緩やかにそして艶かしく裸身が蠢く。
暗い部屋の中でただそれだけがすべき事だというように。
その蠢く裸身に面白そうに手を這わせより官能を引き出そうとするアキト。
口元には小さく笑みが浮かんでいる。
「アキト…」
吐息のような声が微かに空気を震わせた。
長い髪が蛇のように妖しくその白い肌に、裸身に絡みつく。
その様を見たアキトは更に昂ぶりその動きを激しくする。
「っは!」
吐息がさらに細く吐かれその目が大きく見開かれる。
そして背をしならせ一瞬その動きを止めた。
「終わりか?」
アキトが薄く笑みを張り付かせ聞く。
だがそれに答える事無くユリカは唇を噛み身体を動かす。
「本当…楽しませてくれるよ。お前は…」
笑みを深めアキトもまたその動きに応える。
部屋に響く嬌声。
それは果てる事無く続くのであった。
●
さしたる事も無く、つまりパイロットが出撃するような事態も無く航海を続けるナデシコ。
それは言い換えればパイロットが暇だと言う事だ。
全く時間が空いているためアキトは一日中部屋の中に居る。
外へ出ること等食事以外では殆ど無い。
今もベッドに裸で座り煙草を吸っているところだ。
灰皿は吸殻の山なのだがそれを気にする事無く吸い終えたものを無理矢理そこに押し付けている。
時折ユリカないしはサキが来てそのたびに情事を交わすのだがそれ以外はこの暗い部屋で煙草を吸っているだけだ。
そんな暗い部屋に来訪者が一人。
差し込む光に目を眩しげに細め来訪者を見るアキト。
小柄な体。シルエットになっているツインテール。
ルリだ。
ウィンドウを介しての会話ぐらいしかしてないも同然であったルリがいかな心境の変化か直接アキトの部屋を訪れた。
「なんの用だ」
とアキトは問うがその声には煩わしさがにじみ出ている。
「アキトさんと…話がしたくて」
怯えが含まれるルリの声を鼻で笑いながらアキトは言う。
「なら早くしろ」
「……なにがあったんですか?」
「なに?」
ルリが必死の目で見るがアキトにはその質問の意味がわからなかった。
それを分かったのかルリも補足するように、
「あの後…火星でアキトさんが行った後です」
その言葉を聞き目を細めるアキト。
その時のことを思い出すように。
中空を見つめるアキト。
その中でふと思ったのは、
(忘れていたな…)
と言うものであった。
火星で北辰を倒しその場を去った時、それは随分と昔のことのように思えた。
あれほど焦がれていた時のことはもう既に遠い昔のことの様に思える。
今では思い出したとしてもなぜあれほど焦がれていたのか、その理由すら思い出せない。
今この時に至っては木連もナデシコも何もかもがどうでもいいと思う。
ただこの時を生きる、それだけだ。
だがそれも明確な意思を持ってではないまだ生きているから生きるそれだけだ。
かつてアキトは言った。
生ける屍のようなものだと。
ただ刹那的に生き快楽を貪る。
そう生きているだけにしか過ぎない。
そんな自分の考えがどこか面白くアキトは笑みを浮かべる。
「あの後か…」
聞いてきたルリに語りかけるわけでなくまるで独り言のように呟くアキト。
「あの後…何があったか…」
ルリがゴクリと唾を飲み込むがアキトには聞こえていない。
「覚えていないな…」
「えっ?」
「覚えていない…何があったんだろうな?」
その声は本当に覚えていないと言う声であった。
「あの後、北辰を倒した後はなにか目的があったわけじゃない、ただ今更お前たちのところに戻るのはくだらなく思った」
「くだらないって、そんな…」
ルリの悲しみに満ちた声を無視しアキトは言葉を続ける。
「たいした意味も無く火星の後継者の残党を狩り続けていただけだ」
「みんな待っていたんですよ?アキトさんが帰ってくるのを」
「……どうでも良かった。お前もユリカも何もかも」
何時の間にかフィルターまで届いた仄かな火を灰皿に押し付け新たに取り出した煙草に火をつけるアキト。
「随分と…つまらん時だった。なあどうして俺はあんなに北辰を追ったんだ?」
「それは奴がユリカさんを…」
「だよな」
ルリの言葉に珍しく皮肉気な笑みでない笑みを浮かべるアキト。
「だがお前に言われるまでその理由を思い出す事も無かった…」
「アキトさん…」
そして何時もの笑みに戻りアキトは静かに手を枕の下に忍ばせる。
そしてその手に握られる凶暴な光沢、光を放つ武骨な銃。
それの銃口をルリに向ける。
もしそれから撃ち出された弾丸がルリに達すれば小さなルリの身体には大穴が空くだろう。
「アキト…さん?」
銃口を向けられながらルリは聞く。
