ハンガーに鈍い音が響いた。
その音は奇妙にハンガー中に響き、整備員の手を止める。
「っの…!馬鹿野郎!!」
手を止めた整備員たちが見たのは、エステより降りたアキトとその前に立つウリバタケ。
アキトは顔を横に向けている。
髪が目を隠しその頬が赤くなっている。
同じようにウリバタケの拳が赤く、息を荒げている。
誰もが見て分かる様にウリバタケがアキトを殴りつけたのだ。
だが、殴られたアキトは変わらず顔を横にし、何も言わない。
ただその滲むような痛みを享受している。
「いいか、よく憶えとけよテンカワ!」
赤くなった手すら目に入らないのか、一切の欺瞞を赦さないという目でアキトを睨む。
怒っているのだ。
普段のおちゃらけた雰囲気など一切消え失せ、ただ純粋にアキトに怒りを向けている。
「俺たちはな、死なせる為に、殺す為に整備をやってんじゃねえんだよ!!
少しでもお前らの生きる可能性を高める為に整備してんだ!!」
「別に死ぬ気は無かったんですけどね」
ポツリ、と呟くアキト。
その小さな声の中に何を感じ取ったのかウリバタケがもう一度拳を振り上げた。
避けようと思えば避けられるであろうに、避けないアキト。
鈍い音が再び響く。
「ああそうだな!お前の腕なら確かにあの状況でも大丈夫だったみたいだな!!
だけどよ、死ぬ気が無いだ!?俺にはお前がただの特攻馬鹿にしかみえなかったよ!!」
「……」
ウリバタケの言葉に沈黙を以って返すアキト。
つい先ほどまでは騒音に支配されていたハンガーに静寂が訪れている。
誰もがアキトとウリバタケのやり取り固唾を飲んで見ている。
「…すいません」
小さく、アキトの言葉が響いた。
まるで水面に落ちた水滴が広げる波紋の様に静かに広がるその言葉。
ふと、ウリバタケの表情が変わる。
哀しむように、怒るように。
様々な感情を織り交ぜた表情。
「…もう、あんなことすんじゃねえぞ。嫌だからな…壊れた機体だけ帰って来るなんてよ…」
「…ええ」
まるで哀願する様なウリバタケの声。
そして儚く消えてしまいそうな透明なアキトの声。
彼は誰かに糾弾されたかったのかもしれない…。
●
「随分と派手にやりましたね…」
部屋へと戻ったアキトにシンジがそう言った。
尤もウリバタケのように怒りを覚えているわけでは無く、苦笑を禁じえないといった表情だ。
アキトもそれを知り、苦笑を浮かべ応えた。
「そう、だな…まだ痛みがあるよ」
赤くなっている、ウリバタケに殴られた部分をなでながらアキトは言う。
じわり、と染み込んでくるような鈍痛が今は心地良い。
ウリバタケが怒りだけでなく本当に彼の事を心配していたと解るからだ。
「本当…痛いな…」
「自業自得ですよ」
はい、と言ってコーヒーの入ったカップを手渡すシンジ。
自身も白いカップを手にし、一啜りして口を開いた。
「…やはり、ユリカさんの事ですか?」
「……ああ」
それぞれ声が低くなる。
シンジはアキトを思って。
アキトはユリカを思って。
「ヴァーチャル・ルームでさ、ユリカと結婚式をしたんだ。
それで、最後の方でユリカとキスをした時、何かが壊れた…」
「……」
「どうして、だろうな?あの時、北辰を殺すと誓った時にあいつへの想いなんて捨てたのに…。
お前も知ってるだろう?俺があの時、ユリカをルリちゃんに任せて、北辰を殺す事を選んだのは」
「ええ」
時を遡る前に、アマテラスを強襲した後に、アキトが選んだ選択を。
