機動戦艦ナデシコ<灰>
エピソード9−1/ひとまず終わる戦い、前編。
きゅごぉぉぉん……
きゅごぉぉぉん……
常識の向こう側の存在が雄叫びを上げている。
北の某国が海洋に不法投棄した「あとみっくぼむ」を拾い食いして巨大化したブラックサレナ……ヤマザキ製改造宇宙怪獣、十二支の四番目「卯」の姿を与えられた脅威の巨大生物「うさぎのミミちゃん」が、その可愛らしい姿に似合わない行動をしていた。
かりかりかりかりかりかりかりかり。
真っ赤なおめめで、かりかり推進剤ごと核弾頭を食べている。
だが……なぜだ!!
怪獣映画のお約束とはいえ、何故にこうも脆いんだ軍隊?! 折角の危険な兵器撃ち放題と言う羨ましい状況で、何で全滅なんてしているんだ!!
そこからおよそ200キロ、キャンプを作っていたのはネルガルの精鋭たち。
それをオモイカネのサポートを受けながら説明するアカツキだったが……
「てな、わけで……僕たちに……くく……お鉢が回ってきたんだ……けど……くっ…くくくくく……」
「健康に悪い……我慢しないで笑ってくれ……」」
そうアキトが卑屈そうに言うと、遠慮するアカツキではなかった。
「あはははははははははははははははははははは!!!!!!!!!」
肺の中身を全て吐き出すかのような、哄笑と呼ぶべき大笑い。
やがて苦しくなってきたのか膝を折り、苦しそうに腹を抱え、やがて酸欠と笑いすぎで苦しくなったのか、顔色が青くなっていく。
つかつかと歩く北斗。
げいん。
くる〜りと回転するアカツキ。
「いた、いたた……はは。ははははは……」
だが、まだ笑っている。
どうやらツボに入りすぎたらしい。北斗に蹴られてもまだ笑っている。
……そう、元に戻った途端……枝織が……
「えーっ、もう一回やろうよー」
と言いながら、また壊したのである。
しかも予備の奴を。
結果、最初に壊したものが直るまでの後四日(三日目だったので)再び入れ替わる事になってしまったのだ。
「いやー、人生楽しそうで良いじゃないかテンカワ君……いやアキト……アキコちゃん」
「確かにな……笑いたくば笑えといったが……そこまで笑われるとムカツクんだよ!! ……あれ?」
怒り心頭のアキト(上記のように、まだ北斗の体)だったが、いきなりフラリとし、腹痛でもするのか、お腹に手を当てる。
何処となく顔色も悪く、これから作戦行動を取る身としては心もとない。
「……テンカワ君、真面目な話…調子が悪いんだったら言ってくれ。ネルガルとしても連合に武器が売れるから、こういったのは彼らにやらせたいからね」
言われたアキトは……なにやら奇妙な痛みらしい、先ほどから顔をしかめたままだ。
説明しづらい……そうも見える。
すると、助け舟を出したのは北斗だった。元々その体の持ち主であるから、体調不良の原因が察知できたのかもしれない。
「……アキト。もしかと思うが……」
「俺に分かる訳ないだろ…」
頭を抱える北斗。
本人は自分が男であるという意識はあるものの、実際に体は女である。故に……まあ、色々と思うところがあるわけだ。
取り敢えずキャンプに張られたテントの中にアキトを連れ込む。
なにやら、甲高い叫び声が聞こえてくる。
事情を知っているのがアカツキだけなので、他に来ている整備士や通信係の人間……彼らは、ヤローが女の子をテントに連れ込んで何やらしているんだと、邪推をしていた。
邪推の内容は千差万別で、純粋に彼女の身を案じるものから、十八禁を想像する不届き者まで数多かった。
そして、アカツキのコミュニケにメッセージが届けられた。
その内容は、アカツキをしても顔を赤らめるものであり、非常に嫌なものだった。
『さっき笑った件で九割殺しにされたくなければアカツキ、お前の足で<ナプキン>買って来い。――北斗』
『追伸。後で店内の監視カメラとか確かめるから、他の奴に買いに行かせるな。――アキト』
周囲を見、誰もいないことを確かめて、自分で自分を指差した。
「……僕?」
恋人に捨てられた男でも……ここまで絶望に染まった顔はしないだろう。
そんな顔をアカツキは、北の大地に見せていた。
「コンビニとかスーパーに……僕が……?」
焦土と化した大地。
焦げた匂いや……蠢くもの、呻き声をあげるもの……
その中で唯一立つ者があった……。
名を王蛇、人であった時の名を月臣元一朗という……。
じゃなくて!
