機動戦艦ナデシコ<灰>

エピソード12−2/エンカウント・2!

「さて、答えを聞かせてもらいましょうか」
 そう言い放ったのはムネタケであり、彼の乗るジェノブレイカーの手の中には西欧方面軍を統括するハーテッド中将の孫娘であるアリサ。要するに『超のつくVIPを片手に最重要危険人物が、武力を持っての人質交換』を持ち出してきたのだ。
 その時、つまみ用のスルメと七輪、炭と網を持ったまま歩いていたカズシは思い出した。

『DEAD OR ALIVE
  S.MUNETAKE
 $$999,999,999』

 つまりは、金になる。
 それに気づき、護身用の銃を抜き、ムネタケからは見えないよう、障害物の陰に移動する。
 拳銃、それも護身用ともなれば射程距離は無きに等しい。…いや。確かに撃てるが、命中率が低すぎるのだ。それを知っているからカズシはある程度の距離をおき、自分の体を固定し、銃が発射の衝撃でぶれないようにした上で照準をムネタケに合わせた。
 無論銃弾は『麻酔』などではない。破壊力……というより『爆砕力』が最大の『水銀弾頭』の銃弾を既に装填してある。軍人であるカズシが作戦行動中以外の今、何故銃を所持しているか、とか…何故通常弾ではなくそんな凶悪な銃弾を所持しているか。それは永遠の謎であるが、それを使用する事態を想定していたという事は、それを使うべき相手も想定済みだったのだろう。
「……賞金を手に、バールの公開処刑を見に行かせてもらう」
 何があったかは『時ナデ本編』を参照してもらうが、カズシの『バールの処刑を妨害する敵』に対する憎しみの炎は尋常ではない。その上賞金までつくとなれば、ムネタケを逃がす理由などない。
(くたばれ……!!)
 心の中で叫んだ。
 同時にトリガーにかけられた指が、ごくごく自然に動いた。
 ドン!!!
 ガンッ!!

「痛いじゃないのよ!」
「へ?」
「何が起きた?」
 銃声と、突如仰け反ったムネタケ。それが何を意味するかは誰もが理解した。だが「痛い」と言いながら起き上がったムネタケには、驚愕以上のものを感じた。すなわち『恐怖』である。
「ちょっとそこのアンタ! いきなりナニすんのよ!」
 まるで、地球育ちのサイヤ人が銃で撃たれたときのようだ。
 要するに、全くの平気、無傷。
 今更言い直す事ではないが、アレだけの賞金がかかるムネタケはまさしく化け物であると言えよう。
「おかえしよっ!」
 そう言いながら、おでこを『ごくごく僅かに赤くした』ムネタケは猫が詰めを研ぐような形で腕を振り下ろした。
 ズババババッ!!!
 まるで汎用人型決戦兵器が力の天使と戦った時のように、カズシが身を隠していた障害物が粉々に切り裂かれた。流石はムネタケ、化け物である。そしてその化け物は、哀れそうに体をぶるぶる震わせているカズシをギロリと睨んだ。
「ひぃっ」
「Amem」
 ヴァチカンのイスカリオテ機関に所属してる神父さん『そのもの』の笑みだったと、それを見ていた舞歌は後に語ったらしい。

 ……ただいま残虐な行為が行われております。未成年者への影響を考慮し、シーンをカットさせていただきます……。

「もう一度言うわよ、この小娘あげるから、バールを寄越しなさい」
 誰が見ても憐れと言いたくなるほどボロボロになったカズシの襟首を掴んでいる手を、チアノーゼ寸前の顔色をしている事に気づいて、ギリギリまで待ってから緩めた。
 どさり。
 取り敢えず息はしているし、心臓も動いていそうだ。急所も無事らしい。
 彼はごく普通に声を発した。
「パトラ…シュ…、もう疲れたよ……」
 ……実はかなりテンパっているらしい。
 それを見たシュンと舞歌は、
(俺がひきつける、君はカズシを…)
(わかったわ…。それにしても美味しいトコ持ってくわね、彼)
(フッ…俺の相棒が出来る男だからな)
(いい副官ね…うちのにも見習わせようかしら)

