エステより降りブリッジに戻ったアキトは歓声に迎えられた。
たった一人で全ての無人兵器を落としたパイロット。
そして話によればチューリップすら落としたパイロットとして。
そんな歓声の中でそれとは異なる表情をしているのは三人。
ルリとムネタケとアキト。
ルリは哀しそうな表情をしムネタケは敵意に満ちた表情をしている。
そしてアキトは耳障りだと言った表情だ。
未だ盛り上がっているブリッジを後にしアキトは部屋へと向った。

 

 

 

 

ブリッジをでて部屋へ向う途中アキトはふと立ち止まる。

「よう…仕事か?」

と整備員の制服を着た男に突如話し掛けた。

「ああ」

男も自然に言葉を返す。

「相変わらずいい腕だな」
「それしか無いもんでね。しかし、ムネタケ大佐ならぬ准将ならぬ副提督には嫌われてるねぇ」
「みたいだな。生憎俺は詳しい事は知らんが…」
「知らんほうがいい作戦をやったからな。で随分と人が変わってしまいました、なのに律儀にあんたはあいつについてるんだな」
「放っておけ…俺の勝手だ」
「確かにな」
「ところでこの戦艦は使えるのか?」

と話が変わる。アキト自身その言葉の意味をよく掴んでいるのでどう応えたものかと考える。

「さてな。まだなんも働いていないからな。…使える戦艦だったら奪うってか」
「知らんな」

無表情に言う男。

「作戦に関する事は言えませんか…」
「知らんといった」
「まぁいいさ。じゃあな」

と呆気なく会話を打ち切り歩き出すアキト。
男もその背を僅かに見送り反対の方へと歩いていくのであった。

 

 

 

 

そして部屋へ辿り着くアキト。
前回煙草をしっかり消していなかったからだろう煙は無いが匂いが強く残っている。
その匂いを気にする事無く新たに煙草に火を点けバイザーを外しベッドに放る。
暗い部屋の中座るでもなく壁に身を預け紫煙を揺らめかせるアキト。
暗闇の中で煙草の仄かな明かりが微かにアキトの顔を浮かび上がらせる。

『さて皆さん…』

と突如暗闇の中ウィンドウがプロスの顔を映し出す。
それを無言で消すアキト。
煙を一吐きしアキトはぼそり呟く。

「火星か…」

と呟いたその時。
明かりが入り込んだ。
ドアがあけられたのだ。

「副提督…どうした」

ムネタケだ。

「テンカワ、あんたに聞きたい事があるわ」
「俺に?いいのかこのままだとナデシコは火星行きだぞ」
「かまわないわよ。そんなこと」

以前とは大幅に異なる流れに苦笑するアキト。

「でなにを聞きたいんだ?」
「…相変わらず上官に敬語を使わない奴ね」
「だから俺は出世できなかったんだよ」
「まぁいいわ」

と部屋の中に入るムネタケ。
客人と呼べるかは知らないが他人が来ても明かりをつけようとはしないアキト。
ドアが閉まりまた暗闇が戻る。

「……あんた、あの作戦どう思ってるの?」
「やはりそれか」

予想通りだったムネタケの言葉に煙草を吸いながら苦笑するアキト。

「いいから答えなさいよ!」
「別になにも。…あれが連合の正義って事だろう」
「あれが正義ですって!」
「連合のな…あんたの正義とは反りがあわんみたいだが」
「当たり前よ!」

叫ぶムネタケをアキトは静かにみる。
暗く澱んだ目。以前ナデシコに乗ったときと違い希望など一切見えない目。

「それでどうするんだ?」
「どうするってなにがよ?」
「俺の話を聞いてどうするって意味だ。このまま騒いでるだけか」
「それは…」
「ムネタケ…以前のあんたは確かに今も変わらんが有能じゃないって言うよりも無能だ」
「はっきり言うわね…」
「いいから聞け。無能ではあったが部下の命は大事にする奴だった」
「……」
「ここに来る途中、スメラギに会った。あいつはあんたが変わっても着いてきてるそれが以前のあんたの示したものの一つだ」
「はぁ?」
「無能のあんたでも示す事は、ついてくる人間を作る事は出来る。そんな人間をもっと作ってみたらどうだ?まぁそれで何が変わるかは知らんが…」
「……あたしに連合を変えろって言うの?」
「知るかよ。それはお前が決めろ」