「なんて事をしてくれたのよアンタらはぁぁぁ!!!」
立つのは舞歌、ただ一人!!
蠢くのは暴れまくったアホ五人!!
少し離れたところに、手に入れた力に振り回され、倒れたジュンの姿。
墜落した舞歌の趣味の結晶……エンタープライズ号、その残骸の燻る大地に彼らはいた。
ただでさえ焦土であった大地…それがより一層……荒れ果てていた。
そこに、青筋を立てたオッサンが一人肩をいからせながらやってくる。
何故か、完全武装したエステバリス一個小隊を引き連れて。
「一体……ここになんの用だね? 物凄い落し物をしてくれた人達」
「あ、あははははははは……いえその危険思想の裏切り者と戦ってたら……艦内で大技使うバカがいて、航路コンピュータが吹っ飛んで、気がついたらここに不時着して……」
「これは不時着ではなく、空中爆発というんだ! ……それより何より、なんであんたら生きてるんだ?」
「それは、日頃の行いが良かったからとしか……」
まあ、実際は艦内のいたるところをディストーションフィールドでブロック構造にしていたからなのだが……それが無ければ「日頃の行い」……ンな物に頼っていたら確実に死んでいた。……普段の行いが、行いだけに。
「それで…ここ、何処なんです? 日本上空からかなり流されて来たと言うのは分かるんですけど……」
オッサンはただ「あああああぁぁぁぁ……」と、物凄く疲れた顔でうなだれる。
どうやら眼前の女性、つまり舞歌が普通の人間では煙に撒かれるだけの……一筋縄ではいかない、自分の上司の同類だと気づいたかららしい。
「ここは西欧方面軍の最終防衛ラインのキャンプ……貴方達が落ちてくるまでの話ですけど」
「え?」
「怪我人はつい最近奇跡がおきて、居なくなっていたから良かったようなものの……シュン隊長が戻ってきたとき、俺に何するか分かったもんじゃないんですよ! ええ、あの人は難癖つけて人をからかうのが生きがいの、最低最悪の人間……な、ん……あ、あはははは……」
「なーあカズシ、ちょいと聞きたいんだが…なんでキャンプがなくなってるんだ? 何で宇宙船が墜落してるんだ? 何で美人のお嬢さんとお前が話してるんだ? ……それにしてもお前が俺をそう思っているとは……意外な本音が聞けて嬉しいよ、俺は」
何処となく「おいおい、顔の影濃いよ」と言いたくなるシュンの顔……カズシの胃に穴があいたであろうプレッシャー……そんなものを撒き散らした後、相好を崩して舞歌の顔を見る。
「……君がこの宇宙船の責任者かい」
「はい。連合軍・統合軍による共同平和維持戦線の東舞歌です」
ほう…と息が漏れる。そして「なるほど」とも。
「それで…このキャンプを破壊した事で、あいつ等と戦うことが難しくなった……どうしてくれる?」
「まあ、こっちの格納庫に使えそうなのが多分あるから……それ使う?」
取りあえず舞歌のほうが上役であるのだが、この雰囲気では階級など役に立つものではない。
……変な物を持ち出そうとする舞歌の目を見て、なにやら感じるものがあったのか……シュンはカズシに視線を移すのだった。
「人の子よ……我が下に集いなさい……運命を弄ぶ悪魔から逃れ、新たなる理想郷を築くのです……」
恐るべきことだった。
そこに居たのは……民衆を引き連れていたのは「聖者」とまで呼ばれるようになった北辰……それが、ついに出会ってしまったのだ!!
