機動戦艦ナデシコ<灰>

エピソード11−3/恐るべきもの。

 夕日が美しかった。
 空が、大地が、真っ赤に染まり、世界を一色に変えていく。
「綺麗だ……」
 そう呟く男がいた。男……そう、彼はある女性を捜し求めて旅をしていた。だが別に、ここは第一のパプワ島ではないし、彼の名前もリキッドではない。そう…彼の名はアオイ・ジュン。人生と愛の二者択一に、愛と答えた愛の戦士レインボー……失礼。彼こそ愛の戦士である。
 ただ、使用者の精神に反応して力を生み出す筈のアマダムが彼をン・ダグバ・ゼバにしたのかは……一級の不安材料である。第一、空の赤さを、もしかしたら血の色のように感じているのかもしれないのだから。
 彼はその右手を自身の腹部に当て、ひとりごちる。
「僕は力を手に入れた……だが、それで本当に良かったのか…? もっと、もっと大切なものがあったんじゃないのか…?」
 そう言いながら、戦いの喜びに身を焦がしていたときのことを思い返す。
 ……するとどうしたことだろうか、シリアスだったジュンの顔が、ヤバそうに変化しだしたではないか。たぶん脳内麻薬…いわゆるドーパミンが耳から垂れそうなほど分泌されているのだろう。冗談には違いないのだが、それを納得させるだけの怪しさが、今の彼からは存分に発揮されている。
「そうだ…そんなことはもう、どうでもいい……僕は力を手に入れたんだ、そう、力だ……力を手に入れたんだ!! この力……この力さえあれば!!」
 ……一人前のテロリストとは、今のジュンのようなものを言うのだろうか。
 目は血走り、鼻息は荒く、顔は紅潮し、全身が瘧のように震えている。
 病院よりも、保健所の要請が欲しくなるような様態である。

 ……とまあ、こんな怪しげな彼を見る周囲の人たちはもういない。
 ずいぶん前に避難しているのだから。
 そう……既にジュンからは、瘴気のようなものが垂れ流しになっているのだ。
 可哀想なのは、周辺住民である……だが、このようなときこそ救い主が、常識を全て打ち砕きながら表れるものだ……そう、見るのだ!! 遠くから聞こえてくる、あの爆音の主を!!
 ブルゥォォォォォンンン!!!!!
 ギャリィィィィィィィ!!!

 クワガタに似たシルエットを持つ、メダロット……ではなく一台の大型バイク。
 それは黄金のラインの美しい、ひどく趣味的なデザインをしていた。だが、その上に乗っているのはどちらかというと小さい……対比物以前の小ささのヒーローだった。
 そう、何の罪もない一般市民を、正気を失った怪しげなジュンから守るため――本来は遭難したヤマダ達の救助のためだったはずだが――ハーリーが現れた!! しかも、格段にパワーアップした「黒くなった…」のアメイジングマイティの姿だ!!
 するとハーリー、野生の勘でジュンを悪と決め付け一気に突撃を敢行した!!
 ……ちなみにカタパルト発射などされた挙句、そろそろ半日――サセボ−日本国内某所を移動しているので――経ち、正気を失っているのだ。

 まてぃ!
 つまりこれからここで起こるのは
「正気を失ったジュン(ン・ダグバ・ゼバ)」VS「正気を失ったハーリー(アメイジングマイティ)」の戦いか……?! この町に住む人たちには、犬に噛まれた…いやゴジラに踏まれたとでも思ってもらうべきか……?

