機動戦艦ナデシコ<灰>

 エピソード1−2/ピースランド−1stday

 

 漆黒の戦闘服。
 防弾、防刃、耐熱、対毒。
 それらを身につけ、最後にマントとバイザーを。思うところがあるのか、円筒形のピアスを耳に付ける。
「ラピス、後は頼むぞ」
「……うん。気を付けて……」
 くしゃっ。
 心もとなくアキトを見るラピスの髪を、ちょっとだけ乱暴に撫でる。
「ああ、もちろんだ」
 その言葉を最後に、アキトは地下……ブラックサレナと共に、誰にも気づかれることなく消えた。

 

 ネルガル重工本社ビル。
 激しい熱気と、食欲をそそる匂いで満たされたここは、社員食堂。
 昼時ともなれば、戦争になる。
「……上手くいきますかね」
「大丈夫だと思うよ? 彼が時間を稼ぐって言ったんだから。僕達は人質の救出だけを考えればいい」
 食堂の片隅に陣取った三人組。アカツキ、プロスペクター、ゴート。
「しかし、人員を割くにもいきません」
「ミスターの言うとおりだ。先日、月ドッグに侵入者があった。捕まえた途端に自爆したから確証はないが、残っていた破片からジャンパー処理の痕跡があった。木星の、いや草壁派の残党だろう」
 昼時に口にするべきではない言葉を発するゴート。しかしこの場にいる残る二名は気にもせずランチをとり続ける。
「……ナデシコシリーズ。公開実験の後から……これで12回目の盗難未遂か」
「現在、管轄が連合にあるとはいえ、僕達の立場も微妙だからね……」

 ナデシコシリーズ。
 それは無限の可能性だった。
 ディストーションフィールドを装備した艦による、一般人の生体ボソンジャンプ。
 どのような攻撃も弾くディストーションフィールド。
 そのディストーションフィールドをも貫く、現在において最強の兵器グラビティ・ブラスト。
 そして、その装備のどれもが、木星の戦艦よりも高出力、高精度だった。
 可能性だった。企業にとっても、軍にとっても。
 不心得者は後を絶たない。

「で、プロスペクター君、『スカウト』の方は?」
「少々手間取っていましたが……接触は出来ました。もうしばらくお待ち下さい」

 一国の命運を賭けた作戦行動。
 それを食事の合間に話し合う彼ら。
 彼らは決して傲慢なのではない。
 時間がないことも確か。
 しかしそれ以上に。

 真面目な雰囲気を脱ぎ捨て、さらっと食事に興じる。
「しかし、やっぱりここのご飯はおいしいねえ」
「ええ。テンカワさんに教えてもらって正解でしたね」
 ちなみに今までの会話、聞き苦しいのでカットしておいたが、ぱくぱくくちゃくちゃ、と食べながらの会話だった。
 ネルガル社員食堂。
 現在の料理長はホウメイさん、アシスタントはホウメイガールズ。
 アキトに聞いた「美味しい料理を作る人」。興味を持ったアカツキが食べに行ったとき、付き添ったプロスペクターが引き抜いてきたのだ。
「じゃ、今回は軍に出てもらって、裏からテンカワ君が動く。僕らがするのは軍に働きかけるくらいか」
「無理ではありませんが、相変わらず無茶ですな…」
「私も行くのですか?」
 チャリ……
「じゃ、もう食べ終わったことだし、僕は仕事に戻るから!!」
「私も! 交渉の仕事が! 時間厳守なんです!!」
 ゴートがならした、鎖の音に露骨に怯える二人。まるで申し合わせたかのように、周囲の席の人間も切り上げて逃げ出していく。

 ゴート・ホーリ。
 強面の外見とは違い、実はごく普通の中年。
 地球初の公開ボソンジャンプ実験に参加した彼はその感動からか、古代火星人を神と崇め、布教に勤しんでいた。
 数々の遺跡から古代火星人は人間に非常に近い姿をしていることが分かっていた。ゴートの首にかかった鎖には、イエス・キリストの代わりに「何だかよく分からない物」が十字架に張り付けられている。

「ふむ……。せっかく我が神の教えの素晴らしさを教えてやろうというのに……」

 実をいうと、ゴートの同類は多い。
 古代火星人がその優れた技術を使い、地球人に文明を与えただの、数々の奇跡を行っただのと、そう考える人間は余りに多くいたのだ。『伝説上の大陸の名前を冠した雑誌』も最近の売れ行きはかなり好調らしい。
 胡散臭いが、そう言うことだ。

