込まれる。霧が渦巻き、風を作り、激しい嵐に変わる!!
「砂よ、霧よ、渦巻き、飲み込め!!」
粗い砂が、細かい砂が刃となり、全てを切り裂き、全てを飲み込んでいく。
青い光が、ボース粒子が、ただの一瞬もそこにいる事を許されずに、逃げる力さえ与えてくれない。そこで出来る事は、自らのみを守る事だけ……竜巻の真なる中心にいるシュツルムヴィント以外は、存在する事を許されないこの世界で生き延びるには、防御壁の展開……それも、とてつもなく強力なフィールドでだけ!
渦巻く風の中、一瞬の切れ目が見せたのは、フィールドに包まれた頭部。全体は守りきれないと思ったのか、其処だけに集中している。
「……フィールドの集中……そこに……ならば!!」
ズタズタに切り裂かれ行く装甲……そして、アキトは決めた。
大地を蹴り、跳ぶ。ゲキガンガーとの距離がなくなる。
「双刃・連撃ぃぃぃっっ!!」
獣の咆哮にも似た叫び。右手と左手が全く別の生き物のように、複雑な軌道を描きながら巨大なゲキガンガーを削り取っていく……そう、斬るのではなく掘削していく! 恐ろしいまでの剛剣!
やがて腕の動きが止まり、胸のあたりを完全に失ったゲキガンガーから、不自然なまでに無事な首が大地に落ちる。
大地に立ったシュツルムヴィントの立ち姿に、真っ白い砂が、まるで粉雪のように舞い降りる。
誰かが、この姿を見て
『ホワイトクリスマスか』
と呟いた。
そして同じ声で、
『クリスマスの惨劇……詩的な響きかもしれんな』
と。
その声は、忘れようとしても忘れられない、ひどく恐ろしい響きを持つ。
『これは、我からのプレゼント……気にいってもらえるか?』
そう言って、がごんと重い音を立てて落ちたのは、見覚えのある腕だった。
呆然としていた。
ナデシコから見えたのは、エステバリスが逃げた途端に真っ白な霧が立ち込め、嵐が吹き荒れ、やがて雪に変わったこと。
「何が起こったの…?」
そう呟くユリカの声に、オモイカネが<解析不能>と答えを返しただけだった。
だが今度は、
「アキトは、アキトはどうなったの?!」
と叫びだす。
『僕らはどうでもいいのかい……?』
コミュニケを通して突っ込んだアカツキだったが……
「どうでも良いです! 今はアキトの無事を確かめることが最優先ですから! ルリちゃん!!」
「それはちょっと……でもオモイカネ、お願いします」
コミュニケのスイッチを切り替え損ねたのか、パイロット達の会話がブリッジに流れてくる。
『……なあロンゲ、俺達ナデシコに乗ってて良く生きてるよな…』
『僕も今、それを思ったよ…』
リョーコもアカツキも思うことは同じ、ユリカの適性疑惑である。どうせ人はいつか死ぬ、とはいえまだまだ死がどうこうと実感できる年ではないし、死にたいと思う人間などまず居ない。
『ネズミは沈没船から、予知能力を使うかのように逃げ出すというわ…』
なんとなく思い出した、というようにイズミが言ってくる。どうでもいい話なのだが、今この時にこれ以上相応しい話題は無いかもしれない。
けれど話は際限なく逸れていく。
『あたし達、ネズミ?』
『ハムスターのほうが可愛いですよ』
『わたし的にはジャンガリアンのほうが好きですね。おっきくて、結構もふもふしてますし』
「パイロットの人たち、好き勝手言ってますね…」
クスクスと笑いながらブリッジのモニターで見るカグヤ。
手元には誰を自分の戦艦に乗せるか、そのリストが載せられている。
「でもこうしてみると、パイロットのほとんどが自分達からここに流れてくれそうね……」
ぎちり。
ゲキガンガーの胸元から……何か、赤黒いものが漏れ出し始めた。
それはオイルか何かなのだろうか?
ごぼごぼと音を立てるそれの中から何かが浮き上がってきた。
丸く、表面に規則性を見出せない幾何学模様が激しく映り、消えている。だが、それの明滅と共にゲキゲンガーの装甲が沸騰していく…というのに熱反応はない。
古めかしい色に染まったゲキガンガーが、赤黒いどろりとしたものに変化していく。
かつて<EX02>サイクロブスとも呼ばれていた屍鬼。その能力はDFSと同質の「手」と、流体装甲を作り出すナノマシンのコントロールシステム「真球」、そして「速度」。
ここにあるのは「真球」が一つ。
だが、急激に溢れ出した流体装甲が周囲から一箇所めがけ動き始める。
周囲にあるもの全てを素材として流体装甲を作り出す侵食型ナノマシンの、生成に時間がかかる欠点を補ったのは……数多くのゲキガンガー、その残骸。初めから仕込んであったのだ、これは……!!
