機動戦艦ナデシコ<灰>
エピソード2−3/巨大怪獣ブラックサレナ!!
町中の、レストラン。
朝食時だけあって、ほとんど満席だった。
アキトはキノコのリゾット。
ラピスはキノコスパ。
ルリはマッシュルームのシチュー。
この街は今、キノコによって賑わっていた。
「きのこ?」
「はい。この辺りの人達が目撃しているらしいんですが、ターザンモドキがいたそうなんです」
随分懐かしい響きだ。
キノコといえば、アキトの頭の中には、「ガイを殺した悪党」「連合を盲信した男」「アホな最後」「有害」の四項目でリストされている。
「で、キノコフェアって、それが理由なの?」
「はい」
「ソイツがどうかしたの?」
「……この辺りで、食用ゴキブリが大量に盗難される事件があったんです」
信じられないが、国によってはそういう物を食べることも。
「グッ……」
「うぇ……」
アキトもラピスも、食事中にしないで、と顔色で答える。
「犯人を追跡中、発見したアジトにはキノコカットの男が、それを『痛快丸かじり』した挙げ句……」
気持ち悪いことをさらりとまあ……。
「……それで、どうなったの? 捕まえて、さらし者にしたとか」
「……分かりません。誰も、記憶がないんです」
「え?」
ラピスの、間の抜けた顔。意外と可愛らしい。
「何かを見た、と言う事は覚えているらしいんですが……」
「まるでイズミさんのダジャレだな……て、どうしたんだい、二人とも」
飯時で、注意力散漫だったのか……つい、口が滑る。
「アキト、イズミって誰!?」
「テンカワさん、この引き金は軽いですよ」
一片の、迷いもない声。
……アキトの一日は、始まったばかりだった。
アカツキは、悩んでいた。頭を抱えてもいた。挙げ句に床をゴロゴロとしていた。
原因はたった一つ。早朝のプロスペクターの報告。
『各務木星大使ですが、会長と結婚するつもりで、仕事を辞めるそうですよ』
『はい? …あの時、断られたと思ったんだけど……』
『仕事を投げるわけにはいかない、とおっしゃったそうですね。彼女は現在、辞任を前提に仕事の引継と残務処理に奔走しているそうですが』
どうやら、プロポーズは成功していたらしい。
しかし、フラレたと思ったアカツキは、取り返しの付かない行動を、つい『一昨日』してしまったばかりなのだ。
「うわあああああああああ、ぼくは、ぼくは、ぼくはああああああああ」
「往生際が悪いですね……」
「全くだ。仕方ない、我が神の教えを施せば、立ち直ることだろう……」
そう言ってゴートは、刺激臭のする物体と皿、それにマッチを持ってアカツキの目の前に座る。
「いいか、この匂いをよく嗅いで……」
ごぎゃ。
何となく鈍い音がした。
ゆっくりとゴートは、床と熱い包容、そしてキスをした。
「全く……なんてコトするのよ……」
エリナ登場。
その顔には、小悪魔とか、悪魔とか、そう言う言葉が似合わないほど邪悪で妖艶な笑みが浮かんでいた。
「んふふ……ナ・ガ・レ。ちょっといい?」
つい先日までは会長、せいぜいアカツキだったはず。
アカツキは、混乱し、虚ろになった顔で、エリナを見上げ、絶望的な一言を聞いた。
「この間、危険日だったから」
フリーズしたアカツキ・ナガレ。
この一週間後、再起動に成功する。
しかし翌日、各務木連大使が「最後の仕事」のために訪日するというニュースは、彼をさらに混乱の中に叩き落とした。
「祇園精舎の鐘の音……諸行無常の響きあり……」
その横でプロスペクターは、何となく言葉にしていた。
現場検証。
それは、「何か」が起こった場所を、再度検証することを言う。
「……これが、ブラックサレナの……」
足跡を見て、ルリの言った一言。アキトは、絶望的な表情だ。
「うわ〜何かネトネトしてるぅ〜? きっとブラックサレナってうにうに、べにょべにょしてるんだよ」
その擬音、意味は分からないが、言いたいことは伝わってくる。
アキトは、これを生みだしたであろうヤマサキに対して、当社比三倍の怒りを燃やしていた。
間違っても、その名前を定着させたラピスを怒ってはいけない。
一週間前、クリムゾンの会長の孫娘と結託して「大騒ぎ」を引き起こしたばかりなのだ。
やりたくはなかったが、ルリに頭を下げて「マシンチャイルドならでは」のもみ消し工作をしてもらったばかり。
今しばらくは、騒ぎはいやだ。
ちなみにラピスとアクアはいわゆる「ネッ友」。祖父のお小言を嫌って暇つぶしをしていたとき、偶然ラピスと知り合ったらしい。
苦労話に花が咲いたか、ロバート・クリムゾンとアキトは、良い茶飲み友達になっていた。
