宇宙に鮮やかな光が生まれる。
火星に陣取った木星蜥蜴の戦艦が爆発する光だ。
続く光、そして光を造る者。
「……もっと来いよな」
そう一言呟きアキトはエステを駆り発した言葉を強調するかのようにつまらなそうな表情でまたも戦艦を落とす。
イミディエットナイフ一本で戦艦へと向うその姿はまるで鯨をデザートナイフで解体するかのようだ。
だが実際にアキトはナイフのみで戦艦を落としている。
他のパイロット達はアキトの機動に着いていく事が出来ないがそれでも軽々と他の小型兵器を落としている。
「どうした?木偶ども。俺はここだぞ?」
縦横無尽に駆け巡り無人兵器を翻弄するアキト。
アキトの前に立ちふさがる幾多もの無人兵器は与えられた命令を何一つこなす事出来なく散っていく。
宇宙に散らばる残骸。
それはアキトが動くたびに増えていく。
だがそれも間も無く終わる。
圧倒的な力を以って無人兵器を潰してきたが故にもはや残る無人兵器は少ない。
それに対し物足りなさそうな顔をするアキト。
敵が弱くとも、その身に潜む願望が果たされずとも、渇えていたものがすこしであれ満たされるのが解るのだ。
それは破壊衝動。
何もかもを破壊してやりたいという原初の意思。
「っくくく…」
歯をギリギリと噛み締め笑いを堪えるアキト。
可笑しくて堪らないと。
かつての様に幾多もの敵が迫り来るのは堪らないと。
唇を残虐に歪めるアキト。
(堪らない…本当に堪らない。こんなにも敵が居るだなんて…止めてくれ)
歯を噛み締める音が大きくなる。
(止めてくれないと…壊し尽くしたくなるだろうがアァアアアァァァ!!」
手の甲のタトゥーが一際強く輝く。
一気に加速するエステ。
「ハハハ…ハハハハハハ!」
エステの腕が振るわれるたびに落ちるジョロ。
幾つもの爆光を作り上げアキトは笑い続ける。
本当に可笑しくて、楽しくて堪らないと。
「ハハハ!落ちろぉ!もっと落ちろぉ!!」
戦艦のフィールドに突撃する。
弾かれる事無く呆気なく船体に突き刺さるナイフ。
ナイフを突き立てたまま動くアキト。
その斬線を追う様に火が伸びる。
ちょうど船体の半ばから突き立てられたナイフが船尾に抜ける。
スラスターを吹かし離脱するアキト。
始まる爆発を見ながら本当に愉快そうにアキトは笑っていた。
●
アキトの狂気じみた活躍により簡単に火星へと向う事ができたナデシコだが…。
その活躍したアキトに対する言葉は余りにも暗かった。
ハンガーへと戻ってきたアキトに声を掛ける者は誰も居ない。
恐怖に満ちた目で遠くから見るだけだ。
それは整備員に限らずだ。
いまだ戦闘時の余韻が残るのか酷く昏い雰囲気を纏い凶った笑みを浮かべているアキト。
その笑みを見る全ての者がアキトより離れていく。
そんな風に恐怖の目を向ける者達に嘲笑を向けながらムネタケがアキトに近づいてきた。
「ご苦労ね、テンカワアキト。相変わらずのイカレっぷりだったわ」
「何を今更。俺がいかれてる事など昔から知っているだろうが」
「その通りよ、私はね。ただ他の人間はどうかしら?随分と…気持ち良い目をアンタに向けているようだけど」
ちらりと横に目を向けると慌てて目を逸らすクルー。
恐れているのだ、テンカワアキトを。
「いいねえ、この怯えた視線。英雄を見るような目で見られるよりよっぽど落ち着くもんだ」
凶った笑みを深めるアキト。
その身に纏う暗い気配が強まる。
そう、あらゆるものを腐食する様などす黒く、昏い気配が。
「で、アンタこれからどうするの?」
「部屋に戻るさ。することも無いんでな」
そう言い残しムネタケの脇を通り抜けようとするアキト。
一歩踏み出し、立ち止まる。
「そうそう、提督に伝言を頼む」
「提督に?」
アキトが提督に伝える事があるのかといぶかしむムネタケ。
「ああ。こう伝えるだけでいい。俺はアンタが潰したユートピアコロニーの産まれだ、とな」
アキトの言葉に眉を歪ませるムネタケ。
上官であったフクベの行為はムネタケも知っている。
そしてアキトもまた知っている。
その上でアキトはフクベにそう伝えるように言うのだ。
「テンカワ…あんた…」
「伝言はそれだけだ」
ムネタケの投げ掛ける言葉に返事を返す事無くアキトは自室へと向っていくのであった。
残されるムネタケ。
アキトの言葉を吟味するように彼はそこを動く事が無かった。
ただ静かに立ち尽くしていた…。
●
無事火星へと入りこみこれからの行動を決めようとしていた時。
ブリッジでは皆が集まっている。
そこにアキトは入っていった。
途端にブリッジは一種の緊張感に包まれる。
アキトが入っただけで。
大半は恐怖と言う緊張感であるが恐怖でない緊張感を抱くものもいる。
ルリ然り、ユリカ然り、ムネタケ然り、そして…フクベ然り…。
張り詰めた緊張に嘲る笑みを浮かべアキトは、
「エステを一機貸してくれ」
と言った。
「何を言う。テンカワ!」
アキトの言葉にゴートが反論する。
性格に問題はあれどアキトはナデシコで、いや地球で最高の腕を持つパイロットなのだから。
「故郷を…ユートピアコロニーを見てきたいんですよ」
そんなゴートと他のクルーに向って言うアキト。
が言葉は皆に向けられているがその目はフクベに向いている。
その目が雄弁に語る。
あんたが潰したコロニーを見てくる、と。
知らず知らずの内にアキトの口元が歪む。
嘲笑という歪みに。
その目と、笑みを一身に受けるフクベは、
「構わん行ってきたまえ」
と言った。
その表情には何も表れていない。
その内心は?