と壁にもはや吸う部分などない煙草の火を押し付け消す。
微かに残る焦げ後を気にする事無くアキトは吸殻を灰皿に投げる。

「話は終わりか?」
「……ええ」

アキトに背を向けドアをあけるムネタケ。
出る際に言葉を投げかけた。

「テンカワ…あんたあたしの部下の中で一番嫌な奴だったわ」
「そうか」

とムネタケの言葉に笑みを浮かべながら言うアキト。

「嫌な奴だったけど最悪でも最低でもなかったわ」

そしてドアにその姿が隠される。

「ふっ。それはどうも」

アキトは静かに呟き視線を上に向ける。

「過去では知らなかったがあの作戦がムネタケの正義が壊れた原因か」

思い出すのはかつてのナデシコ。
未だアキトが澱んだ目をしていなかったときの事。
そのときはムネタケはただ騒いでクルーに嫌がられていた。
今は…どうなのだろうか?
ボソンジャンプで2195年の地球に、以前火星から地球に跳んだ時の自分に成り代わり虚無だけを抱き連合に入った。
そこで幻のような戦闘経験を生かし戦績を重ね気づけば上司に疎まれ西欧に飛ばされたりした。
生憎とばした連中の思い通りに戦死するような事は無く更にスコアを伸ばし帰ってきて今度はムネタケの元に着く事になった。
そのときの言葉を今でもアキトは憶えている。

『連合のエースパイロットと呼べる君に相応しい上司だ。なんとあのムネタケ参謀のご子息で自身も優秀な指揮官であるムネタケサダアキ大佐だ』

そのセリフを聞いたときアキトは笑ったものだ。
前回の歴史においてとても優秀には見えなかったムネタケ。
今回の歴史はムネタケが優秀なのかと思ったからだ。
無論そんなことは無かった。
変わらずムネタケは無能だった。
だが前回と違うことはあった。
前回は部下を単なる捨て駒としか見ていなかったムネタケだったがアキトが部下として着任した時はムネタケは無能ながらも必死に部下を死なせまいと動いていた。
そのときは思わずアキトは自分の目を疑ったものだ。
だがそれは事実だった。
ムネタケの動きを見ていた部下達は無能ではあるがそんな上官をフォローしようと同じく必死で動いていた。
その筆頭が先程アキトが通路で会話をしたスメラギだ。
だが、それも無くなった。
ムネタケの分を必死でフォローしていた部下達は死ぬか去るかで居なくなっている。
唯一残っているのがスメラギだけだ。

「必死にやりすぎたんだろうな」

邂逅しながらアキトは呟く。
そう彼らは必死にやりすぎた。
その力を上が認め、危険視するほどに。

「だからあの作戦が決められた」

それはアキトにとっては精神的に大したことの無い作戦だった。
だがムネタケにとっては全てを裏切られた作戦でもあった。
信じていたものに裏切られ、自分の為に必死に頑張っていた部下を多数亡くし失意と絶望に叩き落された作戦。

「正義を信じていた身には辛いってことだな」

自分はとうの昔に正義など捨て去ったからなと心中で思うアキト。

「そして以前の歴史のようなムネタケになると…」

もしくは今のような騒がしいムネタケ。

「まぁ尤も俺は途中退場だがね」

まぁいいと呟きアキトもまた部屋を出て行くのであった。

 

 

 

 

今ブリッジは喧騒に包まれている。
プロスが発表した火星に行きますの一言がこの騒ぎを引き起こしたのだ。
ただ火星に行くのを反対してる声は聞こえない。
みんな旅行に行く際の騒ぎのようなものだ。
そんな中であるアキトがブリッジに入ったのは。

