カーテンの隙間より零れる陽光。
結局、コトネの誘拐騒動が終ったときには学校も終っていて、欠席をすることとなったアキト。
仕方がないので、そのまま部屋に戻り銃の整備をしその日を終えたのだった。
そして夜が明けた。

「……今日は、学校へ行こう」

さすがに昨日のように騒動は起こらないだろうと考えるアキト。
だが、そうは考えてもついつい銃を鞄の中に入れてしまう。
暴発を防ぐため、安全装置を確認しておく。
アキトの生活を表すかのように、安っぽい鞄。
そんな安っぽい鞄を見て、今まで忘れていたことを一つ思い出した。

「そういえば、昔はこの鞄は嫌いだったな…」

この擦り切れた安っぽい鞄が。
惨めで、情けなくて。
そのことを今まで忘れていた。

「……なんだかんだ言っても俺も変わっているということか」

自嘲気味の笑みを浮かべる。
変わるきっかけを思い出して。
それももはや知るものは居ない。
誰も知るものは居ない。

「行くか……」

もう、思い出の中にしか存在しない時を捨て、アキトは鞄を手に取り部屋を出て行った。

 

 

 

 

学校への道のりを歩くアキト。
相も変わらず隙がない。
その姿が『普通』でなくしていることに気づかない……のはいつものこと。

「アキト君」

白いシャツに紺のスカート、首にはスカーフ。
古式ゆかしいセーラー服姿。
スカートの裾を翻し、アキトに駆け寄ってくるコトネ。
少し離れた場所ではミズキが立っている。
晴れやかな表情をしているコトネとは異なり疲れた表情をしている。

「コトネにミズキか」

と名を呼ぶがその視線は別の方向を向いている。
まとわりつくような視線。
コトネやミズキ、にではなくアキトにそれは注がれている。

(……護衛、か)

と胸中で呟くが、あまり優秀ではないなと思っている。
中途半端でありすぎるからだ。
見つからないように姿を隠しても、気配が教える。
その点を含めてもさほど優秀ではないという答えに至る。
が、昨日はなし崩し的に助けに赴いてしまったが、別に自分には関係ない事と、早々に忘れ去る。

「アキト君、どうかしたの?」

自分の方に視線を向けることなく押し黙ったアキトに不安げな目を向けるコトネ。
昨日の事が尾を引いているのかと勘ぐってしまう。

「いや、何でもない」

そこでようやくコトネの方に視線を向けるアキト。
そしてミズキへとちらりと視線を向け、

「行くぞ」

歩き始めた。
嬉しそうに頷き、その後をついて行くコトネ。
ミズキも慌てて二人を追う。
昨日とは打って変わって平和な朝だった。 ただ一つ、アキトの持つ鞄の中の重み以外が。

 

 

 

 

学校へつき、早々に教室へと向う。
始業の時刻まではまだ時間がある。
それゆえか未だクラスメートの姿も少なく空いている席が多い。
いつものように挨拶を交わすこともなく自分の席へと着くアキト。
コトネとミズキも同じように自分の席へと着いている。

「おはようだな、テンカワアキト」

外の風景を眺めるアキトに掛けられる声。
その声の主に憶えがありすぎる為に訝しげな表情をしながら振り向くアキト。
そこには腕組みをしたワタルが立っていた。

「……生きていたのか、お前?」
「少々焦げた程度で死ぬわけが無かろう!……まあ、レナちゃんに引きずられてそこはかとなく擦り切れたような気がするが」

朝からテンションの高いワタル。
いや、それ以前に大気を高温へと変えた謎なイネスのオモチャの直撃を食らってなぜ焦げた程度で済むのかが謎であるが……、
それは、まあ…ワタルだし、で終ってしまうことだ。

「まあいい、それより先生が呼んでいたぞ」
「……せん、せい?」

聞き慣れない単語に首を傾げる。
が、すぐさまそれが教師のことだと気づくアキト。

「そうか」

と一言告げ席を立つ。
教室を出る際に、コトネが心配げな視線を送ってきたがアキトはなにも言うことなく出て行った。

 

 

 

 

教室を出て、数歩歩いたところでアキトは立ち止まった。
職員室の場所を憶えていないことに気づいたのだ。

「しまった……」

と呟きを漏らすが今更教室へと戻って訊くのも間抜けだと思い再度歩を進め始める。

「歩けば見つかるだろう」

などと楽観的なことを考えながら。
そして階下へと降り足を進めるが一向に見つからない。
少しばかり、訊きに戻れば良かったか?と後悔するがもはやここまで来れば意地だ。
なんとしてでも見つけようと意志を固める。

「テンカワ君、どうかしたの?」

その声に振り返ってみれば立っているのは(一応)先輩である、アマツレイ。
肩口までの黒髪が陽光を受け、鮮やかにそして艶やかに天使の輪を作り、
キリッとした目が優しげな光を放ちアキトを見ている。

