機動戦艦ナデシコ<灰>
エピソード12−3/エンカウント・3!
住民は『ああ、またいつものアレか』と諦めの境地にあった。それは悟りの境地に近いものでもあったが、それはそれで素晴らしい後ろ向き加減だ。
要は、いつもの変人軍団が巨大ロボを使って街を荒らしている。ただそれだけだ。
それだけ、で片付けるには問題が大きすぎる気もするが、何故か悪戯に被害を拡大しようとしないので、少し離れた場所の住民は安心してしまっていた。
それが一番大きな失敗だった。
今までは、まがりなりにも『正義のために世界征服』しようとしているのがトップだったのに、今は『私利私欲のために世界征服』しようとしているのがトップにすり替わっている事に気づいていないこと。それが失敗だった。
それはさておき、其処では痛いほどの沈黙が広がっていた。
超魔装機エウリード、ハードは名に恥じない超一流だが、乗っているのがそれに恥じるほどの超一流の馬鹿だったのだ。最も馬鹿に刃物を持たせることのほうがよほど危険なのだが。
で、その馬鹿はといえば。
『……あのー、僕がこれに乗っていると言う事は、内緒にしていてくれると嬉しいんだけど…』
「何を内緒にしろって?」
『だから、僕がこれに乗っている事をだよ!』
「え?」
『だからっ! これに僕、セガワ・カズヒサが乗っている事をだよ!!』
沈黙が落ちた。
エウリードの駆動音は続いている。だが、例えようのないほどに空気が固まっている。……ルリとアユミ、二人は痛いほどの沈黙。その意味を自らの体で知った。……本当に痛いのだ、この静けさは。
「んっふっふっふっふ。……引っ掛かったね、怪盗二十面相君。…ボクたちの声はスピーカーを通していない事をお忘れかい?」
『ま、まさか?!』
「ご名答! 街中に流れた生の音声は君の声だけで、ボクらが君をセガワ君だと指摘する声は誰にも聞こえていなかったのだよ!」
びしり。
ご近所の皆さんは、このとき知った。人間が固まったとき、本当に凄い『音』がする事を。
一分が過ぎ、二分が過ぎ……。
しかし、やはりエウリードは動かない。中身のカズヒサをコンピュータに例えると、突如発生した不正規情報(バグ)により、再起動させられ、その上エラーチェックが行われているのだ。……NT系なので、起動作業途中で行われるデフラグは容易に中断出来ず、走馬灯のように今まで築き上げてきた『爽やかカズ君』のイメージを見ているのかもしれない。
そんなカズヒサとエウリードを尻目に、三人はいまだ起きてこないクーシャを連れたまま、さっさと逃げ出していた。
ダンッダンッダンッダンッ…!!
「ひぃ、ふぅ、ひぃ、ふぅ…」
「はっはっはっはっはっ…ふぅ〜」
ルリとアユミ、二人はまるで地下下水道名物白いワニから逃げる特車二課の面々のように階段を駆け下りていた。ちなみにシアの部屋は四階。シアだけはクーシャを背負ったまま逃げているが、息も乱れて居ない。
漸く地面に辿り着き、へたり込もうとしたルリとアユミの腕を引っ張り、故障中と書き込まれて鍵のかけられたダストシュートに放り込んだ。
「きゃぁぁぁぁ?!」
「なぜぇぇぇぇ?!」
「大丈夫だよ、下は脱出用だから〜」
一人、いやクーシャと合わせて二人で残ったシアは、軽く背中をゆすった。
「ん、む〜〜……しあ?」
「クーシャ、寝ているところ起こしてごめん。ケド、状況がね…デュラハン、呼んでもらえるかな」
「……本当に、いいの…?」
言葉の中にある迷い、それを見透かされたか。
そう思いつつも、この状況を招いた責任を感じ……あくまで間接的なものであるが……頷いた。
「どうやらお客さんも来たみたいだしね…」
その視線の先に数体の、木星のものとは微妙に違うバッタの群れを見据えながら。
「そんなに『ホシノ・ルリ』の身柄が欲しいんだったら、まずはボクらを倒す事だよ。…クーシャ!」
「そうですね」
居心地が良いのだろうか? クーシャはシアの背中から降りようとせずに居た。
手を軽く合わせ、何も無い虚空へと呼びかける。
「異界より降り来たりし蒼の騎士、今再び、この地へと降り給え…」
…と。
その頃、サンダーバードを思い出させるシューターにより緊急避難所に着いたルリは、アユミの下敷きになりながらも…実は案外女らしい体つきのアユミ(比較対象:ルリ)に、地獄の業火と見まごうほどの嫉妬の炎を燃やしているが、対象であるアユミが気絶していたのは、幸運以外の何者でもなかったろう……。
