機動戦艦ナデシコ <逆行者>
チェイス。
それは、追う者と追われる者の戦い。
草原で、街中で、海原で、空で、そして、宇宙で。
望むものが居る限り、例えそこが何所であろうとも。
追う者は、かつての、淡い恋心を。
もう叶う事はない恋。
だからこそ、今一度、あの幸福だった日々を、もう一度、3人で―――。
「アキトさん、もう一度だけ、ユリカさんに――」
追われる者は、捨て去りし、過去の悔恨。
そして、力なき自分が、野垂れ死ぬ事を望んで。
既に死んだ、過去の自分との、完全なる乖離を望んで。
「俺が消えれば、全ては丸く収まる。俺さえ、消えれば―――」
僅かに視線を上げれば月。
大気の揺らめきを介さない月は――まるで――墓場だ――。
ほんの僅か下に地球が見えるからか、そんな事を思ってしまう。
久美ちゃんは、あの後、何を選んだんだろう。木星の、百年越しの復讐の向こうに。
そんな事を考えた。
二隻の白い戦艦。
アキトの心の空虚さを示すほどに、何の色も持たない白い艦、ユーチャリス。
追い求めるものの無心さか、それとも、ルリの悲しみの強さが全ての色を駆逐したのか…白皙の如きナデシコC。
「アキトさん、戻ってください!! もう、火星の後継者達も…もう、もう居ないんですよ!!」
少女の、やるせない、純粋なまでの悲しみ。
「艦長、諦めましょう。これ以上は……エンジンが持ちません!!」
少年の声が飛ぶ。
その声は、焦りと、労わり、そして多分に嫉妬が含まれていた。
「ハーリーの言う通りだ!! 俺はもう怖くてメ−ターなんて見てらんねえ!!」
金の髪の青年が、引きつった苦笑いで悲鳴をあげる。
「それでも、それでも!!」
「そう、俺が殺した。全て、完膚なきまでにな。そして、まだまだだ。あいつらは全て殺す。あの日、あの時から、俺が見た全ての絶望を思い知らせるために」
淡々とした彼の言葉は、それが真実であるからこそ、そしてそれをルリが理解する事を知るからこそ。
「それに知っているよ。もう、ユリカが死んだって事は。……とっくにね」
アキトは、振り返った。
そしてそこに居るのは、薄い、桃色の髪をした少女。
名は、ラピス・ラズリ。
彼の復讐に、いや、復讐の名を借りた惨殺に、幼き心ゆえに不確かな善悪の基準が蝕み、力を貸した少女。
「……ラピス」
「ナニ、アキト」
「ユーチャリスとナデシコCの相対距離は?」
「……ドンドンツマッテル。アト700秒デ、電子戦闘可能範囲ニナル」
「そうか」
そこで、アキトは決意した。
今まで幾度もしようとして、諦めていたその行為を。
ユーチャリスから圧搾空気を利用して宇宙に放り出されるのは、白い、とても小さなポッド。
「? ……ユーチャリスからカプセル射出…ハーリーあの中身何だか分かるか?」
「せかさないで下さいよサブロウタさん! ……生命反応1。確かユーチャリスに乗っているのは……」
「アキトさんと、ラピスラズリと言う……女の子」
「ルリさん、どちらを追いますか!?」
「カプセルを」
「「了解!!」」
ユーチャリスの乗員は、たった二人。
そして、その片方が今宇宙に放り出された。
もしも、カプセルに入っているのがアキトなら、これで身柄を抑えることができる。
もしラピスならば、ユーチャリスは無効化できる!!
そして、もしアキトがカプセルの中に居て、ボソンジャンプを捕獲直前で使ったとすれば、彼の身柄が連合に渡らずに済む。
そう考えての選択だった。
宇宙に浮かぶステルンクーゲル。
サブロウタはカプセルを直接出て掴むと、声を出した。
「…カプセル確保!! 質量が予想より小さいんで、たぶんラピスって女の子だ。これから戻る!!」
「了解」
「これで、テンカワさんを捕まえる日が早まりそうですね。……ルリさん?」
おかしい、何かが腑に落ちない。
何かが。
……何か、が?