 だが、付近住民のことなどなんのその、一瞬で変身したジュンは叫ぶ!!
「死ねぇ、クウガ!!」
 ハーリーも叫ぶ!
「…第0号!」
 ドゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォォォォ!!!!
 国道が一つ、使えなくなるほど凶悪な爆発が起こった。
 超高速で走行していたライジング・ビートゴウラム…しかし変身したジュン……ン・ダグバ・ゼバの一撃で吹き飛ばされた!!
 弾き飛ばされゴウラムから、同じく回転しながら弾き飛ばされるハーリー。そしてン・ダグバ・ゼバと対峙するアメイジングマイティ……互いに相手の正体を知らず、理由は分からないが何となく戦いたくなった二人……ジュンとハーリー。その足元にはズ・ゴウマ・グ(未確認生命体第三号)の死体が転がっているが、それは今は関係ない。多分と言うか、必然と言うか、第0号の本能……とだけ言っておく。…いや、足元の物体のことを考えれば…第0号の分だけではなくかなりのグロンギ・アマダムが流通している可能性も…。
 だが、一寸先さえ見えなくなるほど巻き上げられた粉塵が落ち着くよりも早く、何かが激突する音と、おそらくは道端の塀が破壊された音があたりに響き渡った。
 この事態…先ほども言ったが、よくよく考えてみればヤマダを救出する為の移動途中で、ユリカを探して東奔西走するジュンにハーリーが「モンガロン轢き逃げアタック」を敢行したのが最初の原因かもしれない。
 ジュンは言う。あの男のセリフだが、今の彼には非常に似合っていた。
「もっと僕を笑顔にさせてよ」
 と。
 瞬間、アメイジングマイティの体が燃え始めた!!
 転がり、炎を消そうとするハーリー……だが、今の彼はアルティメットでは無い、その炎に耐え切れず……おや?
 何故かハーリー、すっくと立ち上がった。
 仮面に隠れて顔が見えないが、雰囲気からすると、きっと目が据わっていることだろう。
 燃えているのにそれに構わず、陸上選手のようなクラウチングスタイルを取るハーリー……それを怪訝に思ったか動きを止めたジュンに……ドゴン!!
 大地を吹き飛ばしながら迫る悟空砲…いや、ハーリーダッシュ改・ハーリー砲!!
「ぐふがぁぁぁ!!!」
「今だ!」
 そして必殺のキック体勢に入るハーリー……だが、腰を落とした瞬間に再び炎に包まれた!!


 それを見たとき、アキトは言った。いつものように開いたコミュニケの向こう側にはイネスが居て、笑いたいのを我慢したい顔をしている。
 だからこそ、言わずにいられなかったのだ。
「ここは"北斗の精神世界の具象化"…なんですよね」
「そうよ」
かつ”枝織ちゃんの精神世界の具象化”でもあると」
「そう。共通部分……というのが一番近いかしら?」
「…で、この俺の今の格好はこの世界に溶け込む為の偽装……これも間違いありませんね」
「ええ。この場において、最も機能的な衣装よ。…よく似合ってるわ」
 堪えきれなかったのか、イネスは笑い始めた。
 そしてアキトは、背けたい現実から逃げるのを止めた。
 カボチャパンツのようなズボン、白タイツ、青と白の縦じまのシャツ、羽根付き帽子、腰に刺さったレイピア。……トドメの、純白の白馬。
 これぞまさに王子様ルック(お伽噺版)!!
「……重ねて聞きますが、これが本当に北斗の内面の世界に潜り込む為の衣装なんですね」
「そうみたいね。……シディだったかしら? あの子の置いていった資料によると、枝織ちゃんの生まれた土壌は…小さい頃北斗君がお母さんに聞かされていた絵本に起因するらしいわ。せめてもの『女の子らしく…』そう言う思いかしら? 枝織ちゃんの精神が幼いのは、これが基本になっているのかもしれないわね…」
 お伽噺から抜け出てきた少女……確かに、普段の枝織にはそういう側面が強く感じ取れる。
 しかし、その土壌がこれ……か?
「後、ヤマサキ・ラボラトリの資料ね……本当にあの子、どうやってこれを持って来たのかしら……これによると枝織ちゃんの人格形成時期に、毎晩北辰と言う人が添い寝をしながら”メルヒェンな童話”を聞かせて……あら、アキト君どうしたの?」
 ……死にかけていた。枝織が北辰やヤマサキに懐いていた……という発言は、何かで聞いたことがあったようにおもう。だがアキトにとって、狂人トップ5に入るあの二人が、童話を女の子に聞かせる姿……想像するだけで、死にたくなった。
 何とか、立ち直ると……。
「それでね、彼女の人格を安定させる為に、北斗君を完全に女性であると認識させるか、自分は自分だと性は関係ないと認識させるか……そのどちらかにするの。いいわね?」
「難しいけど何とか…」
「じゃあ、作戦開始よ!」
 威勢良く言ったイネス。
 だがアキトは馬に乗るなど初めての経験だった。
 早駆けで早速探しに行きたいところだったが、いかにも速そうな白馬はかっぽかっぽと歩くだけだった。
 ただ、遠くで亀を虐めている漁師風の子供達の姿が和洋折衷なのがどうにも気になったが。
 どげし。
 ずどん。