「おお、テンカワさん。いや困りますよ通信を切られては」
「そうか、でなんの騒ぎだ」

問わずとも知っているがこの後妙な懸念を抱かれない為にも聞いておく。

「ええ、ナデシコが火星に向うと発表しましたらこの騒ぎに…」
「そうか」

とブリッジ内を見回すアキト。
見回す途中ルリと目が合うがルリが目をそらす。
それに思わず笑いがこみ上げてくるアキト。

すぐ前でユリカがぶつぶつとなにか言ってるがそれは無視する。
無視するが…。

「アキト!!アキトなんでしょう!!」

と大声を出す。
アキトが心中で気づいたかと面倒そうに呟く。

「もう。アキトったらどうして黙っていたの?あ、わかったユリカにどうやって声を掛けるか悩んでたんでしょう」

凄まじい発想だがアキトは以前から知っているので気にはしない。

「艦長…少し黙ってくれ」
「いいのよアキト。恥ずかしがらなくても」

とユリカが話を聞かない時点できびすを返し部屋へと舞い戻るアキト。
当然ユリカもそれを追っていくのだった。
後ろから聞こえるプロスの声を無視して……。

 

 

 

 

さすがに基礎体力などで勝っているアキトはユリカより先に自分の部屋へ入りロックをかける。
どの道ユリカはマスターキーを持っているのだから関係ないのだがアキトにしてみれば大勢の人間が居る前で騒がれるよりはましだと思ったのだ。
そして考えどおりにマスターキーを使い部屋に入り込んでくるユリカ。

「もうアキト。どうして逃げるの?プンプン!」

と頬を膨らませ言うユリカを無視し部屋の中へと入っていくアキト。

「あっ!まってよぉ」

と追うが当然待たない。

「アキトってば」
「……ユリカなんの用だ」
「ほぇ?用ってそれはもちろん…」
「『お話』だなんて下らん事いうなよ」
「うぇ〜〜〜!?どうしてぇ?くだらなくなんてないよ!」
「俺には下らん事だ」
「いいからおはなししよ!ねっ?」

変わらないユリカに疲れを感じるアキト。
ユリカ相手に会話など無意味だと悟ったアキトは…。

「話すより相手のことを良く分かり合える手段がある…」
「なになに?」

とユリカが問い掛けるがアキトはそれに答えずユリカの腕を引きベッドに倒す。

「いった〜〜!もうアキトひどいよ」

とユリカが言う中アキトはユリカの上に乗りかかる。

「アキ…ト?」
「言っただろう。よく分かりあえる手段があるってな……男と女の場合とくにな」

口元に下卑た笑みを浮かべ静かに手を動かすアキト。
白い士官服の裾より右手を入れ左手はタイツに包まれた足を撫で上げる。

「やだ!やめてアキト!!」
「知るかよ」

と冷たく返事を返す。
最早下卑た笑みは浮かべていない。
もともとユリカに見せる為だけに浮かべた笑みだからだ。
今のアキトは無表情だ。
まるでふと物を撫でているそんな表情。
ユリカがその表情に気づかないのは幸運なのか不幸なのかは解らないが少なくとも彼女にそんな余裕は無い。
身体能力では鍛えに鍛えたアキトにとてもではないが及ばない。
抵抗も無意味なものに近い。
だからほぼアキトのなすがままの状態だ。

「どうした?『お話』はしないのか?寝物語でよければ聞くぞ」

それが出来る状態ではない事を知りながらアキトは言う。
無論手を動かしてだ。

「やめてよぉ…アキト…」

暗闇に目が慣れ薄闇にみえる部屋の中……とユリカの泣き顔。
暗闇の中涙が静かに流れ布団を濡らす。

(そろそろ限界か…)

とアキトはわざとユリカを押さえる力を弱める。
途端にアキトを跳ね除け部屋を飛び出していくユリカ。
暗闇と光の境界で涙が物悲しく光彩を放つのであった。

「……ふん」

と残されたアキトは鼻を鳴らし煙草に火をつける。
しばし微かな燃ゆる音が響く。
ふと気づくと先程ブリッジに行った際バイザーをかけていなかったことに気づく。

(そういえば…)

とベッドを探るとフレームの折れたバイザーが見つかる。

「やれやれ…」

と呟きバイザーをゴミ箱に放る。
煙草を吸いながらベッドに腰掛けるアキト。
目を横にやるとユリカが流した涙の後がある。
それを静かに見るアキト。
なぜかその涙の後を彼は撫でている。
いつまでも……。

 

 

 

 