 アイコンタクトを交わしていた。
 そして、それを悟らせまいとムネタケに向かい合って…
「何が望みだ!」
「何って? バールとこのお嬢ちゃんの交換よ」
 さも当然とばかりに答える。
 だがムネタケの超常性を目の当たりにしたシュンは、今までの考えを『常識』から『非常識』にシフトさせ、柔軟に対応していた。
「違うな…それだけの力があれば、交渉など持ち掛ける必要もないはず。……違うか?」
「あら、気付いた? そうよねぇ、今まで誰にでも分かるようにヒントをばら撒いているつもりだったけど、貴方がはじめてね、コレに気づいたなんて」
 そう言って、暴走時の初号機を思わせるニヤリを浮かべた。
「バール、おためごかしはもう良いわ。出なさい」
「よ、宜しいので?!」
 檻の中のため少々くぐもってはいるが、それでも結構声が通る。流石に一度は少将まで上り詰めたバールだ。人を惹きつける声を持っている。
「やりなさい、コレは命令よ」
「拝命したします、ムネタケ閣下…!!」
 その声が引鉄だったのだろうか、突如異音が鳴り響いた!!
 ドゴッ!!
 バゴッ!
 グゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
「何っ?」
 歪み、ひび割れ、そこからバールの顔が覗く。
 宙に吊り下げられた折の中からバールが力ずくで出ようとする様は正に『魔猿出獄』もしくは『ディラックの海よりの帰還』。
「そ、そんな馬鹿な……アレは対核耐圧耐熱防護服と同じ素材で、マグマの中にだって兵器で潜れる代物……!!」
 驚愕。
 慄くシュンと、それを愉快そうに見つめるムネタケをよそに、舞歌はマイペースにカズシを引きずっていた。
「何を驚いているのよ。あの男はバール。あたしの片腕、アタシが鍛えた究極の戦闘生命体。あれと戦うための戦士よ。この程度の芸が出来ないとでも思ったのかしら…ほぉーっほっほっほっほっほ」
 ちなみにガープス的に説明すると一般人はCP100、逆行SS特有の完全超人アキトが大妖怪並みのCP1000、バールはCP450と推測される。またムネタケには『格闘少年漫画の法則』が適用されるため、計測不能になってしまう。
 ズギャァァァンンン!!!
 そんな効果音が聞こえそうなポーズで檻の外側に、バールはぶら下がっていた。
「バール…貴様」
「フン…オオサキ、今となっては貴様などに用はない。ムネタケ閣下、ご命令を」
 そう言いながら、ぶら下がっていた檻から手を離した。ズダンと重く鈍い音を足元から発生させながら、どこをどうしたものかお尻から落ちた。
「……」
「……馬鹿」
 シュンの無言と、ムネタケの叱責が、酷く世界に溶け込んだそうな……どっとはらい。

 現在西欧では街を焼き払った世紀の大悪党バール以外に、もう一つ、いや二つの懸案事項を抱えていた。
 それは遂に宗教都市を建設するに至った『聖者北辰』。
 そして戦う事を人間の至上の正義と奉じる『ゴート正教』。

 この二つの主教の存在であった。

 宗教都市『七曜星』。
 聖者たる北辰の名から取られ、名づけられた都市であるが、英名だとタバコの商標名に重なりそうなので日本語のまま『しちようせい』と呼ばれていた。
 しかしここには宮殿や教会のようなものは無い。
 あるのは自己鍛錬のための施設のみ。北辰自身がカリスマ性を備えた武人である事、それに対する憧れから生まれた街なのだから。要するに、大乗仏教ではなく小乗仏教に近い考えの人間が集まって出来ていると、考えてもらいたい。
 視察に訪れた道場で、北辰は子供達が組み手をするのを見ていた。
「……微笑ましいものだ」
「そうでございますね」
 付き人であろうが、どうせモブなので名前のない…司祭Aとしておこう。
 司祭Aは追従するかのように笑みを浮かべ、北辰の表情を伺った。そこにあるのは、過ぎ去った過去を見る……『失った』過去を見る父親の顔をしていた。
「北辰様?」
「いや、詮無きこと。忘れてくれ」
 それきり北辰は黙り込み、着いてくるなと手だけで合図して一人で外に出た。
 人間余裕があれば他人にだってやさしく出来る、ならば強くなれば多くの人を救える。そんな考えの人間が集まって出来た都市だけあって活気に溢れている。
 それを見て、北辰は誰にも聞こえないよう自分の口の中だけで声を出した。
「我に課せられし宿命……もう一つの選択肢の未来……終焉の使者……何が出来る、この手で……」
 呟きは、誰にも聞かれない代わりに、誰にも答えてもらえず空気の中に消えていった。
 そしてポッと頬を赤らめて…。
「若い体は良いな…」
 誰も見ていなくて幸い、そんな言葉が空気に溶けていった。