 

 椅子に座りながらその人物はため息をもらす。
 彼の愛娘にここのところ、元気がないのだ。
 彼の名はミスマル・コウイチロウ。極東方面軍の司令とか、中将とか言う以前に、最近死んだ妻に似てきた娘を溺愛する、いわゆるバカ親であった。
「ユリカ……一体何があったんだ……パパに教えてくれ……」
 そう言いながら、独創的な髭を持つその顔を、娘の写真にこすり付ける。
 きっとユリカの背中を、いいしれない悪寒が走っていることだろう。
 そんなとき、来客を知らせる鐘が鳴る。
「入れ」
 一瞬前の姿を微塵も感じさせることなく、威厳に満ちた声のコウイチロウ。
「ムネタケ・サダアキ准将、参りました」
 いつものオカマ言葉を使わず、なよっとした姿も見せずにピシ、と敬礼を決める。
「よく来てくれた。今回の任務を伝える。君にはこれから西欧に飛んでもらう」
「西欧……ですか?」
「急な話だが、明朝、現地時間09:00よりのピースランド解放戦にあたってもらう」
「何で私達極東方面の者が動くのでしょうか」
「上からの命令だ。仕方有るまい」
「……分かりました。ムネタケ・サダアキ、任務了解しました」
「なお、副官としてミスマル・ユリカ、アオイ・ジュン両名を付ける。これは決定事項であり、反論は認めない」
 所詮、我が子可愛さの髭親父ね。とはムネタケの心の声である。

 

 ところで現在、草壁派の要求は
1.木星の独立。
2.100年前の政治家、その生き残りの抹殺。
3.草壁暗殺の主犯、俗称<黒い悪魔>の身柄引き渡し。
 全てが無意味。
 木星は一つの国家として各国と対等に付き合っているし、いくら寿命が延びたとて、政治家(30数歳)+100歳……既に棺桶の中だ。第一アキトの正体は地球政府の誰も知らないし、ネルガルも襲撃を受け、脅迫されて実験を行ったといっている。
 有り体に言うと、「要求の飲みようがなかった」。

 そんなバカ共の巣窟はピースランド城。
 国王夫妻とその子息達。
 国家運営に携わる一部の政治家と、彼らを世話するための使用人が数名閉じこめられていた。

 

「バカだね、こいつら……」
 アキトは、ピースランド城下町の一角、適当に見つけた食堂でテレビを見て笑っていた。
 ちなみに今身につけている戦闘服は、素人目にはごく普通の革製のジャンパーやズボンにしか見えない。マントも流石にサレナのコクピットの中だ。今の彼はロック系の若者ぐらいにしか見えない。
 いくら非常時で、厳戒態勢とはいえ、「ボソンジャンプにはチューリップが必要」で、「チューリップのないところでボース粒子を計測する必要はない」と言われている……からといって、草壁派の兵士は誰も、本当に計測していなかった。
「お客さん……そう言う発言はちょっと……」
「あ、ごめんごめん。要求が無茶すぎるからさ……」
 そう言って、おどおどした様子の店員に軽く謝る。
 まあ、生身の人間が一人でジャンプするなど考えないだろう、普通は。しかもそれが出来るのは現状、アキト一人。
「じゃ、ここにお代は置いてくね」
 カラン……。
 ドアをくぐってアキトは、遠くにある王宮を見る。
「とりあえず、情報集めから……と」
 基本は酒場(RPG)などと思いながら街の中を歩いていた。

 がしゃああああ!!!
「こんなクソマズイ飯に金なんか払えるかああ!!!」
 驚いて振り返ると、見覚えのある店から、店長(多分)がドアから外に飛ばされ……今度は弟子と思われる男達も店の外へ放り出された。
 続いて出てきたのはもう夜だというのにサングラスをしたオールバックの男。三文字の自由業(?)に見える。
 それは同感、とアキトが笑っていると、その男に睨まれた。
「……何がおかしい?」
「いや、何も。香辛料で壊れた料理をはっきり不味いって言える人間は珍しくってな。俺も同感だし」
 そう言って、また笑う。『前回』不味いと言って叩き出された記憶がよみがえるが、目の前の光景を見て気が晴れる思いだった。
「くくっ……お前もか。今から飲み直しに行こうと思うんだが……どうだ?」
「ま、良いだろう。ちょっと、ここの話も聞きたいしな……俺はテンカワ・アキト。トラブルシューターだ」
 ……対してサングラスの男は「ふむ」と一つ頷くと、名を名乗った。
「ヤガミ・ナオ。就職浪人中のSPだ」
 足下で蠢いている物体には目もくれず、さっさと歩き出した。もしかすると、警察の代わりに草壁派の軍人(木星の公式見解はテロリスト)が来ないとも限らないからだ。