「アマツ……だったな?」
「……もしかして忘れていた?」
「……」

レイの言葉に沈黙で返すアキト。
その沈黙が雄弁に忘れていたと語る。

「……」
「……で、なにか用か?」

危険な兆候を感じ取ったのかアキトが話題を変える。
そんなアキトに溜息を零しながら彼女は口を開いた。

「あのねえ、ここは三年の廊下よ?そんなところを一年生が歩いていたら目立つに決まっているでしょう?」

なにも目立つのは一年生だけだからではない。
アキトの独特の、正確に言えば牙を潜めた獣のような雰囲気が目立つと言うことに拍車をかけている。

「それで?どうしたの?」
「ああ、職員室の場所が分からなくてな」
「ふーんそう」

渡りに船と言わんばかりにアキトは言ったが、大して面白くなさそうに言葉を返すレイ。
新入生だからそう言うこともあるだろうと思ったのだ。

「じゃあ、案内してあげるわ」

魅力的な笑顔を浮かべ彼女はそう言った。

「そうか、頼む」

ええ、と彼女は爽やかな言葉を返した。

 

 

 

 

「一度訊いてみたかったんだけど……」

共に歩くなか、アマツが口を開いた。

「なんだ?」
「貴方……なにかやってた?」
「というと?」

要領を得ない、レイの言葉に聞き返すアキト。

「だから……武術とか色々よ」

アキトが反則勝ちをした時の光景を思い出しながら訊く。
文句が付けられない程に問答無用なアキトの反則であったが、

「あの時、貴方の滅茶苦茶な一撃で気づかなかったけど、人一人投げるでなく吹き飛ばすなんてかなりの技量がいるはずよ」
「……昔、な。必要があって学んだんだ」

苦いものを呑み込んだかのようなアキトの表情にレイはそれ以上追求することなく、そう、と呟いた。

「……碌な使い道ではなかったがな」

自嘲する笑みを浮かべアキトはそっと呟いた。
その笑みを不可思議な表情でみるレイ。

「貴方って……何歳なの?」

新入生と言うことは精々15〜6。
だが彼が見せる表情、彼が持つ雰囲気はその年齢で持てるものではないと感じた。

「勿論15だ」

表情一つ変えることなく嘘をつくアキト。
それを信じられないといった表情で見るレイ。
足が止まる。

「本当……に?」

アキトの足も止まる。
横を、アキトの方を向くレイに目を向けて。

「人の過去を詮索するのは良い趣味とは言えんな、アマツ」

底冷えする眼光を滾らせて言った。

「……ごめん、なさい」

背筋が凍る感覚を存分に味わいながら彼女はなんとか言葉を返した。

「……」

その言葉を聞き満足したのか前に向き直るアキト。
そして足が動き始める。
レイも同様に、顔を曇らせ。
数分ほど歩き、レイの足が止まった。

「ここよ」

と言った。
アキトが目を向けると『職員室』と書かれた案内板が付く、扉がある。

「……ふと思ったんだが」
「なに?」

案内板を見ながら呟くアキト。

「なぜ、22世紀になってもこんなに古めかしい作りなんだ?」

なにを言われるかと、内心怖がっていたレイはその言葉に溜息を零した。

「今更何を…。下手に近代的な設備で飾るよりも慣れた姿の設備で安心させるという方針があるからじゃない」
「そうだったのか」
「とは言うものの、コレの材質は見た目は木だけどそれに似せた強化プラスチックだけどね」

こつん、と壁を叩くレイ。
確かにその音は木ではなく別の物の音だ。

「なるほどな」

得心いったと呟くアキト。

「礼を言う。……それとすまなかった」
「え?」

意外な言葉を聞いたと、その場を立ち去ろうとしていたレイが振り向くとすでにアキトの姿は引き戸の向こうへと消えていたのだった。

 

 

 

 

所変わって、生徒会長室。
初めて入る者はまず驚くであろうその設備もその部屋の主にとっては大して興味を引くものではない。
今、主が興味が引かれているものは、

「会長、こちらがカンヅキコトネの調査結果です」

怜悧な美貌とその怜悧さに相応しい透き通った声。
その身を包む野暮ったい制服をシックなスーツへと変えたらどれほど似合うことか。
切れ長の目が目の前に座る主を映す。

「そして……こちらがテンカワアキトの調査結果です」

重厚な机の上に置かれる二つの書類。
アキトとコトネ、それぞれの写真が貼られその横には二人の名前。
天河明人、神月琴音。
その二つを目に収めハヤシミズは開いていた扇子をパチンと閉じる。

