闇夜が支配する火星の空。
その火星の一角にあるユートピアコロニー。
今はその殆どが静かに朝を待ち続けている中に奇妙な音が響いた。
それは地面より響いた音。
マンホールがずれる音。
「ド…ドクタァ…貴方の罰…痛すぎです…」
ワタルだ。ワタルがマンホールから這いずりでてくる。
一体何があったのか?制服はボロボロで残っている部分もびしょ濡れだ。
地面に濡れ跡を残しながら這いながら進むワタル。
だが彼は気づかない。
今、這い出てきたマンホールの暗闇より一筋の影有るのを。
それは音も無くワタルに近づきその影を伸ばす。
「むっ!!邪気が!!」
と叫んだのも束の間。それはワタルの足に巻きついた。
「のぉぉぉぉぉぉおおおおおぉおぉ!!でびるふぃ〜〜〜っしゅぅぅ〜〜〜!!」
と空高く上げられながら叫ぶワタル。
何気に伸ばされたそれには吸盤がついている。
「どくたぁぁ〜〜〜〜〜〜!!」
と叫んだところで勿論イネスは助けてなんてくれないのだった…。
●
何時もの如く…といっても三日目だが登校するアキト。
だが何時もと異なり学校へとついた途端、生徒会室へ来るように放送があった。
その放送に訝しげな顔をしながらも生徒会室へと向ったアキト。
二つノックをし、返事が有ったところで中に入り込む。
生徒会室の中ははっきり言って生徒会室らしくなかった。
広さは20畳程、壁には優美な絵が掛けられている。
床はなぜか高そうな絨毯が敷かれている。
「来たようだね」
キィ…と音を立てながら椅子ごと振り返る青年。
この部屋に合う位に椅子は重厚な革張りの椅子、机もまた同じように重厚だ。
最早生徒会室ではなく何処かの大企業の重役室のようだ。
「テンカワアキト君…それに相違ないかね?」
「ええ」
相違ない、とはまた小難しい言葉を使うが不思議と彼が使うと違和感は全く無かった。
「ふむ。一応私の名も紹介しておこう」
と真鍮製のフレームを指で押し上げながら言う。
「私は現生徒会長のハヤシミズだ」
「…テンカワです。それで俺に何のようで?」
「気が早いな君は。だが私も時間があるわけではないので有り難い」
口元に品の良い笑みを浮かべ言うハヤシミズ。
そして静かに机の上に手を置き組む。
「昨日、君は校舎敷地内にて所謂喧嘩と言うもの行った…」
「……」
「本来であれば君は処罰されてしかるべきなのだが…まぁそのような瑣末事で処罰を下すのは私としては避けたい」
「なにが…言いたい」
「失礼、前置きが長かったね。なに大したことではない君の処分を取り消す代わりに…」
「断る」
ハヤシミズの言葉を最後まで聞かずに断るアキト。
そんなアキトに一切怒りの表情等を見せる事無く言葉を尚も紡ぐハヤシミズ。
「取り消す代わりにだ、君もまた口を噤んでいてもらいたい」
「?」
自分が想像した何らかの取引と…と思っていたが全く違う内容で面を食らうアキト。
「生憎ながら君と取引しようと言う気は無い。この喧嘩という事実は今のところ私のところで止まっている」
そこで一つ息をつき続けるハヤシミズ。
「私としては教師達にこの事実が知られるのは避けたい。それは教師達に僅かながらもアトバンテージを渡す事になるからな。
そう、それは決して有ってはならない事だ。その僅かなアドバンテージを切っ掛けに教師達は生徒の自治を侵食してくるだろう」
「んな大げさな…」
「大げさ?そんなことは無い。以前有ったのだよ。数年前ある女子生徒が行った科学および化学実験で半壊した校舎の例を持ち出し我々を脅迫してきた事がね」
「……一つ聞いていいか?」
「何かね?」
「その…実験を行った女子生徒…イネスとか言わなかったか?」
「知っているのかね?」
「いや…少し…」