ルリは、誰にも聞こえないほど小さな、まさに蚊の鳴くような声で…
「何で皆さん、私より成長が良いんでしょう……」
……涙をこぼしていた。
何処からともなく声がした。
もっとも、アキトのこれはIFSを通して直接脳に送られてくる情報なのだが、それでも脳が通常の情報との違いを見出せないため、幻聴と肉声の間のような声に聞こえる。
『このソフトは海馬及び偏桃体をを刺激、記憶を強制的に覚醒させます』
と、抑揚の無い、大昔の映画に出てくるコンピュータのような声で。
だからアキトは、目の前の光景を見て、床を殴りつづけた。
これは、過去の幻像に過ぎない。だが、自分自身が目を背けてきた事実であり、そしてもう触れられない『向こう側』に行ってしまった事だと理解して。
ガス、ガス、ガス。
現実に肉体が傷ついているわけではない。だが、精巧に作られたこの空間は痛みを直接脳内で再現する。アキトはそれを無視して幾度となく床を殴りつづけた。
目の前にユリカがいる。ルリがいる。ラピスがいる。そしてブリッジに上がるまで、艦内の各所で見知った顔が幾つもあった。いた、ではなくあった。もう、一人残らず……死んでいた。だからこそ、アカツキが逃がしたと言うユリカたちを見たとき、心臓が止まりそうになった。
「久しぶり、だね…」
「…そう、だな」
ただそれだけしか言えなかった。
遺跡との融合の後遺症がどれほどあるのか、ユリカを見たアキトには分からなかったが、少なくとも全身が一回り以上痩せ細っているのは分かった。肌の色は化粧で隠していたが、眼球が酷く白くて、肌の荒れ方も酷い。それが悲しかった。
オペレータ席の方を見れば、ルリが気を失っている。目の下の隈が濃い。相当に疲労がたまっているのだろう。
いや、違う。
アキトはこの時こそ思い出した。
この船の中に何があるのかを。
「ユリカ! …まさか、この船に…」
「うん。遺跡のコアユニット……積んであるよ」
ゾッ…とした。
全ての元凶。そして、この時、全てを引き起こしたはず。それが……ここに!
それに思い至ったとき、アキトは声にならない叫びを上げた。脳に、心に、魂に突き刺さるまごう事無き『死』のイメージに!!
ガシャン。
総重量2トンは下らないだろう、大量の剣。それをプロスペクターに渡した。もっとも、クロヒゲ方式だったのは、プロスペクターにとって災難だったが。
ザクリ。
「んー、むー!!」
猿轡が邪魔で聞き取れないが、助けを求めているのだろう。しかしヤマダは黙々と剣を樽に刺していく。
「チッ…また外れか」
「大丈夫、まだ剣は100本以上ある」
「それもそうね」
「むーぐーぬー!!」
更に必死になるプロスペクター!!
必死に、必死に顔を愉快に動かし、百面相をするプロスペクター!!
そして遂に努力が実った、彼はガムテープを食いちぎり、やっと息をする事が出来た!!
「ぜはー。ぜはー、こ、殺す気ですかっ?!」
「うん」
「そうだ」
「それ以外に何がある?」
粟を食ったプロスペクターの叫びに、上からヒカル、ヤマダ、万葉。目は据わっているどころか、どっしりと構えている。五条大橋の上の武蔵坊弁慶を彷彿とさせる構え方だ。刀ではなく命を置いて行けと叫んでいるのは…少し違うのだが。
「何故ですか! 報酬だってちゃんと先渡し…」
「契約条件そのものが詐欺によって結ばれたものなのに?」
冷やりとした感触が、プロスペクターの首に当てられた。
「さて、一体何を狙っているのか、キリキリ吐いてもらおうか?」
そう言いながら、薄皮1枚だけを綺麗に切る。それは恐るべき手腕だ。きっと、舞歌の部下をしている時に覚え『させられた』のであろう。
こうなると、さしものプロスペクターも命が惜しい。
彼の脳裏に天秤秤が浮かんだ。片方には自分の命、もう片方にはプライド。それがゆらゆらと揺らめいて、命の方に大きく傾いた。
「な、何から言えば良いんでしょうか…?」
油汗だか冷や汗だかは分からないが、体に良くなさそうな汗が滝のように流れている。これだけ汗を流していれば、嘘をつかれる心配も少なくて済むだろう。
「で、この『剣』の回収の依頼の大本の名前……吐いてもらおうか」
カシャーン…カシャーン…と、ヤマダは二本の剣を互いの刃で研ぐように、すり合わせながらにじり寄るのだった。……クロックタワー風味と言うこと無かれ。
誰もが戦意を失っていた。
目の前にいるのは、化け物と言う言葉さえ生温い化け物。キング・オブ・モンスター!!