「昨日、報告しましたようにカンヅキコトネが何者かに拉致されました。
 目的はおそらくカンヅキコーポレーションが社運を賭けて推進しているプロジェクトの……妨害」
「火星開発計画か」
「はい。それを考えますと彼女を狙ったのは……」
「ネルガル」

しん、と沈黙の帳が降りた。

「未だ見つけられない火星極冠遺跡。それをネルガルは欲しています」
「だが、カンヅキコーポレーションが開発計画を推し進めていけば……」
「いずれは発見されるでしょう」
「それは遺跡とその技術を独占したいネルガルにしてみれば面白くないだろうね」
「はい」

閉じた扇子を再び広げるハヤシミズ。
革張りの椅子より立ち上がり窓へと、外へと目を向ける。
三重にされ、盗聴を防ぎ、銃弾をも防ぐ超硬化ガラスより校外の風景を望む。

「そして、我々にとってもそれは面白くない事態だ」
「……」

窓に映るミキハラは静かに言葉を待つ。

「だが、彼女は我が校の生徒でもある。我々の使命は生徒の自治と安全を恒久的に確保すること」

振り向くハヤシミズ。
真鍮製の眼鏡。そのレンズが電灯の光を受け彼の目を隠す。

「そして、それが林水家の家訓でもある」
「……『上に立つ者となった時には、いかな手段を用いても下にある者を護る』」
「その通り。200年前、今の『林水』を創り上げた故・林水敦信の残した言葉」
「私の祖先もまた彼の御仁に仕えておりました故に、その言葉は残っております」
「そう、美樹原の家にも残された言葉。私と君、その二つの家に残された言葉、決して違えるわけにはいかん」
「では……」
「うむ。極冠遺跡は渡さず、そしてカンヅキ君も護る。……以降はそう動く事となるだろう」
SSSスリーエスを?」

SSSスリーエスそれは200年前、日本のとある高校に居た生徒の影響によって作られた美樹原の隠密部隊。
SSSの略は、相良SセキュリティーSサービスSである。

「そうしてくれたまえ。……ネルガル司令代行のプロスぺクター氏は一筋縄ではいかない御仁だ」
「はい」

そして一つの話題が終り、改めて…

「次はテンカワアキトに関してですが……」
「彼か」

ハヤシミズの脳裏に過ぎる、高校生らしくない高校生。

「はい、調査致しましたところ……以前ネルガルでボソンジャンプの研究をしていたテンカワ夫妻の息子であるようです」
「ほう…」
「が、ご存じの通りテンカワ夫妻はネルガルによって謀殺されました」
「では彼のあの技量はネルガルへの復讐のためにかね?」
「いえ……それが……」

言い難そうに言葉を切るミキハラ。

「どうかしたかね?」
「いえ、申し訳ありません。調査したところ、彼があのような技量を身につけるに至った経緯がありません」
「どういうことかね?」
「不明です。記録によれば彼は幾つかのアルバイトをしながら……最近は無断欠勤しているようですが……生活をしているようです」
「……」

沈黙をもって先を促すハヤシミズ。

「ですがその間に彼が身体を鍛えた、両親の死を調べた、と言った事実が存在しません」
「つまり、彼は唐突に変わったと?」
「はい、まるで一夜にして別人になったかのように……」
「が、別人ではない」
「おそらく、ですが」
「ふむ……」

考え込むハヤシミズ。
それを静かに待つミキハラ。

「……彼の最近の行動は?」
「特に目立った点はありません。日常に於いて異常な反応を示しますが、『こちら側』における自衛反応と思えばむしろ異常ではありません」
「唯一目立った行動が……」
「昨日のカンヅキコトネを救出した事です」
「……いずれ、彼ともう一度話してみる必要があるか」
「……はい」

……本当にここは高校で、彼らは高校生なのだろうか?

「ふう……」

と小さく息を零すハヤシミズ。
その姿にミキハラは怜悧な美貌を柔らかくし微笑む。

「お疲れのようですね、会長」
「さすがに問題が山積みだからね。極冠遺跡、カンヅキコーポレーション、ネルガル、カンヅキコトネ……」

そこで一旦言葉を切り、改めて椅子に座る。
柔らかなクッションがへこむ。

「テンカワアキト、そして……木連」
「先は長いですね」
「全くだ」

静かに時が過ぎていく。
様々なものを孕みながら……。

 

 

 

 

さて生徒会長室で陰謀が繰り広げられている時、話題に上がった彼は……、

「それで、テンカワ君。どうして昨日休んだの?」

とスメラギカナコ教諭に詰問されていた。
それに対しアキトはただ無言。
鋭い目を向けるカナコに対し、目を逸らさずに威風堂々と座っている。
もし、周囲に他の教諭がいれば眉を顰めたかもしれないが、ここは進路相談室。
居るのはアキトとカナコのみ。