「……これ、何なんでしょうか」
と、聞かれてもアキトには牛の変死体としか分からない。
一時期南米に現れたチュパカプラは、吸血生物で、犠牲者の体から血がほぼ全て失われるのが特徴だった。
キャトルミューティレーションも、血や内臓、そして性器を奪われる物だった。
「……牛の死体。でも、解剖しないと、死因は分からないな……」
というか、自重を支えきれずに自分の体重で内臓を押しつぶしたか、その原因が作られたときに死んだかのどちらかだ。
なぜなら、その牛の死体からは、全身の「骨という骨」が無くなっていたからだ。
「ブラックサレナは、骨が主食、丸……と」
写真を撮りながら、可愛らしい丸文字でネットにアップしていくラピス。
アキトはもう、後悔の固まりだった。
「ブラックサレナ……すまない…俺は、俺はお前の名誉を守ってやれそうにない……不甲斐ない俺を……叱ってくれ……」
虚ろだった。
精一杯、虚ろだった。
ガラガラガラガラガラ……
「きょーっほっほっほっほっほっ……けーっけっけっけっけっけけ……」
誰もが「チュパカプラの再来」かと疑うような、教育に悪そうな雄叫びが聞こえてくる。
頑丈そうな荷台に車輪をくくりつけた、馬がひく物を古代は「戦車」と読んだ。
キノコマン、キノコターザン(意訳)と現地で呼ばれるそれは、戦車と呼ぶべきかどうか悩む物に乗っていた。
「何処よ何処よ何処よ何処!? <黒い悪魔>は何処にいるのよ!?」
ガラガラガラガラガラガラ……
土煙を上げ、戦車は走り続ける。
途中で何人か轢いた気もするし、銃で撃たれたような気もするが、彼は全く気にとめていなかった。
「クソッ!! ヤツは一体何物なんだ!」
「マーク、ジェームズがやられた! 救急車を呼んでくれ!」
銃と鉈で完全武装したレンジャー達が、負傷者を抱えたまま、無線に向かって叫んでいる。
「くっ……だがヤツは! ジェームズの作った地雷原に突っ込んだ! もう死ぬだけだ!!」
30分ほどして、アマゾンの大森林に「何を使った?」と聞きたくなるような「キノコ雲」が生まれた。
「なあ、ジェームズ。……何を使った?」
「アメリカ軍の友達に「いっちゃん強力なの」と頼んだら、アレをくれたんだ」
「…そうか」
何か危険なことになりそうだったから、そこで聞くのを止めることにした。
ぴーっぴーっぴーっぴーっ
笛を吹く音が聞こえる。それを発しているヤツは、工事現場の「アレ」を手に回していた。
「俺って……見せ物なのか?」
「見せ物です」
「見せ物じゃなかったの?」
アキトは愛機ブラックサレナの本体、最近塗り直したばかりのブラック・エステバリスに乗っていた。流石に、今更ピンクのエステバリスは嫌らしい。
そして、遠巻きに野次馬の群れ、足下に牛と豚と鶏が。
「……俺って、一体何者なんだ……」
強者の代名詞、逆行アキト。
「あの戦いをくり返したくなかった……」
それはそうだろう。反則技までして。
「誰も俺を知らない。会いたくても、会えない」
縁があるのか、よく道ばたで会っているがな。
「……嫁さんでももらって、田舎にでも行こうかな……」
波乱が起こるぞ、そのセリフ。
ごぽごぽごぽ……。
アキトが答えのない袋小路に入り込んでいる時、ご都合主義の代名詞とも言える現象が起こった。
沼に大量に気泡が現れたのだ。
で、何のヒネリもなく、全身に苔を生やし藻を巻き付けた、10メートルくらいはある巨大な、妙に手の長い猿のようなモノが現れた。
ヤマサキの命名法によれば、実験体13号まりりんちゃん、である。
「……何で本当に出る?」
それは言わないでもらいたい。
「ま、良いか」
ドガガガガガガガガガガガガガガガ………………
内蔵電池が切れる前にと、実弾を撃ち込む。大量の排夾と、硝煙の煙、そして「つまんねーぞ」という野次馬の怒声が。
くるっ。
ぴた。
誰もが、静かになる。
アキトの構えたライフルは、誰がどう見ても野次馬の群れの中にポイントされていた。
衝撃。一瞬の後、地面に倒れ込んだ事を自覚した。
「ぐあっ!」
目を向けたアキトは、全身の皮膚から弾丸をボロボロと落とす怪物の姿。
「嘘だろ……?」
エステバリス用の銃撃を受けながら、全く傷つかない皮膚組織。銃撃を受けても動きに問題を起こさない柔軟すぎる筋肉。
悲鳴を上げ、今更逃げ出す野次馬達。
「フィールドッ!」
ディストーションフィールドが、自分を組み敷いている怪物を引き剥がす。
「きゅごおぉぉぉっ!!」
高い音と、低い音の織り混ざった奇妙な叫び声。
「収束ッ!!」
フィールドをナックルに集中、殴りつける!!
