機動戦艦ナデシコ<灰>

 プロローグ/歴史をなぞる必要など無い

 

「ゴート君、従軍経験のある君を押す声も多いのだよ」
「と言うと、それは軍需計画なのですか?」
 逆光になって見えにくいが、ここではある話し合いが行われていた。
 スキャパレリプロジェクト。
 戦艦ナデシコを用い、火星に遠征、「ある人物」と「ある物体」を確保するという計画。企業イメージアップ、そして表向きには火星に取り残された人々の救助という題目を掲げもするが。
「今度の職場には……」
 ドゴオオオオ!!!
 激しい音と共に吹き飛んだドアがプロスペクターの言葉を遮り、会議室の視線を一カ所に集める。
 そこに立っていたのは警備の男。ただ普段と違い、目は虚ろで、誰かが首を掴んでいる。気絶した彼を無理矢理立たせ、後ろにいる誰かが「肉の盾」にしている。
 それに気づいたゴートは手を伸ばし、安易な発砲を控えるように指示する。

「……何者だ」
 押し殺した声。
 ゴートは感じ取っていた。威嚇などではない、殺すことを前提とした殺気の主が、其処にいることに。
 殺気の主は答えない。だが、誰も気づかぬ間に、手が伸びていた。
 ドン!! ドン!! ドン!!
 気づいたときにはもう遅く、その手に握られていた銃は火を吹き、会議室の向こうにいた重役達の足や肩……あえて致命傷にはなりにくい部位を貫いた。
「……これは警告だ。命と名誉、好きな方を選べ。命が惜しい奴は絶対服従。名誉が惜しい奴は今すぐ地獄に送ってやる」
 明らかに若い声。だが、それに含まれるのは身も凍えそうなほどに冷たい殺気だけだ。
「発砲しておいて警告とは、ふざけた奴だ」
 自分に注意を引かせようと、ゴートはワザと不用意な発言をする。
「時間稼ぎなら無駄。ここの警備員は、少なくとも三日は起きあがれない。……それに、こいつらは『企業の利益』とやらの為だけに、空港にいた人間を巻き添えにして俺の両親を殺した。守る価値があるのか?」
 ここで、殺気の主の正体に行き当たった男が叫ぶ。
「て、テンカワッ! テンカワ博士の息子かっ!! ふざけるな、ワシの命に比べればあんな……」
 其処で、その言葉を発した男の体は、首から上を無くした。
 そして、趣味の悪い噴水だけが残った。
「言い忘れていたが、正直、俺はお前達を殺したい。出来る限り残酷な方法でな」
 それは、間違いなく本気の声だった。
 ためらいを僅かにも含まない。
 そこで殺気が、ふと途切れる。
「プロスペクターさん、交渉だ」
「……なんでしょう」
 プロスペクターの目が細まる。相手が誰であれ、自分を相手に交渉を持ちかけてきたと言う事は、それ相応の考えがあると言う事なのだから。
「スキャパレリプロジェクトの代替案を持ってきた。アカツキ・ナガレ会長との面会をセッティングしてくれ」
 どしゃ……。
 妙に重い、生々しい音を立てて盾にされていた男の体が床に落ちる。
 現れたのは20にも満たないであろう青年。
 全身を黒装束に包み、顔もかなりの部位をバイザーのような物で覆っている。

 この後、ネルガルは会長の一任によりスキャパレリプロジェクトを一時凍結、唐突に現れた男、テンカワ・アキトに全面的な協力を申し出る。
 さらには地球全域に「チューリップを利用した」ボソンジャンプなる現象の公開実験を行い、火星の避難民の救助を成功させ、地球圏におけるネルガルのトップを揺るぎない物にした。
 この実験の成果はそれだけに留まらず、地球連合軍の再編を望む運動さえ引き起こした。

 

 

 火星は地球とは違い、テラフォーミングを行って開拓した土地である。
 ドームを必要とせず、解放された空の下で生きることが出来ると言っても、監視機構は必要だ。
 自然現象は人の力など容易に超えてしまうのだから。

 だが、木星は違う。
 それは木星が定住を可能とする大地を持たないガス惑星であり、太陽の光も非常に弱い。
 人はかつて、空想の産物として考えられていた宇宙コロニーに安息の地を求めた。
 このような閉塞した地では、人は不安を忘れることでしか生きてなどいけない。
 そして、望むのは安定した、大地の上での暮らしのみ。
 始まった戦いは、彼らの望む安定した世界を、彼らの目に見せていた。

