ハンガー内には壊された入り口より風が吹き込んでいた。
風がアキトの吸っていた煙草の灰を散らす。
まるで先ほどの戦闘の名残を消さんとするかのように。
「そう言えば、アキト」
散り、溶けていくように消える灰を見ながらナオが口を開いた。
「ん?」
新たに煙草を取り出し、火をつけているアキト。
紫煙が立ち上り、彼の顔を微かに霞ませる。
「お前、煙草なんて吸っていいのかよ?厨房要員だろう」
「いや、もう辞めるしな」
ナオの疑問に事も無げに答える。
アキトの言葉に唖然とするナオ。
知っているからだ。
アキトがどれだけ料理を作る『時』を大切にしていたかを。
それだというのに、呆気なく辞めると言えば唖然とするのも無理がない。
「お前、辞めるって……」
「言葉通りだ。今更、料理を作って精神的安寧を得る必要も無いしな」
だから、煙草を吸ってんだよ、と彼は続けた。
「ホウメイさんには後で話をするがね。今はそれより……」
言葉を切り、ハンガーを出て行くアキト。
その後をナオと北斗がついて行く。
「オモイカネ、高杉はどこにいる?」
『高杉さんは……』
とオモイカネが居場所を教える前に、
「あーここ、ここ」
右手にある、部屋より出てきた。
それに対して、無言でウィンドウを消すオモイカネ。
「おやおや、拗ねてしまったようだぞ?」
「……俺に言われても」
アキトの意地の悪い言葉に頭を掻く三郎太。
「っと、そうだ北斗」
「なんだ?」
腕を組み、アキトと三郎太の会話を見ている北斗。
「もういいぞ。食堂に行って飯でも食ってろ」
「……いいだろう」
言外になにか意味を持たせたアキトの言葉に、胡乱気な目を向けながらも承諾する北斗。
組んでいた腕を解き、歩いていく。
鮮やかな赤色の髪を揺らす背を見送りながらアキトは三郎太を彼が居た、部屋へと連れ込んだ。
その後を追い、ナオも部屋に入ろうとしたがアキトがドアを閉めロックを掛けたため、それは叶わなかった。
そして部屋に入った二人は、
「それでだ、お前への用件とは他でもない」
意味有り気な笑みを見せながら口を開くアキト。
三郎太の両肩に乗せた手が白々しい事この上ない。
「連中の襲撃のタイミング、あまりに良すぎたと思わんか?」
口に煙草を銜えたまま言うアキト。
灰が床に落ち、散らばる。
「はっ?」
アキトの言葉が理解できない三郎太。
わざわざこんな所でするほどの話とは思えなかったのだ。
「確かに今は襲撃するには良いタイミングだ。未だナデシコ内は混乱しているからな」
「はあ。まあ、確かにそうっすけど……」
「言い換えれば、俺たちにとっては最悪のタイミングで襲撃された訳だ」
「あー、もう少し分かりやすい言い方で」
「……アホ」
本当に分からないと言った表情の三郎太に、無体な言葉を投げるアキト。
が、仕方がないと割り切ったのか、
「……なんで、連中はこのタイミングに襲撃を掛けて来た……いや掛けてこれた?」
「……」
低くなったアキトの声。
その言葉の内容の意味を考える三郎太。
「……まさかっ!?」
「確証は無いがな」
「優華部隊の中に内通者が居るって言うのかよ!?」
「優華部隊だけじゃあない、ナデシコクルーもだ。……確かに単なる偶然かもしれん。だが常に最悪の展開を考えて置くべきだ」
目を細め、まるで独り言のように言うアキト。
だが、その言葉は間違いなく三郎太に向けられている。
「今、木連の人間で一番信用できるのはお前だけだ。だから、後で渡しておきたい物がある」
「渡しておきたい物?」
「ああ。東 舞歌への……ラブレターだ」
「はあ?」
素っ頓狂な声を上げる三郎太。
シリアスな雰囲気の中での的はずれなアキトの言葉だったからだ。
「まだ書いてないけどな」
「アンタ、なに言ってんの?」
訳がわからないという表情の三郎太。
そんな三郎太に対しアキトは、
「ラブレターだからな、誰にも見せず、誰も介さず、確実に、東 舞歌に、直接渡してくれ」
真面目な顔で言った。
その言葉への力の入りように、三郎太もアキトが何を言いたいかを理解する。
「ああ、分かった。『少将』に直接渡すよ。……なんせ、ラブレターだから誰にも見られないように、な」
「頼むぞ」
「任せとけって」
互いに唇を吊り上げる。
それを笑みというには少々抵抗がある表情だ。
「ついでに言うなら、俺は恥ずかしがり屋なんでな……出来うる限り、誰にも見つからないように渡してくれ」
