機動戦艦ナデシコ<灰>

 エピソード2−2/現地の、賑わい


「♪〜♪♪〜♪〜〜♪〜♪〜〜」
 鼻歌混じりに、キーボードを叩く。
 モニターには「お食事中でなくとも、人様には見せられない光景」がデカデカと映る。
 それを肴にコーヒーを飲む男。
 今更説明の必要もないだろうが、この男こそが「狂気の申し子」「マッド・ザ・マッド」ヤマサキ博士である。

「ん〜、上手くいかないなあ……やり直すか」
 その言葉に反応したのか、モニターの向こう、床が二つに割れ、表現できないオブジェが吸い込まれていく。流れ出た水は銀色の液体、まるで水銀のようなそれを洗い流して行く。
 床にはもう、痕跡は残っていない。

 その数分後、二杯目のコーヒーを飲み始める頃には、新しいオブジェが運ばれてきた。
 沼の底に生えている苔のような、金属光沢を持つそれは、微妙に蠢き、ズルズル、ズルズルと床をはい回っている。

「ふふふ……可愛い、可愛い僕の実験体43号、ベティちゃん……君は、新しい世界に旅立つ力を手に入れるんだよ?」
 ガラス越しにヤマサキを認知したのか、それとも単に音に反応したのか……ぽっかりと空いた穴をヤマサキの方に向ける。
 変化が起こった。
 スライムの様だったそれが、「起きあがった」。一部が伸び上がり、四本の柱に、残る部分が屋根のように架かっている。それは二本の柱を足のようにし、立ち上がる。屋根だったそれは細く伸び、胴体のようになる。浮き上がった柱は腕になり、手になり、何十何百という指が生える。
 そして、頂点が膨らみ、頭のようになるが顔はない。その代わり全身に気泡が生じたかと思うと、びっしりと、ヤマサキの顔が鱗のように覆い尽くす。

「く、くくく……酸素注入!」
 起きあがったそれを見、ヤマサキは新たな命令を告げる。
 音を立てて注入される酸素を浴び、それの表面が激しく焼ける。
 痛みを感じているかさえ確かでないそれは、声帯を持たないのか、無言のままのたうち回る。
 焼けた皮膚が剥がれ落ち、新たに再生をし、剥がれ落ちる。全身に現れた顔から銀色の液体が吹き出る。

 数時間が過ぎただろうか。
 それは動かなくなった。

<生体反応、確認>
<酸素下における適性を得た物と判断>
「次、地球上の生物を与えて。……まずは『ほ乳類の肉』からだ」
 ぼとり。
 その声に反応して、数匹のラットが放たれる。

 ヤマサキは、その日の実験を一通り終えた後、床についた。
 その顔は、まるで子供のように無邪気に笑っていた。
「さあ、明日も頑張るか。……おやすみぃ〜」

 

 野次馬。
 簡潔に言えば「事件現場に集まる迷惑な人間達」のこと。
 他人の不幸を見て喜ぶ、薄汚い人間と見られることもあるが、安穏とした、日本のような場所で生まれ育った人間ぐらいのものだ。銃が当たり前の国では、誰もが逃げるものなのに。

 パァァァァァァン……
 大型トレーラー「エステバリスキャリア」の座席からクラクションを鳴らすアキトの姿があった。
 目の前には、物見遊山で現地の人間の不幸を見に来た日本人と、それを食い物にする現地の人間が作った屋台が道をふさいでいた。
「あ、それ三つお願いします」
「あ、そのアメちょうだい」
「お嬢ちゃんタチ可愛い、おまけスルヨ」
 タコスと思しき物を買っているルリの姿と、飴を買うラピス。相好を崩す露天商の姿があった。ご丁寧に片言ながら日本語を話してくれる。

「たくましい……ってルリちゃん!? ラピス!?」
 驚いていたが、買い物に興じている姿でにではない。

「あ、テンカワさん。ようやく追いつきましたね」
「アキトーっ、みーっけ!」
 ほっとしているルリと、嬉しそうなラピス。
 ルリは相変わらずのツインテールにツーピース、現地にあわせて原色系。
 ラピスはパーカーにハーフパンツ、珍しいことに髪をポニーにしている。実は髪の毛が首の所で汗をかいて気持ち悪いかららしい。
「遅かったですね。私達が高速シャトルに乗って来たと言っても、昨日出たはずのアキトさんがここにやっと来たんですから」
「えっと、まあ……コイツ運ぶのに時間がかかったからね」
 指で、荷台をさす。

