ナデシコがチューリップに飲み込まれた時、シンジはジャンプを用いてラピスの下へといた。
アキトと共に訪れた際にラピスに頼んでいたものを受け取る為だ。

「ラピス、頼んでいたものは?」
「これ」

と桃色の髪の幼女は一枚のカードと同じく一枚のディスクを手渡した。
カードは所謂キャッシュカードのようなものでありディスクはラピスお手製のハッキングツールだ。

「ありがとう」

とシンジが簡単にお礼を告げる。
そんなシンジに対してラピスはなぜかシンジの方を見ず頬を膨らませている。

「ラピス?」

そんなラピスを訝しみシンジが声を掛ける。

「むう、用はそれだけ?」

と少しばかり苛立った声だ。
とそこに、

「ラピスどうしたの?」

とハーリーが入ってくる。
いつもであれば話す人間が自分とオモイカネ以外にいないので暇を見つけては来るラピスが来ないので見にきたのだ。

「え?シンジ…さん」
「初めまして…マキビハリ君…でよかったかな?」
「ええ」

と敵愾心もあらわに言うハーリー。
何と言ってもシンジはアキトと並んだハーリーのライバルだ。
当人達はそう認識していないが。

「シンジもう用は無いんでしょう?なら早くどっか行っちゃえ!」

ラピスの言葉に少しばかり考え込むシンジ。
少なくとも以前は必要な事以外話したことは無かったがここまで嫌われる事も無かったはずだ。
そんな黙考するシンジを気にせずラピスは言う。

「どうせならアキトからも離れたところへ行っちゃえばいいの!」

とラピスが言ったあたりでなぜかハーリーが死人の如く顔を青くする。

「ハーリーが言ってたもん!シンジみたいなのヤオイって言うんでしょ!アキトは普通なの!」

そこでようやくなるほどと頷くシンジ。
ハーリーは気づかれないように部屋を出ようとしている。
もちろん見逃すシンジではない。

「マキビ君…」
「はいぃ!!」

直立不動で答えるハーリー。
今のシンジの顔を見る勇気はハーリーに無かった。

「君と僕との間に少しばかり誤解があるようだね」

シンジはハーリーの方を見ていない。
ずっとその背を向けている。
だがハーリーにはなぜかその顔がどんな表情をしているか理解できた。
理解したくないと心のそこから思ってもいたが。

「少し…二人で話し合おうか」

それは絶対に拒否を認めない声色であった。
それでもハーリーは足掻く。

「い、いえそんな…大丈夫ですよ。もうきっちりシンジさんのことは分かりましたから」
「そんな事言わずに」

足掻くハーリーに優しい笑みを向けるシンジ。
それは本当に優しくそして柔らかい笑みであった。
ラピスが一言言わなければハーリーも安心してシンジに着いて行ったかもしれなかった。

「あ、シンジ本当に怒ってる」

ラピスの言葉にビクリと身体を振るわせるハーリー。
ラピスの言葉が正しければシンジは本当に怒るとそんな天使もかくやという優しい笑みを浮かべるという事だが…。

「ぼ、僕用があるんでこれで!」

すばらしい速度でラピスの部屋を出て行くハーリー。
その後姿を見た後シンジは小さく吐息を零す。

「ラピス…あの子の言った事、真に受けないで欲しいな」
「嘘…なの?」

と聞くラピスにシンジは頷きボソンの光芒を発した。

「アキトさんが戻るまで八ヶ月…僕なりに動くからよろしく」

そしてその姿は光と共に消えうせるのであった。

「むうう。ハーリーのくせに嘘つくなんて…あとで仕返ししてやる!」

将来性のある子だ。







ラピスのもとより去ったシンジが次に訪れた場所はまるで廃墟の様な場所であった。
そこはかつてシンジがアキト共にコロニーを襲撃していたときに見つけたいわば裏の稼業御用達の街である。
そこでは様々なものが売られている。
銃は当然として表に流れないような物、いや物のみならず情報から様々な物が手に入る。
もちろん代価を金を持っていればだが。
そんな廃墟の様な街を歩きながらシンジは幾つもの視線を感じた。
このような街では他者に対する警戒心が人一倍では足りないほどに強い。
そのためシンジの様な精々少年にしか見えない者に対しては警戒と後は様々な欲が向けられる。
事実目的の場所に向おうと歩くシンジの前に屈強な男達が立った。
黒人の四人組だ。
手には銃を持ち威嚇するように弄んでいる。
その四人組の内の一人にはシンジに欲情の目を向けている者までいる。
そんな黒人の男達に対してシンジが取った行動はと言うと。
苦笑を浮かべただけだ。
やっぱり、とつまらないものを見つけたような苦笑。
その笑みを見た男の一人が尻のポケットよりナイフを取り出し襲い掛かってきた。
他の連中はこれで終わりだと言わんばかりの表情で動きもしない。
僅か数メートルの距離を向ってくる男。
シンジとその二メートルを越える男の体格を比べればまるでシンジが子供の様に小さく見える。
だがそんなものなどハンデにすらならない。
勢いよく突いてきた男の右手をまるで手を置くかのように掴み、空いている手で男の胸を、トン、とノックするかのように小突くシンジ。
それだけで男は眠るかのように倒れた。
その光景に自分の目が信じられなかった残った男達。
一種虚脱状態に陥っているところシンジは容赦せず彼らも同じように地に臥させた。
呆気なく倒れた男達を見ることも無くシンジは悠々と歩き出す。
まるで今の光景が嘘であるかのように。
だがそれは紛れも無く現実で倒れた男達に群がる隠れていた者達がそれを示す。
例え何も持っていなくともここでは人間ですら売り物なのだから。
そんな光景になんら感慨を抱く事無くシンジは路地へと入る。
今は最も太陽が高い時間だというのにまるでそこは光が厭うたかの様に暗い。
それを全く気にせずシンジは路地奥にある薄汚れた建物の扉を叩いた。
だが返事が返ってこない。
だと言うのにシンジは気にせず扉を開けくぐる。
建物の中は外見に違えず薄暗かった。
異臭が漂い数分もいれば奇妙なもの見えそうな程だ。
そんな建物の中に一人の中年の男が居た。
冴えない風貌で週刊誌を読んでいる。
シンジの方に目を向ける事すらしない。
が構わず声をかけるシンジ。