 重くて鈍い音が響き渡る。
 ルリもラピスも自分の二倍以上ある巨大な『100t』などと書かれたハンマーをどこからともなく持ち出して殴っている。
「のろまな亀だ、虐めちゃえ」
「不死身だから、殺しても死なないんです。実験してみましょう」
 ラピスとルリがハーリー亀を虐めていた。
 しかも前述のような『鈍い器』と書くブツを持って。
「これこれ子供達、亀を虐めるのはおやめなさい」
 とするとこれは浦島太郎か。
 アカツキが腰にミノを巻いたまま……? そう言えば、日本には腰にミノを巻く漁師なんていなかったはずでは……?
 それはさておき、浦島ナガレがいぢめっこを止めに入った。
「代わりに何か頂戴」
 これは物語の中にあるセリフのはずなのだが、中学生のルリが上目遣いにした辺り、かなりキク
 アカツキは血走った目をしながら『正気になれ自分!』と自分の顔を何度も殴っている。……落ち着いたのか、今度は子供達に向き直り、歯を光らせた。
「お金で解決して良いかな?」
 いきなり、時代設定を無視して小切手を取り出すアカツキ……だがいきなりラピスがハーリー亀の甲羅にマジックで『いっせんまんえん』と書き込んだ。凄まじいまでの意思表示だ。
 とりあえず小切手の額面に目を走らせ…。
「…まぁいいか。商談成立ね」
 そう言いながらハーリーを蹴飛ばして豪遊計画を立てながら立ち去る二人を目に…アカツキはただただ顔に縦線を入れるだけだった。
 すると今度はハーリーにのってアカツキが海の上に漕ぎ出す。
 ……キャバレーと言う単語が頭を掠めるほどに趣味の悪い建物が見えてくる。
 その上に鯛やヒラメのホウメイガールズがいて、何故か乙姫が二人いる。
 それを見た途端アカツキが逃げ出そうともがくが、何時の間にかアカツキの首に鎖が巻かれていて…彼は曳航されて行った。

「…アカツキ、お前はここでもこういう不幸なのか……」
 アキトの顔には、いつも通りの同情心が張り付いていた。
「けどまあ、これでこの世界がどんなかわかった……あれ?」
 何とか精神を立て直そうとしているアキトの目の前で……女装した北辰が毒リンゴを持ちながらスキップしていった。
 後にはただ、痙攣している物体がそこにあるだけだった。


 偽ブラッディオーガストの死骸を前に、彼らは汗だくになって座り込んでいた。
「……なんて、強ぇ…化け物なんだ…」
 戦いながら部屋の中を物色していた彼らの手中には逆刃刀やドラゴンころし、エクスカリバーやグラナブレードが握られていて、部屋の床には壊れた斬鉄剣やエクスカリバー、はてはマナの剣が転がっている。
 風神剣と雷神剣までもがそこらに突き刺さっているが、誰も鬼になった形跡が無いのは流石という他には無い。