イネスの墓参りでルリに全てを託し、戦いへと赴いた。
シンジはそれを知っている。
「そう、捨てた…筈だったんだ。
だが結局は捨て切れなかった。
どんなに否定しようとしても俺はユリカを求めている。
馬鹿みたいだな、自分で捨てといて求めようとするんだから」
「だから…あんな風に?」
「ああ。いっそ死んでしまえと思った。
木連もなにも関係ない、ここで死んでしまえって…」
アキトのカップを持つ手に力が込められていく。
キシキシと悲鳴を上げる。
「なあ、シンジ…」
「なんです?」
「俺は、間違っているのか?」
自分の抱く想いを否定する事は。
「…僕にも解りません。人の心の正誤に正しい解を求める事なんて誰にも無理ですよ」
「そうか…」
「でも…」
「でも?」
「何もせずに後悔するよりは、精一杯やって後悔したいです
この先の事へも、今の想いにも…」
「そう、か…」
アキトの望んでいた答えではなかった。
それでも、ほんの少しだけアキトは世界を見てみようと思った。
●
「頑張りやさんなアキトを助けるのは栄養がたっぷりのご飯が一番!!」
そんなことを言いながら中華なべの中の食材をかき混ぜるユリカ。
シンジとアキトが自室でシリアスな話をしてる中での事だ。
「ふんふ〜ん♪それでそれで…」
妄想へと浸るユリカ。
それを後ろから見ているホウメイ。
クネクネと身体をよじるユリカを苦笑をもって見ている。
「やれやれ、テンカワも大変だね」
どのような意味で大変なのか。それは妄想の合間に黒い煙を上げている中華なべが答えであった。
「…アキトさん」
「なんだシンジ?」
「この時ってなんか非常に大変な事が起きませんでしたっけ?」
「…お前もそう思うか?」
「ええ、嫌な予感がします」
「そうだな」
「ちょっと失敗しちゃったけど、この程度ならいいよね」
手に『創った』料理を持ち通路を歩くユリカ。
その表情は本当にご機嫌だ。
前方より、昏い表情で歩いてくるジュンなど全く気にならないほどに。
ジュンの方はと言えば、先ほど食べたカップ麺に虚しさを憶えている。
そんなときにユリカが明らかに手作りと思える料理を持ってきたので…。
「ユリカ…僕の為に!」
と感涙の涙を流している。
ひょい、と手を出し受け取るポーズをしたが、
「ジュン君、お休み〜」
と通り過ぎていくユリカに呆然とする。
「ユ、ユリカ?」
小さく声を出すが当然聞こえてなどいない。
代わりに聞こえてきたのは、
「待っててアキト!今、おいしいご飯を届けに行くから」
であった。
「……」
呆然と立ち尽くすジュン。
その光景を見ていた通りすがりのクルーが余りの哀れさに涙を流して行く。
「……まだ、厨房に残ってるかな?」
ジュンはわざわざ自分から地獄へと飛び込んでいった。
●
コンコン、とノックの音が響いた。
「誰だ?」
「……」
訝しげな表情をするアキトと考え込んでいるシンジ。
「今、開ける」
とアキトは立ち上がり、ドアの方へと向う。
そんなアキトに目も暮れず考え込むシンジ。
頭の中で警鐘が鳴り響いているのだ。
ここにいてはいけないと、ドアを開けてはいけないと。
そして、ようやく答えに辿り着く。
「アキトさん!!ドアを開けないで!!」
「え?」
だが遅すぎた。
シュン、と鳴ったドアの向こうにユリカの姿。
手にはかつて、『物体X』と呼ばれたものを持っている。
そこでアキトも思い出した。
かつての惨劇を。
そして先ほどの嫌な予感がなんなのかを。