「急速加速!! サブロウタさんを収容後、全速でユーチャリスを追って下さい!」
「どうしたんです、ルリさん? もうユーチャリスは……」
そこで、ハーリーは絶句した。
彼と、そしてルリの目の先に映るのは、大気圏で空気摩擦に焼かれ、真っ赤に赤熱する、ユーチャリスの砕ける姿だったのだから。
ここに、火星の後継者事件は幕を下ろす。
コロニー連続襲撃犯、テンカワ・アキトの汚名だけを残して。
軍は、変わる事無く。
世界は変わる事無く。
ただ、悲しみだけが色濃く残り。
いずれ、記録にさえ残らないこの事件は、闇の中に消え、深い絶望と憎しみを生み出す糧となるだろう……。
誰かの、声が聞こえた。
男でも女でもない。年老いた者でも年若き者でも無い。
更に言えば、どのような感情も、だ。いや、あえて言えばそれは興味と愉悦。
だからこそか? この幻聴に声をかけられ、答え、問答してしまったのは。
『納得できるか、テンカワ・アキト』
「テンカワ・アキトは死んだ」
あの時、再会した時、彼女にそう言った。
もう、過去の自分は死に、残った、狂ったものが今の自分だけだと。
『では君の名は? 君はテンカワ・アキトではないのかね?』
「そうかもしれない。だが、俺がアキトである意味は、もう無い。そして、復讐鬼の名も、もう……」
もう、焼け残る事無く、全てが灰燼と帰す。
『君に問う。もし、過去に戻れるとするなら、どうしたい?』
「ふざけた質問だ。まず前提がありえない。なら答えるだけ無駄だ」
『違うね。君は一度体験しているはずだ。そして、見ているはずだ。過去への移動を』
サセボから月へ。
地下シェルターから古代。遺跡から、砂漠へ。
手が強く、握り締められる。
握り締められた手からは血が滴り落ち、しかし麻痺した感覚は、それを知らせてくれない。
「貴様は……何者!!!?」
激しい、憤りの声。
『おや、これは失敬。まだ名乗っていなかったな』
そこで一拍切り、謎の声の主は自らの名を名乗った。
『私は大宇宙の意思の具現者・逆行者。タオの力を持ち、大宇宙と一体化し、全てを見通すもの。だが君にはこう言うべきだろう……超古代文明の遺産、人の遺伝記憶の中にある、偉大なる者だと』
舌を出す。
指をなめる。
そのまま眉毛につばをつける。
『……私は狐狸の類などでは無い』
大して変わらんと思うぞ?
「下らん与太話は聞き飽きた。もういい。消えろ』
『与太話は無いだろう。……君には回りくどい話は必要無いらしいし、私としても本題にどう入るか迷っていたところだ。さっさと入る事にしよう』
「ああ、そうしてくれ」
『簡潔に言う。私は君達の言うボソンジャンプを用いて過去へ飛ぶ事が出来る。歴史を変えてみる気は無いかね?』
「……やれるものならな」
『それは、承諾の意思と受け取っても良いのかい?』
「……ああ。どうせもう死ぬんだ。悪魔に魂なんてとうに売り渡した後だしな……」
そして、光に包まれ、彼らは消えた。
「あっ、危ないっ!!」
「え?」
初めに聞いたのは、何故か、その声だった。
ついで、何か大きな塊が見えた。
そして次に思ったのは、この状況への疑問だった。
目を開けて最初に感じたのは、異様に重い自分の体。
次いで、視覚補助のバイザーの無い、透明な視界。
そして、自分の体に降り注いだ、白い下着の群れの感触。
とどめに。
「大丈夫ですかっ!?」
「へ?」
間の抜けた声を出してしまう。
何故なら其処には――。
「ユリカ?」
「え、なんで私の名前を? 会った事ありましたっけ?」
「ユリカ、生きていたんだなユリカ―――っ!!」
「きゃっ、きゃああああああああああああ!!!!!」
そして、封じた思いが決壊した。
泣きながら、ユリカに抱きつくアキト!!