 これだけの武器を使いこなし、ただの人間……であるかは疑わしいが一応、生物学的には、通常の人類である彼らが偽者とはいえブラッディオーガストを倒した事は賞賛に値する。
「でもさ、ヤマダ君…ここにある武器、どれも凄い物だよ? どれを持っていけば良いのかな」
「そうだなガイ…一応とはいえお前がリーダーなのだから選んでくれ」
「そうは言われてもなぁ…」
 これだけの武器を手にしても、まだまだこれ以上の代物が部屋の中には山積みになっている。
 三人は気づいていないが、この部屋の入り口には『この門をくぐる者、汝一切の望みを捨てよ』等と、趣味に走った注意事項が書かれているが、それはさておき武器以外にもかなりの物がある。
 たとえば「YAT」と書かれたスパナなどは……!!
 それを見た瞬間、ヤマダは雷に打たれたかのように硬直し、ややしてフラフラと歩き出し、両手で壊れ物を持つかのように手にとった。
 赤い武道着…胸には武神流と書かれている。
「それはなんだ?」
「ヤマダ君、どうしたの?」
 二人の声も今のヤマダの耳には入らないようで、彼はフルフルと震えながら、非常に危険な台詞を吐き出した。
「何でこいつがここに……これはオレがメトロシティで市長のオヤジと組んで暴れてた頃のじゃねーか……」
 ……「謎は全て解けた!!」「じっちゃんの名にかけて!!」……ではないが、どうやらこの男、ガイという名に並々ならぬ執着を持っている様子、「ガイ」になるため、武神流を修めメトロシティで戦っていたという。
 では、ナイフ男とも知り合いなのだろうか。しかしそれは今語るべきものではないので割愛する。
 とにかく、部屋の片隅に十手や鎧の兜だけが転がっているのも気のせいにしておこう。
「…とにかくヤマダ君のことは置いといて…これ、何だろうね?」
「…ガーディアン因子がなければ死にそうな銃だな……」
 そう言いながら、ヒカルが持ち上げた銃を見る万葉。
 三体合体させれば、月に大穴を開けれそうな代物である。
 それだったら、と万葉が別の銃を持ち出す。しかしヒカルは一瞥しただけで。
「それ、手に焼印を押さなくちゃ撃てないんだよ」
 と切って捨てた。
「それはイヤだな…」
 それぞれグリップに「IX」「十二」と書かれた、奇銃とでも呼ぶべき代物で、近くには粉の入ったビンが並んでいるが、これもまた気のせいにしておこう。
 部屋の中を、もの欲しそうに探す三人が目当てのものを見つけるまでに、いったいどれほどの時間がかかるのだろうか……。
「あれ…?」
「どうした、ヒカル」
「これ、イミディエットナイフじゃない?」
「そういわれれば…そうかもしれんが…」
 二人の目の前には刃先が砕けた、一本の巨大な剣の、柄だけがあった。いや、少し離れた場所には、エステバリスのそれより一回りほど大きな、間違いなく人型機動兵器の右腕も置かれている。柄にはコントロールするためのターミナルのようなものがあり、その位置はこの右腕とセットである事を教えてくれた。
 なのに、非常に古い印象を抱かせる。
 目をスタンドの横に向けると、解説文の書かれたプレートがあった。
『二万年前の地層から発掘。形状は剣・右腕に酷似。儀礼用と思われるが、エステバリス用の武器と同種のシステムを搭載している事を確認』
「……二万年?」
「タイムスリップ? まるでSFだな」
 ちなみにこの世界ではボソンジャンプは存在していても、空間移動としか考えられていない。クロッカスの件も、クリスマスのサセボの事件もおきていないので、アキトがイネスやアカツキに「既に過去となった未来」の事を伝えるときに教えただけだ。
「じゃあ……めぼしいものを何個か持って帰ろっか?」
 そう言って、アレクラストの冒険者よろしく、荒らしまくる三人だった。
 しかし、三人の誰もが気づいていなかった。
 ここに置いてあったイミディエットナイフと思しき物、その刃の表面に「ONLY SYSTEM―EX」と書かれている事に……。