「アキトあのね、わたしお夜食作ってきたんだ」
天然な笑顔でユリカは言った。
対するアキトは命の危機を感じている。
これほどの危機など、初めて北辰と相対したとき以来だ。
「お、おおおおお…」
言葉にならない声がアキトの心情を物語る。
ユリカはそれを感激の声と捉え、嬉しそうな笑顔で部屋に入る。
「あ、シンジ君」
そこで、はじめてシンジの存在に気づいたようだ。
手に持つ料理を見て申し訳なさそうな表情で言う。
「ごめんね、シンジ君。今回持ってきたのアキトの分だけなの。今度シンジ君のも持ってくるから」
「いえ、いりません!!」
素晴らしい速度で断るシンジ。
さすがに『アレ』を食べるのだけは拒否したいようだ。
「それでは僕は少し出かけてきますので」
「シンジ!?」
シンジの言葉に悲壮な声をだすアキト。
シンジは笑みを浮かべて、答えた。
「なんです?アキトさん。ちょっと出かけてくるだけですよ?」
「目を泳がしながら言っても説得力が無い!!」
「な、なんのことですか?」
アキトの方にやはり目を逸らしたまま答えるシンジ。
必死に靴を履こうとしている。
「ア〜キ〜ト。ほら、早く食べて食べて」
「っつ!!シンジ!!」
悲痛なアキトの声が響く。
シンジは…、
「ッツ!!ウワァアアアアア!!」
と叫び、靴を放り出して今まさに口へと入れられそうになっていた『モノ』とその元を奪うように手に取った。
「へ!?シンジ君!?」
突然のことに驚くユリカを無視し『それ』を口の中に掻き込むシンジ。
恐怖を憶える程の決断だ。
皿の中で、なぜか蠢いていた野菜を見たであろうに口に入れたのだから。
「うわぁあああ!!なんか腹の中で動いているぅううう!!」
「活きがいいからだよ?」
ユリカの言葉にアキトは突っ込みを入れたくなるのを抑えなければいけなかった。
今はそれよりシンジのことだからだ。
「おい!シンジ!大丈夫か!?」
アキトの言葉にシンジは何も答えられない。
ただ、身体をビクンビクンと痙攣させている。
それが漸く落ち着いてきた時に、
「アキト…さん…」
掠れる声でシンジがアキトの名を呼んだ。
「ああ、ここにいるぞ」
シンジの手を握り締め応えるアキト。
霞む視界の中でシンジは告げる。
「アキト…さん…貴方に逢えて…よか…った…」
がくっとシンジの首が落ちた。
「シンジィイイイイイイイ!!」
叫ぶアキト。
「え!?え!?なんなの!?ねぇアキトなんでシンジ君倒れたの?」
少しは自覚してもらいたいものだ。
●
シンジが倒れたりとあったが無事、テニシアン島に辿り着いたナデシコ。
以前と同じく元気一杯で駆け出していく皆。
エリナが色々言っているが当然誰も聞いていない。
そんななかでアキトとシンジは二人、離れた場所で立って話し込んでいる。
「アキトさん…」
「ああ」
この壮観な風景には似つかわしくない鋭い声と目。
この島に降りてから感じる視線。
巧妙に隠しているようだがそれを感じ取る二人。
「…手は出してこない、か」
「アクア・クリムゾンの護衛でしょうね」
「だろうな」
なんとも言いがたい表情をする二人。
以前のことを思い出しているのだ。
「…アキトさん、今回は遠慮してくださいね」
「なにをだ…」
「……」
「……」
はぁ、と溜息を付く二人であった。
「まあ今回はここで大人しくしてるさ」
「それが賢明ですね。わざわざ『彼女』に逢いたいとは思えませんよ」
さて、といって歩き出すシンジ。