だが!!
がすんっ!!
「全く、何するんですか!! ユリカ、早く行こう!! こんな変質者相手に……行くよ!!」
「あ、ジュン君待ってよ!!」
走り去っていくリムジン。
「どこかであった事ありませんか」
も。
「写真」
のイベントも無い。
ただアキトは、狂おしいまでの心の発露に押しつぶされて、ユリカに抱きつき、敵(正確を期すなら痴漢)と認識され、ジュンに撃墜されたと言うわけだ。
途端に脳裏に響いてくる声。
『何をしているアキト』
「……その声、お前逆行者か……これは一体どういうことだ?」
声には愉悦が滲み、アキトの声からは殺意そのものが漏れ出している。
『君は歴史を変える事を望んだのだろう? だからだよ。ああ、それと変えやすくするために昔の体と同化させて置いた。気が効くだろう?』
なかなかに芸の細かい奴である。
もしかしたら、余所の世界にまでエネルギーがもれているのかもしれないな、これだと。
「効きすぎだ!! それに説明が無かっただろうが!!」
『まあ、いいじゃないか。それよりどうする? このままナデシコに行っても、君は変質者のままだ。……辛いぞ?』
変質者。
それは、○○○で、■■■な、☆★☆な人の事を言う。(←差別用語につき、検閲により削除)
「もうどうしようもないだろうが! 出て来い逆行者!! 貴様を殺して、俺がナデシコを落としてやる!!」
……キレるアキト。
無理も無い。
『いや、だからな……取り合えず、やり直してみんか? 大体……10分くらい前から』
随分微妙に調整の効く奴だ。
「出来るのかっ!?」
『当たり前だ。私は過去を司るタオの力の具現・逆行者だぞ』
その言葉と共に、何故か気が楽になった瞬間、世界は歪んだ。
「……って、もう?」
気がついた瞬間に見たのは、トランクの底だった。
「ぐはぁっ!!??」
「……あの、何所かで会った事ありませんか?」
「…俺、地球に最近来たばっかで……あなたが火星の人だったらそういう事があるかもしれませんね」
今度は自制心を効かせ、何とか言葉で気を引こうとする。
「え? そうなんですか!? あなた、一体何所から?」
「ユートピアコロニー……です」
僅かに、涙を滲ませて。
目薬も使わずに……ここら辺……役者である。
テンカワ・アキト、侮りがたし!!