どうにもイネスに戦慄を感じるアキト。
(そんな昔から…)
と思うのも仕方が無い事だろう。
「まぁいい。話を続けよう。このような理由があって私としては教師達に決して僅かなりとも有利な情報を渡したくは無いのだ。
ここで君が口を噤んでくれれば後は我々の方で処理をしよう。どうかね?」
「それは構わんが」
アキトとて自分から好んで騒動を起こしたくない。
尤も騒動のほうから勝手に来るが。
「感謝する。話はこれだけだ君の方は何かあるかね?」
「いや。俺も無い」
「そうか。では退出しても結構」
といわれ一礼をしその場を辞去するアキト。
静かに重厚な扉が閉められるの見送るハヤシミズの元に新たに声が向けられた。
「会長」
「なにかね?ミキハラ君」
優雅…と呼べるような立ち振る舞いが上品な少女。
流れるような黒髪と白い肌。
切れ長の目が知的な顔を造り上げている。
「Drフレサンジュがお見えです」
「…通してくれ」
「はい」
ミキハラの姿が消え僅かに時が過ぎたとき、再び扉が開きイネスが現われる。
「お久しぶりね。会長」
「ドクターもご壮健で。して今日はどのような用件で?」
「…貴方に頼まれていた物の解析…終了したわ」
「ほう」
「貴方の方は…見つけたかしら?」
イネスの言葉に声を返さず代わりに机の中よりディスクを取り出すハヤシミズ。
「こちらに…」
とイネスにディスクを渡すハヤシミズ。
それを受け取りハヤシミズに懐より取り出したディスクを渡すイネス。
「そう…これに入っているのね。遺跡の場所が。…相変わらず優秀ね、未だネルガルが見つけていない火星の遺跡、それを見つけるとは」
「優秀ですから。我が生徒会執行部は」
眼鏡を押し上げながら言うハヤシミズ。
「まぁいいわ」
と辞去の言葉も残さず生徒会室を後にするイネス。
そしてまた同様にミキハラが戻ってくる。
「よろしいのですか?」
主語の無い言葉…がそれを理解し返事をするハヤシミズ。
「構わない。彼女は優秀だ」
「分かりました。それと一つ報告が」
「なにかね?」
「遺跡の発見をする為の支出が予定より23・5%オーバーしています」
「……分かったそちらに関しては私が手を打とう。C会計のプールはまだ余裕があるだろう」
「はい」
そして礼をし出て行くミキハラ。
ハヤシミズを残し誰も居なくなった生徒会室。
静かに時が刻まれて行くのだった……。
●
「あ!アキト君!…どうしたの?生徒会長に呼ばれて…」
「いや、大した用事じゃない」
喜色満面でアキトに近寄ってくるコトネ。
が、それを一刀両断の言葉で切り捨てるアキト。
次の言葉を捜すコトネを後ろに自分の席へとつくアキト。
そのアキトを追い傍によるコトネ。
「アキト…」
君、と言葉を続けようとした瞬間中空を飛ぶ感覚を味わうコトネ。
アキトに抱きかかえられていると気づくのはその僅か後だ。
この状況に混乱しアキトに聞こうと顔をみるとアキトは厳しい目つきで窓の方を見ている。
「天が呼ぶ。地が呼ぶ。人(モテナイ男)が呼ぶ。悪を倒せと俺を呼ぶ」
ワタルだ。ワタルのなのだが別のも居る。
タコだ。全長10m以上はあるのでは無いかと言うタコ。
その頭部?にワタルは立っている。
「…なんだそのタコは」
「ふっ。良くぞ聞いた!これこそ我が心の友、レナちゃんだ!!」
「……」
さすがのアキトも声が出ない。
かつて自分が住んでいたところにあんなものが居るとは、と思っている。
あんなものがどちらを指しているのかは追求しないが…。
「さぁ!行け!レナちゃん!!あの大魔王を倒すんだ!!」
勿論タコだから返事は返さないが意思の疎通は出来ているらしい。
その長大な足を大きく振りかざし今まさに校舎に、アキトに振り下ろさんとしたその時!
