暗い暗い世界。
響き渡る足音。
「ハァハァハァ!!レナちゃん無事か!?」
荒い息とともに吐かれる言葉。
その言葉に応える……長大な足。
彼の、ワタルの強敵である大蛸のレナちゃんである。
イネスの手により地下に落とされ、黒の洗礼を受けたのだが互いに壊れること無く走っている。
どれ程の時間が過ぎたのかはわからない。
この暗い世界では太陽による時間の経過など分かりようもない。
「俺は死なない!コトネさんと添い遂げるまで、俺は死ねない!!」
その時が来るかは甚だ疑問が残るが元気なのは良いことである。
……彼の場合少し元気が無い方が良いかもしれないが。
烈火の如き激しい意志を全身より溢れさせ彼は前方の暗闇を突き進む。
不意にその動きが止まった。
数メートルの距離を滑り、鋭い眼差しで前方を睨む。
そこにあるのは変わらず暗闇。
だが、彼には別のモノが見えているのかピクリとも動かない。
いや、彼のみならず大蛸もだ。
静寂の刃に切り込まれた様に沈黙の帳が落ちる。
「レナちゃん……」
と小さく、だが明瞭な声で呼ぶ。
頷き?返すレナちゃん。
暗闇の奥で何かが動いた。
その巨体に似つかわしくない俊敏な動き。
羽を広げ、ワタルとレナちゃんに向かってくる。
「クッ!また貴様か!!」
叫ぶワタル。
叫ばれた相手は無言で襲いかかってきた。
地を駆け、壁を駆けぬけて。
その光景に誰もが言葉を失うだろう。
その異常な光景に。
そう、ワタルとレナちゃんが相対する相手は、
巨大なゴキブリだった。
「コトネさん!俺に力を!!
変…身ッ…!!」
ポーズを決める!
身につけた奇妙な形をしたベルトが回りだす。
そう!彼はイネスの改造を受けたことにより仮面……に変身することができるのだ!!
ちなみに三点リーダーの間には好きな言葉を入れていいぞ!
黒いボディに真っ赤な目。
これ以上の言葉は避けるがそういう奴だ!
「行くぞ!!」
そしてワタルとレナちゃんの死闘が始まった。
●
地下で起きている死闘は露知らず、アキトは変わらないむすっとした表情で部屋にいた。
カチコチと鳴る時計の音も耳に入らず銃の整備に熱心だ。
「……よし」
組み立て終え、一息つくアキト。
その手元にある黒光りする銃が『熱心』の結果だ。
「む、もうこんな時間か。学校に行かなくては」
あまりに熱心すぎて、とうに始業の時間を過ぎていることに気づく。
銃を仕舞い、手早く着替えて玄関へと向かう。
相も変わらず懐の軽さに違和感を覚えるが最初に比べればマシだ。
靴を履き、さあ出よう、としたところである音が響いた。
「通信?」
ピピピ、と鳴る卓上の電話。
靴を履いて出よう、としたときになるのはある意味世界の法則だ。
靴を脱ぐのも面倒でそのまま電話を取りに行く。
「誰だ?」
短く問う。
アキトのその静かで低い声とは対照的にウルサク、高い声が響いた。
『テンカワ君!?』
「……その声、ココノエか」
『今どこにいるの!?』
アキトの言葉を聞きもせず焦った声を出すミズキ。
それにアキトが眉を顰めるが当然ながら向こうには分からない。
『お願い!助けて!!コトネが…コトネがっ!!』
「落ち着け。コトネがどうしたんだ?」
『攫われたの!』
「そうか」
必死なミズキとは異なりどこまでも冷静なアキト。
あまりに冷静なその言葉にミズキが叫んだ。
