アキトとリョウコがナナフシ撃破に向っている時、ナデシコはと言うと…。

(アキトさん、信じてますからね)

と思いつつもエステに仕掛けているプログラムを起動し音声を拾おうと画策するルリの姿があった。
苦い表情でそれを見ているシンジの姿。
何時もと変わらず黒い服装、胸元に煌く様にロザリオ。
その黒の衣装に隠されていても鍛え抜かれた体躯は隠し切れないようではある。
静かに佇むその姿はなんと人に心強さをもたらすものか。
優しげな眼差しは前に座す少女に向けられ、少女もまたその眼差しに安堵を覚えている。
だからと言って…盗み聞きする事への安堵はいかなものかと思うが。
普段のシンジであればルリの行為を止めるのだろうが、シミュレーターの際のアキトの様子をやはり気にしているのか止めないでいる。
他のクルー達は周囲を戦車に囲まれながらも落ち着いた状態である。
であるが、ルリの行為に気づいているものはいない様だ。

「ぽちっとな」

と呟きながら暗躍せんと動くルリ。
ちなみに同時刻、とある連中が同じ様に音声を拾っている事には二人とも気づいていない。

「……ところで、その格好は?」

とシンジが訊いたのはルリと他のクルーの服装。
軍服、鎧と、多種多様な姿をしているのだ。

「ああ、そういえば前回はシンジさんはいなかったんですね。……ウリバタケさんのコレクションだそうです」
「……そう」

ルリの一言で疲れたような声で返事を返すシンジ。
実際、疲れたのかもしれない。

「どうぞ」

ルリがシンジにイヤホンを手渡す。

「これは?」
「これを着けないと音が聞こえません。ウリバタケさんに作って貰いました」

ちなみにその際、なにに使うかは言っていない。
それはシンジの知るところでも知りたい事でもないので気にせず耳に嵌める。

『――お前さ…あんな技、どこで身に付けたんだ?』

途端、響いた声。
丁度、リョウコが口を開いた所らしい。

「いい感じです」
「……ルリちゃん…」

口元を歪めるルリに引き攣った顔を向けるしかないシンジ。
女性的な顔立ちは、その引き攣りにつられいびつになっている。
どこで、こうなったのだろうか?などと考えてしまう。

『ああ、あれはある奴とね、考えたんだよ』

アキトの言葉にルリがシンジを見る。
少し前にシミュレーターで見た、二人の技。
ならばアキトの言う、『ある奴』とは。
ルリのそれを肯定する様に、シンジが小さく微笑む。

「以前……使う事ができたならきっと君を巻き込む事無く終えれたかもしれないね」

それは同じ時、アキトが浮かべた微笑を同じ様に寂しげな微笑みと同じ笑み。

「そんなのっ……!!」

シンジの言葉にルリが哀しげに柳眉を歪ませ叫ぶ。
驚く他のクルー達。

「どうしたのルリルリ?」

代表と言うわけでも無いがミナトが言葉を掛ける。
柳眉を歪ませたまま首を振るルリ。
その仕草に仕方なさそうにミナトが諦める。
それでもやはり気になるのかちらちらとルリとシンジの方を見てはいるが。
が、ミナトの事を気にしている程の余裕は無いのかなんのリアクションも無い。
シンジはルリを見て、ルリはシンジへと今にも泣き出しそうな眼差しを向けている。
黄金の瞳は今にも零れそうな涙に象をゆらゆらと。
幼い顔立ちはそれゆえどこか切なげに…。
そして、囁く様に…。

「そんなこと…言わないで下さい。私は……」
「言わないで…くれないかな?。それでも、巻き込みたくなかったんだ……僕たちは」
「本当…酷い、自分勝手な人達ですね…アナタも、アキトさんも。今も、あの時も、私達の心は無視して…」

つうと流れる涙。
白い肌に一筋の濡れた線。
それはシンジの体が影となり、壁となり他の誰にも見えないが、それゆえシンジにはよく見えた。

「そうだね、僕らは身勝手だ。君達の心を無視し、自嘲し勝手に消え失せる……その程度の人間さ」

それこそ自嘲する笑みを浮かべ答えるシンジ。
その黒瞳には憐れみにも似た光が浮かんでいる。

「どうして…。それが分かっていて…」
「成長していないからさ……。変わったのはモノの捉え方だけ」
「そんなこと……」
「――あるさ。所詮、僕らはあの時から動けない――捕われている」

そんな憐れな人間だよ……。
口に出される事の無かったその声、言葉。
だが、シンジの口調が語った。
大気に溶けるようなその語りは静かに……消えた。

 

 

 

 