 今回は極秘裏とはいえ、トラブルシューターとしてのアキトに依頼が来たのだ。政府相手の商売にブラックサレナは使えない。よって、キャリアに積んであるのは「中身」。
 ボソンジャンプは使えないので「密輸」してきたのだ。

「ま、取り敢えず乗りなよ。可愛い女の子が二人していたら危ないからね」
「はい」
「うん♪」
 嬉々としてトレーラーのキャビンに乗り込む二人。長距離走破を考えて設計されたそれは、ラピスがねだったためエリナの趣味が入っている物の、アキトが立ち入りたくなくないくらい可愛らしい空間だった。
 各種のぬいぐるみに、可愛らしいピンクを基調とした調度。……これを初めてみたとき、アキトはせめて外見だけでもデコトラにするか、本気で悩んだ。

『……チッ』
 聞こえてきたそれは、アキトを「この街ごと殲滅してやろうか」と、本気で考え込ませた。

「でも二人とも、何でここに来たんだい?」
 取り敢えず聞いておく。追い返すときに役立つかもしれないから。
「ブラックサレナを見に来たんです」
「面白そうだから」
 ガコン!
 ……少し、いやだった。
 自分の半身そのものとも呼べるブラックサレナ。
 ラピスがイタズラ(遠隔操作)した、エステバリスを使って起こした怪獣騒動、直後に現れた生物兵器。混同されたそれは、ブラックサレナと呼ばれた。
「すみません、ただその呼び方だけ、止めてくれませんか?」
 へりくだる。
「何でですか?」
「俺の相棒も、ブラックサレナって言うんだよ」
「いいじゃない。最強のエステバリス=ブラックサレナ! 宇宙怪獣=ブラックサレナ! BSvsBS!! 本物はどっちだ! …とか」
 その日、過去に戻ってきて初めて、アキトは心の奥底から、哀しみの涙を流した。

 

 さて、おなじみネルガル。
 アカツキを立ち直らせようと、各務木星大使について調べていたプロスペクター氏。
 彼は、その有能さにより、幾つもの情報を得ていた。
 各務千沙が結婚をほのめかしていた事、アカツキの贈った指輪をしていたこと、地球(日本)の永住権を取ったこと(九十九は木星)、後任の人事をしていたこと、等々。
 これを知ったプロスペクターは、アカツキ会長を立ち直らせようと報告に向かった先、ネルガル会長室で、硬直した。

 詳しい描写は止めておこう。
 エリナの顔が赤く、衣服が彼女にしては乱れているし、アカツキの頬に、何かを拭ったような赤い跡が付いている。
 後は推測して欲しい。

「……また、後でおじゃまします」
 冷静沈着が売りのプロスペクターも、突発的な事態に弱いと言う事か。
 扉を閉めるとき、慌てたアカツキの声と、「それはどういう意味よ!」というエリナの声が聞こえてきたが、彼は既に自己新記録になるであろう速度で駆けだしていた。

 夕方。
 アカツキの趣味、実益をかねて作られたネルガルの地下バーでプロスペクターは飲んでいた。
「私はね、木星まで行ったんですよ。会長があの状態ではいつ、営業に支障が出るか分かりませんから」
 くだを巻いている。
 被害者はゴート。いつも通りのスーツ姿だが、極彩色のペイントの残る顔と、髪に挿された「遺伝子操作でもしたのか?」と疑いたくなるような巨大な鳥の羽が、客を遠ざけ、密談に適した空間を作りだしていた。
「無駄ではなかったのだろう」
 何かを悟ったような雰囲気と言葉のゴート。額にはどういう意味か、赤い点が書かれている。
「我が神は言っている。人生は戦いだと」

 火星はマーズと呼ばれる。それは戦いの神の名でもある。
 故に「戦神教」とも呼ばれるそれは、「不本意です」が口癖の司祭の所と、似たような教義があった。
 男と女の関係も戦いであるとも。

「戦っていない人に言われたくないですね」
 グサアッ!!!
 ゴート、この一言で撃沈される。
「……これからどうなるのでしょうかねぇ……」
 一社員としては心配だが、一個人としては、非常に楽しみでもあった。

 

 また、軍でも色々と、ピースランド攻防戦が問題になっていた。
「アオイ君、報告書に間違いはないのだね?」
「偽証は、罪になるよ」
「ハイ! 事実のみを報告させていただきました!」

 ピースランド攻防戦は、西欧方面軍と極東方面軍の共同作戦だった。しかし問題点が噴出したことも確かだった。
 報告会、いや実質的には査問だっただろうが、ムネタケが行方不明になったこともあってかジュンがその場に立っていた。ミスマル・コウイチロウ、グラシス=ファー=ハーテッド。軍のトップに立つ男達を前に、ジュンはかつてないほど緊張していた。