『どうしてコトネが攫われたって言うのにそんなに冷静なのよ!?』
声のみが聞こえ、顔などは見ることができない。
だがそれでもミズキが激昂しているのが分かる。
親友が攫われた悲しみと恐怖。
泣き声にまで至ったその声。
それに対しアキトは、
「……俺にどうしろと?」
と冷静に切り返した。
確かに本来であれば連絡するべきは警察であってアキトではない。
だが、ミズキはこの様子では真っ先にアキトに連絡を入れたのだろう。
だからアキトのその冷静な切り返しに彼女は言葉を失った。
「……」
『……』
しばし沈黙が支配する。
互いに言うべき言葉を思いつかず、むなしく時が過ぎてゆく。
沈黙を終わらせたのは意外な事にアキトの方であった。
一つため息を零し、口を開いた。
「分かった。場所は……分かるわけ無いか」
『ごめんなさい……』
普段とは全く逆のしおらしい声がアキトの耳朶を震わせる。
他の男であれば普段とのギャップに心を躍らせるかもしれないがこのアキトに限ってそんな事はあり得ない。
気にするな、と一言告げて電話を切る。
「ふむ……」
静かになった部屋の中でアキトは考え込む。
どうすればコトネの居場所が分かるか。
以前とは異なり、情報を渡してくれる者が居るわけではないからだ。
いや、一人だけいる。
アキトもそれを思い出したのだろう、顔を不安の色に染めた。
「……背に腹は代えられんか」
銃を手に取り、彼は重い足取りで部屋を出て行った。
●
そこはまるで時代を逆行しているような場所だった。
所狭しと置かれた様々器具と機械。
机の上に置かれたフラスコの毒々しい色をした中身などよりは怪しげに煙が上がり、置かれた機械のランプはこれまた怪しく光を明滅している。
人それをマッドの研究所と呼ぶ!な感じであった。
「ウフフフフ……」
と薄暗い部屋に笑い声を響かせたのはもちろんイネスであった。
そう、ここは学校内にあるイネスの研究所なのだ。
一人を除いて誰も近づかない学校内の魔窟。
イネスの聖域。
この上なく怪しいその領域に入ってきたのはアキトだ。
研究室内の暗闇を駆逐するかの様に背に光(電灯)を背負い静かに入り込んできた。
「あら?テンカワアキト、どうしたのかしら?」
落ち着いた声で言葉を投げかけるイネス。
だがその内心は少し焦っていた。
(まさか決着をつけに来たのかしら)
こんなことになるのならば戦闘員ことワタルを地下に落とさなければ良かったと少し後悔だ。
が、イネスの考えとは逆にアキトは、
「頼みがある」
と静かに言った。
「頼み?あなたが、私に?」
「そうだ」
その言葉を聞き冷笑を浮かべるイネス。
まさしく悪の大幹部の様だ。
「なにかしら?」
「この学校の女子生徒の一人が攫われた。その行く先は俺には分からないから調べて欲しい」
「なぜ……私にそれができると?」
変わらぬ冷笑を浮かべたままイネスは聞いた。
「……できないのか」
呟くように言ったアキトの言葉にイネスは歯を軋らせた。
「できるに決まっているでしょう!この私を誰だと思っているの!?」
(マッドサイエンティスト)
イネスの言葉に内心でそう呟くアキト。
端的にイネスを表してる。
「少し待ってなさい!こんな事もあろうかと全校生徒の体内に発信器を埋め込んでるわ!」
「…………」
こんなこととはどんなことなんだろうか?