『しっかしテンカワ!よくオメーあのDFSを使いながら機動戦ができるな!!』
『ああ、慣れだよ慣れ。コツを掴めばリョーコちゃん達もすぐに使えるさ』


響く音声に口元を歪めるウリバタケ。
本当であればアキトの機体より音声を拾いたかった所なのだが『何故か』アキトの機体より音声が拾えなかった。
ちなみにウリバタケのすぐ近くにはアカツキがいる。
共謀者である。

「……アカツキ、お前DFSを使えと言われて慣れで使えるか?」
「……無理だね。発生させるだけならなんとかできると思うけど、発生させたままの戦闘となるとね」
「だよな」

リョウコに返されたアキトの言葉を聞き、ウリバタケが難しそうな顔をして訊いた。
答えたアカツキもまた難しそうな顔をしている。

「慣れ、ね」

アカツキが呟いた。
その言葉にウリバタケは言葉を返す事は無かった。

「どうすればDFSを扱うのを『慣れ』だけで済ませられるものなんだろうね?」
「さあ、な」

それに答える事のできる者は二人しかいないだろう。
すなわち扱う事のできる当人達しか。
思い出すのは白に閉ざされた世界。
初めてDFSが使われ、ただ、皆に恐怖を与えたあの時。
修羅同然に刃を振るい、ただただ敵を殲滅したあの姿。
普段のダークブラウンの髪の下に見える優しい眼差しは形を潜め、恐ろしいまでの戦鬼の眼差しとなった。
(あれは人ができる目なのか?)

思い出すたびに震えとその思考が蘇る。
白いブリザードに閉ざされた獄寒の中に閃く爆光。
聞こえるのは獣の如き叫びと爆発音。
白の合間から覗く刃と機械の人形。
誰が……あのような戦い方をし得ると言うのか。
誰が……あのような戦い方をする様な想いを抱けると言うのか。
吊り上った目。獣の様な息遣い。
荒く吐かれる呼気は熱く、眼前に立つ全ての者を滅ぼそうとする狂熱的な意思だけが読み取れた。

(どうして…あんなモンを抱えながら笑っていられるんだ)

それと相反する様に浮かぶのは厨房で嬉しそうに、楽しそうに笑っているアキトの姿。
とても同一人物とは思えないほどにその姿は暖かい。

「ほんと、彼は謎だらけだね」

ウリバタケが思考の海に潜っている隣でアカツキが呟いた。
その顔に浮かんでいるのは苦笑だ。

「全くだ」

同じ様に苦笑を浮かべながら返すウリバタケ。

(まっ、アイツがあの顔をできるうちは心配は余計なモンでしかないかね)

暗い部屋の中でも思い出せば笑い返したくなるような微笑を思い出しながらウリバタケはそう呟くのだった。

 

 

 

 

ブリッジは緊張に包まれていた。

『テンカワ…お前さ、好きな女性ひとっているか?』

それが緊張の元。
ついでに緊張をもたらしたのはユリカが意図してか、はたまた意図せずにか押したスイッチによりアキトとリョウコの会話がナデシコの船内に流れ始めたからだ。
だが、その緊張も二種に分けられる。
一つはアキトがリョウコの言葉にどう返事を返すか。
一つはアキトが――。

『好きな女性ひと、ね…』

音声のみが響く。
シンジがその声に何を感じ取ったのか、眉を顰め拳をきつく握り締めた。

「まずいな…」

そして呟く。
その間にも会話は続く。

『いる……いや、いたと言うべきかな?』

そう、アキトが返した瞬間、

「そんな、アキト…もうみんなが居る前なのに」

と頬に手を当て身体をクネクネとするユリカ。
見事なまでに曲解しているようだ。

「なにを言ってるんですか!!アキトさんが好きなのは私です!!」

身体をくねらせているユリカに立ち上がり、拳を握り反論するメグミ。
当然の事ながらユリカは聞いていない。
身体をくねらせている。

「聞いてるんですか!艦長!!」
「へ?どうしたのメグミさん?」
「ぐぬぬぬぬぬ…!」

歯を軋らせ、拳を握り締めるメグミ。
アキトは誰の事とも言っていないのによくよくテンションを上げれるものだ。
もっとも誰の事と言えば、ユリカ、ではあるが。
知る者は僅かにしかいないことではあっても。