それは腕の半ばまで怪物を貫き、引き抜いた時には、向こう側の景色が見えていた。
「……やったか?」
立ちつくすそれを見ながら、アキトは愕然とした。
「きゅあああああ!!」
水銀のような体液が流れ落ちたと思ったとき、見る間にそれは傷痕をふさいでしまった。
「化け物……」
今更言わなくても良いだろう?
観戦に徹しているかと思いきや、二人はキャリアに戻り、端末に向かい合っていた。
「ラピス、あなたはアレをどう分析しますか?」
「群体生物。対抗策は?」
「焼き尽くすくらいの物でしょうね」
「出来るか、そんなもん!!」
戦っている内に触手のようになった、体に巻き付いている腕を握りつぶしながらアキトは叫んだ。
「けどアキト、やらないと負けるよ?」
「こんな街のすぐ側、しかもジャングルの目の前で出来るか!?」
アキトが、こんな所で死にたくない、ヤマサキは見つけたら絶対コロスと自分に言い聞かせているとき、バッテリーのアラームが鳴り響き、同時に「それ」が現れた。
もはや説明の必要がないほど有名な中華兵器……「先行者」。
それを荷台を繋げてひかせる戦車、名付けて「先行戦車」!!
見る物を金縛りにさせるそれは、恐るべき速度でアマゾンの大森林をかけていった。
「くきゃーきゃっきゃっきゃっきゃっきゃーっ」
恐ろしい笑い声と共に。
「ブラックエステバリス、捕食されました」
……喰われた。
アキトの意識が飛んだ瞬間、怪物はエステバリスに食い付き、そのまま飲み込んでしまったのだ。
「いいざまね<黒い悪魔>! このアタシ、ムネタケ・サダアキがアンタの首をもらうわ!」
そこでいきなり高笑いをするムネタケと、エネルギーチャージを始める先行者。
ルリはラピスの目をその手でふさぎながら「アキトさん、ご苦労様です」と呟いていた。
「キャノン、発射!!」
ムネタケの叫びと共に、ムネタケの存在並みに、子供に見せたくない攻撃が放たれた。
エステバリスの銃撃をものともしない怪物は、先行者の必殺兵器を喰らっても何ら痛痒を見せず、その足でプチ、とムネタケごと踏みつぶした。
「あ、アタシは……このくらいじゃ、死なないわ……」
その意味が分かったわけでもなかろうが、怪物は、むんずとその手でムネタケを掴むと、先行戦車ごと、はるか遠くへ、投げ捨てた。
「あ〜いしゃ〜〜るりぃった〜〜ん!!」
して欲しくない。
「あーもう、どうでもいいや。ディストーションフィールド、全開」
何となく老けたような顔のアキトが、フィールドを張ると、呆気ないほど簡単に弾け飛んだ。
「……任務、成功……」
そう言うアキトは、精神的にもう、いっぱいいっぱいだった。
キャリアに積んでいた消毒用のアルコールを全身に浴びた後、軽く焼夷弾で全身をくまなく灼き、アキトはようやくエステバリスから降りることが出来た。
「あー、割に合わない仕事だった……」
肩をグルグルと回しながら降りてくる。
で、どういう理屈か、運命のイタズラ、それとも遺跡が望んだことなのか、降りたとき、目の前にはユリカがいた。
この後、アキトの記憶はない。
何をしたのかも。
アキトが逃げ出した後、三日遅れて、ユリカと一緒に帰国したルリとラピス。その目は果てしなく冷たかったという。
そして、アキト達が立ち去った後、それは起きた。
怪獣映画の定番とも言える現象が。
沼の奥底からの、幾つもの、水泡が吹き上がった。
あとがき
ムネタケ見参!
ムネタケが、ウイルス型成熟期、デビルムネタケに暗黒進化しました。
オプションも、かなり気に入って書きました。……使う人が多いのでつい。
アキト、ついにユリカと再会。
記憶のない間に何をしたかは後に引くので、黙秘します。
今度は<黒>に集中するので、しばらくは凍結かな?
代理人の感想
中華キャノンを受けて微動だにしないとは・・・強いぞまりりんちゃん!
その割にはあっさり終ったけど(笑)。
まあ「アレが最後のブラックサレナとは思えない」ですし、再登場に期待しましょう(笑)
ムネ茸とオプションは・・・・まあ、何も言わないでも再登場しそうですから置いといて。
次回ですが、思いっきり引いてますね(笑)。
しかも今度は「<黒>に集中する」とか言ってるし・・・・これじゃ生殺しですがな(^^;