それはともかく機器を操作し画面を食い入るように見るイネス。
「見つけたわ!」
「どこだ?」
「これは……空港の倉庫の一つね。まずいわね」
「なにがだ?」
「…………気にしないで」
きっと空港の倉庫にヤバイモノを隠しているのだろう。
それは多分関係ないので聞かないで置くことにしておく。
「場所はここよ」
映し出された立体図と平面図の一点に光点が点っている。
「…礼を言う」
そう一言を告げその場を去ろうとする。
それを、待ちなさい、とイネスが引き留めた。
「なんだ?」
「これを持って行きなさい」
とアキトに手渡したのはオモチャの拳銃。
無論アキトは無言になった。
子供向けのデザインの銃。
これを何に使えと?と目が語る。
そんなアキトの目にイネスは笑みを浮かべ、
「使えば分かるわ」
と言った。
「…………」
アキトは、無言で、手に持った、オモチャの銃を、
イネスに向けた。
イネスの姿が機器の後ろに消える。
トンでもない速度だ。
「……その反応からすると結構凄まじいモノみたいだな」
「そ、そう言う試し方はやめてもらいたいわね」
汗を流しながらイネスが姿を現す。
かなーり焦ったようだ。
「まあいいさ。貰っておこう」
それを懐に入れてアキトは今度こそ、その部屋を出て行った。
ちなみにイネスより渡された銃は世の為人の為なにより自分の為に封印しておくことを決意してる。
●
「さて、お嬢さん気分はどうかな?」
薄暗い室内で男がそう訊いた。
目の前には怯えた表情のコトネが居る。
秀麗な顔を引きつらせ、目の前に居る男を見ている。
「そう怯えないで欲しい、とは無理な願いか。まあ別に我々は君にこれ以上の危害を加える気はないんだ」
場違いな優しい笑みを浮かべる。
「君の父親が我々の要求を聞いてくれれば、という注釈が付くがね」
「どうして…」
「君が知っている以上に世界は『汚い』と言うことだ」
優しい笑みを浮かべたまま男は冷然と告げた。
その笑みがなにより怖くて、コトネは目を瞑った。
手を強く握りしめ恐怖を抑える。
(アキト君……)
希望と悲観を混ぜ合わせてあの時の様にアキトが助けに来てくれることを夢想しながら。
「ああそれと助けは来ないと思った方が良い」
「え?」
自分の内心を悟られたと思ったのか顔をさらに強ばらせる。
「君につけられていた護衛は片づけてしまったからね」
「護衛…?」
「……知らされていないのか。護衛対象が知っているのと知っていないのでは全く異なるという言うのに」
余計な親心だ、と苦笑を浮かべて呟いた。
そしてふと何かに気づいたように顔を入り口に向けた。
轟音が鳴り響く。それよりほんの一瞬前に男は横に飛んだ。
続けて鳴り響いた甲高い音と共に一筋の光が入り込んでくる。
「なんだ!?」
本来居る言葉を返す者はもはや居なく、返されたのは銃撃の音。
「チッ!」
舌打ちをし、ステップをするかのように跳んでいく。
その銃弾は殺すことを第一の目的とし、第二にコトネより引き離すことを目的とされているようだ。
「まさか……」
コトネの表情が歓喜に輝く。
物陰に隠れざるを得なくなった男は銃を取り出し応戦しようとする。
ギギギ、と錆び付いた音を立て開けられていく扉。
入り込む光が大きくなっていく。
「馬鹿か」
不用心に扉を開け入ってくる何者かに呆れた表情になる男。
逆光となり顔は分からないが狙うにはそのシルエットだけで十分。
頭部を狙い引き金を引く。
新たに響いた乾いた音にコトネが身を竦ませる。
その銃弾は確実に何者かの頭部へと至るはずだった。
途中で弾かれることがなければ。
驚愕の表情をする男。
「無駄だ」
静かに響いた声。
「アキト君!!」
コトネが歓喜の声で叫んだ。
「無事か?」
「うん!」
本当に嬉しそうなコトネの声とは逆に静かなアキトの声。
だがそれすらもコトネには天上の音楽の旋律と聞こえた。
その旋律を断ち切るかのように響いた銃声。
それもまた虚しく弾かれる。
「やれやれ、厄介な事だ」
物陰に身を潜ませたまま呟く。
「だが、それは君が攻撃するときにも有効かね?」
「…………」
男の言葉には答えずアキトは銃口を向ける。
男が身を潜ませているのは確かに分厚い鉄板の重なりだ。
だが、そんなものでは防ぎようがない大口径の銃と凶悪な弾丸。
引き金が引かれようとしたその時!