 しかし。

「何者だ!!」
 ゴゥン!!
 誰何する暇もあらばこそ……唐突に現れた黒ずくめの怪人によって、木連軍部の指導者、草壁春樹は眉間を撃ち抜かれ、死んだ。
 怪人は懐をごそごそとすると、奇妙な機械を取り出し、それから出ている針を無造作に草壁に突き刺す。
 ……ピッ!!
「遺伝子合致率100%。……草壁本人だ」
 ドン!!
 過去、脳を銃で貫かれてなお生き残ったという例が幾つかある。
 怪人は、遺伝子検査をした際に口の中にでも入れたのだろう爆薬によって、草壁の頭を破壊した。
 ドダダダダダダダダ……がらっ!!
「閣下、ご無事……貴様ぁ何をした!!」
 ここで、ようやく警備員が現れる。が、彼らは全てが遅かったことを悟り、怪人をその手に持った銃で撃ち殺そうとするが……。
 キン! キン! キキン!! キン!!
 それは全て弾かれてしまう。
「……防護壁?」
「携帯用ディストーションフィールドジェネレーター。こっちなら、個人用次元歪曲場発生装置とでも呼ぶか?」
 不敵に笑う怪人を目に、彼らはジリジリと後退していく。
「……TV中継の用意をしろ。火星の生き残りが、真実を教えに来てやったぞ」

「……これが、真実だ」
 映し出される映像は、木連が火星で行った行為の、一切編集されない、真実。
 チューリップ落下の衝撃で吹き飛ばされる人間。
 壁に叩きつけられる者、飛ばされてきた車の下敷きになる者。
 高熱で一瞬にして炭化する者。
 わらわらと現れた無人兵器に引き裂かれる者……まさに地獄。
 激しく嘔吐する者、失神する者、逃げ出す者。それは様々だが、事ここに至って、彼らはようやく自分達が何をしたのか悟った。
「百年前、あなた達の先祖は月で独立運動を行った。そして月を、火星を追われた。しかし、今になって復讐を果たして何が残った!? 何も残らなかった!! あなた達はこのためだけに、今までを生きてきたのか!!」
 怪人……アキトは全てを木星に知らせた。
 これがどれほど残酷で無情な物かを。
 百年前の惨劇を、より酷い形で自分達がしてきたことを教えるために。
「現在、地球側では草壁によってねじ曲げられた親書と、かつての月独立運動の真実、木星に逃げ延びたあなた達を迎え入れようと、市民レベルで運動が行われている」
 そこで笑いを浮かべる。
 バイザーによって遮られ、顔の殆ど見えない、口だけの微笑。
 しかし、それは大きな安心感を与える物だった。

 この後、木星政府は武装解除。
 自治権を得た一国家として地球に帰属することになる。
 しかし、草壁派と呼ばれる一部の兵士が強硬に反発、テロリストとなり、今なお平和を乱している。

 

 かつてのイネスの説明によれば、遺跡を破壊することはタイムパラドックスを生み、ボソンジャンプに関わる全ての事象をゼロに戻しかねないと言う。
 しかし、ボソンジャンプがあると言う事は、過去だけではなく、未来にも遺跡が存在していると言うことであり、少なくともその「時」までは存続するはず。
 つまり、どれほど先の「未来」になっても遺跡が壊れていないから。例え寿命の来た太陽が膨張した末に火星を飲み込むことがあっても壊れていない事になる。
 結論。
 遺跡を壊すことは不可能。
 そこでアキトは遺跡を木星まで運搬、重りを付けてメタンの海に放り込んだ。
 後は重力に引かれ、惑星の中心核まで。
 遺跡を自由に使うという可能性(少なくともB級ジャンパーで構成される木連にとって)は潰えた。

 

 

 全ては半年前に遡る。

 その日、テンカワ・アキトはフリ−ズした。もちろん、比喩表現である。
 無事に再起動を果たした彼の口から漏れた第一声は、
「なにゆえ?」
 であった。

「ちょっと待て。状況を整理してみよう」
 目をつむり、片手を頭にあてて気を落ち着ける。
 アキトは全身にまとわりつくような幻覚と必死に戦っていた。
 山崎の手によって人としての、復讐以外の全てを失った自分。夢も、愛する人も、友人も。
 そんな自分に何故?

「……うん、確かに草の色というのはこうだった」
 まず、何故か目が見える。顔からずり落ちたバイザーも無しに。
 どこから見ても、緑色の、草原。

「最初に見るのがカラスの群とは、不吉だな」
 ふと視界に入った鳥の群が、空を翔て行く。
 大きく声を上げながら。

「青臭い匂いに……ショウガ焼きか?」
 匂いも感じる。
 自分の立つ草原の草の匂いと、遠くから夕餉の匂いも。

 ぐうううううう・・・。
 嗅覚を刺激されたからか、空腹を感じる。
 いぶかしく思いながらもポケットに入れて置いた栄養第一、味覚第二、ネルガル特性のレーションを囓る。
「不味い」
 不味いと感じると言うことは、味覚が戻っていると言うこと。

