空が茜に染まりまもなく夜が訪れるだろう狭間の時。
彼は呆然としていた。
「……どこだ此処は」
唐突に視界が開けたアキトは今自分が居る場所を確認しようと辺りを見回し漏れた言葉。
先ず目に入ったのは薄汚れた天井。
そして同じように薄汚れた壁。
散らかった雑誌に服。
視界から入る情報が増える度に困惑の度合いが増すのが判った。
「此処は俺の部屋?」
自問する言葉が狭い室内に響く。
見渡せば見渡すほどにその言葉を肯定する情報が増していく。
そして比例していく困惑に対しアキトは一つの回答を導いた。
「ボソン・ジャンプ…」
それは彼を襲った悲劇の原因。
その後、彼が戦えた力の一つ。
そして今は…。
「時を…越えたのか」
その言葉を聞いたものは知っている者であれば疲れ果てた者の声と、知らない者であれば安堵の声と聞いただろう。
「時を越えても、五感は戻らず」
それこそ寂しげな声で呟くアキト。
最早ラピスの補助は必要無くなっている。
「身体も!戦闘服も!銃も!忌々しいナノマシンも!その全てを持って時を越えた!時を越えても絶対逃れられないって事かよ!!」
次に響いた声は強い自嘲。どこまでも自分を嘲り強くする言葉の音。
バイザーから透かして見る光景が苛立ちを増させる。
時を越えどうなるのだと。味覚などないのに料理でも創る気かと、心が聞いてくる。
感情が昂ぶったせいで額を中心に緑光の紋様が浮かぶ。
「くそっ!!」
自分を嘲る自分の声が煩わしくてたまらない。
ガンッ!とスチールのデスクを思いっきり殴りつける。
くの字型に歪むデスク。痛覚すら鈍感なアキトには痛みがあるのかないのかも分からない。
それがまたアキトを苛ただせる。
「っつ!」
バサリと羽織っていたマントを床に脱ぎ捨てる。
床と接触した際に仕込んでいる銃等が大きく音を出す。
そしてバイザーも投げベッドに倒れこんだ。
左手が顔を覆い緑光と表情を隠す。
「どうしろと……何をしろというんだ…」
親からはぐれた幼子のような声を出すアキト。
だがそれに答える者、答えれる者はいない。
今、テンカワアキトを知る者は居ない。
エステバリスを危うげに駆っていた料理人を目指した青年も、苦痛と絶望と憎悪の果てに復讐者となりその対象と幾千もの無辜の人間を殺戮した青年を知る者は…。
それを知っているのはただ一人。テンカワアキト自身に他ならない。
そして彼は。
「ッハハハハハハ。アァハッハッハッハッハッハァ…」
顔を手で覆ったまま笑い声を上げるアキト。
もう何もかもが可笑しくて堪らない。
全てがくだらなく思える。
そんな全てに嘲笑するアキトが選んだのは……。
「いいさ。戦い方も殺し方も知っている俺だが普通に生きて見せるさ。木連もネルガルもボソン・ジャンプも関係ない。精々道化として生きてみるさ」
未だ笑いの余韻で震える身体を押さえつけ底冷えする瞳をしながら宣告するアキト。
「それが…俺には似つかわしい……」
消えてしまいそうな最後の言葉。
それを反芻しながらアキトは眠りに落ちていった。
静かに深く夢すら見ないように深い眠りへと……。
未来において史上最大のテロリストと呼ばれた青年は時を逆しまに進み今一度道を歩み始めた。
今度は十五歳。ちょうどかつてのアキトが高校生となった時節の事である。
代理人の感想
・・・・・・・・・二十歳過ぎのにーちゃんが高校生やろうってのか・・・・・・・・・
その時点で充分普通じゃないと思うんだが、それに何故気付かんアキトよ(汗)。