『まだ…そいつの事、好きなのか?』

途端、(一方的な)睨み合いを止め、耳を傾ける二人。
ちなみに医療室ではイネスが謎の微笑を、勝ち誇った微笑を浮かべていたり…。

『さあ、どうなんだろうね?それは、俺にもよく判らない。でも…もし好きだとしたら、それは俺の未練だろうね』
『未練って…お前がか?』


シンジがルリの耳元に顔を寄せ囁いた。

「ルリちゃん、この通信を切って。…これ以上はダメだ」

小さいながらも鋭く囁かれた言葉。
だが、シンジのその言葉にルリはなんら応えない。
言葉も返す事無く、黙々とアキトの言葉に耳を傾けようとしている。

「ルリちゃん!」

先ほどよりも鋭く叱咤する様に言う。
だがルリは変わらない。

「どうしてっ…!?」
「……だって」

俯き、呟くルリ。
シンジからはその表情は見えない。
流れる様に落ちる銀糸がその表情を隠す。

「だって!シンジさんもアキトさんもなにも言ってくれないじゃないですか!!」

シートを倒さんとばかりにルリが勢いよく立ち上がり叫んだ。
その瞳よりは先ほど溢れる事の無かった涙が溢れている。
ブリッジの床に水滴が落ちる。
つい先ほどまでのどこか軽い雰囲気は吹き飛ばされ、再び別種の緊張感が縛り付ける。
シンジばかりでなくそれ以外の者達も含んで。
だが、今のルリに周囲を見る余裕は無かった。

「どうしてなにも言ってくれないんですか!?私はそんなに信用ありませんか!?アナタにも!アキトさんにも!!」
「……」

『ああ、未練だ。自分で捨てておきながらなおも求める。これを未練と呼ばずしてなにを未練と呼ぶ?』

そしてアキトの言葉が流れる。
その口調にルリはなおも開こうとした口を閉ざされる。
哀しい記憶が閉ざす。

「アキト…さん」

『ただひたすらに追い求めておきながら、もう一つの望みを果たす為には邪魔になると捨てた想い人。
それだというのに捨てきれず、求めている。なぜ……求めるのか判らなくなる位に。
自分の惰弱さを露にするが故に彼女を憎んでいるのか。それとも、まだ彼女への思慕を形にしたいが故に求めるのか…』


冷たく流れるアキトの言葉。
身を切り裂くような冷たい言葉。
シンジが表情を歪める。
哀しげに、悔しげに。

『なんて……無様で女々しい男だ。想いは中途半端。力を振るい、人を殺し、物を破壊する以外に役に立たない下らない殺戮者』

誰もが理解できないという表情をする中でシンジとルリだけは違った。
シンジは変わらず哀しげで悔しげな表情。
ルリは哀しげで……絶望を滲ませた表情。

「やめて…」

耳を塞ぎ呟くルリ。
だが、止まらない。
無情で非情な言葉はなおも綴られる。

『一体俺が何を求める?何を求めて良いと言うのだ!?アイツが居なければ何一つとして事を為せない脆弱極まりないこの心!!
そんな脆弱な、
赦されざる殺戮者如きに何を求めろと言うのだ!!?』

「やめてくださいっ!!」

悲痛なルリの声が響く。
耳を塞ぎ、激しく首を振り、アキトの言葉全てを否定したいと言わんばかりに。
そんなルリの身体を抱き寄せるシンジ。
その胸の中で涙を流し続けるルリ。
聞こえる小さな、やめてください…、という言葉。

『こんな人間など、時の流れるままに、死が蝕むままに…あの時……』

最後の言葉が吐かれる…その前に、

「オモイカネェエエエエエッ!!」

向こうではリョウコが、こちらではシンジが叫んだ。
その言葉を断ち切るために。
小さな音が鳴り、音声が途絶える。
だが、ブリッジにいつもの喧騒は戻らない。
静寂が支配する。
叫んだシンジに。涙するルリに。なにより、激情を吐露、いや発露したアキトに。

「もう…いいでしょう。馬鹿騒ぎは」

静かな声だと言うのにそれは風刃の鋭さだった。

「シンジ…君?」

ルリを抱き上げ歩き始めるシンジに声を掛けるユリカ。

「今ならオペレーターが居なくとも構わないでしょう」

背を向けたままユリカにそう答えるシンジ。
訊いているのではない、既に決めている。
だから彼は返事を待つ事無くブリッジを出て行った。
抜き身の刃の様に鋭く、触れる者何もかもを切り裂きそうな雰囲気と鉄の拒絶を纏って。
それを呆然と見送る事しかできない者達を残し…。

 

 

 

 

ルリを抱き上げたシンジが向ったのは医療室でなく、自室。
アキトもシンジも居なかった為、室内は暗い。

「大丈夫かい?」

胸の中のルリに言葉をかけるシンジ。
胸に顔を埋めたままルリが小さく頷くのが見えた。
そう、と小さく呟き彼はルリを優しく離す。
そして自身は壁に寄りかかり腕を組む。
それだけだ。
ルリになにかを話すわけでもなく、静かに佇む。
感情を読まれるのを厭うかのように目を閉ざしている。
だから、ルリは自分から口を開いた。