なにかすることが有る訳でもないのでルリのところへ向っていく。
その後姿を見送りアキトもどうしようかと考え込む。
そんなアキトを放っておくわけが無い連中。
「テンカワ君、君はやらないのかい?」
ビーチボールを手にアカツキが訊く。
指先でボールを回し、髪の長いその姿はどうみてもナンパ小僧。
「いや、俺はパートナーがいないからな…」
相変わらず学習をしない男――テンカワアキト。
その様なことを言えば、
「お、俺が一緒に組んでやるよ!」
「アキト!私と一緒に組も!」
「なにを言ってるんですか!?アキトさんは私と一緒に組むんです!!」
こんなことになる。
「……馬鹿だな俺って…」
思わず涙を流したくなったアキトだった。
「まあ、君らしいね」
とは隣で苦笑を浮かべているアカツキの言葉。
●
アキトが思わず泣きたくなっている時、シンジはルリの元へといた。
変わらず水着姿で端末を操っているルリ。
「今回も、遊ばないのかい?」
「ええ。私のキャラじゃないです」
シンジに小さく微笑むルリ。
その手は変わらずキーボードを叩いている。
「シンジさん…」
「ん?」
微笑みは消え、暗い表情となるルリ。
声を潜め口を開く。
「どうして…アキトさんは…」
と、アキトのあの暴走した時のことを訊く。
「ユリカさんの事がね…まだあの人を縛り付けている。それだけ」
「ユリカさん…ですか…」
ふ、と哀しげな顔をして呟くルリ。
そんなルリに微笑を向けるシンジ。
そっとルリの頭に手を置き、撫でる。
「大丈夫。あの人も変われるよ。…ナデシコにいるんだから」
「…はい」
顔を赤らめ応えるルリ。
その表情に再び微笑み、アキトの方を見てみるシンジ。
見てみるとエリナに絡まれ、女性陣に追いまわされている。
「やれやれ…」
と言うがその表情は楽しげだ。
「あの…シンジさん…」
「なに?」
「その…そろそろ手をどかしてくれると…」
シンジの手は未だルリの頭を撫でている。
「ああ、ごめん」
と言って、手をどかすシンジ。
言うとおりに手をどかしたと言うのにどこか不満そうなルリ。
シンジの対応がまるで子供に対するようなものだからである。
と、そんな不満を表すように唇を尖らせ、シンジをみると、
「……」
無言で木々の方を見ている。
その目の鋭さに気圧され口を噤むルリ。
そして気づく。
その鋭い眼差しが、雰囲気がかつて常に身に纏っていたものであると。
墓地で再会した際に一度だけ見たその姿。
ちらりとアキトの方を見てみると何時の間にかいなくなっている。
「どう、したんですか?」
気力を振り絞りシンジに尋ねるルリ。
シンジはそれに答えず深緑へと動き出す。
「少し、出かけてくるね」
そして深緑へと飲み込まれていく。
●
乾いた音が響き、木の破片が散る。
小さく舌打ちをし、木の陰に身を隠すゴート。
その途端、同じように乾いた音が響き、ゴートの隠れる木に穴を穿つ。
「やるな」
一言呟き、適当に狙いをつけ、銃弾を繰り出す。
相手と同じように放たれた銃弾は木を弾き、銃口から硝煙を昇らせる。
「そうですね」
とゴートの後ろより聞こえた声。
咄嗟にそちらに銃口を向けると、
「テンカワ…」
が立っていた。
水着の上にパーカーを羽織り飄々と立つ姿はこの場に似つかわしくない。
だが、その姿より彼の異常さを強めてもいた。
「なぜ、ここにいる」
アキトだというのに銃口を外さずに訊くゴート。
一切の油断無くアキトを見る姿は彼の体格と相まって重圧を感じさせるほどだ。