 ニッコーエド村(この時代「佐世保」なら「サセボ」のように、カタカナ表記になっているようなので)のような場所だった。
 確かに江戸時代の町をイメージして作られているようだが、所々時代検証がおかしい。何しろ町並みには電柱があったり、土釜にガススイッチがついているのだ。
「……おいおい」
 引きつった顔と、流れ出る汗を何とかしようとし、とりあえず汗だけでも……とハンカチを取ろうとしたらポケットが無かった。それどころか何時の間にか着流しに刀という、いかにも「用心棒でござい」的な格好をしていた。
 街中を歩いていると、魚の篭を天秤のように担いでいるのが角のスーパーの店員だったり、堀の近くの屋台の蕎麦屋の主がサイゾウだったりと、見知った顔が随所にある。
 ザザザザザ!!
 するとどうした事だろうか、いかにも「ヤラレ役でござい」と言わんばかりの連中が現れたではないか。
「ナデシコの中で見たことのあるような……でも名前は思い出せないんだよな、コイツら…多分モブだし…サセボに住んでいたんなら、俺も会ってたかもな…まぁいいか」
「草壁のオヤジさんを狙って寝流我瑠組についた助っ人テンカワってのはぁおめぇさんの事かい」
「ああ、間違いねぇ。俺ぁ、このツラを人相書きで見た」
 そう言いながら男が取り出したのは、「へのへのもへじ」に色をつけたような、抽象画のテイストが全開なシロモノだったが…
「おお、似ている!!」
「恐ろしいツラしてやがる。人殺しなんてなんとも思ってねぇツラだぜ、あれはよぉ」
「間違いねぇ、奴が一千両の賞金首、<皆殺しのテンカワ>だ!!」
(……)
「黙りこくりやがって。そんなに俺達が恐ろしいのか、賞金首さんよぉ」
(俺…が、賞金首…皆殺し……人を…なんとも思っていない…だと…俺…は…俺は、俺は、俺は、俺は、俺は!!)
 震えた。体が。何の理由も無く。ただ、抑えきれずに体が震えた。
 スラリ。
「そうか、俺は…そういう奴だったな」
 言いつつ刀を抜いた。それも白昼堂々と。
 そして、アキトは刀をいかにも美味そうに舐めると…
「くっくっく……昼と言うのに、コイツが疼いている…血が欲しいってな…」
 黒の王子様モードで言った。しかも、間違いなく地で。その証拠に目が血走っていて、興奮したためか瞳孔も開いている。その上、刀に舌なめずりさえも。後ろから小突かれたら間違いなく死亡ものである。
「……て、待て」
 イカン、イカンと叫びながら、自分の頭を殴りつける。突然の狂態に周囲からは物見高かった野次馬さえもが逃げ出し「桑原桑原」「じゅげむじゅげむ…」「ええじゃなきか」と叫ぶ始末。
 とにもかくにも、アキトは何とか己を取り戻した。
「とりあえず、こいつらを何とかするか…」
 そう言いながら、懐に手を入れる。
 この衣装に変わっている事に気づいたときから、違和感の正体には気付いていた。
 ごそり。
 懐から取り出したのはガトリング砲……しかし、アキトの顔には木彫りの、つけた途端に緑色に変わりファンキーになる仮面などはついていない。ここがイネス設計による仮想空間であることの強みだろうか。
「七面鳥撃ちだぜ、ヒャッホウ!」
 ……やはり、見えないだけでMASKがアキトの顔に装着済みなのは間違いなさそうだ。

 そして、白雪姫、おやゆび姫、シンデレラ、鶴の恩返し、因幡の白兎、ドンキーコング、スーパーマリオ、ファイナルファイト、忍者龍剣伝と……どこから仕入れた知識が元になっているのかは分からない……全く分からないが、怪しげな事、この上ない北斗&枝織の精神世界をアキトが、体感時間で二ヶ月(現実では2時間)ほどさまよった頃、ようやく目的地に着いた。