今向けられているものが何なのかと。
信じられなかった自分に銃を向けるアキとが。
だが無慈悲にアキトは言う。
「こうやってナデシコに戻ると思うことがある」
安全装置を解除しカチリと激鉄を下げる。
後は引き金を引くだけでルリはその生を終える。
「一度…ナデシコを落としてみたいと…」
アキトの言葉に呆然としながらもルリは聞く。
「どうして…」
と。アキトはその言葉に鼻を鳴らし答えた。
「理由と呼べる理由は無い。強いていうなら…俺を苛つかせるからだ」
「アキトさん…」
「引き金を引けばお前は死ぬ。お前が死ねばナデシコを動かせるものはいなくなる」
オモイカネにアクセスできるオペレーターが居なくなれば…。
「真空の中で生命維持すら不可能になるナデシコ…なかなか面白いと思わないか?」
「けど!アキトさんも!」
「死ぬか?別に構わんさ。ただ死にぞこないが死ぬだけだ」
笑みを深めるアキト。
ビクリと身体を振るわせるルリ。
そして……
銃声が響いた……
●
灼熱感がルリを襲った。
そして来る痛み。
自分の中から何かが失われていくのがわかる。
だが痛みは変わったところから押し寄せてくる。
「あ…」
とルリが左の腕に手を添える。
暗い部屋の中でもその白い手に紅いものがべたりとついているのが分かる。
そのちょうど後ろでは大きくへこんだ壁が見える。
制服のブラウスを赤く染め上げていくルリの血。
「アキト…さん?」
震える声でルリがアキトの名を呼ぶ。
それにアキトは答える事無くルリに向って来た。
こんな状況でありながら裸のアキトに頬を赤く染め上げるルリ。
思わず目を背ける。
「っつあ!!」
目を背けたその瞬後にアキトが銃で傷つけたルリの左腕を荒々しく掴む。
ちょうどルリが傷ついた部分を。
アキトの手にも赤が移る。
そしてアキトは明かりを点けた。
暗い部屋の中に久しぶりに光がつくられた。
その光に浮かぶ左腕を朱に染めたルリの姿。
血が腕を伝い床に赤い模様を描く。
「なかなか綺麗だな、ルリちゃん」
再会したとき以来呼んでいない”ルリちゃん”という言葉。
普段のルリであればそれを喜べたがこの状況ではなんと反応すれば良いか迷う。
痛みに震えるルリの腕より手を離すアキト。
その手にべったりと血がついている。
すう、とその血に濡れた手をルリの唇に持っていく。
指でルリの仄かな色を持った唇をなぞる。
ルリの血で紅が差される。
紅く、紅く塗られる唇。
それはどこか淫らに。
「アキトさん…」
そしてまたルリがアキトの名を呼ぶ。
血が失われた為かはたまたアキトが自分の唇を妖しく彩ったためかどこか蕩ける様に。
アキトはそれに答える事無くしゃがみこんだ。
ルリがその行動を問う前にアキトはルリの唇に自分の唇を重ねた。
その時はルリは自分を襲う痛みも忘れ立っていた。
いつか望んでいた事。
夢想した事もある。アキトが自分と唇を重ね合わせている光景を。
だがそれはこんな状況での事ではない。
それだというのにルリは唇に感じる感触と温もりに後押しされるように静かに目を閉じる。
どれほど時が過ぎただろうか?ルリが目を開くとアキトの唇は離れていた。
その唇には紅が移っている。
その紅を舌で舐め拭うアキト。
ルリが、あっ、と名残惜しそうに呟いた。
「もう行け」
そう言ってアキトはルリに背を向けベッドへと向う。
「はい…」
とルリもまた反論する事無く出口へと向う。
ベッドに横になるアキトを目で追いながら……。
●
医療室で治療してもらった後にルリは部屋に戻り着替えた後にブリッジへと向った。
いまだ腕には鈍痛が走るがオペレーターとしての業務に支障は無い。
「どうしたの?ルリルリ?」
ミナトがルリに話し掛けてくる。
なんでもありません、とルリは言いふと思った。
一体自分はいまどんな表情をしているのかと。
ほんの僅かなアキトとの邂逅の中で色々とあった。
銃で撃たれたことは本当に衝撃的だった。
そしてその後にアキトに自分の血で紅を差され…
そこでルリは自分の唇をなぞった。
いまだそこには温もりがあるような気がする。
制服は取替えたが唇をいや唇に残る紅を落としてはいない。
いまもなぞった指に紅く残るものがある。
紅が残る指を愛しげに優しく抱きしめるルリ。
その刹那
けたたましく入り込んでくるウリバタケ達。
ルリの横でミナトがよいしょと銃を手に持つ。
(ああ、そういえば…)
とルリはこの事態に思い至る。
かつてのように叛乱がおきただけだ。
銃を片手に騒ぐ皆を無視しルリはふと思った。
(アキトさんはどうするんだろう?)