「……教えてください。アナタとアキトさんの事…」

ルリの言葉にシンジは小さく息を吐く。

「教える事ね…。人の殺し方は知っていても、女の子の慰め方は知らない人間――そんな人間の事をかい?」
「……はい」

若干躊躇いながらも頷き、返事を返すルリ。
もう一度、シンジは小さく息を吐く。

「教えられる事なんてそれほど無いさ。ただ、僕もあの人も……以前のままではいられなかった」

目を開き、黒瞳を露にしてシンジは言った。
眼差しを僅かに上に向ける。
なにかを思い出す様に、遠くを見つめて。

「簡単な話だよ。忘れられない事が多すぎる」

組んでいた腕を解き、その手で胸のロザリオを触る。
暗闇に溶け込む事を望むのか黒の服を着た彼。
その胸元で異彩を放つロザリオ。
それだけが…闇に溶けない。

「自責の念や、自分に酔っている所が無いとは言わない。でも…以前のままでいるには色んな事を知りすぎた」

シンジであれば、今触れているロザリオの少女の事。
アキトであれば、拉致された後のモルモットとして過ごした時、知りあい、死んでいった者達の事。
それは……、

「忘れるには重く、思い出すには辛い。そんな事が多すぎる…。そんなものを抱えたまま昔の自分には戻れなかった」

どれほど辛くとも、どれほど重くとも、それは忘れられない…忘れてはいけないことだから。
そしてそれゆえに、戻る事は叶わない。

「だから、ルリちゃん」
「え…」

シンジの言葉を静かに聞いていたルリが突然呼ばれたことに困惑する。
その困惑をよそにシンジは優しく微笑んだまま言葉を紡ぐ。

「僕達はもう以前の『僕達』には戻れない。でも…あの人に教えて欲しい」

静かに壁より離れ、ルリの元へと行く。

「あの人は……独りじゃないということを」
「でも…シンジさんなら…」

ルリの言葉に優しい微笑は自嘲の笑みへと変わる。

「僕もあの人を独りにしたくないとは思う。でも…それを言葉にするには僕はあの人と一緒に居すぎた」

その辛さを知っているから。
その重さを知っているから。
アキトの抱えるものを知っているから……言葉に出来ないものがある。

「だから、君が伝えて欲しい。『僕達』の事を知り、僕達に近い君が…」
「はい…」

頷くルリ。
そんな彼女の髪に手を伸ばす。
指の間を流れていく銀糸。
指と絡まる銀糸の光景に頬を染めるルリ。

「さあ、もう行こうか」

手を戻し言うシンジ。
名残惜しそうな表情をしながらも、ルリは部屋を出て行くシンジの後を追っていった。

 

 

 

 

アキトが激情を発露してから数時間。
そして数分前にはナナフシの破壊が確認された。
今はブリッジの緊張も解け、ちらほらと他愛も無い話し声が聞こえる。

「大丈夫…でしょうか?」

アキトとの通信を終えたルリが傍に立つシンジに訊いた。
彼女がアキトに伝えた言葉が『届いて』いるかと。

「さて。でも、届いたとは思うよ。……あの人が望んでいる言葉だったしね」
「なら…いいんですけど」

不安気な表情がまだ崩れないルリに微笑むシンジ。

「大丈夫。まだ…時間はあるさ。さあ、あの人を迎えに行こうか?」
「ええ」

立ち上がるルリ。
歩き出すシンジ。
アキトがナデシコに戻ってくるまでまだ時間はあるが、その待つ時間も長く感じる事は無いだろう。
そう思いながらシンジはハンガーへと足を進めて行った。

 

 

後書き

 

炎多留プレイ日記

 

というわけで炎多留をプレイしました。

 

 

タイトル画面の時点で濃いキャラクターが出てきてこの時点で逃げたくなる。

設定画面で怖れを抱く。

最初に名前を決める。

普通です。

ハンドルネームを決める。

これもまあ普通です。

ヴァーチャルプレイスタイルを決める。
ネコ(受け)/攻め

普通……なわけねえだろっ!!

なんなんだ!?この独特な設定はよ!!
決めるんかっ!?俺が決めるんかっ!?

 

 

 

結論

設定画面だけで終えたいよ…(泣)

 

 

どっちを選んだかは……訊くな。

 

 

 

代理人の感想

……ひょっとしてこれは代理人及び管理人に精神的ダメージを負わせる為のシロモノ(爆)?