だが、そんな重圧など歯牙にもかけず小さく笑みを浮かべるアキト。
「なぜって…、騒がしくなってきたと思いましてね」
「……」
「まあ、クリムゾングループの令嬢がいる島にネルガルの人間が乗り込んできたら騒がしくもなるでしょうが…」
「今までは様子を見ていただけにしか過ぎなかったのだがな、どうやらナデシコのクルーの誰かが接触したらしい」
ゴートの言葉に頭を抱えるアキト。
「どうした?」
と訝しげな声でゴートが問う。
アキトは頭を抱えたまま言葉を返す。
「それ、多分ガイです」
「ガイ?…ああ、ヤマダか。あいつは医療室でダウンしてたんじゃないのか?」
「普通はそうなんですけどね」
痛む頭を押さえながらアキトは苦々しく答える。
イネスからガイが『不思議な事』に全治したと聞かされたのだ。
「まあ、それより…」
と呟きその場を飛びのくアキト。
ゴートもそのアキトの行動が何を示すのか悟り、同じように飛びのく。
途端数瞬前まで二人がいた所に人が飛び降りてきた。
チッ!と舌打ちをしすぐさまその場を離れようとするが、
「遅い」
とアキトが既に肉薄している。
声は出さなかったが驚愕の目でアキトを見る襲撃者。
そしてそれが最後に見た光景。
あっという間にアキトに落とされる。
「殺したのか?」
「いえ、眠ってもらっただけですよ」
地面に倒れ伏している男を見ながらアキトは言った。
「そうか」
「…で残る数は8人。どうします?」
「…俺が4人、お前が四人。丁度いい計算だ」
ゴートの言葉に苦笑するアキト。
倒れている男の手からナイフを、懐から銃を取り出しゴートに向き直る。
「じゃあ、行きますか」
●
アキトとゴートが森林の中で戦闘を繰り広げている時、シンジは『彼女』の下にいた。
変わらず、白く涼やかな別荘。
テラスに立つ二人の人影。
「…ヤマダさん」
テラスに立つ者の一人の姿を見て、シンジは疲れた声を漏らす。
が、疲れた声を漏らしているのはシンジだけではない。
シンジの位置までは声が届かぬが件の少女、アクアもまた疲れた声を漏らしている。
それも当然であろう、よりによってガイを連れてきたのだから。
「なにをしてるんですか、ヤマダさん」
あのまま立っていても変わらないので二人の下へ行くシンジ。
アクアがシンジの姿を見て、喜びに顔を輝かせる。
よっぽどガイの相手が疲れたのだろう。
「ダイゴウジ・ガイだ!!」
と変わらない反応をするガイを無視しシンジはアクアに向き直る。
「ごめんね、この人の相手、大変だっただろう?」
「はいぃ…」
シンジもアクアも疲れた顔で話す。
過去の…というべきかは不明だがかつての彼女の所業をも忘れ去れてシンジは同情した。
「ヤマダさん早く皆のところに戻りますよ?」
「何を言う!?俺はこの娘をキョアック星人から護らなくてはいけないんだ!!」
「ヤマダさん、また、ベッドで、眠りたいんですか?」
どんどんシンジの笑顔が深まっていく。
うっ、と息を呑み身を引くガイ。
背中に痛みを走る。
現実の痛みではない、幻の痛み。
ファントムペイン――幻肢痛
「う…解った…」
と言って、アクアの手を取り、その場を去ろうとするガイ。
この状況の中でよくそれが出来るものだと思わず感心したくなるシンジであったがさすがにそれは見逃せない。
「…ヤマダさん…」
「あの、私はここから離れられないので…」
シンジとアクア、両方に言われ、しぶしぶと手を離すガイ。