それはあまりにおぞましく。
その姿は現実感を麻痺させる。
その姿は溶け掛けた肉片を纏った巨人のごとく。
ただ居るだけで、周囲のものを”喰って”いた。
それはかつて<EX02>と呼ばれ、今は屍鬼と呼ばれるもの、その右腕だった。
ふぅぉん。
ほんの少し、音がした。
「ジャミング、効いてますね。"真球"の位置、全然わかりません」
這い寄る、激しい音の中シュツルムヴィントの周りだけに張られたフィールド……そこ以外は、鉄錆のような渦巻くものに侵食され続けている。
まるで、海の中に泡のように。
やがて、形をなす物があった。
「や、アキ君無事?」
「…隊長、僕とレイナさん、一体何日徹夜して仕上げたと思ってるんですか? 何でシュツルムヴィント動かしたんですか……」
にこやかに笑うフミカに、本気で怒っているトウヤ。深酒したシュウエイと並んでアキトが近づきたくないものトップ5に入るシロモノである。ちなみに残り二つはテンションメーターが振り切っているときのユリカorカグヤに近寄る事である。
「二人とも、一体なんで…?」
「いいからいいから。……みんなは逃がしたみたいだし、花マルをあげましょう」
「それよりも、ここにあるのは質量探査で調べたんですが、あくまで屍鬼の一部だけ…やりようによっては勝てなくも無い相手です。ですが…」
「ああ、霧はもう使った。再生成まで400時間はかかるから、決め手が無い…けどそっちの機体もあるし…けど向こうも無人のよう…本来ほど強くは無いし…」
今にも動き出そうとする屍鬼の欠片を前に、決め手を欠いた三人は、しかし戦うことを選択する。
<警告。相転移エンジンブロック圧力異常。機体異常加熱! 戦闘出力における緊急停止まで40秒>
「エグザ?!」
<撤退を推奨>
そう言いながら、僅かに動きの鈍い屍鬼(一部)が作るモノから逃げる。
ザザザザザ……!!
腕と、肩に納められている真球が一つになり、盛り上がった流体装甲が残る体を擬似的に作り上げる。
「逃げる時間も……なさそうだな」
ブレードの一方をウェポンラックに戻し、左腕にDFSと二刀を構える。
「エグザ、カウント再開だ!」
<32.31.30.29…>
電波障害が激しく、そこで何が起きているのか詳しく知ることは出来なかった。だが、カメラで見る程度は出来る。
カタパルトの直前で、彼らは
「まずい…僕らも出るぞ。タカスギ君とアリサ君は出れるね?」
「ええ、わたしは出れるわ!」
「俺だって…」
「駄目よ! リョーコは休んでなきゃ」
アカツキの言葉にすぐさま頷いたアリサはともかく、リョーコの場合はフレームとアサルトピットの接合点が歪み、パージできない。この状況で不都合の出かねない予備機に乗せることも出来ない。
特にブレードでフィールドに切りかかった姿を間近で見ていたヒカルが制止に入る。
「だけどよ! まだテンカワ達が戦ってんのに…!!」
何も出来ない事に歯噛みする彼らを尻目に、サブロウタだけは何かを、今だ誰にも知ることの出来ない何かを見ていた。
ズン…!!
激しい地響きと共に、ナデシコは揺れた。
「何だ?!」
誰もが同じ事を思った。
だが、そこにあったのは、資材搬入ブロックの扉が開いただけ……のはずだった。
そこに居たのは、見たもの全てに後退を強いるほどの圧迫感を与えた。
歩くだけで、たてがみを揺らすだけで、誰もが退いた。
誰もが何も出来ないまま、それは歩き去っていった。
残り20秒。
シュツルムヴィントが跳んだ。
DFSを使うためにフィールドを消した。だから今使える『盾』はブレード。
EX05のレドームの発する強力なマイクロ波に<流体装甲/マテリアル・イーター>を形成するナノマシンが一気に焼ききられていく。
残り15秒。
静止状態に思えた屍鬼。それが体を揺らす事なく、足元の"沼"が波打ったかと思えた瞬間にそこに居た。
ただ単純に、屍鬼の"手"は全てのものを破壊する。
だからDFSであっても受け止める事が出来ない、そのはずだった……が!
ギィィィィィィィッッッッ……
一秒…二秒…三妙……
力が拮抗する!
「お、重い?!」
「くっ…くぅぁああああ……!」
フミカのIFSターミナルに置かれた手に汗が滲む。歪められようとする刃を押し留めようとする力…それは…意志の力。
だが、機械の生み出す力は人の意思とは違う。
ただ単純に、あるがままに力を振るう。
四秒…五秒…
EX05のいたる所から冷却材が噴出し、凄まじい煙を上げていく。
残り10秒。
「よけろぉぉぉぉ!!」
上空に、凄まじい力が現れる。
「<アニヒレイター>…」
まるで獣の叫び…生きるか死ぬかを賭けた、生と生のぶつかるか如き叫び!