 高校……アキトにとっては火星陥落前の、とても遠い過去の遺物に過ぎない……場所。
 だが。
「アキト君……気をつけてね、ここに居るわ、間違いなく」
 そのイネスの言葉に、アキトは指折り数えて……両手では足りなくなり、両足を……そして折り返し、答えた。
「その言葉、これで37回目ですよ」
「今度こそ本当よ」
「その言葉も、36回目ですしね」
 ひゅぅぅぅぅ〜〜
 何故か、丸い干草がアキトの背後を転がっていった。ここは日本ではないと言うのだろうか。
「まぁ行ってきます…」
 疲れきったアキトが向かったのは高校……せめて校門に書かれた「友引高校」という文字の意味さえ理解していれば、後の被害の半分は防げたかもしれない。

 購買部前。
 どがしゃーん、どごーん……。
 セーラー服を着た赤毛の少女が「俺は男だー!!」と叫び、割烹着を着たおっさん(胸には「海が好き」)がからかいながら跳ね回っていた。二〜三人、生徒が轢かれているが、それはまあ、いつもの事なので気にする必要は無い。
 無論、背中には『女』と大きなアップリケがされている。きっと北辰が夜なべして作ったのだろう。
「な、なんじゃこりゃ……」
 そういうのが精一杯のアキト、頬が引き攣るのを止められない。
「俺は、男だーーーっ!!」
「何を言う、貴様は女ではないか……」
 それはそれは凄い格好だった。戦闘用にモードチェンジ(割烹着を脱ぎ、三角巾を外した)北辰の姿は、おっさんテイストが最高だった。
「う…」
 この場を止め、北斗に女の自覚を促す必要があるというのに、アキトは自然と足を保健室に向けた。理由は分からないが、胃のあたりを両手で抑えている。相当精神的に負荷がかかっているのだろう。
 保健室の前で、アキトの足が止まった。今での物語は、北斗なり枝織が読んだ物語や漫画、ドラマがベースになった世界だったが、配役はともかくとしてキャラクターの持つ能力は忠実に再現されたいた。
(確か、保健室には巫女がいたはず…)
 そう考えながら、ドアをガラリと開けた。
「あらテンカワ君、どうしたの?」
(神よ…これが俺に課せられた試練なのか…)
 目の前に居る、中学校の保険医と言うのに、理由を超越して注射器の針を磨いていた女性に……『雑菌がつくんじゃないですか?』……とツッコミたいのを何とか押さえ、アキトは逃げ出す事を……
 ちり〜ん…
「何をしているテンカワ」
「は…?」
 目の前には錯乱坊がいた。けれどその中身はどう見てもヤマサキ…。
「あら叔父上…死にに来たのか?」
「ふっ…どちらが上か、決着をつけにな…」
 背後から強襲される事などもう恐れない。
 アキトは振り向きざまに、50メートルのつもりで全力ダッシュを、オリンピック選手真っ青のスピードで成功させた。
 理由は全く分からないが、やはり背後から悲鳴が上がったようだ……が、それはアキトには関係の無い事なのだった。
 ……ふよふよと人間が空を飛んでいた。あまりのリアルさに忘れそうになっていたが、ここはあくまで仮想区間なのだ。そしてアキトの目の前で、何故かユリカが空を飛びながら、メグミ人形の自爆によって黒焦げになっていた。

 インタビュアー:
「テンカワさん、友引高校内でどのような体験をされたのですか?」
 アキト:
「すまない…思いだしたくないんだ……錯乱坊(ヤマサキ)や、コタツゴート、面堂ナガレ、かわいこぶりっこなメグミちゃん、鬼のユリカ、しのぶ役の枝織ちゃん、その上浜茶屋の北辰なんて……」
 北斗:
「大体な…アキトの役どころそのものが諸星アキトなんて、まんまな配役だったろうが」
 アキト:
「それを言うなぁーーーっ!!」
 暴れまくる二大超生物、瓦礫の下敷きになるインタビュアー、いつもどおりの平穏な光景だった。