「……モスラ……」
ゴスッ!
わざわざボケる為によみがえったカズシに、シュンは丁寧に止めをさした。それを見ていた舞歌の顔に冷や汗が流れたが、別に気にする事ではないので、誰もが無視をした。
「確かにモスラはゴジラを倒した事は有るが……それはさておきムネタケ!!」
「そう言えばカタカナ表記だと、アタシも怪獣みたいね」
「我が名の『バール』も怪獣王国ジャパンならそう思われるかもしれませんな」
いまだにボケを続ける、異常にムカツク二人の姿に、シュンは核ミサイルの出前でも頼もうかと真剣に悩んでいた。
話が進まない……その事に気づいた舞歌は、逃げ出す準備(ロケッティア風個人用ロケット)を装備した上で声を発した。今まで会話に参加しなかった理由はこれだったのだ。
「質問、宜しいかしら」
よし、声は震えていないわ…と、内心ガッツポーズを決めるが、冷静な脳の片隅で、ガッツポーズの語源について悩んでいた。
「一つだけなら、なんでも答えてあげるわ。一つだけ、一切包み隠さず真実をね」
その言葉に信用が置けるのか。その前置きに嘘は無いのか。引っ掛けや誘導は無いのか。それを念入りに頭の中で考慮して、それでも全く情報が無いよりはましと、判断して舞歌は問いを発した。
「貴方がこの戦いを始めた目的は何?」
そう問うた。
目的のための手段。
手段のための目的。
ムネタケが、どちらに属する行動を起こしていたのかを舞歌は知らないが、それでも片方が知れるのなら、それはそれで有益だろう。
「ふっふ…ふふふふ…おーーっほっほっほっほっほっほ!! 面白い、面白いわ東舞歌! 流石は奇人変人軍団の総司令ね!」
(アンタに言われたくないわ!)
喉…唇まで出かかったその言葉を全力で飲み込んで、手のひらに人の字を書いて、飲み込む。これを七度繰り返したところで、漸く舞歌は平静を装う事に成功した。
「その答えは簡単、今までアタシが起こした戦いはアタシが世界征服をするためよ」
「…本当にそれだけ?」
「そうよ。もっとも失敗したのなら、それはそれで『予防接種』になるからよ」
その言葉は以外だったのか、バールまでも一緒になった呟き返した。
「「「予防、接種…?」」」
――再び、南極の地。
声無き声が周囲に漏れ出す。
<最優先保護対象『ホシノ・ルリ』確認。妨害者確認。脅威度A>
<『ユーチャリス・コピー』4隻の出動を要請>
<許可>
<装備:重爆撃>
ただそれだけだった。
先ほどの破壊の意思とは明確に違う、全く別の負の意識だ。それもまた動き出す……結果など何も考慮する事なく、欲求に従って。
あとがき
そう言えばルリって、IFSを効率よく操作出来るよう、何らかの遺伝子改造を受けているはず。ラピスとルリは一目でそう分かる外見をしているのに、ハーリーは結構普通の姿。
色素が薄い人にはまれに金色の目の持ち主が居るし、シルバーブロンドの人も居ますが、桃色の髪は有りません。つまり、遺伝子のデザインをした人間の『趣味』か『烙印』のようなものと推測されます。
また成長後の姿は摂取する食事・運動の種類に影響を受けますが、遺伝子の影響は免れません。
そんなわけで、遺伝子デザイナーの中に、マップスを読んだ人間が居たらどうなっていたんだろうかと少々邪推する。あの作者は『微乳』好きらしいし。
いや決して『ルリ=リプミラ・グァイス』『ハーリー=ダード・ライ・ラグン』なんて考えていませんよ。
次は『怪人大激突』と言うところでしょうか。
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管理人の感想
さとやしさんからの投稿です。
何だか本当に奇人変人大合戦ですねぇ〜
私もマップスは全巻読みましたが・・・ルリがリプミラでもOKですが、ハーリーにダードはねぇ(苦笑)
・・・じゃ、アキトはゲンか?
それはそれで、ある意味ピッタリだけど(笑)