「トウヤッ!」
「DFS・フィールド転化! 高速移動!」
たった一瞬に、3G近い速度で下がるEX05。パイロットスーツでも支えきれずに血液が下がり、一瞬ブラックアウトを起こす。
だが、勝機は今しかない。
「……高速連射ぁぁぁぁ」
威力を抑えた、だがチューリップを完全に破壊できるだけの力を持った弾丸が屍鬼を貫いていく。
その時、まるでそこだけが血飛沫が上がったかのように煙った。
残り0秒……?!
煙が晴れた。
其処にあったのは、滝のように激しく回転する、全ての力を受け流す形の、卵のようなもの。
荒れ狂い、何も近づけない。
そして。
<アニヒレイター過剰使用の為の異常過熱、相転移エンジン緊急停止します>
ガクリと膝を、手を、大地に落とすシュツルムヴィントの姿が其処にあった。
そして、その原因なのだろうか……戦闘中の不可に耐え切れなかった装甲が剥がれ落ち、中身が見える。おそらくは装甲の破片だろうか、何かの金属片が冷却機に突き刺さっているのが見えた。
「……CCは無い。ジャンプシステムもエネルギーが無ければ動かない……」
見えたのは、再び形を取り戻そうとする屍鬼。
死んだ……そう思った。
ズシン!!
目の前から、激しい音がした。音、というのは正確ではなかったかもしれない。ほぼ完全な衝撃……それがあった。
何とか目を見開いた時、そこに居たのは…屍鬼の右腕を、自らの左腕で食い止めている獣の姿だった。
「龍皇……動いてしまった……」
機械で出来た人の体に龍の頭、全身を鎧に包まれたその体は、清らかな印象を与える右半身と、邪な空気を纏う左半身、それが互いに侵食している。
「グゥルルルルルルル……グゥォォォォォォオオオンンン!!!」
唸り声が上がると共に力が増しているのだろうか、屍鬼はやがて後退をはじめ、龍皇は左腕を一振りする。掴まれていたままの屍鬼はそのまま振り払われ、30メートル以上先に転がっていく。
「何で……動いてしまうんだ……」
戦闘中だというのに、龍皇は屍鬼に後ろを向けるように、シュツルムヴィントいや、アキトのほうに向き直る。
自由になった腕を一払いすると、ウリバタケ達が施した拘束用のリングがはじけ跳び、ほどけ、左腕が肩口から生えた五匹の蛇のような龍の姿を顕す。今だにところどころ千切れている翼が、激しく風を巻き起こしながら広がる。
龍皇は仮面に覆われた目と、虹彩が縦に裂けた生物的な左眼をアキトに向ける。
そのまま数秒が過ぎただろうか、まるで時が止まったかのような錯覚の後、唐突に龍皇が動いた。
ひゅ…しゅるるるる…
「一体…エグザ、予備電源は!」
<システム異常加熱! 冷却不足、再起動不能>
龍が絡みつき、シュツルムヴィントが持ち上げられていく。
装甲が軋み、ひび割れ、ガラガラと落ちていく。
DFSを構え、
「トウヤ、龍皇の腕を切るよ!」
「……無理です、この機体、対遺跡の防御機構無いんです! フィールド解いたらマテリアル・イーターに一気に侵食されます!」
「そんな…」
手出しが出来ない。
誰も、何も出来ない状況で、シュツルムヴィントの装甲がさらに剥ぎ取られていく。
そして同時に、龍皇の仮面も残る右半分に大きなヒビが入っていく。
「……これは……」
違和感があった。
何かを伝えようとしている、そんな気がした。
だから……だから気づいた。
「まさか…エグザ、機体状況を報告してくれ」
<エネルギーシステムに介入を確認。ジャンプシステムのみ、再起動可能域へとエネルギー値上昇>
「ジャンプしろって……事なのか?」
<外部装甲破損により、機体冷却完了。再起動、承認しますか?>
なるほど……と思う。
龍皇が介入したのは、全てをここから消せという意味……ならば。
「屍鬼に汚染されたこの一帯を跳ばす。……トウヤ、退いてくれ」
「それってまさか!」
「え、アキ君? どうする気なの?」
一人、フミカだけが理解できていない。
「俺やトウヤはともかく、フミ姉はヤバイからな…頼むよ」
何かが抜け落ちたような顔だった。
安堵と、危険さを同居させた……。
「頼むよ」
「え、あのトウヤ?」
「ごめんフミ姉、メインシステムもらうよ! 急速回頭、離脱!」
「こらっ、トウヤ説明しなさい、説め…」
くしゅん。
「誰か私の噂をしてるのかしら……?」
案外可愛らしいくしゃみをしながら、回りを見渡すイネス。
ゴート、ジュン、ウリバタケ、ヤマダ……彼らは指一本動かせない状態で、同じ事を思った。
『そりゃ、噂じゃなくて恨み言じゃ……』
「……何か言った?」
ブンブンブンブン!!