 

 酒場というのは熱のこもった物ではないのか。
 流石に戒厳令は敷かれていないものの、兵士の異様さに恐れをなしたのか……人は殆ど居なかった。
「ま、空いてるから有り難いか」
 適当なスツールに腰掛ける。
「そうだな。で、お前は何しにこんな街に来たんだ?」
「単なる人捜し。どうやらその相手がこの街にいるらしくてね。そっちは?」
「言ったろ? 浪人中だってな。金があったんで観光(カジノ)に来たら出られなくなっちまった」
 そう言って、何とも言えないような顔をする。少なくとも困っているようには見えないが。
「あ、マスター。ウィスキー、シングルで」
 ナオが頼むと、アキトは。
「ソフトドリンクを」
「…つきあいの悪い奴だな……」
「俺、19……酒ダメなんですよ」
 精神年齢は+5歳。しかも一時期…悪夢を消し去ろうと、浴びるように飲む時期もあった。あれだけ飲んでおきながらこのセリフである。
「気にするな! この国じゃ、子供だってOKだ!」
 嘘だ。流石に子供にはノンアルコールだけ。
「そういうもんか?」
 国が違えば風習も違う。調味料がそうなんだから、そう言うこともあるだろうと思ってしまった。
「んじゃ取り敢えず……乾杯!」
「乾杯!!」

 

「……なあ、何で俺達、こんな所にいるんだ?」
「……記憶にない」
 翌朝、アキトが起きると、目の前にはナオがいて、部屋の至る所に鉄格子、外には控え目に見てもボロボロな警官がたっていた。
 見知らぬ人間、自分に縁もゆかりもない、だからこそ精神的に気楽につきあえる人間と一緒に飲んだことで気がゆるみ、暴れまくった結果がこれであった。
「……確か、作戦は今日だった気が……」
 そんなアキトの呟きが、白々しい空に溶けていった。

 

あとがき
 ピースランド……GWにもあったな、そんな国。
 今回は、ナオさん登場。アキトと対等に渡り合えるのは彼ぐらいの物でしょう。

 一話の途中にありましたが、スカウト開始前にスキャパレリプロジェクトが凍結しています。
 よって、ナデシコに乗るはずだった彼らは「ナデシコに乗らなかった場合」の道を歩んでいます。
 ルリなら実験を続けていただろうし、ミナトならOL、メグミは声優といったふうに。

 

 

代理人の感想

 

あそこは王様一家の名前が「ピースクラフト」で国名は「サンクキングダム」です。

あの作品、ネーミングが安直と言うかストレートと言うか・・・まあ、どうでもいい事ですが。

 

しかし酒場で乱闘の後留置場ですか〜。

「黒い悪魔」から「酔うと暴れるトラブルシューター」・・・なんか一気に軽くなったな、アキト(笑)。

は、これはまさか「御気楽な冒険ものにしよう」という、さとやしさんの深謀遠慮!?

 

 

 

管理人の感想

 

 

さとやしさんからの投稿です!!

ここでナオ登場!!

う〜ん、読者に愛されてるななコイツ(笑)

まあ、壊しやすいシリアス・ギャグ両方OKのマルチなキャラだからな〜

それしても、あの国のピザ屋の不味さはある意味伝統なのか?

・・・一瞬、食べてみたいと思ったのは秘密です(笑)

 

では、さとやしさん、投稿有り難う御座いました!!

次の投稿を楽しみに待ってますね!!

 

感想のメールを出す時には、この さとやしさん の名前をクリックして下さいね!!

後、もしメールが事情により出せ無い方は、掲示板にでも感想をお願いします!!

出来れば、この掲示板に感想を書き込んで下さいね!!