それを知るのかアキトはフクベにこう言い放った。
「さすが提督。”フクベ提督”なら許可してくれると思ってましたよ」
顔を醜く歪め、嘲りを、あらゆる悪意を混ぜ合わせた顔を向ける。
「アキト…」
ユリカの小さな声がブリッジに響いた。
それが新たに生まれた緊張を溶かす。
小さく鼻で笑いブリッジを出て行くアキト。
ハンガーへと向うのだろう。
そして皆がその背を見送った。
様々な想いを乗せた視線で…。
●
エステを借り受けユートピアコロニー跡地へと向うアキト。
その心にはこれから起きる、いや起こす悲劇に大笑いしたい気分だった。
上手くいけば楽しいものが見られると邪笑に浮かべひたすらコロニーを目指す。
程なくしてコロニーへと辿り着く。
かつてはこの地にて幼かった頃の思い出を邂逅したりもしたが今はそんなもの欠片も無い。
エステより降り、大体の場所で大きく跳ねる。
地に足を着いた途端、陥没する地面。
薄暗い、シェルターに潜み、暮らす者達が待ち受けている。
突然の来訪者に警戒の目を向けながら。
そんな視線を歯牙にもかけずアキトは悠々と進む。
そして同じように、立ちはだかるようにフードを被った人物。
イネスだ。
この様な場所では女であるということが危険と知っているからか全身をすっぽりと隠している。
「ようこそ…」
とイネスが口を開くがアキトが続く言葉を遮る。
「長居する気は無い。用があるのはイネス・フレサンジュだけだ」
「……」
アキトの出した名に、自身の名に、口を閉ざすイネス。
そしてアキトの周囲を徐々に取り囲む男達。
アキトの言葉を危険と感じたのだ。
この場を知っている者が居ると、この場に居る者を知っていると。
その手には鉄パイプといったものを持ちアキトを囲む。
その余りにも滑稽でいっそ憐れみすら憶える行動にアキトは何時もの様に皮肉な笑みを浮かべた。
「俺が用があるのはドクターだけだ。…それ以外の連中に用は無い」
それが始まりであった。
一方的な虐待的な戦闘の。
「ぅらあああああ!!」
叫び、鉄パイプを振りかざす男。
勢いよく振り下ろされた鉄パイプをなんら痛痒を受けていないと言う表情で掌で受ける。
受け、掴まれ動かなくなったパイプを躍起になって動かそうとする男にアキトは足を振り下ろした。
そう、男の膝に。
本来曲がらない方向にくの字に曲がる足。
肉が裂け骨が覗く。
「ひぎゃあああああ!!」
無様に鉄パイプより手を離し転げまわる。
血を溢れさせ叫び転げる男にアキトは、
「うるせえよ…」
と冷たく吐き捨て顎を踏み砕く。
叫ぶ事も出来なくなり顎と、足を押さえ転げまわる。
その光景に半狂乱に陥る他の連中。
狂った様に叫び、アキトに襲い掛かる。
その光景に口を禍々しく吊り上げて迎撃をする。
二人目は頭部を掴まれ床に思いっきり打ち付けられた。
額が割れ紅が床に広がる。
止めといわんばかりにアキトがその頭を踏み抜く。
奇妙な声を漏らし動かなくなる男。
三人目は殴りかかろうとしたところを一人目の男が持っていた鉄パイプを使い喉に突き刺す様に入れられ悶絶する。
呆気なくその場は恐怖に包まれた。
だがそれでもアキトは動こうとした。
嘲りを浮かべ、この場に居る者全てを潰さんと言わんばかりに。
それをとめたのはイネスの一喝。
「待ちなさい!!」
その大音声にアキトは足を止める。
「私が…行けばいいのね」
「最初からそう言った。つまり、これは要らん戦闘だな」
鉄パイプを放り投げ言うアキト。
ガランガラン…、と大きくその音が響いた。
「そう…なら行くわ」
「結構。ああそうだ安心しろ。そいつらは心配ない」
と首で悶絶している男達を示すアキト。
顔は皮肉気な笑みだが…。
「じゃあ来てもらおうか、ドクター」
「ええ」
「迎えも来た事だしな」
天井を、いやその向こうを見るように呟いた。
『アキト、迎えに来たよ』
スピーカーよりユリカの静かな声が大きく響いた。
●
ユリカ達を前に説明を繰り広げるイネス。
その輪に加わりながらその説明を聞いていないルリ。
「どうしたの?ルリルリ?顔色悪いわよ?」
ルリのすぐ傍に座るミナトが問い掛けた。
「いえ、少し体調が…」
「そうなんだ。少し休んできたらどう?」
「駄目です。今オペレーターが離れる事は出来ません」
心底心配しているミナトにそう返すルリ。
だが、悪いのは体調ではない。
精神だ。
これから起こる事へのあらゆるマイナスの思考だ。
火星へ入った折にアキトより言われたこと。
余計な事はするな、の言葉。
正確にはナデシコがコロニー跡地へと向うのを邪魔するなという言葉。
堅牢ではあるが絶好の攻撃目標でもあるナデシコがコロニー跡地へと向えばどうなるか?