何故だろうか。
指一本動かせないほどの重体であるくせに、四人そろって首を横に振った。
けれど、イネスは自分の言葉を否定されたというのに、なぜか四人の顔を嬉しそうに眺めるのだった。
周りを見渡してみる。
十を越えるゲキガンガーの破片と、崩れたビル。
中でも特殊なのは半径50メートルほどの、"霧"が"竜巻"が完全に削り取った円の空間。
「地球上で遺跡は使っちゃいけないな……ここに居てはいけないんだ、俺達は」
今だ動かないシュツルムヴィント、そして龍皇。
視線を下に向ければ、再起動を果たしたのか、蠢き始める流体装甲。
懐に手を入れ、ナイフを取り出す。
子供の頃に貰ってから、いつも身に付けていた、何度も自分の命を助けてくれた一本の古ぼけた傷だらけのナイフ。
「さて……ジャミングされてるせいで通信も届かないし……」
そう言いつつ、一瞬複雑そうに顔を歪めた後にキャノピーを開き、投げた。
アキトの全力で投げたナイフは弾丸軌道で何十メートルも先に突き刺さった。
「エグザ、ジャンプシステム最大出力。このあたりを一気に持っていく。できるな?」
<ジャンプシステムは使用者に一任されている為、判断不能>
「はぁ……結局エグザ、お堅いままだったけど、まぁいいか」
次第に青い光が生まれていく。
それは街の上に、空に穴を開けるようにシュツルムヴィントから立ち昇っていく。
「さて、死ぬ気は無いけど死ぬかもしんない。全力を尽くすとしますか」
その言葉が引き金となったのか、空が一層強く光り、風を起こし、大地にあるものを吸い込んでいく。
そして光が消えたとき、其処には何も無かった。
残ったのは一本のナイフ。
刀身には赤く文字が、おそらくは血だろう。そこに「また会おう」とだけ書いてあった。
あとがき
ついに戦闘に登場、唯一のデュアルフレーム<EX05>、まだ名無し。
DFSって普通のパイロットでも「刃を出すだけならできる」けど、戦闘中に展開するのは無理。出来たとしても自殺行為と同義。けれどそれを無視して、機体制御とフィールド操作を完全分業にした機体。
防御機構はリアクティブアーマーにしてはいるものの、フィールドが自分の意志で使えないような代物に命を預けるパイロットはいない。
そのため、折角作ったのにナデシコで埃をかぶっていた。
ともあれ「EX」とつくだけあって、威力は抜群。DFSもバージョンアップして高出力・高密度収束を可能にしています……パイロットの能力が追いつけば、ですけど。ちなみに基本形状は「死神の鎌」、刃渡りおよそ6メートル。
遺跡戦になると、エステバリスは役立たずどころではなくなります。とすれば、本格的に新型への変更が必要に。
新型→カスタムと、設計段階からのカスタム。どちらが集団戦闘用の機体に向いているのだろうか?
悩むところですね。
にしてもEXに使われている遺跡は元々古代人が戦闘用に作り上げたシロモノ、互いにそれを使って戦闘すれば……街の一つが簡単に消える。殆ど「N2」と変わらないんじゃ……?
代理人の感想
なんかラピス達が怖いですねぇ。
結局何をしようとしてるのかは明らかになりませんでしたし。
(どう考えても対アカツキ、対ネルガルだけの話ではなさそうです)
他にも宇宙に放りだしたはいいけど、屍鬼をどうやって片付けるのかとか。
(やっぱ太陽に放りこんだり?(爆))
あと、ブランクのせいかな?
場面の切り替えと地の文の説明不足が一寸まずいですね。
さっきまで格納庫にいたフミカがいつのまにか甲板に来てたりとか。
瞬間移動したようにしか思えませんでした(笑)。
それとも、もしや得意の催眠術で自分の出入りを悟られないようにしていたとか(爆)?
後、誰が喋ってるセリフかわからないところが少々ありました。(Bパートの最後とか)
後、別な意味でツッコミどころが結構沢山。
ウリバタケがサイボーグになってるし(違)、
ホウメイさんは折角の衣装を披露しないままにマットに沈んでるし(更違)、
あれが「リアル」だというならGもWもヒゲもリアルロボットになってまうだろうし(大違)。
まぁ、それはさておき楽しませて頂きました。
次回もよろしく。(これも違う)