 戦場の狂気から生まれ出た『もう一つ』はそうではなかった。
 誰もが見た瞬間に『忘れろ、俺の脳みそ、忘れるんだ!!』と叫びながら壁や床に頭を叩きつけたくなるような、常識と言うものを考え直したくなるような奇妙な物体の群れが存在する。
 その名も『エンジェルゴート親衛隊』……通称『狂気の暴走中年隊』。掲げる旗印は『エンジョイ&エキサイティング』らしい。通った後にはペンペン草一本生えないとまで言われるそれは、四次元ドアを持っているのではないかと推測されるほどに神出鬼没だった。

 のどかな農村。
 太陽が昇れば朝食を取り、太陽が中天にあれば昼食、太陽が沈めば夕食。それ以外の時間は昼に農業に精を出し、夜は眠る。そんな昔そのものの世界だった。だが、破滅の足音は誰にも聞かれないように忍び足で迫ってくる。……この村にも。
 コケコッコー!
 コォ〜ケ、コッコォ〜〜〜!
 鶏とどっちが早い?
 そんな事を考えながらボブ・エドガー8世(畜農業・36歳・仮名)が愛妻に行って来ますのキスをしてドアを開けたときだった。
 がちゃ…ドバン!!
 外開きの扉が、開かれようとした瞬間上下に真っ二つに割れた。理由はいたって明快、理解に苦しむ物が生えていたからだ。足だ。一流の格闘家でもこうはいかないほど立派な、丸太を思わせる足が……隙間から剛毛のスネ毛げを飛び出しながら網タイツに覆われていた。
「……タンノ君?」
 次の瞬間、ドアの下側が家のなかに倒れこんだ。
 丸太のような足がもう一本現れた、やはり剛毛のスネ毛に覆われているかと思いきや、脱毛剤でも使っているのかツルツルだった。オイルでも塗られているのか、それは朝日を照り返して光っているようだ。
「ひっ、ひい、ひっ…」
「お、おい! 気をしっかり持て!!」
 ひきつけを起こした奥さんを見て、舌を噛まないようにと、首に巻いた手ぬぐいの端を口の中に突っ込む。
「レミィ(仮)…ここは俺が防ぐ、君は今すぐ逃げるんだ!!」
「そ、そんな! だめよボブ(仮)!! 私達はずっと一緒に…」
 ボブ(仮)を引きとめようとするレミィ(仮)だったが、その後の言葉を全て防ぐようなキスに言葉を続けられなかった。
「俺が死んだら、君は新しい人生を生きてくれ。……願わくば、たまにで良い。俺を思い出してくれ。……さぁ、早く!!」
 突き飛ばすかのようなボブ(仮)に、髪を惹かれる思いでレミィ(仮)は駆け出した。
 レミィ(仮)が駆け出したのを目で見て、彼は覚悟を決めた。愛する者のために戦う勇気を手にした!!
 ギギ、ギィ、ギィ…ガタン。
 残っていたドアの上半分が、蝶番を軋ませながら遂には地面に落下した。そしてボブ(仮)は、羊を襲おうとする狼を追い払うために持ち出そうとしていた猟銃を、その引鉄を迷わず引いた。
 ズガァン!!
「ストラーイク」
 そう言いながら、凶獣が姿をあらわした。
 ……バニーさんだった。
 うさ耳を付け、リボン付きの、しかしトゲまでついたチョーカーをはめ、網タイツはガーターベルトで吊り下げられている。無論お知りには尻尾がついている。だが、履いていたのが競泳用、もしくはボディビルダーご用達といった感のある黒のブーメランパンツだけの、屈強な中年男性ならば、脳みそに襲い掛かる負担は計り知れない。

 しかも、猟銃の弾丸を前歯で噛んでいる。
 ひょい…ぱく。
 其処から、口の中に入れ替えした。
 ぶぁり、ぶぉり。
 食っている。弾丸を、鉄の塊を!!
 ごくり。
「まずい、もう一発」
 しかもお代わりまで要求しだした。

 ……この日、地図から村が一つ消えた。
 決して村が滅んだのではない……が、滅んだほうがましだったと、村人は語るだろう。そして村人は願う。逆刃刀を持った流浪人が訪れる事を。