「えっ!? ユリカと同じですね!」
「……ゆりか? もしかして、ミスマル・ユリカ?」
「はい、私は、ミスマル・ユリカですけど……じゃああなたは!?」
「やっぱり! 隣に住んでたテンカワ・アキトだよ!!」
「アキト……うん、アキトだ……アキト……会いたかったよ、アキト!!」
「ユリカ! 俺もだ!!」
その頃、後方3メートル。
人目もはばからず、と言うか、天下の公道でラブシーンに突入しそうな二人を見て、ジュンが冷め冷めと泣いていた。
「じんせい、ラヴだよラヴ。ラブが無いなら……ライクなんかいらない……」
などと、訳のわからない言葉を呟きながら。
「あー、ほっぺで舌の動きって分かるんだ」
……今度は、2人がナニしているか良く分かる呟きだった。
もう、ジュンの目に光は無い。
『ううっふふふふふふふうふふふふふふ。アキト、君にはこのまま幸せになるなんて許されないよ。何しろこの私が憑いたんだからね。この200年で最高のマイナスエネルギ−……食べ尽くすまで、絶対に離さないよ』
その光景を、何時の間にかCCの代わりに着いたタオマークのペンダントの奥で、逆行者が涎をたらしながら見ていた(汗)。
なんとなく、ヤマサキあたりと融合してそうな、無意味に無邪気な笑みだった。
イン・ナデシコブリッジ。
ブリッジを見渡しながら、マニキュアを塗り終わって暇を持て余しているミナトが聞いた。もちろん相手はミスター・ネゴシエーター・プロスペクターである。
「ねえ、プロスさん。艦長ってどんな人なの?」
「防衛大学を主席で卒業した才媛です。戦術シミュレーションにおいて無敗を誇ったほどの逸材で……おや、通信……ちょっと待ってください。え? 何ですと? 分かりました、今参ります」
なにやら無線で彼のもとに、怪しげな侵入者(正規のパスは持っていたが、非常に挙動不審だった)が来たとの報告が来たのだ。
「どうしたのプロスさん? ……才媛てコトは女の人かあ」
「どうしたかね、プロスペクター君」
「提督、申し訳ありませんが、場合によってはナデシコの最初の命令はあなたに下してもらうかもしれません」
「どういうことだね?」
「副長が、真っ白な灰になった状態でここに来たそうです。彼が言うには艦長が……誑かされたとの事です」
まあ、アレは一般的に誑かされたと言うのであろう。一応双方合意の下だったと思うのだが。
ちなみにアキトとユリカは、非常事態であるというのにラブホでご休憩中だった。休んではいなかったが。
ごうんっ!!
「何事よ!?」
キノコがキーキーわめく。
話は変わるが、ムネタケの私室は彼の趣味のキノコ栽培のため、ブナの倒木が大量に運び込まれていたりする。
(ああ、仕事なんかさっさと切り上げてあのじっとりと湿った空間に帰りたい……)
ムネタケ一族は、キノコの栽培で財をなしたとの逸話もあるくらいなのだから。
「……格納庫です。踊りを踊ったエステバリスが足を引っ掛けて転倒。その際、壁に架けてあった作業中の機体全てを巻き込み、二次災害が発生」
そしてルリが、わざわざキノコの質問に答えると、医務室からの連絡をメグミが取り次ぐ。
「……乗り込んでいたパイロットのヤマダ『俺はダイゴウジ・ガイだ!!』ジロウさんが錯乱して暴れているので、ゴートさんを呼んでくださいとのことです」
「俺がか? 一体何事だ?」
怪我人が錯乱する事はよくあることだ。
その際に、余計な怪我を背負い込みでもすればコトだ。
「ええ、なんでも今みたいに『俺はダイゴウジ・ガイだ!!!!』と叫んでいるそうです。多分、転倒時のショックで記憶の混乱が……」
……残念ながら、それは地なんです……ええ、もう……かわいそうなことに。
「ねえ、それって労災降りるワケェ?」
「いや? ミスターに聞いてくれ。彼が専門だからな」
降りない、とは言えない。
だが、フクベの顔色が悪い。
「提督、どうかなされましたか?」
「昔な、儂の部下にもいたのだよ。事故の後、『海老を獲る』『演歌歌手になる』『12人の妹を探す』『ニューハーフになる』と、除隊を申し出るものが……」
なぜか、ブリッジの全員の目が、ムネタケに集中する。
「あ、あたしは男よ! かんぜんに!!」
オカマ言葉で話されても……説得力皆無である。
疑惑の生まれた瞬間だった。
『くくくくくくくく……これでエステバリスは出れない。あとは私の華麗なデビュー戦だ……』
……これは、そう。逆行者の細工なのだ。
魔の手は忍び寄っていた。
ひたひた、ひたひたと。
ちなみに言っておくが、「魔」とは逆行者のことである。
アキトがようやくサセボドックについた頃、周りは火の海だった。
その後方二メートル、何故だかひょこひょこと内股で歩くユリカが居たりするが、お気になさらぬよう。
「ユリカ、どうした?」
「うう……まだ何か挟まっているみたいで……」
顔を真っ赤にしてそう言ってくる。
これは非常に気まずい。
だが、天真爛漫で通っているユリカがこのように恥じらいの表情を見せているのだ。アキトは全身の血が燃え上がり、心が萌え上がるのを感じていた。
「……そうか……あー……とりあえず、エステバリスでも借りてくるか」
何の気なしに言って見せる。
安心感を与えるように男くさい笑みを浮かべて。さすが「黒の王子」様。ユリカは完全にオチています。
「アキト様?」
……アキト、様?