「アンタが恥ずかしがり屋っていうのは理解できないがね……努力はするよ」
そこで会話が止まった。
互いに怪しく唇を吊り上げたまま、視線を合わせている。
「……よし!じゃあ出るか」
「そうするかね」
タン、と三郎太の肩を手で叩き、アキトは部屋を出て行く。
その後を肩に手を置きながらついて行く三郎太。
思いの外、アキトの力が強かった為に肩が痛むのだろう。
恐らく、余計なことを言ったからだろう。
「で、密会は終わりか?」
部屋を出るとナオが不機嫌そうな顔で立っている。
微妙に疎外感を感じたからだろう。
「ああ、終わりだ」
ナオの不機嫌そうな表情を気にも掛けず、アキトは飄々とした態度で言葉を返す。
「ま、この後も密会の予定が詰まってるけどな」
フィルターの直前まで燃えてる煙草を指で挟みながら言うアキト。
火を消し、通路の隅に投げ捨てる。
「その時にはナオさんにも付き合ってもらうさ」
●
「これは由々しき事態です」
暗い部屋の中に響いた声。
まるでどこぞの秘密結社の会合の様に、下より顔が照らされている。
その数、16。
暗闇の中に浮かぶ顔。
大きく円を描きながら配置されている。
「『彼』が何者だったかは分かりません。ですが、『彼』の影響でアキトさんは変わってしまいました」
円の中心に浮かぶウィンドウ。
そこに映されているのは、先ほどの戦闘シーン。
「戦闘中に女性を口説くアキトさん。今までのあの人からは考えられません」
顔の前で手を組みながら言うルリ。
幼い彼女がそんな格好をしても可愛らしいだけでしかないのだが、当人はそのポーズが格好いいと思ってるようだ。
だが、一部を除き、彼女にしろ他の者にしろ、『彼』に撃たれたというのにこんな会合を開いているのだから……。
その精神を恐れるべきか、はたまた。
「うううう……。アキトォ、どうせなら私を口説いて欲しいのにぃ」
と場違いな事を言うのは当然ユリカだ。
ハンカチを噛み締め、涙を流している。
彼女の傷が一番深いというのに元気なことである。
「でも、良い傾向じゃないかしら?……女性を口説くのが、じゃないわよ?」
「と、言いますと?」
先に口を開いたのはイネス。
聞き返したのがメグミ。
肩より吊す三角巾が本来は痛々しい筈なのに、今はそれが彼女たちを女傑の様に見せる。
「つまり、今までのアキト君は戦闘中と言えばどこか痛々しい表情をしていたわ」
「確かにな」
同じように戦闘に出ているが故にリョーコはそう言った。
戦闘中のアキトはそれを忌避するかのような表情をしていた。
唯一の例外が北斗との戦闘だ。
「けど、今のアキト君は戦闘中でも余裕を持っていられる。……それは、彼自身にとって良い事とは言えないかしら?」
「そんなの……」
イネスの言葉に悲痛さを滲ませた声が反発した。
昏い表情をしたサラが俯きながら口を開く。
「そんなの……アキトさんじゃ無いです!」
哀しげに柳眉を歪め、叫ぶ。
その言葉に、シン、と静まりかえる皆。
「サラ……」
再び顔を俯かせたサラを慰めようとアリサがその肩を抱く。
「私は……あんなアキトさん、好きになれません」
「別に君に好かれる為に俺はいるわけじゃあない」
突如、響いたその声に驚き、声のした方向を向く皆。
そこに立っているのはアキトだ。
腕を組み、軽さを感じさせる笑みを浮かべている。
「アキトさん……」
ルリが皆を代表してか口を開いた。
「撃たれたというのに元気な事だ」
「やれやれ、こんな所にいたとはね」
「ナデシコの設計図には載ってないブロックですよ、ここは」
「まっ、恋する乙女は強い、という事で納得するしか無いんじゃないですか?」
「むう、全く気がつかなかったぞ」
「ほお、大したものだ。カズシ、俺たちも作ってもらうか?」
「隊長……それどころじゃないでしょう」
アキトの後ろより続々現れる。
アカツキ、プロス、ナオ、ゴート、シュン、カズシと。
「どうして……ここが?」
驚愕の表情を浮かべているのはレイナ。
おそらく彼女がこの場所を造ったのだろう。
「ミスターにアカツキ君」
そして彼女が便宜を図ったと。
それぞれが驚きの表情を浮かべる中、アキトはそれらを無視し、
「さて、これから大事な話があるんだが……いいかな?」
と言った。
疑問の声で締めているが、その声は拒否を許していない。
「と、その前にだ」