 ぎゅうううううう・・・。
 ここまで来たらと、自分の頬を抓ってみる。
 手加減無しにしたからか、かなり痛かった。
「あつつ……涙、出てきた……」

 結論。
「夢じゃない」
 ここまでの所要時間、2時間17分38秒。
 これは決して彼が馬鹿だからなどではない。
 一時期、毎日のように見た夢の日々。それが、今の自分にとって悪夢でしかないことが分かっていても見てしまった。
 夢の中だからこそ、不条理だが感覚もあったのだ。
 だからこそ、必要以上に、この事を疑った。

 何故疑ったか。他にも理由がある。
 1.自分が着ているものはもはや普段着同然の戦闘服。
 2.北辰との最終決戦で半壊したはずのブラックサレナが何故か完全な形で目の前にある。
 3.服がだぶついていると思ったら、鏡代わりにサレナの装甲に映した自分の顔が妙に若い。
 4.何故か「今日のニュース」で火星陥落の情報が流れている。しかも第一次火星大戦の。

 

 もう、耳どころか、目にタコでも出来そうなほど目にした情景だろうからあえて描写はしない。
 要はユーチャリスを拿捕しようとするナデシコBとのチェイスから逃げようとして、ジャンプ機関に異常発生、止める暇もあらばこそ、ランダムジャンプに入っていた。
 と、言うことである。
 ご都合主義とは言う無かれ。

 

「そーいえば……サセボから月に行ったとき、2週間ばかし遡ったっけ」
 とりあえず、訳も分からずに、この状況に馴染んだ。

 この日から彼は、必死で訓練を開始した。
 あの復讐のために作り上げた体をもう一度手に入れるため。
 自分の、今の目標を成し遂げるため。

「くっくっく……見てやがれ、草壁、山崎、北辰……」
 天を仰ぎ見るアキト!!
「絶対に後悔させてやるからな!!」

「ママ、あのおにーちゃん……」
「しっ……人を指さしちゃいけません」
 どこから見ても挙動不審者のアキトを見て、この周囲からは誰もいなくなっていた。

 

 

 その甲斐あって、冒頭のような手を使い……彼は目標をあっさり果たした。
 地球は木星と和平を結んだ。
 それもほぼ対等な条件で。
 ここに、とても平和な、少なくとも表面上は平和な世界が生まれた。

 とはいえアキトは、自分の手がどれほどの血に染まっているかを自覚しているし、料理人の道には心動かされる物があるものの、断念した。自分の分を作るぐらいしかしない、もっとも学び続けてはいるが。
 そして今、彼は「よろず請負」などと看板を出している。
 要は何でも屋。
 一度持ち込まれた仕事は「依頼人が撤回」または「依頼人が裏切らない」そして「自分をおとしめるための偽の依頼」でない限り遂行する、凄腕の厄介事請負人=トラブルシューターになっていた。

 開業して半年、彼は会いたいが会えない。そんな人物の一人が依頼に来たことに驚いた。

「……アキト」
 何故か気配を完全に断って現れるラピス。
 小学校に通うかたわら、週に2.3度は顔を見せている。
 初めて見たランドセル姿にアキトは「ラピスがごく普通の子供になれる」という感慨と共に、笑わずに済んでいる自分の精神力の強さに感動さえしていた。
「どうした? ……ラピス」
「お客さん。でも変。ラピスやハーリーみたいに目が金色なの」
 まさか!!、という思いが体と心を支配する。
 他には、一人しかそう言う容貌の人間は知らないから。

「私は自分のルーツを知りたいんです」
 その言葉と共に現れたのは、銀の髪と、金の瞳。年の頃は12〜13歳。
 そして名前は……ホシノ・ルリ。
 本来ならばナデシコで出会うはずだった少女。

 

あとがき。
 ども、さとやしです。

 やってはいけない事を幾つもしていますね、これ。
 精神逆行と、何故かおまけにブラックサレナ(完全品)つき。
 戻ってきたら、全力で鍛錬、ナデシコ出航前にさっさと和平に持っていく。
 ……逆行物の意味はどこだあああ!??

 あとはナデシコキャラで「ロストユニバース」的な話しに持っていこうと思っています。
 アキト=ケイン。
 ラピス=キャナル。
 ナデシコ=ソードブレイカー
 ミリィについては考案中。ルリには似合わない……やっぱり北斗かな?
 でも、北ちゃんはまずいだろうし……。
 コスモス(とか)は敵のロストシップ?

 次回以降は後半のような文体で。前半は<黒>でこりてます。
 サイズ的には10〜15K、そのくらいで続けようかな?

 

 

 

 

管理人の感想

 

 

さとやしさんからの投稿です!!

なるほど、ロストユニバースですか。

しかし、アキトがケインって・・・刃物マニア(苦笑)

あらゆる意味で危なそうだな、それは〜

さて、ナデシコが活躍しなかった時代

ルリが馬鹿ばっかのクルー達と触れ合わなかった時代

この先はどうなるのでしょうか?

 

では、さとやしさん、投稿有り難う御座いました!!

次の投稿を楽しみに待ってますね!!

 

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