おいアキト、貴様一体ドコまでナニをした?
「安心しろ。俺だって随分と危ない橋を渡ったもんだ。あのくらいの無人兵器……な……らぁ!?」
「あ、アレが新兵器!?」
無人兵器じゃなかった。
いや、確かに無人兵器なんだけど……記憶にあるものとは違う!?
つぅか。
あんな物はアキトの記憶に無かった!!
角を切り落とした四角形の頭に、意味あるのか分からない目と鼻がついている。
四角いフレームの胴体。装甲など無く、向こう側が透いて見える。
妙にひょろ長い手足。ノスタルジックな、ブリキの玩具を何となく思い出す。
そして、ものごっついキャノン。
……キャノン。
着いている場所が微妙と言うか、モロ過ぎて、ひとしきり笑った後、女性兵士は顔をそむけ、男性兵士は戦意喪失。だがアキトだけは逆に胸を張り「ふっ、勝った」的な笑みを浮かべているのがムカツクが。
……ユリカが、なぜかアキトのほうを向き、顔を更に赤くして某・お下げの委員長のように「イヤンイヤン」をする。アキトが黒ジャージでないのが残念なほどだ。
「仕方ない! ユリカ、お前の目的地はどっちだ!!」
「すみませんご主人様、まだ、走れそうにありません」
ちと待て。
今度はご主人様?
……本当に、本当に『テンカワアキトは死んだ』のだな……。
「……そうか」
アキトはユリカをいわゆる「お姫様抱っこ」し、駆け出した。
かつての肉体に収まったアキトに出来る事ではなかったが、その辺は逆行者が手を回したようだ。
素晴らしい速度でナデシコまで駆けていった。
ウリバタケ整備班班長曰く。
「ねえ。ない。一個も」
「は?」
「だから、あの素晴らしいほどに極めつけの馬鹿がみいぃぃぃぃぃんな壊しちまった」
予想だにしなかった言葉。
確かに、格納庫の中に使えそうなエステバリスは一体も残っていなかった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
「……で、あの……馬鹿って、アレですか?」
「ああ。エステで一人寂しくコサックダンスなんてしやがって。バランス崩しそうになって壁のやつにすがって、後はドミノ倒しやりやがった」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!??????」
ちなみに、声にならない悲鳴をあげているのは「ナデシコならこいつ!!」と言われるほどの熱くて濃い男。ヤマダ・ジロウである。
「……ナニやってんですか?」
「ああ。あいつ怪我して錯乱しやがってな? 自分の事を『俺はヤマダ・ジロウなんかじゃねえ、ダイゴウジ・ガイだ!!』なんてな。で、ゴートのダンナに修理を頼んだんだ」
瘴気すら漂うその先には、七つ目の仮面を被せられ、変なオレンジ色の液体の染み出す白タイツを着せられた上に十字架にくくりつけられた男の姿が。
ゴツイ大男が青い髪のヅラを被って、二股の赤い槍を「赤いコンドル」のように構えている。
もちろん額にはバッテンのバンソウコウ。
「……本当に、何なんですか?」
「200年程前にあった、『内罰思考人間・強制的矯正法』とやらだそうだ」
……微妙な年代を持ち出してくる男である。
「それにしてもゴートさん、ですか? あの人は一体……」
「ああ、何でも軍を辞めてネルガルに入ったキッカケが戦闘機の飛行訓練中に逆行者なる神を見たからだそうだ」
ごがん!!