 ……アキトの体感時間で半年、現実世界で15時間が経過した頃……。
「……いいかげんにしろ」
「……いいかげんにして」
 そう言葉を揃えて言ったのは、現実ではありえないのだが、この仮想空間でならありえるかもしれない二人……そう、枝織と北斗。
 二人して記憶や思い出、最近読んだり見たりしたものの世界に半日近く、体感時間で半年もごちゃごちゃとされればいいかげん気付く。ここが覚めない夢の中である事に。
 そして二人はどうしてかわからないが同時に目覚め、自らの中に居る異物…要するにアキトに詰め寄っていた。
 だが、詰め寄られながらもアキトはある事を考えていた。
(似てるような…似てないような…)
 確かに、この二人は同一人物――人工的に作られた、擬似的な多重人格――であり、肉体的には同じなのだが、どうしても性格からか別人のように感じるときもある。そして、彼女らの人格は別個のものであり、全く別の人間として捕らえるのが正解なのかもしれない
 だが、やはりこの二人のが同時に詰め寄ってくる映像など見れば、やはり違和感のようなものの正体を考えずにはいられない。
 そしてその違和感に気付いたアキトが、何故このことに気付かなかったのか、自分自身に呆れながら指摘した。
「服、逆だよ」
 言われ、二人は自分達の格好を見直した。
 どこかで情報が混線したのかもしれない。
 枝織が着ていたのは、渋さが滲み出るようなタキシード。
 なのに北斗が着ているのは、どこかピンクハウス的なワンピース。

「うわー、格好良い♪」
「な、何故?!」
 普段の雰囲気とは真逆の衣装である。するとアキトは何かを刺激されたらしく、余計な事を口走った。
「いいっ、いいぞぉ! 新鮮だぁ!!」
 めしょ。
「やーん、アー君てば」
 げごん。
「う、うわぁぁぁ」
 照れていたのだろう、枝織の平手が飛んできた。しかし彼女らしいのは、打撃が完全にアキトに伝わるような絶妙のスナップが効かされている事。
 錯乱していたのだろう、北斗のストレートが飛んできた。フォームが理想的な、つまり無駄が一切なく全ての力が打撃に変換されるストレート。
 女の細腕と侮る事なかれ。
 暗殺者として鍛えられた彼女は、周囲に疑問を与えないように女性らしい体格はしているが、その実無駄が一切無いように理詰めで作られた筋肉を手にしている。この理論はかつて梁山泊と言う、武術を極めた人間が行き着く道場に存在した柔術家が確立したらしい。
 閑話休題。

「へぶごぉっ?!」
 アキトと同じ声の誰かを彷彿とさせるおかしな悲鳴をあげながら、回転さえしてアキトは吹き飛んでいった。この世界は間違いなく仮想現実だが、ダメージは本物なのだ。
 すると枝織は平手打ちの体勢で固まっていた自分の手を引っ込めて……。
「北ちゃん、なんて事するの!!」
「え? いや、お前だって…」
「アー君をいじめる北ちゃんは、枝織がやっつけるの!」
「いやだから話を聞けって…のわぁ」
 ぐおん。
 風を切る音、切り裂く音。
 そう表現される風切り音だが、どちらかと言うと砕いているように聞こえる。
 スウェーバックでかわしたものの、頬を伝ってきた血に戦慄する。目の前にいるのはおトーフ女……いや、そこらの普通のお馬鹿ではないのだ。
「くっ…認めたくはないが、流石俺だ…」
 カマイタチを発生するリンかけばりのパンチの威力…だが、どちらかと言えば素直な性格の枝織だ、戦い方に幅がない。それに気づいた北斗は左腕を下げ、ガードを甘くした。だがその左腕はまるで死神の鎌のように揺れ動いている。
 アキトは、まるでギャグ漫画の悪役のように芸術的な倒れ方をしながらも、その光景を見ていた。
「こ、これは伝説の猫アルクVSフリッカーシエル!」
 その光景を目にしたアキトは緊迫する戦いを片隅で眺めながら、そうするしか無かった主人公でありながら影の薄い絶倫超人(ベラボーマンにあらず)がどんな気持ちだったかを理解した。そしてある事に思い当たった。
「この世界は、あくまで仮想現実……すなわち夢、ならば俺の思い通りになるはずだ!!」
 叫んだ! 
 万感の思いを込めて、この戦いに必要なものを呼んだのだ!!
「出てこい、リングよ!!」
 ズガンッ!!
 大地を割り砕き、コーナーポストが、ロープが、そして地面が何時の間にかマットに変化した!!
 DOGOWOOOOOON!!
 何時の間にか衣装までハニーフラッシュの要領でタンクトップとトランクス、シューズとグローブに。要するにボクシングウェアに身を包んだ北斗と枝織がクロスカウンターの失敗によって、互いの顔面にパンチを突き刺しあっていた。無論書き文字もアメコミ風である。
 ドサッ…
 時間がコマ送りになったかのようにゆっくりと、二人の体が仰向けになってくず折れた。そして倒れた体勢のまま……
「なかなかやるね…北ちゃん」
「枝織…おまえもな…」
 倒れたままパシンとグローブをぶつけ合い、同時に気を失った。
 そんな、侠気(おとこぎ)溢れる光景を見ながらアキトは、リングの上から降りてきた…
「コングラッチュレーション! ミッションコンプリート! おつかれさまでした〜」
 の看板に『脱力』をかけられたような気分になるのだった。