「では再度確認させてもらうが、城壁、いや城本体への攻撃はムネタケ准将の命令だったのだね?」
「はい。記録、西欧方面軍側のログにも残っていることを確認しました」
「諫めようとはしなかったのか?」
「聞き入れて貰えませんでした」
「では、次だ」
 その言葉と共に、空中に二つのウインドウが現れる。
 一つは同士討ちをする極東方面軍のエステバリス達の姿。
 もう一つは漆黒の存在、<黒い悪魔>が西欧方面軍のエステバリスを蹂躙している姿。
「君は、何を見た?」
「分かりません。現在判明している事実は破壊された機体にウイルスが感染したこと、機体間の連絡機能をそのウイルスが感染したことです」

「最後に。ユリカ……いや、ミスマル・ユリカ少尉がピースランド国王の救助に向かったとある」
「その際に<黒い悪魔>の存在を確認したとも。彼女は何か言ってはいなかったかね」
 その言葉に、ジュンは、意を決したように告げた。
「ミスマル少尉の証言によれば、自分の名を呼ばれた、と」

「つまり<黒い悪魔>はミスマル少尉、場合によってはミスマル中将と面識を持つ可能性があるのだね?」
「可能性の段階ですが」
「では、ミスマル少尉は今どこに?」
「南米です。目標がそこに向かったとの情報がありましたので」

 

 最後に。
 何処とも知れない森林の中。
「おーっほっほっほっほっほ、おおーっほっほっほっほ」
 狂気の叫びがこだましていた。
 木々に絡まるツタを頼り、腰ミノだけでジャングルを駆けめぐるキノコカットの男。床屋に行っていないのか、キノコの傘が少々大きくなっている。
「見つけたわ、見つけたわよ<黒い悪魔>! このアタシを侮辱した罪、今こそ償ってもらうわ!!」
 そして、どういう理屈か分からないが、スポットライトが当てられる!
「この、一ヶ月のジャングル生活で身につけた『黄金の肉体』で!」
 そこらを歩いていた虫を口に放り込みながらポージングをする。
「そして、20世紀から21世紀にかけて世界を震撼させたこの『中華兵器』によって!!」
 しかしそれは、ジャングルの木々に覆われて、見ることが出来なかった。

 世界を裏で操る小さな女王ラピス。
 流石に彼女も、「キノコが野生化する」とは知らなかったようだ。

 

あとがき

 決定、(サラ・マクドゥガル+カオラ・スゥ)÷2=ラピス!
 劇場版の性格と別物なんだから、さとやしはこう定義する。(最初はグゥにしようか迷っていたのだが)

 ヤマサキの位置づけ=コラード(シェリフスターズ)。だから今回生まれたのは地球外生命体の改造生物。
 この<灰>は、ライトとダークを適当に混ぜています。ヤマサキ登場はその最たる物?

 メインテーマとして、ナデシコのメンバーや木連の「あり得たかもしれない日常」を書いていきたいと思っていますので、そろそろアキト以外の人物を主役に据えてのエピソードを、と考えています。
 作中でのナデシコシリーズ改造までの帳尻あわせですが……こんなのを書こうとしてます。
 1.「ミナトさんと九十九の生活」……最近九十九の様子がおかしい? 気になったミナトさんの取った手は。
 2.「ヤマダ・ジロウ、コミケに立つ」木連が地球に復帰、コミケはゲキガン一色! ヤマダ・ジロウは運命(笑)の出会いをする!
 3.「ハーリーの、告白大作戦」ルリに憧れるハーリー、近所のお兄さんサブロウタ(既に劇場版)の入れ知恵で……。
 4.「ナオVSテツヤ」ミリアと(年甲斐なく清い)交際を続けるナオ。しかし、過去からの手は伸びていた。
 こんなトコですね。

 今回、アキト×エリナの人に刺されかねない事を書いてしまった……。
 これは<黒>の方で挽回……あ、暫く無理か。どうしよう。

 

 

 

代理人の感想

 

・・・ムゴイ。

いや、ヤマサキでなくアキトとアカツキが(笑)。

ハーリーが出てこない<灰>ではギャグ担当はこの二人に決まりですね!

 

さて、次回はムネタケ大暴れ(多分)。

・・・・・ひょっとして「巨大ロボット対巨大怪獣」って「中華兵器V.S.ス○イム」なの(笑)!?