激しく床に打ち付けられる頭!!
アキトは激しく後悔し、ペンダントを握り、頭の中で怒鳴りつけた。
(おいこら逆行者!! これは一体どういうことだ!!)
『……知らない。これは本当に。……そう言う素質があったとしか』
嫌な素質である。
というか、よく前回の歴史で目覚めなかったものだ。
(そうか……)
何か、大事なものを諦めたような声で。
『ところでさ、手助け、いる?』
(いる。ものすっごく)
『なら私を呼ぶといい。ヒーローっぽくペンダントを掲げて、<来い、逆行者!!>とか言ってくれると嬉しいな』
……と言う事は、M78星雲あたりの存在か?
「遅くなりました…すみません。私が……艦長のミスマル・ユリカです」
そう言いながらブリッジに入ってきたユリカ。オトナになったばかりで精神的に不安定なのだろう。
まあ、色々あって、その、恥ずかしさからか、頬を染め、上目遣いにそう言ってくる。
ブリッジの半数は男性クルー。
ストライクだった。
「あの…状況を教えてください……」
……危険球モノだった。
『海中から〜』
のイベントが行われているとき、フクベはポツリと。
『ふ……育ちすぎだ……ワシの趣味ではない』
そう言いつつ、何故かブリッジの前方を見据えた。
恐るべき男だ……。
何か諦めた顔パート2。
そんな顔でアキトは地上に立った。
そして、今まさに、呼んではならない存在を呼んでしまった!!!
「来い・逆行者!!!!」
突如風が吹き荒れ、地上に炎が螺旋を描き、炎の竜巻が生まれた。
それは地上を席巻し、先行者の群れを…やけに軽く…吹き飛ばしながら、周囲の注目を集める。
そして何故か晴れ切った空から一条の雷が降り、炎の竜巻を切り裂いた!!
……時間が、止まった。
「…かえる」
まあ、見なかったことにして、基地の中から使えるものを漁ろうと。
しかし、背後から声がかかる。
『待て、アキトよ』
逆行者……想像以上にグレイトフルな奴だった。
というか。
外観を説明すれば、特に顔などは先行者のバッタ物である。
武装においては腕が六本(それぞれ戟、剣、鉄鞭)あって、腰に巨大なガトリング砲(中華ガトリングガン)を両側に。しかし、重量ゆえだろうか……腕が伸びて見え、足が歪み、O脚気味である。
ただ、何の冗談か……ゲッ○ー線でも浴びているのか、体が巨大化し、何と2メートル無い体が見る間見る間に10メートルに!!
「待ちたくない」
『いいじゃないか。とりあえず、私が存分に動くためにはパイロットが必要でな』
そう言って、ひょいとアキトを指で……あの関節で、どうやったのか謎だが…ま、とにかくアキトを捕まえたわけだ。使い古した靴下を持つような掴み方で。
「はなせ、はなせ、はーなーせ!!!」
『まあ、いいからいいから』
そう言うと逆行者は顔を、まるでアルミ弁当の蓋をそうするように前に動かして外した。
其処にはまるでタイヤキの型の様に人型のくぼみ。
「おいこらちょっと待て、いや、はなせば分かる、離せば!!!!」
離す、がちょっと違うような気がするが……ま、それはそれで間違いないだろう。
「やめろジョッカー、ぶっとばすぞぉ!!」
……ネタ、古いか……。
逆行者の戦闘能力は素晴らしいものがあった。
手が短く、その割にリーチのあるようでない武器。
アキトの取った戦闘手段は、とても利に叶ったものだった。
「行くぞ逆行者!!」
『承知!!』
二人の声が一つになる!!