いずれ、シンジと決着をつけてやるという決意を秘めその場をこんどこそ、大人しく去っていった。
「やれやれ」
と溜息をつき、去っていくガイの後姿を見送るシンジ。
次の瞬間、
「え!?」
と驚きの声を上げた。
それまで、シンジの傍に立っていたアクアが抱きついたのだ。
震える肩がシンジの目にはいる。
「怖かったです…」
と囁くように言うアクア。
男であれば思わずそのまま抱きしめたくなる姿だがシンジは相手がガイでなければどのような結果になっていたかを知っているので溜息をつく。
その溜息が聞こえているのかいないのかそのままシンジに抱きつき、身体を震わせるアクア。
「で、今度は僕が貴方の茶番につき合わされると?」
しがみつくアクアに冷淡な声で冷淡な言葉を掛けるシンジ。
その声と言葉にビクリと身体を別の意味で震わせるアクア。
「なんのことでしょうか?」
とこれまた別の意味で声を震わせ訊くアクア。
シンジはそんなアクアに言葉を返さずその身体を押し返す。
「つまらない芝居はもう結構」
「まあ、つまり私と死んでくれるんですね」
胸の前で手を組み目を輝かせるアクア。
無論シンジにそんな気は無い。
「なぜ、そうなる…」
「だって、貴方は私と共に戦火に散る事を選んだ為にあの魔の手から救ってくれたのでは?」
「…死を望む、ねえ…」
気だるげに髪をかき上げ呟くシンジ。
アクアは気づかない。
シンジの瞳が妖しく陽炎っていることに。
「なぜ…そんなに死を望むんです?」
かつては勝手に死を与えられそうになったが、その理由までは知らない。
それゆえ訊いてみた。
「私は幼い頃から不幸だったのよ。欲しい物は全て与えられ、なに不自由なく暮らしてきた私…」
ポーズをつけ陶酔するアクア。
「そう、幸せすぎたのが私の不幸。だから私は美しく死ぬの!愛する人と二人、戦火の中に!!」
「美しく死ぬ、ねえ…」
「ええ」
今にも踊りだそうなアクア。
そんなアクアを冷ややかに見るシンジ。
「さあ、一緒に死にましょう」
同じようにブローチのスイッチを押すアクア。
離れた場所でバリアが消える。
「もうすぐよ」
優しい声、どこか艶やかな声でアクアが言う。
「……」
対するシンジは無言。
アキトがいれば気づいただろう。
今、このシンジに触れる事がどれほど危険なのかを。
だが、この場にアキトはいないしアクアはその危険さを知らない。
「ああ、戦火に美しく散る恋人達。悲しく、美しい死に方だわ」
アクアは触れた。
「え…?」
と声を漏らした途端。
カハッ!と息を零す。
続けて背中に走る痛み。
突然の衝撃と痛みに混乱する中で認識できたのはシンジの顔。
優しく柔らかい笑みを浮かべアクアを見ているシンジの顔。
だがそんな笑みだと言うのにアクアは身体が震えだすのを感じた。
「…ッハ…ッカ…!!」
何か言おうにも首をシンジの手で締め付けられている。
片手でアクアの身体を持ち上げ壁に押し付けている。
必死にその手を外そうと足掻くがシンジの手はびくともしない。
息が出来ない、視界が霞む。
苦しさに涙が浮かんでると言うのにシンジはその手を離さない。
アクアは初めて実感した。
『死』というものを。
そして知った。
目の前に立ち、自分の首を締め、片手で持ち上げる者が『王子様』の様な者ではないことを。
彼の胸に下がる銀のロザリオが死神の鎌の様に輝く。
天使の様な堕天使の笑み。
死神とは彼のような笑みを浮かべるのか?