と。
●
時を少し遡る。
ルリを返したアキトはその時のままベッドに横になっていた。
既に照明は落としている。
自分の右手を見ながら。
「らしくない…」
思い出すのは先ほどのこと。
ルリに銃口を向けていたときの事。
あのまま撃っていても、ルリの胸に照準を合わせたまま撃っても良かったのに。
とアキトは回想する。
なぜ、照準をずらしたのか。なぜルリの腕を掠めるように撃ったのか。
アキトにもそれは分からなかった。
「まあいい」
ルリを殺さなかったからと言ってたいして変わるわけではない。
アキトはそう胸中で呟く。
(ただ俺が死ぬのが後になっただけだ)
そう考えていたときだ。
突如部屋に光が差し込む。
誰だ?と思う暇も無く入り込んでくる人影。
銃を持ち複数だ。
「動くな!!」
と叫ぶが叫ぶだけであり碌に照準をつけていない。
それを好機とアキトは枕の下より銃を取り出しおもむろに撃った。
ルリのときとは異なりしっかり急所に狙いをつけている。
「のわわわわ!!」
と奇妙な声を上げながら部屋を出て行く。
運のいいことに当たらなかったようだ。
「そうか…そういえばあったな」
以前のように叛乱が起きたのだろう。
尤もアキトには既に関係のない事だが。
契約は変更済みだ。
取り敢えずは着替え、ブリッジに向うアキト。
どんなにつまらなくとも面白くしてやろうと思ったからだ。
そして部屋は静寂に包まれた。
●
「何をしている?」
ブリッジに着いたアキトの一声であった。
「これはこれはテンカワさん」
プロスがアキトに返事を返す。
銃と契約書が相対しているところだ。
「随分と手ぬるいな。道化師」
わざとプロスの裏での呼ばれ方を言う。
「貴様だったらこの程度…簡単だろう?皆殺しにするのは」
「アキトそれって…」
ユリカが聞いてくる。
ナデシコのクルーはプロスペクターの事を、いや道化師と呼ばれていた頃を知らない。
「本人に聞け」
とアキトは顎でプロスを示すがプロスは答えず眼鏡を戻す。
「どーゆーことだよ!テンカワ!!」
「プロスさんってもしかして殺し屋だったとか?」
リョウコ、ヒカルがそれぞれ言う。
アキトもプロスもそれに答えない。
プロスはアキトを見ていた。
感情を窺わせない表情で。
その姿にアキトは笑みを浮かべ踵を軽く浮かべた。
いつでも動けるように。
そしてプロスもまた…。
先ほどとは異なる緊張感がブリッジを支配する。
それを打ち破ったのは船体に走る振動であった。
かつての様に木星蜥蜴よりの襲撃であろう。
それを契機に霧散するアキトとプロスを繋ぐ危険な糸。
アキトは踵を返しハンガーへと向かいプロスは何時の間にか落としていた契約書を拾い上げる。
誰もが突如訪れ突如去っていった鬼気渦巻く時に安堵の溜息を零す。
そしてその時が去ったのを知った後に今までの事が思い出された。
再び張り詰める緊張の糸の中でユリカの一声がそれを断つ。
今までと異なる雰囲気を纏うユリカに幾分違和感を感じながらも言葉に従いそれぞれの部署に戻る面々。
ブリッジのウィンドウには遥か過去に戦の女神と呼ばれた星が映し出されている。
激しく光芒が閃く中ナデシコは火星へと辿り着いた。
マーズの名を冠せられる星に相応しく滅意の光芒を纏い…
代理人の「本日のズンドコアキトくん」のコーナー(爆)
え〜、毎度毎度ズンドコな生ける屍のアキト君ですが
・・・・さすがにルリには手を出さなかったようです(爆)。
出してたら・・・ひょっとしたら裏行きだったかな〜(苦笑)。