「『だだっこぱーんち!!!』」
……エコーがかかり、スパロボのボイスのようになる。
逆行者は、ロクに動かせない腕から武器を放り投げ、手をぐるぐる回して突進し、先行者を殴りながらすたこら走り始めた!!
その姿はまさにボーリング!!
ピンのように激しく空を舞う先行者!!
そして何時の間にか開き直ったアキト!!
〜その頃のナデシコブリッジ〜
……沈黙中。
フクベ:ばいあぐら、と虚ろな表情で呟いている。
ムネタケ:何故かもじもじとしている。
プロスペクター:その辺の先行者が突き刺さっているビルの被害額を計算している。
ミナト:ゆでだこ。古風な貞操観念と言うのは真実らしい。
メグミ:准看護婦を目指していたときに色々あったらしく、平然としている。
ルリ:いつも以上に無表情。私、少女ですから等と自身に言い聞かせているようだ。
ちなみにジュン。
精神崩壊を起こして医務室のベッドに。「し、失楽園……」などとうわ言を言っている。
これからが楽しみな寝言だ。
アキトは思い出した。
かつての歴史では、そろそろバッタとジョロが合体する頃と言う事を。
……今までどこに持っていたのか、背中の風呂敷をごそごそとする先行者!!
取り出だしましたるは扇風機!
ナニをトチ狂ったのか、中華キャノンの反対側……シリに突き刺し、回転し始めます。
バッタ・ジョロ合体改め、シリの扇風機で空を飛ぶ先行者が空中戦を仕掛けてきた!!!
死の如き静寂の満ちるブリッジに、オモイカネのメッセージが流れた。
『呼吸困難により、地上から生命反応が消えかけています』
『ふ……アキト、一気に片付けるぞ!!』
「このガトリングガンでか?」
『違う!! この私の最強の兵器でだ!!!』
すると、逆行者は全身の力を抜き、グニョグニョと怪しげな動きをはじめた。
擬音を付けるなら『ぐにぃょおう』または『べにゃぁらぁ』。
「……何のつもりだ?」
『たこ踊りのつもりだ』
「……必要なのか?」
『いや、エネルギーチャージの儀式でな。そう言う指定なのだよ』
……指定ではしょうがない。
がんがん中華キャノンが当たっているのだが、フィールドを張るでもなく明後日の方向に跳ね返しているあたり、素晴らしい強度であるが、衝撃を全く吸収してくれないのがアキトには辛かった。
「いっ……いやああああああああああああああああああああ……象さんが、象さんがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ブリッジに木霊する悲鳴!!
目を見開きながら椅子の陰に隠れるミナト!!
なにやらトラウマがあるようだ!!
「あああ……醤油と山葵で一杯……」
涎をたらさんばかり。いや、たらしながらメグミ。
彼女の目は刺身たこが映っているのだろう。
「ナデシコ、あと30秒で海上に出ます」
冷静に言葉を続けるルリ。
しかし額から流れ出る汗は隠しようが無い。
『来た』
「え、何が?」
『来た。来た…来た来た来た!!!!!』
立ち上がる逆行者!!
そして、足元に現れるタオマーク!!
そしてそれは急激に逆行者の足元に渦を巻きながら吸い込まれていく(日曜朝八時)!!
腰の左右に取り付けられた中華ガトリングガンが眩いばかりに光を放つ!!
現れるのは仮想砲身。
だが。
ビジュアル的には先行者のが赤ちゃんのに見える程のモノ!!!!
オモイカネ曰く。
『基地から人間の呼吸音が消えました』
それはイカンぞ!!