息が出来ない、締め付けられているから。
息が出来ない、恐怖がそれを許さない。
「や…め…て…」
途切れ途切れの言葉が響く。
その声を天上の調べと聞くか、より笑みを深めギリギリと締め付けるシンジ。
「一つ…教えてあげますよ」
顔色が変わりゆくアクアに言葉を掛けるシンジ。
それが聞こえていようといまいと関係ないのか。
「貴方が思っている以上に…」
笑みが消え、目が鋭さを増す。
「死は冷たい」
と告げた。
そして漸く離される手。
テラスに落ちたアクアが酸素を求めて喘ぐ。
「なにをしている!!」
響き渡る声。
同時に空を切る音。
軽やかに跳び、音を避けるシンジ。
「貴様…」
とアクアを庇い立つ男。
黒いスーツに黒いサングラス。
シンジは知らないが先ほど森林の中でアキトと戦った男だ。
「ナ…オ…?」
首を押さえ途切れ途切れの声で訊くアクア。
未だ視界は霞んだままだ。
その首に残るシンジの手の跡が痛々しい。
「ええ、そうです。お嬢さん、大丈夫ですか?」
シンジから目を外さずに訊くナオ。
喘ぐアクアとナオを冷ややかに見るシンジ。
そして、小さく笑いテラスより飛び降りた。
「なっ!?」
急ぎシンジが飛び降りた方へ向かい覗き込むとすでにその姿は無い。
ナオは舌打ちをしてアクアの方へと戻る。
「大丈夫ですか?それとここは危険です。すぐ離れましょう」
「え…ええ…」
とアクアを気遣いながらナオは出会った二人のことを考えていた。
(ナデシコの人間は化け物か)
アクアを立ち上がらせながらナオの目は白い戦艦へと向けられていた。
●
遊ぶ時間も終わり、探索を開始し始めてからすぐさま異変が起きた。
バリアに囲まれたチューリップはそのまま。
バリアが消え、中からジョロが現われたのもそのまま。
今回違うのはアキトが参戦している事だ。
「一気に片付けたいんだがな…」
と呟き、エステの手にあるDFSを見る。
「…ウリバタケさん、この前頼んでいたもの、出来てますか?」
ハンガーの方へと通信を入れるとすぐさま返事が返ってきた。
アキトの前に現われるウィンドウ。
ウリバタケがどこか嬉しそうにしている。
『当然だ!!システム自体は完成して取り付けてある!
…だがな、この前みたいな戦い方をしないと約束しない限り!コードは教えてやらん!!』
腕を組み、偉そうに言うウリバタケ。
そんなウリバタケに苦笑するアキト。
よっぽど先の戦闘での事が気に懸かるらしい。
「わかりました、この前みたいな戦い方はしません」
両手を上げて言うアキト。
その顔には変わらず苦笑が浮かんでいる。
『だ、そうだ。みんな、聞いたな?』
とウリバタケが訊く。
途端に表れるウィンドウ。
口々にアキトに言葉を投げ掛ける。
それを苦笑を以って受けるアキト。
そして漸くウリバタケの説明が入る。
「さてと、じゃあみんな少し離れていてくれ。…衝撃が凄いと思うからね」
大人しく下がる4人。
その間にもジョロはミサイルを撃ちだしたりしているのだが呆気なく撃墜されている。
その姿にはどこか哀愁が漂っている気がしないでもない。
もちろん、そんなことなど誰も思い至るはずが無い。
それでも健気(?)にミサイルを放ちエステに向う。
「アカツキさん、あの建物に人がいるか確認しておいて貰えます?」
『了解』
アカツキがクリムゾンの別荘に向うのを確認しアキトはジョロの直上へと移動する。
「さあ、行こうか。俺が俺で居られたことを示す為に!!」
呟き、始動す。
●
エステバリスに細かな振動が走る。
放たれるミサイルを避けながらアキトはDFSに意識を集中する。
生まれるのは白い刃。
狂気を具現化させ鬼人の如き様を見せた時の刃。
生まれるのは紅い刃。
絶望と狂気を越えたことを示す為に見せる刃。
それが伸びる。
ナデシコですら断てそうな程に。
「斬っ!!!!」
裂帛の気合と共に刃を振るう。
紅い軌跡が抜けていく。
それはやすやすとジョロの装甲を切り裂きぬける。
「全フィールドを防御に移行…」
ジョロを断ち切ったのを見届け静かに言うアキト。
起きる盛大な爆発。
フィールドに包まれたナデシコすら揺らすほどの爆発だ。