「終末の日は近い!! 人よ、武器を取り戦うのだぁ!」
邪神の徒。
前衛芸術で作り上げた、スマートかつファニー、ユニセクシャルかつプリティー。ゴス系ファッション(しかも小悪魔系)をピンクハウス的にカスタマイズした服。
それを着た……ゴート・ホーリ率いる一団と……出会ってしまったのだ!!
かつてない敵……それに蹂躙され、逃げ惑う西欧の人間達は、二つの道を選んだ。
一つは、新たなる安住の地を求め、旅立ったもの。
一つは、ならば……とばかりに武器を持ち、立ち上がったもの。
そして、どちらの道も選ばなかった者は……語るべくも無い…。
「貴様……何者だ」
「我こそが神の使者、神に殉じる戦士、我らこそがこの地に降り立ちし天使の末裔なり!!」
数にしておよそ10万対12万!! ……なんで集まったんだろう、こんなに。
……だが、逃げ延びようとする者達を引き連れる北辰側と違い、武装した狂人軍団……それがゴート・エンジェルズ!!
ただ一人、北辰のみが皆を制したまま、前へと歩き始める。
それに対し、正体不明の赤黒い物……もしかしたら肉片……をこびりつかせたモーニングスター、それを持つゴートがただ一人前へと歩き始める。
「我、盾となり剣となり汝を倒そう……」
「神にこの戦いをささげる……」
そう宣誓し、二大怪人はついに激突した!!
ゴウンゴウンゴウンゴウン……
大地を揺らすかのような激しい轟音を上げるモーニングスター……まるでターンエーガンダムのように振り回すゴート……彼は血に飢えた獰猛な笑みを浮かべ、嬉々として戦う……そう、究極の平和主義者フィリオネル王子のように!
ドシュゥゥゥゥゥ……
激しい音と共に投げつけられたモーニングスター…そのトゲだらけの回転する物体を、北辰は両の手で挟み込むように突進を止めた!
「っくっく…」
ゾクリと、背中を這い上がるものがあった。
北辰は手を離し、一瞬にして離れると……モーニングスターは内蔵プロペラント(推進剤)を吹き上げ、更なる超回転を……違う!! 突然爆発した!!
指先から血を流し、後退する北辰……だがゴートはモーニングスターを捨てると悪魔もかくやたる笑みを浮かべる。
「かわしたか。……ならば、これはどうだ?」
ビィィィン……
激しく赤熱し、メガ粒子を吹き上げるビームサーベル!!
紙一重で避けた北辰の体に、直線の火傷が現れる……。
「くっくっくっくっく……貴様の死を持って勝利を、我が神にささげてくれるわ……」
「外道が……」
まあ確かにゴートの戦い方は外道以外の何者でもないのだが、記憶を無くしているとはいえ北辰に言われたくは無いものであろう。
「北辰さんを連れに来たのですが……何故ゴートさんまでここに居られるのでしょうか」
そんな呟きを、何故か二キロ以上離れた場所からシディが見ていた。
だがシディは望遠鏡に準ずるような物は持っていない。カメラやモニタも。
「まずは、会ってみるのが先決ですね」
なのに、それを見ていた。
レンズのように凝縮した空気……それが映し出す光景を見て。
そして唐突に消えた。もう空気のレンズも残っていなかった。
地面に小さな足跡が残っていなければ、もうそこに居た事を残す痕跡は無かった……。
ネルガル会長室。
「ふぬーっ」
「ぬーふー」
その真下数十メートルにある、プロスペクターの作ったバー(アルコールは就業時間外のみ)……そこに彼はいた。
「マスター……バーボンを」
「…プロスペクターさん、まだ三時半ですから、アルコールは駄目ですよ」
「お願いします……男には、飲まなければならない時があるのですから……」
折れたのか、マスターがバーボンを開ける……。
「こいつは私のおごりです……」
「すみませんね……」
しばし時が流れる。
無言になる二人の間に、クラシックジャズが流れていく空間が心地よい。
プロスペクターは考える。
ここ最近溜まっている有給をゴートが「まとめて使う」と言った時、何故か感じた不安感。
アカツキが「北の某国」での現地との物資供給を円滑にする為、会長本人が出向くといった時のあの笑顔。
仕事を依頼した時に聞いた、アキトのいつもと感じの違う声(ボイスチェンジャー経由)。
いつも騒がしい街を、今日はご老人がゆっくりと犬の散歩をしていた事(いつもは黒づくめの集団が、三日と間を開けずに暴れている)。
「何か……漠然とした不安があるんです……それに……」
アカツキに付いていくと言い張り、実力行使に出ようとしたエリナと千沙……その二人を閉じ込めている会長室……そこから感じるプレッシャーと瘴気……。
「くぅ……い、胃が……痛い……」
「ぷ、プロスペクターさん、ちょっと、プロスペクターさん?!」
ピーポー…ピーポー…ピーポー…ピーポー…
「やあ、久しぶりだねプロスペクター君」
「ええ、ミスマル中将……」
真っ白い部屋とシーツを見て……天井を見て……二人は同時に考えた。
「何故、世の中はこんなに厳しいんでしょうか」
「うう、ユリカ……」
「ご息女がどうかされたんですか?」
「悪い男に誑かされて……」
「そうですか。私も……先代に任されたご子息がチャランポランに育ってしまって……何処で教育を間違えたのでしょうか……」
ドゴン!!