そう言い、目を向けたのはホウメイガールズとリョーコにレイナにメグミ。
「君たちには話せない事なんでね……」
言外に出て行けと言う。
「おいおい、アキトそりゃあどういう事だ?」
納得できないとリョーコが問う。
「そうです!どうしてですか!アキトさん!!」
「私たちに話せない事ってなんなんです!?」
「私たちでも役に立てます!!」
「そんな!酷いです!」
「アキトさん!!」
口々に反発するホウメイガールズ。
その悲愴な表情にアカツキとナオが顔を歪める。
だが、その言葉を一身に受けるアキトは変わらず飄々としている。
「説明して下さい!アキトさん!!」
メグミの一言にイネスが反応するが今はそれどころではない。
「アキト君、どういうことかしら」
微かに怒りを滲ませ、レイナが訊く。
八人、計16の目に見つめられるアキト。
一つ溜息を着き、髪を掻き上げる。
「どうして理解できないのかねえ……」
苦笑を浮かべ、そして無表情になる。
「もっと分かりやすく言ってやるよ」
底冷えのする眼光を彼女たちに向け、
「邪魔だと言ってるんだ」
ひっ、と誰かが悲鳴を上げた。
遊びの時間は終わりだ、と冷然に告げる。
殺気を織り交ぜ、睨む。
「もう一度言う。出て行け」
すう、と指が出口を指す。
その仕草に、その殺気に気圧され、最早なにも言うことも出来ずに出て行く八人。
その目に渦巻くのは、なにか?
「テンカワ君、もう少し言い方というものが有るんじゃないかな?」
呆れた表情でアカツキが言った。
「ただでさえ、ナデシコが暫く動けなくなって時間が無いというのに、更に時間を無駄に費やせとでも?」
「まあ、確かにそうなんだけどね」
「ええ、その通りです。時は金なり、まさしくその通りです」
「後でフォローしておくことをお奨めするぞ」
「それより、話を始めた方がいいんじゃないですか?」
「その通りだ」
好き勝手言う、男性陣。
女性陣は呆然と見ている。
「さてと」
と言ってアキト達はそれぞれ空いた席に着く。
座ったアキトは懐より、バイザーを取り出し、身につけた。
「なんだよ、お前、バイザーなんか着けて」
「伝統というか、様式美というか……まあ、そんなものだ」
そうナオに返し、改めてアキトは女性陣を見回す。
幾人かはその視線に視線を返すが、同じように幾人かは目を逸らす。
それを鼻で笑い、アキトは口を開いた。
「ユリカ」
「ほえ?」
「ナデシコ内に内通者が居る可能性が有る。優華部隊かそれともナデシコクルーかはわからんがな」
「内通者……」
間抜けな表情をしていたユリカだったが、その表情が硬質的なものに変わる。
「どういう……こと?」
「先ほど、襲撃があっただろう」
「うん」
「あまりに連中の襲撃のタイミングが良すぎだ。……こちらにとっては最悪のタイミングだがな」
「……」
「クルーの混乱の収まらぬ内の襲撃。襲撃前の騒ぎはナデシコ内で終らせたというのにな」
「でも、偶然じゃあ……」
「生憎だけど、常に最悪の展開を考えなきゃいけないんでね」
ユリカにそう、返したのはアキトではなくアカツキ。
軽薄な笑みを浮かべているが、その目は大企業の会長に相応しい、冷徹な光を浮かべている。
「……そう言うことだ。お前はプロスさんとゴートさん、それにナオさんと協力して、内通者の存在を確かめてくれ」
あっさりと言うアキト。
視線を隠すかの様に身につけたバイザーがこの上無く、彼を怪しく見せる。
「それと、いずれミスマル提督と話をする必要があるからお前はその時に折衝役を務めてくれ」
あの人はお前が居ると居ないとじゃ大違いだからな、と付け加える。
「ちなみにサラちゃんとアリサちゃんはグラシス中将の方を頼む」
「……うん」
「……分かったわ」
力無い表情で頷く二人。
そんな二人に微笑みを向けるアキト。
「二人とも…俺を嫌っても構わない。だが…和平を成すまでは付き合ってくれ。もう、メティちゃんの様な娘を出さないためにも」
その言葉にビクリと身体を震わせる二人。
あの時のことは忘れることなど出来ない。
「ルリちゃんはピースランドの国王夫妻に連絡を、それと……ラピス、ハーリー君と協力してユリカのサポートを」
「はい」
「イネスさんはウリバタケさんと協力してナデシコとオモイカネに手を加えてくれ。方向性に関しては、ラピスとルリちゃんからデーターを貰ってくれ」
「あら、ずいぶんと難題を言うわね?」