それは以前の歴史が証明している。
オペレーターのシートに座りながらルリはその時が来ないで欲しいとただ祈っている。
身体の震えが止まらない。
今のルリの顔色は最悪だろう。
死人もかくやと言わんばかりに青ざめている。
歯がガチガチと鳴る。
今すぐにでもこの場からナデシコを動かしたかった。
だがアキトの言葉がそれをルリ自身に許させなかった。
逆らえない。
その言葉に。
逆らえない。
アキトという存在に。
言われた言葉がルリを呪縛する。
恐怖と罪悪感がルリを狂わそうとする。
アキトの願いを叶える、役に立てると言う想いが歓喜を呼ぶ。
相反する感情。
(いっそ壊れてしまえば…)
ルリがそう思ったときだ。
悪夢が…その来訪を告げたのは…。
オモイカネより知らされる敵襲。
数え切れないほどの戦艦がチューリップを潜りナデシコを目指す。
うるさい――そう思ったルリ。
誰がうるさくしているのかと思ったらそれは自分の鳴らす歯の音。
ガチガチガチガチガチガチ…と恐怖に歯の音が鳴る。
それでも自分の職務を全うする。
幾隻もの戦艦がナデシコの上空に停止する。
輝く先端、破壊の意を込めて。
ちらりとルリがアキトの方を見てみれば…、
ワラッテイル。
声に出さず、顔を腹を苦しげに押さえて。
ユリカが口を開いた。
張られるフィールド。
陥没する地面。
その下に住まうものを押しつぶしながら最強の盾は張られていく。
放たれる光条。
美しい光の雨。
「フフフ…ハハハ…ハハハハハハハハ!!!」
アキトが高らかに笑う。
これほど面白いものはないと。
「見ろ!ムネタケ!!まるであの時の様じゃないか!!あの時の様に俺たちの行動は全く無意味!全く無駄!自らの手で護るべき者を殺したあの瞬間!!」
「テンカワ!!黙りなさい!!」
「再びこの光景が見られるとは思わなかったぞ!」
これを見るためのお膳立てをした人間が言う。
楽しそうに嬉しそうに降り注ぐ破滅の光の雨を見ている。
「いいや!無意味とすら言えない!無駄とすら言えない!何もかも同じ!あの時の様に俺たちはただ無様に害をもたらしただけ!!」
「テンカワァアアアア!!」
ムネタケが叫ぶ。
苛烈な憎悪を目に激しく燃やして。
今、殺す術を持っていれば確実にアキトを殺し尽くすだろうと言えるほどに。
「ハハハハハハハハ!!木偶ども!精々降り注げ!あの時の俺たちの代わりをしろ!無様に害悪をもたらした俺たちの様に!!」
響くアキトの声。
誰もが恐怖を抱いた。
降り注ぐ光にでなく、笑うアキトに。
震える身体を抱きしめてこの悪夢を体現する男がもたらす恐怖に耐えようと。
歴史の流れは変わらず、一人の男がもたらした恐怖がただ支配した火星の一時であった。
後書き
うわ暗っ!
自分で書いといてあれだが暗い。
一体どこまで行く気よ?<俺
とりあえず本編は置いといて、
Actionにおいてルリといえば壊れの代名詞だがLDのルリは壊れていないと断言。
確かに惚れてる相手が腐りきった外道で邪悪で本気で屍だけど”おしおき”するわけじゃないし…。
初恋の想いを抱いて健気だし…。
初恋の相手に銃ぶっ放されて流れた血で紅を差された後にキスされたりしてるけど…。
たった一人を想っているし…。
その一人はとっかえひっかえレベルで女性の相手をしたりしてるけど…。
……ほら、普通だ(目を逸らしながら)
みんなもそう思うだろ?
…ごめんなさい。
代理人の感想
確かにおっしゃる通りルリは壊れてませんが・・・・・・
これくらい壊れてると並の壊れルリでは対抗できないだけのよぉな気も(爆)。