「待ていっ!!」
大音声が響き渡った。
倉庫内でも一際高い所に立つ人影。
ワタルだ。
腕を組み颯爽と登場だ。
ちなみにその背後で蠢いているのはレナちゃんの足だろう。
「愛する者が危難の元に居る時、颯爽と助ける……
人それを王子様と言う!!」
「何者だ?」
と訊いたのはアキトではなく男の方だ。
アキトは頭を抱えている。
「貴様達に名乗る名前は無いっ!!」
とう!と叫び跳躍するワタル。
神秘で不思議なベルトが輝く時、彼は変身する!!
仮面……へと!!
「コトネさん!もう大丈夫です!!」
「は、はあ…」
今までのシリアスな雰囲気はどこに行ってしまったのか一転して質の低いコメディになってしまった。
「さあ!来い!!悪党め!!」
ポーズをつけ叫ぶワタル。
だが、その気概を馬鹿にするかのようになんら反応がない。
「……」
「……」
「……」
……アホーと鳴く鴉が居たかもしれない。
そう男は馬鹿が登場し騒いでる間に逃走していたのだ!
ちなみにアキトは頭を抱えていたため見逃していた。
「……。ふ、ふん!俺に恐れをなして逃げ出したか!」
沈黙の後にワタルがそう言った。
それに対しアキトは小さく息を零し、
「コトネ、目を閉じていろ」
と言った。
「う、うん」
と素直に応じるコトネ。
コトネが目を閉じたのを確認したアキトは懐よりイネス謹製の品を取り出す。
そう、あのオモチャの銃だ。
それを未だ騒いでいるワタルに向け、
引き金を引いた。
思いの外静かだった。
ただ、光量が馬鹿げていた。
ついでに『多分』熱量も。
銃より光線が放たれ、天井に大穴を開け、火星の空を灼いた。
莫大な光量が視界を白く染め上げた。
コトネは目を閉じていなければ、アキトはバイザーをつけていなければ失明間違いなしだったろう。
「……」
無言で手の中の銃を見るアキト。
「なんてモン、渡しやがるんだ……」
さすがのアキトも少しびびってしまった。
ちなみに光線を思いっきり食らったワタルはブスブスと煙を上げてはいるが原型を留めている。
とは言ってもさすがに倒れ伏しているが。
「帰るぞ」
「うん!」
と受け答えをし、二人は倉庫を出て行く。
余計なモノは見ない、平和に人生を過ごす秘訣である。
そうなると残されたのはワタルの亡骸(死んでません)。
レナちゃん足がウネウネと動き、その亡骸を掴む。
どこにいくのやら、そうして一人と一匹の姿は消えたのだった。
●
「コトネ!」
「ミズキ!」
泣き顔で抱きしめあう二人。
まさしく感動的な光景だ。
離れたところでそれをしばし見ていたアキトは辞去の言葉を告げることなくきびすを返す。
「待って!アキト君!」
その姿を見たコトネがアキトを引き留める。
だがそれでもアキトは足を止めなかった。
「恋人同士の語らいを邪魔するほど野暮ではないつもりなんでな」
シニカルな笑みを浮かべてアキトはそう言った。
「へ?恋人?」
とコトネが周囲を見回す。
当然その場に居るのはアキトとコトネを除けばミズキのみ。
「ま、まさか……」
先日の校舎での誤解がまだ解けていなかった事を知るコトネ。
「テンカワ君!!」
ミズキもそれに思い至ったのだろう絶叫、とまではいかないが叫ぶ。
二人の混乱を余所にアキトは二人に背を向けたまま手をひらひらとさせ歩き去っていった。
「違うのよぉおおお!!」
コトネの心の底からの叫びは届かないようだった。
後書き
と言うわけで新たに感想逆指名制度が発足したわけであります。
私も八人の内の一人な訳でありますが困ったことに、
私は……
ボケ方は知っていてもツッコミ方を知らん!!
ツッコミはよくされるんですけどねえ(涙)
代理人の感想
ああ、台○鉾BlackRXね。
つまりワタルくんは作者その物だったわけだ!
こいつぁ、すごいぜ。(核爆)