そんな爆発の中でエステは、一番近くにいたアキトのエステは…。
『アキトさん!!アキトさん!!応答してください!アキトさん』
通信機より響くメグミの声。
コクピットに響く声に暖かいものを感じるアキト。
未だ、噴煙を上げる世界の中でふと空を見る。
広がる青い空に堪らず笑みが浮かんでくる。
「こっちは大丈夫だ」
楽しそうな声で言葉を返すアキト。
『アキトさん!!』
メグミの声が響き渡る。
『アキト!!』
ユリカの声。
『アキトさん』
ルリの声。
それ以外にも何人もの声が響き渡る中アキトは、
「テンカワ機、これより帰艦します!!」
と晴れやかな声で言った。
●
「……なにやってんだ、ガイ…」
エステより降りたアキトが見たのは通路に大の字で倒れてるガイの姿。
倒れているというのに誰も助けようとしない。
というよりは『倒れてる』ではなく『寝てる』とみんな思っているのかもしれない。
確かに彼ならば有りないこともないような気がするが。
「はいはい、アキト君どいてどいて…」
と言って、イネスが現われる。
「それじゃあ、運んで頂戴」
と後ろに控える医療班の人間にガイを運ばせる。
「あの、イネスさん…ガイの奴は…」
恐る恐る訊くアキト。
少しばかり腰が引けてるが誰も彼を笑えないだろう。
「あら、アキト君、知りたいの?」
艶然と微笑みを浮かべるイネス。
それだけでアキトは訊くのを止める。
「いえ、なんでもないです」
「そう?残念ね。…さあ急いで!まだまだ『やる』事があるんだから」
とりあえず何も見なかった。訊かなかったとアキトは思い込むことにした。
なので、急いで部屋に戻る。
頭から布団をかぶって寝るのが一番だと思ったからだ。
ナデシコ内での夜。
布団を頭からかぶって寝ていたアキトの耳に聞こえたノックの音。
「ん…シンジ…代わりに出てくれ…」
と言ったが返事は無い。
更に続けてノックの音が聞こえる
「……はい。ったく誰だよ」
と悪態をつき仕方なしに布団から出るアキト。
そしてドアを開けた事を後悔する。
その向こうに立っていたのはあの時の様にユリカとメグミとリョウコ。
その手には『アレ』な物体を持っている。
「ア、オレキュウヨウガ…」
と中身の無い声で言い、走る。
「アキト待ってよぉ!私頑張って作ったんだからね!」
「アキトさん!どうして食べてくれないんです!?」
「おい!アキト!!待てよ!!」
と三人が言うが勿論アキトは止まらない。
必死に走る。
文字通り言葉通り必死だ。
本当に命が懸かっているのだから。
「なんでこんな所まで一緒なんだぁあああ!!」
と叫ぶアキト。
自販機の前でカップ麺を啜るアカツキ達の冷たい言葉が響くのであった。
●
今は遠くのテニシアン島。
アキトの一撃で生まれたクレーターが戦禍も生々しく残す。
そしてクリムゾンの別荘。
夜闇が支配し、室内より溢れる光がテラスを明るくする。
昼間と変わらないドレスを着たまま立つアクア。
欄干に手を置き、ナデシコの去った方角に目を向けている。
「…フフ」
と小さく笑い首へと手を動かす。
そこに有るのはシンジの手の跡。
薄まったとは言え生々しいその手の跡。
「フフフ…」
ともう一度アクアは笑う。
「シンジ、という名前でしたね…」
首を、正確には手の跡を撫でながら呟くアクア。
「フフフ…」
なにを笑うのかは分からないが言えることはただひとつ。
アキトもシンジも妙なところでフラグを立てている、それだけだ。
こうして、色々な者との出会いながらテニシアン島の時は終わりを告げたのだった。
後書き
呼び名について
噐(エロ)蒲鉾
エロシードギアス
蒲鉾忠夫
これらから考えると俺はこんな行動をすればいいのだろうか?
「レンた〜〜ん!!ぼかあ…ぼかあ!もう…!!」
最低じゃん。
管理人の感想
シンジ・・・どうしてそこでフラグを立てるかな(苦笑)
前半は命を賭けた献身を見せていたくせに。
しかし、本当にシンジに頼り切ってるなアキトは。
話の流れからみると、アクアお嬢様再登場の可能性大?
(ガイは意識的に無視(爆))
>「レンた〜〜ん!!ぼかあ…ぼかあ!もう…!!」
え〜い、いい加減正気に戻れ!!