「あのものが欲しいんですが」

その一言を聞きようやくシンジの方に目を向ける男。
ものが欲しい、その言葉を聞きニヤリと笑みを浮かべる。
それは解りやすく言うのならば、ウリバタケが秘密なものを出すときに浮かべる笑みを良く似ていた。

「ものが欲しいねぇ…何が欲しいんだ?」
「まあいろいろです。ナイフとか銃とか…」

ほう、と呟き立ち上がる男。
薄暗く埃が舞う室内の奥にあるドアへと向った。

「着いてきな」

男の言葉にシンジは無言で従う。
ドアを抜けるとそこはさながらスミソニアンの如く整頓されていないが凄まじく物がある場所だった。
そんな状態だと言うのに男は何処に何が有るのか心得て居るのだろう、とりあえずナイフを取り出す。

「まずナイフならこれだな。これは由緒正しいとあるヴェドゴニアが使ったと言う…」
「いりません」

嬉々として説明を始めようとした男の口上をいともあっさり遮るシンジ。
そのナイフはきっと夜の公園で血を吸われた高校生が使っていたものだろう。
男はそんなシンジに恨みがましい目を向けながらも別のものを取り出す。

「ならこれだ!これはとある死を視る事が出来る男が使ったと言う短刀…」
「だからいりませんって…」

ちなみにその短刀、掠れているが七ツ…という文字が見て取れる。

「……。ならこれだ。これは頭がクラゲだが腕は超一流の金髪剣士が使ったと言う…」
「お願いです…普通のをください」

なんだか泣きたくなっているシンジ。
ちなみに男が持っているのはナイフではなく剣だ。
……周囲の力を切れ味に転換するのだろうか?

「ちっ!我侭なやつだ。ならこれだ。これはとある企業に属して遺跡を守ったりしていた高校生が使ったと言うナイフ!」

なんとかマッスルスーツを着込んだ”彼”のことだろうか?

「……もしかして、オリハルコン製とか言いません?」
「なんだ知ってるじゃねえか」

もう帰ろうかな?なんて考えるシンジ。
ついでにこんなでなければ量も質も最高の場所なのにとも思う。
本当にどこから集めてくるのかは知らないが”色々”と曰く付きな物がそろうここではあるが揃っている物は凄い。
薄暗く埃が舞うような室内だがここで揃わない物は無いと言われるほどだ。
シンジが全く話を聞いていないことに気づいていないのか男は顔を喜びに歪め手にしたものの説明をしている。

「この剣なんかどうだ?これはとある黒一色の格好をした男が持っていた剣で、なんと喋ったり色々できる」

実体化したときはきっとラグと言う名で出るんだろうな。

「お願いですから…」
駄目だ!!ここまで来たからにゃあ俺が言った中から選んで貰わんとなあ」

この珍妙な品の中からである。
シンジはその言葉を聞きがっくりと膝をつく。
確かにそれらの品は良質この上ないと言える品であろう。
だが何と言うか…曰くがなんともアレだ。
ああ、やっぱり質が下がっても別のところに行くべきだったかな?とシンジが考えたそのとき。
重々しい音がした。

「へっ?」

とシンジが呟き振り向くと鉄扉が見えなく、鉄板が入り口を覆っていた。

「ふん!なんか不穏なことを考えていたみたいだからな…」
「心でも読めるんですか!貴方は!!」

思わず突っ込むシンジ。
だが男は答えず声を出さず笑うのみだ。

「さあ!どうする?」

いま紹介された以外の物もシンジの前に出す。
ここを出るには選ぶしかないのか…。
もうシンジは諦めた。

「じゃあ、このナイフを…」

とシンジが選んだのは…オリハルコンのナイフであった。
他の物よりよっぽどマトモだからである。

「ようし!そうこなっくっちゃ!」
(貴方がそうさせたんでしょ!)

とは心の中で呟いた言葉。

「で?次は何を選ぶ?」

再び振り返るシンジ。
未だ出口は鉄板で覆われている。
ああ…、と呟きシンジは天を仰いだ。
そこに空は見えない。
狂乱のお買い物はまだ続くようであった。






疲れ果てた姿のシンジは危険な場所を出てカフェテラスで休憩をしていた。
足元に置かれた大きい鞄には色々なものが入っている。
オリハルコンのナイフに始まり、とあるヴァンパイアが使ったと言うジャッカルとか言う銃とか人間台風と呼ばれた者が使った銃とか…。
本当、何処から仕入れたのだろうかと勘繰りたくなるような物ばかりだ。
そんな際物を置いといても有用な物は手に入れることが出来た。
例えば大半のセンサーを誤魔化す事が可能な物。
例えばかつて着た戦闘服。
あそこで無ければ手に入らないものだ。
主人はアレであるが…。
取り敢えずは目当てのものを手に入れることができて満足した表情のシンジ。
夕闇が世界を赤く染め上げる。
赫闇に染まる世界の中でシンジは独り目を細め呟く。

「後は…潰すだけ」

小さな声。
誰にも届かない声。
だがそれは峻烈にして苛烈な時を告げる言葉であった。
冷酷にただ世界は、赤い…。



良くも悪くも変わった「少年」