アキトから逃げ出したユリカは自分の部屋へと駆け込んでいた。
いまだ涙は止まらない。
部屋へ入ったユリカは明かりもつけずにベッドへともぐりこんだ。

「どうして…どうしてなの…アキト…」

漏れる嗚咽が部屋に響く。
もし彼女が今のアキトの事情を知っていたらどうだっただろうか?
だがそれは無意味な事。
いまの彼女はそんなことなど知らない。
ただ泣き伏せる。
昔のアキトと今のアキトの両方を思い出しながら……。

 

 

 

 

何時までそうしていただろう?
ユリカの涙の後をなぞり続けているのは。
それを中断させたのは通信。
ルリから入った通信。
暗い部屋の中で明かりを放つウィンドウ。

『アキトさん…ユリカさんになにをしたんです』

珍しくルリが怒気を上げている。

『ユリカさん、泣いていました』
「……」

アキトは沈黙を守る。

『どうして…どうしてなんですか?どうしてそんなに変わってしまったんですか?』
「それを知ったところで俺は変わらんよ」

ルリもまた涙を流すがアキトはただ冷淡だ。

『アキトさんじゃないです。今のアキトさんは私の知っている…優しいアキトさんじゃないです』

ルリの言葉に何時もの皮肉気な笑みを浮かべるアキト。

「だから…なんだ?昔の俺に戻ってくださいとでも言いたいのか?」
『……』

はい、とルリは答えたかった。
だがその言葉は出てこない。

「以前と同じ事を言ってやろうか?」
『え?』
「君の知っているテンカワアキトは死んだ…と」

顔を押さえ笑いが止まらないかのように身体を震わせるアキト。

「そう死んだんだ」
『アキトさんは生きています!今ここに居るじゃないですか!!』
「生命活動をおこなっていれば生きてる…というわけでもないだろう?」
『それは…』
「わかるさ自分で。まるで闇の中を歩いているようだ。自分の身体が腐っているような感じでただひたすら重い身体を引きずっている…」

アキトの目はルリに向いていない。
まるでここにはいない他の誰かに話しているような…。

「心は錆付いていて全てが煩わしくて空はどんな時にも濁って見える…」

声を出すたびに、言葉を紡ぐたびにアキトは歪んだ笑みを形作っていく。

「そう俺は生きていない…だけど死んでもいない、それでもいえるのは以前の俺では無いと言う事…今の俺は単なる生ける死者でしかない……」
『やめてください!!』

もう聞きたくないと耳をふさぎ声を張り上げるルリ。
それをアキトは見ていない、聞いていない。

「それでも生きてると実感するときがある…生と死の狭間にいるとき、女を抱いてその女が躍動するとき…」
『お願いです…もう止めてください…』
「楽しかったな…コロニーを落としていたときは。誰もが必死になって俺を殺そうと動いていた。あの時こんな感じだったらもっと楽しめただろうに」

以前の事を思い出し恍惚の表情をするアキト。

「外道に落ちるってこういうことか?だとしたら俺は北辰以上の外道だろうな。だけど…悪くない…この感覚は悪くない…」

アキトは笑う。
自分を嘲笑する。
世界を嘲笑する。
全てを嘲笑する。

「ははは…ははははっはっはっはっはっははぁ!!」

暗闇の中響くアキトの嘲笑。
何よりもどす黒く。何よりも腐敗している。
それは果てる事無く続くのであった……。

 

 

代理人の「本日のズンドコアキトくん」のコーナー(爆)

 

さて、本日のズンドコアキト君ですが・・・・・・・。

ズンドコですねぇ(爆)。

それでもユリカに対しては僅かなりとも人間性の残滓を示す様ですが

それ以外の部分はかなり救いがない。

ムネタケに対する反応に関しては微妙な所ですが、

これについてはムネタケの変わり具合が余程ズンドコアキトの興味を引いた、

と解釈するのが自然なように思われます。

(実際、他の人間や事象に対する態度と比較すると別人と言ってもいいくらいの反応ですし)

 

 

追伸

ユリカファンに最初に謝っておきます、と掲示板に書いてらっしゃいましたが

これくらいだったら劇場版の扱いの方が余程ヒドイと思いますよ(爆)。