 全てが終わったと感じた。
 これで『互いにある程度認めたんだ、しばらくは大丈夫だろ?』……そう思ったとき、アキトは気づいた。
「ここは…空港のロビー? 見覚えがある……な」
 唐突に場面が変わった。
 旅装姿の人間が行き交う場所で、時たま轟音を立てて飛行機が飛んでいく。
 何でこんなところに出たのか分からず、あたりを見回していると、見知った一団があった。今のこの世界では望むべくも無い取り合わせの……友人達。彼らが、一堂に会してそこに居た。
「みんな…」
 声をかけた。いや、かけようとしたときだった。
 ゴォォォォォォォォ!!!
 激しい音と共に、全てを染め上げるほどに赤い光と爆音が鳴り響いた。
「なんだよ、これは……いったい、ここは……なんでなんだ……」
 そう呟き目を見開いているアキト……彼の心に届いたかは分からないが、少なくとも今の彼の目に映っているのは、後にニュース映像で見た、粉々に爆発して砕け散っていく……あのときの、自分とユリカが乗ったはずのシャトルの姿が映っていた。
「あの子が俺に見せようとしているのか……俺に、何をさせようとしているんだ…!!!」





あとがき

 ……おわらないぃぃぃぃぃ!!!

 北斗&枝織の精神の安定化が一段落ついた……と思ったら、アキトの精神に揺さぶり開始。
 燃えの法則の一、主人公は突然危機に陥らなければならない。ってな感じでしょうか。
 ちなみに、萌えの法則の一は「似合う人間は男装(女装)しなければならない」…かな?

 色々言われたので、加筆修正しました。

誤字修正

枝織が北進やヤマサキに懐いていた → 北辰

TearMoonさん、ありがとうございました。


コメント代理人 別人28号のコメント


わけわからないーーー!!

す、すいません 多分 最後のは某・電撃鬼娘なんでしょうけど

私には元ネタがさっぱりでした おとぎ話以外


とりあえず 浦島太郎は”メルヒェン”な童話”ではないと思います




・・・で、結局 北斗と枝織の人格はどういうカタチで決着がついたのでしょう?


このあたりは先の展開であかされるのでしょうか?

おそらく、アキトが見ているのは 彼女の仕組んだ事でしょうけど

北斗と枝織をアキトが助けたように 2人がアキトを助けるのでしょうか?






・・・正直なとこ アキトが助けたどころか、役立ってたとも どうしても思えないのも事実ですが

 

 

管理人の感想

あははははー、私も全部理解は不能でしたねー(苦笑)

某・電撃鬼娘はすぐに分かりましたけど。

後は某カプ○ンのアクションゲームとか、武器の類が数点ですか?

しかし、さとやしさんってネタが豊富ですねぇ