横開きのドアが、一直線に反対側の壁に飛んで砕け散り、ドアのあった場所には一本の足が生えている。
二人が胡散臭そうにその足を見ると、次に見覚えのある頭――忘れられようはずのない特徴的な髪型――が現れる。
「「ムネタケ!! ……父親のほう」」
「……ミスマル提督、副官の顔ぐらい…見てすぐ判るようにしてください……」
「あ、ああ……」
そう陰鬱そうに入ってくるのはムネタケパパ、松葉杖をついてはいるが、ギプスは無いので打撲くらいだろう。それ以上に驚きなのは、瓦礫の中から発見されたというのに、せいぜいがかすり傷と言うところ。もっとも、あのムネタケ・サダアキの生みの親という事を差し引けば……むしろ貧弱に感じる。
「それで、何をしにきたのだ……?」
「先日、サダアキにあったときに言われた言葉……それがどうにも引っかかって……で、調べたらこれが……」
それは、現地の新聞の翻訳版、そのハードコピー……病院内でコンピューターのような物は使用禁止だから。
書かれているのは、巨大怪獣ブラックサレナのこと……の下、村が一つ消えたという記事。
そして、そこに併せて掲載されていた、一枚の写真。
「これがどうかしたのか?」
「現地の軍によって検閲された物ではない、オリジナルの原稿・草案を見てくれ」
白い戦艦。
そこから撒き散らされる何か。
そして、たった一機でそれと戦っている……一体の機動兵器。その姿は宝石に覆われた蒼い鎧、それを身に纏った騎士。そう……蒼き騎士。
だが、二枚目の写真は空から落ちてきた人間をキャッチしているところで、対比からすればエステバリスより一回り大きい、7メートルというところか。だが三枚目、その人間をかばった為か、集中砲火を浴びているように見える。
…ついでに言えばその人間、何となくキノコカットに見える。
イン・ヤマサキラボ。
徹夜三日目、レポートを書き終えたことも合わせて、とんでもなくハイになっている。
インターホンを繋いで、好き勝手言い始める。
「さぁてっと、こっちらヤマサキ大先生♪ 格納庫の中にあるMDSを動かす準備を始めるよーに。それと目的地には北辰さんが居るらしいんで、こないだパイロットを何人か廃人にした……そうそう、それ持ってくようにねぇ〜♪」
ヤマサキという男……常人ではないので、気にすることは禁物である。
あとがき
やっまっさっきぃ〜フェスティバル!
……昔、木曜の21時からやっていたとんねるずの番組の、1コーナー風に読んでください。
木連というのは、昔の日本のように国民を総動員して戦っていた……ように見受けられます。
けれどここに居るのは草壁の遺志をついで戦っているバカ軍団なので、実は人員不足。
それを補う兵器の開発に成功して、ハイになってます。
代理人の感想
仲良きことは美しきかな。
上司と部下の信頼関係と言うのは大切ですねぇ、ホント(笑)。
・・・しかし、今度は何を繰り出してくれるのやら。