 ギキキキキィ!
 土煙、いやゴムが蒸発する嫌な匂いまで立てて、慣性の法則を無視していそうな勢いで懐古趣味の外国車が停車した。ボンネットの鼻先には鷹のエンブレムがついている。
「ここね…」
 運転席から降りたのはユリカだった。
 余談であるがこの車、ユリカが運転する……わけは無い。つまりこれは『全自動車』だった。
 しかし本筋には関係ない。ユリカは目の前のゴゴゴゴゴ…と書き文字がついていそうな威圧的で、寒々しい建物を見据えた。その名も素敵な「究極天才万能最"キョウ”科学要塞研究所」……地球で最も危険とされる場所の一つで、マッドドクター、マッドサイエンティスト、マッドエンジニア達の巣窟である。
 ユリカは、依頼を思い返していた。
 それすなわち『家出人へ帰宅するように』と交渉する。とりあえず説得では無い。
 しかし。
「は、入りたくない……」
 いっそ『BIG−O!』で、中に居る人間を引っ張り出そうかと、そんな危険な思いがよぎった。

 ユリカとは反対方向。そちらでも、異変……正確には異常の足音が響いていた。
「ふもっふ♪」
 それは唐突に其処に現れた。無論警備装置もあるのだろうが、AI化された警戒網は、それを侵入者とは理解できなかったのだろう。
 イネスの脳は一瞬パニック状態になった。
 その一瞬後、再起動を果たしたイネスは……
「疲れているのね、今日はもう寝ようかしら……」
 そう言いながらキャビネットからウイスキーとグラスを持って寝室へと歩いていった。
「ふもー」
 このリアクションは流石に想定外だったのか、ボン太くんは困ったような声を出し頬を掻いた。とはいっても表情が代わるわけでは無かったが。国府高専のぬいぐるみ師が製作に加わってさえ居れば、そのあたりの問題も解決できただろうに、とも思わないでも無かったが。
 そんな思いをあたりを歩くイネスの助手(兼実験台)に与えながら、ボン太くんは、いやその中身である紫苑零夜は通路を歩いていった。どす黒くさえある、濃厚な百合の匂いのしそうなピンク色の妄想を抱きながら。

 ぞくり、ぶるぶるぶる。
 影護枝織は、ついぞ感じた事のない悪寒を感じ、いつもの童女を思わせる容姿からは創造出来ない、艶っぽい仕草で体を震わせた。
 ふるふると体を揺らしながら周囲を見渡した。
「誰も…居ないよね?」
 気配を感じたわけでもないし、何かがいるわけでもない。
 なのに悪寒だけがより冷たく、より強く感じるのだ。ここに居てはいけない、そう感じるのだ、自分の中に居るもう一人の自分も同意している、そんな気がする。そうだ、逃げなければならない。
「逃げなくちゃ…」
 そう言いながら枝織は今まで寝ていたベッドのシーツを切り裂き、つなぎ始めた。
 ここが一階であることを完全に失念しているあたり、錯乱しているのだろう。


 そして同時刻、世界の行く末を決めるであろう事態が進行していた。
 場所は南極……氷に覆われた大陸であるはずのそこには、数百メートルに渡って氷が蒸発し、大地が露呈し、焼け爛れていた。
 理由は、あるものが落下したからであり、それの発する熱によって氷が溶けたから。『あるもの』は生物ではないが、既に非生物とは言い切れない存在であり『本能』と呼ぶべきものを備えている。
 その『本能』が求めるものを求め、自らの『本能』に従って活動を開始した。
 すなわち『非ジャンパーの抹殺』を。




あとがき

 昔の人は、自分の能力の限界も考えずに『我輩の辞書に不可能の文字は〜』などとのたまいました。結局『不可能はあった』訳ですから落丁本だったのでしょう。
 しかし、この世界の場合『ムネタケの辞書に常識と言う言葉は無い』……ああ、何かが激しく間違っている!!
 なのに皆さん、『まあムネタケだし』で納得してくださいます。…なにゆえ?

 えと、バールですがムネタケの片腕です。
 よって、この程度の芸は出来ます。
 ついでに言うなら、メグミもバールと同格なんですよね…。

 ゴート。
 写真を撮られ、身元が割れているかと思いきや、実はそうでもない。
 なぜなら、見た瞬間に人は遺伝子レベルからそれを見る事を恐怖し、身元捜査を拒否するから。そして、写真を見て平気な人間は一瞬にして魅了される、つまりゴートの忠実なる下僕と化すため。
 よって、誰もゴートの正体を詮索しないんです。




管理人の感想

さとやしさんからの投稿です。

そうか、バールも強いのか(笑)

それにしても、つまみようのスルメって・・・本気で見学気分だな、カズシ(苦笑)

たまに目立つと、手痛いしっぺ返しをくらってるし。