「……昨日、カンヅキさんとココノエさんも休んだ。二人とも貴方とはそれなりに親しいようね」
「それがどうした」

ここに来て初めて口を開いたアキト。
凍るような声だ。
それに気圧されながらもカナコは言葉を紡ぐ。

「親しくするな、とは言わないわ。でも、あなた達は高校生なのよ?もっと……」
「クッ……」

と小さく笑うアキト。
その笑い声には嘲りが含まれている。
だからカナコは眉を顰めた。

「なにが…言いたいのかしら?」
「別に。ただ、下衆な勘ぐりはやめてもらいたいものだと思っただけだ」
「なんですって?」

より目を鋭く細めるカナコ。
だが、アキトはそれ以上言葉を発することなく立ち上がる。

「待ちなさい!」

が待たない。
その背はカナコの中身の無い言葉を冷然と弾き出口へと向う。

「憶えておけ。貴様が賢しらぶって言う言葉など……現実の前ではなんの重みもないことを」

それは死を常とし、裏切りと謀略が蠢く世界。
というかそんな世界など真には想像できないから仕方がないと言えば仕方がないのだが……。

「なにを……」

言うの、と続けようとした言葉は冷たく閉ざされたドアが遮った。
残されたカナコはただ呆然と立ちつくすのであった。

 

 

 

 

カナコの授業が自習となった以外はその日の授業は滞りなく終った。
それぞれが部活にいったり、帰宅したりと動く中でアキトは生徒会長に呼ばれた。

「それじゃあ、アキト君。また…明日」
「それじゃあね」

コトネとミズキがそれぞれ別れの言葉を告げる。
コトネなどは名残惜しそうな表情をしている。
別にそれほど仲が良いわけでもないのになぜそれほどまでに名残惜しそうな表情をするのか理解できないアキト。
が、それほど気にするほどのものではないと切り捨て、生徒会長室へと向う。
その背が廊下の向こうに消えるまで、コトネは見送っていた。

「コトネ〜。もう帰ろうよ〜」

と言うミズキの言葉も耳に入らず……。
そしてそんな青春を踏みにじるかのように、魔の手は静かに、だが確実に忍び寄っていた。
だが、それに気づく者は少ない。
アキトも『少ない』内に入ることは無く、今この時の平和を享受するのだった。
そう、つかの間の平和を。
再び、ボソンジャンプという遺産が彼の前に立ちはだかることも知らずに……。

 

 

 

 

 

 

注意事項
今回、後書きは無しです

 

 

さて知る人も多いと思いますが、私の作品の『空虚』こと『Vacuity』が裏へと行きました。
その為、読むにはメールを送り作者(この場合は私です)にアドレスを教えて貰うこととなるのですが……

あまりに無礼なメールが多すぎです。

 

 

TOPページの『はじめに』を読んでください
それを読みもしないから私ではなく管理人である、Benさんにメールを送ることとなるんです。
確かにBenさんは管理人でありますが、裏の作品のアドレスを教える権限は管理人ではなく各々作者が持っています。
それだというのに、Benさんにメールを送る方がおり、Benさんは非常に迷惑をしています。

 

 

年齢を誇示するまえに名前を書いてください
年齢を書いて、アドレスを下さい、と言う前に名前を書いて下さい。
名前を書かない方は現実で手紙を出す際に名前を書かないのですか?
その場合、差出人不明の手紙を貰った方はなんと思うか想像したことはありますか?

 

 

メールを読むのは人間です
上記にあるように、あまりに無礼なメールが多すぎです。
ただ、アドレスを教えて下さい、と書いてなぜ教える気になると思うのですか?
受け取り処理するのはコンピューターではなく私です。
それだというのに『アドレスを教えてください』ではあまりに失礼とは思わないのですか?
長く書けとは言いません、ですが最低限の感想ぐらいは書いて下さい。

 

 

タイトルぐらい書いてください
近頃はウィルスメールが出回っております。
それも少し前はタイトル無しのウィルスメールが数多く来ていました。
だからタイトルも無しにアドレスを要求する方、そのまま削除されても、いえ削除されるのが当然ですよ。
ですので以降、タイトル無しのメールが来た場合、なんであろうと削除させてもらいます。

 

 

 

代理人の感想

ま、当然ですね〜。

人にものを尋ねようと言うならそれなりの態度で接するべきですが、

残念ながらその程度の事も分かっていない馬鹿がネットにはごろごろしてるわけでして。

そう言ったメールの一つ一つが作者さんの創作意欲を削ぐと言う事がわからないようです。

「他人の身になって考える」と言うことを一回でもしたことがあればそんな馬鹿な真似はしないと思うのですが。

 

 

 

>「林水」

「芝村」みたいな物ですか〜(笑)?