「それだけ信頼しているのさ。……ブローディア等は確かに強力だが、結局は一機動兵器にしか過ぎないからな」
バイザーの奥で目を細めるアキト。
「エリナはアカツキと同じように明日香インダストリーとの交渉とネルガルの重役を監視しておいてくれ」
「うちの重役をかい?」
アカツキが聞き返した。
それに対してアキトは意地の悪い笑みを浮かべて、
「そうだ。お前は重役連中に嫌われてるみたいだからな。連中、何をしでかすかわからん」
「あっちゃあ、痛い所を突いてくるねえ」
「最悪の場合、俺を呼べ」
「君をかい?」
アキトになにができるか分からないアカツキ。
「……お前、忘れてるのか?俺の保有する株式を考えれば、重役連中など問答無用で馘首できるんだぞ?」
「……そういえばそうだったね」
「……会長」
アカツキの言葉にプロスが疲れた声を出す。
その背には哀愁が漂い、同情を誘う。
「けど、アキト……」
「なんだ?」
「木連の方はどうするの?」
ユリカの疑問はもっともであった。
「無論、最終的な目標は和平と、その後の平和の維持だ。だが、ユリカ」
「なに?」
「俺達は相手が人間であることを知っている。では、地球の人間はどうだ?」
「それは……」
「そうだ。地球の大多数の者達にとって、敵は『木連』ではなく正体不明の『木星蜥蜴』でしかないんだよ」
「……」
「和平がどうこうと騒ぐ前に足場を固めて置く必要がある。……その為にみんなにそれぞれの折衝などを頼んでいる」
「けど、どうやって?」
その言葉にアキトが、にやり、と怪しく笑った。
「世界中にばらす」
「誰が?」
「俺が」
静寂が室内を支配し、
「「「「「「「はあ!?」」」」」」」
と女性陣が言った。
「俺を誰だと思ってる?」
「私の恋人」
「未来の夫です」
「未来のネルガル会長。ちなみに私はその秘書で妻」
「最愛のパートナー」
「アキトはアキト」
「アキトさんです」
「アキト……さんよねえ」
それぞれの言葉に苦笑するしかない男性陣。
アカツキだけは顔を複雑そうに歪めていたが。
「……英雄だ」
憮然とした表情でアキトは言った。
「以前は気に入らない『英雄』だったが、今この時になってみると、便利な肩書きだ」
「本当、やる気満々だねえ」
もはや苦笑を浮かべることしかできないアカツキ。
「ふっ、世界中のマスコミを集めて演説をする俺。……その日を『ダカールの日』と呼ぼう」
「なにそれ?」
と訊くユリカだが、アキトは怪しい笑みを浮かべて答えない。
「まあ、それは置いておくとしてだ。時間は無いに等しい。ナデシコが壊れている今しか自由に動けない状況だ」
ナデシコの修理が終れば、また軍の命令で戦闘に赴くことになるだろう。
それ故、時間を掛けて修理するように仕向ける。
だが木連の存在が有るために時間を掛けすぎるわけにも行かない。
「遅すぎず、かといって早すぎず。そこら辺はウリバタケさんに任せるがな」
「けど、その間のナデシコの防衛はどうするの?」
「北斗にやらせる。俺は俺で動かんといけないしな」
飯代代わりに働かせるさ、と笑いながら言うアキト。
その言葉に複雑な表情をする、ユリカ。
「安心しろ。アイツは裏表の無い奴だ。……単純とも言うがな」
何気に酷いことを言うアキト。
「分かってると思うがこれからの行動は全て内密に行うように。どこに内通者が潜んでるかわからんしな」
一斉に頷く全員。
各界への根回し、ナデシコの強化、その全てが漏れると拙い事ばかりだ。
「これで話は以上だ。全員頑張ってくれ」
アキトがそう言うと、アキトの席を除き、顔を照らしていたライトが消える。
ただ一人、照らされるアキト。
顔の前で手を組み、呟く。
「我々には時間が無いのだから……」
「……なんだそりゃ?」
暗闇の中でナオのツッコミ。
「いや、一度言ってみたかっただけだ」
「……」
こうして彼らの暗躍が始まった。
今日の後書きは無しです
レンたん抱き枕ぁああああああああああ!!
無いと言ったら無いんだよっ!!
代理人の感想
うむむ、前回も書きましたが美学というか、「粋」を理解する様になりましたね(笑)。
ルリもやってる事を考えると密かに流行っているのかも知れません。(だったらやだな(爆))
それはさておきこのままいくと、「It's!」とほざき出す日も近いかもしれません。
………結構本気で見てみたいかも。(核爆)