「待ちなさい!!」
と凛とした声が響いた。
白衣をなびかせ…風は吹いていないのに…何時の間にか教室にいるイネス。
アキトにすら悟られずに来たのだから大したものだろう。
「ドクター!!なぜです!?」
ドクターであれば認めてくれるだろうと思っていたが反対に止められる事となりワタルは叫ぶ。
「それを使って倒すのは認めないわ!」
「ドクター!!」
「なぜならそれは…私の失敗作だからよ…」
沈痛な表情で呟くイネス。
その言葉を聞きワタルはまたも叫ぶ。
「そんな!?」
「いいえ、本当よ。私が作った巨大化装置、それをもって巨大化させたもの…」
「それがどうして失敗なんですか!」
「……簡単よ。最後に巨大化した者は勝てない…そんな法則があるのよ」
その言葉を聞きイネスの後ろでみんながこけた。
「そう言われてみれば確かに…」
「「「「「「「「「納得するのか!お前は!!」」」」」」」」」
それはもう見事なツッコミだった。
「っく!ドクター例え貴方と言えど聞けません!!この子は私の友、いえ強敵(とも)です!この子と一緒に戦わずしてなぜ胸を張れるでしょうか!?」
「あなた…私に逆らう気なの?」
アキトからは見えないがなんだかヤバイオーラーが見えそうなイネス。
みんな震えている。
そう、ワタルとタコことレナちゃんも。
「ドクター!!お許しをっ!!」
恐怖を断ち切り再びレナちゃんに指示を出すワタル。
先ほどとは異なりノロノロと足を動かすレナちゃん。
「そう逆らうのね」
ぼそりと呟き懐から面妖なものを取り出すイネス。
面妖といってもちょっと変わった形をしたステッキだが。
ここで大きく息を吸いイネスは叫んだ。
「ムーンミラクルパワー…
「やめいっ!!」
と危険な言葉を発しそうになったイネスを度突いて黙らせたアキト。
歳を考えろ歳を…、とイネスが聞いていたら改造コース間違い無しの言葉を言っている。
「テンカワアキト!!貴様またしてもドクターを!!」
と叫ぶワタル。ついでにレナちゃんもなんか全部の足をクネクネ動かしている。
が、アキトはそれを見ていない。
「ふへ…ふへへへへへへへ…」
となにやら危険な笑い声を上げている。
びくりと引くクラスメートとレナちゃん。
ワタルは……まぁイネスで慣れているのだろう引いては居ない。
「もういい。ようく分かった」
底冷えのする目でワタルをみるアキト。
「よく分かった…お前が居れば俺に平凡な生活が無いと言うことを!!」
その瞬間、床を蹴り窓から外へ飛び出すアキト。
「行け!レナちゃん!!」
それを撃退せんと動くレナちゃん。
ここに史上類を見ない死闘?が展開されるのであった。
●
展開されるのであった…のだが。
「愚かね…メイドウワタル」
どこからそんな声が出るのかというようなイネス。
以前ワタルを奈落に落とした懲罰用とフダの下がった縄が何処からとも無く降りてきている。
それを力一杯引くイネス。
その途端、グラウンドに大穴が開いた。
「うぞ!?」
飛び出したアキトは必死で窓枠を掴み落ちるのを避けようとする。
「どくたあぁあぁぁぁぁぁ〜
とワタルの悲痛な声が響いた。
「ノォォォォ〜〜〜なんか黒くてわさわさしたものが身体を這いずるぅぅ〜〜」
分かる人にだけ一言…クリープショウである。
というか解らないほうがいい。
すばらしい視力を持つアキトだけが奈落の底にあるもの認めた。
が認めたくなかっただろう。必死に吐き気を堪える身としては。
「フフフ…ホ〜ホッホッホッホッホ〜〜〜」
口に手をあて高笑いするイネス。
かつて出会ったイネスの変わり果てた(これが地かも)姿にアキトはただただ恐怖するしかなかったのであった……。
わかってしまった代理人の感想
げろげろげろ。