『良いかアキト! キーワードを叫べ!!』
「知らないって」
『そこはかとなくカッコいいのを頼むぞ!!』
「今決めるのかよ」
うーん、と頭を悩ませる。
そして、乏しい語彙の中から適当に今決めた。
「行くぞ……『大宇宙の力よ、今こそここに来たりて、我が敵を全て薙ぎ払え!! ハイパー中華キャノン!!!』……はぁ」
なかなかにノっていたくせに溜息をつくとは、主人公の風上に置けない奴である。
……まあ、ハイパー中華キャノンが先行者を薙ぎ払うついでにナデシコの右前足(?)を撃ち抜いたのは……。
「ああああああああああーーーーーーーーーーっっっ!!!」
『あ、ごめん。やり直すわ』
おい?
「行くぞ……『大宇宙の力よ、今こそここに来たりて、我が敵を全て薙ぎ払え!! ハイパー中華キャノン!!!』……はぁ」
なかなかにノっていたくせに溜息をつくとは、主人公の風上に置けない奴である。
その日の夕方。
「敵、残存0。基地、被害甚大。人的被害・死者0、しかし酸欠(笑いすぎの呼吸困難)により記憶障害者、ほぼ全員」
「まさに驚異!!」
……誰も、今の状況には突っ込まない。
ナデシコの先端に、女神像の代わりに先行者の頭で作った玉座に座った逆行者のコトは……。
「いいですか、艦長!! このナデシコは艦内風紀のため!」
ピシ!
プロスペクターの眼前に突きつけられる指先。それはユリカの背後から伸びた、アキトのものだった。
「なにも、問題は、ない」
指先は、ゆっくりと下がり、またアキトの口から同じ言葉が漏れる。
「な、にも、問題、ない」
そして最後に。
「何も問題は無い」
そしてプロスペクターは呟く。
「何も、問題、ありません」
何故かタオマーク入りのペンダントがイイ感じに光っていた。
五分後、再起動したミナトは。
「あれ、艦長は?」
「オトナの時間、だそうです」
「さっきの男の人? 艦長の恋人か何か?」
「いえ、ご主人様だそうです」
「「「「「「……」」」」」」
痛いほどの静寂。
かしゅ。
自動ドアの開く音。出てきたのは失われし世界三大凶器の一つ「カイザーナックル」を両手に装備したアオイ・ジュン!!!
「ドコだ……ドコだドコだドコだ!! 出て来いテンカワ・アキトこの僕が貴様に引導を渡してやる!!!!!!」
ナデシコの、面白楽しい、18禁気味な航海が始まった……良いのか?
あとがき
アメンボさんにご協力を頂いた『逆行者』のネタがある程度固まったんで、取り合えず形にしてみました。
どうでしょう?
元々は<灰>に出すキワモノのつもりだったんですが……せっかく考えてくださったのですし。
ユリカを追い求め、それを隠そうとしないアキト。
たびたび暴走し、挙句に逆行者が『そそのかして』別のシーンを見るハメに陥ると言う形です。
ちなみに予定では、余裕が出てきた途端にアキトが漢の浪漫・漢の夢・ハーレム願望を実現しようとしやがります(←もろに日本語がおかしいですが、何時もの事なので気にしないで下さい)。
何しろ、彼の『後悔の念』が逆行者のエネルギーなのですから。
例)
親友関係にあるHさん(木星圏在住)とRさん(木星圏在住)、その上司であるM様(木星圏在住・管理職)に手を出した挙句、同時に「三ヶ月です(はぁと)」などと言われる。
そこで言う訳ですよ。
『どうする? やり直すか?』
と。
だから今のところパイロットは謎。
アキトが名声を手に入れ始めた頃にひょっこりばらす……とか。
ついでにもう一言。
続きません。
ファイル名を見てください。話数を示す数字がついていませんから。
追記
読者の方の年齢の一部を知る事が出来た今日この頃。(感想以外BBS)
ショッカーでは無く「ジョッカー」。この元ネタはおよそ’87年ごろ。今は’01年。約14年前。
13歳の読者がいるという。
……はぁ。
代理人の感想
何も、問題、ありません。(思いっきり虚ろな声)